伊豆の宿泊施設
〈Tiny Base The River〉で
タイニーハウスの小さい暮らしを体感

タイニーハウスに住んでみたい……!

河津町にある建築会社〈天城カントリー工房〉が、
「シンプルで楽しい暮らし」をコンセプトにつくるタイニーハウス。
そのタイニーハウスが設置された宿泊施設
〈Tiny Base The River〉が新たにオープンし、
見学に出かけた津留崎さん一家。
「家」の概念や暮らし方について、
あらためて見直すきっかけとなったようです。

伊豆下田の美しい自然が織りなす絶景!
そこで起きている問題とは……

美しい自然に、いま起きていること

伊豆下田に移住して、もうすぐ丸3年が経とうとしている津留崎さん。
いまだに自然が織りなす美しい風景に
見とれてしまうこともあるとか。
でも、ただ感動しているだけではだめなのだ、と
思うようになったそうです。
美しい光景が広がる地で起きている問題とは?

正月を過ぎたらお飾りはどうする?
正月飾りで感じた東京と下田の違い

お正月、移住後の小さな変化

東京から伊豆下田へ移住して
3度目のお正月を迎えた津留崎さん一家。
いろいろな変化がありましたが、お正月にもちょっとした変化が。
そのひとつが、正月飾り。
下田には、東京では経験しなかった昔ながらの暮らしが
まだ残っているようです。

下田の移住農家〈モリノヒト〉。
在来種のタネで作物を栽培する夫婦

森の中で暮らす夫婦は、
なぜ在来種の農作物を
つくるのか?

伊豆下田のまちに近いエリアに移住した津留崎さん一家。
当初はもっと人里離れた“田舎暮らし”をイメージしていたそうです。
そんな津留崎さんが移住前に思い描いていたような
田舎暮らしを実践する、下田の農家の夫妻。
在来種の農作物をつくり加工品などを販売する
〈モリノヒト〉の暮らしとは。

移住で飲み方が変わった?
みんなの手づくりおつまみが並ぶ
“家飲み”のススメ

なぜ「家飲み」は心地よいのか?

お酒を飲むのが好きという津留崎さん夫妻は
伊豆下田に移住してから、飲み会のスタイルに変化が。
友人たちと飲むことが決まると
「誰の家にする?」というのがお決まりで
“家飲み”が格段に増えたというのです。
それは、なぜなのでしょう?

おふくろの味を生む「ぬか床」。
自家製のぬか漬けを受け継ぐ

継いでいきたい、おふくろの味

かつては、家庭でぬか床を持ち、自家製のぬか漬けが
日常的に食卓にのぼるなんてことは珍しくありませんでした。
下田に移住した津留崎家の食卓にも、
自家製のぬか漬けが並ぶようになったそう。
今回は、同じく下田に移住してきた
津留崎さんのお母さんとぬか床のお話です。

下田の家庭の味を支えてきた
〈山田鰹節店〉

家庭でつないでいく食文化

下田で暮らす津留崎さんが魅入られた〈山田鰹節店〉。
昭和初期から続く、地元の家庭の味を支えてきたかつお節屋さんです。
かつてに比べ、かつお節の消費量が減り、苦労もあるようですが、
これまで続けてこれたのは、食に対する強い思いがあるから。
実は、あの有名料理家さんも、このかつお節で育ったようです。

伊豆の海に260メートルの巨大風車!?
大規模再生可能エネルギー事業計画に
地域住民が思うこと

あらためて考える、
自然と電気、都市と地方のこと

今後期待される、再生可能エネルギーや自然エネルギーへの転換。
けれどまだまだ課題もあるようです。
津留崎さんが移住した下田市とそのお隣の南伊豆町で浮上した
洋上風力発電事業計画。
海に巨大な風車を設置するというものですが
調べてみると驚くようなことばかりで……。
首都圏に暮らす人にも無関係ではない、エネルギーの話。

稲刈り直前に大型台風接近!
2年目の米づくりで感じたこと

稲刈りはどうする? 究極の選択

伊豆下田に移住して、念願の米づくりを始めた津留崎さん一家。
昨年は手で田植えをし、稲刈りから天日干しまで
すべて自分たちの手で行いました。
2年目の今年もそうするつもりだったのが、
なんと稲刈りを目前に大型台風が到来。
今年は自分たちでつくったお米を食べられるのか……?

大きな家から小さな家へ……!?
移住から2年半。再び家探し、始まる

「予算はないけど夢はある」
家探しの旅

移住先探しの旅を経て、伊豆下田に移住した津留崎さん一家。
念願叶って広い庭のある大きな家に暮らしていますが
実際、暮らし始めるとそこには「理想」と「現実」のギャップが……。
そして再び、家探しが始まりました。
その理由は? そして今度はどんな家を探すのでしょう?

