連載
〈 この連載・企画は… 〉
ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。
writer profile
Masahiro Sugiyama
杉山正博
すぎやま まさひろ●編集者・ライター。金沢の出版社、東京にある雑誌『自休自足』の編集部を経て、2009年独立。2016年秋から、地元・愛知にUターン。著書に『ふだんの金沢に出会う旅へ』、『レトロカーと。』(ともに主婦の友社)などがある。名古屋は、何かと魅力がないと言われがちですが、海も山も意外と近く、素敵な人も多い。名古屋を含め東海地区の魅力を、発信していけたらと模索中!https://12sugiyama.hatenablog.com/
credit
撮影:Publista(パブリスタ)
木の陰で息をひそめる、その女性が見つめる先には獣道が続く。
「勢子(せこ)と呼ばれる別働隊と猟犬が、追い込んでくる獲物をこうやって待ち伏せて、
通りかかった瞬間に銃で撃つんです」と教えてくれた。
いわゆる「巻き狩り」という伝統的な狩猟法で、
愛知県豊田市の山間部にある足助(あすけ)地区では、
多いときで10数人のハンターが集まり、この猟を行っている。
捕獲した山の恵みは、参加者全員で山分けするのが、昔からの習わしだ。
清水潤子さんは、猟師歴5年目。散弾銃が使える第一種銃猟免許に加えて、
わな猟、網猟免許も持ち、巻き狩りだけでなく単独でも猟を行い、
年間100頭以上の鳥獣を狩猟。
自ら解体、調理を行い、豊田市内の足助地区で営む〈山里カフェMui〉で、
ジビエ料理のランチとして提供している。
「実は、結婚直後に、末期がんと診断されて。
私は新潟県長岡市の田舎育ちなので、
主人が『自然豊かなところで過ごせば、少しでも良くなるのでは』と考え、
間伐体験や米づくり体験など、いろいろな場所へ連れて行ってくれたんです」
最初は、横になって見学しているだけだったが、徐々に病状が回復。
「本当に、奇跡的に良くなったんです! 当時を知る人からは、
久しぶりに会うと『しぶといな~(笑)』ってからかわれます」
この足助地区を訪れたのも、米づくり体験がきっかけだった。
参加するたびに、地元農家の人たちからは、
イノシシによる農業被害について話を聞いていた。
昼食に登場するのも、イノシシ料理が中心。
そんなある日の昼休みに、目の前をイノシシが走り抜けた。
「それを見た農家の方が、『誰かとってくれ!』って口走ったんです。
しかしそこにいたのは、地域外からの参加者ばかり。
私たちのような“よそ者”にまで頼まなければならないほど、深刻な問題なんだと痛感して。
スマホで、『イノシシ 捕る 資格』と検索したら、狩猟免許のことが出てきて、
すぐに主人と、もうひとりの参加者と3人で申し込んだんです」
こうして、わな猟の免許を取得したのは2014年。
そのことを足助の農家の人たちに伝えると、
すぐに「今、罠にイノシシがかかっているけど来ないか?」という誘いの電話が。
1時間ほど車を走らせ、山の中に到着すると、大きなイノシシがかかっていた。
「最後に、ヤリを喉に突き刺してしとめるのですが、
ワイヤーが切れてこっちに突進してくるんじゃないかという恐怖心と、
返り血を浴びたときの罪悪感は、今でも忘れられません。
大切な命をいただいているのだからこそ、『無駄にしてはいけない』と強く思うのです」
猟友会に参加し、狩猟の現場に出るようになり、あらためて感じた問題がふたつある。
ひとつは、いわゆる鳥獣による農作物被害の深刻さだ。
豊田市では、イノシシやシカなどによる鳥獣被害が、
年間約1.2億円(豊田市産業部農政課「平成29年豊田市鳥獣被害状況調査結果」)に及び、
農家の人たちを悩ませている。
一方で、そういった有害鳥獣として駆除されたイノシシやシカは、
全国平均で約9割も、利用されることなく埋設されている。
ハクビシンやアライグマなどの小動物にいたっては、ほとんどが廃棄されているという。
「有害鳥獣といえど、命の重みに違いはありません。
せめて、最後までおいしく食べてあげたいと、
ちょうど募集中だった『三河の山里起業実践者』という制度に、
ジビエ料理を出すカフェのプランを提出したんです」
「三河の山里起業実践者」とは、愛知県の三河山間地域で起業に挑戦する人を支援し、
移住・定住を促進する県の事業。
清水さんのプランは見事採用となり、
当時暮らしていた愛知県刈谷市から足助地区への移住を決意。
すでに足助で購入してあった築150年の古民家を改装してジビエカフェを開く夢が、
現実のものとして動き出した。
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日本では、狩猟鳥獣として、鳥類28種類、獣類20種類が選定されている。
清水さんはジビエカフェを開くにあたり、
まずは自分で、あらゆる狩猟鳥獣をとって味わってみることに。
カフェを改装しながら、さまざまな狩猟鳥獣を試してきた(現在までに34種類)。
そうやって、カフェのメニューを考えるなかで、何よりも大切にしたのは「気軽さ」だ。
「農業被害や狩猟の現状を知ってもらうためにも、まずは食べてもらうのが一番!
