重要文化財〈旧奈良監獄〉がミュージアムとホテルに。奈良県奈良市に新たな文化拠点が誕生

奈良県奈良市にある国の重要文化財〈旧奈良監獄〉が、2026年に〈奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート〉(4月27日開館)と〈星のや奈良監獄〉(6月25日開業)という2つの施設として生まれ変わった。重要文化財の監獄建築を保存・活用し、ミュージアムと宿泊施設を展開する、国内でも他に例をみない文化財活用プロジェクトだ。

100年以上、人々を見つめてきた旧奈良監獄

旧奈良監獄は、明治41年(1908年)、近代国家を目指した明治政府による司法制度改革の一環として建設された「明治五大監獄」のひとつ。その中でも、当時の姿をほぼ完全な形で残す唯一の施設として知られる。放射状に舎房が延びる「ハヴィランド・システム」を採用した煉瓦造の建築は、日本の近代監獄建築を代表する存在として評価され、2017年には国の重要文化財に指定された。

1946年以降は奈良少年刑務所として運用され、2017年に刑務所としての役目を終えるまで、100年以上にわたって実際に人が収容され、更生の場として機能してきた。高い壁の向こう側にありながら、地域の人々にとっては長く奈良の風景の一部でもあった場所だ。

「自由」を問うミュージアム

2026年4月27日に開館した〈奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート〉は、旧奈良監獄の歴史や建築を保存・継承するだけでなく、「美しき監獄からの問いかけ」をコンセプトに掲げる新しいミュージアムだ。

見どころは、建築そのものが展示物であること。明治時代に築かれた赤煉瓦の建物や、重要文化財の空間を実際に歩きながら、その美しさと歴史に触れることができる。敷地内は、活用に伴う改修を行わず、当時の状態を残した保存エリアと展示エリアに分かれている。展示エリアは「歴史と建築」「規律とくらし」「監獄とアート」の3つのテーマで構成。行刑制度や受刑者の暮らしをたどるとともに、デザインやアートを通して感性を揺さぶり、日常を捉える視点をアップデートする体験へと誘う。

アートディレクターには、〈21_21 DESIGN SIGHT館長を務める佐藤卓氏(TSDO)と、世界各地の美術館展示を手がけるアドリアン・ガルデール氏が参加。歴史を学ぶだけでなく、「自由とは何か」という普遍的なテーマについて、自分自身へ問いを投げかける体験という構成だ。見学後は、明治時代の洋食文化をイメージしたカレーパンやチーズケーキを味わえるカフェや、約100点のオリジナルグッズと、全国の刑務所から集めた刑務所作業製品を扱うショップにも立ち寄りたい。

歴史に泊まる、唯一無二のホテル体験

ラグジュアリーホテル〈星のや奈良監獄〉も開業した。国の重要文化財である旧監獄を保存・再生した、日本初の宿泊施設である。

かつての舎房を生かした客室に滞在し、昼間はミュージアムで歴史や空間の成り立ちを学び、夜は静まり返った赤煉瓦の建物で過ごす。日常では味わえない時間の流れを体験できるのが、このホテルならではの魅力だ。

宿泊を通してじっくりこの場所と向き合うことも、ミュージアムを訪れて歴史や社会について思いを巡らせ、自分自身と向き合うこともできる旧奈良監獄。明治から受け継がれてきた文化財が、新たな体験の場として未来へつながる、その歩みを現地で体感してみたい。

Information

奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート

重要文化財を舞台に、デザインやアートを織り交ぜながら監獄を語り、日常を揺さぶる新たな視点を提供するミュージアム。「美しき監獄からの問いかけ」をコンセプトに、重要文化財を活用した展示やカフェ、ショップを併設する。
住所:奈良県奈良市般若寺町18|地図
営:9:00〜17:00(最終入館16:00)事前予約推奨
HP:https://hoshinoresorts.com/nara-prison-museum/ja/

Information

星のや奈良監獄

国の重要文化財「旧奈良監獄」を保存・再生した、日本初のラグジュアリーホテル。かつての舎房を生かした客室やダイニングなどを備え、歴史的建築での滞在を楽しめる。
住所:奈良県奈良市般若寺町18|地図
HP:https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/hoshinoyanarakangoku/

【プレゼントあり】旅の出発地はここ。中川政七商店〈鹿猿狐ビルヂング〉の〈奈良風土案内所〉

地元・奈良の産業を発信する〈鹿猿狐ビルヂング〉

享保元年(1716年)に「奈良晒(ならざらし)」という麻織物の問屋として創業した中川政七商店。地元である奈良を盛り上げるべく、創業地に隣接する場所に2021年にオープンしたのが、奈良観光の中心地・ならまちエリアにある〈鹿猿狐ビルヂング〉だ。

〈鹿猿狐ビルヂング〉の母屋へ続く通路
母屋へ続く通路。

築130年の町家造りの母屋には、布製品のショップや、茶道をテーマにした喫茶〈茶論(さろん)奈良町店〉がある。ショップの試着室はかつての電話ボックスを利用して作られており、玄関には吉野杉で作られた「鹿よけ」が残っている。

母屋と調和するように建てられた新築ビルには〈奈良風土案内所〉や〈中川政七商店 奈良本店〉のほか、〈猿田彦珈琲〉とすき焼き割烹〈㐂つね(きつね)〉が入る。この3つの名前を合わせたのが、“鹿猿狐”の名前の由来だ。

「『日本の工芸を元気にする!』というのが私たちのビジョン。そのためには、作り手と使い手の距離を、昔のようにもう一度近づけることが必要だと思うんです。〈鹿猿狐ビルヂング〉は奈良で作られたものを買って、食べて、体験することができる場所。ここを拠点に、奈良の産業を盛り上げていけたらと思っています」

旅の案内人はスタッフ。おすすめスポットを詰め込んだ「風土案内カード」

〈鹿猿狐ビルヂング〉の1階に2024年に誕生したのが〈奈良風土案内所〉と名付けられたスペースだ。インフォメーションセンターのようなカウンターに、奈良みやげをセレクトした棚。そして左側の壁にずらりと並ぶのが、かわいいイラストで彩られた「風土案内カード」なるもの。裏を見ると、中川政七商店のスタッフ自らが書いているという文章と写真を使用して、彼らの個人的な奈良のおすすめスポットが紹介されている。しかも、すべてテイクフリーという気前の良さ!

中川政七商店〈鹿猿狐ビルヂング〉の〈奈良風土案内所〉
〈鹿猿狐ビルヂング〉に入ってすぐのところにある〈奈良風土案内所〉。

「カードは全部で60種類ありまして、掲載スポットは100カ所ほど。一部のカードは季節によって変わります。バインダーも用意しているので、気になるカードを取ってファイルすれば、自分だけのガイドブックができるようになっています」

案内してくれた佐藤さんは「風土案内カード」編集責任者も務めている。

中川政七商店〈鹿猿狐ビルヂング〉の〈奈良風土案内所〉の風土案内カード
「風土案内カード」のデザインは、奈良出身のデザイナー・赤井佑輔氏が代表を務めるデザイン事務所・paragramさんによるもの。

かき氷やご当地鍋といったグルメ情報から、奈良一刀彫(ならいっとうぼり)などの工芸工房系、初心者が行きやすいバーに、佐藤さんいち押しの奇祭(!)まで、奈良在住ならではのリアルな情報が満載。店から30分以内のスポットを中心に紹介しているので、すぐに出かけることができるのもうれしい。

中川政七商店〈鹿猿狐ビルヂング〉の広報の佐藤菜摘さん
案内してくれた広報の佐藤菜摘さん。東京出身で、8年前に奈良へ移住してきた。

「旅行って、現地に住んでいる友人に案内してもらうのが一番面白いじゃないですか。その感覚で、スタッフがみなさんの旅の案内人になれたらいいなと思ってこのカードを作りました。奈良には鹿と大仏だけじゃなくて、もっと面白いものがたくさんあるんだよってことを皆さんに伝えたいです」

中川政七商店の歴史をアーカイブする展示スペースも

〈奈良風土案内所〉で旅の情報を集めたら、そのまま施設の奥へと進んでみよう。中庭には、麻の製法を体験できる〈布蔵(ぬのぐら)〉と、中川政七商店の300年間をアーカイブする〈時蔵(ときぐら)〉という2つの展示スペースがある。解説を聞きながら巡ると理解が深まるので、ぜひ予約できるガイドツアーに参加してほしい。

〈時蔵〉の2階には、「二体の鹿」というオブジェが展示されている。右の鹿は「伝統」をテーマに、奈良一刀彫や漆芸(しつげい)、螺鈿(らでん)、印伝など、奈良が誇る伝統工芸の技術を結集させて制作されたものだ。左の鹿は「革新」をテーマに、彫刻家の名和晃平氏がディレクターを務める〈SANDWICH Inc.〉が手掛けている。この「二体の鹿」は、伝統工芸を現代の生活に馴染む形で発信するという、中川政七商店の精神を表現している。

中川政七商店〈鹿猿狐ビルヂング〉内の〈時蔵〉2階に展示されている「二体の鹿」オブジェ
撮影:SATOSHI ASAKAWA
〈時蔵〉2階に展示されている「二体の鹿」オブジェ。
撮影:SATOSHI ASAKAWA

中川政七商店の歴史と共に、観光、工芸、食などあらゆる角度から新旧の奈良の魅力を発信する〈鹿猿狐ビルヂング〉。旅の最初に〈奈良風土案内所〉へ立ち寄れば、鹿と大仏の先にある奈良の面白さに触れられるはずだ。

プレゼントキャンペーン実施中

コロカルのInstagramでは、〈中川政七商店〉和紅茶・珈琲セットを5名様プレゼントするキャンペーンを実施中です。詳しくはInstagramの投稿をご確認ください。

応募期間:2026/8/3(月)〜8/16(日)
応募方法:STEP 1:colocal公式Instagramアカウント(@colocal_jp)をフォロー
     STEP 2:投稿に「いいね」をする

Information

鹿猿狐ビルヂング

中川政七商店創業の地に、2021年に誕生した複合商業施設。奈良の工芸を手に取り、体験できるお店や、旅の途中に寄りたい飲食店が集まった、奈良観光の拠点になる場所。
住所:奈良県奈良市元林院町22|地図
Instagram:@shikasarukitsune

夏の風物詩を届ける。大和郡山と金魚養殖の歴史を紐解く

大和郡山の金魚の歴史は、初代藩主・柳沢吉里からはじまった

〈やまと錦魚園〉の水槽

大和郡山での金魚養殖の歴史は、なんと約300年!その長い歴史の中で、創業100年を超える〈やまと錦魚園〉を巡りながら、金魚の町として発展した歴史を辿った。

〈やまと錦魚園〉園内には40種以上の金魚が飼育されており、養殖、小売、全国への卸しも行っている。併設している〈郡山金魚資料館〉には、〈やまと錦魚園〉の創業者・嶋田正治が集めた金魚関連の資料が多くある。江戸時代にまとめられたという、日本最古の金魚飼育本『金魚養玩草(きんぎょそだてぐさ)』も展示されている。

金魚が大和郡山に伝わったのは江戸時代中期。柳沢吉里(やなぎさわよしさと)が初代郡山藩主となるべく甲斐の国(山梨県)からやってきた時に、観賞用として持ち込んだのが最初だと言われている。

当時の金魚は、いわば芸術品のような扱い。品種ごとに形、大きさ、色などの基準があり、それによって一匹の価値が決められていた。江戸時代の後半には、造り手が自慢の金魚を出品する品評会が行われており、裕福な人々がアートを買うように、金魚に投資することで、金魚産業は発展してきた。

〈やまと錦魚園〉三代目の嶋田輝也さん
〈やまと錦魚園〉三代目の嶋田輝也さんは業界歴40年のベテラン。

大和郡山では明治維新後、職を失った藩士や農家の副業として金魚養殖が広まる。 当時の郡山藩主だった柳澤保申(やなぎさわやすのぶ)が、産業を惜しみなく援助したこともその後ろ盾となった。

「大和郡山は水環境も整っていますし、京都や大阪といった消費地が近かったという地の利も、金魚養殖の発展に関係していたでしょうね」と話すのは、三代目として〈やまと錦魚園〉を切り盛りする嶋田輝也さん。こうした恵まれた環境や養殖技術は今も受け継がれており、大和郡山には現在も20軒の金魚養殖場がある。

子どもたちに夏の風物詩を届けたい

観賞魚として人気の「イエローコメット」
観賞魚として人気の「イエローコメット」

大和郡山で有名なのは一番身近な「和金」という品種。縁日の金魚すくいでおなじみの、オレンジ色の金魚だ。この日も園内の養殖池には、1万5000匹もの和金が元気よく泳いでいて、これから夏が近づくにつれ、全国のお祭りへ向けた出荷が増える。

金魚養殖の様子
気持ちよさそうに泳ぐ和金。ここから全国へ旅立っていく。

「金魚は夏の風物詩ですし、子どもたちが一番最初に触れる生き物になることも多いのではないでしょうか。金魚を通して、命に触れる体験を届け続けられたらなと思います」と、嶋田さんは話す。金魚養殖は、私たちがどこか懐かしく思う、日本の夏の思い出を守り続けているのだ。

御金魚帖を片手に“金魚ストリート”を歩いてみよう

〈柳町商店街〉・通称「金魚ストリート」のユニークな水槽
ユニークな形の水槽があちこちに。こちらは改札の形をした水槽。

かつての城下町に広がる〈柳町商店街〉。通称「金魚ストリート」と呼ばれるこの商店街には、マンホールや郵便ポスト、灰皿、お店の看板など、金魚モチーフのものがあちこちに置かれている。各店の店先にはそれぞれ異なる品種が泳ぐ水槽があり、その数は30種類以上。暑い夏のまち歩きに、清涼感を届けてくれるようだ。

まち歩きをさらに楽しくしてくれるのが、 御朱印帳ならぬ「御金魚帖」。商店街を巡りながら、お店の軒先で18種類のスタンプ(もちろん金魚モチーフ)を集めることができる。

豊臣秀長デザインの「御金魚帖」
「御金魚帖」は加盟店で購入可能。こちらは豊臣秀長デザイン。金魚すくいの袋に入っているのもユニーク。
老舗和菓子屋〈本家菊屋〉の、豊臣秀長をモチーフにした金魚スタンプ
老舗和菓子屋〈本家菊屋〉で押せる、豊臣秀長をモチーフにした愛らしい金魚スタンプ。

商店街は端から端までゆっくり歩いても10分ほどの長さ。城下町らしい古い建物があちこちに残り、町家をリノベーションした飲食店や、秀吉ゆかりの「御城之口餅(おしろのくちもち)」を販売する〈本家菊屋〉など見どころも多い。

小さい頃に行った夏祭りの記憶が蘇るような、どこか懐かしい時間が流れる大和郡山の城下町。この夏は、ひとときの涼しさと愛らしい金魚たちに会いに、のんびりと出かけてみてはいかがだろうか。

Information

〈やまと錦魚園〉の外観
やまと錦魚園

1926年(昭和元年)に創業した金魚養殖・販売所。40種以上の金魚を養殖し、店頭では金魚の販売も行っている。
住所:奈良県大和郡山市新木町107
TEL:0743-52-3418
Instagram:@yamto_kingyoen

Information

〈やまと錦魚園〉に併設されている〈郡山金魚資料館〉の内観
郡山金魚資料館

〈やまと錦魚園〉に隣接する資料館。江戸時代から現代までの文献や、さまざまな種類の金魚も展示されている。
住所:奈良県大和郡山市新木町107
TEL:0743-52-3418

