東京・ロンドン・長野を経て20年、
〈PHAMILEE〉のラディカルな視点。
ヘアサロンがローカルに果たす役割とは

PEOPLE GET READY TO NAGANO vol.6

本州のほぼ中央に位置する長野市は、東京から電車で約1.5時間。
車窓の風景は、木々の彩りへと移り変わる。
このまちの魅力は、そんな自然と隣り合わせの風土や食と美。
だけど、そればかりじゃない。

善光寺の門前町として、四方から訪れる旅人を迎え入れ、
疲れを癒してきた歴史がある。

いつの時代も、旅立つ人、旅の途中にいる人、
そして、彼らを受け入れる人たちが交差する長野市は、
次なる旅路をつなぐプラットホームだ。

そんな長野市で、自分の想いを込めた「場」を営み、
この土地ならではのカルチャーを培う人たちがいる。
彼らと交わす言葉から、これからの「ACT LOCAL」を考える。

ロンドンに感じた「伝統と革新の交差」

本棚

ローカルでも、都会でも、その土地の文化を牽引する存在として、
ヘアサロンが果たす役割は大きい。
ファッションや音楽などのカルチャーを語らう“サロン”としてだけでなく、
基本に立ち返れば「日々の身だしなみ」、つまりは「日々の生き方や考え方」に
影響を与える存在であると言っても過言ではないのだから。

とかくローカルにその身を置いたら、自分の身近なものごとや
ローカルにある事象にピントを合わせてばかり、なんてことも少なくない。
しかし本来は「ローカルも都会も関係なく、自身が追求すること」を
目の前の暮らしに投影し、深く広く、何度もピントをずらしながら、
発想を広げていくことが大切ではないだろうか。
そんな視点を持ち、自身のヘアサロンのあり方に自問自答を続けてきた人がいる。

2007年から長野市でヘアサロン〈PHAMILEE(ファミリィ)〉を営む、
ツチヤアキノリさんだ。

ツチヤアキノリさん

長野県出身のツチヤさんは、90年代に東京のヘアサロン〈SHIMA〉で
スタイリストの経験を積み、若手スタイリストの育成にも携わってきた。
その後、30歳を前にロンドンへと渡り、
美容師としての知見を培ってきた異色の経歴を持つ。

東京とロンドンを経て、長野で約10年。その過程を振り返ると、
ロンドンの空気に触れたことが、自身の根幹になっているという。

「一生を後悔しない選択を見つめ直したときに、ロンドンという選択をとりました。
ロンドンのよさは、洗練された都会で、一流の美容室をはじめ、
あらゆるジャンルの原点が多いこと。そのうえ、新しいものと古いものが
きちんと関係性をもって混在してきた文化があるからか、あらゆるものごとに、
ほどよい距離感があり、どこかフレンドリーな人柄と人間味もある。

ロンドンでの暮らしを通して、日本の見方も大きく変わり、
帰国したら、更新する文化と日本古来の文化が交差している京都に、
お店を出そうと考えるようになりました」

ガイドマップ『LONDON mini AZ』

しかし、帰国後はゼロからのスタートゆえ、
「いずれ京都へ行くことも視野に入れながら、
東京とも行き来できる長野からスタートを切ってみては」という考えが巡った。
そして、長野市と松本市で物件を探した末に、いまの場所と出会う。

「新旧が交差しているという意味では、結果的に長野市はよかったですね」

東京から一番近い島「大島」を
味わい尽くす5つのスポット

東京から高速ジェット船で1時間45分、飛行機なら調布飛行場からわずか
25分に位置する伊豆諸島最大の島「大島」。

夕陽を見ながら走ることができる「サンセットパームライン」など、
サイクリストをはじめ訪れる人を魅了し続けるこの島には、
豊かな自然と食材に魅せられた“職人”たちがたくさんいる。
1周約50キロの大島を巡る旅で見つけた、5つの食・体験スポットを紹介したい。

1.【食べる】きらく小屋
庭で摘んだ自家製食材のやさしい味わい

元町港から車を5分ほど走らせ、大島高校の脇の細道を下る。
緑あふれる庭の中にたたずむログハウスが、伊豆大島のカフェ〈きらく小屋〉。

木のぬくもりあふれるお店は、なんとすべてオーナーの手づくり。
都内でエンジニアをしていたオーナーが、
50代前半に早期退職し2000年に大島に移住。
大島出身の奥さんと共にうっそうと茂る森を切り拓き、
約半年間でお店をオープンさせたというから驚きだ。

大島で手に入れた廃材を利用して手づくりしたお店

大島で手に入れた廃材を利用して手づくりしたお店。店内のテーブルもすべて大島の木々でつくられている。周りには庭が広がり、その広さはなんと3400坪。

メニューには、庭で採れる明日葉を使った「あしたばチャーハン」や、
オーナーいち押しの「岩のりめんたい(パスタ)」、
パリパリの自家製生地を使った「岩のりピザ」など、
どれも食べたくなる一品が並ぶ。素材の味を生かしたやさしい塩味は、
小屋のあたたかさとも似た、心休まるおいしさ。

また、ハズしたくないのは、庭で摘んだ鮮度100%のブルーベリージュース。
ほとんど砂糖を使わず、ブルーベリーの甘みだけが
ぎゅっと凝縮された、ほかでは味わえない濃密さ! 
自然が生んだ旨みを体が喜んでいるのか、ごくごくと一気に飲んでしまう。

パスタ&チャーハン、体が目覚めるようなフレッシュジュース

パスタやチャーハンのやさしい味わい、体が目覚めるようなフレッシュジュースの酸味。どちらも合わせて堪能したい。

お土産には、庭で採れたフルーツの自家製ジャムも。
桑、プラム、ブルーベリー、ビワ、イチジク、
季節の柑橘を使ったマーマレードのジャムなどが販売されている。
店内のテーブル席、庭を眺めながらのテラス席どちらに座っても、
いつまででもいたくなる居心地のよさ。
ほっとひと息つきたい旅の道中に、ぜひ立ち寄りたい隠れ家スポットだ。

information

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きらく小屋

住所:東京都大島町元町字八重の水244-1

TEL:04992-2-0003

営業時間:3~10月 11:00~17:00L.O. 11月~2月 11:00~16:00L.O. 

