お米を“天日干し”する理由とは?
稲刈りと、お米にまつわる小話

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

青々とした稲が黄色くなり、稲穂が垂れる頃。
ここ福岡県糸島は、稲刈りの季節になりました!

いとしまシェアハウスでは4年前から、
まちの人や企業さんたちと一緒にお米を育てる「棚田オーナー制度」を行っています。

黄金色に実った稲穂の前で、大勢の棚田オーナーと記念撮影の写真

オーナーさんたちと稲刈り。

オーナーさんは

・田舎に移住しなくても棚田に自分の田んぼが持てて

・お米が育つまでのプロセスを体験でき

・さらに自分が育てた棚田米を食べられる!

という里山体験プロジェクト。

日々の草刈りや水の管理などはシェアハウス住人や集落の人たちが行うので、
忙しい人でも気軽に参加できる仕組みです。

棚田オーナー制度の詳細は、コロカルの過去記事でどうぞ! 

高齢化が進む私たちの集落で、
棚田を耕作放棄地にしないよう生み出されたプロジェクトですが、
参加者からは「知らなかったお米の豆知識が体験しながら学べる」と好評です。

今回は、オーナーさんから質問の多かった“お米”にまつわる小話を紹介します。

稲穂の寄り写真

収穫を待つ稲。

お米を干す理由って?

「なんでお米を干すんですか?」
今年初めてオーナーになってくださった方から、素朴な質問をいただきました。
諸説ありますが、我が家で天日干しをする理由は大きく3つ。

(1)お米の水分が多いとカビや虫がつき、梅雨を越せない

主食のお米を1年間保存するとなると、水分をしっかりと抜く必要があります。
収穫したてのお米は水分量20%程度ですが、乾燥させて15%程度まで減らします。

熟練のご近所さんたちは「お米をかじって、カリッとしたらいいけん!」
と教えてくれたのですが
夫はその感覚を習得するまでに5年くらいかかったそうです。

女の子がはざに束ねた稲穂を掛ける様子

子どもたちも積極的に稲刈りをします。

(2)お米を干している間に、稲藁の栄養が実に移る

稲刈りをしたら、稲を束ねて縛り、竹で組んだ「はざ」にかけて
数週間日光や風に当てて乾燥させます。

じつは、刈られてもまだ稲にはエネルギーが残っています。
稲は最後の力を振り絞り、エネルギーを次の世代に託そうと
藁の栄養を実に移していくのだそうです。
こうして天日干しの間にお米が熟成され、おいしいお米になるのです。

これについての科学的な論文は見つけられませんでしたが、
地域ではずっと昔からいい伝えられてきた手法です。

(3)ゆっくりと乾燥させることで、お米の旨みや栄養素を壊さずに収穫できる

高温で一度に乾燥させる機械乾燥方式は効率がよく、
お米を均一に乾燥させるメリットがあります。
ですが、急速乾燥の影響でお米の風味が落ちてしまうともいわれています。

一方、天日干しはお米にストレスを与えずゆっくりと乾燥させるので、
旨みがギュッと詰まったお米になります。

長野県や福島県の研究者の論文によると、
おいしさを数値化できる味度メーターなどを使用して両者を比較したところ、
光沢・口当り・粘りなどにおいて、天日干しのほうがすぐれている
という結果も出ています。

機会があれば、機械乾燥と天日干しのお米を
食べ比べてみるとおもしろいかもしれません。

稲狩りが終わった田んぼで、天日干しされる稲の写真

天日干しされる稲。

美流渡での『MAYA MAXX展』。
小さな集落に多くの来場者が訪れた、
その理由とは?

駐車場が満杯、予想外のにぎわいに驚いて

10月3日、『みんなとMAYA MAXX展』と『みる・とーぶ展』が、
2年前に閉校した美流渡(みると)中学校を舞台に始まった。

『みんなとMAYA MAXX展』は、昨年夏に東京から美流渡地区へ移住した、
画家・MAYA MAXXさんが、閉校した校舎の窓に打ち付けられた
無数の板に描いた絵を、みなさんに見てもらう機会となった。
また、2021年に描いた新作と、この夏、福岡アジア美術館で描いた
全長70メートルにもなるダンボールに描かれた作品も校舎に展示された。

1階の廊下にはMAYAさんが描いた『縄文の草』を展示。この夏、福岡アジア美術館で開催された『おいでよ! 絵本ミュージアム』で制作された作品を展示した。

1階の廊下にはMAYAさんが描いた『縄文の草』を展示。この夏、福岡アジア美術館で開催された『おいでよ! 絵本ミュージアム』で制作された作品を展示した。

3階の教室に壁を立て、絵が展示できるギャラリーとした。MAYAさんが美流渡で描いた新作を2室に展開。

3階の教室に壁を立て、絵が展示できるギャラリーとした。MAYAさんが美流渡で描いた新作を2室に展開。

これまで動物や植物などを連想させる形を描くことが多かったが、美流渡に移住して不定形の色があふれ出した。

これまで動物や植物などを連想させる形を描くことが多かったが、美流渡に移住して不定形の色があふれ出した。

同時開催となった『みる・とーぶ展』は、教室の1室を使い、
地域でものづくりの活動を続ける7組の移住者の家具や器、ハーブティーなど、
さまざまな商品を並べる場となった。

理科室の机を利用した、みる・とーぶの展示コーナー。

理科室の机を利用した、みる・とーぶの展示コーナー。

一昨年、この地に移住した陶芸家・こむろしずかさんの作品。

一昨年、この地に移住した陶芸家・こむろしずかさんの作品。

自らの農作業や薪割りの姿をデザインした〈Out Works Zootj〉。

自らの農作業や薪割りの姿をデザインした〈Out Works Zootj〉。

初日、10時に扉を開けると、ひとり、またひとりと来場者が現れた。
人の流れは途切れずに、ついには中学校の駐車場が満車になってしまった。
札幌から車で1時間半ほどと、道内ではそれほどアクセスは悪くはないものの、
予想を超える出足だった。
スリッパを補充したり、アルコール消毒液を追加したりと対応に追われた。

『みる・とーぶ展』の会場も、終日賑わった。
この日、接客に立ったのは、木工作家〈遊木童〉の五十嵐茂さんと、
ハーブティーをつくっている〈麻の実堂〉の笠原麻実さん。
お昼もそこそこに、ふたりはずっと商品の説明をしてくれて、
遊木童のスツールは午前中で完売。
麻の実堂の在庫も、ほとんどが品薄になってしまう事態に。

さまざまな樹種を組み合わせたスツールが完売。慌てて在庫を補充することに。

さまざまな樹種を組み合わせたスツールが完売。慌てて在庫を補充することに。

あっという間に閉館の16時を迎え、来場者は130名にもなっていた。
『みる・とーぶ展』は、この4年間、札幌などで会場を借りて開催してきたのだが、
それとは比べ物にならないほど好調な売り上げとなった。

美流渡は人口わずか350人の小さな集落。
これまでは自分たちが外に出向いて発信していたが、
地元にこんなにも人が来てくれることに勇気づけられた。

「まったく疲れを感じなかった。
一日中、いろんな人とお話しするのが楽しくて楽しくて」

麻の実堂の笠原さんは興奮気味にそう話した。
ハーブティーのお店としてイベントに出店するのはこれが初めて。
試飲をすると、みなさんそのおいしさに感動して買ってくれ、
大きな手応えを感じたという。

麻の実堂の笠原さんは、ハーブティーのパックを販売するだけでなく、イベント期間中にお茶を振る舞うスタンドを初オープン。

麻の実堂の笠原さんは、ハーブティーのパックを販売するだけでなく、イベント期間中にお茶を振る舞うスタンドを初オープン。

小豆島移住10年目。
思い描いた島暮らしは実現した?

