大赤字でも気持ちは大黒字。石川・能登発の超全力キャラ「プク丸ちゃん」の正体に迫る

Profile

プク丸ちゃんプロフィール
プク丸ちゃん

みんなに笑顔や元気を届けるために深海から上陸してきた魚の王子様。ハート星のしっぽ、虹の背びれ。世の中を明るく照らす、喋るチョウチンアンコウのキャラクター。石川県能登在住。得意技は『レインボーシャワー』。

7年かけて手作り、家まで買った。熱すぎる誕生秘話

プク丸ちゃんとかにこ隊長
プク丸ちゃん(右)と、かにこ隊長(左)。かにこ隊長は現場でのアテンド以外にもマネジメントや運転手、グッズ制作なども担当している。

――今日はよろしくお願いします!まずは、誕生のきっかけを教えてください。
プク丸ちゃん:よろしくプク!プク丸ちゃんは、石川県の能登から日本全国へ元気と笑顔を届けるために誕生した魚の王子様プク。自治体や企業には属さず、アテンドの「かにこ隊長」と2人で活動していて、デザインから着ぐるみ制作まで完全手作りプク!

――完全手作りとは驚きです。1からこの大きな姿を作り上げるのは、かなり大変だったのでは?
プク丸ちゃん:はじめは10cmほどのぬいぐるみとしてSNSで活動しながら、着ぐるみの自作も並行して進めていたプク。はじめはパーツごとに何パターンも試作しては失敗の繰り返し。心が折れそうになりながらも、7年以上の歳月を経てようやく初号機(1魚機)が完成したプク。

――7年以上も!完成してからお披露目までにも一苦労あったのだとか。
プク丸ちゃん:実は、完成後に『幅問題』が発生したプク(笑)。当時金沢の1LDKのアパートで作っていたのだけど、横幅が115cmもあってドアから外に出られなくて。そこで、出入り口の広い家を能登に買い、金沢のアパートの窓を外してなんとか搬出して引っ越したプク。そうして完成から約1年後、ようやく念願の着ぐるみデビューを果たしたプク!

――着ぐるみはカラフルで愛らしいビジュアルですが、どのような思いが込められているのですか?
プク丸ちゃん:モチーフはチョウチンアンコウで、「笑顔」「元気」「幸せ」を全身で表現しているプク。虹色の背びれ、お星さまのマークがついたハート形のしっぽ、「幸せの四葉」をイメージした黄緑色の眼鏡。そして、あたまの黄色いまん丸の部分は太陽のように世の中を明るく照らしているプク。

活動限界は15分。でも全力で動き続けるのをやめられない

特技のレインボーシャワーを披露するプク丸ちゃん。
特技のレインボーシャワーを披露するプク丸ちゃん。

――イベントなどでは、どのようなパフォーマンスでファンを楽しませているのでしょうか?
プク丸ちゃん:一番の特技は、背びれと同じきれいな虹色のシャワーを口から出す『レインボーシャワー』プク。これで世の中を明るく照らし、みんなに福を届けるプク。ちなみに披露した後はレインボーシャワーを体内に戻すんだけど、その姿がおもしろいみたいで、いつも会場がザワザワしているプク。

――インパクトがありますね。そしてプク丸ちゃんはかなりパワフルだとお聞きしました。
プク丸ちゃん:とにかく全力で動いて喋るから、みんなからは「ファンサがすごい」とよく言っていただくプク。おしゃべりが得意で、イベントの時はずっと喋り続けているから「こんなに喋り続けるキャラクター初めて見た!」「こんなに喋っていいの?」ってよく驚かれるプク。

――それだけ全力のパフォーマンスだと、1回の活動だけでもかなりのエネルギーを使いそうですね。
プク丸ちゃん:本来の活動限界は15分プク……。ファンのみんなが楽しんでくれていると、つい限界を忘れて動き続けてしまうプク。だからいつもかにこ隊長に「プク丸ちゃん、活動限界です!もう戻らないと!」と言われているプク(笑)。みんなの喜びが、プク丸ちゃんにとっても一番の喜びプク。

かにこ隊長と下道で全国へ。大赤字でも気持ちは「大黒字」

車に乗っているプク丸ちゃん
石川の観光名所〈千里浜なぎさドライブウェイ〉。いつもこの車で移動している。

――プク丸ちゃんは県外でも精力的に活動されているそうですね。特に嬉しかったことや印象的なエピソードはありますか?
プク丸ちゃん:知名度がほとんどない県外のイベントに行った時、最初はみんな遠巻きに見ていたけど、自分からグイグイ触れ合いに行ったら段々興味を持ってくれて、最後には「また来てね!」と言ってもらえたのが本当に嬉しかったプク。

最近は、県外のイベントにもたくさんファンの方が来てくれるようになって、とても嬉しいプク。本当はイベントに出るたびに金銭的には大赤字なのだけど、それでもみんなに喜んでもらえるから、気持ち的には大黒字プク!自治体や企業の後ろ盾がない個人運営だからこそ、ファンのみんな一人ひとりの応援が大きな支えになっているプク。

――かにこ隊長と2人で全てを運営するとなると、移動や準備での苦労も多いのではないでしょうか。
プク丸ちゃん:体が大きいから、どこに行くにも移動は車。でも、実は運転してくれるかにこ隊長は高速道路が苦手で、遠くへ行くときもずっと下道を走るプク。車に乗りっぱなしなのは大変だけど、色々寄り道したり、いろんな風景を見たりしながらゆっくり移動するのは好きプク。その様子をSNSにアップすると、ファンのみんなが楽しんでくれるのも嬉しいプク。

――今後、地域のために新しく挑戦したいことや、これからの目標を教えてください。
プク丸ちゃん:プク丸ちゃんを通じて能登や石川県のことを知ってもらい、「石川県に行きたい」と思ってもらいたいプク。それと同時に、もっとたくさんの方に笑顔や元気を届けて、喜んでほしいという気持ちもあるプク。

どちらの目標を叶えるためにも、まずはプク丸ちゃん自身がもっと有名になることが必要プク。だから、いざメディアに取り上げていただいた時に「おもしろい!」と思っていただけるよう、無茶ぶりもアウェーな空気も特訓だと思って、日々のイベントに本気で臨んでいるプク。

――それでは最後に、コロカルの読者や全国で応援しているファンに向けてメッセージをお願いします。
プク丸ちゃん:着ぐるみデビューしてからまだ2年だけど、これからも真面目に地道にコツコツと頑張るプク。進化し続けるプク丸ちゃんをずっと見守っていてほしいプク。いつも応援ありがとうプク!

水族館にいるプク丸ちゃん
プク丸ちゃんのいちおしスポットは、海の生き物の仲間がいっぱいいる〈のとじま水族館〉。

バイト先から、楽曲制作の原風景まで。眞名子 新が語る3つの神戸

青春時代を過ごしたバイト先〈オールドスパゲティファクトリー 神戸店〉

大学3年間働いたバイト先です。ハーバーランドの煉瓦倉庫内にあるスパゲティ屋さんで、おかわり自由の大きなパンや豪華な内装が有名です。

一時期は週6〜7でシフトに入っていて、毎日パスタを食べていました。いろいろなメニューがありますが、おすすめは「青ネギとキノコのペペロンチーニ」です。学生時代を過ごした思い出の場所なので、神戸に帰ると今でもふと食べたくなります。

Information

オールドスパゲティファクトリー 神戸店

住所:兵庫県神戸市中央区東川崎町1-5-5|地図
営:月〜金 11:00〜15:00(LO14:30)/17:00〜21:00(LO20:30)、土日祝 11:00〜22:00(LO21:00)
TEL:078-360-3911
休:無
Instagram:@old_spaghetti_factory_kobe_

楽曲が生まれた〈須磨海岸〉

夕暮れ時の須磨海岸

音楽を始めた大学生の頃、曲を作るために海を見に行こうと須磨海岸へ向かいました。神戸の中心部から電車で20分ほど、山と海が近くに迫る須磨ならではの景色が広がる場所です。

そこで生まれたのが、1stフルアルバム『野原では海の話を』に収録されている"海の一粒"という曲。ただぼうっと海の向こうを眺めるのってすごくいいですよね。

Information

須磨海岸

住所:兵庫県神戸市須磨区若宮町1-3-1|地図

地元の日々を思い出す〈木幡駅〉

大学生まで暮らしていた地元の最寄り駅です。赤い車体が印象的な神戸電鉄が走り、神戸の中心部・三宮までは約40分。30分に1本ほどの路線で、幼い頃から廃線の噂もありましたが、田舎で暮らす僕たちにとってはなくてはならない存在で、今も変わらず走り続けています。

夏になると、駅の近くの田んぼからカエルの大合唱が聞こえてきます。それくらい自然豊かな場所なんですよね。新開地(神戸の中心部に近いターミナル駅)から木幡駅へ向かう電車に揺られていると、森を抜けたり街を見下ろしたりと、色々な景色が広がります。

僕にとっては、「神戸らしさ」というより、地元で過ごした日々そのものを思い出す場所です。

Information

木幡駅

住所:兵庫県神戸市西区押部谷町木津字居垣内54-2|地図

Profile

眞名子 新

まなこ・あらた/シンガーソングライター。1997年神戸生まれ、神戸育ち。2016年から「神戸のあらた」として活動を開始。ルーツであるフォークやカントリーをベースに、ギターと声というシンプルなスタイルでのフォーキーな楽曲が魅力。2026年6月17日に新アルバム「良くなった動物」をリリース。
Instagram:@manakoarata

海も山もすぐそこに。シンガーソングライター・眞名子 新の音楽を彩る神戸の風景

“神戸のあらた”から眞名子 新へ

ー最近、地元に帰ることはありますか?

「ライブのときに帰るくらいですね。移動などで慌ただしくて実家にも寄れないので、母にはライブに来てもらって。軽く目配せくらいはします(笑)」

ー地元でライブするのはどんな気分ですか?

「すごくうれしいです。2026年6月も僕が人生で初めてライブをした〈VARIT.〉でワンマンをやりました。大学の4年間はここで毎月のようにライブさせてもらってて。オーナーの南出渉さんは自分の親みたいな存在なので、会うと気恥ずかしい気持ちになりますね」

神戸VARITでライブをする眞名子新さん
撮影:キシノユイ

ー当時のアーティスト名は、“神戸のあらた”だったんですよね?

「そうです(笑)。インパクトがあるし、“神戸の”って付けたら地元の方が応援してくれるんじゃないかと、兄と相談して決めました。結構気に入ってたんですが、上京を機に本名に戻しちゃいました」

海と山に囲まれて育った

ー神戸が恋しくなることってありますか?

「僕はいまも多摩川とか、外に行って曲作りをすることが多いんですけれど、自然が恋しいのかなって思います。大学まで過ごしたのが木幡駅というローカル線の小さな駅で、すごく田舎だったんです。明石川が流れていて、山や田んぼ、ちっちゃい生き物がいっぱいいたり。神戸の街も山と海が近いので、歩いて行けるのがすごい好きでした。そんな場所で育ったので、自然の中にいるのが落ち着くんだと思います」

ー地元での思い出のエピソードはありますか?

「高校生の時、毎日チャリで森を抜けて、20分かけて駅まで通ってたんです。結構アップダウンが多い道だったんですが、電動自転車なのに『筋トレや!』と思ってわざと電源を切って走ったりしていました。サッカー部だったんで(笑)。チャリを漕いでいる途中は歌ったり、歯笛を吹きまくったりしていましたね」

インタビューを受ける眞名子新さん

感性の根源にある地元の記憶

ー楽曲はお兄さんと共同制作なんですよね。

「音楽を始めて数曲作ったところで、作詞に苦戦する時期が続いてて。たまたま兄に相談したら、メロディにバチッと当たる歌詞を書いてくれたので『え、すご』ってなって(笑)。それからずっと一緒に作っています。兄も自分と同じ地元の風景や思い出を共有しているから、呼吸が合うんだろうなと思います」

ーアルバム『野原では海の話を』収録曲「出自」は、まさに木幡駅に帰って感じたことをもとに制作されたというエピソードがありますよね。

「自分のルーツを見て曲を作りたいなと思って、原点に立ち返ったというか。久しぶりに木幡駅に降り立った時は懐かしい気持ちになったし、ここで育っていくなかで見た風景や、聞いていた自然の音が、いま自分たちが『いいな』と思うものの根源にあるんだろうなって感じて、大事にしたいと思いました」

ー6月17日にリリースされたアルバム「良くなった動物」は、どんな雰囲気ですか?