定休日:月~木曜 ※金・土・日曜のみの営業

Web:https://oshima-navi.com/gourmet/gourmet_map_10.html

2.【食べる】島のアイスクリーム屋 トリトン 
島の子どもたちに愛される、地元食材を使ったアイスクリーム屋

子どもたちが足しげく通うアイスクリーム屋が、
元町港近くにある〈島のアイスクリーム屋 トリトン〉。
東日本大震災を機にUターンで帰島した店主の浅沼務さんが、2014年12月にオープンした。

当初は大島の牧場に隣接する〈ぶらっとハウス〉で
アイスクリームの開発・販売スタッフとして働いていた
浅沼さんがお店を始めたきっかけは、
「おじさんのアイスは世界一おいしい。絶対続けてね」という島の子どものひと言。

大島の食材を使ったオリジナルレシピで、
子どもたちの「おいしい!」という笑顔が見たい――。
その一心で独立し、これまでにおよそ60種類のレシピを開発してきた。

〈島のアイスクリーム屋 トリトン〉店主の浅沼務さん

「これはおいしくない!」「もっとこうして!」という子どもの素朴な声にも真摯に応えようとする浅沼さんの姿勢が、絶品アイスクリームを生み出している。

ベースはすべて、大島牛乳でつくったバニラアイスクリーム。
そこに、島の子どもやお客さんの声からインスピレーションを得て、
大島産の食材をはじめとした厳選素材を加え、
ここでしか味わえないオリジナルアイスの数々が生まれている。

例えば「島のり」は、大島を訪れたとある女優が
「島のりを使ったアイスが食べたい」という声をもとに、約8か月かけて開発。
バニラアイス自体の甘みを極力抑えることで、島のりの香ばしさを引きたてる、
世界でここにしかない味が完成した。

「塩バニラ」と「島のり」

左が、大島産「椿ミント」×大島の海で採れた塩と大島牛乳のコラボレーション「塩バニラ」。右が、生の明日葉の食感が楽しめる「あしたば」×大島産の島のりを使った「島のり」。

ほかにも、焼き栗のアイスは島の子どもに
「本物の焼き栗を入れてつくってほしいと言われてつくった」など、
お客さんとのエピソードが次々と飛び出してくる。
たったひとりのお客さんのために、
食材の良さを引き出してつくられたアイスの数々。
こだわり抜いた大島の味を堪能したいなら、ぜひ訪れたいお店だ。

information

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島のアイスクリーム屋 トリトン

住所:東京都大島町元町1-10-9

TEL:04992-7-5425

営業時間:月〜金曜 11:00~18:00 土・日曜・祝日10:00~18:00

定休日:不定休

Web:https://oshima-navi.com/focus/focus_no13.html

高齢者の移住って大変? 
よかったこと、大変なこと

80代での移住、実際の暮らしはどう?

夫婦と娘の3人で、伊豆下田に移住した津留崎さん一家。
さらに、東京でひとりで暮らしていたお母さんまで下田に移住してきました。
といっても同居ではなく、すぐ近くに別居というスタイル。
それから約1年、実際に暮らし始めてどんな様子なのか? 
今回は、そんな高齢者の移住についてです。

東京から一番近い島「大島」で、
ナカムラケンタさんが見つけた
新たな時間の過ごし方

東京から一番近く、
伊豆諸島で一番大きい島

東京から約120キロ南に位置する伊豆諸島最大の島「大島」。
東京・竹芝から高速ジェット船で1時間45分、
飛行機なら調布飛行場からわずか25分の、東京から一番近い島だ。
島の中央には、いまなお火口から蒸気が立ち上る「三原山」がそびえ、
その中腹には「裏砂漠」と呼ばれる日本で唯一の砂漠が広がっている。

今回、大島を訪れたのは「生きるように働く」をテーマに、
日本中のさまざまな仕事人を取材、
その生き方・働き方を発信してきたナカムラケンタさん。
都内を拠点にしながら、8年前より新島にシェアハウスを持ち、
夏場ともなると週末を島で過ごす二拠点居住を続けている。

初めて大島に降り立ったというナカムラさんの目に、
雄大な島の景色やそこに暮らす島民の姿はどう映ったのか。
第60代ミス大島で、〈えびす屋土産店〉の看板娘として
大島を発信する高田ほたるさんと、島の魅力について語ってもらった。

ナカムラケンタさんと高田ほたるさん

大島・元町港近くのカフェ&ゲストハウス〈BookTeaBed〉にて。

見渡す限りの荒涼な大地。
「何もない」を味わえる価値がある

ナカムラ: 
僕にとって大島は、新島への乗り換え地点。
近くていつでも行ける場所と思っていたら時間が経ってしまいました。
「いつか降り立って島を巡ろう」という念願が、ようやく叶いました。

高田: 
島を1周してみて、何を感じましたか?

ナカムラ: 
心地いい湿度に包まれる感じは、大島にしかない空気感だなと。
海の青や木々の緑の濃さに、自然の力強さを感じます。

高田: 
大島生まれ、大島育ちの私にとってはこの環境が当たり前で、
豊かさを実感することがありませんでした。高校卒業後に大島を離れて、
初めて「ただ島にいるだけで心が安らぐ」という感覚に気づきました。

Uターン者である高田さん

高田さんは7年間、都心で働いた後、大島へと帰島してきた。

高田: 
ナカムラさんがシェアハウスをしている新島とは、また違いますか?