そもそも、なぜ移住してきたのか

今年の秋は突然やってきました。
つい数日前まではTシャツ短パンで過ごしていたのに、急に温度がさがって、
ストーブ出さなきゃ、毛布干さなきゃ、フリースどこだっけ? と急いで冬支度。
あらま、もう秋を通り越して、冬? くらいの勢いです。
そんな10月の小豆島。

セイタカアワダチソウの黄色い花、すすきの黄金色の穂、ちょっと茶色っぽい緑色の山、やさしい水色の空。穏やかな秋の里山の風景。

セイタカアワダチソウの黄色い花、すすきの黄金色の穂、ちょっと茶色っぽい緑色の山、やさしい水色の空。穏やかな秋の里山の風景。

少しずつ採れ始めた冬野菜。間引いた「紅くるり大根」。

少しずつ採れ始めた冬野菜。間引いた「紅くるり大根」。

私たち三村家は、2012年10月31日に小豆島に引っ越してきました。
名古屋でも古い一軒家で暮らしていたのですが、
前日の朝まで徹夜で荷物を詰め込んで、掃除して、
次にその家で暮らす人たちに鍵を渡して。
荷物は引っ越し屋さんが大きなトラックで運んでくれて、
私たちは深夜便のジャンボフェリーに乗って神戸から小豆島へ。

いまどき「ものを持たない暮らし」がかっこいいとされていたりしますが、
私たちは愛する本やおもちゃ、家具を手放せず、丸ごと運んできた感じでした。
三村家の大移動(笑)。

小豆島に移住してきた当時、5歳だったいろは(娘)。引っ越し荷物の梱包。

小豆島に移住してきた当時、5歳だったいろは(娘)。引っ越し荷物の梱包。

名古屋で暮らしていた家。古い一軒家でした。掃除をして、次にここで暮らす人へ受け渡し。

名古屋で暮らしていた家。古い一軒家でした。掃除をして、次にここで暮らす人へ受け渡し。

9年前の私たち。名古屋の家の庭で。ここでほんの少しだけ野菜を育てたりもしていました。

9年前の私たち。名古屋の家の庭で。ここでほんの少しだけ野菜を育てたりもしていました。

そんな大移動から9年。
今年の10月31日から10年目の小豆島暮らしが始まります。

さて、そもそもどうして私たちは小豆島に引っ越してきたのか。
この小豆島日記でも何度も書いてきました。
記念すべき連載1回目「小豆島日記 vol.001 小豆島の里山から」には、

消費するために働いてお金を稼ぐ、そういう生き方じゃなくて、
生きること自体を働くことにしよう。
暮らしに必要なものを自分たちの手でつくる時間、
ごはんを家族そろって食べる時間を持とう。

と書いています。

2012年10月31日、私たちが小豆島に引っ越してきた日の朝。ジャンボフェリーから。

2012年10月31日、私たちが小豆島に引っ越してきた日の朝。ジャンボフェリーから。

引っ越してきてから数日後。祖父の家を片づけ、計測し図面を作成。リノベーションを開始する準備。

引っ越してきてから数日後。祖父の家を片づけ、計測し図面を作成。リノベーションを開始する準備。

米づくり4年目の稲刈り!
手刈りと天日干し、今年はうまくいく?

手刈りは大変だけど、楽しい!

伊豆下田に移住してから、自分たちが食べるお米をつくり始めて
4年目の津留崎さん一家。
今年も稲刈りの季節がやってきました。
手植え、手刈り、天日干しがすべてできたのは1年目だけ。
今年は手植えはできましたが、手刈りと天日干しは
果たしてうまくいったのでしょうか…?

究極の移動マイルームが完成! 〈BESS〉の〈IMAGO〉を引っ張れば 好きな自然や景色を選べる

あなたの暮らしを自由に持ちだすことができる「部屋」

もし、あなたが部屋を自由に持ちだすことができたら? 
ドラえもんの話ではありません。
ログハウスで有名な住宅メーカー〈BESS〉が新たに発売する
〈IMAGO iter(イーテル)〉と〈IMAGO X〉は、
車でけん引することで自由に動かすことができる部屋なんです。

キャンピングカーが、車に「住環境を追加」されたものであるのに対して、
IMAGOシリーズは部屋そのもの。
まさに“旅する部屋”といえます。

〈IMAGO iter〉幌屋根タイプの内観。

〈IMAGO iter〉幌屋根タイプの内観。

使用方法考えると、無限に想像が広がります。
例えば、普段は自宅の庭など敷地に置いて仕事部屋として利用する。
お出かけのときにけん引していけば、
あっという間にどこでも仕事場が出現しワーケーションが完成。

また、のんびりできる趣味のもの、本やローチェア、
シングルバーナーとチタンカップにコーヒー豆など常備しておけば、
旅先で気に入った景色を眺めながら、そこをリラックス空間にすることも可能です。

小屋という物質的な移動だけでなく、
自分の部屋=暮らしを移動するということに、本物の自由を感じます。
最初は趣味の部屋だったのに、だんだんこっちが本邸になってしまうかも!
そんなことを夢想してしまうほど、ワクワクが止まらない商品です。

古材・廃材で古民家リノベーション!
「床張り」を失敗しないDIYのコツと
ビフォー&アフターをご紹介

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

今回のテーマは、みんなが憧れる(?)古民家リノベーション。
リノベするのは、我が家の畳の和室です。

別の場所に保管していた畳が雨漏りで腐ってしまったので、
強度を上げる&部屋をいい感じにするため、
畳下地の上にさらに板を張り、フローリングにすることにしました。

畳の和室に木材を並べて、仕上がりをイメージする風景

切った木材を並べて、仕上がりをなんとなくイメージしていきます。

材料には、使われなくなった古材や、
解体をお手伝いしたときにもらった廃材などを使用します。

壁や天井のリノベーションに比べて、
“部屋の中で目に入る面積”が広いため、ガラリと印象が変わるのが床張り。
どんな部屋になるのか、ビフォー&アフターをどうぞお楽しみに。

