下田の食で1年を振り返る!
2021年、印象に残ったおいしいもの

津留崎家の食卓は、
友人たちに支えられてる?

伊豆下田に移住して、大きく変わったことのひとつが
食生活、という津留崎徹花さん。
昨年食べたおいしいものを写真で振り返ってみると
あれもおいしかった、これもおいしかった、と記憶が蘇ります。
今回は、下田のおいしいもの、たっぷり12か月分ご紹介します!

瀬戸内の島々で4月14日から
〈瀬戸内国際芸術祭2022〉開催!

3年に1度の国内最大級アートイベントが、今年も開催!

2022年が始まりました。
寒い日もありますが、小豆島では穏やかな冬時間が流れています。
農家である私たちにとって、農閑期であるこの時期は
大事な休息期間でありメンテナンス期間。
家の気になるところを直したり、働く環境を整備したりしています。

さて、2022年!
今年は〈瀬戸内国際芸術祭2022〉(以下、瀬戸芸)が開催されます。
瀬戸芸は、3年に1度開催される現代アートイベントで、
小豆島も含めた瀬戸内海の12の島と、その島々と本州、四国をつなぐ
ふたつの港が舞台となります。2010年に第1回目が開催され、今回で5回目です。

小豆島・中山地区、棚田の中にあるワン・ウェンチー(王文志)さんの『小豆島の恋』(瀬戸芸2019)。

小豆島・中山地区、棚田の中にあるワン・ウェンチー(王文志)さんの『小豆島の恋』(瀬戸芸2019)。

小豆島・三都半島の海岸にある『潮耳荘』。波や船の音を拾い集め建物の中に響かせる作品。

小豆島・三都半島の海岸にある『潮耳荘』。波や船の音を拾い集め建物の中に響かせる作品。

私たちは小豆島に移住する前、2010年の瀬戸芸のときに
小豆島と豊島(てしま)を訪れました。瀬戸芸のアートを見に行こうと、
それまで足を運んだことがなかった田んぼや古い民家へ。
そこで見た風景や、感じた空気感がすばらしくて、
小豆島ってこんないいところなんだなぁと思ったことを覚えています。
この思いがのちに小豆島に移住するきっかけのひとつとなりました。

第1回目の瀬戸芸。開催期間に合わせて小豆島を訪れました。

第1回目の瀬戸芸。開催期間に合わせて小豆島を訪れました。

現在私たちが暮らしている場所のすぐ近くのこの田園風景。いまでは私たちにとっては暮らしのなかのいつもの風景。行くきっかけがなかったけど、瀬戸芸の作品を見に訪れたら、とても美しくて感動したのを覚えています。

現在私たちが暮らしている場所のすぐ近くのこの田園風景。いまでは私たちにとっては暮らしのなかのいつもの風景。行くきっかけがなかったけど、瀬戸芸の作品を見に訪れたら、とても美しくて感動したのを覚えています。

5回目となる瀬戸芸2022は、前回同様、春・夏・秋の3会期に分けて開催されます。
会期によって公開される作品や会場が変わるので、
公式サイトでチェックしてみてください。

東京から北海道に移住して10年。
仕事、子育て、
暮らしの何が変わった?

無計画、衝動的な移住から始まって

東京から北海道に移住して10年が経った。
移住のきっかけは東日本大震災。
マンションの12階だった自宅は激しく揺れ、棚の本がすべて落ちた。

その翌日、福島第一原発に事故が起こったと知った。
原発事故による放射性物質の放出が次第に明らかになっていき、
関東にもホットスポットができてしまった。
当時、長男は生後5か月。子どもを安心して育てられる場所を求め、
夫の実家だった北海道岩見沢市に移住を決めた。

ここではないどこかへ行きたい。無計画、衝動的な移住だった。
夫の実家は、これまで何度か訪ねたことはあったが、
岩見沢市がどんなところか、ほとんど調べていなかったし、
移住後のビジョンも持ち合わせていなかった。

いま、原稿を書いているのは2021年の冬至。
もうすぐ年が終わろうとする日に、仕事と子育て、
そして暮らしがどう変わっていったのかを振り返ってみたい。

まず仕事。大学4年生の頃にアルバイトで働き始めて以来、
ずっと勤めていたのが美術の専門出版社。
震災が起こったとき私は育児休暇中で、地震から2か月経った頃に
職場復帰について会社側と打ち合わせをする機会があった。