「石崎元弥さんという方にパーカッションやバンジョー、マンドリンでバンドに入っていただいて、自分が表現したかったカントリー的なサウンドに仕上がりました。優しさや温かみをより強く感じていただけると思います。タイトル通り、演奏も歌詞も音も“良くなった”アルバムです」

シンガーソングライターの
眞名子新

ー最後に、眞名子さんにとって“地元”とは?

「誰でもあるものだけど、自分にしかないもの、ですかね。もちろん神戸出身の人は世の中にたくさんいるけれど、それぞれ見ていた景色、過ごした時間、思い出は違う。だから同じ土地でも、一人ひとり違う“地元”というのがあるんだと思います」

Information

眞名子新さんのプロフィール画像
眞名子 新

まなこ・あらた/シンガーソングライター。1997年神戸生まれ、神戸育ち。2016年から「神戸のあらた」として活動を開始。ルーツであるフォークやカントリーをベースに、ギターと声というシンプルなスタイルでのフォーキーな楽曲が魅力。2026年6月17日に新アルバム「良くなった動物」をリリース。
Instagram:@manakoarata

時代を変えるものは、いつも規格外れから生まれる 文・荏開津広

文・荏開津広

音楽の娯しみ方のひとつを超え、イベントとして楽しみにしている人も多い、音楽フェスティヴァルーーかくいう自分、かつてはクラブDJで今ではキュレーションやディレクションをしながら大学で教鞭をとる人間の、これまでの音楽的生活、忘れられない幾つかの瞬間は音楽フェスという場と時間と切り離せない。

26年5月の或る日、能登半島の先端?石川県鳳珠郡能登町で開催された「だらぼち音楽祭」は、自分にとって決定的な音楽フェスのひとつ、もしくは主催者の方のいう「祭り」の瞬間になった。

個人的な話になるが、自分が「だらぼち音楽祭」を知ったのは今年のまだ早い春、“ミラーボールの回る宿”こと能登町の「土とDISCO」に伺った際。でも、能登が気になったのは、2022年、金沢21世紀美術館の仕事でほぼ1ヶ月1人で金石というかわいい町に滞在し関係者の方にその先の半島に連れて行ってもらってから。その再訪のプランについてその方に電話した数日後に地震が起きた。

その後すぐ、横浜の自分の知り合いのある現代美術作家は、それまで話していた作家としてのプランを変更しヴォランティアへ出かけて行った(今でも彼女は能登で活動を続けている)。そのことに強い印象を受けた。でも、地震があったから「能登が特別」なのではもちろんない。

昨年に別のプロジェクトを通じて会ったノルウェイのアーティスト/デザイナーT-Michaelは、T-Wabisatoというアーティスト・イン・レジデンスのプロジェクトを偶然にも能登で進めていた。自分も関わるだろう。能登ではないけれど新しくできた知性溢れる友人がギャラリーを金沢に開くという話もある。でも、金沢から能登に惹きつけられるのは自分個人特有の事情、というのでもない。

豊かな緑に囲まれた「里山ステージ」のヘッドライナー、THA BLUE HERBのILL-BOSSTINOの自らいう「無骨な語り」が進めていくステージで「だらぼちって良い言葉」だと言っていた。自分も賛成で、時代を変えるアート/イノヴェーション(敢えてこの言葉使ってます)は「だらぼち」的姿勢から生まれる可能性が高いと考える。改めて考えるまでもなく、既存の価値や能率重視の規格/企画とかにパッとそぐわないものが新しい美である。

だらぼち音楽祭の設営の風景
だらぼち音楽祭を楽しむ人たち

まだ少ししか知らないけれど、まず能登という土地の自然と風景自体に先端の、いうならある種の異形の美さえ許容するおおらかさを感じる。それは、若い頃に日本のヒップホップ/ストリートカルチャーが生まれてきた現場に立ち会ってきた自分の経験則から見え聞こえる、反転して生まれる美といっていい。そのおおらかで鋭い感受性は、能登と日本の代表的な都のひとつ金沢という町との距離とも関係がある気もする。

自分が最も好きな DJのうちの1人DJ KENSEIのサウンドの蜃気楼のような?しかしブラックネスに満ちたプレイ、彼らの人生と分かち難い真のライヴ音楽を聴かせるバンドSOFT、「さんピンCAMP」以前から存じ上げている刃頭さんの太いビーツ、「里海ステージ」の海の絶景、風の匂い、星空、偶然会った京都の友だち家族(!)、初めて見る出演者のライヴ/パフォーマンス、そして夕方に動き始めたキリコ(!)、すべて絶対に自分は忘れないだろう経験になった。

だらぼち音楽祭のステージの様子

先ほど能登には自分の個人的な理由で魅かれているのではないと記した。でも、グローバルとかいう言葉のイメージに欺かれず、偶然の遠近法というか、「縁」の積み重ねに気がつくことが、結局、替えの効かない自分の生きられた時間になり、かけがえないアートへ導いてくれるのでは?とも思う。簡単に取り替えられない価値、それが根本にそれぞれ個人の「祭り」、「カルチャー」、そして「目的地」となり暮らしや生き様やライフを彩っていくのではないだろうか。

きっとまたすぐに自分は能登に戻るだろう。

Profile

荏開津広(えがいつ・ひろし)

東京生まれ。東京の黎明期のクラブでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後、批評的な活動が増加。主な活動にキュレーション、ディレクション、構成・執筆など。高山明Port Bのヒップホップ ・スクール「ワーグナー・プロジェクト」、「磯崎新と大分の広場」、「アート×イノベーション シンポジウム at 京都大学」などの音楽監督。NHK「世界サブカルチャー史 欲望の系譜」他。立教大学兼任講師。

能登の祭は死なない。石川「だらぼち音楽祭」が証明したこと

「帰ってこんでいい」と言われた町を離れて

辻野実さんは、能登町で生まれ育ち大学進学を機に大阪へ、その後東京や金沢で仕事をしたのち、コロナ禍に地元へと戻ってきた。現在はウェブデザインを手がける傍ら、能登町にスタンド珈琲店〈DOYAコーヒー〉を経営している。

辻野さん

「僕が10代だった頃、進学先を決める時に周りの大人からは、能登には仕事がないから、地元から出て就職することを勧められていました。帰ってこんでいいわって若者を送り出してるような感じ。祭がある時だけ帰ってくればいいからと(笑)。当時はインターネット環境もほとんどないし、『Boon』や『Cool Trans』などの雑誌を読んでは都会への憧れが募っていたので、高校を卒業して町を出ることは自然な流れでした」

進学先は大阪。辻野さんはブレイクダンスをしたり、DJをしたりとヒップホップカルチャーに傾倒していく。

「ヒップホップは、人の真似はカッコ悪いというカルチャー。だから、自分が何者なのか、どんなバックグラウンドを持っているかアイデンティティを鮮明にする必要があります。その時に、自分のオリジンをすごく意識するようになりました。

僕の場合は能登出身ということが良かった。周りに同郷も見当たらなかったし、わりと簡単に差別化になって。その時に初めて故郷を誇れたと思います。能登の祭をはじめとした文化、僕らが当たり前だと思って育ってきたものは他の地域ではそうではなく。地元カルチャーに対するアプローチは、僕の生き方として如実に出ているらしく、能登を見直すきっかけになりました」

学生生活を終え、辻野さんはそのまま大阪で就職するも数年後に大阪支社がクローズ。それと同時に、2007年能登地震が発生した。「なんとなく実家の近くに戻っていた方がいいかな」という考えもあり、そのタイミングで金沢へと移動し、災害情報を自治体のホームページや防災無線などに流せるシステムを販売する会社に転職した。

営業マンとしてシステムを販売するうちに、既存のものを営業する仕事よりも、自分自身で全てを構築したりデザインしたりできる仕事をしたいとプログラミングやデザインをいちから勉強し、ウェブデザイナーとして2012年に独立する。

ヒップホップが教えてくれた、地元という武器

金沢でデザイン事務所を立ち上げていた辻野さんに転機が訪れる。たまたま家族で祭に参加するために能登に帰省した時のこと。幼い時の賑わいの記憶とは異なり、参加している人の少なさに気がつくと同時に新聞のある記事が目に留まったのだ。

「新聞に”消滅可能都市”という言葉を見つけて、その中に能登町がランクインしていたんです。その時、すごくムカついたんですよ。当時すでに僕が通っていた保育園とか小学校とか中学も高校も全て統廃合によってなくなっていました。それなのに町まで無くなるのかと。ヒップホップは自分のアイデンティティをレペゼンするカルチャーだというのに、自分が通ってきた何もかもがなくなると言われてることに腹が立ったんです。

※「レペゼン」は英語の「represent(リプレゼント)」に由来する言葉で、「〜を代表する」「〜を象徴する」という意味のヒップホップ・ストリートカルチャー発祥のスラング。

その時に僕は、過疎問題にアプローチすると決めたんです。過疎とは地域の誇りを失ったことだと定義して、地元をかっこいいと自信を持って言うことができるならば、それは過疎ではなくなると考えました。すでにデザインの仕事をスタートさせていたので、何気ない景色も視点を変えればカッコよく見えることを伝えられると。それが、僕が立ち上げた〈NOTONOWILD〉というサイトです」

辻野さんの狙いは成功し、Tシャツを作ったり〈NOTONOWILD〉を活動を通じて、能登の新しい側面を見せることができたという。

「一番面白かったのは、金沢の感度の高い人たちが、〈NOTONOWILD〉のグッズをピックアップしてくれて、能登ってかっこいいと言ってくれたことなんです。同じ石川県でも、能登出身というと馬鹿にされることも結構あって、だからこそ、ゲームチェンジできた瞬間だと感じました。

ただ、発信する自分は能登の外にいるというやり方に、このままでいいのかな?という疑問も自分の中には生まれていたんです。コロナ禍に入り、ウェブの仕事は場所を選ばないし、実家の近くで育児を手伝って欲しい気持ちも重なり、地元に帰ることにしました。そしてウェブの仕事と並行して、〈DOYAコーヒー〉を立ち上げたんです」

DOTAコーヒー
ゆっくり寛ぐ店内というより、会話が始まりやすいスタンドスタイルのコーヒー店に。

「能登では、挨拶の最初に「どうや?」って相手に聞くんですよ。最近どう?みたいな意味です。そのコミュニケーションをそのまま店名にしました。店を始めたのは、コーヒーを作りたいということではなく、場を作りたかったから。喫茶店とか定食屋ってその町の文化を育てると思うんですよ。それがコロナ禍で軒並み閉店してしまっていました。

小さな町なのに1杯500円のコーヒーなんて売れるのかと僕も周りも思っていたけれど、すぐにみなさんに来ていただけるお店になりました。きっとみんな、集まれる場に飢えていたんでしょうね。だから、ここからもっと面白いことできるなと思った矢先、2024年元日の能登半島地震が起きたんです」

能登半島地震と豪雨災害が変えた景色

「僕は地元の消防団にも所属しているので、地震が起きた直後から、救助に避難支援に走り回り、正直あんまり記憶がない。目の前のことで精一杯でした。ただ、自分の気持ちとして不思議な感覚も経験しました。元日の夜に、その日できる救助を終えてふと空を見上げたら、星がすごく綺麗だったんです。家も道も全てがめちゃくちゃなのに、綺麗だと思う心が残ってるなんて、人間ってすごいなって。この時の景色や気持ちは今でも覚えています。その後は、この地震後の状況からなんとかするぞと。

〈NOTONOWILD〉や、〈DOYAコーヒー〉のアカウントから物資援助のお願いして届けていただいたり、それまでに構築してきた仕事や関係性など全てが点と点が繋がった瞬間でした。おかげで物資の供給拠点も1日で構築できたんです。出来ることを出来る人がやる、そういう時期でしたね。

よく役場や自治体の機動力を指摘する人がいますけど、役場は役場で大変な状況の中すごくしっかりやってるんです。だからまずは自助。周りに対して自分が出来ることを粛々とやっていくことが大切だと思います。幸い僕はそれが出来る状況だったしキャラクターだったし、だから取り組んでいただけなんです。ストリートの助け合いというか、このエリアの困りごとに、自分たちが出来ることにアプローチする。水道が復旧しはじめて、炊き出しを縮小していくタイミングが一区切りになりました」

さらに能登半島は地震から半年後、豪雨災害にも見舞われる。

「本当に、なんで能登半島の真上に線状降水帯?って思いましたよ。二つの災害を経て、生き死にの段階をなんとか乗り越えたのが2025年。道路などインフラの整備も完全ではありませんが、能登はいま、ようやく心を癒していくというフェーズに入ったところだと思います」