Information

柳町商店街の看板
柳町商店街

郡山城のお膝元にある商店街。「金魚ストリート」として、30店舗以上のお店で金魚を展示、「御金魚帖」のスタンプラリーが楽しめる
住所:奈良県大和郡山市柳3-37
Instagram:@kingyostreet_yanagimachi

「はじまりの地・奈良」は知れば知るほど面白い

01
豊臣秀吉の最強バディ・豊臣秀長の統治からはじまった、大和郡山の城下町
2026年放送のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公として脚光を浴びている、豊臣秀長。奈良県大和郡山市は、兄・豊臣秀吉が天下統一において最重要と考えた地であり、秀長が人生最後に統治したまちだった。カリスマ的な人間力を持っていたと言われる秀長は、どのように大和郡山を治めていったのか。今回は「豊臣兄弟!」で時代考証を担当した、駿河台大学・黒田基樹教授の話をもとに、秀長の軌跡を辿る。
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02
日本の柑橘のはじまり「大和橘」は奈良県にあり。現代の人々をも魅了する、いにしえの香りとは
日本の固有種で『万葉集』にも登場する古来の柑橘、「橘」(たちばな)。みかん類やゆずなどが渡来する遥か昔から日本に息づく、“はじまり”の柑橘だ。一時は絶滅寸前だったが、奈良の地で「大和橘(やまとたちばな)」として復活させたのが「なら橘プロジェクト推進協議会」。会長を務める城健治さんに、「大和橘」の歴史や、“永遠に香る”と言われる唯一無二の魅力について語ってもらった。
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03
日本はじまりの書『古事記』と『日本書紀』を紐解けば、奈良県はもっと面白い
奈良時代に編纂された2つの歴史書『古事記』と『日本書紀』。その中で、初代天皇・神武天皇がはじめて都をつくった“日本のはじまりの地”として奈良県は登場する。なぜ日本のはじまりの地を奈良県に選んだのか。國學院大學・渡邉卓准教授に、『古事記』と『日本書紀』に描かれた奈良県の姿を紐解いていただき、書物にゆかりのある実在のスポットも教えてもらった。
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歌舞伎の名場面がフォトスポットに。小松市〈ATAKA TERRACE〉に「鏡の勧進帳」が登場

石川県小松市の文化観光施設〈ATAKA TERRACE(アタカテラス)〉に、新モニュメント「鏡の勧進帳(かんじんちょう)」が登場した。歌舞伎の人気演目のひとつ『勧進帳』の舞台として知られる安宅の関(あたかのせき)の物語と景観を楽しめる、新たな見どころとなっている。

安宅の風景を映し出す“白紙の勧進帳”

安宅の関は、小松市南部の日本海沿いに位置する歴史的な関所跡。源義経と従者の武蔵坊弁慶が、追っ手から逃れて奥州へ向かう途中に通ったとされる場所だ。歌舞伎『勧進帳』では、関守に義経一行と疑われた際、弁慶が実は何も書かれていない白紙の巻物を、本物の勧進帳であるかのように読み上げ、機転を利かせて危機を脱する名場面が描かれる。

今回登場したのは、この“白紙の勧進帳”を鏡として表現した体験型モニュメント。表面には鏡面素材を採用し、見る位置や時間帯によって、日本海や空、松林、そして訪れた人の姿が印象的に映り込み、その瞬間だけの風景を写真に収めることができる。晴れた日は澄んだ青、夕暮れ時には日本海に沈む夕日など、そのときどきによって異なる表情を見せるのも魅力だ。

モニュメントの裏面には、『勧進帳』の物語や安宅の関の歴史にまつわる言葉が刻まれている。写真撮影を楽しむだけでなく、小松市・安宅に受け継がれてきた文化や、日本海の景観をより深く味わうきっかけにもなりそうだ。

企画・デザインは、小松市を拠点とするデザイナーの横山真紀氏が担当。設計・製作は同市の板金加工会社・ダイエー株式会社が手がけ、地域企業の技術によって形になった。

日本海を望む〈ATAKA TERRACE〉

「鏡の勧進帳」が設置された〈ATAKA TERRACE〉は、2026年4月にリニューアルオープンした文化観光施設。日本海と安宅海岸を望むロケーションに、レストランやカフェ、セレクトショップ、書架スペース、コワーキングスペースなどを備え、「食・くつろぎ・交流」をコンセプトにした複合施設として親しまれている。

リニューアルオープンからわずか3か月で来館者数は4万人を突破。観光客はもちろん、地元の人々の日常の憩いの場としても支持を集めている。

「鏡の勧進帳」は、日本海や空だけでなく、そこに立つ人の姿も映し出す。時間や季節ごとに異なる景色を映す鏡の前で、安宅の関の歴史や歌舞伎『勧進帳』の世界に思いを巡らせてみてはいかがだろう。

Information

ATAKA TERRACE(アタカテラス)

住所:石川県小松市安宅町タ140-4|地図
営:9時〜17時
休:水曜(祝日の場合は翌日)、年末年始
Instagram:@ataka_terrace

美意識が根付く土地。シトウレイの地元、石川県・加賀エリアのとっておきスポット3選

加賀が誇る、圧倒的センスの聖地〈PHAETON〉

「石川の中でも、いや日本でも、いや世界でも一番美意識が研ぎ澄まされた、加賀が誇るセレクトショップです。オーナーの坂矢悠詞人(さかや よしひと)さんのセンスも知識も幅広く、毎回その知見に圧倒されています。坂矢さんが構想した空間は、建築のしつらえに至るまで徹底されているんです。石や茅葺、光源の取り入れ方、水の使い方......。レベルが違います。その圧倒的なセンスと美意識に触れると、自分の小ささを感じて、謙虚にもっと学んでいこうって気持ちになれるんですよね。
ちなみに、隣接する紅茶専門店〈TEATON〉でいただける紅茶とグルテンフリーのスイーツも美味しいのでぜひ」

Information

PHAETON

2010年、坂矢悠詞人氏が開業。現在は北陸各地に系列店を構え、雑誌『大勉強』も刊行するセレクトショップ。
住所:石川県加賀市伊切町い239|地図
TEL:0761-74-1881
営:11:00〜18:00
休:火(不定休あり)
Instagram:@phaeton_smart_clothes
HP:https://www.phaeton-co.com/

Information

TEATON

〈PHAETON〉に隣接する紅茶専門店。お茶とグルテンフリーのスイーツが楽しめる。店内利用は会員制、テイクアウトは自由に利用可。
住所:石川県加賀市伊切町い239|地図
TEL:0761-75-7535
営:11:00〜18:00
休:火(不定休あり)
Instagram:@t_e_a_t_o_n
HP:https://www.teaton-co.com/

一皿ごとに「美しさ」が宿るイノベーティブレストラン〈SHÓKUDŌ YArn〉

撮影:Bungo Kimura、Autoreserve

「美意識へのこだわりが群を抜いているイノベーティブレストラン。お食事はもちろん、器や空間づくりといった細部にまでこだわりが感じられて、まるで茶席に招かれたかのように、トータルで『美しさ』を鑑賞する時間を楽しめます。

メニューは謎かけというか、ちょっと独特のギャグが挟まれているのも、ご愛敬ということで(笑)。ちなみにシェフは高校の先輩なんです。地元の加賀市ではなく小松市にあるのですが、ぜひ足を延ばしてみてください」

Information

SHÓKUDŌ YArn

シェフ夫妻がイタリア・スペインの星付き店で修業後、2015年に開業したイノベーティブレストラン。
住所:石川県小松市吉竹町1-37-1|地図
TEL:0761-58-1058
営:火〜土(詳細はHPの予約サイトを参照)
休:日・月
*営業日・時間は席種により異なります。
Instagram:@shokudo_yarn
HP:https://shokudo-yarn.com/

建築美と約110万冊の蔵書を楽しむ〈石川県立図書館〉

「こんなに素敵な図書館は全国どこを探してもないと思います。円形の書架やゆるやかなスロープが連なる設計で、建築好きの人にとってはたまらないはず。本好きにとっては、約110万冊もの圧倒的な蔵書があるので歩いているだけでワクワクします。気になる本をいくつか手に取って、好きな場所で読んで…一生ここで過ごしたい(笑)!

でも私がいちばん感動するのは、こういう文化的な施設を県立でつくっているという事実そのものなんです。そこに石川の文化レベルの豊かさを感じます」

Information

石川県立図書館

2022年、旧金沢大学工学部跡地に開館。設計は仙田満氏、蔵書数は北陸最大級を誇る。
住所:石川県金沢市小立野2-43−1|地図
TEL:076-223-9565
営:閲覧エリア9:00〜19:00、文化交流エリア9:00〜21:00 / 土日祝9:00〜18:00
休:月曜(祝日の場合は翌平日)、年末年始、特別整理期間
HP:https://www.library.pref.ishikawa.lg.jp/

Profile

シトウレイ

シトウレイ/加賀生まれ、東京在住。早稲田大学卒業。日本を代表するストリートスタイルフォトグラファー、ジャーナリスト。『何を着るか、ではなく、どう着るか』をモットーに毎シーズン世界各国のコレクションへと赴く。ランウェイ・オフランウェイ問わず、本人の審美眼に適ったスナップフォトを発信中。YouTube「シトウレイチャンネルNEW!!!」も配信中。
Instagram:@reishito

かつて海だった場所を、車で走る。能登・国道249号の絶景

海底隆起は4メートル。大迫力のパノラマを車で走行

能登半島の日本海沿いを走る国道249号。Googleマップを見ながら車を走らせると時折、海の上を走行していることがある。もちろん海を走っているわけではない。現在の国道249号は、旧道の補修工事が続く一方、能登半島地震で隆起した新しい陸地に新道が開通しており、車はそこを走っている。

「能登半島地震では、海底が4メートル隆起しました。新しい陸地が生まれたわけですが、これだけの規模で新しい陸地が生まれたのは初めての出来事です」

日本はもちろんのこと、世界でも大規模な地震は起きているが、今回のような海底隆起による陸地の誕生は珍しい。

「能登半島沿岸は、比較的浅い海が続いていたこと、断層が半島の陸地に近い位置だったことから、地震が起きたことで海底が隆起して海面に出てきました。一般的に離水(りすい)と呼ばれる現象です。海底から離れ陸に上がる。つまり水から離れるという意味です。

隆起した部分が積み上がっていくと崖になり、崖には離水層を確認することができます。そして、たびたび隆起することで階段のように隆起が積み重なる海岸段丘と呼ばれる崖が出来上がります。能登半島の断崖絶壁も海岸段丘によるものです。太古の昔にもたびたび同じエリアで離水が起きるほどの規模で地震が繰り返されていたと考えられます」

石川県の面積が拡大。海底隆起は日本の歴史にも記録されている

新道を走行していると、突如現れる断崖絶壁。もともとは海に迫り出していて見えなかった部分を道路上から見上げることができる。聳え立つ崖はどことなく白い。

「海底では岩に生物が付着していて、陸に上がったことで死滅しその残骸が白化します。白いことは、そこが昔海底だったというマーカーになるという研究論文も発表されています」

能登・国道249号線の絶景

国土地理院の公表値では、能登半島地震後の地図更新の結果、石川県の面積が約4.7km²増加した。能登半島地震による海岸隆起が面積増加の要因の一つと考えられている。大昔に同じような現象は起きているのだろうか。

「1923年の関東大震災の後に三浦半島あたりで陸が生まれたという記録や、同じ関東地震で江戸時代に起きた元禄地震では、房総半島付近で6メートルの隆起があったという記録も残っています。また、松尾芭蕉が『奥の細道』で風光明媚な入り江として描いた象潟(きさかた)も、その後の1804年の地震で隆起し、陸地へと姿を変えました。長い歴史の中では、こうしたことは起きたことがある現象です」

海底隆起が生んだ道は2029年春までの期間限定

地震により地盤が隆起する時、そのスピードはどのぐらいなのだろうか。

「国土地理院では連続的に地面の高さをモニタリングできるGNSSというシステムを各地に配置しているのですが、それによると、数十秒のうちに4メートル、ダダダっと隆起したようです」

観測以来初めての現象を前に、地理のプロフェッショナルでも、その現象には驚きを隠せなかったそう。

「隆起を目の当たりにするというのは、正直、大きな驚きでした。貴重な自然現象でもあり、世界中でその場を実際に訪れ見ることができるのも稀です」

その場を車で走ると、自然の壮大さと底知れぬ力を体感できるはずだ。しかし、この光景を見られるのは今のうちかもしれない。国道249号の迂回路は、土砂崩れで通行できなくなったトンネルを避けるため、隆起した海岸線の上に整備された復興ルート。国土交通省は2029年春までの本復旧を目指しており、その後この道を走れるかどうかは未定となっている。

能登・国道249号線の絶景

Information

国道249号(隆起海岸の迂回路区間)


区間:石川県輪島市〜珠洲市(日本海沿岸)
※2029年春までの期間限定ルート(本復旧後の通行可否は未定)

豊臣秀吉の最強バディ・豊臣秀長の統治からはじまった、大和郡山の城下町

400年以上の歴史が残る城下町・大和郡山

大和郡山の細い路地
大和郡山の細い路地。

秀長が人生最後に統治した大和郡山。その玄関口となるJR郡山駅までは、奈良駅から快速でわずか1駅とアクセスも抜群だ。いまも城下町の風情を感じる大和郡山は、細い路地が入り組んでいて、歩いて回るのがちょうどいい。

奈良最古の菓子屋〈本家菊屋〉の外観
奈良最古の菓子屋〈本家菊屋〉。建物は江戸時代末期に再建されたもの

JR郡山駅から徒歩10分程度に位置する柳町商店街には、秀長と共に大和郡山にやってきた菓子職人・菊屋治兵衛(きくやじへい)が創業した〈本家菊屋(ほんけきくや)〉がある。名物の「御城之口餅(おしろのくちもち)」は、秀長から「秀吉をもてなすお茶会のための珍果を」との命令を受けてつくられた一品だ。

粒あんを餅で包んで、きな粉をまぶしたひと口サイズの餅菓子。秀吉はこれを気に入って“鶯餅”と名付けた。青大豆のきな粉を使った餅はほんのり緑がかっていて、「これが本当の鶯色なんですよ」と26代目当主の菊岡洋之(きくおかひろゆき)さんが教えてくれる。400年以上たった今日、こうして秀吉と同じものを食べているなんて不思議な気分だ。

奈良市を見下ろす郡山城。僧侶たちをまとめあげた秀長の政治力とは

秀長の菩提寺〈春岳院〉に所蔵されている『豊臣秀長肖像画』

毎年4月22日には法要が行われ、地元の人には「秀長さん」と呼ばれるほど、大和郡山で親しまれている豊臣秀長。秀吉と共に戦を戦い抜き、内政や外交面でも才能を発揮した。

「秀長がいなかったら、秀吉の天下統一はなかったんじゃないか」と、黒田教授が語るとおり、秀吉が最も信頼する優秀な弟であり、最強の相棒だった。

織田信長の時代に大和郡山を統治していた筒井順慶(つついじゅんけい)の亡き後、秀長が郡山城に入城したのは、天正13年(1585年)のこと。自分の分身とも言える秀長を送り込んだ理由はもちろん、大和郡山が秀吉の天下統一にとって重要な場所だったからだ。

駿河台大学・黒田基樹教授
駿河台大学・黒田基樹教授

「奈良は寺社勢力が強く、神職や僧侶が支配していました。中世に入って以来、唯一武家の統制下に入っていなかった地なんですね。大和郡山を拠点に、奈良を大名の支配下に編成する。それが秀長の大きな使命だったんです」