床にねじを打ち付ける男性の写真

リノベ初体験のシェアメイト・こうじくん。

さて。私たちの住む家は築80年以上の古民家。
移住して9年目になりますが、壊れた場所は1か所や2か所ではありません。
台風が来ては窓が割れ、瓦が吹っ飛び、大雨が来ては雨漏りし、湿気で床板が弱り……
そのたびに、みんなで修理しながらここまで住み続けてきました。

今では、家の弱った部分を修復するため、月に2回「DIYの日」を決めて、
シェアメイトのみんなで家の手入れをしています。
この床張りも「DIYの日」を使って、合計2日で仕上げました。

料理家・細川亜衣
外から来たからこそ気づく
熊本の“特別なもの”を大切にしたい

人も植物も動物も、同じ立場で生きている

結婚を機に、生まれ育った東京から熊本へと移住し、
住まいのある泰勝寺を拠点に
料理教室や料理会などを行っている料理家の細川亜衣さん。

泰勝寺は、肥後国熊本藩主・細川家の菩提寺として
江戸時代初期に創建された寺院で、今はお寺としての機能はなく、
「泰勝寺跡」として知られる。
細川さんが暮らしている家は、その泰勝寺の元僧坊。
料理教室などを行っているアトリエ〈taishoji〉は、寺の待ち合い所だった建物で
住まいは2013年に、〈taishoji〉の厨房と食堂は16年に、
古い建物を生かしながら改装した。

〈taishoji〉の食堂から見た庭

〈taishoji〉の食堂からも庭の緑が見通せる。

熊本に暮らして12年。料理を通してこの地の魅力を
県内外に発信する活動も行ってきた細川さんだが、
「移住するまで、熊本のことは何も知らず、
暮らしながらこの場所のことを知り、惹かれていった」のだという。
細川さんが最初に好きになったのは、ここ泰勝寺の自然だ。

「引っ越してきて一番感動したのは、
庭でとれるものの豊かさでした」

庭のスダチは移住してすぐ植えたもの。

夏の終わりに収穫の時期を迎えるスダチ。移住してすぐ庭の一角に植えた果樹のひとつ。

庭の緑は、深く、濃い。
瑞々しい苔の新芽から桜の老木まで、いくつもの命と時間が折り重なり、
その深く濃い緑のグラデーションをつくっている。
自宅の周りには、昔からある梅の木や栗の木、
住み始めてから植えたスモモやスダチなど、たくさんの果樹があり、
季節ごとに実をつける。

雨上がりの泰勝寺の敷地内

泰勝寺の敷地内。雨のあとには、緑が一層濃く感じる。

「梅雨入り前は梅、梅雨が明けたらスモモやブルーベリー……
庭なので、人工的なものではあるのですが、
若葉が芽吹き、花が咲き実をつけ、枯れてまた芽吹くという
自然のサイクルに励まされることもあります」

豊かな実りを享受し、庭で長い時間を過ごすうち、細川さんのなかに
人も植物も、そして動物も、この場所を借りて生きている
同じ立場の存在なんだ、という意識が強く芽生えたという。

「庭の木々は、私よりもずっと長生きで、
その長さに比べれば、私はほんのいっとき、
ここにいさせてもらっているだけなんですよね。
庭には、猪や猿や野ウサギもいたりして、
そのへんを歩いている動物に会うと、
お互い、この土地を借りて暮らしていることに
変わりはないんだよな、と思うんです。
みんなが同じ立場で共存している。
そういう気持ちを抱かせてくれることが、
ここを心地よいと思う一番の理由かもしれません」

まずは相談してみよう。 国内最大級の移住マッチングイベントを 東京国際フォーラムで開催

全国200以上の自治体・団体が、東京・有楽町に集合

全国の自治体と連携して移住を支援する〈認定NPO法人ふるさと回帰支援センター〉が、
10月17日(日)有楽町・国際フォーラムにて、
国内最大級の移住マッチングイベント〈第17回ふるさと回帰フェア2021〉を開催します。
北海道から沖縄まで、全国の200以上の自治体・団体が
一堂に会する移住相談コーナーを設置。
住まい、仕事、子育てなど移住に関わるさまざまな相談に対応します。

10月17日(日)有楽町・国際フォーラムにて、移住マッチングイベント〈第17回ふるさと回帰フェア2021〉が開催される。

リモートワークなど多様な働き方が可能になった今、
「移住」という生き方を選択する人が増えています。
また、仕事での都心との関わりは切り離さずに、理想の住環境を求めて拠点を増やす人も。
しかし、いざ移住を考えるとき、暮らし、住まい、仕事など、
何から準備すればよいかわからないことが多いものです。
例えば、交通の便や病院までの距離、教育環境などの大事な要素は
先立って知っておきたいもの。

そこで、〈ふるさと回帰フェア2021〉では、全国から集まった自治体の移住担当者に、
直接対面で相談することができます。
これまで知らなかった町や村の魅力に触れ、
移住への一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

小豆島の本屋〈TUG BOOKS〉
本と出合える場所を島につくる

本を味わえる場所がなければ、つくればいい!

小豆島で暮らしていて思うことのひとつに、
「島におもしろい本屋さんがあるといいなぁ」というのがあります。

もともと私は本が好きで、名古屋で暮らしていたときは、
ちょっと空き時間があれば本屋に立ち寄っていました。
大学の建築学科時代には、卒業設計で図書館を設計して、
論文も図書館について書いたくらいです(笑)。

といっても、無類の読書好きというわけでは全然なくて、
ふらっと本屋さんに寄って、何かおもしろい本ないかなぁ、
新しい雑誌出たかなぁといろいろ見るのが楽しくて、
おもしろそうな本があれば買ってカフェで読んだり、電車の中で読んだり。
本というもの、本がある空間、本を読む時間、そういうのが好きなんだと思います。

わが家の本棚。大学生の頃くらいから約20年分の本や雑誌、漫画が並んでます。

わが家の本棚。大学生の頃くらいから約20年分の本や雑誌、漫画が並んでます。

まちにはふらっと立ち寄れる本屋さんがたくさんあります。
あらゆる本が揃っている大きな本屋さんから専門書店、
独自セレクトの小さな本屋さんまで、本に出合う機会がたくさんありました。

ですが、島で暮らすようになってからは、
ぐっと本や雑誌を読む時間が減ってしまいました。
移住したばかりの頃は、そもそも現実の世界に
いままで触れたことのないような生活や文化があって、
本を読むよりも現実から得られる情報がいっぱいで、
それで満たされていたような気がします。

それと、島での暮らしは車での移動がメインなので、
電車での移動時間とか何かの待ち時間みたいな隙間時間がほとんどなく、
ちょっと本を読もうという時間がなくなってしまいました。

島には立派な公立図書館があります。いろは(娘)が小さい頃はよく一緒に図書館に行って本を読んだり借りたりしてました。

島には立派な公立図書館があります。いろは(娘)が小さい頃はよく一緒に図書館に行って本を読んだり借りたりしてました。

そして、島には本屋が少ない! 
昔からあるまちの小さな本屋さんや、大手書店チェーンが数軒ありますが、
いずれも並んでいるのは話題の新刊本や雑誌、漫画などがメイン。
本とのはっとするような出合いはほとんどないかなぁ。
それでも本屋さんがあるだけでもありがたいのですが。

そんな小豆島に2019年に引っ越してきたのが、田山直樹くん。
なんと〈TUG BOOKS(タグブックス)〉という本屋を
2022年春頃に小豆島でオープン予定で、いままさに準備を進めています。

〈HOMEMAKERS〉でのブックイベント。〈TUG BOOKS〉の田山直樹くん(写真右)と。

〈HOMEMAKERS〉でのブックイベント。〈TUG BOOKS〉の田山直樹くん(写真右)と。

「書物の海の水先案内」のような存在の本屋を目指して。

「書物の海の水先案内」のような存在の本屋を目指して。

家族でDIYリノベの家づくり。
慣れない作業に妻も参戦!