写真でまちが楽しくなる。
写真家MOTOKOさんが語る
〈ローカルフォト〉の力

地域でプロジェクトを続ける
写真家との対談

伊豆下田に家族で移住したフォトグラファーの津留崎徹花さん。
下田で撮影した写真を展示する写真展を開き、
写真家のMOTOKOさんを迎えてトークイベントを開催。
そのMOTOKOさんが各地で展開するプロジェクト
〈ローカルフォト〉とは。

下田に移住して2年半。
あらためて振り返る、
わが家の暮らし、何が変わった?

移住で変化した8つのこと

津留崎さん一家が伊豆下田に移住して2年半。
移住前から続けてきた連載もスタートから3年が経ち、
5歳だった娘も8歳に。
いまの暮らしは東京での暮らしと何が変わったのか?
あらためて振り返ってみました。

「夢リスト」が少しずつ実現。
伊豆に移住したカメラマンが叶えたこと

移住していろいろな夢が叶ってる……!?

約10年前に書いた「わたしの夢リスト」。
気づいたらそのうち大部分が実現していた……!
伊豆下田に移住した津留崎徹花さんは、
移住という夢を叶えたあとも、
自然な流れでやりたいことを実現していました。
そんな徹花さんのトークイベントが、下田で開催されます。

“釣りガール”が営むゲストハウス
〈Daja(ダジャ)〉に泊まる。
シュノーケリングも魅力の南伊豆の旅

下田の隣町、南伊豆への
ショートトリップ

伊豆下田で暮らす津留崎さん一家が
友人家族とともにお隣の南伊豆へ1泊2日の旅へ。
知る人ぞ知るシュノーケリングスポット「ヒリゾ浜」で遊んだあとは、
元地域おこし協力隊の“釣りガール”が営むゲストハウスへ。
細い路地が入り組んだ集落にある
小さな宿のオーナーの思いとは。

お金がかからず、豊かな食生活!
地域での“いただきもの生活”と
手づくりのお返し

「田舎暮らしは食べものに困らない」
は本当?

伊豆下田に移住した津留崎さん一家。
移住前から、地方では食べものに困らない、という話を
たびたび聞き、半信半疑に思っていた妻の徹花さん。
ところがそんな「うまいハナシ」が
現実に起きるようになったといいます。
うらやましくなるような下田での食生活、
そして津留崎家に起きた変化とは……?

カメラマンひと筋だった妻の
移住後の変化とは?

移住してから妻は何が変わった?

伊豆下田に移住した津留崎さん一家。
カメラマンの妻は相変わらず撮影の仕事を続けつつ、
パンの販売にイベントやワークショップの主催、
さらに商品の企画販売まで(!)、多彩な活動を展開中。
20数年、東京でカメラマンひと筋でやってきた彼女に
いったい何が起こったのか……?

移住して2年目の
米づくりがスタート。
田植えでの新たなつながりや気づき

2年目の田植え、
一番変わったことは……?

伊豆下田で暮らす津留崎さん夫妻が
移住してやりたかったことのひとつが「米づくり」。
昨年それが実現し、2年目となる米づくりが今年もスタート。
6月初旬に行った田植えは、昨年とは何が変わった? 
そして、そこで得られた気づきとは。

ミツバチとヤギによる
「循環型農園」とは?
地域が幸せになる耕作放棄地再生計画

楽園への道を切り拓く決め手はヤギ?

伊豆下田に移住し、養蜂場で働く津留崎さん。
獣害被害が深刻な耕作放棄地を再生させ
「ミツバチの楽園」をつくろうとしていますが、数々の問題が……。
そこで課題を解決すべく登場したのが、ヤギ。
さて、そのアイデアとは?

みんなで野草を食べてみよう!
自然豊かな伊豆、
身近な山で野草を学ぶ

恵まれた環境だからできること

以前から野草に興味があったという津留崎徹花さん。
移住して暮らす下田だったら、身近な山で学べるのでは?
そう考えた徹花さん、友人たちと一緒に
野草を摘んで食べる会を開くことに。
みんなで野草を探し、料理して食べる。
意外にも食べられる野草、けっこうあるんです!