「だらぼち音楽祭」が、僕たちの復興のかたち

「これまでの間、多くの方が能登に助けに来てくれた。恩返しがしたくて、その想いを形にしたのが、だらぼち音楽祭です。誰かの力に頼って開催するのではなく、自分たちの力で始めようと考えました」

音楽祭の主催者は3人。それぞれが、能登町、狼煙町(のろしまち)、能登島と住むエリアは離れている。能登半島は祭が盛んだったけれど、それぞれの町で開催してきた歴史があるからこそ、この音楽祭は、広域に分かれるメンバーが手を繋いで一つのものを立ち上げるという形にこだわった。
「だらぼち」とは能登半島の方言で、要領は良くなくても真っ正直に生きる人を指す。開催までの道のりは、広域だけに、前例がないだけに、困難もあったが、自分たちで立ち上げていく姿は、まさに言葉通りだ。

「僕ら3人は、それぞれにDJをやったりしていて、元々は音楽つながり。震災前にもフェスを開催しようと思っていたほど。能登は各所に祭があって自分の祭にプライドがあるからこそ、隣町と仲良くなれないこともあった。だからこそ僕らが主催するものは、広域の人たちが手を取り合って作るものにしたかった。祭の要素はあるけれど、神様を降ろしてくるような祭ではなくて、音楽祭という形にしたら僕らでも作り上げられるのではないかと考えました。

愛知県の『橋の下世界音楽祭』を参考に、手作り感があって、土着のカルチャーを表現できて、ステージで繰り広げられる演奏を見るのではなくて、その場所に音楽が溶け込んでいて、時間も空間も演出していくイメージ。だからこそ、空間の音を任せられるという意味で、アーティスト選びも慎重に考えて、結果、ベストを超えるような素晴らしいアーティストの方々が出演してくださいました」

海が見えるだらぼち音楽祭会場
ゆったりと流れる時間と気持ちのいい空と海とが抜ける高台で、地元のフードと共に来場者に新鮮な景色を見せた。
だらぼち音楽祭

だらぼち音楽祭は、午前中から夜まで、里山ステージ、里海ステージ、だらぼちディスコと名付けられた3つの会場で開催された。ヨシハルヨシダやタテタカコのステージに始まり、切腹ピストルズやNatti Nuts、そして辻野氏が10代でそのリリックに出会い衝撃を受けたというTHA BLUE HERBなど、錚々たるメンツが集結。「県外からも多くの方が来場してくださいました。僕らが能登で大好きな海と山の両方を味わえる場所を会場に選んだので、来てくれた方も自然の中に溶け込むような形で音楽を楽しんでもらえたと思います」

ボルテージが高まった会場を辻野さんは振り返る。

「今日、俺に果たせることはここまでだ、精一杯やったよ。あとはあなたたちだよ。」とILL-BOSSTINO(THA BLUE HERB)が言った時は、本当に鳥肌が立って、僕の中学生の息子にも刺さりまくってましたね。どの出演者の方も、みなさん神がかったパフォーマンスで、あの場にいられたことを主催者ながら心から感謝しています。

あの日、アーティストの方皆さんに”能登は素晴らしい”とたくさんの強いメッセージをもらって、僕たちを肯定してもらったことが、本当に嬉しかったし自信に繋がった。震災が起きてどうやって生きていこうかと誰もが考えていたから、すごく勇気をもらいました。こうした瞬間を続けていくことが、次に繋がっていくんじゃないかと実感しました」

辻野さん
能登に新たな祭が生まれた瞬間だと、辻野さんをはじめ来場者の多くが認知したという。

今回のだらぼち音楽祭は、新しい能登の側面を見せたが、これからの能登について、辻野さんが描く未来とはどんなものだろうか。

「復興という言葉の再定義からスタートすることが必要だと考えています。災害によって壊れてしまったものがある状態に戻り、そこからさらに盛んになっていくことを想定する言葉ですが、過疎地においてはそれは違うと思うんです。実際震災後にさらに人口が流出していますから。

そうなると、僕たちが能登に住むことを好んで選び、誇りを持って楽しく暮らしている姿こそが復興だと思うんです。物質的ではなく、心豊かに暮らしている姿を見せることが大切で、だらぼち音楽祭を開催したこともその一貫。だからこそ、アップデートして来年もまた僕たちの手で開催することが、能登の人の心も、県外から訪れてくれる方、出演してくれるアーティストの方に対しても、さらなる復興の姿を見せる機会になると思っています」

Information

だらぼち音楽祭のロゴ
だらぼち音楽祭

能登半島地震からの創造的復興を目指し、2026年5月16日に石川県能登町の「Heart & Beer 日本海倶楽部」で初開催された音楽イベントです。地元の方々が主体となって企画・運営し、音楽や地域の伝統・食を通じて能登に新たな「目的地」を創ることを目的としている。
HP:https://darabochi.com/
Instagram:@darabochi.fes

Profile

辻野実

つじの・みのる/能登町出身。デザインプロダクションSCARAMANGA .inc と、 DOYACOFFEE​​を経営。だらぼち音楽祭共同主催者の一人。
HP:https://scaramanga.jp
  https://notonowild.com

実はスキーもヒップホップダンスもプロ級!?兵庫・養父市「やっぷー」の意外すぎる素顔

Profiel

やっぷーとやっぴー
やっぷー

兵庫県最高峰の山、氷ノ山(ひょうのせん)のブナの森に住む「妖精」。ブナやどんぐり、くるみなど木の実が大好き。のんびり屋でおっとりした性格だが、スキー・スノボはプロ級の腕前。普段はお友達の「やっぴー」と一緒に養父市の魅力を日本中に広めている。

のんびり屋な妖精の、意外なアクティブライフ

森の中のやっぷー
休日は自然の中で過ごすやっぷー

――今日はよろしくお願いします!やっぷーはとてもマイペースだとお聞きしました。普段はどのように過ごしているのでしょうか。
やっぷー:よろしくぷ〜! そうなんだぷ〜、朝寝坊と昼寝が大好きでいつも周囲からワンテンポずれてしまうような、のんびり屋だぷ〜。最近はだんだん暑くなってきたから、養父市を流れる大屋川でよく遊んでいるぷ〜。きれいで冷たい水の中を、川のお魚たちと一緒にスイスイ泳ぐのは、すっごく気持ちがよくて最高ぷ〜!

――普段から養父市の豊かな自然を満喫しているのですね。のんびりした日常の一方で、スキーやスノーボードが大得意だという噂も。
やっぷー:氷ノ山育ちだから冬のアクティビティは大得意。雪の上に立つと、まるでキャラが変わったようにかっこよく滑れちゃうんだぷ〜!

スキーを滑るやっぷー
スキーが得意なやっぷー

――他に最近ハマっていることはありますか?
やっぷー:実は今、「ヒップホップダンス」に猛烈にハマっているんだぷ〜。地域の元気な子どもたちと一緒に、音楽に合わせてノリノリでステップを踏みながら、いっぱいいい汗を流しているぷ〜。

――スキーだけでなくダンスまで! 様々なことにチャレンジしているやっぷーですが、今後やってみたいことはありますか?
やっぷー:今ハマっているヒップホップダンスをもう少〜し極めて、いつか動画を「TikTok」にアップしてみたいんだぷ〜。キレキレのダンスで、画面の向こうのみんなをメロメロに魅了しちゃうのが今の夢だぷ〜。世界中のみんなに届くように一生懸命練習するから、やっぷーのダンスデビューを楽しみにしていてほしいぷ〜!

ご当地キャラEXPOで踊るやっぷー
ご当地キャラEXPOでは他のキャラクターたちと一緒にダンスも披露

養父市の豊かな自然がギュッと詰まっているんだぷ〜

棚田に移る氷ノ山とやっぷー
棚田に反射した「逆さ氷ノ山」。5月上旬の田植え前には撮影スポットとして人気

――アクティブな一面を見せてくれたやっぷーですが、頭のとんがりや、首に巻いているマフラーもすごく印象的です。何か秘密があるのでしょうか?
やっぷー:実はやっぷーの身体は、養父市の豊かな自然がギュッと詰まっているんだぷ〜。全体は自然の緑の豊かさを表すグリーンで、頭のとんがりは「氷ノ山(ひょうのせん)」、首元のマフラーは名瀑「天滝(てんだき)」の清らかな水の流れ、そして手足は「妙見杉(みょうけんすぎ)」を表しているんだぷ〜。

――やっぷーが思う、養父市の一番の自慢はやはり、自然ですか?
やっぷー:そうだぷ〜、養父市は「兵庫県でナンバーワン」の自然が3つもあるのが自慢だぷ〜。

――兵庫県ナンバーワンが3つも! ぜひ教えてください
やっぷー:1つ目は、兵庫県最高峰の山「氷ノ山」。標高は1,510メートルで、近畿地方でもトップクラスの自然の宝庫だぷ〜。
2つ目は、落差98メートルと県下一を誇る「天滝」。「日本の滝100選」にも選ばれている名所だぷ〜。
そして3つ目は、国の天然記念物にも指定されている「樽見の大桜(たるみのおおさくら)」。県下最大のエドヒガン桜で、樹齢はなんと1,000年を超えると言われているぷ〜。
地元のみんなからは「仙桜(せんざくら)」とも呼ばれて親しまれているんだぷ〜!

――どれも圧倒的なスケールですね。
やっぷー:春夏秋冬で違う表情が楽しめるこの大自然こそが、みんなに一番伝えたい養父市の宝物なんだぷ〜。

目標は世界。応援してくれるみんなの笑顔を原動力に

地域のお祭りに出演するやっぷー
地域のお祭りに出演するやっぷー

――大好きな養父市のために、日々イベントなどで大活躍されています。活動の中で一番嬉しいと感じる瞬間はどんなときですか?
やっぷー:一番嬉しいのは、地域のイベントでみんなが「やっぷー!」って名前を呼んで、笑顔で握手や記念撮影をしてくれることだぷ〜。夏の暑い日は大変だけど、みんなの笑顔を見ると一気に元気になっちゃうぷ〜。最近は市外から来てくれた人が「いつも応援してるよ」って声をかけてくれることも増えて、本当に感激しているぷ〜。

――これからの目標や、展望を教えてください。
やっぷー:日本を飛び出して、世界へ向かって大きく羽ばたくことだぷ〜。もっとたくさんの人に、養父市のすばらしい魅力をお届けしたいと思っているぷ〜。

――最後に、読者のみなさんへメッセージをお願いします。
やっぷー:養父市は、雄大な山や美しい滝など、豊かな大自然に囲まれたとっても素敵な町なんだぷ〜。養父市を盛り上げるために一生懸命がんばるから、応援よろしくぷ〜!

