連載
〈 この連載・企画は… 〉
ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。
writer profile
Kiyoko Hayashi
林貴代子
はやし・きよこ●宮崎県出身。旅・食・酒の分野を得意とするライター・イラストレーター。IT旅行会社でwebディレクターを担当後、フリーランスに転身。お酒好きが高じて、唎酒師の資格を取得。最近は野草・薬草にも興味あり。
credit
撮影:黒川ひろみ
訪れる人の約8割が、都心部や海外の料理人、食通、飲食関係者という、
少し風変りなオーベルジュが、岩手県遠野にある。
そこは、「料理人」「米農家」「どぶろく醸造家」「発酵のプロフェッショナル」と
複数の顔を持つ、佐々木要太郎さんが主を務める〈とおの屋 要(よう)〉。
ひとつひとつの仕事に、目、鼻、舌、耳、皮膚、すべての感覚を研ぎ澄ませ、
類稀なる感性で、“オリジナル” というべきものに仕立て上げる佐々木さん。
その仕事への情熱と妥協のなさが口コミで広まり、
噂を聞きつけたシェフや飲食関係者が、次々と遠野を訪れるようだ。
オーベルジュの白い暖簾をくぐるとと、
重厚感のある木戸を構えた、趣のある建物が。
岩手県紫波の豪農宅にあった、築200年前後の「米蔵」を移築再生した建物で、
玄関の左手には米蔵をリノベーションしたダイニングと、右手には新設した宿泊棟。
ささやかながらも存在感を放つ、懐かしの調度品が空間を演出し、
その洗練された雰囲気は、宿泊への期待を一層高めてくれる。
佐々木さんは、ここ遠野で100年以上続く〈民宿とおの〉の4代目。
民宿は現在も営業しているが、「自分の力だけで勝負できる場を」と、
9年前に民宿の隣に米蔵を移築し、オーベルジュの営業がスタートした。
1日ひと組限定で、1棟貸し切り。
和室と洋室のふたつの寝室が用意されており、最大8名まで宿泊可能。
館内には、佐々木さんがこれまで収集してきた、姿の美しい家具、オーディオ、
佐々木家で代々大切に使われてきた暮らしの道具、
山仕事の合間に見つけた植物でつくったというリースやスワッグが、
しっくりと空間にとけこんでいる。
建物の2階は、ダイニング吹き抜けのメゾネットになっており、
広さも、淡い光の差し込み加減も、調度品も、その配置も、すべてが心地いい。
宿泊者が気に入って、寝室ではなくここで寝る人もいるのだそう。
天井には、どっしりとした継ぎ目なしの栗材の梁と、
通常より倍以上も多く使われているという垂木。
ここまで贅沢につくられた米蔵は滅多にないらしく、建築ファンをも喜ばせてくれるはず。
このオーベルジュの楽しみはさまざまにあるが、
特に期待が高まるのは夕食タイム。
日本や海外からのシェフが、その味を求めて訪れるという佐々木さんの料理は、
とにかく独創的で、これまで目にも口にもしたことがないようなものばかりが登場するのだ。
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佐々木さんの料理は、とにかくユニーク。
メニュー名を聞き、サーブされた料理を口にすれば、
想像していた味わいと、舌で感じる味覚の相違に、驚きが止まらない。
あらかじめ伝えておくとすれば、「頭で考えて食べる料理ではない」ということ。
通年で提供される「豚肉のなれずし」も、そんなメニューのひとつ。
これは生の豚ミンチを米と一緒に数か月漬け込み、乳酸発酵させた一品。
なれずしの表面は軽くバーナーで炙ってあるが、中はレアそのもの。
そこにホタテ貝の肝やヒモを発酵させてつくった、ヒリヒリと辛いソースをかけ、
鰹節と和えた大根葉をトッピング。
最後に、フニフニとした食感の、甘いリンゴのチップスをオン。
甘い、酸っぱい、辛い、旨い、苦い――
これらの味覚が混然一体となって舌に押し寄せ、
ぬか漬けのような発酵臭と、さまざまに異なる食材の食感。
こんなに複雑な味わいにもかかわらず、後口はきわめて爽やか。
「僕は料理のなかに “ファンキー” や “エキセントリック” な
テイストを盛り込むようにしているんです。
固定観念を壊すような料理を心がけているので、
正直なところ、万人受けするような料理ではないんですよね(笑)。
でも、そんなテイストを求めて、同業者のお客さんが多く訪れるんです」
味も、見た目も、オリジナリティあふれる佐々木さんの料理だが、
一貫してそこにあるのは、「岩手」という風土。
遠野はかつて「七七十里(しちしちじゅうり)」と呼ばれ、
内陸の4市町村と、三陸の3市町村を結ぶ交易の場だった。
岩手中の食材が揃う遠野という地の利や文化をベースに置き、
郷土料理や発酵食、マタギだった曾祖父がこしらえていたという干し肉などを、
佐々木さんの料理の原点でもある本懐石に織り交ぜて、
独自の料理へと昇華させている。
使っている食材は、誰もが子どもの時から慣れ親しんでいるものばかりなのに、