そこで、高価なフレンチなどではなく、
“カフェのランチ感覚”で味わえるメニューをコンセプトに考えました」
もうひとつ、重視したのは、「自宅でも真似して、つくれること」。
シカやイノシシのハンバーグをはじめ、
グラタン、カツなど、カフェでおいしいと感じてもらえたら、
その料理を家庭でもつくってもらいたい。
それが、ジビエ肉の消費拡大につながると考え、
清水さんはカフェやホームページなどを通じて、
おいしい食べ方を伝えることにも力を入れている。
実は、清水さん自身も、地元の人たちから多くのジビエ料理を教わった。
なかでも、Muiから車で数分の距離にある加工施設〈猪鹿工房 山恵(やまけい)〉で働く
みなさんには、助けられたという。
「みなさん、あたたかい方ばかりで。
『鹿肉は、南蛮漬けにすれば1週間は大丈夫だぞ!』などと、
何でも惜しみなく教えてくれて、本当にありがたいです」
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2017年12月に、山里カフェMuiをオープンしてからも、
清水さんは新たな挑戦を続けてきた。
最初に取り組んだのは、自前の解体処理施設を、カフェの隣に設けることだ。
Muiの近くには、山恵があるといっても、すべての個体を受け入れられるわけではない。
なかでも、アライグマやハクビシンなどの小動物は、
歩留まりが悪く(解体処理を行っても、とれる肉が少なく)、
うまく流通させる仕組みができていなかった。
店舗横に、解体処理施設ができれば、こうした小動物もより多く活用することができる。
しかも、捕獲後、なるべく素早く解体することで、肉に臭みがつくことも防げ、
よりおいしく食材を生かすことができる。
清水さんは、クラウドファンディングを活用し、資金の3分の1を集め、
2018年秋に、解体処理施設を設置。
今では、シカからアライグマ、ハクビシンなどの小動物まで、
自分でとった動物は自ら解体を行い、名古屋をはじめ、
県内外のレストランや居酒屋に出荷している。
カフェをオープンして以降、地元の小学校や高校の環境授業で、
駆除した動物たちの有効利用について話したり、
県内外からさまざまな講演の依頼を受けたりと、人と直接会って伝える機会が増えてきた。
また、カフェでも、「親子狩猟体験」やジビエ肉を使った「ピザづくり体験」など、
さまざまなイベントを開催。
実際に食べること、体験することを通じて、伝えることを大切にしている。
それと同時に、今後、力を入れていきたいと考えているのが、「育てること」だ。
猟師の現場に入り、もうひとつ実感した問題が、狩猟者の高齢化だ。
「今、巻き狩りで重要な『勢子』の役割を務めているのは、78歳のベテラン猟師。
この方が引退してしまったら、足助地区では巻き狩りができなくなってしまう。
その下の世代も、60代後半の人ばかり。次の世代を育てていく重要性を痛感しています」
そこで、昨年11月に、狩猟の魅力をさまざまな角度から発信するイベント
「狩猟の魅力まるかじりFES IN TOYOTA」を開催したところ、
県内外から200人以上が参加してくれた。
この取り組みがきっかけとなり、清水さんは仲間のハンターたちと、
NPO法人〈愛猟(あいりょう)〉を設立。狩猟者の育成に、力を入れていこうとしている。
「鳥獣による農業被害を減らしたい」、「いただいた命を無駄にしたくない」という
根本にある思いは、変わることはない。
これからも猟師として、ジビエカフェの店主として、
思いを共有する人たちの輪を少しでも広げていきたいと、清水さんは願っている。
information
山里カフェMui
住所:愛知県豊田市北小田町伯母平26
電話:090-5037-5199(圏外の場合、つながらないことがあります)
営業時間:11:00~16:00(ランチ~14:00)
※ランチは完全予約制。当日予約は行っておりません。
※冬季(12月25日~3月15日)は休業
定休日:不定休
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