“地域を盛り上げる力”を競う。「世界ご当地キャラグランプリ」が初開催、コロカル賞も

地方創生の新たな一歩のきっかけに

世界各地で地域を盛り上げる「ご当地キャラ」。彼らの日々の地道な活動を可視化し、地域活性化の原動力へと変えるイベント「世界ご当地キャラグランプリ」が開催される。現在はエントリー受付中で、投票期間は2026年7月7日(火)から12月13日(日)まで。4月上旬のエントリー開始からわずか数日で、早くも国内外から約200キャラが参戦を表明し、持続可能な地域振興を目指す新たな試みとして注目を集めている。

地域に貢献しているキャラクターが日の目を浴びるグランプリ

開催の背景にあるのは、一般社団法人日本ご当地キャラクター協会をはじめとした実行委員会の「単なる人気投票ではなく、地域のために一生懸命活動するキャラクターを評価したい」という強い思いだ。従来の大会では知名度の高い人気キャラばかりが注目されがちで、地域に貢献していても評価されにくい側面があった。そこで本グランプリでは、約半年にわたるWEB投票と、リアルイベントでの現地投票を連動させた「応援評価システム」を導入。彼らが活動する地での触れ合いや盛り上がりを重視し、地域貢献度を評価する仕組みとなっている。

コロカル編集部が選ぶ「コロカル賞」も

また、Webマガジン『colocal(コロカル)』も本イベントの趣旨に賛同し「コロカル賞」を設置。以下の3つの軸を元に編集部がリサーチ取材し、「最も地域を愛し、愛されているキャラクター」を選定する。

1.地域貢献度: 地元の地場産業や観光への具体的な寄与。
2.地域密着度: 地元住民との交流頻度や、伝統行事への参加姿勢。
3.編集部視点: 独自性のあるストーリーや、地域資源の活かし方のセンス。
この賞には、地域で活動する真摯な姿が全国に届いていなかったキャラクターをピックアップし、今後の活動へのモチベーションを高めてほしいという願いが込められている。

また、コロカル賞以外にも様々な副賞が用意されており、今後も増えていく予定だ。各賞を予想しながら、皆さんもぜひお気に入りのキャラクターを見つけて応援してほしい。

Information

世界ご当地キャラグランプリ

開催スケジュール:
● エントリー期間: 4月上旬〜
● WEB応援投票期間: 7月7日12:00〜12月4日23:59
● リアル(現地)応援投票期間: 9月〜12月(全国複数カ所で開催。イベント初日〜最終日終了1時間前まで)
● 現地応援会場(予定):千葉市、群馬県、彦根市、羽生市、泉佐野市
● 総合ランキング集計期間: 7月7日〜12月13日
公式WEBサイト:https://charagp.com
問い合わせ:世界ご当地キャラグランプリ 事務局(info@charagp-mail.com)

お酒を飲まない人にも、夜のたのしみを。山梨発ジンジャーシロップ〈SOIL〉がつくる新しい一杯

“大人の夜のジンジャーエール”という発想から

山梨県南アルプス市発のドリンクブランド〈SOIL〉は、「お酒に引けをとらない夜のジンジャーエール」をコンセプトに生まれたノンアルコールジンジャーシロップ。お酒が飲めない人、あえて飲まない人も、同じテーブルで心地よい時間を楽しめるように。そんな思いから始まったプロジェクトだ。スパイシーで濃厚、余韻まで楽しめる一杯として、新しい選択肢を提案している。

SOILのベースとなるのは、山梨県産の生姜。自社で栽培から製造、販売までを一貫して行っている。畑では作物だけでなく、土や草花の状態まで観察しながら、土地と向き合うように農業を続けているという。そこに唐辛子やクローブなど複数のスパイスを重ね、種類ごとに蜂蜜や山梨県産の果実をブレンド。甘さのあとに生姜とスパイスの辛みが広がる、奥行きのある味わいに仕上げている。

ラインナップは、定番ジンジャー、ダークラム、柚子、ピーチ、スモモ、りんごの6種類。炭酸水で割れば、食事にも合わせやすい一杯に。濃さを調整したり、ミルクやお湯で割ったりと、楽しみ方も自由。気分に合わせて楽しめる、大人のひとときに寄り添う一杯だ。

Information

SOIL

HP:https://soil-drink.com/

“世界でいちばんやさしい場所”へ。大分・ハーモニーランドの新リゾート構想が始動

35周年を迎えるテーマパーク、その次の未来へ

大分県日出町にある〈サンリオキャラクターパーク ハーモニーランド〉が、新たなリゾート構想を発表した。1991年の開業以来、多くの人に親しまれてきた屋外型テーマパークが、開業35周年を前に“エンタメリゾート化”へと歩みを進める。掲げるコンセプトは、「世界でいちばんやさしい場所」。大分の自然や温泉、食文化、地域のおもてなしと、サンリオならではのエンターテインメントを掛け合わせ、新しい滞在体験を目指していくという。

サンリオキャラクターパーク ハーモニーランド
右/日出町長 安部徹也氏、中/株式会社サンリオエンターテイメント 代表取締役社長 小巻亜矢氏、左 大分県知事:佐藤樹一郎氏。構想発表に合わせて、大分県庁にて立地表明式を開催した。© 2025 SANRIO CO., LTD. TOKYO, JAPAN  著作 株式会社サンリオ

今回公開された基本構想では、ハーモニーランドの高低差ある地形を活かした「天空のパーク」を初公開。空へとひらけたロケーションを活かしながら、大屋根の整備やロープウェー、電動モビリティなど、快適に過ごせる環境づくりが検討されている。さらに、新規施設や既存アトラクションのリニューアル、隣接エリアでのホテル建設構想も進行中。パークだけでなく、滞在そのものを楽しむ場所へと進化しようとしている。

“みんなとつくる”やさしい場所へ

この計画の特徴のひとつが、構想段階からファンや地域住民とともにつくり上げていく“共創型”の姿勢だ。施設や装飾、グッズ、メニュー、移動手段まで、さまざまなアイデアを広く募りながら、未来のハーモニーランドを育てていく。年齢や国籍、身体的特徴の違いにかかわらず、誰もが楽しめる場所を目指すという理念も、この計画の核にある。テーマパークの枠を超え、人と地域、旅と滞在をつなぐ新しい拠点として、そのこれからに注目したい。

Information

サンリオキャラクターパークハーモニーランド

住所:大分県速見郡日出町大字藤原5933(国道10号線沿)|地図TEL:0977-73-1111
HP:https://www.harmonyland.jp/

ユネスコ無形文化遺産登録後、初の開催へ。城下町・新潟で受け継がれる「村上大祭」とは

城下町を巡る、絢爛な屋台行事

新潟県村上市で毎年7月の2日間で行われる「村上大祭」。西奈彌羽黒(せなみはぐろ)神社の例大祭として、1633年の遷宮祭を起源に持つ歴史ある祭りだ。

神輿の巡行にあわせ、19台の屋台「おしゃぎり」と呼ばれる山車や荒馬、稚児行列が城下町を練り歩く。彫刻や漆塗りが施された屋台の中には200年以上前に制作されたものもあり、その華やかさは訪れる人々を圧倒する。

灯りに照らされる屋台。昼とは異なる表情を見せる。

この祭りを支えているのは、地域に根ざした継承の仕組みだ。各町内では本番に向けてお囃子の稽古が重ねられ、大人から子どもへと技術が受け継がれていく。子どもたちは屋台の乗り手や行列の役割を担いながら、自然と地域の一員としての意識を育んでいくことができる。また、学校教育の中でも祭りを学ぶ取り組みが行われ、体験を通して文化の担い手を育てる試みが続いている。

市街地を巡行する「おしゃぎり」。

新潟県村上市の「村上祭の屋台行事」は、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の構成遺産の一つとして、2025年12月に登録された。「山・鉾・屋台行事」は、地域の人々が一体となって災厄除けや安寧を願う、日本各地の祭礼から成る無形文化遺産。村上市内ではほかにも、瀬波大祭や岩船大祭など個性豊かなまつり行事が受け継がれており、地域に根付いた文化の厚みを今に伝えている。なかでも、村上祭の屋台行事は、華やかな屋台の巡行とともに町全体が一体となるのが特徴。

2026年は、ユネスコ無形文化遺産登録後初の開催。その記念として例年は2日間の開催のところ、今年は7月5日(日)からの3日間にわたり実施される。例年以上のにぎわいが見込まれており、多くの来訪者で盛り上がりそうだ。

Information

村上大祭(むらかみたいさい)

開催日:毎年7月6日(宵祭)・7月7日(本祭)
住所:新潟県村上市中心部 羽黒神社周辺〜旧城下町一帯|地図HP:https://www.sake3.com

「ぜんぶが見どころだよ」ミャクミャク初のグラビア写真集『I myaku you.』が発売!

沖縄で見せた、知られざる一面

大阪・関西万博の公式キャラクター・ミャクミャクの1st写真集『I myaku you.』が、2026年4月13日(月)に発売された。撮影の舞台となったのは沖縄。青い空と海に囲まれながら過ごした2泊3日の旅の中で、ビーチではしゃぐ姿や街を散策する様子、ふとした瞬間に見せる表情など、これまでにないミャクミャクの姿が収められている。

旅のなかで切り取られた、これまでにないミャクミャクの表情。

全224ページにわたり構成された本作は、ミャクミャクの魅力を余すことなく詰め込んだ一冊。タイトル「I myaku you.」には、「みんなの脈(⿎動)をドキドキ・ワクワクさせたい」という思いが込められている。

初のグラビア撮影についてミャクミャクは「とっても楽しかったよ!」とコメント。さらに、「ぜんぶの目があいてられるように練習したよ」と撮影の裏側を明かし、今回の写真集の魅力については、「ぜんぶだよ。」と自信たっぷりに語っている。

沖縄のビーチで無邪気な姿を見せるミャクミャク。

購入者特典として、珠玉のカットを使用したフォトカード(全5種のうち1枚)が封入される。フェリシモのショッピングサイトをはじめ、万博オフィシャルストアなどで販売中。2025年に大役を務めたミャクミャクの新たな魅力を感じられる一冊として、ファンならずとも手に取りたくなる内容だ。

Information

大阪・関西万博の公式キャラクター・ミャクミャクの1st写真集『I myaku you.』
『I myaku you.』

発売日:2026年4月13日(月)
価格:3,960円
仕様:224ページ/カラー/フォトカード付き(全5種ランダム)HP:https://feli.jp/s/pr260316/1/

震災からの復興を見据えて。能登に新たな文化を生む音楽祭「だらぼち」が5月16日に開催

震災の先にある、新たな風景として

2026年5月16日(土)、石川県能登町で「だらぼち音楽祭」が初開催される。会場は、日本海を望むブルワリー「Heart & Beer 日本海倶楽部」。能登半島地震によって大きな被害を受けたこの地域で、復旧や支援のその先にあるこれからを見据え、新たな人の流れを生み出す試みとして企画された。

出演は THA BLUE HERB や切腹ピストルズ、タテタカコなど、能登と関わりのあるアーティストを中心に多彩な顔ぶれが揃う。さらに約400年の歴史を持つ伝統芸能である彌榮太鼓(いやさかだいこ)の演奏も予定されている。会場では音楽だけでなく、能登の発酵文化や食を楽しめる飲食エリアやマーケットも展開。土地の営みと表現が交差する場として、一日を通して体験がひらかれていく。

音楽祭のタイトルにもなっている「だらぼち」とは、能登の言葉で「要領は悪くても、真っ正直に生きようとする人」を意味する。この音楽祭は、能登で暮らす人々が主体となり、「自分たちの手で祭をつくる」という思いから立ち上がった。準備や運営も含め、地域の人々が関わりながらかたちにしていくこの場では、関わる人すべてが当事者となる。人が集まり、時間をともにすることで生まれる関係性が、能登のこれからを少しずつかたちづくっていく。

石川県能登町で開催される音楽祭「だらぼち音楽祭」 

Information

だらぼち音楽祭

日程:2026年5月16日(土)
時間:10:00〜21:00
場所:Heart & Beer 日本海倶楽部住所:石川県鳳珠郡能登町立壁92|地図
料金:5,000円/18歳以下無料
HP:https://darabochi.com/

海まで徒歩5分、新潟はわたしの“栄養補給”!横澤夏子が語る地元・糸魚川の魅力とは?

動画はこちらから!

駅の発車標に「糸魚川」の文字が出た日、泣きそうになった

― 最近、新潟にはいつ帰りましたか?

「年末にプライベートで帰りました。北陸新幹線が通ってから、帰るのがすっごく楽になったんですよ。上京した2009年頃は、糸魚川まで直通で帰れず結構大変でした。越後湯沢まで行って、そこから特急に乗り換えて……。だから初めて東京駅の電光掲示板に“糸魚川”って出たとき、うわ、地元だ!って感動しました」

― 横澤さんにとって糸魚川って、どんなまち?

「海も山もあって、なんでも徒歩5分みたいな場所です。すぐ近くに日本海がバーッと広がるんです。 “日本一、日本海に近い小学校”出身なので、昼休みに先生が海に連れていってくれて翡翠を探した思い出もあります。子どもには宝の山でした」

― 上京のとき、寂しさはありました?

「ありました。片道の切符しか買わないのが初めてだったので、『あ、もう行くんだ』って。糸魚川は顔見知りが多いし、商店街も『おかえり』って言ってくれるような距離感だったから、東京に出たらみんな知り合いじゃないんだなって、衝撃でしたね」

夕日は目玉焼きみたいにジュッと。思い出すのは、海と田んぼ

― 東京でふと思い出す地元の風景はありますか?