果たして今年中に終わるのか…?

伊豆下田の古い家を購入し、
セルフリノベーションを進めている津留崎さん一家。
これまではほぼ夫にまかせきりでしたが、ついに妻も手伝うように。
どんな作業をしているのでしょう?
そして、家族で家づくりをしながら感じたこととは。

古墳だけではありません。
料理人・野村友里が
宮崎県西都市の魅力を体感!

イベント参加のため、西都市へ

「食」を通じ、都市とローカルをつなぐ活動を続ける
料理人・野村友里さんが、宮崎県西都市(さいとし)を訪問。
同市では、今年8月から、
〈西都はじめるPROJECT〉という試みが始動していて、
その移住オンラインイベントに
スペシャルゲストとして参加するためだ。

野村さんにとって、初めての西都市。
いったいどんな土地で、プロジェクトはどんなものなのか。
期待を胸に、駆け足の旅がスタートした。

台風が過ぎた後の宮崎県の青空

台風一過の晴天とツバメが、野村さんを出迎えてくれた。

9月某日の宮崎は、台風一過の晴天で、暑さも真夏へと逆戻り。
ヤシ科の植物が連なる景色に、一気に南国ムードへと誘われるなか、
一路、西都市を目指す。

宮崎空港から車で約50分、宮崎市の市街地からも約40分と、
交通の利便性が高い一方で、手つかずの自然、
いにしえの文化の跡が残る土地。
大小300基以上の古墳が点在する西都原(さいとばる)古墳群は、
国の特別史跡に指定されている。

西都市には大小多くの古墳が点在

東西2.6キロ、南北4.2キロの広範囲に、300基以上の古墳が。市内を車で移動すると、おのずとあちこちで目にすることに。

〈西都はじめるPROJECT〉は、
市が進める移住・定住支援プロジェクト。
豊かな自然を生かしたユニークなワーク&ライフスタイルを発信し、
新しい暮らしや仕事などを”はじめる人”たちを支援。
移住はもちろん、起業や就農、子育てやコミュニティづくりのための、
多くのサポートプログラムが用意されている。
地方への移住者や2拠点生活者の友人を多く持つ野村さんも、
この取り組みに興味津々だ。

閉校した校舎で、移住者による展覧会。
暮らしのなかから生まれた作品の数々

ハーブティーのお店や古本屋さんが加わって

2年前に閉校した岩見沢市の美流渡(みると)中学校で、いよいよ展覧会が始まる。
ひとつは、校舎全体をキャンバスのようにして絵を描き、
教室に作品を展示した『みんなとMAYA MAXX展』
そして、もうひとつは、理科室を使って行われる『みる・とーぶ展』だ。

今回は、この『みる・とーぶ展』について書いてみたい。
〈みる・とーぶ〉とは、岩見沢市の山間一帯をPRするプロジェクトで、
2016年から活動が始まっている。
私が代表を務めていて、地域の人々の似顔絵を集めた
「みる・とーぶマップ」の制作とともに、札幌や東京、関西などで、
地域の作家のみなさんと一緒に毎年展覧会を開催してきた。

いままでの『みる・とーぶ展』は、地域の外に発信しようと考えて、
こちらから出かけていたのだが、今回初めて地元での開催となる。

2017年に札幌市資料館で初めて開催した『みる・とーぶ展』。

2017年に札幌市資料館で初めて開催した『みる・とーぶ展』。

5年間、展覧会を開催してきて、メンバーはますます多様になった。
初回からずっと参加をしているのは、
上美流渡地区で花のアトリエを営む〈カンガルーファクトリー〉
木工作品を発表する〈遊木童〉
そして私が行っている出版活動〈森の出版社ミチクル〉も本の販売を続けている。

さまざまな樹種の木を組み合わせた〈遊木童〉の木のおもちゃ。(撮影:佐々木育弥)

さまざまな樹種の木を組み合わせた〈遊木童〉の木のおもちゃ。(撮影:佐々木育弥)

翌年には、美流渡にたった1軒のカフェ〈コーローカフェ〉でコーヒーを淹れる
新田洵司さんが立ち上げたブランド〈Out Works Zootj〉が加わり、
3年目には、この地域に移住してきたアフリカ太鼓の奏者であり、
マクラメ編みのアクセサリーも手がける〈らんだ屋〉
陶芸家のこむろしずかさんが参加。

アクセサリーを制作する〈らんだ屋〉は、メキシコなどを旅するなかでマクラメ編みを身につけた。

アクセサリーを制作する〈らんだ屋〉は、メキシコなどを旅するなかでマクラメ編みを身につけた。

そして今回、万字地区に新しくオープンしたハーブティーのお店〈麻の実堂〉と、
美流渡にある古本屋〈つきに文庫〉が登場することとなった。

万字地区に移住した笠原麻実さんが始めたハーブティーのお店〈麻の実堂〉。

万字地区に移住した笠原麻実さんが始めたハーブティーのお店〈麻の実堂〉

住まい手が自ら進める家づくり。
建築家集団〈HandiHouse project〉は
「家づくりを楽しむ文化」をつくる

ローカルでの暮らしを考えるうえで、一番の懸念事項とも言えるのが「住まい選び」だ。
賃貸にするのか、思い切って戸建てを購入するのか、選択肢はさまざまだが
空き家を活用するなど、セルフリノベーションをして
自分の思い描く理想の家と暮らしを手に入れようと考えている人も多いだろう。

では、自らの力だけで、リノベがうまくいくのだろうか。
リノベのやり方を教えてくれるところなんて聞いたことがないし、
大工や建築家の知り合いもいない。

そんなときに、住まい手のサポートをしてくれるのが、
〈HandiHouse project(ハンディハウスプロジェクト)〉だ。
専門家たちとともに、住まい手が中心となった「家づくり」を
広めようとしている21人の若手建築集団で、
日本全国を舞台にさまざまなプロジェクトを推進している。
そんな彼らが掲げているビジョンが「家づくりを楽しむ文化」を醸成することだ。

