連載
posted:2019.3.25 from:長野県長野市 genre:暮らしと移住
sponsored by 長野市
〈 この連載・企画は… 〉
ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。
writer profile
Takashi Kobayashi
小林隆史
こばやし・たかし●編集・執筆・企画〈general.PR〉代表。1989年長野県生まれ。信州大学教育学部卒業後、中学校教諭を経て渡米。帰国後にアパレルスタッフを務めた後、general.PRをスタート。長野、東京、山梨を拠点に、伝える仕事に携わる。2011~2017年は旧金物店を改修した居住空間〈シンカイ〉に暮らしながら、さまざまな企画を行う。
photographer profile
Taira Maruta
丸田平
まるた・たいら●フォトグラファー、映像カメラマン。〈FABRE VIDEO MAKER〉。1989年長野県生まれ。2015年からPRムービーをメインに映像製作とポートレート撮影を手がけるユニットFABRE VIDEO MAKERをスタート。独学で写真を学び、記録ではなく記憶となるような写真を目指すように。2020年から長野県青木村に移住し、あらゆる人が交差する場と写真館をつくる予定。
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本州のほぼ中央に位置する長野市は、東京から電車で約1.5時間。
車窓の風景は、木々の彩りへと移り変わる。
このまちの魅力は、そんな自然と隣り合わせの風土や食と美。
だけど、そればかりじゃない。
善光寺の門前町として、四方から訪れる旅人を迎え入れ、
疲れを癒してきた歴史がある。
いつの時代も、旅立つ人、旅の途中にいる人、
そして、彼らを受け入れる人たちが交差する長野市は、
次なる旅路をつなぐプラットホームだ。
そんな長野市で、自分の想いを込めた「場」を営み、
この土地ならではのカルチャーを培う人たちがいる。
彼らと交わす言葉から、これからの「ACT LOCAL」を考える。
ローカルでも、都会でも、その土地の文化を牽引する存在として、
ヘアサロンが果たす役割は大きい。
ファッションや音楽などのカルチャーを語らう“サロン”としてだけでなく、
基本に立ち返れば「日々の身だしなみ」、つまりは「日々の生き方や考え方」に
影響を与える存在であると言っても過言ではないのだから。
とかくローカルにその身を置いたら、自分の身近なものごとや
ローカルにある事象にピントを合わせてばかり、なんてことも少なくない。
しかし本来は「ローカルも都会も関係なく、自身が追求すること」を
目の前の暮らしに投影し、深く広く、何度もピントをずらしながら、
発想を広げていくことが大切ではないだろうか。
そんな視点を持ち、自身のヘアサロンのあり方に自問自答を続けてきた人がいる。
2007年から長野市でヘアサロン〈PHAMILEE(ファミリィ)〉を営む、
ツチヤアキノリさんだ。
長野県出身のツチヤさんは、90年代に東京のヘアサロン〈SHIMA〉で
スタイリストの経験を積み、若手スタイリストの育成にも携わってきた。
その後、30歳を前にロンドンへと渡り、
美容師としての知見を培ってきた異色の経歴を持つ。
東京とロンドンを経て、長野で約10年。その過程を振り返ると、
ロンドンの空気に触れたことが、自身の根幹になっているという。
「一生を後悔しない選択を見つめ直したときに、ロンドンという選択をとりました。
ロンドンのよさは、洗練された都会で、一流の美容室をはじめ、
あらゆるジャンルの原点が多いこと。そのうえ、新しいものと古いものが
きちんと関係性をもって混在してきた文化があるからか、あらゆるものごとに、
ほどよい距離感があり、どこかフレンドリーな人柄と人間味もある。
ロンドンでの暮らしを通して、日本の見方も大きく変わり、
帰国したら、更新する文化と日本古来の文化が交差している京都に、
お店を出そうと考えるようになりました」
しかし、帰国後はゼロからのスタートゆえ、
「いずれ京都へ行くことも視野に入れながら、
東京とも行き来できる長野からスタートを切ってみては」という考えが巡った。
そして、長野市と松本市で物件を探した末に、いまの場所と出会う。
「新旧が交差しているという意味では、結果的に長野市はよかったですね」
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2007年にPHAMILEEを開いたツチヤさん。
そのとき感じていた自店への想いを、こう振り返る。
「ロンドンから帰ってきてやりたかったのは、
美容師としての原点に立ち返ることでした。
技術とデザインを軸にして、ひとりひとりと向き合うという基本的なことです。
だけどそれは、時代とは逆行していて。
ネイルやヘッドスパ、オリジナルシャンプーを売るようなヘアサロンのほうが
主流になりつつあったり……。
そのなかで、ヘアサロンとしての根本的なあり方を求めながら、
自分はこの地で何を残すことができるだろうか。
そんなことを模索していたように思います。
“元SHIMAだから”、“ロンドン帰りで”というフィルターで評価されるよりも、
自分の感覚に触れるものごと、つまり、そのときどきで
長野市に東京やロンドンを投影させて、
“身のまわりに足りないと感じる世界観や価値観を伝えていくには、