こんなにも初めての味わいに触れられるというのが、なんとも興味深い。
厨房隣の貯蔵庫をのぞかせてもらうと、野菜、干し肉に生ハム、
数えきれないほどの瓶や、カビで覆われた樽が。
干し肉も、生ハムも、ビンの中の加工品も、カビでさえも、
すべて佐々木さんが手をかけ、育ててきた食材であり、調味料。
「僕は菌を敵視するんじゃなくて、
味方につけようという試みをずっとやってきているんです。
菌たちの声を聴き、経験や感覚、知識などを積み重ねてきました。
食材の保存については、岩手も全国の地域と同じく
“塩蔵” の文化が根づいているんですけど、
僕の料理は、カビの力を使った “発酵” で保存をするという考え方。
カビは “鎧” なんです」
これらに精通するまでには、やはり多くの困難もあったそう。
だが、菌たちの世界に耳を傾け、強力な味方につけた今、
唯一無二といわれる佐々木さんの独創的な料理が、オーベルジュを訪れた人を
この上なく楽しませてくれる。
ディナーコースで、どんな驚きの料理が出てくるのか、
わくわくしながら待つのも、また一興。
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冒頭でも紹介した通り、どぶろく醸造家でもある佐々木さん。
どぶろくというと、クセが強くて飲みにくいイメージが先行しがちだが、
佐々木さんの醸すどぶろくは、なんとも爽やかでエレガントな香気!
このどぶろく、2015年にはスペインや香港に輸出され、
スペインにある世界的に有名なレストラン〈ムガリッツ〉でも扱われることになり、
佐々木さんのどぶろくを用いたコースが新設されたのだとか!
どぶろくづくりを本格的に始めたのは2005年から。
当時住んでいた盛岡を離れ、遠野に戻ったのち、
民宿の脇に小さな工房を設け、醸造を開始した。
同時に、無農薬・無肥料の米づくりもスタート。
米は昭和2年に開発された、もち米の遺伝子が入っていない食米〈遠野1号〉を栽培。
その自家栽培米を使い、自然に寄り集まってきた常在菌に手伝ってもらいながら、
試行錯誤で醸し続けてきた結果、一般的などぶろくよりも
もろみ日数の長い、酵母の生命力が強いどぶろくが完成したという。
「うちのどぶろくの酵母が強いのは “土” のおかげ。
草と共存させた無農薬の田んぼには、この土地ならではの土壌細菌がいます。
それらを稲が吸い上げて、稲が育って、米が実る。
そういった米と相性のいい菌だけが自然と集まって発酵が進むので、
“歯車” がかみ合っているんです。
人間も、仲がいいとか、好きだと思える人とは良好な関係が築けますよね。
それと同じことで、結局は生き物がつくり上げているものだから、
好きなもの、食べたいものを菌が選び抜いているということです」
どぶろくをつくり始めて12年後には、自身が納得するレシピが完成。
その後、レシピも配合も一切変えていないにもかかわらず、
どぶろくのもろみ日数は延び続け、ますます強い酵母になってきているのだとか。
いったい、なぜ?
「唯一変わったのは “土” なんです。
無農薬・無肥料という米づくりのなかで、土壌細菌などが変化して、
土が本来の健全な状態に戻ってきたんですよね。
健全な土が育てた米粒に、健全な菌たちが入りこんで、発酵の流れが変わってきたんです」
もともとは目指すどぶろくの味があり、その味を追い求めてきた佐々木さんだったが、
不思議なことに、時が経ち、土が改良されるごとに、
だんだんと、自然に、目指す味に近づいてきたのだとか。
まだまだ土は変わり、発酵やどぶろくの力強さも変わってくるはず、と佐々木さん。
「僕たちの米づくりは、草たちの動きや、周りの山を見たりして、
その年のやり方を考え、方針を決めることを重要視しています。
本当は、土の中の微生物たちを見る、っていう考え方もあるんですけど、
彼らはすぐ目に見えるものではないんで……。
その代わり、草たちは土の中の微生物の声を反映させてくれる生き物。
僕たちは『声なきものの声を聴き、姿なきものの姿を見る』
ということを徹底してやっているんです」
数年前から、無農薬栽培の米農家を増やす
〈どぶろく農家プロジェクト〉を立ち上げた。
5人のメンバーを中心に、米の栽培はもちろんのこと、
かつて二束三文で扱われた無農薬栽培米を適正価格にするための啓蒙活動のほか、
無農薬で育てた米を農家から預かり、どぶろくの委託醸造もスタートさせている。
現在佐々木さんが醸すどぶろくは、
鎌倉時代に醸造技術が確立された「水酛(みずもと)」、
江戸時代に開発され、自然の乳酸菌の力でつくられる「生酛(きもと)」、
現代の基本的な日本酒やどぶろくの醸造方法である「速醸酛(そくじょうもと)」の
3種類。ほかにも、フルーツの果汁をミックスさせた〈どぶきゅ〜る〉も展開中。
これらのどぶろくが、信じられないくらい佐々木さんの料理にマッチ!
