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火山景観と再生した自然。
前田エマさんが感じた
三宅島の生命力。

東京宝島ピープル
vol.003

posted:2019.3.13  from:東京都三宅村  genre:旅行

sponsored by 東京都

〈 この連載・企画は… 〉  東京には人々が暮らす11の島があり、独自の風土・文化で磨かれた個性を持っている。
今回は、神津島、八丈島、三宅島、大島の魅力をフィーチャー。
知的好奇心旺盛で感性豊かなゲストピープルたちが感じた島の魅力をレポートする。

writer profile

Kanami Fujita

藤田佳奈美

ふじた・かなみ●Webデイレクター/編集/ライター。東京生まれ東京育ち、それゆえ地元トークが盛り上がらないのが悩み。『anan web』ディレクター、朝日新聞連載「1万円から始める草食投資」など。現在は『アリシー』で編集長を務める。『新潟のつかいかた』では女子旅の特集担当。Twitter

photographer profile

Kousuke Matsuki

松木宏祐

まつき・こうすけ●写真家。大阪府吹田市生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、バナナプランテーションに勤務。MOTOKO WORK SHOP2008に参加。木寺紀雄氏に師事し、独立。
ファッション、ポートレートなど幅広く活躍するなか、近年はCMやPVなどの映像作品にも参加している。地方の撮影も大好きでいろんな土地に訪れたい。
個展『群青』開催、同名の写真集『群青』出版。

credit

衣装協力:梨凛花

火山島・三宅島の今を巡る旅へ

三宅島といえば、火山を思い浮かべる人も多いだろう。
特に広く報道された2000年の噴火では、
当時、人的被害はなかったものの全島避難を余儀なくされた。
現在は2500人ほどの島民が自然と対峙しながら、平穏な暮らしを取り戻している。

三宅島では、過去噴火が繰り返され、
近年では、1940年、1962年、1983年、2000年と続き、
そのたびに、島の地形を変えている。

島そのものが“むき出しの自然”を感じさせる。

上空からの三宅島

上空から見た三宅島の様子。(提供:三宅島観光協会)

調布空港から小型機で約50分。
三宅島へ向かう上空から島を見下ろすと、
溶岩流が流下し、海岸へ張り出すように形成された岬や溶岩扇状地、
噴火により陥没した地形・カルデラの出現など、地形変化を見て取れる。

今回は、分野を問わず活躍中のモデル・前田エマさんが、
三宅島のダイナミックな自然を体感する旅に出た。

彼女もまた、飛行機の窓に張りついて、島の様子を興味深げに眺めていた。

南国のような雰囲気

冬でも湿度が高く、温暖な気候。南国のような雰囲気がある。

島に降り立つと、2月にしては15度と温暖で、
加えてヤシの木が並んでいるその様子からは想定していたより緊張感はなく、
とても穏やかな心持ちでいられた。

しかし、この後、心揺さぶる自然の脅威を目の当たりにすることになる。

“生”と“死”が混在した神秘的な〈椎取神社〉の木々が物語る、噴火の現実

空港から、三宅島自然ガイド〈mahana〉の菊地ひとみさんの案内で
椎取(しいとり)神社に向かう。

約30キロメートルの三宅島一周道路を走っていると、
のどかな風景が一変し、見たことがない光景が眼前に飛び込んできた。

白く色が抜けた木々

木々の緑と白のコントラストが目立つ。

鬱蒼とした森の中から、まるで流木のように白く色が抜けた木々が
こちらを見下ろしている。

空に伸びる白い木々

空に伸びる白い木々。思わず目を奪われる圧倒的存在感。

椎取神社はその名の通り、スダジイ(椎木の一種)の巨木が茂っており、
秋になると実が取れることからその名がついた。

鳥居の赤さより、ひと際存在感を放つ白い巨木たちは、
2000年の噴火によって立ち枯れてしまった、言わば“白骨化”したスダジイなのだという。
腐った木や枯れ木とは違って、石膏のようにしっかりと密度があって硬くなっている。

赤い鳥居は2006年に建て替えられたもので、
もともとあった拝殿と鳥居は、噴火による泥流に埋もれていた。

地面に埋もれた鳥居

鳥居の脚がすっかり埋もれている。

拝殿

拝殿も泥流に飲まれ、もう中に入ることはできない。

ここは2000年の噴火の影響を大きく受けた場所で、
人的被害はなかったものの、火山灰や火山ガス、泥流によって
植物たちは壊滅的被害を受けた。

自然ガイドの菊地さんは、当時の様子を次のように話す。

「2000年6月26日の噴火を機に山頂から噴煙を伴う噴火が発生し、
これが8月にかけて次第に活発化していきました。
8月18日には上空14000メートルまで噴煙が立ち上り、
無風だったため島内全域に降灰。