「夕日ですね。日本海に沈む夕日がまん丸の目玉焼きみたいで、海にジュッと入っていく。子どもの頃は当たり前に見ていましたけど、やっぱり印象に残っています。みんな路肩に車を止めて夕日を眺めるので、帰宅ラッシュさえも癒しの時間に。

あとは田んぼの風景ですね。田んぼがカレンダー代わりみたいで、田植えで5月だな、もう夏だなって分かる。稲と一緒に成長してるから、余計に恋しくなります」

― 子どもの頃の「自然の思い出」で印象的な出来事を教えてください。

「授業中に教頭先生が『緊急放送です、屋上に上がってください』って言って、全校生徒で屋上に上がったことがあって。事件だと思ったら、日本海にイルカの大群が出たんです。野良イルカ!(笑) 3月くらいに通る時期があるらしく、本当に感動しました」

改めて実感した、「子育てに優しい新潟」

―近年とくに心強さを感じているのが、子育て支援の手厚さだそうですね。

「新潟って子育て支援拠点数が全国トップクラスなんですよ。保育士さんの数も多くて、待機児童が少ないっていうのは、すごく大きいですよね。10年、20年経ってから『故郷って素敵な環境だったんだ』って気づきました。新潟は自然が遊び場になり、季節が食育になる土地。だからこそ、子育てするなら新潟がいいなと心からおすすめできます」

― 新潟県や糸魚川市の観光大使としても活動されていますが、どんなことを大切にしていますか?

「イベントなどで新潟の魅力を紹介する機会も多いんですが、やっぱり『楽しかった』って思ってもらえることを大事にしています。私は新潟県の婚活大使もさせてもらっていて、婚活パーティーの司会や企画もしているんです。実は私自身、婚活パーティーに100回くらい参加して夫と出会ったので(笑)、その経験を活かして、地元の人たちが出会える場所をつくれたらいいなと思っています」

― 地元の自治体と関わる中で、感じる新潟の魅力はありますか?

「子育て支援の手厚さは、実際に関わってみてすごく感じます。支援センターや子どもの遊び場が充実していたり、保育環境も整っていたり。自然の中で遊べる場所も多いですし、海も山もあって、季節ごとに体験できることがたくさんある。そういう環境で育つことって、すごく豊かなことなんだなって改めて思いますね」

― 最後に、横澤夏子さんにとって“地元”とは?

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「ずばり!“栄養補給”ですね。美味しいものもあるし、ホッとするし、すぐにでも帰りたいって思う場所。ここまで私を大きく育ててくれたところだから、定期的に帰って、ちゃんと補給したいなって思います」

Information

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横澤夏子(よこさわ・なつこ)

お笑い芸人。東京生まれ、新潟県糸魚川市育ち。2009年に上京し、翌年デビュー。日常の“あるある”を切り取るネタで人気を集め、バラエティ番組などで幅広く活躍。新潟県観光大使、糸魚川市観光大使も務め、地元の魅力発信にも力を入れている。Instagram:@yokosawa_natsuko

お笑いタレント・横澤夏子さんがおすすめする、私を癒してくれる“3つの新潟”

横澤家の定番!〈マリンドリーム能生〉のカニ

道の駅〈マリンドリーム能生〉で買えるカニは、身はもちろん、たっぷり詰まっているカニ味噌が絶品。甲羅をパカっと開けて、カニ味噌に日本酒をちょこっと垂らし、ガスコンロで少し炙ると最高のお酒のおつまみに。大人になってから知った楽しみ方の一つです。
横澤家の誕生日はカニと決まっていて、いつも家族みんなで無心になって食べていました。ちなみにカニを剥くのが得意で、ロケ中に「(速すぎて映らないから)もっとゆっくり剥いて!」とカメラマンさんに怒られたこともあります(笑)

Information

道の駅 マリンドリーム能生

新潟県糸魚川市能生小泊3596-2(国道8号線沿い)|地図

心も体もポカポカになる〈ひすいの湯〉

糸魚川にある〈ひすいの湯〉はお肌がとってもスベスベになる温泉。特に露天風呂が格別で、冬は雪見風呂になるんです。小さい時は雪見風呂で雪合戦をしていたのもいい思い出ですね。〈ひすいの湯〉に行くと必ず知り合いに会えるので、みんなが家族のよう。心も体もあたたまる幸せなスポットです。

Information

糸魚川日帰り温泉 ひすいの湯

新潟県糸魚川市大野298-1|地図|Instagram:@hisuino_yu

心が洗われるスポット、夕陽が沈む〈日本海〉

なんといっても、夕日が沈む〈日本海〉は本当におすすめです。水平線に太陽が触れる瞬間は、地球が弾けて燃えてしまうんじゃないかというほどダイナミック!夕陽が海に溶けていくような神秘的な景色が広がります。高校生の時には、放課後によく日本海に集合して、みんなで語り合っていました。海に心を綺麗にしてもらって、スッキリして帰るのがお決まり。糸魚川で育ってよかったなと思えるスポットです。

Profile

横澤夏子(よこさわ・なつこ)

お笑い芸人。東京生まれ、新潟県糸魚川市育ち。2009年に上京し、翌年デビュー。日常の“あるある”を切り取るネタで人気を集め、バラエティ番組などで幅広く活躍。新潟県観光大使、糸魚川市観光大使も務め、地元の魅力発信にも力を入れている。
Instagram:@yokosawa_natsuko

「朝からお母さんがつくるちゃんぽんを食べます」長崎は茅島みずきさんがいつでも“素”の自分に戻れるホーム

“家族の気配”を感じると「帰りたい」って思います

ー 高校生の時に上京されたということですが、今でも地元にはよく帰るんですか?

「年4回くらいは帰っています。お仕事も大好きなので、東京にいる時はすごく仕事モードになっているのですが、1週間くらいの長い休みが取れるってわかった瞬間に、帰ろうって思います。10代の頃は3日間休みがあれば帰っていました(笑)。

長崎にいると自分がオフになるんです。仕事のこととか何も考えない時間が過ごせるのはやっぱり地元ですね」

ー 東京で過ごしていて、ふと地元を思い出す瞬間はありますか?

「中学の時にはもう東京と長崎を行ったり来たりする生活をしていたので、ちゃんと地元で過ごしたのは小学校までなんです。だからなのか、“家族の気配”みたいなものを感じると地元が恋しくなりますね。たとえば誰かの家からカレーの香りがしてきた時や、目の前で親子が歩いているのをみた時とか、1人でしんみりして、『帰りたいなぁ』って思い出しちゃいます」

ー 家族との思い出の場所ってどこですか?

「私はプロを目指してゴルフをやっていたんですけど、練習や大会の帰りに〈若竹丸〉という回転寿司に連れて行ってもらうのが好きでした。そこのコウイカが大好物で。〈若竹丸〉オリジナルのちょっと甘いお醤油があるんですけれど、お母さんにそれを送ってもらって、東京でもそのお醤油でお刺身を食べたりしています」

ー 長崎ではやっていたけれど、東京だとなかなかできなくなったことはありますか?

「花火!手持ち花火をできる場所って、都内にあるんですかね。長崎は海も近いのでできる場所がいくつかあって。夏は毎年家族でやっていたんです。東京でもできたらやりたいです」

地元に帰って毎朝食べるのは、母のちゃんぽん

ー 長崎に帰ったらどんなことをするんですか?

「食べて、寝て……あと、ドライブもします。自分で運転をして、いろんなところを巡りますよ。夜だと鍋冠山(なべかんむりやま)の夜景を見に行くのが好きで。長崎で夜景っていうと、稲佐山(いなさやま)が有名じゃないですか。でも地元では、鍋冠山のほうが好きって人が結構多いんです。どっちも本当に夜景が綺麗なんです」

ー 必ず食べるものもあったりしますか?

「お母さんがつくるちゃんぽんです。毎日、朝ごはんに食べます。手羽先とかを煮込んでスープから作ってくれていて、夜中に小腹が空いたらスープだけ飲んだりして。あっさり系の味付けも好きだし、私の好きな具材(もやしとイカ)をたっぷり入れてくれるのも好き。長崎の人は、ちゃんぽんは家で食べるものだと思ってるんじゃないかな。朝から食べるのは、たぶん私だけですが(笑)」

ー 自然を感じられる場所もお好きなんですね。

「伊王島や野母崎など、海も景色も最高です。大人になって自然を求める機会が多くなってきて、1日とか2日休みがある時に、海とか山にすごく行きたくなります。長崎にはすぐ近くに自然の景色があったから、素敵な場所に住んでいたんだなって思いますね。最近は路面電車もいいなと思っていて。あんなゆっくり走る電車、東京にはないじゃないですか。長崎は人もまちも全部ゆっくり。誰も急いでいないのがいいなぁと思います」

いつか自分に縁のある場所で作品が作れたら

ー 2022年に公開の映画『サバカン SABAKAN』では、初めて撮影された作品に出演されたんですよね。

「セリフが長崎弁というのが新鮮でしたね。私が演じた由香という役は複雑な背景のある子でしたが、自分と同じ長崎弁を話すというところでは親近感を感じながら演じることができました。監督も長崎出身の方だったので、撮影中も長崎をたっぷり感じられて。家族と行ったことのある場所や、家の近くで撮影しているのも不思議な感覚でした」

ー これから地元でやりたいことはありますか?

「長崎の中でも、すごく自分に縁のある場所で何か作品を作ってみたいです。オランダ坂とか中華街、グラバー園とか。それを見た人が長崎を知ってくださって、行きたいなと思ってもらえたらうれしいです。お芝居を通して長崎の魅力を届けることが、私が頑張れることかなって思うので」

ー 最後に、茅島さんにとって“地元”とは?

「『家』ですかね。一番落ち着く場所だし、どんな時でも私を迎え入れてくれる家。いくら東京に家があっても、私の家は長崎だなって思います。本当にひたすら大好きです」

ドレス44,000円、ビスチェ55,000円(どちらもtiit tokyo)

Information

茅島みずき(かやしま・みずき)

長崎県出身。2004年生まれ。アミューズのオーディションでグランプリ受賞。俳優やモデル、歌手としても活躍中。Instagram:@mizukikayashima_official
2026年4月29日(水)より舞台「春琴抄」に出演。詳しい情報は公式サイトをチェック。
公式X:@shun_kin_syo
公式Instagram:@shun_kin_syo

長崎の波佐見焼メーカー〈マルヒロ〉がつくる。人とカルチャーが集まる場所「HIROPPA」

波佐見焼の伝統を背景に、日常の器をつくり続ける〈マルヒロ〉

長崎県波佐見町に本社を構える陶磁器メーカー〈マルヒロ〉。1957年創業の同社は、波佐見焼の伝統を背景にしながら、陶磁器ブランド〈HASAMI〉や〈BARBAR〉などを展開し、日常の道具としての器づくりを続けている。近年はものづくりにとどまらず、町に開かれた空間づくりにも取り組んでいる。

芝生広場とショップが共存する私設公園

その代表的な場所が、私設公園「HIROPPA(ヒロッパ)」。芝生広場や遊具、ショップ、コーヒースタンドなどが一体となった空間で、子どもから大人まで自由に過ごせる場所として親しまれている。園内にはアート作品やユニークな遊具も点在し、自然の中で遊びながら波佐見焼のブランド〈HASAMI〉をはじめとしたプロダクトやカルチャーにも触れることができる。

「HIROPPA(ヒロッパ)」から徒歩1~2分の場所には、〈マルヒロ〉のヘッドオフィスである「KOUBA(コウバ)」も。「マルヒロストア」以外の全てのスタッフがここを拠点に働いており、商品の企画や出荷などの業務が行われている。倉庫建築を活かした空間は、正面ホールをイベントスペースとして活用するなど、会社と地域が交わる場所としても使われている。

また、「HIROPPA」からほど近い場所になる「OUCHI(オウチ)」は、イベントや展示、食にまつわる企画などが行われる多目的スペース。期間限定のフード企画やワークショップも開かれ、地域の人や訪れる人が自然に集まる場所となっている。公園とゆるやかにつながりながら、日常の延長にある文化や交流が生まれている。

焼き物の町として知られる波佐見に生まれたカルチャーの拠点。器づくりとともに育まれてきた町の風景を感じながら、ゆっくり訪れてみたくなる場所だ。「HIROPPA」や「KOUBA」とともに、ものづくりと町の風景をつなぐ存在となっている。

Information

「HIROPPA」

住所:長崎県東彼杵郡波佐見町湯無田郷682|地図TEL:0956-37-8666Mail:shop@hasamiyaki.jp

Information

「KOUBA」

住所:長崎県東彼杵郡波佐見町湯無田郷704-1|地図※KOUBAはイベント時のみ開放

Information

OUCHI

住所:長崎県東彼杵郡波佐見町湯無田郷714|地図Mail:maruhiro-rentalspace@hasamiyaki.jp※7月~9月はかき氷営業のためレンタル要相談※OUCHIはイベント時のみ開放

呼吸するだけで自分をリセット♡地元大好きりんごちゃんが、青森県・十和田に帰ったら必ずやるルーティーン

駅そば食べてプリクラ。十和田で過ごした青春時代

ー お仕事でもプライベートでも十和田にはよく帰られるそうですが、りんごちゃんにとって地元はどんな場所ですか?