だからこそ、秀長の入城はかなり気合の入ったものだった。大和・和泉・紀伊の3カ国にまたがる約80万石の大大名となった秀長は、5000人の軍勢と、秀吉まで同行し、最初からその権力を見せつけた。

秀長が来るまで、奈良市を拠点に大和(奈良)を支配していた興福寺(仏教法相宗の大本山)に代わるべく、秀長は城のある大和郡山を中心に本格的な統治を行った。まずは耕作地の検地を行い、各村の租税額を改定。また「箱本制度」という、町人による独自の住民自治制度の仕組みを導入し、商人の特権を認めながら、城下町での自由商売を奨励し、まちを発展させた。

もちろん興福寺の僧侶たちは反発。興福寺内の多聞院(たもんいん)の僧・英俊(えいしゅん)が残した『多聞院日記』には“とんでもない奴がきた”という記述も残っている。秀長はどのようにして、彼らをまとめていったのだろう。

「秀長は優れた交渉術を持つ人物でした。たとえば寺社の税収が下がる分、彼らが祭礼をやる時には大盤振る舞いでスポンサーになる。統制下には置きながらも、しっかりと保護するという方法を採用したんです。また秀長は、興福寺や奈良市の春日大社を頻繁に参拝していたようです。最終的には両者の関係はそこまで悪くなかったのではないでしょうか」

大大名の居城にふさわしいようにと、秀長の時代には郡山城の大規模な拡張工事も行われた。現在も残る立派な石垣は、寺院の礎石や石仏をかき集めて造られたというのは有名な話。石垣をよく見てみると、模様が彫刻された石材や、仏様がそのまま石垣の一部になっているのがわかる。

秀長の当時の権力を目で感じることができるのが、天守台からの景色だ。

「どの寺社仏閣よりも高い位置から、奈良市を見下ろすことができるんです。この城が、秀長が国主であり一番偉いんだということを、大和中に示していたということです」と、黒田教授。

郡山城跡の天守台展望施設からの景色

現在の郡山城は、周辺が〈郡山城跡公園〉として整備されて石垣や内堀が良好に残る国指定史跡・続日本100名城だ。天守台展望施設に立ってみると、眼下に奈良盆地が広がる。手前に大和郡山、その奥に広がる奈良市のまちなみ。左の方には東大寺や興福寺も見える。秀長は天正19年(1591年)に病没するまでのわずか6年間、この天守台から、自らが中心地として発展させた大和の地をどんな気持ちで見つめていたのだろうか。

豊臣家、天下統一への重要なステップだった大和郡山統治の背景とは

秀長の尽力により、ついに大和も手中に納めた秀吉政権。大和郡山統治は、天下統一への重大な足がかりになったことは間違いない。若くして秀長が亡くなった後には、豊臣政権五奉行の1人である増田長盛を配置し、秀吉は引き続き大和郡山を大和国の中心に据え続けた。

「秀長を研究して、支配者でこんな人間がいるのかと、本当にびっくりしました」

秀長が偉業を成し遂げられた背景には、政治的手腕だけでなく、人間性の良さがあったからかもしれない。その証拠にこんなエピソードがある。

『羽柴秀長文書集』東京堂出版(左)、『羽柴秀長の生涯』平凡社新書 (右)
黒田教授が秀長についてまとめた著書。『羽柴秀長文書集』東京堂出版(左)、『羽柴秀長の生涯』平凡社新書 (右)

「秀長の葬式の時、京都の偉いお坊さんが『穏やかで思いやりがある人物だった』と言った記録が残っているんです。そんな性格描写の文章自体、あまり見たことがありません。また徳川家康や長宗我部元親、毛利輝元といったそうそうたる大名たちが、秀長の追善供養をしているんですね。みんな秀長から指南を受けた大名たちで、彼らにとって大切なボスだったことが想像できます」

郡山城内で没した秀長の墓所〈大納言塚〉
郡山城内で没した秀長の墓所〈大納言塚〉には戒名を刻んだ五輪塔がある。

もしも秀長が長く生きていたら、豊臣政権はもっと続いていたかもしれない。秀吉の右腕であり、大和郡山開拓の祖である豊臣秀長。彼の痕跡を辿りながらまちを歩いてみると、城下町の風景がまた違って見え、大和郡山の魅力をより深く、新鮮な楽しさとともに味わえるはずだ。

Profile

駿河台大学・黒田基樹教授
黒田基樹

くろだ・もとき/歴史学者。駿河台大学法学部教授。1979年の大河ドラマ『草燃える』を見て歴史に目覚める。専門は北条氏を中心とした日本の戦国時代。

Information

奈良最古の菓子屋〈本家菊屋〉の外観
本家菊屋

郡山城の御用菓子屋として天正13年(1585年)に創業。豊臣秀吉のためにつくられた「御城之口餅」が名物。
住所:奈良県大和郡山市柳1-11|地図
TEL:0743-52-0035
Instagram:@honkekikuya.japan

Information

郡山城
郡山城跡

住所:奈良県大和郡山市城内町|地図
TEL:0743-53-1151

Information

大和郡山市の大納言塚
大納言塚

住所:奈良県大和郡山市箕山町14-8|地図

バイト先から、楽曲制作の原風景まで。眞名子 新が語る3つの神戸

青春時代を過ごしたバイト先〈オールドスパゲティファクトリー 神戸店〉

大学3年間働いたバイト先です。ハーバーランドの煉瓦倉庫内にあるスパゲティ屋さんで、おかわり自由の大きなパンや豪華な内装が有名です。

一時期は週6〜7でシフトに入っていて、毎日パスタを食べていました。いろいろなメニューがありますが、おすすめは「青ネギとキノコのペペロンチーニ」です。学生時代を過ごした思い出の場所なので、神戸に帰ると今でもふと食べたくなります。

Information

オールドスパゲティファクトリー 神戸店

住所:兵庫県神戸市中央区東川崎町1-5-5|地図
営:月〜金 11:00〜15:00(LO14:30)/17:00〜21:00(LO20:30)、土日祝 11:00〜22:00(LO21:00)
TEL:078-360-3911
休:無
Instagram:@old_spaghetti_factory_kobe_

楽曲が生まれた〈須磨海岸〉

夕暮れ時の須磨海岸

音楽を始めた大学生の頃、曲を作るために海を見に行こうと須磨海岸へ向かいました。神戸の中心部から電車で20分ほど、山と海が近くに迫る須磨ならではの景色が広がる場所です。

そこで生まれたのが、1stフルアルバム『野原では海の話を』に収録されている"海の一粒"という曲。ただぼうっと海の向こうを眺めるのってすごくいいですよね。

Information

須磨海岸

住所:兵庫県神戸市須磨区若宮町1-3-1|地図

地元の日々を思い出す〈木幡駅〉

大学生まで暮らしていた地元の最寄り駅です。赤い車体が印象的な神戸電鉄が走り、神戸の中心部・三宮までは約40分。30分に1本ほどの路線で、幼い頃から廃線の噂もありましたが、田舎で暮らす僕たちにとってはなくてはならない存在で、今も変わらず走り続けています。

夏になると、駅の近くの田んぼからカエルの大合唱が聞こえてきます。それくらい自然豊かな場所なんですよね。新開地(神戸の中心部に近いターミナル駅)から木幡駅へ向かう電車に揺られていると、森を抜けたり街を見下ろしたりと、色々な景色が広がります。

僕にとっては、「神戸らしさ」というより、地元で過ごした日々そのものを思い出す場所です。

Information

木幡駅

住所:兵庫県神戸市西区押部谷町木津字居垣内54-2|地図

Profile

眞名子 新

まなこ・あらた/シンガーソングライター。1997年神戸生まれ、神戸育ち。2016年から「神戸のあらた」として活動を開始。ルーツであるフォークやカントリーをベースに、ギターと声というシンプルなスタイルでのフォーキーな楽曲が魅力。2026年6月17日に新アルバム「良くなった動物」をリリース。
Instagram:@manakoarata

【地元の人はここで食べる】ビストロ〈OFF KINOSAKI〉の店主に聞く、兵庫県・城崎温泉で立ち寄りたい2軒

朝風呂のあとに頬張りたい〈PARADI〉の焼き立てペイストリー

城崎温泉の温泉街を歩いていると、バターの甘い香りに誘われる。〈PARADI〉は、〈OFF〉からすぐの場所にあるペイストリーショップだ。

兵庫県夢前町産の無農薬小麦を使ったカンパーニュやライブレッドをはじめ、旬の野菜やチョコレート、スパイスを取り入れたペイストリー、手土産にもぴったりな焼き菓子が並ぶ。

「朝風呂に入って、温泉街を散歩して、〈PARADI〉へ行くのが最高です」と谷垣さん。

朝時間のおともにぜひ味わいたいのが、ブラウンシュガーをたっぷりとまぶしたカルダモンロール。じゅわっと広がるバターのコクに、甘く爽やかなカルダモンの香りが重なり合う逸品だ。

目の前を流れる大谿川(おおたにがわ)の景色を眺められるテラス席もおすすめ。温泉街で過ごす心地よい一日の始まりにもってこいの一軒だ。

撮影:Alexandra Mocanu

Information

PARADI

住所: 兵庫県豊岡市城崎町湯島538|地図
営:9:00〜16:00
休:木曜
Instagram:@paradi_kinosaki

但馬の恵みを握る、城崎温泉の名店〈をり鶴〉

城崎温泉の中心部に店を構える〈をり鶴〉は、1942年の創業以来、三代にわたって暖簾を守り続けてきた老舗寿司店。

ここで味わえるのは、日本海の新鮮な魚介や但馬牛など、但馬の豊かな食の恵み。脂ののった魚にはわさびの清々しい香りを、繊細な白身やイカには塩の旨みを添えるなど、素材に合わせた細やかな仕事が光る。

谷垣さんも「何を食べてもハズレなし。城崎に来たら外せない一軒です」と太鼓判を押す。

温泉で心も体もほぐれたあとに、寿司を心ゆくまで味わう。そんな旅先ならではのぜいたくな時間をかなえてくれる場所だ。

城崎温泉の「をり鶴」の寿司

Information

をり鶴

住所:兵庫県豊岡市城崎町湯島396|地図
電話:0796-32-2203
営:11:00〜13:30、17:00〜21:00(LO 20:00)
休:火曜、第2・4水曜(臨時休業あり)
Instagram:@worizuru.kinosaki

教えてくれた人

Information

谷垣亮太朗

たにがき・りょうたろう/25歳で東京・中目黒にダイニングバー〈谷垣〉をオープン。その後、兵庫県へ拠点を移し〈Tanigaki〉として再スタートする。店舗を双子の 兄に託したのち、自身はダイナー〈WOLF〉を立ち上げる。現在は城崎温泉で〈OFF〉を営み、地域の日常と旅人が交わる場をつくっている。

OFF

住所:兵庫県豊岡市城崎町湯島536|地図
電話:0796-21-9083
営:11:00〜15:00、18:00〜21:00
※夜営業は木、金、土のみ
休:月曜
Instagram:@off.kinosaki

【石川・奥能登】絶景・美食・伝統芸術の現在地に触れる、編集部おすすめルート

Day1|11:30|〈イカの駅つくモール〉

空港を出たら早速腹ごしらえを兼ねて、〈イカの駅つくモール〉を目指す。巨大なイカのモニュメントが目印だ。イカの漁獲量日本一であり日本百景でもある九十九湾に面していて、土産物店とレストランが併設されている。レストランで提供されているメニューは、どれもイカから作られた魚醤「いしり」を使ったもの。能登の魚による海鮮丼はもちろん、いしりを使ったラーメンやカレーといったユニークなメニューも。まろやかな塩味とイカのトッピングがされたこの地ならではの逸品を味わいたい。

Information

イカの駅つくモール

住所:石川県鳳珠郡能登町字越坂18字18番1|地図
TEL:0768-74-1399
営:9:30〜17:00
休:水

Day1|13:00|〈見附島〉

ご飯を食べたら珠洲へ向けてドライブスタート。まず初めに向かうのは、能登のシンボルであり観光名所としても愛されてきた見附島だ。穏やかな海にそびえ立つ大きな岩は、高さ約28メートル。弘法大師が佐渡から能登へ渡る時に見つけたと言われている。地震により南東側半分が崩壊し、さらに、岩に生えていた木々が枯れるなど形が変化するも、その迫力は変わらない。気持ちの良い風と太陽に照らされキラキラと輝くビーチを散歩しながら、能登の自然を感じたい。

Information

見附島

石川県珠洲市宝立町鵜飼|地図

Day1|14:00|〈スズレコードセンター〉

珠洲の変化をさまざまな視点で記録し展示している〈スズレコードセンター〉は、珠洲の町をより深く知ることができる貴重な場所。〈道の駅すずなり〉へ向かう途中に位置しているため、観光客にもアクセスしやすいスポットだ。1階は駄菓子屋を兼ね地元の子供たちも訪れる。展示スペースは主に2階で、誰でも無料で鑑賞が可能。震災からの復興の記録はもちろんのこと、数十年前の珠洲の姿などのアーカイブに触れたい。

Information

スズレコードセンター

住所:石川県珠洲市飯田町11-79-1|地図
営:10:00-17:00 ※夏季は変更の可能性あり。WEBサイトをご確認ください。
休:火・水

Day1|15:00|〈道の駅すずなり〉

〈スズレコードセンター〉から車で数分のところにあるのが、珠洲観光の中心的役割を果たす〈道の駅すずなり〉。珠洲産のフードやお土産を求めて立ち寄りたい。里山里海の恵みによる野菜や海鮮、能登産の塩を使ったスイーツなどが販売されている。また、珠洲焼きの器やタンブラーなども購入可能。ソフトクリームは地元の人にも人気で、季節ごとのフレーバーも登場する。

Information

道の駅すずなり

住所:石川県珠洲市野々江町シの部15番地|地図
TEL:0768-82-4688
営:10:00〜17:00
休:水

Day1|16:00|〈DOYAコーヒー〉

ブレイクにはコーヒーを。だらぼち音楽祭も主催した辻野実さんが手がけている〈DOYAコーヒー〉は、目の前でドリップされるコーヒーや、海洋深層水で8時間以上かけて抽出したコールドブリューが人気。テイクアウトはもちろん、店内でゆっくり寛ぐならフードも一緒に。NOTO BURRITOは能登町のブリなどの魚を麹と味噌で仕上げたヘルシーな味わい。季節のフルーツジュースも喉を潤してくれる。

DOTAコーヒー
ゆっくり寛ぐ店内というより、会話が始まりやすいスタンドスタイルのコーヒー店に。

Information

DOYAコーヒー

住所:石川県鳳珠郡能登町宇出津ム15|地図
営:11:00〜18:00
休:火

Day1|17:30|〈宝寿し〉

能登の海鮮を味わうならお寿司は外せない。〈宝寿し〉は県外からも、その味を楽しみに訪れる常連さんがいる名店。地元の魚介を中心としたおまかせ握りは、分厚く切られたネタが食べ応えがあり、寿司下駄からこぼれ落ちそうなほどに贅沢に盛り付けられ、お腹も心も満たされる。能登を訪れたら必ず立ち寄りたい。

Information

宝寿司

住所:石川県鳳珠郡能登町町字宇出津新1-206-1|地図
TEL:0768-62-0430
営:17:00〜21:00
休:不定休


Day2|10:00|〈石川県輪島漆芸美術館〉

二日目は、午前中に輪島エリアを回りたい。まずは、輪島の中心部に位置する輪島塗をはじめとした漆芸品を展示している〈石川県輪島漆芸美術館〉へ。広い館内には、輪島塗が作られる全工程を一つ一つ展示解説しているコーナーや、どのように発展し現代へ伝わってきたかを展示。漆芸品の魅力をしっかりと学べる美術館となっている。1階ミュージアムショップで輪島塗のお土産品や図録などの購入を。