そして雨が降るとともに、山頂や山腹から泥流になってここに流れ着き、
次第に堆積していったという経緯があります。
島全体の60%近くの緑が消失したんです」

オオバヤシャブシやイタドリ、ススキ

噴火後、オオバヤシャブシやイタドリ、ススキなど生命力の強いパイオニア植物を中心に、緑の再生が始まった。

拝殿や鳥居は泥流に飲まれ、木々は立ち枯れた。
しかし、19年という歳月をかけ、緑は徐々に再生し、
白骨化した木々の根元から、新たな命が芽吹いていった。

反り出した岸壁の下に本殿が

反り出した岸壁の下に本殿が。青々とした茂みに、神秘的な空間が広がる。ひとりではなかなか立ち入らないところも巡ることができるのは、地元ガイドならでは。

これだけの被害を受けながらも、木の下部は生きている。
新しい森の形成がすでに始まっていたのだ。

「木の上部は白く白骨化しているけど、下部は白くならずに生きている。
“生”と“死”が混在した1本の木に、自然の脅威と生命力を感じます。
本殿は荘厳な雰囲気の中にあって、なんだか心が浄化されました」とエマさん。

現在は60%以上も緑は再生し、年々山頂にも緑が広がっているそうだ。
「島の人々は、その変化を見続け、たくましく著しく成長している
自然を間近に感じている」と菊地さんは話してくれた。

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学校に迫り来る溶岩流、噴火の臨場感を目の当たりに。

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1983年の噴火の臨場感が伝わってくる〈阿古小・中学校跡〉

阿古小・中学校

溶岩流をせき止めた阿古小・中学校。すっかり埋もれ、3階以上が地表に出ている。

1983年の噴火前の阿古地区は、
かつて阿古温泉郷として観光と漁業で栄えていた。

当時1300人の人々が住んでいた阿古地区は、
520世帯のうち一夜にして400世帯ほどが溶岩流に飲み込まれた。

しかし、流れてきた溶岩流は、
低温で粘性が高く、人の歩く速さほどのゆっくりと流れる溶岩だったこと、
噴火直後は混乱したものの、避難訓練を思い出して冷静沈着な避難ができたこと、
前日の運動会による振替休日で休校だったこと、
これらによって死傷者をひとりも出さなかった。

校舎の2階部分を見下ろす

溶岩流の上から校舎の2階部分を見下ろす。当時の状況が見て取れる。

遊歩道

現在は遊歩道が設置され、阿古地区集落跡を見学することができる。

当時は賑やかな温泉郷だっただけに、現在の変わりようはすさまじく、
写真のエマさんが歩いている下に、かつて家々が建ち並んでいたことを想像すると、
自然の脅威を感じざるを得ない。

「噴火前の写真を見て、たったの数時間で
景色を変えてしまう噴火のスピード感に言葉を失いました。
まるで時が止まったかのように、当時の状態がそのままに残っていて、
現実を突きつけられた気がします」(エマさん)

忘れてはならない三宅島の歴史を胸に刻む。

マグマのしぶき・スコリアで形成された巨大な〈ひょうたん山〉

ひょうたん山

ひょうたん山は火山噴出物〈スコリア〉で形成されており、小石ほどの黒い粒が山をなしている。

踏みしめると、ザクザクと軽く砕けるような触感が足の裏から伝わってくる。
スコリアの表面は、軽石のようにたくさんの空気の穴が空いていて、
それはマグマのガスが空気中に抜けた跡だという。

もともとここは海だった。
1940年の海底噴火により、一夜にしてこの山がつくり上げられたのだ。

露出している地層の断面

露出している地層の断面が赤いのは、マグマが高温だったことを物語っている。高温でつくるレンガと同じ色だと、ガイドの菊地さん。

三七山から見たひょうたん山

1962年の噴火でできた〈三七山〉から見たひょうたん山。火口付近は陥没しており、赤く染まっている。

ひょうたん山はその名の通りふたつの連なった山で形成されていたが、
海風の侵食により徐々に削り取られてしまった。

遮るものが何もない山頂は、風が強く吹きつける。

パイオニア植物のススキやイタドリ

生命力が強いパイオニア植物のススキやイタドリは、水はけの良いスコリア大地でもぐんぐん育つ。

「地層の断面に見る、
鮮やかな赤と黒のコントラストは目を引くものがありました。
見渡す限り空と海とスコリア……開放的でこの土地のパワーを
強く感じました。母なる大地!」
とエマさんも海底火山からみなぎるエネルギーに興奮気味だった。