ナカムラ: 
島が放つ色の濃淡が全然違います。同じ東京の島なのにこんなに違うんだなと驚くほど。
新島は白い砂浜のパステルカラーですが、大島の景色は
すべて原色だけで描けるようなはっきりとした色合いです。
大島の歴史を知りたくて、最初に島の資料が飾られている
喫茶〈藤井工房〉さんを訪れたのですが、飾られていた絵画や絵葉書、
木彫りの「あんこ人形」にも原色が多く使われ、島のエネルギーが伝わってくる。
大島を訪れてインスピレートされた作家が多くいるという話にも納得しましたね。

藤井工房

藤井工房には、大島に関する資料や色鮮やかな昔の絵葉書、大島出身の画家・中出那智子さんの作品などが飾られている。

あんこ人形も所せましと並べられている

著名な木彫り職人・木村五郎さんがつくった「あんこ人形」も所せましと並べられている。すべて大島に自生する桜や椿の枝を使用している。あんこさんとは、紺絣の着物を着て頭に手ぬぐいをした大島の伝統的な衣装を着た女性のこと。「姉っこ」がなまって「あんこ」となった。

information

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藤井工房

住所:東京都大島町元町2-1-5

TEL:04992-2-1628

営業時間(カフェ):10:00~18:00

定休日:水・木曜

Web:http://fujii-koubou.com/

高田: 
大島の象徴である椿が、赤、白、緑のはっきりとした色合いをしています。
その鮮やかさは大きな影響を与えているかもしれません。

ナカムラ: 
まさにそうですね。三原山を中心に、島全体が大きな山のように勾配がある。
そんな独特な地形も、大島の魅力だなと思いました。
大島一周道路を走っていると突如現れる「地層大切断面」は、
東京都にいるとはおよそ信じがたいスケール感。大切断面を背景に海を臨むと、
利島や新島が一望できるのですから、見飽きることがありません。

地層大切断面

高さ約24メートル、長さ630メートルの「バームクーヘン」のような縞模様は、火山灰や腐植土が互層になってできている。1層が1度の火山活動の噴出物とされ、1万5千年間で約100回もの大噴火によってつくられたという。昭和28年の大島一周道路の建設工事中に偶然発見された。

風土とFOODを贅沢に味わう
八丈島5つの見どころ

全国的にも珍しい
ふたつの火山を持つ島、八丈島。

八丈富士と三原山、ふたつの山によって生み出された豊富な水源と
太古から守られてきた植物、そして豊かな風土に育まれた文化と食。

歴史を感じさせる散策路から郷土料理、島の特産品まで。
八丈島の“風土とFOOD”を存分に味わえるスポットをまとめてお届け。

1.【体験する】 大里の玉石垣と癒香
まるで南国、島内随一のフォトスポット

八丈島空港から車で5分、島の市街地を抜けた先にある大里地区は
島の歴史を語るうえで欠かせない見どころがある。

江戸時代より島庁があったこの地区は、1900年まで島の政治の中心地だった。
この一帯は、玉石垣の名前の通り、道を囲うように玉石が積み上げられている。

ひとつの玉石のまわりに6つの石を配置した「六方積み」という手法で、
規則正しく積み上げられた玉石垣は、かつて八丈島に辿り着いた流人が、
握り飯1個と引き換えに海岸から玉石をひとつひとつ運び積み上げたという言い伝えもある。

玉石垣

玉石垣は島内随所で見られるが、かつて島庁のあった大里地区の玉石垣は、規模・保存状態ともに最良。撮影スポットとしても高い人気を誇る。

南国情緒溢れる玉石垣の道を歩いた先には、
アロマやハーブティーを楽しめるセラピーカフェ〈癒香〉がある。

八丈島で採れたショウガ科の植物「月桃(げっとう)」の成分を
贅沢にとじこめたアロマウォーター〈月桃水〉も、お土産に人気。
南国気分を味わいながら散策したあとは、
香りの力で癒やしのひとときを味わいたい。

癒香大里店・外観

information

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癒香 大里店

住所:東京都八丈島八丈町大賀郷1115

TEL:04996-2-0399

営業時間:10:00〜16:00

定休日:水・木曜(冬期3月からは水曜)

Web:http://yuko.8jyo.info/

2.【食べる】 いそざきえん
島の野菜と海の幸を味わう
古民家郷土料理店

玉石垣から車で5分、島の南部に位置する樫立地区にあるのは、
八丈島の郷土料理店〈いそざきえん〉。
古民家を改築した店舗は、広々とした座敷でゆったりとくつろげる。

いそざきえんの看板

おすすめは、1500円(税別)の〈黒潮料理〉。
八丈島近海でとれた刺身、里芋の味噌煮、海苔の酢の物、ムロアジの煮物など、
島で採れた野菜や魚をふんだんに使った料理を、贅沢に楽しめる。

黒潮料理

さまざまな料理の彩りとしても活躍する明日葉。明日葉の胡麻和えは、やわらかい食感と甘みが引き立ち、独特の苦味が抑えられている。

コースに付いてくる麦ぞうすいは、
米がとれない時代に麦を代わりに使ったとされる伝統的な家庭料理。
麦、里芋、明日葉、海苔など八丈ならではの食材を入れて味噌味で煮込んだぞうすいは
滋味深くほっくりとした味わいで心やすらぐ。

麦ぞうすい

麦ぞうすいの仕込みは前日から。2日目から、よりおいしく食べられるんだそう。

ランチは予約なしで利用可能。ディナーは要予約。
昼の落ち着いた雰囲気から一転、
夜は大きな食卓に、バナナの葉やゴムの葉を皿がわりに南国気分の食事を楽しめる。

information

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いそざきえん

住所:東京都八丈島八丈町樫立347

TEL:04996-7-0041

営業時間:11:00〜15:00(14:00L.O.) 