Information

石川県輪島漆芸美術館

住所:石川県輪島市水守町四十苅11番地|地図
TEL:0768-22-9788
営:9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休:12月29日〜12月31日、展示替え期間
※修繕工事のため臨時休館となる可能性がございます。
ご来館の際は、公式ウェブサイト、SNSをご確認ください。

Day2|11:30|〈mebuki-芽吹-〉

ランチには、〈mebuki-芽吹-〉に立ち寄ろう。能登地震の後、輪島市内でミシュラン一つ星を獲得したフレンチの名店〈ラトリエ・ドゥ・ノト〉のシェフでもある池端隼也氏が、共に炊き出しを行なっていた地元飲食店のシェフたちに声をかけてスタート。和食、中華料理店、ラーメン店など様々なジャンルの調理人たちが集まり、和食を中心とした創作料理がいただける。夜は居酒屋として、日中は能登の海と山の幸を使ったプレート御膳のランチがメイン。自身の店が再開できない間の活動として参加しているシェフが多いそう。美味しいご飯をいただいて、食から能登をサポートしよう。

Information

mebuki-芽吹-

住所:石川県輪島市マリンタウン6-1|地図
TEL:0768-23-4567
営:11:30〜14:30(L.O13:30)/月〜金、18:00〜22:00(L.O21:00)/月〜土
休:日(不定休あり)
※予約可

Day2|13:00|国道249海岸線

輪島から珠洲へと向かう海岸線が国道249号。ここに、地震で海底が隆起したことで新しい陸地が生まれたダイナミックな風景が続いている。元々の道路やトンネルが地震の影響で割れたり崩れたため、誕生した陸地に新道を通し、旧道の復旧作業が行われている。新道を走る時、Googleマップを見ると海の上を走行中であることがわかる。海側から断崖絶壁であったであろう崖を見上げることに。日本中、ここでしか見られない貴重な自然現象と驚異の絶景を眺めながらドライブしたい。

海岸線

Information

国道249海岸線

石川県輪島市町野町曽々木ア|地図

Day2|14:00|〈能登パン〉

海岸線を走っていると目の前に現れる一軒家。地元の人から愛されているパン屋〈能登パン〉だ。珠洲産の天然塩を使用したパンをはじめ、自家製の具材、そして無添加生地により作られている。ハンドメイドのケーキや地元産季節のフルーツを使ったジャムなども販売。また、店内には日本海を一望できるイートインスペースも併設。

Information

能登パン

住所:石川県鳳珠郡能登町藤波27-123-4|地図
TEL:0768-84-5120
営:9:00〜18:00
休:水

Day2|15:00|〈マルガージェラート能登本店〉

そしておやつには、ジェラートを食べよう。里山の田園風景の中に見つけた憩いのジェラート店〈マルガージェラート〉は、国内外のコンクールで数々の賞を受賞してきたジェラートマエストロで、”世界一のジェラテリア”と称される能登出身の柴野大造氏が手がけている。奥能登の生乳をはじめ、地元産のフルーツや、能登で作られた塩を使ったりと地元の恵みを閉じ込めたジェラートが並ぶ。

Information

マルガージェラート能登本店

住所:石川県鳳珠郡能登町字瑞穂163-1|地図
TEL:0768-67-1003
営:11:00〜17:00
休:水、年末年始

温泉地・別府に眠る空き家を、“暮らす宿”へ再生。中長期滞在プロジェクト〈TOJIHAUS〉

温泉と仕事、暮らしが自然につながる滞在

大分県別府市で、空き家を活用した中長期滞在拠点〈TOJIHAUS PROJECT〉が始動した。手がけるのは、全国各地で空き家再生や宿泊事業を展開する株式会社エンジョイワークス。別府市内に点在する空き家をリノベーションし、複数泊を想定した“暮らすように滞在する宿”として再生していく。

日本有数の温泉地として知られる別府市。一方で、市内には1万2000戸を超える空き家が存在し、空き家率は全国平均を上回る約18%にのぼるという(2018年:住宅土地統計調査)。今回のプロジェクトでは、そうした空き家を面的に活用しながら、温泉とともにある日常を体験できる新たな滞在の形を提案する。

〈TOJIHAUS〉の特徴は、単なる宿泊施設ではなく、“暮らしの延長”として滞在できる点にある。対象となる物件は、温泉を引き込んだ住宅、あるいは徒歩圏に共同浴場や温泉施設がある場所を選定。朝に湯へ浸かり、仕事をし、街へ出て、また温泉へ向かう。そんな別府らしい生活リズムを滞在の中に組み込んでいる。

空間設計では、既存建築の素材感を活かしながら、ワークスペースや生活機能を整備。仕事と暮らしをシームレスにつなぐ、“ちょうどいい滞在空間”を目指している。

今後は、地域住民や滞在者が交わる交流拠点「センターハウス(仮)」の整備も予定。別府市が掲げる「新湯治・ウェルネス」の考え方とも連携しながら、空き家活用にとどまらない、新しい滞在文化の創出を目指している。

Information

TOJIHAUS PROJECT

住所:大分県別府市|地図
HP:https://tojihaus.jp/
Instagram:@tojihaus_official

“世界でいちばんやさしい場所”へ。大分県日出町ハーモニーランドの新リゾート構想が始動

35周年を迎えるテーマパーク、その次の未来へ

大分県日出町にある〈サンリオキャラクターパーク ハーモニーランド〉が、新たなリゾート構想を発表した。1991年の開業以来、多くの人に親しまれてきた屋外型テーマパークが、開業35周年を前に“エンタメリゾート化”へと歩みを進める。掲げるコンセプトは、「世界でいちばんやさしい場所」。大分の自然や温泉、食文化、地域のおもてなしと、サンリオならではのエンターテインメントを掛け合わせ、新しい滞在体験を目指していくという。

サンリオキャラクターパーク ハーモニーランド
右/日出町長 安部徹也氏、中/株式会社サンリオエンターテイメント 代表取締役社長 小巻亜矢氏、左 大分県知事:佐藤樹一郎氏。構想発表に合わせて、大分県庁にて立地表明式を開催した。© 2025 SANRIO CO., LTD. TOKYO, JAPAN  著作 株式会社サンリオ

今回公開された基本構想では、ハーモニーランドの高低差ある地形を活かした「天空のパーク」を初公開。空へとひらけたロケーションを活かしながら、大屋根の整備やロープウェー、電動モビリティなど、快適に過ごせる環境づくりが検討されている。さらに、新規施設や既存アトラクションのリニューアル、隣接エリアでのホテル建設構想も進行中。パークだけでなく、滞在そのものを楽しむ場所へと進化しようとしている。

“みんなとつくる”やさしい場所へ

この計画の特徴のひとつが、構想段階からファンや地域住民とともにつくり上げていく“共創型”の姿勢だ。施設や装飾、グッズ、メニュー、移動手段まで、さまざまなアイデアを広く募りながら、未来のハーモニーランドを育てていく。年齢や国籍、身体的特徴の違いにかかわらず、誰もが楽しめる場所を目指すという理念も、この計画の核にある。テーマパークの枠を超え、人と地域、旅と滞在をつなぐ新しい拠点として、そのこれからに注目したい。

Information

サンリオキャラクターパークハーモニーランド

住所:大分県速見郡日出町大字藤原5933(国道10号線沿)|地図TEL:0977-73-1111
HP:https://www.harmonyland.jp/

新潟県・長岡エリアで歴史散歩。摂田屋と出雲崎をめぐる旅。

摂田屋の豪商が残した芸術建築〈旧機那サフラン酒本舗〉

長岡駅の隣、宮内駅が最寄りの摂田屋は、古くから醸造業が盛んな「醸造の町」。お酒に味噌、醤油など、今でも続く蔵が多くあり、町を歩くと、発酵の香りがふわりと漂います。

まず訪れたのは、この地域のシンボルになっている〈旧機那サフラン酒本舗〉。明治20年に創業し、全国で薬用酒として流行したお酒の製造所跡地です。サフランという花と蜂蜜、丁子、桂皮、甘草などの植物を調合したお酒で、その人気はあの養命酒と並ぶほどだったといいます。

看板には大きな「サフラン酒」の文字

敷地内に現存している建物や庭園は全て国登録有形文化財に登録されており、今でも市民によって保全活動が続けられています。中でも、注目すべきは全国でもトップレベルの大きさを誇る鏝絵(こてえ)。名前の通り、左官が壁を塗る「こて」で図柄を立体的に描く技法で、かつて事務所として使われていた建物の外観には、色鮮やかな動物たちが大胆に描かれています。

立体的に見えるのが特徴の鏝絵。動物たちが今にも動き出しそう。

これらの建築物は、サフラン酒で財を成した創業者の吉澤仁太郎が築いたもの。豪快な人柄だったという彼が「世間をあっと言わせたい」という遊び心で作ったというから驚きです。鏝絵以外にも鯉が泳ぐ庭園や「趣味で花火を打ち上げたところ、近くの寺に落ちて全焼してしまった」と言う逸話からも、彼の豪快で華やかな人柄が滲み出ています。

 新潟最古の酒蔵を知る〈吉乃川 酒ミュージアム 醸蔵〉

次に訪れたのは、新潟一の歴史を誇る酒蔵〈吉乃川〉。醸造の町、摂田屋の歴史はここから始まりました。創業は 天文17年(1548年)。470年以上も、この地でお酒を作り続けています。

敷地内に2019年にオープンしたのが〈酒ミュージアム 醸蔵〉。蔵の歴史や酒造りの工程を知ることができる他、試飲コーナーがあったり、グッズを購入できたりと、吉乃川を五感で体験できるスポットです。

約100年前に建てられた倉庫を改装して作った、〈酒ミュージアム 醸蔵〉。

地元の方曰く、新潟のお酒は繊細なため、手首のスナップを使って顎を上げずに飲むのがコツ。こうすることで舌の真ん中で存分に日本酒の旨みを感じることができるんだそう。これから新潟のお酒を飲むときは、試してみたい!

お地蔵さまが目印。長岡の名物醤油〈越のむらさき〉

摂田屋を歩いているとひときわ目をひくのが、大きく屋号が書かれた煉瓦の煙突。江戸時代から続く老舗醤油蔵〈越のむらさき〉です。看板商品の「特選かつおだし 越のむらさき」は、かけるだけではなく、煮物やつゆとしても使える万能調味料。地元民には定番の「ソウル調味料」です。

「第一回長岡市都市景観賞」を受賞した社屋。

目印は、ボトルのラベルに描かれた愛らしい「こしのじぞう」。店先には、江戸時代から旅人の道しるべとして座り続けてきた本物のお地蔵さまが祀られており、今も摂田屋を優しく見守っています。

出雲崎の海岸線に立ち並ぶ、妻入りの街並み

摂田屋を後にして向かったのは、日本海に面する出雲崎町。江戸幕府の直轄地「天領」で、佐渡からの金銀が陸揚げされた北前船の寄港地として栄えた町です。今では県内で2番目に人口が少ない町ですが、当時の人口密度は日本トップクラスだったといいます。

その名残ともいえるのが、「妻入り(つまいり)」と呼ばれる建築様式の家。限られた土地に多くの人が住めるようにするため、そして当時は間口の幅が税の基準になっていたことから、間口を抑え奥へと伸びるつくりが広がりました。

そうして生まれたのが、海岸線に沿って約3.6kmも続く妻入りの街並み。晴れた冬の日に路地を歩くと、前には雪の積もった山が、家々の間からは日本海が見える、出雲崎ならではの景色を堪能することができます。

かつての暮らしを知るため、〈北国街道 妻入り会館〉へ。ここは当時の建築様式を再現した施設で、外から眺めるだけではわからない内部を見学できます。玄関口から海側にあるお勝手場までが繋がっている「通し土間」は港町ならでは。

普段は、季節に合わせた展示が行われたり、街歩きの休憩処としても使われています。

出雲崎の偉人、良寛ゆかりの地を巡る。

出雲崎を語る上で欠かせないのが、僧侶・歌人の良寛(りょうかん)。この地で生まれた良寛は、裕福な家庭ながらも出家し、自然や子どもたちとの交流を好みました。また、多くの歌や漢詩を残し、今でも多くの人に親しまれています。

良寛を偲んで、生家の跡地に建てられたのが〈良寛堂〉。日本海をバックに素朴なお堂が建っており、中に展示されている自筆の詩は必見。晴れた日には良寛の母の故郷、佐渡島も見えるというこの場所で、良寛の石像が海の向こうを見つめるように鎮座しています。

日本海を一望できる絶景スポット

町歩きの最後は、高台にある〈良寛と夕日の丘公園〉へ。妻入りの街並みと、目の前に広がる日本海、そしてその先に浮かぶ佐渡島を一望できる絶景スポットです。

先ほど歩いた海岸線の街並みを上から見下ろすことで、海と山に挟まれた狭い平地に妻入りの家々が密集して並んでいる様子がよく分かります。

「にいがた景勝百選」の一位にも選ばれたこの場所は、名前の通り県内屈指の夕日の名所。タイミングがよければ、良寛と子どもたちの石像が夕日に照らされる様子も見れるんだそう。


街を歩くと見えてくる、人々の営み。歴史を知ることで、今も変わらぬ町並みの中に長岡で続いてきた暮らしを感じる旅でした。

旅の中で出会ったグルメは「コロカル編集部の食いしん坊日記」で紹介中。
併せてチェックしてみてください。

ユネスコ無形文化遺産登録後、初の開催へ。城下町・新潟で受け継がれる「村上大祭」とは

城下町を巡る、絢爛な屋台行事

新潟県村上市で毎年7月の2日間で行われる「村上大祭」。西奈彌羽黒(せなみはぐろ)神社の例大祭として、1633年の遷宮祭を起源に持つ歴史ある祭りだ。

神輿の巡行にあわせ、19台の屋台「おしゃぎり」と呼ばれる山車や荒馬、稚児行列が城下町を練り歩く。彫刻や漆塗りが施された屋台の中には200年以上前に制作されたものもあり、その華やかさは訪れる人々を圧倒する。

灯りに照らされる屋台。昼とは異なる表情を見せる。

この祭りを支えているのは、地域に根ざした継承の仕組みだ。各町内では本番に向けてお囃子の稽古が重ねられ、大人から子どもへと技術が受け継がれていく。子どもたちは屋台の乗り手や行列の役割を担いながら、自然と地域の一員としての意識を育んでいくことができる。また、学校教育の中でも祭りを学ぶ取り組みが行われ、体験を通して文化の担い手を育てる試みが続いている。

市街地を巡行する「おしゃぎり」。

新潟県村上市の「村上祭の屋台行事」は、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の構成遺産の一つとして、2025年12月に登録された。「山・鉾・屋台行事」は、地域の人々が一体となって災厄除けや安寧を願う、日本各地の祭礼から成る無形文化遺産。村上市内ではほかにも、瀬波大祭や岩船大祭など個性豊かなまつり行事が受け継がれており、地域に根付いた文化の厚みを今に伝えている。なかでも、村上祭の屋台行事は、華やかな屋台の巡行とともに町全体が一体となるのが特徴。

2026年は、ユネスコ無形文化遺産登録後初の開催。その記念として例年は2日間の開催のところ、今年は7月5日(日)からの3日間にわたり実施される。例年以上のにぎわいが見込まれており、多くの来訪者で盛り上がりそうだ。

Information

村上大祭(むらかみたいさい)