すべては、遠野という風土や、佐々木さんたちがつくる米、土壌細菌、
蔵に住みつく常在菌たちの歯車がかみ合った結果のマリアージュ。
オーベルジュに出かけなければ味わえない、特別な体験だ。
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近年、佐々木さんがますます力を入れているのが「フードロス」について。
市場やスーパーには、毎日大量の生鮮食品が卸されるが、
廃棄処分される食品の量もまた膨大であるのは、周知のとおり。
この問題に向けて、総菜製造免許を持つ佐々木さんの弟さんと一緒に、
廃棄された生鮮食品を使った、加工品づくりが始まっている。
特に力を入れているのは “乾燥野菜” 。
ここにも、佐々木さんならではの感性と経験値を生かしたプロダクトが誕生している。
写真中央のエノキはなんと、べちょべちょと水っぽくなった、
ヌメリが出てきた状態のエノキを乾燥させたもの。
素人からすれば、そんな状態のエノキを加工してみようとすら思わないものだが、
そこに目をつけ、乾燥野菜にしてみた佐々木さん。
これが不思議なことに、非常においしい。
そのまま口に入れれば、風味はまるでスルメイカ!
噛めば噛むほど旨みが口の中に広がり、お酒のアテにもバッチリ。
「じつは、状態のいいエノキでは、この風味は出なかったんですよね。
このリンゴも売れ残り。
店頭に並んでいるリンゴって、そのときが糖度のピークなんです。
でも売れ残るとダメになるので、そういったものを引き取って、ドライにしてるんです。
このままパリパリ食べるとすごく甘いし、紅茶に入れてもおいしいですよ」
佐々木さんのフードロスへの取り組みは、10年以上にもわたる。
当初は、地元農家の野菜を自身の料理で活用したり、
ディナーで提供する肉は、人気部位は使わず、端材とされる部位をあえて使ってきたそう。
だが、市場に卸され、大量に廃棄されている食品の多さを知ったとき、
もっと大きなキャパシティで展開していかなければダメだ、と気づかされたという。
「これは人間がつくり出したサイクル。
始めたのが人間なら、それをなんとかしていけるのも人間しかいないんですよね。
時間はかかるかもしれないけれど、誰かが、今から、第一歩を踏み出して、
少しでも還元できるようなかたちをつくっていかないとダメな気がするんです」
これらの乾燥野菜は、現在は販売されていないが、
オーベルジュの向かいに来年完成する新店舗で販売していく予定なのだとか。
そこには加工品の販売所、カフェ、どぶろくの第2工場を併設する計画で、
工場には1000リットルの木桶を4本入れ、どぶろくづくりをさらに広げていくのだそう。
どぶろくづくり、米づくり、料理を始めて16年。
話をうかがえば、まだまだ佐々木さんの頭の中には、さまざまなアイデアや、
自らの使命と課しているコトやモノが、次々と登場する。
「やることがない土地で、娯楽もないので、なにかに没頭するにはいい環境。
ほしいものは全部つくるしかないですしね」
そう笑う佐々木さんだが、
遠野という土地に、どっしりと根を張り、
伝統や風土といった背景がしっかりあるものを、
自身の感性に実直に創作し、イノベーションを興そうとしている姿は、
どこか生まれ育った遠野という場所へ抱く「責任」のようなものが漂っているように見える。
もちろん料理関係者でなくとも、
心に響く料理やどぶろく、佐々木さんの言葉、姿勢など、
共感し、感動するポイントにさまざまに出合える〈とおの屋 要〉。
心の赴くまま、遠野の風土をぜひ楽しんでほしい。
information
とおの屋 要
住所:岩手県遠野市材木町2-17
TEL:0198-62-7557
宿泊料金:1名24,000円 (税抜)(2名利用時/1泊2食つき)
レストランコース:4,000円、7,500円、14,000円(税抜)※2日前までに予約
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