〈HandiHouse project〉の事務所。〈Handi Labo〉もプロジェクトのひとつで、参加者で家づくりを実践したり、工作を行うコミュニティをつくっている。

〈HandiHouse project〉の事務所。〈Handi Labo〉もプロジェクトのひとつで、参加者で家づくりを実践したり、工作を行うコミュニティをつくっている。

“家づくり”をすることで、家への理解が深まる

神奈川県・鶴見市。東急東横線の綱島駅から車で10分ほどの
「駒岡」という地区にある大きな倉庫が〈HandiHouse project〉の事務所だ。といっても、
21人のメンバーの多くは個人事業主でもあり、
プロジェクトごとにチームを組んで活動しているので、
ここは〈HandiHouse project〉という活動母体のコアと
言ったほうが正しいのかもしれない。

事務所の倉庫部。さまざまなプロジェクトを実践した形跡が残されている。

事務所の倉庫部。さまざまなプロジェクトを実践した形跡が残されている。

彼らは、それぞれ別々の下積み時代を送っていたのだが、
建築家としてのキャリアを積む過程で生まれた日本の住宅事情に対する疑問が、
〈HandiHouse project〉として団結し、同じ方向に向かって歩むこととなった。

「家づくりって、営業、設計、施工、大工さんと、登場人物が多すぎる。
だから住まい手は、誰に思いを託したらいいのかわからなくなっちゃうんですよね。
まずはそこを取っ払って、設計の段階から施主さんを徹底的に巻き込む。
ここがほかとはまったく違うところだと思います」

発起人である中田裕一さん(左)と加藤渓一さん(右)。

発起人である中田裕一さん(左)と加藤渓一さん(右)。

と語るのは、発起人のひとりである加藤渓一さん。
人は、お金を出して買った瞬間、それを「モノ」として扱ってしまう。
特に家においては、誰がどうつくっているか、何でできているのかというところは
一切わからないまま、完成した家に何の疑問も持たずに住むことになる。
それでいて、住み始めてから初めて気がつくちょっとした傷や汚れには敏感だ。
家を「モノ」にしないために、〈HandiHouse project〉では、
家づくりを通して施主の意識を変えていくということをひとつのゴールにしている。

「家って完成したらそこで終わりで、
なんとなくもう触っちゃいけないというイメージがありませんか?
僕たちとしては完成がゴールではなくて、住み始めがスタート。
施工の過程で 『家をつくる』ということに対して理解が深まっていくと、
住み始めてからも能動的に手を加え続けるようになるんです。
自分たちでつけてしまった傷や汚れも、思い出として受容するようになる。
そうすると、家の価値って下がらずに、どんどんと魅力が増していく。
僕たちはそこを目指しています」(加藤さん) 

結成当時の様子。家づくりを楽しんでいるこの写真はHPに掲載されている印象的なカット。

結成当時の様子。家づくりを楽しんでいるこの写真はHPに掲載されている印象的なカット。

彼らの出会いは2009年。

初期メンバー4人のうちの中田裕一さんと坂田裕貴さんが、ちょうど独立を考えていた時期。
渋谷のハロウィンパーティーで偶然知り合い、意気投合。
「設計・施工という過程のなかに施主を
完全に組み込んでしまうって、おもしろくない!?」と、
その場でチームの基盤ができた。
それから、それぞれの友人を誘ったのが〈HandiHouse project〉のはじまりだ。

「お互い仮装していたんで、素顔は全然見えない状況でした(笑)。
でも、考えは同じでした。家づくりに施主が参加するということが、
日本人の住宅に対するリテラシーを向上させていくと、
あのときから本気で考えていましたね」(中田さん)

「多くの人は、家がどんな手順で、どんな材からできているかを知らないんです。
もちろん学校でも教えてもらえないですし、社会に出ても知るきっかけがない。
家を買うタイミングで初めて調べ始める。それじゃ遅いんです。
あれよあれよという間に完成してしまう。
僕らの仕事は、家づくりに対して興味を持ってもらうきっかけをつくってあげること。
その本質は、『住まいに対するリテラシーの醸成』なんです」(加藤さん)

DIYできる賃貸〈アパートキタノ〉。住まい手が自由にカスタムできる工夫が詰まっている。

DIYできる賃貸〈アパートキタノ〉。住まい手が自由にカスタムできる工夫が詰まっている。

自治体だけの仕事じゃない
「わたしのまちのPR」

今月のテーマ 「わたしのまちのPR」

今や、まちの特色をアピールするのは
自治体だけにとどまりません。
そのまちに住む個人や有志のグループが集まり、
イベント開催、動画配信などを行っていることが増えてきました。

今回はそんなまちのPRについて
〈地域おこし協力隊〉のみなさんに教えてもらいました。

オンライン、オフライン、さまざまなかたちでPRされる
まちの特色をぜひご覧ください。

【秋田県にかほ市】
まちの特産物と文化をモチーフにしたMV

秋田県にかほ市には、
地元の人たちでつくり上げたミュージックビデオがあります。

数年前、にかほの風景を描いた楽曲を
つくってくれたミュージシャンがいました。
その曲のタイトルは『いちじく忘れない』。

にかほ市の特産物であるいちじくと、
それを甘露煮という保存食にして贈り合うという
まちの文化がモチーフになった曲。
歌詞にはにかほの美しい風景や日常が描かれていて、
にかほの魅力が詰まったすてきな歌です。

その曲のミュージックビデオがつくれないか? という
地元から生まれたアイデアがかたちになった動画です。
プロの振付家、カメラマンと地域の人たちが協力し合い、
半年ほどの月日をかけて完成しました。

「地元があらためて好きになった」などと涙を流すがいるほど、
思いの込もったミュージックビデオになりました。
地域を楽しい場所にするには、地域を誇りに思うことが不可欠。
その力強い一歩になった動画です。

photo & text

國重咲季 くにしげ・さき

京都府出身。秋田県の大学に進学したことを機に、東北各地の1次産業の現場を訪ねるようになる。卒業後は企業に勤めて東京で暮らした後、にかほ市で閉校になった小学校の利活用事業「にかほのほかに」に携わるべく秋田にAターン。地域で受け継がれてきた暮らしを学び、自給力を高めることが日々の目標。夢は食べものとエネルギーの自給自足。

目の前の川で釣り糸を垂れ、
せせらぎを聞きながら一杯飲む。
那珂川での川のある暮らし

コンパクトシティ・福岡ならではの暮らし方

福岡の移住先として人気なのは、糸島半島エリア。
福岡市内から西に30分もドライブすれば、
ビーチリゾートのようなのんびりとした環境が広がっている。

では、山側となると、どこだろうか。
最近、俄然注目を集めているのが、今回紹介する那珂川市だ。

きっかけは、2011年に九州新幹線が開通したこと。
那珂川市にある博多南駅と博多駅間が8分で結ばれ、
福岡市内に通勤する人たちのベッドタウンとして選ばれるようになった。
実際に那珂川市の南端にあたる南畑地区は、その環境の良さに若い移住者が増加中。
手つかずの自然がありながら、都心へも車で40分程度。
個性的なショップやカフェもでき、新たな賑わいをみせている。