開催日:毎年7月6日(宵祭)・7月7日(本祭)
住所:新潟県村上市中心部 羽黒神社周辺〜旧城下町一帯|地図HP:https://www.sake3.com

新潟県・糸魚川市、通年人口2人の集落に泊まる。「一村貸し」という滞在をかなえる宿〈堂道〉

限界集落から生まれた、余白を活かす宿泊のかたち

新潟県糸魚川市の山間にある集落・市野々(いちのの)。かつては多くの人が暮らしていたこの地も、いまでは通年人口わずか2人となった。この地で始まったのが、集落全体を宿として捉える「一村貸し」という新しい滞在のかたちだ。築200年を超える古民家を拠点に、集落そのものに滞在するような体験ができる。

集落・市野々
通年人口2人の集落・市野々。山間に田畑が広がる風景。

風景の中にある暮らしを体感する

滞在中は、地域の案内人とともに集落を歩き、米づくりや雪仕事、味噌づくりやそば打ちなど、この土地の暮らしに触れていく。湧き水を汲み、森を歩き、田畑に広がる風景を眺めることができる。

古民家宿〈堂道〉を拠点に

滞在の拠点となるのは、築200年を超える古民家宿〈堂道〉。かつての屋号を引き継いだこの建物は、囲炉裏のある広間や土間のキッチンなど、雪深い地域の暮らしを感じさせる造りが残されている。過度に手を加えることなく、時間の蓄積をそのまま受け継いだ空間だ。

「地域風景」を未来へつなぐ

取り組みの背景にあるのは、「地域風景」を次世代へつなぐという考え方。暮らしと風景が結びついた景色には、それぞれ理由がある。例えば、道端に咲く菊の花も、田んぼの法面に巣を作るネズミを防ぐための工夫から生まれた風景。その積み重ねが集落を形づくってきた。一村貸しは、その文脈ごと滞在者に手渡す試みでもある。

集落をまるごと宿とすることで見えてくるのは、土地に根ざした時間のあり方。観光とは異なる距離感で、その場所の営みに触れる滞在がここにある。

菊の花
道端に咲く菊の花も、田んぼの法面に巣を作るネズミを防ぐための工夫から生まれた風景。

Information

宿屋〈堂道〉

住所:新潟県糸魚川市市野々792|地図HP:https://den-tou.jpInstagram:@dentou.jp

海まで徒歩5分、新潟はわたしの“栄養補給”!横澤夏子が語る地元・糸魚川市の魅力とは?

動画はこちらから!

駅の発車標に「糸魚川」の文字が出た日、泣きそうになった

― 最近、新潟にはいつ帰りましたか?

「年末にプライベートで帰りました。北陸新幹線が通ってから、帰るのがすっごく楽になったんですよ。上京した2009年頃は、糸魚川まで直通で帰れず結構大変でした。越後湯沢まで行って、そこから特急に乗り換えて……。だから初めて東京駅の電光掲示板に“糸魚川”って出たとき、うわ、地元だ!って感動しました」

― 横澤さんにとって糸魚川って、どんなまち?

「海も山もあって、なんでも徒歩5分みたいな場所です。すぐ近くに日本海がバーッと広がるんです。 “日本一、日本海に近い小学校”出身なので、昼休みに先生が海に連れていってくれて翡翠を探した思い出もあります。子どもには宝の山でした」

― 上京のとき、寂しさはありました?

「ありました。片道の切符しか買わないのが初めてだったので、『あ、もう行くんだ』って。糸魚川は顔見知りが多いし、商店街も『おかえり』って言ってくれるような距離感だったから、東京に出たらみんな知り合いじゃないんだなって、衝撃でしたね」

夕日は目玉焼きみたいにジュッと。思い出すのは、海と田んぼ

― 東京でふと思い出す地元の風景はありますか?

「夕日ですね。日本海に沈む夕日がまん丸の目玉焼きみたいで、海にジュッと入っていく。子どもの頃は当たり前に見ていましたけど、やっぱり印象に残っています。みんな路肩に車を止めて夕日を眺めるので、帰宅ラッシュさえも癒しの時間に。

あとは田んぼの風景ですね。田んぼがカレンダー代わりみたいで、田植えで5月だな、もう夏だなって分かる。稲と一緒に成長してるから、余計に恋しくなります」

― 子どもの頃の「自然の思い出」で印象的な出来事を教えてください。

「授業中に教頭先生が『緊急放送です、屋上に上がってください』って言って、全校生徒で屋上に上がったことがあって。事件だと思ったら、日本海にイルカの大群が出たんです。野良イルカ!(笑) 3月くらいに通る時期があるらしく、本当に感動しました」

改めて実感した、「子育てに優しい新潟」

―近年とくに心強さを感じているのが、子育て支援の手厚さだそうですね。

「新潟って子育て支援拠点数が全国トップクラスなんですよ。保育士さんの数も多くて、待機児童が少ないっていうのは、すごく大きいですよね。10年、20年経ってから『故郷って素敵な環境だったんだ』って気づきました。新潟は自然が遊び場になり、季節が食育になる土地。だからこそ、子育てするなら新潟がいいなと心からおすすめできます」

― 新潟県や糸魚川市の観光大使としても活動されていますが、どんなことを大切にしていますか?

「イベントなどで新潟の魅力を紹介する機会も多いんですが、やっぱり『楽しかった』って思ってもらえることを大事にしています。私は新潟県の婚活大使もさせてもらっていて、婚活パーティーの司会や企画もしているんです。実は私自身、婚活パーティーに100回くらい参加して夫と出会ったので(笑)、その経験を活かして、地元の人たちが出会える場所をつくれたらいいなと思っています」

― 地元の自治体と関わる中で、感じる新潟の魅力はありますか?

「子育て支援の手厚さは、実際に関わってみてすごく感じます。支援センターや子どもの遊び場が充実していたり、保育環境も整っていたり。自然の中で遊べる場所も多いですし、海も山もあって、季節ごとに体験できることがたくさんある。そういう環境で育つことって、すごく豊かなことなんだなって改めて思いますね」

― 最後に、横澤夏子さんにとって“地元”とは?

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「ずばり!“栄養補給”ですね。美味しいものもあるし、ホッとするし、すぐにでも帰りたいって思う場所。ここまで私を大きく育ててくれたところだから、定期的に帰って、ちゃんと補給したいなって思います」

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メイン本画像
横澤夏子(よこさわ・なつこ)

お笑い芸人。東京生まれ、新潟県糸魚川市育ち。2009年に上京し、翌年デビュー。日常の“あるある”を切り取るネタで人気を集め、バラエティ番組などで幅広く活躍。新潟県観光大使、糸魚川市観光大使も務め、地元の魅力発信にも力を入れている。Instagram:@yokosawa_natsuko

お笑いタレント・横澤夏子さんがおすすめする、私を癒してくれる“3つの新潟”

横澤家の定番!〈マリンドリーム能生〉のカニ

道の駅〈マリンドリーム能生〉で買えるカニは、身はもちろん、たっぷり詰まっているカニ味噌が絶品。甲羅をパカっと開けて、カニ味噌に日本酒をちょこっと垂らし、ガスコンロで少し炙ると最高のお酒のおつまみに。大人になってから知った楽しみ方の一つです。
横澤家の誕生日はカニと決まっていて、いつも家族みんなで無心になって食べていました。ちなみにカニを剥くのが得意で、ロケ中に「(速すぎて映らないから)もっとゆっくり剥いて!」とカメラマンさんに怒られたこともあります(笑)

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道の駅 マリンドリーム能生

新潟県糸魚川市能生小泊3596-2(国道8号線沿い)|地図

心も体もポカポカになる〈ひすいの湯〉

糸魚川にある〈ひすいの湯〉はお肌がとってもスベスベになる温泉。特に露天風呂が格別で、冬は雪見風呂になるんです。小さい時は雪見風呂で雪合戦をしていたのもいい思い出ですね。〈ひすいの湯〉に行くと必ず知り合いに会えるので、みんなが家族のよう。心も体もあたたまる幸せなスポットです。

Information

糸魚川日帰り温泉 ひすいの湯

新潟県糸魚川市大野298-1|地図|Instagram:@hisuino_yu

心が洗われるスポット、夕陽が沈む〈日本海〉

なんといっても、夕日が沈む〈日本海〉は本当におすすめです。水平線に太陽が触れる瞬間は、地球が弾けて燃えてしまうんじゃないかというほどダイナミック!夕陽が海に溶けていくような神秘的な景色が広がります。高校生の時には、放課後によく日本海に集合して、みんなで語り合っていました。海に心を綺麗にしてもらって、スッキリして帰るのがお決まり。糸魚川で育ってよかったなと思えるスポットです。

Profile

横澤夏子(よこさわ・なつこ)

お笑い芸人。東京生まれ、新潟県糸魚川市育ち。2009年に上京し、翌年デビュー。日常の“あるある”を切り取るネタで人気を集め、バラエティ番組などで幅広く活躍。新潟県観光大使、糸魚川市観光大使も務め、地元の魅力発信にも力を入れている。
Instagram:@yokosawa_natsuko

「朝からお母さんがつくるちゃんぽんを食べます」長崎は茅島みずきさんがいつでも“素”の自分に戻れるホーム

“家族の気配”を感じると「帰りたい」って思います

ー 高校生の時に上京されたということですが、今でも地元にはよく帰るんですか?

「年4回くらいは帰っています。お仕事も大好きなので、東京にいる時はすごく仕事モードになっているのですが、1週間くらいの長い休みが取れるってわかった瞬間に、帰ろうって思います。10代の頃は3日間休みがあれば帰っていました(笑)。

長崎にいると自分がオフになるんです。仕事のこととか何も考えない時間が過ごせるのはやっぱり地元ですね」

ー 東京で過ごしていて、ふと地元を思い出す瞬間はありますか?

「中学の時にはもう東京と長崎を行ったり来たりする生活をしていたので、ちゃんと地元で過ごしたのは小学校までなんです。だからなのか、“家族の気配”みたいなものを感じると地元が恋しくなりますね。たとえば誰かの家からカレーの香りがしてきた時や、目の前で親子が歩いているのをみた時とか、1人でしんみりして、『帰りたいなぁ』って思い出しちゃいます」

ー 家族との思い出の場所ってどこですか?

「私はプロを目指してゴルフをやっていたんですけど、練習や大会の帰りに〈若竹丸〉という回転寿司に連れて行ってもらうのが好きでした。そこのコウイカが大好物で。〈若竹丸〉オリジナルのちょっと甘いお醤油があるんですけれど、お母さんにそれを送ってもらって、東京でもそのお醤油でお刺身を食べたりしています」

ー 長崎ではやっていたけれど、東京だとなかなかできなくなったことはありますか?

「花火!手持ち花火をできる場所って、都内にあるんですかね。長崎は海も近いのでできる場所がいくつかあって。夏は毎年家族でやっていたんです。東京でもできたらやりたいです」

地元に帰って毎朝食べるのは、母のちゃんぽん

ー 長崎に帰ったらどんなことをするんですか?

「食べて、寝て……あと、ドライブもします。自分で運転をして、いろんなところを巡りますよ。夜だと鍋冠山(なべかんむりやま)の夜景を見に行くのが好きで。長崎で夜景っていうと、稲佐山(いなさやま)が有名じゃないですか。でも地元では、鍋冠山のほうが好きって人が結構多いんです。どっちも本当に夜景が綺麗なんです」

ー 必ず食べるものもあったりしますか?

「お母さんがつくるちゃんぽんです。毎日、朝ごはんに食べます。手羽先とかを煮込んでスープから作ってくれていて、夜中に小腹が空いたらスープだけ飲んだりして。あっさり系の味付けも好きだし、私の好きな具材(もやしとイカ)をたっぷり入れてくれるのも好き。長崎の人は、ちゃんぽんは家で食べるものだと思ってるんじゃないかな。朝から食べるのは、たぶん私だけですが(笑)」

ー 自然を感じられる場所もお好きなんですね。

「伊王島や野母崎など、海も景色も最高です。大人になって自然を求める機会が多くなってきて、1日とか2日休みがある時に、海とか山にすごく行きたくなります。長崎にはすぐ近くに自然の景色があったから、素敵な場所に住んでいたんだなって思いますね。最近は路面電車もいいなと思っていて。あんなゆっくり走る電車、東京にはないじゃないですか。長崎は人もまちも全部ゆっくり。誰も急いでいないのがいいなぁと思います」

いつか自分に縁のある場所で作品が作れたら

ー 2022年に公開の映画『サバカン SABAKAN』では、初めて撮影された作品に出演されたんですよね。

「セリフが長崎弁というのが新鮮でしたね。私が演じた由香という役は複雑な背景のある子でしたが、自分と同じ長崎弁を話すというところでは親近感を感じながら演じることができました。監督も長崎出身の方だったので、撮影中も長崎をたっぷり感じられて。家族と行ったことのある場所や、家の近くで撮影しているのも不思議な感覚でした」

ー これから地元でやりたいことはありますか?

「長崎の中でも、すごく自分に縁のある場所で何か作品を作ってみたいです。オランダ坂とか中華街、グラバー園とか。それを見た人が長崎を知ってくださって、行きたいなと思ってもらえたらうれしいです。お芝居を通して長崎の魅力を届けることが、私が頑張れることかなって思うので」

ー 最後に、茅島さんにとって“地元”とは?