どうしたらいいだろうか”という着想から、
いろんなアプローチを考えていくようになりました」
その思考の断片として、まずツチヤさんが手がけたのは、ビジュアルポートレート。
連載第1弾で紹介した清水隆史さんがカメラマンを務め、
2008年から年に1度のペースで、
地元誌『日和』(まちなみカントリープレス刊)に掲載してきた。
さらに、善光寺門前界隈の空き家リノベーションが盛んになる2010年代以前から、
「長野妄想R不動産」と称し、市内に眠る遊休不動産を記録するコラム連載を担当。
そして2010年からは、マーケット〈COMMUNE YARD〉を、
2014年からは、市内のあらゆる空間にコーディネートを施し、
そのとき限りの食事を楽しむ会〈Hello, FOLKS!〉を主催してきた。
こうして長野と対峙しながら
「こんな見方や遊び方があれば、もっとまちがおもしろくなるのでは?」
という問いかけを込めたアプローチを仕掛けてきたのである。
その遊び心には、「ないならつくる」という、長野に向ける実直なまなざしがあった。
「長野に物足りないと感じていることを物足りないと思う。
NOと感じることにNOと言う。ないなら自分たちでやってみる。
誰かがやるのを待つよりも、まちと共存していく術を模索しながら、
自分たちで新たな活路を開こうとする。そういう視点を持って、
このままじゃダメなんじゃないかな? という疑問を無視せずに、
深く何度も考えて、打開策を練り続けることが必要だと思っていて。
なんとなく『長野はいいところもあるから大丈夫』と曖昧にするのではなく、
はっきりと『長野のここはNO』と直視する人がいてもいい。
そこを直そうとすることでよい面も生み出せるはずなので」
ともすればこういう見方は、批判的な考えとして捉えられがちだから、
伝え方が難しいのですが、と真摯に言葉を紡ぎながら、ツチヤさんは続ける。
「長野市においては、そういう変化を求めると、
一辺倒に否定されたり、規制されてしまうことも少なくない。
いまではそんなに珍しくない光景ですけど、2010年から始めたCOMMUNE YARDは、
世代や職種を超えて理解してもらうには、けっこう時間がかかりましたから。
善光寺門前界隈のリノベーションが、新しい人の熱意と
建物の歴史をつないできたことを顧るなら、カルチャーがぶつかり、
ミックスするようなことが、長野市にもっと起きてもいいんじゃないかなと思うんです。
少なくとも、まだまだいくつものアプローチが残されているはずですから。
そしてそれを見出すのは、僕たち大人の役割だと思うんです」
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伝統と変革。不足と余白。
長野市に東京やロンドンを投影させて、境界線に立ち、
どちらにも偏らず、実直に現実を知ろうとする。
ツチヤさんが持つのは、そんな「ラディカルな視点」だ。
ラディカルという言葉は、「根本的な」という語源があるが、
時代とともに一般的には、「急進的な」という意味で解釈されるようになった。
しかし、急進的なようで根本的なまなざしからものごとを捉えてみるからこそ、
良し悪しを実直に見ることができるのではないだろうか。
ツチヤさんはスケートカルチャーを例に、こう話す。
「例えば、スケートカルチャーは、一方では怪訝な顔をされてしまう側面もあるけれど、
他方ではヒーローのようなカリスマ的存在を輩出することもある。
カウンターカルチャーとして、メインストリームとアンダーグラウンドの境界線に立ち、
常に両方を俯瞰している存在というか。
そういう目線で文化の変化を捉えたり、根本的なところを掘り返したりすると、
新たな考えを提案できる気がしていて。
東京のあるスケートパークでこんな話があります。
“スケーターはルールを守らない”というイメージばかりが先行してしまい、
建設前に住民から大反対されたスケートパークだったんですね。
だけどスケーターたちは、子どもたちにスケートボードを教える
ワークショップを開いたり、ルールを主体的に守ったりして、
まちのスタンスも、スケートカルチャーのあり方も、
どちらの視点も無視せずに打開策を考えたんです。
するといまでは、まちに根づくスケートパークになった、という話で。
こんな風に、こっち側から向こう側を知ろうとする。
向こう側からこっち側を知ろうとする。
常にどちらの視点も知ろうとするスタンスは、美容師の世界でも大切で。
好きも嫌いも自分の目で見て、知ろうとすることなくして、
僕らは美容師にはなれないのですから」
根本的なところから変化を見出す人は、ややもすれば、
変化を求めない人からは急進的な存在に捉えられてしまう。
しかし、その根の深くで意思疎通を図れば、
妥協のない調和が生まれることもあるのだから、その対話を怠ってはならない。
そんな想いが募り、ツチヤさんは長野での10年の集大成として、ある企画を立ち上げた。
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2016年。PHAMILEEをスタートさせて10年を迎える節目に、
ツチヤさんが企画したのは、第一線で活躍するスタイリストの講習会
「DRILL VIEW MORE」。
「長野市には、第一線で活躍してきたような美容師が、ほとんど帰ってきていない。
このままだと、美容師のレベルが更新されないのでは?