今回ご紹介する2家族も、
ここ1年のうちに南畑にBESSの家を建てた30代のファミリー。
目の前を清流が流れ、家にいても川のせせらぎが聞こえる環境のなか、
新しい暮らしを心底楽しんでいた。

那珂川市南畑地区の上空から。眼前には棚田が広がる。

那珂川市南畑地区の上空から。眼前には棚田が広がる。

きっかけは、デートで行ったログハウス

福岡市から車で南下していくと、住宅地から徐々に田畑の広がる風景へと変わっていく。
水遊びスポットとして人気のある中之島公園を抜けて、山あいに差しかかる頃には、
深呼吸したくなるような大自然。
佐賀県へと抜ける県道から一本逸れると、今回の2家族の住む宅地があった。

到着してまず最初に私たちを出迎えてくれたのは、
坂田真一さん、望友(みゆ)さん、真悠(まはる)くん一家。
BESSのログハウス、ホワイトグレーの「G-LOG」が、夏の空に映える。

木造りの温かみと、洗練されたデザインの両立が人気のG-LOG。

木造りの温かみと、洗練されたデザインの両立が人気のG-LOG。

真一さんは福岡市内の出身。市街地で生まれ育ったが、母の実家は佐賀県武雄市。
子どもの頃は、里帰りするたびに、大自然に包まれる環境にワクワクしたという。

「家族を持ったら、田舎暮らしがしたい」

そう思いながらも、勤務地が福岡市内のため、なかなか決断できずにいた。

そんな折、妻の望友さんと一緒に、熊本・小国のあるカフェを訪れた。
そこは、オーナーがセルフビルドしたログハウスのカフェで、ふたりは一目惚れ。
男の子が誕生したこともあって、家探しは一気に加速した。
BESSのLOGWAY(ログウェイ・展示場)に見学に行き、
担当が那珂川の土地を見つけてきてくれて、「ここだ」と即決。

「背後には脊振山、家の目の前は筑紫耶馬渓。こんなすばらしい環境、なかなかない。
子どもの頃に好きだった武雄に似た雰囲気も感じて、迷いなく決めました」

デートで行ったログハウスが忘れられなかったという坂田さん夫妻。ついに念願の我が家を手に入れた。

デートで行ったログハウスが忘れられなかったという坂田さん夫妻。ついに念願の我が家を手に入れた。

一方、望友さんには不安要素が残っていた。
なんせ、宅地といえど当時はまだ畑を切り開いたばかりの土地。
近所に息子と近い世代の子がいるとも思えない。
通学はどうする? いざというときの病院は? 
望友さんは、事前に入念なシミュレーションをすることにした。

「ここでの暮らしが楽しみだったからこそ、
引っ越してから失望しないように準備しようと思って。
病院まで何分、スーパーまではこう行く、幼稚園はここなら良さそう。
そうやって、細かく情報収集していきましたね」

九州は近年、夏の豪雨による水害が増えていることから、川の氾濫なども気になる要素。
だが、実際どうなのかは、インターネットで調べてもなかなかわからない。
望友さんは、現地の人に聞き込みをして確認。
自分のなかで安心材料をひとつずつ集めていった。

市街地から田舎への移住は、生活スタイルの変化を余儀なくされる。
そのため、家族のなかで優先順位をはっきりさせることが大事だ。
坂田さん一家にとっては、まず環境が第一。かといって便利さも、諦めたくはない。
那珂川の環境は、このバランスがちょうど良かったようだ。

こうして、2020年の6月に転居。コロナ禍での新生活が始まった。

秋の小豆島〈四方指展望台〉で
楽しむ山コーヒー

アウトドアで景色とコーヒーを楽しむ

9月も下旬となり、日に日に秋の気配が強くなってきました。
ミーンミーンと鳴いていたセミはすっかり静かになり、
スズムシがリーンリーンとよく鳴いています。
入道雲は姿を消し、空は高くなり、鳥の羽のようなすじ雲が美しい夕焼け。
絵に描いたような秋の景色を、10月~12月頃の小豆島では楽しむことができます。

毎年9月下旬に咲く「彼岸花」。秋を知らせてくれる花です。

毎年9月下旬に咲く「彼岸花」。秋を知らせてくれる花です。

秋の夕空。夕陽に照らされて少しピンクがかった雲が美しい。

秋の夕空。夕陽に照らされて少しピンクがかった雲が美しい。

秋といえば栗! 宝探しみたいでいつも楽しい。

秋といえば栗! 宝探しみたいでいつも楽しい。

気候が穏やかになると、外に繰り出したくなりますね。
そろそろ山でコーヒーを飲むのがおいしい季節かなと、
久しぶりに「四方指(しほうざし)」へ。

その名のとおり、360度ぐるりと四方を眺められる標高777メートルの高台。
ちなみに小豆島で有名な観光地「寒霞渓(かんかけい)」のロープウェイ山頂駅は
標高612メートルなので、そこよりも高い位置にあります。
四方指はレストランやお土産屋さんがあるような観光施設ではなくて、
ただただ四方に広がる景色を楽しむ展望スポット。
ドライブの途中にちょっと立ち寄ってみようかなくらいで訪れてみるといいと思います。

標高777メートルの高台にある「四方指園地」の展望スポット。

標高777メートルの高台にある「四方指園地」の展望スポット。

四方指展望台と大観望というふたつの展望台があります。

四方指展望台と大観望というふたつの展望台があります。

大観望と呼ばれる台の上からの眺め。小豆島内海湾とまち並みを見渡せます。

大観望と呼ばれる台の上からの眺め。小豆島内海湾とまち並みを見渡せます。

収入は半減、
でも「贅沢な暮らし」とは? 
移住後のお金と時間の使い方

お金がなくても
「贅沢な暮らし」はできる!?