「『家』ですかね。一番落ち着く場所だし、どんな時でも私を迎え入れてくれる家。いくら東京に家があっても、私の家は長崎だなって思います。本当にひたすら大好きです」

ドレス44,000円、ビスチェ55,000円(どちらもtiit tokyo)

Information

茅島みずき(かやしま・みずき)

長崎県出身。2004年生まれ。アミューズのオーディションでグランプリ受賞。俳優やモデル、歌手としても活躍中。Instagram:@mizukikayashima_official
2026年4月29日(水)より舞台「春琴抄」に出演。詳しい情報は公式サイトをチェック。
公式X:@shun_kin_syo
公式Instagram:@shun_kin_syo

編集部員が選ぶ、長崎県に行ったら食べてほしいグルメ4軒|コロカル編集部の食いしん坊日記

身も心もあたたまるちゃんぽんを食べるなら〈思案橋ラーメン〉へ

仕事終わり、羽田空港から最終便で長崎県にやってきました。

たとえ夜遅くとも、一食たりとも無駄にしたくない。長崎にきたなら、まず食べたいのはちゃんぽん!22時以降でも営業しているお店を探して、長崎随一の繁華街と言われている思案橋へ。

「ちゃんぽん」「皿うどん」の文字がキラキラと輝く〈思案橋ラーメン〉を発見しました。


カウンターに座り、見上げると豊富なメニューの数々。「バク辛ちゃんぽん」も気になりますが、まずは定番の「ちゃんぽん」を注文します。


出来立て熱々。湯気がゆらゆら。シャキシャキ野菜と適度な太さの麺、ちょうどいい塩加減で、あっという間に完食。私は魚介類が食べられないので、抜いて作っていただきました。優しい。寒い時期(1月下旬)にぴったりの、心もお腹も温まるお店でした。
ちなみに某長崎出身の有名アーティストも通うお店なのだとか。

おやつ感覚で食べたい〈雲龍亭本店〉の「ひとくち餃子」

長崎名物の「ひとくち餃子」はどうしても外せない。今回は〈雲龍亭本店〉に伺いました。


ころんとしたかわいいサイズの餃子を、赤い柚子胡椒でいただきます。スナック菓子のようにパクパク食べられる軽さ、柚子胡椒のピリッとした辛味がきいていて、箸が止まりません。


餃子は醤油と酢、ラー油(または酢コショウ)が定番だと思っていましたが、これからは柚子胡椒を推していきたい。
10個で500円という値段も、このご時世に驚くほど良心的です。

〈ツル茶ん〉のトルコライスは夢の一皿。

長崎県には修学旅行で来たことがあるのですが、初めて「トルコライス」というものに出会い、夢のような一皿だと驚いた記憶があります。
大人になった今、もう一度食べたいと思い立って、大正14年(1925年)創業の、九州で最古の喫茶店〈ツル茶ん〉へ。


ピラフの上にカツとカレー、ケチャップベースのスパゲッティという、お子様ランチのようなワクワクするメニューたち。一見重そうに見えて、不思議とぺろりと食べられてしまいます。


そして〈ツル茶ん〉に行ったら忘れてはいけないのが、「元祖 長崎風ミルクセーキ」。アイスとシャーベットの中間のようなしゃりしゃりとした食感で、優しいミルクの甘さが食後にぴったりの一品です。

長崎の夜はおにぎりで締める〈かにや本店〉

長崎では飲んだ締めにおにぎりを食べる、という話を聞き、尋ねたのは〈かにや本店〉。

この日はかなり食べ飲みしていたので、おにぎりまで辿り着けるか……と心配していましたが、食べやすい小ぶりサイズで、お米はふわふわの軽い食感。何個でも食べられてしまいそうでした。漬物と一緒に、ざるに乗っているところもまた食欲がそそられます。東京でも締めのおにぎり文化が広がってほしいですね。

「瀬戸内オリーブ基金」 設立25周年記念式典 「学びの島・豊島から考える 環境教育の未来」

香川県の〈豊島〉に大量の産業廃棄物が不法投棄された「豊島事件」を契機として2000年に設立された「瀬戸内オリーブ基金」。設立25周年を迎え、2025年11月8日に「瀬戸内オリーブ基金設立25周年記念式典」が開催された。連載第四回目となる今回は、これまでの活動を振り返るとともに、事件の学びを未来へつなぐ「環境教育の大切さ」を共有し合った式典の様子を詳しくお伝えする。
(「豊島事件」についてはVol.2、「瀬戸内オリーブ基金」についてはVol.3へ)

設立25周年の節目に、過去と未来を考える式典

設立25周年の節目に、過去と未来を考える式典

会場に集まったのは、今も〈豊島〉で事件を語り継ぐ島民、解決に尽力した弁護団、長年取材を続けてきたメディア、そして「瀬戸内オリーブ基金」の活動を支えてきた企業や団体、個人のサポーターたち。
それぞれ異なる立場で「豊島事件」と向き合ってきた人々が、一堂に会した。

式典のテーマは「学びの島・豊島から考える環境教育の未来」。
事件から得られた教訓を改めて整理し、そこで得た教訓を、環境教育という形にして次の世代へ伝えていくことが示された。会場には、これまでの歩みを分かち合ってきた人々の静かな共感と、新たな仲間を迎えた前向きな空気が漂い、参加者それぞれが〈豊島〉と自分自身の立ち位置を重ね合わせる一日となった。

「100万本の植樹を目指す」発起人・安藤忠雄さんや柳井正さんからのメッセージ

「瀬戸内オリーブ基金」が設立されたのは2000年。発起人となったのが、世界的な建築家・安藤忠雄さんと、「豊島事件」の弁護団長だった弁護士・中坊公平さん。そして2001年4月、安藤さんが「瀬戸内オリーブ基金」への支援を求め手紙をしたためたのが、株式会社ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の柳井正さんだった。

2001年、豊島を視察する柳井さんと安藤さん

2001年、豊島を視察する柳井さんと安藤さん

安藤さんからの申し出を受けて、柳井さんはすぐに〈豊島〉を訪れ、その年の7月にはユニクロ梅田店に、「瀬戸内オリーブ基金」への支援を募る募金箱を設置した。この募金箱を通じた支援は、累計4億円を超え(2024年12月末時点)、初期の活動の中心であった植樹(オリーブの木を含む)は17万本に達している。
式典では、「瀬戸内オリーブ基金」の設立時から活動に関わってきた株式会社ユニクロのシェルバ英子さんと安藤忠雄建築研究所の十河完也さんが、「瀬戸内オリーブ基金」が設立された経緯や25年の歩みを年表で振り返る場面があった。十河さんは、「安藤は100歳まで現役でがんばる。100万本の植樹を目指すと話している」と、今でも変わらぬ安藤さんの熱い想いを語った。

2001年7月、ユニクロ梅田店に最初の募金箱が設置された時の安藤さん(左)と故・中坊弁護士(右)

2001年7月、ユニクロ梅田店に最初の募金箱が設置された時の安藤さん(左)と故・中坊弁護士(右)

式典では安藤さん、柳井さんからの祝辞をおさめたビデオメッセージが映し出された。「瀬戸内オリーブ基金」の礎を築いた両者からのメッセージは、参加者に設立当初の想いを思い出させ、これからの活動に向けて気持ちを新たにさせる、力強い励ましとなった。

25周年に寄せた安藤忠雄さんのビデオメッセージ

25周年に寄せた安藤忠雄さんのビデオメッセージ

安藤忠雄さんからのメッセージ
「中坊さんと柳井さんの想いがつながって基金ができた。瀬戸内に100万本のオリーブの木を植えたいと宣言をしていますが、今後この思いが子供たちに引き継がれていけば達成できるのではないか。美しい瀬戸内海と人間がともに生きてきたことを残していきたい」

株式会社ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長、柳井正さんからのビデオレター

株式会社ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長、柳井正さんからのビデオレター

柳井正さんからのメッセージ
「うちがやるなら他の企業に負けないように、我々の活動としてやろうと思った。だから全店舗に募金箱を設置することにした。今後もオリーブ基金に意義ある活動をしていってもらいたい」

「瀬戸内オリーブ基金」にとっての大きな一歩。現・元香川県知事からのメッセージ

「瀬戸内オリーブ基金」理事長の岩城裕さんが、香川県知事の池田豊人さんと、元・香川県知事の真鍋武紀さんから届いた祝辞を代読した。

「豊島事件」において、香川県は長い間「行政に非はない」という立場を崩さず、住民・弁護団とは厳しく対立した。香川県が謝罪をするまでに要した歳月は四半世紀。その歴史を思えば、現職と元職、二人の知事から祝辞が届いたことは、過去を乗り越えて新たな時代へと基金が進む象徴的な出来事と言える。岩城さんが発した「両名から祝辞をいただけたことは、基金にとって大きな一歩であります」という一言には、これまでの長い道のりへの思いが込められていた。

香川県知事 池田豊人さん

香川県知事 池田豊人さん
「瀬戸内海の環境を未来へつなぐ皆様方のたゆみない活動に対し、感謝申し上げます。瀬戸内海そしてそこに浮かぶ島々は香川の財産であり世界の財産です。瀬戸内オリーブ基金がこれからも、人と自然の共生を育てる灯りとして希望の種をまき続けてくださることを願っています。香川県も瀬戸内の美しい自然を守り、持続可能な地域づくりを進めてまいります。」

真鍋元香川県知事の祝辞を読み上げる岩城理事長

真鍋元香川県知事の祝辞を読み上げる岩城理事長

元・香川県知事 真鍋武紀さん
「この基金は、歴史と伝統文化を有し風光明媚な瀬戸内海を子孫に継承していくためその環境保全と再生に取り組む活動に助成するとともに、環境教育活動を熱心に実践してきた結果、多くの人々の環境意識の向上と瀬戸内海の緑化と再生に多くの成果を上げてきました。関係者の皆様の熱意とたゆまぬ努力に敬意を表します。」

豊島事件を語り継ぐ。解決に尽力した専門家とメディアが果たした役割

ゲストによる特別講演では、「豊島事件」を教訓とした未来への課題が提示された。

これまで国内外で行ってきた公害や化学物質による環境汚染調査について紹介する熊本学園大学教授・中地重晴さん

これまで国内外で行ってきた公害や化学物質による環境汚染調査について紹介する熊本学園大学教授・中地重晴さん

一人目の登壇者は熊本学園大学教授の中地重晴さん。日本における公害や化学物質による環境汚染の歴史と現状を分析してきたスペシャリストであり、住民側に立つ研究者として「豊島事件」の最終解決にも尽力した。1994年から事件に関わり、2017年廃棄物の撤去が完了した後も、まだ残る地下水汚染の浄化を見守り続けてきた。2025年には地域医療・福祉分野で優れた功績を挙げた人物を表彰する「若月賞」を受賞している。
「この先重要なのは、『豊島事件』の教訓を生かした環境教育と、住民が問題を理解して積極的に活動していくこと。オリーブ基金の活動を通して、島外からも力を合わせて努力を続ける必要がある」と、未来への展望を語った。

当時を振り返りながら、熱のこもった講演をする元「豊島事件」弁護団副団長の大川真郎さん

当時を振り返りながら、熱のこもった講演をする元「豊島事件」弁護団副団長の大川真郎さん

続いて「豊島事件」弁護団の元副団長の大川真郎さんが登壇。2025年6月に上梓した書籍『よみがえる美しい島 産廃不法投棄とたたかった豊島の五〇年』の出版記念講演でもある。
1993年に公害調停に立ち上がってから、最初はどのメディアにも取り上げられず悲惨な状況だったこと。誰もが香川県には勝てないと思っていた時に、弁護団長・中坊さんが「本当に最後まで闘うのか」と住民に覚悟を問い、それに応えた一人ひとりの決意が固い結束を生んだこと。そしてその揺るぎない団結が世論を動かし、勝利を勝ち取った軌跡を熱弁した。

〈豊島〉産業廃棄物不法投棄跡地にある「豊島のこころ資料館」。廃棄物対策豊島住民会議の事務局長・安岐正三さんは、訪れた人々に事件を語り継いでいる

〈豊島〉産業廃棄物不法投棄跡地にある「豊島のこころ資料館」。廃棄物対策豊島住民会議の事務局長・安岐正三さんは、訪れた人々に事件を語り継いでいる

「国が動き、法律も変わった。大量消費、大量廃棄を変えようと、国民の考え方も変わった。これは〈豊島〉住民が主体的に取り組んだことの結晶なんです。今後、豊島を環境学習の“学びの島”にしていくため一番大事なことは、できるだけ多くの人に〈豊島〉に来てもらい、事件のことを知ってもらうこと。これを続けるために、『瀬戸内オリーブ基金』の活動が絶対に必要です」と、力のこもった大川さんの言葉に、目頭が熱くなる参加者の姿も見られた。

また、大川さんの講演の中でも強調されたのが、メディアの力だ。新聞を始めとするメディアが「豊島事件」を取り上げ始めたことで、世の中が事件の存在に気づき、〈豊島〉の外からも行く末を見守る人々が出てきた。そのことがやがて世論を変え、事件を解決に導いた。会場で配布されたパンフレットの巻末には、16名の記者たちが寄稿した「メディアが見た豊島事件」という文集が綴じられている。

山陽新聞の編集委員・影山美幸さん。高松支局の記者として「豊島事件」を追い続けた

山陽新聞社総務局局次長・影山美幸さん。高松支局の記者として「豊島事件」を追い続けた

そのメディアの一人が、山陽新聞社総務局局次長・影山美幸さん。1998年〜2000年まで、高松支局の記者として「豊島事件」を追い続けた人物で、2000年6月の調停成立の時にもコラムを書いた。式典で配られた「25周年記念冊子」に寄稿したコラムの中で、影山さんは「豊島が教えてくれたこと」と題し、こんなことを綴っている。

“人間は弱く、国も自治体も間違える。法律も完全ではない。間違ったら改め、過ちから学ばなければならない。自分が出したごみの行方に思いをはせることができる人は、未来を考えることができる。(中略)私利私欲でなく、次世代のためにと立ち上がり、行動した豊島の人たちのことを伝え続けたいと思う。”
(「25周年記念冊子」巻末付録「メディアが見た豊島事件」より)

広がる環境教育の輪。4つのサポーター企業が実践中の取り組みを語る

「瀬戸内オリーブ基金」はこれまで多くの法人サポーターに支えられてきた。

「地域と社会が育む、環境教育のこれから〜企業・教育機関とともに描く協働のかたち〜」と題した、トークセッションでは、「瀬戸内オリーブ基金」を支援する法人サポーター企業の代表や、助成を受けて環境教育を実践する団体が集まり、それぞれの立場で感じている“環境教育の重要性”を語り合った。

トークセッションの様子。左から、ファシリテーターとして登壇したシェルバ英子さん(株式会社ユニクロ)、池内正晴さん(学校法人聖パウロ学園)、本宮炎さん(NPO法人三段峡-太田川流域研究会)、村石百香さん(株式会社大創産業)、岡田恵治さん(株式会社ファーストリテイリング)

トークセッションの様子。左から、ファシリテーターとして登壇したシェルバ英子さん(株式会社ユニクロ)、池内正晴さん(学校法人聖パウロ学園)、本宮炎さん(NPO法人三段峡-太田川流域研究会)、村石百香さん(株式会社大創産業)、岡田恵治さん(株式会社ファーストリテイリング)

登壇したのは、村石百香さん(株式会社大創産業)、池内正晴さん(学校法人聖パウロ学園)、岡田恵治さん(株式会社ファーストリテイリング)の法人サポーター3名と、「瀬戸内オリーブ基金」の助成先団体から本宮炎さん(NPO法人三段峡-太田川流域研究会)、ファシリテーターとして、「瀬戸内オリーブ基金」運営委員のシェルバ英子さん(株式会社ユニクロ)。

学校法人聖パウロ学園は、2018年から「瀬戸内オリーブ基金」の法人サポーターとして支援していたが、近年は、生徒たちに向けた環境教育に力を注いでいる。中学1年生が実際に〈豊島〉を訪れ、産廃跡地の見学や海岸清掃に参加したり、2025年からは同じく法人サポーターである東レ株式会社と共に、同社の滋賀工場でグループワークを行うなど、新たな取組みも始まった。池内さんは〈豊島〉での実習について、「教科書やインターネットではなく、現場を見ることで生徒たちが受けるインパクトは大きい。ショックが大きいぶん『自分たちになにができるかな?』と、生徒たちが自分事として考えることができるようになっているのを感じます」

実際に現場を訪れることの重要性は、株式会社ファーストリテイリングの岡田さんも感じていた。
ユニクロとGUでは全国の店舗に「瀬戸内オリーブ基金」の募金箱を設置している。募金のゆくえを正しく理解する場として、従業員による〈豊島〉でのボランティア活動を毎年実施している。「自分の言葉でお客様に取り組みを伝えられることが重要で、そのために現場体験は大切だと考えています」と岡田さんは話す。

2024年から「瀬戸内オリーブ基金」の法人サポーターとなった株式会社大創産業でも、社員とその家族が一緒に〈豊島〉を訪問し、オリーブ収穫などのボランティアを行うなどの活動を実施。企業として環境学習に取り組む意義について、村石さんは、このように話した。「私が期待しているのは、環境学習を通して得た気づきが、社員一人一人の具体的なアクションに繋がっていくことです。ひとりの従業員が意識し始めれば、それが他の社員やお客様にも伝播していくのではないかと思います。社会貢献をしている素敵なNPO法人を支援していることを伝えていくことで、社員が自社のことを誇りに持ってくれることへも繋がると思っています」