※夜は当日15時までに要予約

定休日:不定休

火山景観と再生した自然。
前田エマさんが感じた
三宅島の生命力。

火山島・三宅島の今を巡る旅へ

三宅島といえば、火山を思い浮かべる人も多いだろう。
特に広く報道された2000年の噴火では、
当時、人的被害はなかったものの全島避難を余儀なくされた。
現在は2500人ほどの島民が自然と対峙しながら、平穏な暮らしを取り戻している。

三宅島では、過去噴火が繰り返され、
近年では、1940年、1962年、1983年、2000年と続き、
そのたびに、島の地形を変えている。

島そのものが“むき出しの自然”を感じさせる。

上空からの三宅島

上空から見た三宅島の様子。(提供:三宅島観光協会)

調布空港から小型機で約50分。
三宅島へ向かう上空から島を見下ろすと、
溶岩流が流下し、海岸へ張り出すように形成された岬や溶岩扇状地、
噴火により陥没した地形・カルデラの出現など、地形変化を見て取れる。

今回は、分野を問わず活躍中のモデル・前田エマさんが、
三宅島のダイナミックな自然を体感する旅に出た。

彼女もまた、飛行機の窓に張りついて、島の様子を興味深げに眺めていた。

南国のような雰囲気

冬でも湿度が高く、温暖な気候。南国のような雰囲気がある。

島に降り立つと、2月にしては15度と温暖で、
加えてヤシの木が並んでいるその様子からは想定していたより緊張感はなく、
とても穏やかな心持ちでいられた。

しかし、この後、心揺さぶる自然の脅威を目の当たりにすることになる。

“生”と“死”が混在した神秘的な〈椎取神社〉の木々が物語る、噴火の現実

空港から、三宅島自然ガイド〈mahana〉の菊地ひとみさんの案内で
椎取(しいとり)神社に向かう。

約30キロメートルの三宅島一周道路を走っていると、
のどかな風景が一変し、見たことがない光景が眼前に飛び込んできた。

白く色が抜けた木々

木々の緑と白のコントラストが目立つ。

鬱蒼とした森の中から、まるで流木のように白く色が抜けた木々が
こちらを見下ろしている。

空に伸びる白い木々

空に伸びる白い木々。思わず目を奪われる圧倒的存在感。

椎取神社はその名の通り、スダジイ(椎木の一種)の巨木が茂っており、
秋になると実が取れることからその名がついた。

鳥居の赤さより、ひと際存在感を放つ白い巨木たちは、
2000年の噴火によって立ち枯れてしまった、言わば“白骨化”したスダジイなのだという。
腐った木や枯れ木とは違って、石膏のようにしっかりと密度があって硬くなっている。

赤い鳥居は2006年に建て替えられたもので、
もともとあった拝殿と鳥居は、噴火による泥流に埋もれていた。

地面に埋もれた鳥居

鳥居の脚がすっかり埋もれている。

拝殿

拝殿も泥流に飲まれ、もう中に入ることはできない。

ここは2000年の噴火の影響を大きく受けた場所で、
人的被害はなかったものの、火山灰や火山ガス、泥流によって
植物たちは壊滅的被害を受けた。

自然ガイドの菊地さんは、当時の様子を次のように話す。

「2000年6月26日の噴火を機に山頂から噴煙を伴う噴火が発生し、
これが8月にかけて次第に活発化していきました。
8月18日には上空14000メートルまで噴煙が立ち上り、
無風だったため島内全域に降灰。

そして雨が降るとともに、山頂や山腹から泥流になってここに流れ着き、
次第に堆積していったという経緯があります。
島全体の60%近くの緑が消失したんです」

オオバヤシャブシやイタドリ、ススキ

噴火後、オオバヤシャブシやイタドリ、ススキなど生命力の強いパイオニア植物を中心に、緑の再生が始まった。

拝殿や鳥居は泥流に飲まれ、木々は立ち枯れた。
しかし、19年という歳月をかけ、緑は徐々に再生し、
白骨化した木々の根元から、新たな命が芽吹いていった。

反り出した岸壁の下に本殿が

反り出した岸壁の下に本殿が。青々とした茂みに、神秘的な空間が広がる。ひとりではなかなか立ち入らないところも巡ることができるのは、地元ガイドならでは。

これだけの被害を受けながらも、木の下部は生きている。
新しい森の形成がすでに始まっていたのだ。

「木の上部は白く白骨化しているけど、下部は白くならずに生きている。
“生”と“死”が混在した1本の木に、自然の脅威と生命力を感じます。
本殿は荘厳な雰囲気の中にあって、なんだか心が浄化されました」とエマさん。

現在は60%以上も緑は再生し、年々山頂にも緑が広がっているそうだ。
「島の人々は、その変化を見続け、たくましく著しく成長している
自然を間近に感じている」と菊地さんは話してくれた。

本当にいいものづくりとは。
革作家〈OND WORK SHOP〉
木村真也さんが、ゼロから築いた
理想のサイクル

PEOPLE GET READY TO NAGANO vol.5

本州のほぼ中央に位置する長野市は、東京から電車で約1.5時間。
車窓の風景は、木々の彩りへと移り変わる。
このまちの魅力は、そんな自然と隣り合わせの風土や食と美。
だけど、そればかりじゃない。

善光寺の門前町として、四方から訪れる旅人を迎え入れ、
疲れを癒してきた歴史がある。

いつの時代も、旅立つ人、旅の途中にいる人、
そして、彼らを受け入れる人たちが交差する長野市は、
次なる旅路をつなぐプラットホームだ。

そんな長野市で、自分の想いを込めた「場」を営み、
この土地ならではのカルチャーを培う人たちがいる。
彼らと交わす言葉から、これからの「ACT LOCAL」を考える。

