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小松理虔さん
外に出たからこそわかった
「ローカルのおもしろがり方」
福島県いわき市の
ローカルアクティビストってどんな人?

PEOPLE
vol.060

posted:2019.10.28   from:福島県いわき市  genre:暮らしと移住 / 活性化と創生

PR 福島県

〈 この連載・企画は… 〉  ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。

writer profile

Maiko Yamane

山根麻衣子

やまね・まいこ●1976年、神奈川県横浜市生まれ。2014年、横浜市から福島県いわき市に移住。東日本大震災復興支援業務にあたりながらいわきで5年、2019年から双葉郡楢葉町で暮らす。 インターネットニュースメディア「いわき経済新聞」編集長。 屋号「クロスブリッジ」で、ライター業。 福島県浜通り地域(主にいわき市、双葉郡)のニュース・インタビューを発信。芥川賞作家・柳美里さんが福島県南相馬市小高区で運営する本屋「フルハウス」、演劇ユニット「青春五月党」のPRやサポートもつとめる。
https://www.foriio.com/maikoyamane

credit

撮影:中村幸稚 https://www.takanorinakamura.com/

ローカルでアクティブするってどういうことだろう?

福島県いわき市小名浜。人口も面積も福島県で一番大きいいわき市の、中心街のひとつ。
県内最大の港である小名浜港や魚市場、
県内外にファンを持つ環境水族館〈アクアマリンふくしま〉や、
最近は県内最大規模となる商業施設〈イオンモールいわき小名浜〉が
オープンしたことでも話題になった。
そんな小名浜で「ローカルアクティビスト(地域活動家)」と名乗り活動しているのが、
小松理虔(こまつ・りけん)さんだ。

海の前に立つ理虔さん

実は、いわき市で地域づくり――いわゆるまちづくり的な活動――をしている人で、
理虔さんを知らない人はほとんどいないのではないかと思われるほど、
地元では有名人だったりする。
だがおそらく、地元の人たちのなかでも、「理虔さん像」はさまざまだろう。
地元・小名浜の魚屋さんを会場にした飲み会「さかなのば」を開催している人、だったり、
東京電力福島第一原子力発電所沖まで釣り船を出し、釣りを楽しんだあと、
釣った魚の放射線量を測る活動「うみラボ」をやっている人、だったり、
はたまた、昨年2018年に出版した初の単著『新復興論』が大佛次郎論壇賞を受賞した、
なんかすごい人なんじゃないか、とか……。

福島のメディアで働いていた時に、一度ローカルに失望した

「賞を取る前と取ったあとで、全然何も変わってないんですよ」と人懐っこく笑う理虔さん。
ラジオのDJになりたかったという少し大きめの声はよく通る。
新卒で勤めた福島のテレビ局では、取材や番組制作だけでなく、
ナレーションも務めたというのも納得だ。

そのテレビ局には、大学を卒業した2003年4月から丸3年勤務したが、
その頃にローカルというものが一時期嫌になったという。

「ローカルのテレビニュースは連続性がない。地域のイベントや祭りに行って、
参加者にコメントを取ってたった1分の枠を埋めるようなことばかりをやって
何の意味があるのかと」

それでいて特権階級のように、
会社の名刺ひとつでどんな立場の人にも取材に行けるという境遇にも違和感を覚えていた。
「いくら大きな取材をしてもそれはあくまでも会社の看板。
自分の力ではないから成功体験を積めない」と感じた理虔さんはテレビ局を辞め、
なんと単身上海へ。

上海を選んだ理由は、大学時代に関心を持って中国の勉強をしていて
中国語をある程度話せたことと、日本語教師としての勤務先があったこと、
そして、特に当時の中国は、日本にはない勢いがあり、
自身の力を試すことのできる環境であったからだった。

仕事中の理虔さん

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上海での生活を経て…

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上海で感じたローカルの楽しみ方 「大変なことこそ楽しむ」

理虔さんが上海に渡った2006年は、いわゆるSNSの黎明期。
日本では、会員制交流サイトmixi(ミクシィ)やはてなブログが流行り、
個人での発信が価値を持ち始めた時期だった。
理虔さんは日本語教師をしながら、上海で自身が体験した日常や
観光ガイドには載らないような上海のコネタなどをブログやmixiで発信。
多くのフォロワーがつくように。

「一番初めに提供された住居が、日本人街ではなくて
現地の人が住むような古いアパートだったんですよ。
虫は出るし臭いし、それこそ発狂しそうなくらい。でもそれが良かった。
違いや大変なことを楽しめるようになれたんです」

文化や習慣の違いを楽しめるのは、よそから来た自分だから。
たとえば、地元の人でもあまり行かないような決してきれいとは言えない小料理屋に行って、
おいしいおいしいと現地の料理を食べる理虔さんを見た現地の人たちは、
そこまで俺らの文化を理解しようとしているんだと理虔さんへの信頼が生まれ、
地元の友人がどんどん増えてきたと言う。

話す理虔さん

「そうすると暮らしやすくなるし、ブログの内容にも厚みが出てくるし、
いいこと尽くめですよね。1年で日本語教師の職が終わろうとする時に、
お前にはちゃんと頼みたい仕事があるからって紹介されたのが、
上海の日本語情報誌の仕事でした」