「本当に大好きな場所で、もう隙あらば帰りたい。観光大使のお仕事もあるので、多い時は月の半分くらい十和田にいることもありますね。上京してから、地元の魅力がどんどんわかるようになりました。
食べ物がこんなにウマくて安いんだとか、自然ってめっちゃ癒されるんだなとか。東京にいると四季がわかりにくいけど、十和田は自然が身近にあるので、春夏秋冬をはっきりと感じられるのもいいなって思います」

ー青森県の中だと十和田は、どんなイメージのまちなのでしょうか?

「アートなまちですね。十和田市現代美術館もありますし、まちの至る所にアートが隠れているんです。商店街のシャッターに草間彌生さんのアートがあったり、蜷川実花さんのラッピングバスが走っていたり。パブリックアートもたくさんあって、帰るたびに楽しんでいます」

ー 18歳まで地元にいたりんごちゃんですが、思い出の場所はありますか?

「えー、もう本当に思い出だらけなんですけど。高校生の時、今はなくなっちゃった十和田観光電鉄で学校に通っていたんです。市内で唯一の電車で、車両はほぼ無人。その電車で終点の十和田市駅まで行って、毎日駅ビルでプリクラを撮ってましたね。
で、プリクラの前に駅のそば屋でそばを食べるんです。普通のシブい駅そばなんですけど、めちゃくちゃ美味しくて。駅はなくなっちゃったけど、お店は移転して〈とうてつ駅そば〉という名前で今も営業してるんです。大人になってから行ってみたら、当時の駅や電車の写真が飾ってあって、なんかもうタイムスリップした気持ちになりました」

地元に帰ったら、まず全身の酸素を入れ替えます

ー りんごちゃんが地元に帰ったら絶対にやることはありますか?

「帰った瞬間から始まるんですけど。新幹線のドアがバッて開いて、十和田に降り立ったら、めっちゃ深呼吸して全身の空気を入れ替えるんです。空気がすごく透き通ってて、吸い込むとブワァッて、身体の隅々に酸素が行き渡る感覚があるんですよ。
あとは実家に帰って水道水を飲む。もう水道水がまんま美味しいから。空気を吸うとか、水を飲むとか、そういう普通のことをしているだけで自分がリセットされるんですよね」

ー 十和田のおすすめグルメとして「くじら餅」や「ささぎの油炒め」を挙げていますが、初めて聞きました。どのような料理なのでしょうか?

「くじら餅は食感が独特でめちゃくちゃ美味しくて、お土産にしても間違いなし。ささげの油炒めは、実家に帰ると必ず作ってもらう料理。ささげはインゲン豆のことで、地元では『ささぐぅ』って発音するんですよ。うふふ。味付けもシンプルなんですが、すごく好きです。地元グルメは身体が欲する味ばかりですね」

もっと十和田を知りたくて……農作業もやる観光大使です

ー 「十和田奥入瀬観光大使」としても活躍中ですが、どんなことをやっているんですか?

「本当に私あの、『こんな観光大使いねえだろ』みたいな活動をしてて。たとえばがっつり畑仕事とかやってます。米を耕してみたり、ニンニクを作るお手伝いをしたり。十和田のことが好きすぎて、知りたすぎて、市長さん並みに入り込んじゃってる感じです。
体験したからこそ、農家さんの大変さもわかっているし、実際に育てているところを見たことで、十和田の野菜が美味しいと自信を持って伝えられる。観光大使のお仕事を通して、ますます地元愛が増してます♡」

ー そんな愛する地元でいつかやりたいことはありますか?

「けっこうリアルなりんごちゃんの夢なんですが、『りんごちゃんショップ』みたいな憩いの場を作ってみたいです。私もときどき店頭に立って、地元野菜で作った料理を出したり、りんごちゃんグッズを置いたりとか……全然ふんわりしたイメージだけど、いつかそういうのができたらいいなぁって思います」

ー 最後に、りんごちゃんにとって“地元”とは?

「やっぱり『体内の酸素を入れ替える場所』かなぁ。癒されるし、元気出るし、本当の自分を再認識できたりする。十和田はバタバタせかせかした日常から離れて、ひと息つける場所。みなさんが行ってもきっと、身体中の酸素が入れ替わっちゃうと思いますよ♡」

動画はこちらから!

Profile

りんごちゃん

青森県十和田市出身のものまねタレント。 
武田鉄矢さん、大友康平さん、吉幾三さんといったものまねを披露し、その見た目からは想像できない“ギャップものまね”として注目が集まり、2019年に出演したバラエティ番組をきっかけにブレイク。
以降、多数のレパートリーを披露しつつ、テレビ番組やSNSなど、各方面で幅広く活躍中。2020年には故郷の十和田市から「十和田奥入瀬観光大使」に任命され、地元の魅力発信を行っている。Instagram:@ringochan_0626

ものまねタレント・りんごちゃんがおすすめする、地元・青森の絶景スポット3選

動画はこちらから!

癒しそのもの!自然豊かで美しい〈奥入瀬渓流〉

世界遺産でもある天然記念物の〈奥入瀬渓流〉は、なんと説明していいかわからないくらい自慢のスポットで、癒しそのものですね。本当にもう、ガチでおすすめ♡

Information

奥入瀬渓流

青森県十和田市奥瀬|地図

見て、感じて楽しめる〈十和田湖〉

この世にこんなに美しい湖があるんだ!っていうくらい素敵な〈十和田湖〉。カヌーの体験などアクティビティもいっぱいあって、見るだけではなくて感じてほしい場所です!

Information

十和田湖

青森県十和田市奥瀬|地図

四季のお花に癒される〈手づくり村 鯉艸郷〉

〈手づくり村 鯉艸郷〉は、いろんなお花を年中楽しめる場所。特にルピナスのシーズン(6月上旬ごろ)がおすすめで、この時期は園内がライトアップされるんです!写真を撮ったり眺めたりしていると、ついつい時間を忘れてしまう……素敵なスポットなので、皆さんぜひ行ってみてくださ〜い。

Information

手づくり村 鯉艸郷

青森県十和田市大字深持字鳥ヶ森2-10|地図 Instagram:@risoukyo

Profile

りんごちゃん

青森県十和田市出身のものまねタレント。 
武田鉄矢さん、大友康平さん、吉幾三さんといったものまねを披露し、その見た目からは想像できない“ギャップものまね”として注目が集まり、2019年に出演したバラエティ番組をきっかけにブレイク。
以降、多数のレパートリーを披露しつつ、テレビ番組やSNSなど、各方面で幅広く活躍中。2020年には故郷の十和田市から「十和田奥入瀬観光大使」に任命され、地元の魅力発信を行っている。Instagram:@ringochan_0626

ピーター・バラカンが仕掛ける新たな“MAGIC”! 山形県蔵王温泉の音の旅

ブロードキャスターのピーター・バラカンさんが自ら監修する音楽フェスティヴァル「Peter Barakan's LIVE MAGIC!」。2014年から毎年開催し、2024年に10年目という節目で終止符が打たれた。惜しむ声が後を絶たなかったが、2026年4月にスピンオフ企画として帰ってくることに。舞台に選ばれたのは、山形県・蔵王温泉。なぜ今回、山形県という地を選んだのか。監修を手がけるピーター・バラカンさんに話を伺った。

熱狂的なファンが集う音楽フェスティヴァル「Peter Barakan's LIVE MAGIC!」

ファンから惜しまれつつも2024年に終止符が打たれた「Peter Barakan's LIVE MAGIC!」とは、一体どのようなフェスティヴァルだったのだろうか。

「『LIVE MAGIC!』は、規模が大きくないし知名度こそ高くないものの、抜群の腕を持つミュージシャンを招いていたので、根っからの音楽好きが集うフェスでした。かなりベーシックなことを、誠意を持って10年続けてきたので、他では味わえない雰囲気があったと思います。通ってくれているお客さん同士が気の合う友人になっていたり、そこで顔を合わせるのを楽しみにしてくれている方も増えていきましたね。だから、終わってしまったのを残念がっている人も多くいました。今回のスピンオフ企画は、一部同窓会のような空気も感じています」

過去イベント写真

チケットは発表後、瞬く間に完売。ファン待望のスピンオフ企画として名付けられたのは「Peter Barakan's LIVE MAGIC! presents ONSEN MAGIC!」。そもそもこのシリーズの核となる“MAGIC”という言葉には、一体どのような意味が込められているのか。

「インターFMのラジオ局で編成に関わる仕事をしていたときに、リスナーの方から“最近のラジオは、昔あった魔法(マジック)が消えてきていて残念だ”といった便りが寄せられたんです。そこから、“ラジオのマジックを取り戻そう”というテーマを掲げたキャンペーンを打ち出しました。『LIVE MAGIC』のお誘いがきたのがちょうどその後。名前を考えている時に、ここでも使おうという話になったんです。それからは、もうなんでも“MAGIC”をつけています(笑)」

温泉マニアが推す、歴史ある湯治場・蔵王温泉

温泉写真

初めてのスピンオフ企画「Peter Barakan's LIVE MAGIC! presents ONSEN MAGIC!」の会場に選ばれたのは、日本屈指の古湯である山形県の蔵王温泉。1900年以上の歴史を持つ源泉掛け流しの湯は、強酸性の硫黄泉として知られ、日本で2番目に酸性度が高く、強い殺菌作用と美肌効果をもたらす。この地を繋いだのは、イベントプロデューサーとして活動しながら、温泉検索サービス「YUUMIES」も主宰する井出辰之助さんだった。

「『LIVE MAGIC』ではオリジナルグッズを展開していたのですが、ある年に温泉の“温”を“音”に置き換えて文字入れをしたタオルを販売したことがあったんです。それを思い出して、冗談半分で『ONSEN MAGIC』を提案してくれたのが温泉マニアの井出さんでした。日本全国の源泉駆け流しの温泉を回っている方で、蔵王温泉も彼の推薦。今回宿泊する宿『JURIN』でも過去に音楽イヴェントを行ったことがあるらしく、企画の話もスムーズに進んでいきました。この旅では、深山荘高見屋の湯守の吉岡昌次さんをゲストに迎えて、井出さんと僕と3人でトークショーも予定しています」

※もし当時のグッズ写真があればお借りできますでしょうか?

『Japanology』シリーズ(NHKワールドTV)をはじめ、日本文化を世界に紹介する仕事で全国を巡るバラカンさんには、山形県とは、深い縁がある。

ピーター・バラカンさん

「山形県は空気が良くて、お米もお酒も美味しいですよね。テレビ番組の取材で何度か足を運んでいて、米沢市では特番を作ったこともあります。LIVE MAGICでも実は3回だけ地方公演を行ったことがあって、それがたまたま山形市の複合文化施設『シベールアリーナ(現:東ソーアリーナ)』でした。そういえば、いつだったか、秋の新米の時期に放送され『つや姫』のコマーシャルにも出演していましたね」

「ONSEN MAGIC」が叶える音と湯と食の旅

「どこか土臭いようなルーツミュージックを好む」というバラカンさん。今回の音楽ライヴでは、和歌山県那智勝浦町を拠点に活動しているギタリスト濱口祐自さんと、エスニックでありながら境界のないグルーヴを得意とするバンド「Manda」がライヴを披露する。2組のミュージシャンはどのようにして選ばれたのか。

「濱口祐自は、フェスを始めた頃に偶然出会った和歌山県のギタリストです。当時は無名だったけれど、演奏がとても気に入って人柄も素敵なので、初回で誘いました。10年間連続で出てくれているフェスに欠かせないミュージシャンで、今回出演してもらうのも自然な流れでした。『Manda』は、フェスのスタッフの人から教えてもらって、ライヴ映像を視聴したら面白かったんですよ」

温泉と音楽以外にも、宿では山形の味覚をたっぷり堪能できるディナーや、蔵王温泉名物である稲花餅を作るワークショップも体験できるのだそう。

ピーター・バラカンさん

「下見に行ったら、食事はもちろんのこと山形の銘酒も美味しかったです。実はワインも作っているんですよね。山形の料理のほかに、『LIVE MAGIC』の名物だったトライフルも提供する予定で、このイヴェントらしさをお客さんに感じていただけたらと思っています」

 

※記事内には一部お借りした写真を使用しています

profile

ピーター・バラカン

1951年ロンドン生まれ。
ロンドン大学日本語学科を卒業後、1974年に音楽出版社の著作権業務に就くため来日。
現在フリーのブロードキャスターとして活動、「バラカン・ビート」(インターFM)、「ウィークエンド・サンシャイン」(NHK-FM)、「ライフスタイル・ミュージアム」(東京FM)、「ジャパノロジー・プラス」(NHK BS1)などを担当。
著書に『ピーター・バラカン式英語発音ルール』(駒草出版)、『Taking Stock どうしても手放せない21世紀の愛聴盤』(駒草出版)、『ロックの英詞を読む〜世界を変える歌』(集英社インターナショナル)、『わが青春のサウンドトラック』(光文社文庫)、『ピーター・バラカン音楽日記』(集英社インターナショナル)、『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテスパブリッシング)、『ラジオのこちら側』(岩波新書、電子書籍だけ)、『ぼくが愛するロック 名盤240』(講談社+α文庫、、電子書籍だけ)などがある。
2021年からPeter Barakan’s Music Film Festivalのキュレイターを務める。
ウェブサイトはhttps://peterbarakan.net/

information

map

Peter Barakan’s LIVE MAGIC! presents ONSEN MAGIC!