そのとき経営者から
「子どもも小さいのでまずは在宅勤務でも構わない」という提案があり、
「それなら勤務地は北海道にしたい」と私は咄嗟に返した。
すると、驚いたことに経営者はあっさりOK。
この打ち合わせのあと、慌てて段取りをして7月に移住した。

復帰してから3年半、在宅勤務を行った(その間、第2子出産で育児休暇もとった)。
ポストは書籍部の編集長。年間12冊ほどの単行本を担当し、
部下の仕事の監督や売り上げの数字も任されていた。
月に1回、東京に出向いて打ち合わせを行い、持ち帰って黙々と編集作業。
電話やメール、オンラインで東京の仕事先と連絡をとる日々。
いまにして思えばオーバーワーク。朝、目覚めると吐き気におそわれることもあった。

独立した頃。夫が自宅の壁に看板を描いてくれた。

独立した頃。夫が自宅の壁に看板を描いてくれた。

2015年、会社の経営状況が悪化し、在宅勤務は認められないこととなって独立。
自分から進んで会社を出たわけではなかったが、重圧から解放されたことに安堵した。

出版社時代に知り合った仲間が、書籍や雑誌の編集、執筆の仕事を振ってくれて、
本当にありがたいことに、現在まで絶えることがない。
しかも最近では、コロナ禍によってリモートワークが進んだおかげで、
僻地にいても物事がスムーズに進むようになっている。

岩見沢に移住してから3度、引っ越しをした。2018年に市街地から、山あいの美流渡(みると)地区へ移った。

岩見沢に移住してから3度、引っ越しをした。2018年に市街地から、山あいの美流渡(みると)地区へ移った。

また、2016年に山を買ったことがきっかけになり、
美術関連だけでない、新たな仕事が生まれていった。

自分でつくったイラストエッセイ『山を買う』を世に出してから、
林業関係のみなさんや山主のみなさんと知り合うことができ、
山購入や森林についての執筆や講演会をさせてもらうようになった。
北海道では美術系の編集の仕事はそれほど多くないなかにあって、
新たな関心事から仕事の幅が広がってうれしかった。

買った山で遊ぶ。

買った山で遊ぶ。

収入は勤めていた時代の半分ほど。
一家5人を支えるには十分とは言えないが、つねになんとかなっている。
移住して意識が大きく変化したのは、
お金がそんなになくても生きていけるという実感がわいたこと。

東京にいたときは、どこかに出かければ何かしらお金を使っていたけれど、
ここではスーパー以外でお財布を出す場面はほとんどない。
家賃もほとんどかからないし、
ご近所さんから野菜やおかずを分けてもらうことも多いので、
住む場所と食べ物には困ることはないだろうという安心感がいつもある。

2017年から〈森の出版社ミチクル〉という独自の出版活動を始めた。

2017年から〈森の出版社ミチクル〉という独自の出版活動を始めた。

小豆島の農家〈HOMEMAKERS〉が
1年間に育てた野菜全品種!

2021年の総まとめ! 今年育てた野菜は何種類?

2021年も残り数日となりました。
1年365日、今年もほぼ毎日野菜と向き合って過ごしてきました。
種をまき、苗を植え、手入れをして、収穫……。
ふと、「私たちいったい何種類の野菜を育てているんだろう?」と
そんな思いが頭の中に。

年間だいたい100品種ほどの野菜を育てているのですが、
ちゃんと数えたらいくつになるんだろう。
ちょうどいいタイミングなので、今回は2021年の総まとめ、
私たち〈HOMEMAKERS(ホームメイカーズ)〉が
この1年で育てた野菜全品種を公開します。

毎週月曜日、全畑をまわってその週に収穫・発送する野菜をチェックします。

毎週月曜日、全畑をまわってその週に収穫・発送する野菜をチェックします。

「今週の野菜」をWebサイト、Instagram、LINEでお知らせしてます。こちらも毎週月曜日に更新。

「今週の野菜」をWebサイトInstagram、LINEでお知らせしてます。こちらも毎週月曜日に更新。

2021年1月からシーズン別に見ていこうと思います。
1年に何度も栽培している野菜もあるので、それは1品種としてカウント。

ちなみに、品種というのは、
〈あやめっ娘大根〉〈三太郎大根〉〈宮むらさき大根〉など、
大根でもいろいろな種類があって、そのひとつひとつのことで、
たとえばうちでは4品種の大根を育てています。
大根、にんじん、キャベツなどという、いわゆる野菜の名前は「品目」といいます。
今回は品種を見ていきます。