東京を経て長野へ。ゼロからつくった自分の仕事

「こんなレザーベルトや、あんなレザーウォレットが、あったらいいな」と
頭に浮かぶイメージが膨らんだら、マップのピンを長野市に落として、
休日のひとときを楽しんでもらいたい場所がある。
革作家の木村真也さんが営む〈OND WORK SHOP(オンド ワークショップ)〉だ。

〈OND WORK SHOP〉内観

木村さんがつくるレザーアイテム

木村さんがつくるレザーアイテムは、
色、ステッチ、デザイン、そして革の表情まで、同じものはふたつとない。

オーダーを受けて、ゼロからデザインをおこすこともあれば、
バックルからベルトの「太さ・色・長さ」まで自由に選べる革ベルトや、
はたまた、バッグや衣服、家具にまで、革を用いたリペアをする。
革の個性とお客さんのイメージを読み、
おもしろおかしく談笑のキャッチボールを繰り広げては、
膨らんだイメージから世界にひとつのものをつくる。

革作家の木村真也さん

そんな木村さんの誠実な人柄が沁みるOND WORK SHOPは、
2014年10月のスタートから、およそ4年半の歳月が経ったいま、
毎月30組以上のオーダーを呼ぶサイクルを生んだ。
木村さんは、これまでを振り返り、子どものように純真無垢な笑顔で、
ものづくりへの想いをこう話す。

「人が本当にほしいと思うもの、永く使いたいと思うものを、
ひとつひとつ、ちゃんとつくって、届けたい。それだけなんです」

とはいえ、出身の長野県飯山市で高校を卒業したあと、
東京の専門学校でグラフィックデザインを学び、
20代を浅草の老舗ベルトメーカーで過ごしてきた木村さんにとって、
長野市で自分のお店を開くのは、知り合いもツテもゼロからのスタート。

ましてお店ともなれば、立地や単価、客数などの計算を
しないわけにはいかなかったのでは? 
と素朴な疑問も浮かんできそうだが、木村さんはまっすぐに言う。

レザーの財布

「お店を始める前から、いままでずっと、
そういう計算ありきでお店のことを考えたことがなくて。
むしろ、売ろうとしてない(笑)。
それよりも、ここで出会えた人たちが、『何を求めているのか』
『何を楽しみたいと思っているのか』ということばかり考えてきました。
根本的に、出会えた人とは、ものを売るだけの関係になりたくない
と思ってやってきたので。

だけど、もし東京でやっていたら、経費がかかりすぎちゃって、立地条件や価格など、
お金を稼ぐことに比重をかけざるを得なかったかもしれないですね。
そう考えると、やりたいものづくりのあり方とこの場所が、
たまたま合っていたのかなと思います」

〈OND WORK SHOP〉がある町並み

移住者増加中!?
行政が変わりつつある下田市の移住事情

現在の下田市の移住事情は?

約2年前に下田市に移住した津留崎家。
娘の小学校入学時には学童保育がなく、働き方を工夫していますが
学童保育の整備も含め、少しずつ行政が
移住に関する取り組みを始めたようです。
津留崎さんが、市の移住担当者へ直撃インタビューしてきました。

感覚を呼び覚ます八丈島の自然体験と
自分と向き合える“島キャンプ”ステイ

異なる生態系を成すふたつの火山

「コートを脱ぎたくなる暖かさで驚きました」

羽田空港から、わずか55分。八丈島空港に初めて降り立った、
スノーピーク代表取締役副社長 CDOの山井梨沙さんの第一声だ。

2月にもかかわらず、この日の最高気温は16度。
空港を一歩出れば、歩道の両脇にはヤシの木と赤い花を咲かせたアロエが立ち並び、
亜熱帯の島を思わせる不思議な風景が広がる。

赤い花を咲かせたアロエ

山手線の内側ほどの面積を有する八丈島。
島の東西に異なる年代に生まれたふたつの火山があるため、
上から見ると、ひょうたんのようなかたちをしている。

島の西に位置する〈八丈富士〉は、くっきりとした輪郭線を持つ若い火山だ。
日光と乾燥を好む植物が多く茂り、麓にはフリージアやストレリチアの畑が広がる。

八丈富士

正式名称は「西山」。標高854メートル、伊豆七島最大の標高とその美しさから「八丈富士」の愛称で親しまれている。

7合目にある〈ふれあい牧場〉からは、
八丈島空港と市街地、東の三原山を一望できる。

八丈島で放牧される牛

一方、東に位置する〈三原山〉は、深い皺の刻まれた老いた火山だ。
山の中腹には、島で最も大きな滝〈唐滝〉、日によって異なる輝きを放つ〈硫黄沼〉、
麓には〈やすらぎの湯〉をはじめ、いくつもの温泉を有している。

三原山

正式名称は「東山」。10万年以上前に生まれた火山で、標高は700メートル。

長野市コーヒー探訪。
〈FORET COFFEE〉
〈ヤマとカワ珈琲店〉〈平野珈琲〉
のあるまち

PEOPLE GET READY TO NAGANO vol.4

本州のほぼ中央に位置する長野市は、東京から電車で約1.5時間。
車窓の風景は、木々の彩りへと移り変わる。
このまちの魅力は、そんな自然と隣り合わせの風土や食と美。
だけど、そればかりじゃない。

善光寺の門前町として、四方から訪れる旅人を迎え入れ、
疲れを癒してきた歴史がある。

いつの時代も、旅立つ人、旅の途中にいる人、
そして、彼らを受け入れる人たちが交差する長野市は、
次なる旅路をつなぐプラットホームだ。

そんな長野市で、自分の想いを込めた「場」を営み、
この土地ならではのカルチャーを培う人たちがいる。
彼らと交わす言葉から、これからの「ACT LOCAL」を考える。