ブログを通じて受け手の存在が可視化され、発信力がさらに高まっていた時期に、
取材、執筆、編集、出版までの一通りを任せられるように。
元々テレビ局勤務で身についていた基礎知識を活かし、
自分の力でメディアを最後までつくり上げ、そしてそのメディアの営業までを担った。
2年目には、100ページ以上にも及ぶ冊子の製作を任されるまでに。
また、上海で情報発信をしている日本人が少なかったこともあり、
上海進出するアーティストなど著名人の通訳も多く経験することになる。
日本では成し得なかった成功体験を、たった2年で積むことのできた上海生活だった。

高校卒業以来で戻った地元いわきは外国のようなもの

2009年、地元いわきに戻った理虔さんだが、高校卒業後すぐに東京の大学に進学、
その後のテレビ局は福島市、そして上海と約14年地元を離れていたため、
学生時代の友達などもおらず、「移住者」と同じような境遇だった。
ただ、上海で培った「ローカルを楽しめる力」と「発信力」は
どんな地域でも活かすことができると確信していた理虔さんは、
小名浜に、今回の取材の場にもなったオルタナティブスペース〈UDOK.〉と
Webマガジンをつくることは決めていた。

「地元の人に取材やインタビューをすることでコミュニティをつくっていった感じですね。
正直言うと今やってる活動って、上海でやってきたことの焼き直し的な部分も多いんです。
いわきも外国だと思えば、なんでも楽しくポジティブに捉えられます」

その取材で生まれたコミュニティを通して小さなイベントを開催し、
それを発信していくことで、また広がりやつながりが生まれていく。
実は奥さんとの出逢いは、ツイッターだった。

「もちろん共通の知り合いはいましたけど、
自分が強い思いを持ってSNSで発信したことに反応して、
その思いを汲んでもらえるともうそれで好きになっちゃうんですよね」

取材に応じる様子

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「僕が外に発信するのは、中の人を変えたいから」

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いわきの「外」に発信することで、いわきの「内側の力」を高める

理虔さんがいわきに戻って2年。いわきでのコミュニティが回り始めたころ、
2011年3月11日に、東日本大震災が発生した。
震災以降、理虔さんが心がけているのは、「大変だけど楽しむ」、
その姿を見せて、発信していくことだという。

「震災による津波、原発事故、避難、軋轢……、どう考えたって大変な状況だけれど、
だからこそ地元が楽しんでる姿を見せないと、とはじめは半ば強制的にやっていて、
あとから意味づけしていった感じでした」

ただ楽しむ、その目的でやったイベントや活動を外に発信して、思いを残すこと。
そうして初めて、そこに関わった人が可視化されて、
新しい価値が生まれる、と理虔さんは言う。

「僕が外に発信するのは、中の人を変えたいからなんです。
中の人同士でいくら言い合っても、残念ながら変わらない。それが田舎社会なんですね。
でも外に発信することによって、外の人がいわきを評価してくれることで初めて、
自分たちの町の価値、自己評価を高めることができるんです」

過去について話す理虔さん

自分の関心にひきつけられれば、どんなことでも仕事になる

最後に、ローカルアクティビストとしての生業について聞いてみた。
2019年現在、理虔さんの中で大きな仕事のひとつが、
いわき市の地域包括ケア担当とともに取り組む、
「いわきでいごいて死ぬ人たちの集いの場〈igoku(いごく)〉」。
「いごく」とはいわきの方言で「動く」という意味。
地域包括ケアや福祉の現場に、理虔さんや同世代の職員やデザイナーが出かけていき
シニア世代の方や関わる人を取材し、Webと紙媒体で発信したり、
ともに「igoku Fes」というイベントまでつくり上げている。
(「いごく」の活動は、2019年度グッドデザイン賞ベスト100に選出)

そこでの理虔さんの役割は、取材や執筆はもちろん、
そもそもの企画立案、PR、Webと紙のメディア運営など、多岐にわたり、
その一式が仕事となっている。

「介護や福祉の当事者が発信するのではなく、
いつかは老いる、まだ若い自分たちがやることで、
自分にも関わる人にも当事者性が発生するんです。
そうやって、自分なりの視点で、自分の関心に物事を引き寄せていけば、
地域にあるどんな課題も仕事につながっていくんです」

UDOK.の窓

小松理虔さんと言えば、著書『新復興論』の影響もあり、
東日本大震災の文脈で語られることが多いのだが、今回の取材では今の活動が、
震災前の原体験から脈々と息づいているものだということを強く感じることができた。
理虔さんの上海での体験や行動、またいわきに戻ってからの活動は、
これから地域で挑戦しようとする人たちにも大いに参考になるのではないだろうか。

information

map

オール福島でおもてなし、移住イベント「福島くらし&しごとフェア2019」開催!

小松理虔さんが、スペシャルトークゲストとして登場します。

ローカルなくらし&しごとに興味のある方は必聴です。

福島県内55の市町村、企業、団体が出展する“ふくしまの本気”移住イベント。

あなたに合ったふくしまぐらしを見つけてみませんか?

日時:2019年11月17日(日)11:00~17:00(最終入場:16時半)

場所:東京交通会館12F カトレアサロン(東京都千代田区有楽町2-10-1)

参加費:無料

その他:託児あり、事前申込来場特典あり、

会津木綿で作るワークショップコーナー、1F屋外広場でふくしまぐらしマルシェ同時開催

主催:福島県

問合せ:福島くらし&しごとフェア2019事務局(㈱ぱど内)

担当:高倉 

TEL:080-4632-3930 

E-mail:areainfo@pado.co.jp

詳細はこちら!

https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/fui/fair2019.html

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