1月 小寒~大寒

1年の中で一番寒い時期。冬野菜シーズン真っ最中です。
水分の多い野菜は寒い時期に自分自身が凍ってしまわないように
糖度を増して凍らないように寒さ対策をします。
だから寒さは野菜の甘さを増す重要な要素なんです。
寒さのなかでゆっくりと野菜が育ちます。

これぞ冬野菜セット。にんじんも大根もしっかり味がのっていて一番おいしい時期。

これぞ冬野菜セット。にんじんも大根もしっかり味がのっていて一番おいしい時期。

大根とにんじんのサラダ。紅くるり大根の赤色がきれい~。

大根とにんじんのサラダ。紅くるり大根の赤色がきれい~。

あやめっ娘大根

三太郎大根

宮むらさき大根

紅くるり大根

黒田五寸にんじん

バイオレットハーモニーにんじん

パープルターゲットにんじん

ブロッコリー

オレンジカリフラワー

紫カリフラワー(紫雲)

白菜

芽キャベツ

紫キャベツ

子持ち高菜

春菊

ほうれん草

金時草

フェンネル

パクチー

子どもたちが内へ外へと走り回る!
いつでも人で賑わう、
家と自然と人、開かれたログハウス

ペルー・リマの暮らしに憧れて

家を建てる段階から、自分たちが住むこと以上に、
たくさんの人を招き入れることを想定していた。
そんな人好きな夫婦が長野県下伊那郡阿南町新野(にいの)地区に住む
金田信夫(かなだしのぶ)さん・紫織さんだ。

自宅前にて談笑する金田信夫さんと紫織さん。

自宅前にて談笑する金田信夫さんと紫織さん。

2005年、新野のまちを見渡せる高台に、
BESS(当時は前身のBIG FOOT)の「カントリーログ」を建てた。
当初は新野のまちなかの実家に両親と同居していて、
ログハウスは信夫さんの個人的な木工作業場として利用していた。
しかし、最初から「人をたくさん呼べる家にしたい」という
将来の使い方を想定していたようだ。

「1階は水周りへの導線にはドアをつけず、
2階も部屋をなくしてワンルームにしてしまいました。
トイレとお風呂のサイズも本来と逆なんですよ。
たくさん人が来たときに、トイレが広いほうが着替えたりできるので。
お風呂は近くに温泉もあるし、小さくていいかなと」という信夫さん。

2階は大広間のようになっていて、傍らには何組かの布団が積まれていた。
“仕切り”というものを極力排除して、お客さんの行き来を生みやすい設計になっている。

妻の紫織さん自慢のキッチンは、大きなフランス製のオーブンを備えつけにした仕様。
「まとめて40人分くらいは料理できますよ」と笑う。

壁に直接フライパンや鍋をかけて便利そう。ワイングラスホルダーもお手製。

壁に直接フライパンや鍋をかけて便利そう。ワイングラスホルダーもお手製。

ふたりが「人をたくさん呼ぶ」という暮らし方に魅力を感じたきっかけ。
それは信夫さんがペルーのリマ日本人学校に赴任することになり、
1999年から2001年まで一家で首都のリマに暮らしたことに影響を受けている。
そこでは、平日はまちの狭いアパートに住んで会社などで働き、
週末は車で1〜2時間ほど離れた自然豊かな場所に、
DIYで別荘(セカンドハウス)を建てる人が多くいたという。

「ペルー人の友人は毎週のようにホームセンターで買ったレンガを持って別荘に通い、
ひと部屋完成すれば友だちを招き、一緒につくりながら、
バーベキューをしたり、歌ったり、踊ったり。そしてまたひと部屋増える。
10年以上かけてセカンドハウスを自分でつくっていくんです」(信夫さん)

そんな暮らしに、豊かさと楽しさを覚えた。
そこに住む人、そして訪れる人次第で、家という箱はどんな空間にもなる。

そうして帰国後、水道も電気も通っていない高台の原野だった自分の家の土地を整備し、
“人がたくさん訪れやすい”家を想定して、BESSの家を建てることにしたのだ。

井戸水と太陽熱温水器を
暮らしに取り入れるには?
リノベーションで実現したシステム

ついに井戸水を使う暮らしが実現!?

伊豆下田で古民家をリノベーションしながら
新たな暮らしをスタートさせた津留崎さん一家。
念願の薪ストーブと同様、取り入れたかったのが井戸水だそう。
さらに、その井戸水を太陽熱温水器で温めて
キッチンやお風呂で使えるようにしたい。
果たしてうまくいくのでしょうか……?