「瀬戸内オリーブ基金」の助成を受けるNPO法人三段峡は、フィールドでの環境学習プログラムを運営しながら、植林された森を自伐林業を通じて持続可能な天然林に変えていく「渓畔林再生プロジェクト」に取り組む。本宮さんは、環境学習のバトンを未来へ繋いでいく“次世代”の人材を育成している人物だ。「次の世代が環境に関する学びを人々へ伝えられる、伝道師的な人材を育てていきたい。そのためオリーブ基金さんの支援は現場の力になる」と話し、環境教育を続けるには、社会全体の力が必要不可欠であることを訴えた。

それぞれの活動実例を語る登壇者たち

それぞれの活動実例を語る登壇者たち

環境教育を継続していくにあたり、「瀬戸内オリーブ基金」が掲げたのは次の3つのキーワード。
1. 「豊島事件」の教訓を伝え続ける
2. 地球の未来を考えられる人を育てる
3. with fun

自然を壊すのは簡単だが、再生させるのは難しい。だからこそ、地球の未来に想像力を持って行動できる、次世代の指針となるような人を育てていきたい。そして、その学びを停滞させず続けていくためには「楽しさ(fun)」の要素も必要だ。

ファシリテーターを務めていたシェルバさんは「『豊島事件』は環境教育だけではなく、平和教育にも繋がる。世界に目を向けるきっかけをオリーブ基金が提供したい。助成先の活動のことももっと知ってもらえるようにする」と、今後の展望を語り、セッションを締めくくった。

「豊島事件」と向き合ってきた人たちの想いや歩みを、これからの未来へ受け継いでいくこと。そして、目の前の自然の尊さを知り、自分が出したごみの行方にまで思いを巡らせること。環境を守る大切さを自分の問題として伝えられる人を育てること。
環境教育は、豊かな地球を守るために、世代から世代へと手渡されていく、終わりのないバトンリレーのようなものだ。

このリレーを支えているのが、活動を資金面で支える法人サポーター、教育の現場で学びを広げる学校法人、そして、その支援を受けて実際に環境保全に取り組む助成団体。
「瀬戸内オリーブ基金」を中心に、次の世代へとバトンをつなぐ、前向きな循環が生まれている。

「瀬戸内オリーブ基金」の未来。次の25年に掲げる3つの目標と新しい取り組み

〈豊島〉には継続的にボランティアスタッフを派遣。10月には個人/法人サポーターが参加できるオリーブ収穫祭も行われた

〈豊島〉には継続的にボランティアスタッフを派遣。10月には個人/法人サポーターが参加できるオリーブ収穫祭も行われた

式典の最後には「瀬戸内オリーブ基金」の未来について語られた。次の25年に向けて、すでに新しい企画も動き出しているという。

「豊島事件」の歩みを記録する書籍の出版
「豊島事件」の弁護団および住民運動の30年の歩みを記録した書籍の制作。2024年の春から取り組んでおり、完成に近づいている。2026年度の出版に向け、現在まとめ作業を進めている。

法人サポーターとの新たな協働

写真提供:株式会社大創産業

写真提供:株式会社大創産業

法人サポーターである、株式会社大創産業が運営するStandard Products では、〈豊島〉で収穫されたオリーブを使ったスキンケアシリーズを2025年11月にリリースした。身近なプロダクトを通して、「瀬戸内オリーブ基金」や〈豊島〉の存在を周知していく狙いだ。

新しいロゴマークの誕生

新しいロゴマーク

式典のフィナーレでは、新しいロゴマークがお披露目された。「平和と知恵」という花言葉のあるオリーブと、瀬戸内海の自然の豊かさを示すスナメリがデザインされており、株式会社ファーストリテイリングより無償提供された。

また今後は、①日本で一番応援したくなる環境NPOになる、②日本で一番ユーザーフレンドリーな助成団体になる、③日本で一番働きやすい環境NPOになる、という3つの目標を掲げ、これまで以上に活動の透明性と、発信活動に注力していくと岩城さんは話す。PayPayで募金活動が可能になり、より多くの人々が活動を支援することもできるようになった。

瀬戸内オリーブ基金を支援する:https://congrant.com/project/olivefoundation/20593

瀬戸内の自然がこれからも引き継がれていくように、そして同じような悲劇が二度と起こらないように。〈豊島〉での植樹活動やストーリーテリングはもちろん、教訓を生かした環境教育にもさらなる力を注いでいかなくてはいけない。「瀬戸内オリーブ基金」はすでに新たな一歩を踏み出している。

2026年の現在、世界的なSDGsへの意識の高まり、気候変動への危機感など、日本における環境リテラシーは高まりつつある。
しかし、そうした流れの背後には、豊島事件の経験が静かに息づいている。島民が声を上げ、弁護団の支えを受けながら闘い、日本の法律や社会の仕組みを変え、大量消費・大量廃棄のあり方を見直すきっかけをつくった。
「瀬戸内オリーブ基金」が取り組む環境教育は、「豊島事件」の教訓を一人一人の心に届けるとともに、決して途絶えさせてはいけないものなのだ。

「瀬戸内オリーブ基金」が守る瀬戸内海の自然という鏡に、自分自身の日常を映してみる。
目の前の景色は美しいだろうか。自分の行動が、この景色を壊していないだろうか。

個人の意識の一つ一つはやがてあの瀬戸内海に、そして地球全体の環境へと広がり、時を超えて未来へ繋がるはずだ。「瀬戸内オリーブ基金」の25年の歩みを知り、自分も新たな一歩を踏み出せたようだった。

※記事内の写真の一部は、取材先より提供していただきました。

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瀬戸内オリーブ基金

所在地:香川県小豆郡土庄町豊島家浦3837-4

Web:https://www.olive-foundation.org/

Instagram:https://www.instagram.com/olive_foundation/

瀬戸内オリーブ基金を支援する:https://congrant.com/project/olivefoundation/20593

TOUCH JAPAN JOURNEY まだ見ぬ日本の美しい景色と 洗練された体験、新しい旅へ

LEXUSが提案する日本・再発見の旅〈TOUCH JAPAN JOURNEY by LEXUS〉はLEXUSに搭乗しながら、日本を巡るトリップツアー。日本、そして海外ゲストが楽しむこの旅の一部を実況中継。

TJJの屋久島トリップのパートナーは、LEXUSのBEV(電気自動車)専用モデルの〈RZ〉。屋久島の春田浜、ソニックカッパー〈4Y5〉カラーが、朝陽に照らされ、美しく輝く。

TJJの屋久島トリップのパートナーは、LEXUSのBEV(電気自動車)専用モデルの〈RZ〉。屋久島の春田浜、ソニックカッパー〈4Y5〉カラーが、朝陽に照らされ、美しく輝く。

クルマに乗り込み、シートにカラダを沈める。はやる気持ちをおさえて、そっと目を閉じる。これからはじまる旅の光景を想像しながら。子供の頃、遠足前の夜のような高揚感。

初めて見る、初めて体験する、初めて味わう。知床・阿寒、奥入瀬・十和田、屋久島、若狭……、いまだ掘り起こされていない日本の地域の魅力を存分に楽しむプログラムを、LEXUSのハンドルを握って巡る。

このプログラム〈TOUCH JAPAN JOURNEY by LEXUS〉は、主にLEXUSオーナーを対象にしたプログラム。各ツアーごとに用意される車種も様々。地域で選ぶか、ツアー内容で選ぶか、いつか体験したいと思っていたLEXUSの車種から選ぶか。日本在住のオーナーだけでなく、国外オーナーが応募可能な旅もある。LEXUSというアイコンを通じて、世界に日本の魅力を発信しているのだ。

トレッキングを始めて、たった5分でも、壮大な屋久島の森に圧倒される。

トレッキングを始めて、たった5分でも、壮大な屋久島の森に圧倒される。

自然の潤い。みずみずしさの奥にある島の体温を感じる。

自然の潤い。みずみずしさの奥にある島の体温を感じる。

道々で、猿たちがゆったりと毛づくろい。西部林道では、鹿たちも観ることができる。

道々で、猿たちがゆったりと毛づくろい。西部林道では、鹿たちも観ることができる。

屋久島は、温帯と亜熱帯両方の魚種が生息しており、多種多様な魚を釣ることができる。

屋久島は、温帯と亜熱帯両方の魚種が生息しており、多種多様な魚を釣ることができる。

釣った魚は、刺し身にして、のちほど食べる。最高の贅沢だ。

釣った魚は、刺し身にして、のちほど食べる。最高の贅沢だ。

屋久杉で様々な創作を続ける、岳南さんの工房にも訪れた。

屋久杉で様々な創作を続ける、岳南さんの工房にも訪れた。

鹿児島の地元焼酎蔵〈本坊酒造〉の「屋久島伝承蔵」。ジャパニーズウイスキーの貯蔵庫や焼酎造りの現場を見学。

鹿児島の地元焼酎蔵〈本坊酒造〉の「屋久島伝承蔵」。ジャパニーズウイスキーの貯蔵庫や焼酎造りの現場を見学。

今回、同行したのは、モンゴルからのゲスト。大草原と砂漠。横に横に、と広がる雄大な景色の中で暮らす人々が訪れたのは屋久島。1600〜1500万年前にマグマが隆起して生まれたこの島は、長い年月のあいだ、豊かな太陽光と豊富な雨量に恵まれ、縦に縦に伸びる美しい緑の島となった。壮大な自然の中で育ったモンゴルのゲストたちにとっても、きっと初めての景色だったのだろう、ツアーの間の興奮はさめることがなかった。

屋久島は、豊富な降水量を活かした水力発電、現地のメーカーで送配電も行うなど、カーボンニュートラルな電力自給率99.6%を実現。再生可能エネルギーで成り立つ島をゲストとともに巡ったのは、BEV(バッテリー式電気自動車)専用車〈LEXUS RZ450e〉。環境に配慮する暮らしについて体感することができるのも、この旅の魅力の一面だ。

今回のツアーは、〈sankara hotel & spa 屋久島〉の専属ガイドが案内。白谷雲水峡での軽トレッキング、千尋の滝、大川の滝、瀬切展望台所、西部林道、永田いなか浜、焼酎蔵、海釣り……。さらに〈sankara hotel & spa 屋久島〉では、地元で穫れる魚介を中心にした素晴らしいディナーと、ラグジュアリーな滞在を満喫。〈samana hotel Yakushima〉では、島の人々も愛する、超軟水のとろとろの湯に癒されて。圧倒的な緑の大自然と癒やしのアクティビティ体験は、一生の宝ものになった様子だ。

〈sankara hotel & spa 屋久島〉のインフィニティプール。屋久島の水質は軟水の中でもトップクラスの超軟水。サウナの水風呂としても利用でき、極上のディープリラックスが体験できる。

〈sankara hotel & spa 屋久島〉のインフィニティプール。屋久島の水質は軟水の中でもトップクラスの超軟水。サウナの水風呂としても利用でき、極上のディープリラックスが体験できる。

〈sankara hotel & spa 屋久島〉のゲストルーム。大自然の中の最高のラグジュアリー。

〈sankara hotel & spa 屋久島〉のゲストルーム。大自然の中の最高のラグジュアリー。

細かな部分まで”居心地”が追求されている。

細かな部分まで”居心地”が追求されている。

ゲストハウスの後ろには、荘厳な山々。眼の前には、海。屋久島でしか味わえない、壮大な世界観。

ゲストハウスの後ろには、荘厳な山々。眼の前には、海。屋久島でしか味わえない、壮大な世界観。

旅の疲れを癒やす。屋久島の自然素材とアーユルヴェーダをかけあわせ、心身を美しく整える。

旅の疲れを癒やす。屋久島の自然素材とアーユルヴェーダをかけあわせ、心身を美しく整える。

ダイニング〈okas〉で夕食を。屋久島そして九州の大地が育んだ素材をふんだんに。オープンキッチンで。

ダイニング〈okas〉で夕食を。屋久島そして九州の大地が育んだ素材をふんだんに。オープンキッチンで。

鹿児島県鹿屋の中山黒牛を使ったメイン料理。炭火でじっくりと焼き上げた肉は、驚くほどやわらかく、さっぱりと。

鹿児島県鹿屋の中山黒牛を使ったメイン料理。炭火でじっくりと焼き上げた肉は、驚くほどやわらかく、さっぱりと。

スイーツには、このツアーのために用意された、嬉しい装飾が。

スイーツには、このツアーのために用意された、嬉しい装飾が。
〈TOUCH JAPAN JOURNEY〉は、地域とのサスティナブルな関係を築きながら、旅で得たゲストの声や車両データを今後の車両開発や地域と連携した将来のインフラ開発などにも役立てていくという。カーボンニュートラル、サスティナビリティ、様々な社会課題についても考える機会を与えてくれるツアー。ぜひ一度体験して欲しい。

information

問い合わせ先
レクサスインフォメーションデスク
0800-500-5577(受付時間9:00〜17:00、年末年始を除く)

TEL:052-728-0906 (平日10時~17時)

https://lexus.jp/
XFacebookInstagramYoutube

これまでのツアーには、トヨタ自動車九州宮田工場見学や富士スピードウェイでのサーキット&オフロード走行の旅、日本の名ドライブウェイ巡りなど。通年プランからライトプランまでラインナップ、自分に合った旅のスタイルが見つけられる。

募集中の旅を見る

「豊島事件」を教訓に 次世代へ美しいふるさとを託す

香川県の〈豊島〉に大量の産業廃棄物が不法投棄された「豊島事件」。この事件を教訓とすべく、「瀬戸内オリーブ基金」は今新たな試みを開始した。連載第3回となる今回は、「瀬戸内オリーブ基金」の25年にわたる歩みを振り返り、現在取り組んでいる活動とこれからの展望について話を伺った。
(「豊島事件」についてはVol.2の記事へ)

島民の想いと希望をオリーブに込めて

【瀬戸内海が持つ環境的・文化的・歴史的価値を見直し、植樹活動によって破壊された自然を回復し、「美しいふるさと」瀬戸内海を次の世代に引き継ぐ】

この目的を実現させるために「瀬戸内オリーブ基金」が、設立されたのは2000年11月のこと。

「安藤さん、豊島のゴミを処理するだけではダメだ。かつての緑豊かな島に戻さなければならない」

「豊島事件」公害調停を闘った弁護士・中坊公平さんが以前から付き合いのあった建築家・安藤忠雄さんにこう声がけをした。安藤さんは、阪神・淡路大震災の復興への取り組み『ひょうごグリーンネットワーク』という被災地の緑化活動を続けており、植樹についてのノウハウを持っている、うってつけの人物でもあった。中坊さんは、〈豊島〉の問題を〈豊島〉のみととらえず、日本の「環境破壊を見ないふりして成立してきた社会」の負の象徴であると位置づけ、瀬戸内の自然を取り戻すことこそが、日本の、そして世界の人々の環境に対する意識を変えるきっかけになると考えた。

第1回の記念植樹式の様子(提供:廃棄物対策豊島住民会議)

第1回の記念植樹式の様子(提供:廃棄物対策豊島住民会議)

2000年11月15日、〈豊島〉で開催された第1回の記念植樹式では、中坊さんと安藤さんが豊島の小中学生とともに、オリーブの苗木1000本を植樹。「瀬戸内オリーブ基金」は、瀬戸内の里山・里海を守る活動を支援し、100万本の木を植える目標を掲げる。現在は、ユニクロをはじめ、様々な企業や個人が支援をしている。

「排出事業者が廃棄物を委託する際の責任の明確化と、不法投棄の未然防止を目的に実施される『マニフェスト制度』の導入により、不法投棄が社会的に非難される行為として認識されるようになったのは、『豊島事件』が社会に与えた大きな影響です」と語るのは、弁護団の一人として豊島事件の公害調停に関わり、現在は、同基金の理事長をつとめる岩城裕さん。その一方で、豊島住民たちの粘り強い闘いが一部で「住民エゴ」と批判されることもあったそう。しかし、想像してみてほしい。もし豊島住民たちの小さな、そして長い闘いがなかったならば、現代も、効率と利益を最優先する経済原理に基づいた、ゴミが大量に廃棄される社会のままだったかもしれないことを。