伊豆下田に移住してから収入が減った、というよりも
意図して減らしたという津留崎さん。
それでも、暮らしの質が下がったとは感じず
むしろ以前より「贅沢な暮らし」になったと感じているそう。
それはどういうことなのでしょう。
コロナ禍のいま、考えたいテーマです。

夏は北海道、
冬は三重を拠点に暮らすキッチンカー
〈カフェ・アルコバレーノ〉の物語

キャンピングカー暮らしのふたりが美流渡(みると)にやってきた

キャンピングカーで暮らし、北海道を新婚旅行中だった
ケビンさんとキャサリンさんに出会ったのは2年前の夏のこと。
私が案内人を務めた美流渡をめぐるツアーがあり、そこにふたりは参加してくれた。

ケビンさんは本名・中谷兼敏(かねとし)。
名前を音で読むとケンビン。それがいつしかケビンとなった。
キャサリンさんは本名・清美。
ケビン名義で兼敏さんがブログを書き始めたとき、
ケビンに似合う名前としてキャサリンという呼び名が生まれた。

そのときふたりは、これからソフトクリームの
移動販売を始めたいという話をしてくれた。
そして、「また美流渡に来るね」と言って去っていった。
ふたりはいったいどんな生き方をしているのだろう? 
大きな車を見送りながら、固定された家を持たない暮らしの様子を
いつか聞いてみたいと思った。

7月の中旬に、突然ケビンさんから
「今日の午後会えませんか?」というメッセージをもらった。
15時に待ち合わせをすると、2年前とまったく変わらないふたりの姿があった。
あのときの言葉どおり、ふたりはソフトクリームの移動販売を実現させていて、
来週末に美流渡でお店を開きたいのだという。

すぐさま場所を探すことになり、
私たちが利活用を行っている旧美流渡中学校の駐車場と、
地域で長年食堂を営んでいる〈一番〉の駐車場で、2日間の営業ができることとなった。

この夏、北海道は記録的な暑さ。
キッチンカーが旧美流渡中学校にやってきてくれた日は、地域住民による校舎の清掃日。
猛暑のなかでの草刈りや雑巾掛けけでヘトヘトになった私たちにとって、
ソフトクリームは活力のもととなった。

しかも、美流渡にはソフトクリームを提供してくれるお店はどこにもなく、
この地域にいながら食べられることが、大袈裟だけれど“夢のよう”だった。
乳化剤を使っていないそうで、口に入れるとサーッと溶けていって、
爽やかなミルクの味がたまらなかった。

草を食べて育ったグラスフェッドミルクを使用。濃厚だけれど後味がスッキリしている。

草を食べて育ったグラスフェッドミルクを使用。濃厚だけれど後味がスッキリしている。

新潟ってどうオモシロい? キーパーソンに聞いてみよう。 〈地元をオモシロくする10人の発信力〉開催

新潟で注目のローカルプレイヤーを講師に、トークセッションを開催

時代の流れとともに「ローカル」に関心が高まっていますが、
新潟にも地元の魅力を発信するキーパーソンはたくさんいます。
オンラインセミナー〈地元をオモシロくする10人の発信力〉では、
今、新潟で注目すべきローカルプレイヤ―10人を講師にお招きして、
地元を盛り上げる「発信力」を、実践事例とともに紹介しています。

9月10日に行われた第1回は、『コロカル』の創刊編集長・及川卓也と、
「まちを編集する」がコンセプトの、
三条市にある本屋兼喫茶店〈SANJO PUBLISHING〉の水澤陽介さんが登壇。
「まちの編集とは」をテーマに、価値を見つけて編集し、発信することの
視点や実感について語りました。

及川からは『コロカル』での経験から、編集という手法で地域と関わることについて。
デジタル時代のメディアの変化を、
「これまで出版社やテレビなど、マスメディアが情報を発信してきたが、
今はウェブやSNSで個人がメディアになれる時代」と話します。
さらには、県外のメディアは取材において一時的にしか地域に入り込まないことの
メリット・デメリットに触れ、
「外部のメディアが捉えられない情報を地元の人は捉えることができる」
とまちの編集の可能性について語りました。

続いては水澤さん。
PUBLISHINGといっても、媒体の制作だけでなく、
「必要なものは自分でつくる」をテーマに、本屋や喫茶店・パブの運営を通して、
リアルな場でも積極的に発信をしています。
SANJO PUBLISHINGは、出会いの場でもあり、活動・仕掛けの場。
三条のまちをメディアとし、「まちを編集」している好例を紹介しました。

SANJO PUBLISHING店内。

SANJO PUBLISHING店内。

その後はファシリテーターを務める建築家・小林絋大さんを交えて、
「まちで編集する」と「まちを編集する」ことの違いや、
ほかの地域の編集事例について話しました。
「持続可能、ファンになってくれるような事業のあり方が重要」
という及川の言葉に、一同頷く場面も。

ファシリテーター小林絋大さん(上)、コロカル創刊編集長 及川卓也(左)、〈SANJO PUBLISHING〉水澤陽介さん。

ファシリテーター小林絋大さん(上)、コロカル創刊編集長 及川卓也(左)、〈SANJO PUBLISHING〉水澤陽介さん。

さらに、「地域の魅力を地元の方に尋ねると、だいたい人・自然・食べ物と返ってくるが、
もっと固有の魅力を掘り下げることが大切」と議論は進みます。
取材のなかで、特定の分野に詳しい人や特技を持った人と出会えたことを例に、
その地域の魅力やオモシロさを“暗号”と例え、「暗号探し」の重要さを語りました。

「地域の編集のハードルの高さを感じる必要はないが、
メディアが目指すものを意識することが大事。
難しい部分があれば一緒に考えていきましょう」
新潟県民もそうでない方も、「新潟の魅力の編集」と「発信」について、
考える機会になったのではないでしょうか。

「新生姜」ってどんな生姜?
その旬と、おいしい食べ方

おいしい生姜ができるまで

夏の始まり頃に、スーパーの野菜売り場に並ぶ「新生姜」。
この新生姜ってどんな野菜か知ってますか? 
そもそもふつうの生姜とどう違うんでしょ。

まず、生姜はどうやって育つのか。
露地(ビニールハウスなどの施設を使わず、屋外の畑で栽培する方法)で
生姜を栽培する場合、霜が降りなくなった4月頃に種生姜を植えます
(地域によって多少ずれます。北海道では6月頃に植えるそうです)。
種生姜というのは、前年に収穫して保管しておいた生姜。
普通に食べることもできる生姜です。

今年(2021年)は少し遅めで、4月28日に種生姜の植え付け。

今年(2021年)は少し遅めで、4月28日に種生姜の植え付け。

150〜200グラムにカットした種生姜をひとつずつ土の中に植えていきます。

150〜200グラムにカットした種生姜をひとつずつ土の中に植えていきます。

土の中がいい環境になるように、落ち葉と米ぬかなどを土の上に。

土の中がいい環境になるように、落ち葉と米ぬかなどを土の上に。

地上に最初の茎が出てくるのは6月頃。
土の中では親生姜が分けつして新しい生姜が増えていき、
新しい生姜からそれぞれ茎が伸びていきます。
1本目の茎が1次茎、続いて2次茎、3次茎……と、
ひとつの親生姜から何本かの茎が出てきます。

5月24日、最初の茎を発見! うれしい瞬間です。

5月24日、最初の茎を発見! うれしい瞬間です。

生姜と同じように、そのほかの草もぐんぐん育ちます。栽培中は何度か除草作業も必要。

生姜と同じように、そのほかの草もぐんぐん育ちます。栽培中は何度か除草作業も必要。

8月頃にはそれぞれの茎が1メートルくらいまで伸び、葉を茂らせます。
土の中では新しい生姜が育ち、大きく育った新しい生姜が
ときどき土の外に出てきてしまうので、土をかぶせてあげます。
土の中で生姜はじっくりじっくり育っていきます。