三笠市の山奥で、温泉旅館と
障がい者福祉施設を運営する
プロレスラー

プロレスラーからボディーガードへ。行き場のない人たちに出会って

杉浦一生さんに初めて会ったのは1年前。雪がしんしんと降る日だった。
場所は三笠市の桂沢湖にほど近い山あいの宿〈湯の元温泉旅館〉。
廃業を考えていたこの旅館を2019年に杉浦さんは継業し、新たなスタートを切った。

雪の降りしきるなか、車を停めると、玄関がガラガラと開いて、
Tシャツ、サンダル姿の杉浦さんが現れた。
身長193センチメートル。雪の中で仁王立ちする姿に息を呑んだ。

このときの取材では杉浦さんのこれまでの歩みと、
なぜ赤字だった温泉旅館を継業したのかを中心に話を聞いた。

岩見沢市出身で高校時代にレスリングに出合い、
22歳になって全日本学生選手権で優勝。その後プロレスラーとしてデビューし、
一時はアメリカやカナダで対戦を行ったことも。
しかし、ケガに悩まされ引退。
今度は東京でボディーガードを専門に行う警備会社に入った。

ボディーガードと聞くと要人警護が主な仕事のように思えるが、
その会社で中心になっていたのは、精神疾患者や薬物依存者の医療機関への移送だった。
杉浦さんによると、精神的に追い詰められ、孤独のなかにある人たちは、
ときに自分の身を守りたいと過剰に武装をしていることがあるという。
そうした人たちの気持ちをときほぐしながら病院へとつき添っていくなかで、
「行き場のない人たちがこんなにも多いのか」と強く感じたという。

三笠市の山あいにある〈湯の元温泉旅館〉。

三笠市の山あいにある〈湯の元温泉旅館〉。

やがて杉浦さんは、関東各地に障がい者のグループホームをつくった。
ひとつまたひとつとホームを増やして入所者は100名にもなった。
このとき複数の施設の経営が重くのしかかり、
現場にいる時間が思うようにとれなくなってしまったという。

またスタッフたちとの意思疎通の難しさも感じていたことから代表を辞任。
故郷へ戻り、もう一度、“行き場のない人たち”と
自らが真剣に向き合う場をつくりたいと、湯の元温泉旅館を継業した。

旅館は設備が整っていたことからグループホームもすぐにスタートできたという。
新館部分を入所者が利用するスペースとしつつ、
これまでどおり宿泊や飲食、日帰り入浴のサービスも継続することとした。

料理家・たかはしよしこ
アートディレクター・
フォトグラファー・前田景
北海道・美瑛町〈SSAW BIEI〉が
地産地消で表現する“四季”

前田さん家族が移住を決めた理由

なだらかに広がる丘陵陵地帯に、色とりどりの畑が幾重にも連なり美しく彩る。
北海道・美瑛町を「丘のまち」として世に知らしめた、
日本における風景写真の第一人者、故前田真三さんは、
丘の風景を長年撮影し続け、1987年にフォトギャラリー〈拓真館〉を開設した。

そして2020年4月、その〈拓真館〉をリニューアルするため、
孫でアートディレクター・フォトグラファーの前田景さんと
料理家のたかはしよしこさん夫妻が東京から美瑛町へ移住。
2021年9月にはレストラン〈SSAW BIEI〉をオープンした。

ここ美瑛町を新天地に、前田さん家族の新しい生活が始まった。

2011年によしこさんが考案した天然塩やスパイス、ナッツを合わせた
万能調味料〈エジプト塩〉はファンを着実に増やし、
2012年には東京・西小山に
自身のフードアトリエ〈S/S/A/W〉(現在は〈エジプト塩食堂〉)をオープン。
翌年には景さんがデザイナーとして独立し、
よしこさんの事業でクリエイティブディレクターを務めるなど、
ふたりの仕事は順調に運んでいた。

「結婚する前から北海道とは縁があって、仕事でよく来ていたんです。
地方で暮らしている方々の姿を見ているうち、すごく豊かに感じていて。
でも東京へ帰ると、またいつもの暮らしに戻っての繰り返し。
そこにいろんな出来事や機会が積み重なって、スローダウンしたかったんです」
とよしこさんは言う。