「我々『瀬戸内オリーブ基金』のビジョンは、人と自然が共存する持続可能な社会を目指すことです」

現在、「瀬戸内オリーブ基金」は、4つのプログラムを軸に活動をしている。

オリーブの樹と豊かな自然の象徴、スナメリをモチーフにした「瀬戸内オリーブ基金」のスタッフユニフォーム

オリーブの樹と豊かな自然の象徴、スナメリをモチーフにした「瀬戸内オリーブ基金」のスタッフユニフォーム

1. 【助成プログラム】
「瀬戸内オリーブ基金」の理念に賛同する、法人・個人サポーターからの寄付金を元に、瀬戸内海エリアの環境保全と再生に取り組む団体に、原資となる資金を助成。瀬戸内海エリアの環境保全と再生を目指す。
現在までに3億円以上の資金助成を行ってきた。豊かな環境を日本のふるさととして次世代に引き継ぐことを目的に、瀬戸内の山・森・川・海や、そこに生きる生きものを守る活動に加え、未来を担う世代が環境について学び、考える機会をつくる取り組みを支援している。

2. 【ゆたかなふるさと100年プロジェクト】
廃棄物の不法投棄によって荒廃した〈豊島〉の処分地の植生を、本来の豊かさを取り戻すことを目指し、自然の営みに寄り添いながら、その回復の過程を手助けする取り組み。「瀬戸内オリーブ基金」の運営委員でもある岡山大学院環境生命自然科学研究科・嶋一徹教授のサポートのもと活動している。
今もなお、処分地には地下水問題が残るため、香川県が管理をし、モニタリングを続けている。将来的に豊島住民の手に戻った後、どのような手助けが有効かを検証しながら、処分地周辺の同じような環境で植生を回復させるための実証実験兼事業を行っている。
ちなみに豊島の中で、植生が破壊された面積は285,000平方メートル、現在までの植生回復活動の実績は3,980平方メートルである。

3. 【ゆたかな海プロジェクト】
「瀬戸内オリーブ基金」では2009年度から、海洋プラごみ問題の解決に取り組んできた。近年では、楽しみながら環境問題に向き合えるように、チーム対抗のゴミ拾い競技「スポGOMI」を開催するなど、企業ボランティアとともに豊島でも海洋清掃に取り組んでいる。2024年からは、瀬戸内海の食物連鎖の頂点にいるスナメリをテーマとした環境学習会も行っている。

4. 【豊島事件語り継ぎプロジェクト】
近年特に力を入れているプロジェクト。事件の経緯や背景を伝える〈豊島のこころ資料館〉の整備をはじめ、「豊島事件」の教訓をアーカイブ化し、残す取り組みを進めてきた。2019年からは「豊島事件」の語り継ぎを取り入れた環境教育も開始。小学生から大人まで幅広い世代を対象に「豊島事件」の学びを伝えている。長い闘争の歴史を語れる人たちが高齢化している課題もあり、世代を問わず多くの方に事件を知ってもらうためにYouTube動画作成などを通じて資料保存と活用にも力を注いでいる。ちなみにこれらの動画は岩城理事長が脚本を書いたそうだ。

豊かな島の自然景観の原状回復、その現場へ

今回、コロカルチームは〈豊島〉を訪れ、実際に「瀬戸内オリーブ基金」の活動を見せていただいた。
「ゆたかなふるさと100年プロジェクト」では、住民や学生、法人など多くのボランティアらとともに、処分地背後の尾根(南側)で植生回復事業を行う。この場所を〈ゆたかなふるさと再生の森〉と命名し、元の植生を再現した見本園の整備や、地元の小中学生との植樹活動などを通じ、攪乱された処分地の再生を一歩ずつ進めている。

1970年代にガラス原料の珪砂を採取するため表土が全面的に除去されたが、産業廃棄物は投入されなかった場所。自然植生を回復させる活動を行う嶋教授は右から4人目

1970年代にガラス原料の珪砂を採取するため表土が全面的に除去されたが、産業廃棄物は投入されなかった場所。自然植生を回復させる活動を行う嶋教授は右から4人目

「自然を取り戻す方法はいくつかあると思います。例えば東京の夢の島。あそこはかつて、ゴミ捨て場でしたが今は立派な公園ですよね。それも緑が戻っていると言えると思います。しかし豊島の住民が考えているのは、新しく緑を造成するのではなく、元通りの自然に戻してほしいということ」と、嶋教授。

40年近く放置されてきた土地は一見すると緑が生い茂って豊かな自然に回復されたように見えるが、住民は「元通りの自然ではない」と言う。それは一体、何が違うのか。
「調査してみたら、植物の多様性が非常に乏しいのです。表土が残された、もしくは堆積した場所では樹木が生育しているけれど、処分地やその周辺のように表土がほとんど残っていない場所は、いつまでも雑草が繁茂して遷移が全く進んでいません。このまま100年、200年放置したら、元通りに戻るかもしれないけれど、私たちが『少しだけ手を加える』介入をすることで、遷移の流れに沿って植生の回復が少し早く進むようにしているのです」

実施中の取り組みの中で最も労力のかかる作業の一つは、やっと土地に侵入できた小さい実生を残しつつ、林床に日差しが届くように、繁茂した雑草を人手で除去する作業。これを3年程度続けると、雑草の生育が少しおさまってくるそうだ。それと同時に、元来の植生が良好に回復している場所の表土を移植し、その表土に含まれる種が発芽出来るように環境を整える。こうした作業の繰り返しによって、多種多様な植生が早く定着できるようにしていく。

「全部芽が出なくてもいいです。たまたま芽が出た植物のうち、その立地環境に合ったものが残ってくれたらいいんです。ゆくゆくは風や鳥などの動物によって運ばれた種子が自然に発芽し、定着できる環境整備を行っています」

あくまで人が自然を造成するのではなく、「手助け」することで自然の回復力を活かして植生を元に戻すのだ。地道な作業の繰り返しだが、それを支えてくれる企業のボランティアにも支えられ、その規模は毎年少しずつ拡大している。

壊すのは一瞬、取り戻すには100年以上。「豊島事件」は、一度破壊された自然を回復させるには途方もない時間と多くの労力がかかることを教えてくれている。

再生を目指す土地の実生の生残率・樹高成長・種の多様性などをモニタリングし分析する

再生を目指す土地の実生の生残率・樹高成長・種の多様性などをモニタリングし分析する

「瀬戸内オリーブ基金」を支えるサポーターが楽しめる体験も

「瀬戸内オリーブ基金」は、理念に賛同し、「私たちに何かできることはないか」と声をかけてくれた多くの個人や企業・団体の存在に支えられている。彼らが「サポーター」となり、年会費などによる寄付やボランティアで活動を支える。法人サポーターの企業の中には、環境教育の一環として豊島でのボランティアへ参加し、現地で体験してきたことを社員間で発表するなど、学びの共有が行われている。その結果、社会貢献活動への意識が向上しているという。

2025年10月24日には、サポーター向けの『オリーブ収穫祭』が開催された。

オリーブ収穫祭でオリーブの実を摘む参加者。環境教育の一環として参加者を募るサポート企業も多い

オリーブ収穫祭でオリーブの実を摘む参加者。環境教育の一環として参加者を募るサポート企業も多い

〈豊島〉で栽培しているのは、2000年以降、全国から集まった寄付金によって植えられたオリーブ。成長にあわせた間伐などを経て、現在は約600本が大切に管理されている。このオリーブ収穫体験とともに、〈豊島のこころ資料館〉、かつての不法投棄の現場、そして〈ゆたかなふるさと再生の森〉を見学した。

収穫されたオリーブは24時間以内に島内の小さな搾油場で搾られ、エキストラバージンオリーブオイルや、そのオイルを使った石鹸や美容オイルとして商品化し、主に島内のお土産店や美術館で販売。売り上げは瀬戸内エリアの自然を守る活動に使われている。

収穫されたオリーブは24時間以内に島内の小さな搾油場で搾られ、エキストラバージンオリーブオイルや、そのオイルを使った石鹸や美容オイルとして商品化し、主に島内のお土産店や美術館で販売。売り上げは瀬戸内エリアの自然を守る活動に使われている。

参加したサポーターは、「オリーブの実を丁寧に摘み取る作業はとても楽しかったです。『豊島事件』への学びを深め、自然と人の共生や環境保護の大切さ、そして『瀬戸内オリーブ基金』の活動の一端を間近に感じることができました。一部の社員だけでなく、家族や友人にも〈豊島〉に行ってほしい」と、語った。

活動を支える次世代の力

「瀬戸内オリーブ基金」の事務局メンバー。左から松澤千穂さん、清水萌さん、塩川ゆうりさん

「瀬戸内オリーブ基金」の事務局メンバー。左から松澤千穂さん、清水萌さん、塩川ゆうりさん

「瀬戸内オリーブ基金」設立から25年、これまで様々な人材がこの活動に関わってきた。そして、現在、事務局の中心となるのは「3人娘」と、地元の人からも愛されている3名の女性。それぞれがそれぞれの想いやきっかけを持ち、そしてライフステージに合わせた持続可能なスタイルで、「瀬戸内オリーブ基金」の活動を支えている。

塩川ゆうりさんは、自然の中で働きたいと仕事を探している時に「瀬戸内オリーブ基金」と出会った。3年間〈豊島〉に住んだのち、現在は結婚して埼玉に移り、リモートで事務局の仕事をしつつ、定期的に〈豊島〉に通っている。
清水萌さんは父親が弁護団の一員(清水善朗弁護士)だったこともあり、幼い頃から〈豊島〉を訪れていたが、当時は事件について深く知ることはなかったという。改めて「豊島事件」について学び、子どもの頃に可愛がってくれていた島の人たちが、ふるさとを取り戻すために闘っていた事実を知ったことが、活動に関わるきっかけとなった。今は結婚し、子育てをしながら週に1、2回、岡山から船で〈豊島〉まで通っている。
そして、3名の中で一番新しいメンバー、石川県出身の松澤千穂さん。昔から夢だった自然や環境保全に関わる仕事がしたい、島で暮らしてみたいと思い立ち、2025年1月に〈豊島〉へ移住。現在、3名の事務局の中では唯一の島暮らしとなる。

様々な経歴ののち「瀬戸内オリーブ基金」に関わることになった皆さんを惹きつける、この仕事のやりがいは何なのか。
「『豊島事件』を遠くで起きた事として終わらせてほしくなくて、自分にも起こりうることだと知ってもらいたいんです。島外の子どもたちが〈豊島〉に学習に来て、その思いが伝わった時に、やっていて良かったなと思います」と塩川さん。

オリーブ収穫祭で参加者へオリーブオイルができるまでの工程を説明する塩川さん。オリーブの維持管理には地元の方との密なコミュニケーションが欠かせない

オリーブ収穫祭で参加者へオリーブオイルができるまでの工程を説明する塩川さん。オリーブの維持管理には地元の方との密なコミュニケーションが欠かせない

また、島の人たちとの関わりも活動の原動力だと3人は話す。
小さい島だからこそ、都会とは違った親密な人間関係を築くことができ、困り事は親身になってくれるし、農作物をいただくなど、交流もよくある。しかし、彼女らが生活を共にしている島民は、「豊島事件」で傷ついた人、戦った人たちだということを忘れてはならない。世間を騒がせた事件であることから様々な批判も受け、それでも一生懸命島を守った人たちなのだ。ふとした会話の中で、その葛藤の歴史を口にした島の方が涙を流す場面もあるという。だからこそ、常に誠実なコミュニケーションを心がけ、「私たちに何ができるか、何が求められているか」を模索している。

「応援してくださる島のみなさんのために、『豊島事件』を風化させたくない。今後、この学びを活かせるよう、次世代へ教訓として伝えていきたい」
と、3名は声を揃える。しかし現実には、豊島事件に当事者として関わってきた方々の高齢化も進み、どうこの教訓を伝えていくか試行錯誤を重ねている。島の中で様々な意見もある。「教訓を伝える」と言っても、当事者の語りを遺したり、当時の資料の収集・劣化対策の作業に加え、環境教育としての学びを体系化する取り組みも同時進行し、これまで以上に多くの協力者の支えが必要だと感じているという。

「活動への理解が深まり、応援してくださる方が一人でも増えるよう、支え合う仲間たちとこれからも頑張っていきたい」
島民の心に寄り添う若い力が大きな推進力となり、瀬戸内海の豊かな自然を未来へつなぐ活動は今日も、そしてこれからも続いていく。

支援の形は、個人でも法人でも、オンラインから自分に合ったタイミングで選ぶことが可能だ。 瀬戸内海の自然を次世代へつなぐために。あなたに合った方法で、この活動を支えてみてはいかがだろうか。
「瀬戸内オリーブ基金」の支援はこちらから
https://congrant.com/project/olivefoundation/20593

香川県の豊島

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瀬戸内オリーブ基金

所在地:香川県小豆郡土庄町豊島家浦3837-4

Web:https://www.olive-foundation.org/

Instagram:https://www.instagram.com/olive_foundation/

瀬戸内オリーブ基金を支援する:https://congrant.com/project/olivefoundation/20593

モデル・阿久津ゆりえさんがおすすめする、群馬県民から愛されるローカルグルメスポット3選!

日本やグローバルで活躍するナビゲーターにご登場いただき、地元や別荘などの拠点がある土地のおすすめスポットを紹介してもらう本企画。

今回は、モデル・阿久津ゆりえさんが登場。
地元民から愛されるローカルグルメスポットを教えていただきました。

地元の定番といえば〈おおぎやラーメン〉

〈おおぎやラーメン〉は、私の地元のど定番ラーメンショップ。少ししょっぱい味噌ラーメンは、太めのちぢれ麺がスープによく絡んで癖になる!餃子と半ライスはぜひ一緒に食べてほしいです。
私は〈おおぎやラーメン〉を食べて大きくなりました。

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おおぎやラーメン 安中本店

住所:群馬県安中市安中1-2314-1

家族でシェアした楽しい思い出〈富士久食堂〉

何を食べても間違いない、昔ながらの町食堂〈富士久食堂〉。
小さい頃に家族でよく通っていて、 ボリューム満点の定食系やオムライス、 カツ丼などみんなで色々と頼んでシェアした楽しい思い出があります。

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富士久食堂

住所:群馬県高崎市中里見町121

Instagram:@fujikyu.shokudo

群馬県民御用達〈登利平〉のお弁当

〈楽園〉

〈登利平〉のお弁当は群馬に来たら外せません。
甘しょっぱい秘伝のたれが染み染みの薄くスライスされた鶏肉と、ぎゅうぎゅうに敷き詰められたご飯(こちらもたれが染み染み)は冷めても美味しい!
シンプルながらにノスタルジーを感じさせてくれる群馬県民御用達のお弁当。松と竹の2種類あるのですが、おすすめは“竹”弁当です。

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登利平

住所:群馬県前橋市六供町1-18-6

動画はこちらから!

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阿久津ゆりえ

群馬県出身。Gunn’s所属のファッションモデル。多くのCMをはじめ、雑誌や広告、MV等の出演やアパレルブランドとのコラボ商品を発売したり、群馬県の観光特使を務めたりと幅広く活躍している。またFMぐんまのラジオ番組でメインパーソナリティーを務めた経験も。明るく自然体な人柄に、男女問わず幅広い年代から共感を得ている。

Instagram:@yurie__a