URL:https://www.livemagic.jp/

日程:2026年4月18日(土)〜19日(日)

会場:山形蔵王温泉 JURIN

※チケットは全プラン完売しています

富山で生まれ、富山を撮る。 坂本欣弘監督が語る 『無明の橋』と故郷の風景

富山県立山町に伝わる「布橋灌頂会(ぬのばしかんじょうえ)」を題材にした映画『無明の橋』。本作を手がけたのは、富山県出身の坂本欣弘監督。生まれ育った土地の風景や、人々の温かさ、そして儀式との出会い。三作続けて富山を舞台に撮り続けてきた監督に、故郷への思いと今回の制作背景を伺った。

生まれ育った富山。離れて初めて気づいた「景色の力」

富山で生まれ、高校卒業までを過ごした坂本欣弘監督。大学時代に東京へ移り住んだことで、故郷の景色の美しさにようやく気づいたという。

『無明の橋』

「高校生の頃は、地元の景色を意識したことがほとんどなかったんです。でも、東京で暮らしたあとに帰ると、立山連峰がこんなにきれいだったのか、空ってこんなに広いんだとか、海が近いんだとか……全部が新鮮に見えました」

現在の暮らしは、海まで徒歩3分。漁港がある射水市の内川沿いに住み、少し車を走らせれば山にもすぐ行ける場所にある。

「駅からは近いのに、海にもすぐ出られて。山と海がこんなに近い土地って、実はあまりないんじゃないかなと思います。幼少期の記憶として強く残っているのは海。富山市内からも自転車で行ける距離だった、少年時代の遊び場でもあった場所です。子どもの頃は当たり前だったけれど、大人になって初めてその価値に気づいたんですよね。映画の舞台として富山を選ぶ理由には、そうした風景が持つ力が大きい。富山は、360度どこを切っても絵になるとよく言われるのですが、山脈、連峰、雪景色……立山連峰に夕日があたる瞬間は、本当に息をのむ美しさがあります」

作品づくりに宿る、富山の風土と人の温かさ

坂本監督がこれまでの三作、『真白の恋』『もみの家』『無明の橋』で富山を舞台に撮り続けてきたのは、単なる地元という理由だけではない。

坂本欣弘

「富山の人って、とにかく温かい。今回も立山町の方々に本当に助けられました。『無明の橋』では主人公が“都会から富山にやって来る”という設定のため、あえて地元の人々の描写は控え目ですが、それでも現場には富山の空気がしっかり流れていました。映画を支えてくれているのは地域の人たちの存在があってこそ」

過去作では富山の人々の暮らしや行事、濃密な人間関係を丁寧に描いてきた。たとえば食卓、料理、獅子舞などの伝統行事。監督自身が育ってきた生活の匂いが、作品の温かさにつながっている。

『無明の橋』

「田舎の濃さっていうんですかね。子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで、みんなが一つの行事に集まってくる。この光景はやっぱり映画を通して残したいと思いました。都会と比べて冷たい、温かいという単純な話ではなく、富山の風土が持つ温度そのものが映画の空気になる感じですかね」

「布橋灌頂会」との出合い。生まれ変わりの儀式をどう映画にするか

『無明の橋』は、富山・立山町 芦峅寺(あしくらじ)に古くから伝わる女性のための“生まれ変わりの儀式”「布橋灌頂会(ぬのばしかんじょうえ)」を題材にしている。江戸時代に信仰の山「立山」への登拝が許されなかった女性達が、白装束姿で白い布が敷かれた橋を渡る極楽往生を願うもので、監督自身、この儀式を知ったのは比較的最近のことだという。

『無明の橋』

「普段は布のない橋を歩けますが、儀式の日に白い布が敷かれると、まったく違う表情を見せるんです。映画化に向けて最も大変だったのは、この儀式の正しい再現。コロナ禍もあり長らく開催されていなかったんです。そして儀式を執り行う僧侶は、普段富山県外に住んでいる方。儀式に対して地域の人が抱いている神聖な思いを傷つけないように、何度も取材し、許可を取り、スケジュールを調整して僧侶の方々に参加していただきました」

『無明の橋』

映画をつくる背景には、監督自身の喪失の経験も影響している。

「かつて親しくしていた先輩との突然の別れがあり、あのとき感じたことがずっと自分の中に残っていました。ご家族から手紙を預かった直後の出来事で、その経験をいつか作品として向き合いたいと心のどこかで思っていたんです。今回の儀式のテーマには、その記憶と共鳴するものがありました」

『無明の橋』

生と死、喪失と再生。富山の地に息づく文化が、監督の個人的な記憶と重なり、今回の物語が生まれている。

富山から世界へ。これから描きたい“地方の現実”と次世代へのメッセージ

これまで三作にわたり富山を撮り続けてきた坂本監督。次のテーマとして見えてきたのは、地方が抱えるこれからの課題だと語る。

坂本欣弘

「富山はコンパクトシティ化が進んでいて、中心部以外はどんどん空洞化している。住んでいるとその変化を日々感じます。自分ごとに感じるようになったのは、父親として子供を育てて、地域の未来を現実的に考えるようにもなったことから。子どもたちが大きくなったとき、地元はどうなっているんだろう、どこで暮らしていくんだろうって思ったんです。その不安と向き合ったとき、映画で社会的な問題を描く必要性も感じ始めました」

一方で、映画文化そのものを若い世代に届けたいという思いも強く持っている。

「自分が学生の頃に観て衝撃を受けた作品が、今の自分を形作っている。『無明の橋』が、誰かの人生に影響を与える一本になってくれたら嬉しいですね」

『無明の橋』

富山という土地の美しさ、故郷に宿る温度、変わりゆく地方の現実。そこにある風景や人の温度を見つめながら、坂本監督はこれからも丁寧に作品づくりと向き合っていく。

profile

坂本欣弘(さかもと・よしひろ)

富山県出身の映画監督。大学進学を機に東京へ移り、卒業後に富山へ戻る。以降、故郷を舞台にした作品づくりを続け、『真白の恋』『もみの家』を発表。最新作『無明の橋』では、立山町に伝わる「布橋灌頂会」を題材に、生と再生を静かに描き出す。

information

『無明の橋』

2025年12月19日(金)新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座ほか全国公開

https://mumyonohashi.com/

15年前、3歳だった愛娘を亡くした由起子は、心に癒えぬ傷を背負いながら、今もその罪の意識から逃れられずにいた。ある日、とある絵画を偶然目にして心を奪われた彼女は、駆り立てられるように、その絵が描く舞台の地へと足を運ぶ。

立山連峰を望む橋のたもと。様々な想いを抱えた女性が集うその場所で、由起子は不思議なひとときを過ごすことになるのだった───。

ロングコートダディが旅する 広島の“B面”。カセットテープで 聴く、ゆるやかなローカル体験

“観光地の裏側”を歩く、新しい広島の旅

お笑いコンビ・ロングコートダディのふたりが、広島電鉄・宮島線沿線を旅する様子を収録したカセットテープ『B-SIDE TRIP HIROSHIMA MIYAJIMA-LINE』が発売された。企画したのは、パルコや広島電鉄などが参加する「B-SIDE TOUR製作委員会」。宮島や原爆ドームといった有名な観光地(A面)ではなく、地元の人しか知らないスポットや日常(B面)に目を向ける旅の形を提案する。

笑いと風景が混ざり合う“音の旅”

このカセットでは、ロングコートダディのふたりが西広島駅から宮島口駅までをぶらり旅。食堂でのランチや蒸留所でのテイスティング、地元の人たちとのちょっとした会話など、旅先の空気がそのまま録音されている。A面では沿線のカルチャーを、B面では彼ら自身のこれまでの道のりをテーマに、素のトークが展開。付属のパンフレットは『NEUTRAL COLORS』の加納大輔によるデザインで、リソグラフ印刷ならではの温かみのある仕上がり。どこか懐かしく、手ざわりを感じるプロダクトになっている。

B-SIDE TRIP HIROSHIMA MIYAJIMA-LINE

アナログがつなぐ、まちと人の新しい出会い

音声はスマートフォンでも再生できるQRコード付き。デジタルで手軽に聴くこともできるが、あえてカセットという“ひと手間”ある形式を通して、じっくり耳を傾ける時間を楽しむことができる。笑いとともに広島の風景を追体験できる“音の旅”が、ここに誕生した。

Information

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B-SIDE TRIP HIROSHIMA MIYAJIMA-LINE

出演:ロングコートダディ

価格:2,500円(税込)

販売:ONLINE PARCO、広島PARCO「BOOK PARK CLUB」ポップアップストア(11月14日〜12月26日)ほか

公式サイト:https://b-sidetrip.com

ONLINE PARCO商品ページ:https://online.parco.jp/shop/g/gP030225-00001/

奈良・吉野檜の香りに包まれる。 地産地消サウナ「kupu sauna」 誕生

木と人を再びつなぐ、家具メーカーの挑戦

1928年創業、100 年経っても世界の定番として愛される木工家具づくりを目指す〈マルニ木工〉が、新たなプロジェクトとして「kupu sauna(クプ サウナ)」を発表した。

フィンランド語で「ドーム」を意味する“kupu”の名の通り、やわらかに人を包み込むハーフドーム型のサウナは、地元・奈良県吉野産の檜を贅沢に使い、家具メーカーならではの木工技術と審美眼を活かして生まれたものだ。

このプロジェクトの背景にあるのは、木材調達のグローバル化が進む中で、改めて日本の森に目を向けた同社の姿勢。家具の枠を超え、林業と地域の未来を見据えた新たなものづくりのかたちとして、檜の香りと木の温もりを暮らしに取り戻す試みである。

吉野檜×北欧の知恵が生む“包まれる空間”

「kupu sauna」は、伝統的なバレルサウナの構造をハーフドーム型へと進化させ、熱と蒸気を効率的に循環させる設計を採用。樹齢を重ねた吉野檜の板を一枚ずつはめ込む独自の工法により、高い気密性と耐久性を実現した。檜の香りが時間とともに広がり、空間全体が柔らかく包み込むような体験を演出。下段ベンチの取り外しや連結モジュールによる拡張性など、家具の発想を取り入れた自由度の高い構造も特徴だ。

ハーフドーム型構造が空間の一体感と心地よさを生む

ハーフドーム型構造が空間の一体感と心地よさを生む

地域の森をめぐる、サウナを起点とした循環

使用される吉野檜は、古くから日本の風呂文化を支えてきた木材。北欧で人気のアスペン材に近い特性を持ち、香りや肌触り、湿熱との相性に優れている。地域の森の恵みを活かすことで、林業者・製材業者・デザイナーが協働する“地産地消の循環”がここに生まれる。プロダクトデザインは、フィンランドでの留学経験を持つデザイナー・熊野亘が担当。檜の質感、光の反射、音の静けさまでを設計に落とし込み、自然と人が交わる“人生の質を高める空間”としてのサウナを描き出した。

デザイナーの熊野亘。北欧のサウナ文化を背景に、日本の木工技術と融合した空間デザインを生み出した。

デザイナーの熊野亘。北欧のサウナ文化を背景に、日本の木工技術と融合した空間デザインを生み出した。

information

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お披露目イベント

会期:2025年10月16日〜11月9日

会場:maruni tokyo(東京都中央区東日本橋3-6-13)