白樺に囲まれた森の中に佇む小さな一軒家レストラン。天気がいい日は店前のテラス席も開放される(5〜10月)。

白樺に囲まれた森の中に佇む小さな一軒家レストラン。天気がいい日は店前のテラス席も開放される(5〜10月)。

その頃、景さんは仕事で陶芸作家のルート・ブリュックを取材するためフィンランドを訪れ、
当時ブリュック一家が過ごしていたサマーハウスを見て心動かされた。

「本宅が別にあって、サマーハウスは純粋に創作の場なんです。
ボートでしか行けないような立地で、建物には電気も水道も引いていない。
しかも白夜の季節だから日が暮れないので、創作に集中できる。
北極圏に位置するラップランドは四季がはっきりしていて、季節の移り変わりが早い。
その様をつぶさに観察し、インスピレーションを得ながら創作に生かしていたそうです」

それを聞いて、北海道でも同じように、
何か新しいものが得られるのではないかという期待を感じたという。
いつか自分が〈拓真館〉を継がなければという使命感を抱えていた景さんは、
帰国後によしこさんと話し合い、美瑛町へ移住することを決めた。

その土地に長く暮らす地元の人でも気がつけない魅力がある。
例えばクリエイターにとって自然や四季は想像力を掻き立ててくれるし、
長い冬も構想を練ったり、作業に当てられる貴重な時間となり得るのだ。

廃校になっていた旧小学校の体育館を真三さんが私費を投じて改装し、1987年に開設された個人の写真ギャラリー〈拓真館〉。

廃校になっていた旧小学校の体育館を真三さんが私費を投じて改装し、1987年に開設された個人の写真ギャラリー〈拓真館〉。

毎年つくり続けていく、
〈HOMEMAKERS〉の
ジンジャーシロップ

繰り返しの連続から生まれるもの

今年も残すところ半月となりました。
一年中さまざまな野菜を育てている私たちは、
春夏秋冬、種をまき、苗を育て、草を抜き、土に草をすき込み、
野菜の手入れをし、収穫し、出荷する。
今年もこの作業を繰り返してきました。

ある日の畑作業。〈HOMEMAKERS〉の畑では一年中野菜が育っています。

ある日の畑作業。〈HOMEMAKERS〉の畑では一年中、野菜が育っています。

種をまいて育てた苗を畑に植えます。

種をまいて育てた苗を畑に植えます。

立派な外葉に覆われたキャベツ。今年のキャベツもおいしい!

立派な外葉に覆われたキャベツ。今年のキャベツもおいしい!

農家というのは、本当に繰り返しの連続だなとよく思います。
例えば、種をまくという作業に関して、
「ひと粒の種をまく」が一番小さな単位だとすると、

300粒の種をまく。
時期をずらして1年に5回まく。

だとすると、300粒×5回で1500回繰り返すことになる。

とにかく種をまかないと野菜はできない。当たり前だけど、ひとつの種からひとつのラディッシュが育つ。

とにかく種をまかないと野菜はできない。当たり前だけど、ひとつの種からひとつのラディッシュが育つ。

収穫も同じで、例えばさつまいもの収穫だと、
さつまいものつるを切ってどかす、土を掘る、さつまいもを土の中から出す、
ひとつひとつ収穫コンテナに収納する、コンテナを倉庫に収納する、
これをひたすら繰り返して、ようやく収穫が完了する。

ひとつひとつの作業も繰り返しだし、もう少し大きな視点で見ても繰り返し。
春に生姜を植えて、夏に手入れして、秋に収穫する。
これを毎年繰り返す。私たちはまだ9年目だけど、
何代も続く農家というのはそれを何十年も繰り返してきている。

春になったら生姜の植えつけ。ここから半年間、草抜きや追肥など手入れしていきます。

春になったら生姜の植えつけ。ここから半年間、草抜きや追肥など手入れしていきます。

秋になったら生姜の収穫。ひとつの種生姜から育った新生姜。

秋になったら生姜の収穫。ひとつの種生姜から育った新生姜。

それって農家だけじゃなくて、自動車会社だって
ずっと繰り返し自動車を生産しているわけだし、
飲食店なら仕込みをしてそうじをしてお客さんを迎えるを日々繰り返してる。

その繰り返しのなかで、少しずつノウハウがたまっていき、改善していく。
その会社・店らしさができてくる。
信頼が生まれて、ファンができる。存続していく。

どんなに華やかそうな仕事でも、そのベースには
地味に何度も何度も繰り返しやってる何かがあるんじゃないかなと思います。

うちは毎週火曜日と金曜日に野菜を収穫して発送しているのですが、
出荷の日は朝から夕方までいつもの120%増くらいの勢いでバタバタと動いていて、
「ふぅ、今日も無事に出荷作業終わった〜」とほっとしたのもつかの間、
またすぐに次の出荷の日がやってきます。