人が行き交い、文化が交差する
「コーヒーのある場」へ

人が行き交い、文化が交差する「コーヒーのある場」には、
世界中どこでも、旅人を楽しませる偶然が待っている。

店主にローカルのおすすめを聞くのもいい。
たまたま居合わせた人が、まちを案内してくれることだってある。
イヤホンを外し、これまでためてきたマイプレイリストをオフにして、
お店の音楽やそこで交わされる言葉に身を委ねては、
自分の知らない音楽や世界に耳を傾けるもよし。
たった1杯のコーヒー。されど、そこからたくさんの偶然がつながっていく。

連載の第4弾となる今回は、長野市で「コーヒーのある場」を営む、3人の店主を紹介。
彼らに共通するのは、「全国各地に独自の関係を築いていること」。
もはや、ローカルの境界線を越えて、
三者三様に豆の販売やコーヒーの監修などを手がけ、
実直に自分が表現したい「コーヒー」と「場」を更新し続けている。

そんな彼らとの出会いや、それぞれの「場」で交わす言葉から、
長野市の旅を始めてみたら、きっと、自分だけでは想像し得なかった
新しい世界が広がっていくだろう。

〈FORET COFFE〉

〈FORET COFFE〉フルーティーな香りや甘みを残すコーヒーは、生豆本来の果実味を引き出す軽やかな味わい。外国人客らが「Good Songs」と喜ぶレコードの選曲、イラストレーター・松本セイジさんのウォールアートなども、心地よい空間のひとつ。店主の松澤岳久さんは、東京・浅草にある〈Sensing Touch of Earth〉などのコーヒー監修も務めている。

〈ヤマとカワ珈琲店〉

〈ヤマとカワ珈琲店〉コーヒー豆・焼き菓子のほか、作家作品などを扱う。まろみとコクを引き立てる中・深煎りのコーヒーは、苦みを得意としない人にも重くなりすぎない、ほどよい深み。喫茶営業はないが、コーヒー豆やドリップパックなどの販売のほかに、音楽家や作家の作品も紹介。中央通りから外れて、裏路地へわざわざ訪れる楽しさがある。店主の川下康太さんは、名古屋から長野市へ移住し、2014年に開業。

〈平野珈琲〉

〈平野珈琲〉ひと口ずつ深煎りの苦みと香りが広がるコーヒーは、ゆったりくつろげる喫茶店でありたいという、店主•平野仁さんの想いから。人通りを離れた2階建ての空間に、古いALTECのスピーカーからジャズが流れ、時間を忘れさせる。札幌市でゲストハウスやブックカフェを営んできた店主の経験と感性が、見知らぬ人たちが集まる大きなテーブルのしつらえや、さりげなく置かれた本などに表れている。

善光寺中央通りに面したコーヒースタンド〈FORET COFFEE〉、
中央通りから東へ、裏路地の先にある焙煎所〈ヤマとカワ珈琲店〉、
善光寺から西へ、閑静な住宅地に隠れ家のように佇む喫茶店〈平野珈琲〉。

3つの「コーヒーのある場」を巡れば、また長野を旅したくなる偶然に出会うだろう。
お互いに近況を報告し合う仲でもある3人の声とともに贈る本記事を片手に、
都会の喧騒を離れて、コーヒーを巡る旅を長野市で。

人が集まる場所をつくってみたい。
「暮らし研究所」という構想

海が見えるバーベキュー場で
味噌仕込み会

毎年、自家製味噌をつくっている津留崎徹花さん。
下田に移住後、今年は伊豆の友人たちを招いて味噌仕込み会をすることに。
せっかくなら気持ちのいい屋外でやってみようと
海の見えるロケーションの〈ガーデンヴィラ白浜〉で開催。
人が集まり、暮らしのひとコマを一緒に楽しむ。
この日の体験から、ある構想が生まれたようです。

建築×デザイン
宮本圭さんと太田伸幸さんに聞く
〈KANEMATSU〉と歩んだ10年の軌跡

PEOPLE GET READY TO NAGANO vol.2

本州のほぼ中央に位置する長野市は、東京から電車で約1.5時間。
車窓の風景は木々の彩りへと移り変わる。
このまちの魅力は、そんな自然と隣り合わせの風土や食と美。
だけど、そればかりじゃない。

善光寺の門前町として、四方から訪れる旅人を迎え入れ、
疲れを癒してきた歴史がある。

いつの時代も、旅立つ人、旅の途中にいる人、
そして彼らを受け入れる人たちが交差する長野市は、
次なる旅路をつなぐプラットホームだ。

そんな長野市で、自分の想いを込めた「場」を営み、
この土地ならではのカルチャーを培う人たちがいる。
彼らと交わす言葉から、これからの「ACT LOCAL」を考える。

建築家・宮本圭さん×デザイナー・太田伸幸さんの視点

2010年前後からいまに至るまでに、長野市善光寺門前界隈では、
100軒を超える空き家が新たなあかりを灯すようになった。

「そのはじまりは?」「なぜ?」「何がどうして?」という疑問に、
「なるほど!」と膝を打つ明快な答えがほしいところではあるが、
実にさまざまな要素が入り組んでいて、本当のところ、よくわからない。

ただ、連載の第1弾で紹介した写真家の清水隆史さんらが、
1990年頃から、長野市のカルチャーを記録したり、
音楽や演劇などを通じて、数多の表現が交差する場を営んだりと、
草の根的に活動を続けてきた〈ネオンホール〉や〈ナノグラフィカ〉の影響は大きい。