ユネスコ認定世界ジオパークの
伊豆半島。地元住人が教える
下田の「ジオサイト巡り」

身近に「地球」を感じる暮らし

2018年に、日本では9つ目となる
ユネスコ世界ジオパークに認定された伊豆半島。
下田に移住した津留崎さんは、身近な暮らしのなかで
地球のダイナミックさが感じられるといいます。
今回は観光スポットとしても人気を集める伊豆のジオサイトを、
地元目線でご紹介します。

子育て世代を応援する
暮らしづくり複合施設
〈みちくさくらす〉が新宿にオープン

2019年2月1日、奥神楽坂と呼ばれるエリアに、
子どもの笑い声が漏れる、かわいらしい空間が誕生しました。

その空間の名前は〈みちくさくらす〉。

〈みちくさくらす〉外観

「共働き家庭の小学生が安心して過ごせる空間を」
との想いから生まれたこの場所は、2階は子どもの教室、
1階は飲食店として営業できるシェアキッチンになっています。

両フロアとも、レンタルスペースとしての利用も可能。
夏休み頃の始動を目指し、子ども向け講座や教室の準備もしているそう。
現在は土曜をカフェ、日曜はお弁当屋さんとしても営業中です。

この場所をつくったのは、
現在、0歳と3歳の姉妹を子育て中の、並木義和さん・優さん夫婦。
ふたりが情報収集に動き出したのは昨年(2018年)1月。
義和さんは平日、会社に勤めながら、優さんは次女を身ごもりながら、
約1年という短い期間で完成までこぎ着けました。

並木ご一家

時間や体力が十分でない状況のなか、どのように
〈みちくさくらす〉オープンまでの道のりを歩んだのか、また、
「もともとこの地域にほとんど知り合いがいなかった」と振り返るおふたりは、
どのようにして地域との関わりをつくっていったのか、お話をうかがいました。

放課後に子どもが集まる場所を

1階のシェアキッチン

自分のお店を持ちたい人が誰でも利用できる、1階のシェアキッチン。

「放課後に子どもが集まる“場”を、私たちでつくってみない?」

優さんがそんな提案を義和さんに持ちかけたのは、2017年の年末のこと。
きっかけは、その年の頭に行った、世田谷区から新宿区への引っ越しでした。

「世田谷区には、子どもを連れて遊びに行けるお店や場所がたくさんあり、
とても暮らしやすかったんです。でも新宿区には、公共の施設以外、
そういった場所がほとんどありませんでした。
オフィスが多いまちなので仕方ないんですけどね」(優さん)

並木優さん

こうした施設の少なさは、いずれ小学生になる娘さんの
「放課後の過ごし方」を考えたとき、不安の種となりました。
並木さん夫婦は共働きで、祖父母も遠方に住んでいるため、
公立の学童クラブか民間の教室、塾などに通わせることになりますが、
前者は狭いスペースに定員以上の人数がひしめき合うような状態、
後者は高額な費用がかかり自由度が低いなど、子どもにとって
いい環境ではなさそうでした。

こうした声を、ほかの共働き家庭の小学生ママさんたちからも聞くようになり、
優さんのなかで「自分たちがその場所をつくれないだろうか」との思いが
日に日に増していったそう。

ディスプレイされた花

「おそらく、原風景には、私の実家で祖母と母がやっていた
学習塾の光景があったように思います。
離れの建物に、ピアノと黒板、子どもの学習机が置いてあって、
そこに子どもが集まってきて祖母がおやつを出すんです。
物心つかないころから、その空間でよく遊んでいたので、
『子どもが集まる場を自分たちでつくる』アイデアは、
とても自然に生まれました」(優さん)

1階のテーブル席で寛ぐ並木さん一家

もともとふたりとも建築の仕事に携わっており、「いつか自分たちで場をつくりたいね」
と話していたため、義和さんはすんなりと優さんの提案を受け入れたそう。

「僕の実家は転勤が多かったので、もともと、人が集まる場に漠然とした
憧れがありました。妻の実家で、塾だったスペースを見せてもらったときにも
『すてきだな』と思っていたので、彼女の提案にすぐに同意しました」(義和さん)

下田の干物がトートバッグに。
〈Himono bag〉の販売で生まれた、
新たなつながり。

干物愛あふれるトートバッグ

伊豆下田に移住してから、干物のおいしさに開眼した
カメラマンの津留崎徹花さん。
干物を撮影するうちに、バッグにしたらかわいいかも? と思いつき
ついに、自分でつくってしまいました。
それほどおいしい干物屋さんとの出会いや
〈Himono bag〉が生まれるまでのストーリーです。

下田のまちを灯し続ける
食堂〈Table TOMATO〉と
イベント「風待ちテーブル」のこと

まちの文化を発信するお店のストーリー

伊豆下田に移住して2年が経った津留崎さん。
移住したのとほぼ同時期にオープンしたお店〈Table TOMATO〉は
伊豆の食材を使ったおいしい料理が食べられるだけでなく、
さまざまな人が集まる場になっています。
そのお店を義父から引き継いだ店主の思いとは。
そして、そのTable TOMATOで、新たにイベントもスタートしました。