この日はすごい入道雲でした。8月上旬の生姜畑。雨が欲しい。

この日はすごい入道雲でした。8月上旬の生姜畑。雨が欲しい。

栽培中は何度か生姜に土をかぶせる作業をします。

栽培中は何度か生姜に土をかぶせる作業をします。

9〜10月、ようやく生姜の収穫を始めます。
この時期のまだ若い生姜は、肌が白くてほんとにきれいなんです。
繊維も少なくてみずみずしい。
カットするとフレッシュな香り。青りんごみたいな香りがします。
そして生姜の塊と緑の茎との間のピンク色がなんともかわいらしい。

そう! これが「新生姜」。この夏の終わり頃に収穫した、
掘ったばかりのピチピチの生姜が新生姜と呼ばれます。

9月に入りようやく生姜の試し掘り。茎は立派ですが、生姜は意外と小さかったりします。

9月に入りようやく生姜の試し掘り。茎は立派ですが、生姜は意外と小さかったりします。

まだまだ大きくなりますが、若い時期限定の、白肌でみずみずしい状態の新生姜を楽しむために少しずつ収穫。

まだまだ大きくなりますが、若い時期限定の、白肌でみずみずしい状態の新生姜を楽しむために少しずつ収穫。

収穫後、土を落とした新生姜。ほんとにきれいな肌。ピンク色も鮮やか。

収穫後、土を落とした新生姜。ほんとにきれいな肌。ピンク色も鮮やか。

野村友里さんが思う 宮崎県西都市の魅力は? 移住オンラインイベント 〈西都はじめるLIVE〉参加者募集中!

〈西都はじめるLIVE〉で野村さんは西都市をどう語る?

宮崎県の県央に位置する西都市。
古墳群とその関連拠点が点在し、古代のロマンあふれるまちです。
また、近年ではグリーンツーリズムにも力を入れ、
食と農、伝統芸能を横断した魅力創出を進めています。

俯瞰で見た古墳。

俯瞰で見た古墳。

古墳祭りの女人の舞。

古墳祭りの女人の舞。

西都市ではマンゴーなど南国の農産物も育ちます。

西都市ではマンゴーなど南国の農産物も育ちます。

ところてんってどうやってつくる?
原料のつくられ方から
家庭でもできる簡単レシピまで

下田に移住して知った、
ところてんができるまで

下田で暮らす津留崎家のこの夏のブームが、ところてん。
ところてんというと酢醤油で食べるイメージですが
ところてんの原料、天草の産地である下田では
家庭によってさまざまな食べ方があるそう。
意外と簡単につくれるところてんのレシピや
ところてんが食卓に運ばれるまでの道のりをご紹介します。

島移住を比較してみよう!
あなたに最適な島は?
夢を実現した7つの家族の物語

6800あまりの島々からなる島国・ニッポン。
そのうち北海道・本州・四国・九州・沖縄本島を除く有人島は約400あると言われ、
総人口の0.5%にあたる約61万人が離島で暮らしています。

移住を考えるうえで、誰しもが一度は憧れる島の暮らし。
コロカルでは、これまでたくさんの移住者を取材してきましたが
そのなかから島への移住にまつわる7つの物語をお送りします。

こんな人は要注意!? 移住に向いていない人ってどんな人?

コロカルの人気連載のひとつ、
津留崎さん夫婦の「暮らしを考える旅 わが家の移住について」では、
下田に移住した夫婦が自らの経験をもとに、移住に向いていない人をこのように綴っています。

1. 収入を下げたくない
2. 虫、爬虫類と暮らせない
3. 心配性すぎる
4. 教育機関にこだわる
5. 免許がない、車の運転が苦

つまり、移住に向いているのは

「収入以外に価値をおいていて、虫が苦手でなく、
ポジティブシンキング、家族で過ごす時間が大切、
子育ては自然豊かな環境が一番と思っていて、そして運転が苦でない人!」

と夫の津留崎鎮生さんは語ってくれました。「移住はうまくいっているか?」と言われれば
万事がそうとは言えないケースがほとんどでしょう。
近所づき合いはもちろん、台風で家庭菜園が散らかされてしまったり、
欲しいものが手に入らなかったり、友だちと会う機会が減ってしまったり。

でも、それらの問題を「どうにかなる!」とポジティブに捉えられることこそ
移住して良かった、と思える秘訣なのでしょう。

記事はこちら:こんな人は要注意!?移住に向いていない人ってどんな人?

画家・MAYA MAXXの描く姿勢に
地域の人たちは……?
校舎の窓板に絵を描くプロジェクト

雪止めの板に絵を描くプロジェクト、1か月経過

前回の連載で、2年前に閉校になった
岩見沢市の美流渡(みると)小・中学校の窓に張られた板すべてに、
画家のMAYA MAXXさんが絵を描くプロジェクトについて書いた。

雪から窓を守るために打ち付けられた板は、およそ40枚。
幅が5メートルにもなるものもあり、
前回はようやく5枚描き上げたところまでだったが、
あれから約3週間が経過して、メインの部分が仕上がる段階までこぎつけた。

並んで建つ小学校と中学校。そのすべての窓板をタイムプラスで撮影してみた。

8月中旬まではSNSで告知を行い、ペイントをサポートしてくれる仲間を募ったが、
それ以降は、MAYAさんが単独で黙々と制作を続けるようになっていった。

MAYAさんは本当に毎日まったく休まない。
窓板ペインティングの制作期間中、故郷・今治での展覧会開催のため、
1週間ほど美流渡を離れたことがあった。
今治の美術館では設営を行い、展覧会オープン後はギャラリートークなどの
イベントを行うという目まぐるしいスケジュールだったが、
美流渡に戻ると、何事もなかったかのようにすぐに窓板に絵を描き始めた。

今治で開催された『みんなとMAYA MAXX展』、ギャラリートークの様子。

今治で開催された『みんなとMAYA MAXX展』、ギャラリートークの様子。

小学校から始めたペイントも、ようやく中学校へ行き着いた。

小学校から始めたペイントも、ようやく中学校へ行き着いた。

その姿勢に引きつけられるように、地域の人たちも動き出した。
学校の向かいにあるお寺の住職さんが、
閉校してから伸び放題になっていた草を刈ってくれ、
また近隣のカフェのオーナーが、板に下地となる白いペンキを塗ってくれた。
そのほか、農家さんがドローンで制作中の記録映像を撮ってくれたりもした。

それぞれ一緒にお昼を食べたり休憩したりすることもなく、
作業が終わるとスッと自分の仕事に戻っていった。

このプロジェクトが進むにつれ、MAYAさんを“手伝う”という意識を離れ、
自分のこととして、これを進めようとする人たちが
増えていったように私には感じられた。

草がきれいに刈られ、絵がとても見やすくなった。

草がきれいに刈られ、絵がとても見やすくなった。