しかし、これまでの長野を紐解くうえで、2010年頃からいまに至るまでに、
あるひとつの場所がきっかけで、個性豊かな場がたくさん生まれていったことを、
記録せずにはいられない。

2009年11月に開かれた〈KANEMATSU〉だ。

元紙問屋・ビニール工場「カネマツ」

約40年以上の間、シャッターを閉ざしたまま、使われなくなっていた元紙問屋・ビニール工場「カネマツ」。

建築家やデザイナー、編集者などからなる7人組のユニット〈ボンクラ〉が、
50平米ほどの鉄骨の倉庫をセルフリノベーションし、
建築設計事務所やデザインオフィス、編集室やフリースペースなどがひとつになった
〈KANEMATSU〉としてオープンさせた場。

〈KANEMATSU〉の共有スペース

〈KANEMATSU〉の共有スペース。東西に広がるこの場所では、数々のイベントや企画展などが開かれてきた。

本業と並行してイベントや地域活動を始め、この場を開いたことで、
それまで清水隆史さんらが続けてきた「活動」に加えて、
建築やデザインのアプローチから、新たなプロジェクトや事業が立ち上がった。

さらには、不動産仲介のしくみが生まれ、
空き家リノベーションの動きを加速化させたのである。

KANEMATSUを始動させた7人

KANEMATSUを始動させた7人。右から、羽鳥栄子さん(アトリエハトリ一級建築士事務所・代表)、山口美緒さん(編集室いとぐち代表)、一級建築士・山岸映司さん、太田伸幸さん、宮本圭さん、古後理栄さん(株式会社CREEKS代表)、広瀬毅さん(広瀬毅 建築設計室代表)。(写真提供:ボンクラ)

KANEMATSUという表現は、新たな営みを生む前例のひとつとなり、
いくつもの場と人をつなげ、このまちに個性が灯るきっかけとなった。

しかし、はじまりは、すべて偶然だった。

連載第2弾となる今回は、KANEMATSUの狼煙を上げた
建築家・宮本圭さんと、デザイナー・太田伸幸さんの出会いや、
これまでの活動を振り返るインタビューを紹介。
ふたりの視点から、2010年代の長野を紐解き、「ACT LOCAL」のヒントを探る。

Uターン、Iターンの移住夫婦が営む
下田の温泉民宿〈勝五郎〉。
「武器」を持って暮らしをつくる

移住して民宿開業。
津留崎家、先を越された!?

伊豆下田の白浜が見えるすばらしいロケーションにある温泉民宿。
Uターンして実家の民宿を受け継いだ土屋尊司さん夫婦が営んでいます。
昔ながらの雰囲気を残しつつも、現代的にリニューアル。
でも3部屋のみで、経営は果たして成り立つの……? と思いきや
土屋さんには、ある「武器」がありました。
下田に移住した津留崎家が、同じ移住者夫婦を訪ねます。

言葉や写真が文化になる。
〈オウガ〉ベーシスト・写真家の
清水隆史さんが記録した長野の軌跡

PEOPLE GET READY TO NAGANO vol.1

本州のほぼ中央に位置する長野市は、東京から電車で約1.5時間。
車窓の風景は木々の彩りへと移り変わる。
このまちの魅力は、そんな自然と隣り合わせの風土や食と美。
だけど、そればかりじゃない。

善光寺の門前町として、四方から訪れる旅人を迎え入れ、
疲れを癒してきた歴史がある。

いつの時代も、旅立つ人、旅の途中にいる人、
そして彼らを受け入れる人たちが交差する長野市は、
次なる旅路をつなぐプラットホームだ。

そんな長野市で、自分の想いを込めた「場」を営み、
この土地ならではのカルチャーを培う人たちがいる。
彼らと交わす言葉から、これからの「ACT LOCAL」を考える。

ライブハウス×劇場、編集室、写真集、etc……。
清水隆史さんが長野市で培ってきた表現

近年長野市では、善光寺門前界隈を中心に、
古い建物をリノベーションした場が生まれ、
少なくとも100軒以上の空き家に、新たなあかりが灯るようになった。
ゲストハウスやカフェ、アトリエやオフィスなど、そのかたちはさまざま。
U・Iターン者やこのまちに長く暮らす人たちが、まち並みや文化を引き継ぎながら、
夢をかたちにしている。

〈ネオンホール〉と〈ナノグラフィカ〉

こうした流れの源流は、古い空き家に息吹を吹き込んだ、ふたつの場にある。
〈ネオンホール〉と〈ナノグラフィカ〉だ。

1992年のスタート以来、全国各地のミュージシャンや劇作家などの交流を生み、
独自のユースカルチャーを築いてきたネオンホール。
ライブや演劇、ときにはアートエキシビジョンなどが開かれ、
カテゴライズし得ない数多の表現が交差する空間だ。

編集室・喫茶ナノグラフィカは、長野の文化や情報を編集し、
〈門前暮らしのすすめ〉という活動名で、
古民家再生プロジェクトや蚤の市、地域交流の機会を企画してきた。

長野市権堂の角地にある〈ネオンホール〉

長野市権堂の角地にある、ツタに覆われた建物。ここの2階が〈ネオンホール〉。1992年のスタート以来、ライブや演劇、アートエキシビジョンなど、あらゆるカルチャーが交わるサロン的空間。

編集室・喫茶〈ナノグラフィカ〉

2003年からスタートした、編集室・喫茶〈ナノグラフィカ〉。善光寺門前界隈の暮らしを発信するプロジェクト〈門前暮らしのすすめ〉をはじめ、〈門前空き家見学会〉、〈西之門市〉など数々の地域活動を行う、長野市空き家リノベーションの草分け的存在。