と危機感に近いお節介が発動してしまって(笑)。
僕らが目指すべきことは、うわべだけのスタイリストになることではなくて、
心技ともに一流になること。
長野にいる美容師や美容学生が、そのことに気づけていないとしたら、
自分みたいな立場の美容師や、大人たちに責任がある。
だから、一流のスタイリストの“考え方”を学ぶ機会を長野で。必然に駆られていました」
さらにときを同じくして、PHAMILEEの店内でゲリラ的に企画展を開くスペース
〈PHAMILEE POP UP〉をスタートさせた。
誤解を恐れずに言うと、これはライフスタイル系ショップ、ヘアサロンの
新しい複合的な空間という名目で例えられる場所ではない。
ヴィンテージファッションからアートブック、ときにはおでんの会など、
期間限定でさまざまな企画を展開してきた背景には、
「美容師を志す次の世代にこそ、あらゆるジャンルのものごとを知ってもらいたい」
というツチヤさんの遊び心とエールがあるからだ。
そしてその根本にあるのは、ツチヤさん自身も、
この場所から派生していく次の才能を心待ちにしているということ。
「例えば、ここで企画展を開いたアーティストが、将来、世界で活躍するとか。
ここで手にした本やヴィンテージアイテムから、日常のエッセンスを得るとか。
ヘアサロンとしての形態や収益を変えようと思ってやってるわけではなくて、
こういう場所で何かを知って、僕自身も何かを教えてもらって、
まだ世の中にない新しい文化が生まれるきっかけをつかめたらいいなと思い、
スタートに至りました」
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数々のアプローチから、
「長野市にこんな見方や遊び心があってもいいのでは?」と
問い続けてきたツチヤさん。
そこには、カウンターカルチャーとしてのスケートボードに例えたように、
押しつけるような一方的な見解ではなく、ラディカルな視点を持つツチヤさん自身が、
お店を営むことへの責任感を真摯に受け止めてきた姿がある。
「どんなジャンルでも、店という場がまちに与える影響は大きいから、責任がある。
一流や天才、センスがあるなんて、ほんのひと握り。
だからこそ、場を営む以上は、一流に近づこうと努力し続けなければ、
絶対にダメなんです。これは自分自身に問い続けてきたことでもあって。
2019年にこれだけ情報があふれていて、
SNSで海外のものごとをリアルタイムで見れるわけですし、
全国どこへでも本物を見に行くこともできるのだから、
長野市にいようとも、高いレベルのものごとを、僕らはもっと知ろうとしていいはず。
髪を切り続けていれば、下手にはならないのと同じで、
高いレベルのものを見て、考え続けていれば、欠かせない要素が見えてきて、
自ずとさらなる打開策を発見できるはずですから。
ちゃんと自分のなかで咀嚼できていれば、
100人中100人には伝わらないようなことでもいい。
長野市にはもっと変われる要素があると思います」
NOと思ったことに対して、まっすぐNOと言う。
それはともすれば責任を買うことでもある。
ただ、誤解をしてほしくない。
曖昧にやり過ごさずに、日常を少しでもいいほうへと変えようとする希望が、
ツチヤさんの真意には込められているのだから。
なんとなくYESと言うこと、「いいね!」と共感することがゴールではない。
ひっくり返して、反対側から見つめ直したり、
ときには反対側の要素を加えたりしながら、見えてくる道もある。
大切なのは、左も右も偏ることなく、
あらゆる視点から知ろうとすることではないだろうか。
あらゆる境界線を越えて、いくつもの旅が交差してきた長野市には、
新しいカルチャーを生む人の到来を心待ちにしてきた風土がある。
だからこそ、長野市に暮らす私たちはいま一度、更新できる余白を
あらゆる視点から見つめ直す必要があるのではないだろうか。
もっとおもしろくできるんじゃないか? と自問自答を続けてきたツチヤさんのように。
お店や場を営みながら、あらゆる視点を持ち、思考を洗練させていく人がいれば、
人の存在が「まちのおもしろさ」になる。
まちをつくるのは、やっぱり人だと気づかせてくれる。
そして、こうした対話を生み、日々の生き方や考え方を更新させてくれるヘアサロンが
まちに果たす役割は、大きいと思う。
information
PHAMILEE
住所:長野県長野市南石堂町1423-33 信濃路ビル2F
TEL:026-225-0637
営業時間:10:30~20:00
定休日:木曜
Web:http://phamilee.blogspot.com/
instagram:https://www.instagram.com/thephamilee/
instagram PHAMILEE POP UP:https://www.instagram.com/phamileepopup/
profile
AKINORI TSUCHIYA
ツチヤアキノリ
長野県出身。高校卒業を機に上京し、美容専門学校を経て、ヘアサロン〈SHIMA〉でスタイリストに。その後、数々のスタイリストを輩出し、30歳を前に渡英。約3年のロンドン生活で現地のヘアサロンにも立ち、美容師としての経験を培ってきた。帰国後、2007年に〈PHAMILEE〉をスタート。
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