問い合わせ:03-3667-4021

【見逃し配信あり】 『「発想の転換」で成功した、パ・リーグの挑戦に学ぶスポーツビジネスとファンづくりのリアル』 コロカルアカデミーVol.6

日本のローカルの魅力を発信する「コロカル」は、新たなウェビナー講義シリーズ「コロカルアカデミー」の第6回を開催しました。ゲストには、現パ・リーグ6球団の共同出資会社・パシフィックリーグマーケティング(PLM)で、執行役員として各球団の魅力を伝える戦略の中心を担う園部健二さんをお迎えしました。園部さんには、日本プロ野球の歴史から、現在のパ・リーグ6球団のマーケティング事例、さらにパーソル パ・リーグTVを運営するPLMのマーケティングの裏側をひも解いていただきつつ、組織や業界を越えた“半歩先”のビジネスとファンづくりについて、たっぷり語っていただきました。
見逃し配信を視聴したい方はこちらからお申し込みください。

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園部 健二

園部 健二(そのべ・けんじ)
執行役員/コーポレートビジネス統括本部 本部長 兼 新規事業開発室 室長(パシフィックリーグマーケティング株式会社)
野球少年だったが、中学で野球を引退。その後、音楽業界、ゲーム業界(SEGA)を経て、PLMに入社。「好きを仕事に」生き方を再定義し、現在は球場とファン、地域と球団をつなぐ多様な施策に携わり、スポーツを通して“地域と人をつなぐ”挑戦を続けている。

とっても不思議な「日本プロ野球」

まず園部さんからお話があったのは、現在の日本プロ野球の歴史とその特徴について。
そもそも日本プロ野球の各球団にはほとんど「社名」が入っており、ニュースなどでも略称として社名が使われています。これはメジャーリーグ等と比べると、際立った特徴があり、日本プロ野球が日本の経済成長、経済状況と共に変容してきたことがわかります。
お話の中では、プロ野球球団の運用費用がその球団の保有する親会社の広告宣伝費として計上できる特殊な会計処理ができるという、SNSやスポーツニュース等に触れているだけでは絶対に知ることのできない裏側のお話まで。
普段何気なく目にしている「プロ野球」というものが、実は極めて特殊かつ不思議な営みであることが園部さんの視点で明らかになっていきます。

パ・リーグとマーケティング

パ・リーグ球団のマーケティング事例

次にお話があったのは、具体的なマーケティング事例としてのパ・リーグ球団について。
長らくセ・リーグと比べて、人気がない、地味だと言われていたパ・リーグ。しかし、そんな状況を逆手に取り、各球団の魅力を伝える戦略を担うPLMが中心となり、様々な発想の転換を実施。さらに挑戦を重ねることで、現在のパ・リーグにつながっていったとのことです。

PLMのマーケティング事例(球場)

講義内ではより具体的に、パ・リーグの全体の映像や球団に関するインフラ整備のお話や各球団の特色を打ち出すマーケティング施策によって、パ・リーグ特有の『濃いファン』を生み出していく方法やアプローチについて、語っていただきました。
またパ・リーグ6球団が共同出資して設立したPLMが、リーグのハブとして各球団を横断するマーケティングや事業を担うことで、リーグ全体を一つのブランドとして発信できるという視点も唯一無二の学びになりました。

リアルとオンライン/マーケティング事例について

PLMのマーケティング事例(オンライン)

ここからはさらに踏み込んで、PLMとして実施したパ・リーグのマーケティングについて、語ってもらいました。
球団単体で行えるローカルマーケティングを踏まえたうえで、各地方都市をつなぎ合わせながら、個別球団では取り組めないマーケティング施策を行うというPLM。マーケティングという言葉自体には馴染みがありましたが、そもそも、自社のマーケティングの対象がどこにあるのかというのをクリアにする視点は、他のビジネスにおいても大いに役立ちそうです。
マーケティング事例として、球場とオンラインそれぞれについて、PLMとして行った施策を具体的な企業名や数字をたくさん交えながら、教えていただくことができました。

逆転と実践のマーケティング術

PLMのマーケティング事例(オンライン) まとめ

園部さんのお話を聞いていると、マーケティングという概念が持つポテンシャルと面白さを感じ、ビジネスというものが持つ特有のやりがいやワクワクまで伝わってきました。
それは園部さんのお人柄や語り口もあると思いますが、なにより、かつては陽が当たっていたとは言えないパ・リーグという場所において、発想の転換を行い、それらを施策に落とし込み、やりきっていくというPLM、そして園部さんのお仕事のスタンスや考え方に基づくものだったのだと思います。
元々はお客さんが入らない商圏、ジャイアンツの人気に頼れないリーグだったこと、親会社の経営難など、営業努力をしないといけない状況があったからこそ、発想の転換と大胆な取り組みが生み出されたというのは、多くのビジネスモデルに示唆的なマーケティングの視座を得られるのではないでしょうか。
トークセッションでは、地域や企業に応用できるファン戦略についてのお話があり、講座本編終了後のQ&Aでは、リアルな現場での体験価値が注目されている流れについての園部さんの視点についてのお話など、ファンやリアルといった今後のマーケティング戦略にとって注目度が増す話題について、より深堀りしています。
プロ野球が好きな人、仕事の舞台裏に興味がある人、ビジネスの面白さに触れたい人、ファンビジネスやリアルな体験とオンラインの両軸を大切にしたビジネスモデルを検討している人などに、多くの方におすすめです。
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映画『じっちゃ!』 主演中村静香さんに聞く 自然と実りにあふれた土地 青森での撮影秘話とは?

青森・つがる市を舞台に、東京からIターン移住した孫娘と、市内でメロン農家を営む祖父の絆を描くヒューマンコメディ『じっちゃ!』が、2025年10月17日(金)より青森県にて先行公開、2025年10月31日(金)に全国で公開される。主演・三上ゆき役の中村静香さんと、脚本と監督を手がけた千村利光さんに、見どころと撮影秘話を伺った。

青森の食や自然を通して心を解きほぐす“Iターン移住”

青森・つがる市の名産品と聞くと、先にりんごやにんにくが浮かぶ人も少なくないはず。しかし、実はメロンの生産量全国5位を誇る町としても知られている(令和元年産)。そんな特産品の宝庫である青森に惚れ込み、“第二の故郷”とも公言している千村利光さんがメガホンを取り誕生した映画『じっちゃ!』。四季折々の風景と共に人と人との絆の尊さを描いている。

物語は主人公の三上ゆきが、東京からつがる市へ引っ越し、新天地で地域おこし協力隊として働き始めるところから展開していく。いわゆる、都会育ちの人が地方に根を下ろす“Iターン移住”だ。

中村静香さん

「東京での生活を手放して地方へ移住する一歩って、とても勇気がいる決断だと思うんです。でもゆきは思い切って、祖父がいる青森県・つがる市に移り住んだ。都会での窮屈な日々から解放された彼女は、つがる市の風土に一年かけて馴染みながら、生活や仕事への向き合い方も少しずつ変化していくんです。同時に、祖父がメロンを通して人に幸せを届けている姿を間近に見て、自分も周囲になにか与えられるような人になりたいという気持ちが芽生えます。私自身もまた、京都出身なので慣れない環境でしたが、撮影のオンとオフの時間を通じて青森の地に触れることで、少しずつ気持ちがほぐれていくのを実感しました。彼女の張り詰めていた気持ちが、徐々に和らいでいくのを感じていただけるとうれしいです」(中村さん)

千村利光さん

「撮影終盤の方では、ロケ地に使っていた家が本当に中村さんの実家みたいになっていたよね。僕は市役所でゆきがプレゼンするシーンが印象的でした。周りが騒いでいる中で、一歩乗り遅れる姿が面白いんです。そういうほっこりする瞬間を、敢えて差し込んでいます。周囲に流されがちな彼女がいてくれたおかげで、最後の成長した姿に説得力が増した気がします」(千村さん)

撮影期間は約10カ月。田園風景や馬市まつり、岩木山、木造駅など、四季を通してつがる市ならではの名所が随所に盛り込まれているのも見どころの一つ。

「夏の青々とした畑の風景から、真っ白な銀世界まで。季節によって景色が全く違う地域でした。だからこそ、ゆきの心情とリンクしたような光景が撮れたのだと思います」(中村さん)

「今回、とても天候に恵まれていましたよね。雪景色を撮りたい時はちゃんと吹雪いて積もってくれて、逆に穏やかな風景を望んでいると雪が降り止んでくれた。すべてイメージ通りに撮影できました」(千村さん)

劇中には青森の名産品が度々登場し、中村さんが頬張る姿からも、その魅力が伝わってきた。

「やっぱりメロンは格別でした。みずみずしさと糖度が高くて、神楽坂のカフェ『果房 メロンとロマン』で作っていただいたサンドイッチの味も忘れられません。会議のシーンでテーブルに乗っていたリンゴジュースも美味しすぎて、みんな空き時間も飲んでいたし、お土産としても買って帰りました」(中村さん)

終始和やかなムードに包まれていた撮影現場

馬市まつりのシーンは、200人の方がエキストラで参加するなど、地域住民の方は撮影に協力的だったという。同窓会のシーンでは思わぬ出来事も!?

千村利光さん

「祖父の同窓会にゆきが合流する場面では、地元の方、5人ほどに出演をお願いしていたんです。そしたら、当日30人ぐらい来てくださって、慌てて料理を増やして大宴会の設定になりました(笑)」(千村さん)

中村静香さん

「しかも、午前中に撮っていたのに、とても盛り上がっていましたよね!監督の声が届かないほど大賑わいで、楽しかったです。本場の津軽弁も難しくて。寒い土地だからこそ、なるべく口を開けずに話せるようなイントネーションになっているみたいで、早口だとフランス語に聞こえるんですよ」(中村さん)

「僕は大体は聞き取れるけれど、早口になると難しい。同じ音でも意味がちがうこともあるんです。でも現地の方でも全部理解していないみたいで、内容が半分分かれば会話が成立するらしいです。中村さんは移住する役だから、下手くそな津軽弁を頼んでいたのですが、途中で上手くなり始めて危なかったね(笑)」(千村さん)

“じっちゃ”こと祖父の役を演じたベテラン俳優・小野武彦さんと中村さんは初共演。どのようにして祖父と孫娘の関係を作っていったのか。

映画『じっちゃ!』

「孫娘のゆきになるために、小野武彦さんとはなるべくコミュニケーションを取ろうと心がけていました。とてもチャーミングでやわらかい空気をまとった方で、役にも自然と入ることができました。実生活でもきっと“かわいらしくて温かいおじいちゃん”なのだろうと思います」(中村さん)

「いつだったか忘れたけれど、『中村くん、ご飯食べたのかい?』って、小野さんが話しかけている様子を見かけて、もう本当におじいちゃんと孫娘のような関係が築かれていて微笑ましかったです。小野さんは差し入れを自ら配り、スタッフのことを常に気にかけてくださる、温かい方でしたね」(千村さん)

名産品の宝庫である青森名物土産をピックアップ

取材前もリンゴジュースを飲んでいたという甘党の中村さんと、編集部がピックアップした青森県の名物土産をチェック。

中村さんが気になったのは〈はとや製菓〉のソフトりんご。

〈はとや製菓〉のソフトりんご

「〈はとや製菓〉のソフトりんごは、撮影で現地にいる時から見かけていたのですが、結局食べる機会がなかったんです」

生のリンゴを1cmの厚さに輪切りし、そのままフリーズドライにしたお菓子は、中村さんの口にもあった模様。

〈はとや製菓〉のソフトりんご

「最初の素朴な味からは想像できないほど、中がとっても甘い!水やリンゴジュースに浸してふやかしても食べてみたいですね。おやつの時間に軽くいただけそう。期限も長いからお土産にもちょうどいいですね」

映画は本日2025年10月31日(金)より全国公開。ぜひ映画館に足を運んでみてほしい。

information

『じっちゃ!』

2025年10月17日(金)青森で先行公開。

2025年10月31日(金)池袋シネマ・ロサほか全国順次公開

https://jiccha-movie.com/

祖父の泰助(小野武彦)が住む街という無難な理由で、地域おこし協力隊制度を利用し、東京からつがる市にIターン移住した三上ゆき(中村静香)。就職先の市役所で観光・ブランド戦略課に配属された彼女は、市の魅力を全国に発信するため、慣れない業務に苦戦しながらも、祖父との日々のやりとりに癒されながら乗り越えていく。やがて怒涛の1年が過ぎ、淡い恋心を抱いていた同僚から東京でのビジネスを持ちかけられ、心が揺れるゆき。そんなある夜、ゆきは、これまで多くを語ろうとしてこなかった泰助が40年間秘めてきた事実を聞く。そこには青森に住み続けた泰助の知られざる絆の物語があった───。