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連載

富山で生まれ、富山を撮る。
坂本欣弘監督が語る
『無明の橋』と故郷の風景

わたしの心のふるさと、PRします!
vol.002

posted:2025.12.18   from:富山県立山町  genre:エンタメ・お楽しみ

〈 この連載・企画は… 〉  出身地だけでなく、仕事がきっかけで好きになったゆかりのある地域など、
誰しも心のふるさとがあるのではないでしょうか。
この連載では、愛する地域の魅力を発信している著名人にインタビュー。
地域との関わりや愛、エピソードなど語っていただき、心のふるさとをPRしていただきます。

writer profile

Minori Okajima

岡島みのり

愛知県出身。
2013年に上京し、文化服装学院に進学後、エディター、ライターとして活動。好きな名古屋料理はシジミ入りの味噌煮込みうどん。

photographer

Kazufumi Shimoyashiki

下屋敷和文

1986年長崎県生まれ。日本大学藝術学部写真学科卒業後、写真家・若木信吾に師事。2014年に独立後、『BRUTUS』『POPEYE』等で活躍。

富山県立山町に伝わる「布橋灌頂会(ぬのばしかんじょうえ)」を題材にした映画『無明の橋』。本作を手がけたのは、富山県出身の坂本欣弘監督。生まれ育った土地の風景や、人々の温かさ、そして儀式との出会い。三作続けて富山を舞台に撮り続けてきた監督に、故郷への思いと今回の制作背景を伺った。

生まれ育った富山。離れて初めて気づいた「景色の力」

富山で生まれ、高校卒業までを過ごした坂本欣弘監督。大学時代に東京へ移り住んだことで、故郷の景色の美しさにようやく気づいたという。

『無明の橋』

「高校生の頃は、地元の景色を意識したことがほとんどなかったんです。でも、東京で暮らしたあとに帰ると、立山連峰がこんなにきれいだったのか、空ってこんなに広いんだとか、海が近いんだとか……全部が新鮮に見えました」

現在の暮らしは、海まで徒歩3分。漁港がある射水市の内川沿いに住み、少し車を走らせれば山にもすぐ行ける場所にある。

「駅からは近いのに、海にもすぐ出られて。山と海がこんなに近い土地って、実はあまりないんじゃないかなと思います。幼少期の記憶として強く残っているのは海。富山市内からも自転車で行ける距離だった、少年時代の遊び場でもあった場所です。子どもの頃は当たり前だったけれど、大人になって初めてその価値に気づいたんですよね。映画の舞台として富山を選ぶ理由には、そうした風景が持つ力が大きい。富山は、360度どこを切っても絵になるとよく言われるのですが、山脈、連峰、雪景色……立山連峰に夕日があたる瞬間は、本当に息をのむ美しさがあります」

作品づくりに宿る、富山の風土と人の温かさ

坂本監督がこれまでの三作、『真白の恋』『もみの家』『無明の橋』で富山を舞台に撮り続けてきたのは、単なる地元という理由だけではない。

坂本欣弘

「富山の人って、とにかく温かい。今回も立山町の方々に本当に助けられました。『無明の橋』では主人公が“都会から富山にやって来る”という設定のため、あえて地元の人々の描写は控え目ですが、それでも現場には富山の空気がしっかり流れていました。映画を支えてくれているのは地域の人たちの存在があってこそ」

過去作では富山の人々の暮らしや行事、濃密な人間関係を丁寧に描いてきた。たとえば食卓、料理、獅子舞などの伝統行事。監督自身が育ってきた生活の匂いが、作品の温かさにつながっている。

『無明の橋』

「田舎の濃さっていうんですかね。子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで、みんなが一つの行事に集まってくる。この光景はやっぱり映画を通して残したいと思いました。都会と比べて冷たい、温かいという単純な話ではなく、富山の風土が持つ温度そのものが映画の空気になる感じですかね」

「布橋灌頂会」との出合い。生まれ変わりの儀式をどう映画にするか

『無明の橋』は、富山・立山町 芦峅寺(あしくらじ)に古くから伝わる女性のための“生まれ変わりの儀式”「布橋灌頂会(ぬのばしかんじょうえ)」を題材にしている。江戸時代に信仰の山「立山」への登拝が許されなかった女性達が、白装束姿で白い布が敷かれた橋を渡る極楽往生を願うもので、監督自身、この儀式を知ったのは比較的最近のことだという。

『無明の橋』

「普段は布のない橋を歩けますが、儀式の日に白い布が敷かれると、まったく違う表情を見せるんです。映画化に向けて最も大変だったのは、この儀式の正しい再現。コロナ禍もあり長らく開催されていなかったんです。そして儀式を執り行う僧侶は、普段富山県外に住んでいる方。儀式に対して地域の人が抱いている神聖な思いを傷つけないように、何度も取材し、許可を取り、スケジュールを調整して僧侶の方々に参加していただきました」

『無明の橋』

映画をつくる背景には、監督自身の喪失の経験も影響している。

「かつて親しくしていた先輩との突然の別れがあり、あのとき感じたことがずっと自分の中に残っていました。ご家族から手紙を預かった直後の出来事で、その経験をいつか作品として向き合いたいと心のどこかで思っていたんです。今回の儀式のテーマには、その記憶と共鳴するものがありました」

『無明の橋』

生と死、喪失と再生。富山の地に息づく文化が、監督の個人的な記憶と重なり、今回の物語が生まれている。

富山から世界へ。これから描きたい“地方の現実”と次世代へのメッセージ

これまで三作にわたり富山を撮り続けてきた坂本監督。次のテーマとして見えてきたのは、地方が抱えるこれからの課題だと語る。

坂本欣弘

「富山はコンパクトシティ化が進んでいて、中心部以外はどんどん空洞化している。住んでいるとその変化を日々感じます。自分ごとに感じるようになったのは、父親として子供を育てて、地域の未来を現実的に考えるようにもなったことから。子どもたちが大きくなったとき、地元はどうなっているんだろう、どこで暮らしていくんだろうって思ったんです。その不安と向き合ったとき、映画で社会的な問題を描く必要性も感じ始めました」

一方で、映画文化そのものを若い世代に届けたいという思いも強く持っている。

「自分が学生の頃に観て衝撃を受けた作品が、今の自分を形作っている。『無明の橋』が、誰かの人生に影響を与える一本になってくれたら嬉しいですね」

『無明の橋』

富山という土地の美しさ、故郷に宿る温度、変わりゆく地方の現実。そこにある風景や人の温度を見つめながら、坂本監督はこれからも丁寧に作品づくりと向き合っていく。

profile

坂本欣弘(さかもと・よしひろ)

富山県出身の映画監督。大学進学を機に東京へ移り、卒業後に富山へ戻る。以降、故郷を舞台にした作品づくりを続け、『真白の恋』『もみの家』を発表。最新作『無明の橋』では、立山町に伝わる「布橋灌頂会」を題材に、生と再生を静かに描き出す。

information

『無明の橋』

2025年12月19日(金)新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座ほか全国公開

https://mumyonohashi.com/

15年前、3歳だった愛娘を亡くした由起子は、心に癒えぬ傷を背負いながら、今もその罪の意識から逃れられずにいた。ある日、とある絵画を偶然目にして心を奪われた彼女は、駆り立てられるように、その絵が描く舞台の地へと足を運ぶ。

立山連峰を望む橋のたもと。様々な想いを抱えた女性が集うその場所で、由起子は不思議なひとときを過ごすことになるのだった───。

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