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おふくろの味を生む「ぬか床」。
自家製のぬか漬けを受け継ぐ|Page 4

暮らしを考える旅 わが家の移住について
vol.073

Page 4

母が大切にしてきたぬか床

そして、母の下田移住から1年半が経とうしていたこの秋のこと。
母が体調を崩してしまい、入院することになったのです。

入院当初は顔色もすぐれず心配していたのですが、
日が経つにつれて顔色もよくなり、ひと安心。
そんな状況だったのですが、母が入院してまず心配したことがあります。
自宅にある「ぬか床」のことでした。

入院して数日目。
様子を見に行った帰り際に、母が言い出しました。
「家のぬか床が心配なので様子を見ておいてほしい」と。

実は、この「ぬか床が心配だ」という言葉を最初に聞いたとき、
「ぬか床のことなんて気にしてないで、
しっかり休んで元気になってくれよ……」
と思ってしまったのですが、心配だというのであればしょうがない。
入院しているあいだはしっかり面倒見るから安心しなよと伝えて、
家路に着きました。

きゅうりとかぶのぬか漬け

母のぬか漬け。少し酸味がありしっかり塩気もある、これがなかなか美味なのです。

帰り道、車を運転しながらあらためて考えたことがあります。
そういえば母は、僕の記憶にある限り入院したこともない。
誰かがぬか床の面倒を見なければいけないほど
長く家を空けるようなこともなかった。
なので、これまでぬか床の管理を
誰かに頼むなんてことはなかったのです。

そのぬか床で漬ける漬け物は、僕の幼少の頃から慣れ親しんできた、
まさに「おふくろの味」。
いま、下田の母の家でごはんを食べるときにも、
母がつくる食事にはなくてはならないものでもあります。

母のつくる食事には、あたり前にぬか漬けが出てくる。
その陰にあった、ぬか床を混ぜ続けてきたという母の行為に、
初めて思いを馳せました。

誰もいないガランとした母の家に入り、
ぬか床の様子をおそるおそる確認。

ぬか床

ぬか床の管理の基本は日々混ぜること。混ぜていない期間が長いと腐ってダメになってしまうのです。

入院してから数日間混ぜていない状況でしたが、
だいぶ気温が下がっていた時期ということもあり、
特に問題はなさそうでした(気温の高い夏場は特に腐りやすく、
毎日混ぜなければならないのですが、気温が低い時期は
数日間混ぜなくても大丈夫なのです)。

実は東京に暮らしていた頃に一度、母のぬか床を少し分けてもらって
わが家でもぬか床を持っていた時期がありました。
でも、僕も妻もお互いにフルタイムで仕事をしていて余裕がなく、
ちゃんと面倒を見ることができず、腐らせてしまいました。

そのときは、分けてもらったぬか床だったので
「母のぬか床」を絶やすことにはならなかったのですが、
今回は違います。
母が長いあいだ混ぜ続けてきたぬか床、
これをダメにしたらもうほかに代わるものはないのです。
いままでとは違う緊張感を持って……混ぜました。

すると、幼少の頃より親しんだぬか床の
なんとも言えない複雑な香りが漂います。
香りとともに思い出が蘇ってくる気さえしました。

そのぬか床を、とりあえずわが家に持って帰りました。
母が入院しているあいだはうちで管理しようということになったのです。

どうせならばと、ぬか漬けに合う野菜を漬けこんでみる。
ひと口味わってみると、まさに自分が幼少の頃より親しんできた
おふくろの味です。いままで当たり前だと思っていた
おふくろの味の存在の大きさを、あらためて感じました。

ぬか床から取り出したかぶとにんじん