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赤い地層と曲線美に、思わず目を奪われる。

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赤い地層がそそり立つ、〈新鼻新山〉へ

新鼻新山

黒い砂漠のような光景

黒い砂漠のような光景が広がる新鼻新山。

1983年の噴火で、たったひと晩で形成された
スコリア丘・新鼻新山(にっぱなしんざん)。
あたり一面、スコリアで埋め尽くされており、
漆黒の海岸線が広がるその空間は、どこか異国を感じさせる。

写真奥に映る崖は、海から吹き荒れる波や風で浸食されてできたもの。
断面の地層が赤く染まっているのは、酸化した鉄分。

「まるでアート作品のよう。まち中に出没する
大規模な芸術祭を巡っているような感じがします」

と、エマさんが語るように、
シンプルな曲線だが、空に輪郭がはっきりと浮き出ていて、
洗練された美しさがここにはある。

関東近郊では珍しい、天然の照葉樹林が広がる〈大路池〉(たいろいけ)

大路池

太宰治も訪れたという大路池。桟橋の先で佇むと、鳥のさえずりと静かに揺れる波音に、思わず癒される。

大路池は、約2500年前の噴火で空いた火口にできた淡水湖だ。
渡り鳥の休憩スポットで、絶滅が危惧されている日本固有の鳥〈アカコッコ〉も
4〜6月頃活発に鳴き始めるという。

“日本一のさえずりスポット”と呼ばれているので、
鳥の賑やかな鳴き声に耳をすましたい。

大路池周辺の照葉樹林の森

立ち枯れた木々もなく、噴火の影響を感じない緑豊かな場所。

また、周辺はスダジイとタブノキからなる照葉樹林の森が囲む。
植物の種類や構造が安定し、大きく変化しなくなった森林、
すなわち成長が最終段階に達した森林を「極相林」と呼ぶが、
ここも人の手が介入せずにこれだけの規模で残っているのは大変貴重である。

「同じ三宅島の中でも、訪れる場所によって景色が全然違う。
ここは椎取神社の森とは違って驚きました」とエマさん。

三宅島の自然はたくさんの表情を持っており、
そして、どの場所も自然の強さを感じずにはいられない。

噴火のたびに一からたくましく育つ自然の生命力を全身で浴びて、
自然の摂理を感じるとともに、なんだかパワーをもらった気がする。
地球で生きているということを実感できる。

三宅島の観光としては、夏のマリンスポーツや釣りなども魅力的だが、
季節問わず体験できる、三宅の自然も唯一無二の観光コンテンツとなっている。

エマさん、自然ガイド・菊地さんとともに巡る三宅島で感じたのは、
土から、地球から離れて生きていくことはできない、
私たちも自然の中で生きている、ということ。

三宅島の“むき出しの自然”と対峙することで、
あらためて自然の魅力を実感してほしい。

information

三宅島観光協会(自然ガイド)

陸や海でのアクティビティをはじめ、三宅島での「泊まる」「食べる、買う」「見る」など、三宅島を楽しむ観光情報はこちらから。今回、案内いただいた現地ガイドの「自然ガイド」の予約・お問い合わせもこちらから。

Web:三宅島観光協会

profile

HITOMI KIKUCHI 
菊地ひとみ

三宅島自然ガイド。2010年、陸のガイド専門ショップである〈三宅島Nature Tour mahana〉を立ち上げ、専属ガイドとして三宅島の陸の魅力を伝える活動をしている。

Web:三宅島Nature Tour mahana

profile

EMA MAEDA 
前田エマ

モデル。1992年神奈川県生れ。東京造形大学卒業。オーストリア・ウィーン芸術アカデミーへの留学経験を持ち、その感性を生かしたエッセイや朗読など、多岐にわたり活躍。OZ magazineで連載「夜のよりみち あしたのワンピース」を持つ。ラジオ・東京FM『NAGOMI Setouchi』にて、瀬戸内国際芸術のスペシャルナビゲーターとして出演中。

information

東京宝島

東京都では、東京の島々が持つすばらしい景観や特産品、文化などの地域資源を磨き上げ、高付加価値化を図ることで、東京の島しょ地域のブランド化を目指す東京宝島事業に取り組んでいます。東京宝島の詳細は、公式ホームページにて。

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