そしてこのふたつの場を興し、
約30年にわたり長野のカルチャーを生み育て、記録し続けてきた、
写真家で〈OGRE YOU ASSHOLE(オウガ・ユー・アスホール)〉ベーシストの
清水隆史さんは、長野の今を語るうえで欠かせない存在のひとりだ。

清水隆史さん

写真家で〈OGRE YOU ASSHOLE〉ベーシストとしても活躍する清水隆史さん。

バンド、演劇、写真、編集、古民家再生など、
あらゆるアプローチから、培ってきた清水さんの表現。

幾重にも交わるこれらの表現を紐解けば、
長野を旅する私たちの視点が変わってくる。
そして、これからの「ACT LOCAL」を考えるきっかけが見えてくる。

清水さんのロングインタビューから、長野市の過去と現在を紹介する。

44号まで発行されている『街並み』

写真・清水さん、編集・ナノグラフィカで、2005年から2015年にかけて、44号まで発行されている『街並み』。長野に暮らす人、今はなき建物や路地など、清水さんがレンズの奥から見つめてきたこのまちの年輪が記録されている。

『街並み』の誌面

移住後の初挑戦。
正月飾りは自分でつくる!
暮らしの知恵をつないでいく

移住後のお正月にちょっとした変化が

下田に移住して2度目のお正月を迎えた津留崎家。
いつかしめ縄を自分で編んで、正月飾りをつくってみたい。
そんな願いを叶えるべく、妻の徹花さんは地元の方に
正月飾りのつくり方を教えてもらうことに。
それにしても、どうしてそこまで手づくりにしたかったのでしょう。

伊豆下田に移住して
1日のスケジュールはどう変わった?
働き方、暮らし方、時間の使い方

1日の時間の使い方は
どう変わった?

伊豆下田に移住して2年目の津留崎家。
昨年4月から娘が小学校に入学したものの
学童保育所がないため、平日午後は
夫と妻のどちらかが家にいるという働き方をすることに。
では具体的に、どんな1日を過ごしているのでしょう?
津留崎家の働き方、暮らし方をご紹介します。

移住先探しの旅から2年。
紆余曲折の“無計画”移住を振り返る

連載50回で振り返る
「わが家の移住について」

この連載がスタートして2年余り。
「生まれ育った東京を離れ、移住することにしました。行き先は未定」
と大胆な宣言をして始まった、津留崎家の移住先探しの旅。
現在は伊豆下田に移住して1年半以上が経ちましたが
これまで順風満帆というわけではありませんでした。
それでも、少しずつ自分たちの暮らしをつくりあげています。

下田に移住して1年半。
お金について変わったこと、思うこと

移住して「お金」の価値観は
どう変わった?

伊豆下田に移住して1年半が経った津留崎さん。
東京ではお金ですべてを手に入れる暮らしをしていましたが
少しずつ変わってきたようです。
でも当然、お金がなくては暮らせません。
そこであらためて「里山資本主義」について考えてみました。

脱穀から新米を食べるまで。
初めての米づくりで感じたこと、
これからも続けていきたい米づくり。

初めてつくったお米を口にするまで

伊豆下田に移住して、初めてのお米づくりに挑戦した津留崎家。
稲刈り、天日干しを経て、ついに最後の作業、
脱穀と籾摺りをしてお米になります。
自分たちの食べるお米を自分たちでつくりたい、
そんな思いからスタートした米づくりは、
思いがけない経験や感情をもたらしてくれたようです。

稲刈り、稲架掛け、天日干し。
初めての米づくりでここまでできた!

自分たちでつくった米を
食べられるまで、あと少し!

移住して、初めての米づくりに挑戦中の津留崎家。
田植えから除草、そして稲刈りまで、できるだけ機械に頼らず
自分たちの手でやってみようとがんばっています。
そして稲刈りを目前に、稲を天日干しするための
竹を山に伐り行くことに……! 
初めての稲刈り、うまくいったのでしょうか?

移住して家事の分担が変わった?
夫と妻の、仕事の領域。

草刈りは男の仕事?

伊豆下田に移住して、米づくりもするようになった津留崎家。
一方で、家のことまで手が回らなくなるという事態に。
ふと、これまで男の仕事だと思っていた草刈りを
自分でできないかと思い立った妻の徹花さん、
電動草刈り機を使って草刈りにチャレンジ。
自分でできることが増えると、視野も広がるようです。

米づくりは雑草との闘い!?
「田んぼと向き合う日々」から学ぶこと

無農薬での米づくりは大変?

伊豆下田に移住して、初めての米づくりに挑戦中の津留崎家。
無事に田植えを終えたら、今度は雑草との闘いが待っていました。
無農薬での米づくりをしているため、
生えてきた雑草はすべて人力で除去。
ところが、これがなかなかしぶといようです。
初めての稲刈りまで、あともう少し!

親子で体験!
〈下田ブルーオーシャン マリン講座〉
で楽しむ夏休み

下田でこんなにいろいろな体験ができる!

伊豆下田に移住した津留崎家の夏休みに、新たな楽しみが。
それが、下田で体験できるさまざまな体験学習のプログラム。
さっそく初体験の蕎麦打ちと染色、
そして自分たちが釣った魚を食べたいという夢を叶えるべく
船釣りのプログラムに親子で参加。その結果は……?

ミツバチ愛にあふれる養蜂家。
伊豆下田〈高橋養蜂〉で
おいしいはちみつができるまで

ミツバチの楽園づくりから、
はちみつができるまで

伊豆下田に移住して、二足のわらじで働く津留崎さん。
そのひとつが、ご縁があって働くことになった〈高橋養蜂〉でした。
今回のストーリーは、養蜂の仕事を通して知ったミツバチとはちみつのこと。
ひとつの巣箱に何万匹という群れをなすミツバチの生態や
どんなふうにしてはちみつができるのかなど、
これを読むと、はちみつのおいしさが倍増しそうです。