それを1年間ほぼ休むことなく繰り返すことで、
新鮮な野菜を届けてくれる農家としてようやく知ってもらえて、
信頼してもらえて、野菜を継続して注文してもらえるんだと思っています。

毎週2回の収穫&発送作業。年間で約100回! 今年もたくさん野菜お届けしました。

毎週2回の収穫&発送作業。年間で約100回! 今年もたくさん野菜お届けしました。

収穫して、洗って、選別して、小分けしてを繰り返します。

収穫して、洗って、選別して、小分けしてを繰り返します。

繰り返し繰り返しというと、飽きちゃいそうですが、
繰り返すことで確実に成長していて、それを感じるときちょっとうれしくなるんですよね。

HOMEMAKERSの野菜セット。日々の繰り返し作業で、このひと箱がようやく完成します。

HOMEMAKERSの野菜セット。日々の繰り返し作業で、このひと箱がようやく完成します。

米づくりの思わぬ副産物!
料理に、美容に、洗剤に。
米ぬかの活用法

ぬか漬けだけじゃない!
わが家の米ぬか活用法

伊豆下田に移住してから米づくりを始めた津留崎さん一家。
お米を精米したときに出る米ぬかは、漬け物をはじめ
いろいろなことに活用できるといいます。
今回は、米ぬかクッキーのレシピや美容パックの方法など
暮らしのなかで使える米ぬかの活用法をご紹介します。

地域の人々を光らせたい。
幾春別で制作を続けるアーティスト、
上遠野敏さん

校舎活用プロジェクトをサポートしてくれた“ご近所さん”

今年の夏から秋にかけて、
閉校になった旧美流渡(みると)中学校で活動を行うようになってから、
“ご近所さん”という感覚が広がったような気がしている。

美流渡に移住した画家のMAYA MAXXさんと一緒に行った、
校舎に打ちつけられた雪除けの窓板に絵を描くプロジェクトでは、
地元のみなさんだけでなく三笠市や長沼町、札幌市からも
人々がサポートに駆けつけてくれた。

さまざまな人との出会いがあり、その縁は
校舎活動が一時お休みとなった冬季期間にも続いている。
アーティストであり数々のアートプロジェクトを手がけてきた
上遠野敏(かとおの・さとし)さんもそのひとりだ。

旧美流渡中学校の窓板ペインティングプロジェクト。板に白いペンキを塗る作業に上遠野敏さんは何度も参加してくれた。

旧美流渡中学校の窓板ペインティングプロジェクト。板に白いペンキを塗る作業に上遠野敏さんは何度も参加してくれた。

出会ったのは4年前。
札幌市立大学の教授だった当時、上遠野さんは
〈札幌国際芸術祭 SIAF2017〉に企画者のひとりとして参加。
そのときに私は取材をさせてもらったことがある。

その後、長年勤めていた大学を退官し、
2年前に札幌の住まいとは別に三笠市にアトリエを設けた。
取材以来、上遠野さんとはSNSでつながっていて、
投稿されるアトリエでの日々に、私は大変興味を持っていた。

春になればさまざまな種類の水仙を生けたり、
羊の毛を洗いフェルトをつくり刺繍をして作品を制作したり。
私が住む美流渡からアトリエまでは車で30分ほどと、そう遠くはないこともあり、
いつか訪ねてみたいという思いが募っていった。

上遠野さんのアトリエがある三笠市の幾春別(いくしゅんべつ)には旧住友炭鉱立坑櫓が残る。櫓の高さは約51メートルで、当時は東洋一の立坑と呼ばれた。

上遠野さんのアトリエがある三笠市の幾春別(いくしゅんべつ)には旧住友炭鉱立坑櫓が残る。櫓の高さは約51メートルで、当時は東洋一の立坑と呼ばれた。

今年に入り別媒体の仕事で上遠野さんに再び取材をする機会が巡ってきた。
2度ほどお目にかかるなかで、校舎で行っているプロジェクトに関心を寄せてくれ、
窓板のペイント作業や展覧会の設営にも参加してくれるようになった。

上遠野さんは、いつでも笑顔を絶やさない。
現在、札幌市立大学の名誉教授でアーティストとしても大先輩ということもあって、
こちらとしてはつい恐縮してしまうのだが、
いつも気さくに校舎活動をサポートしてくれた。
そして、活動をつねに褒めて(!)くれたことに、何度も勇気づけられた。

「みなさんのプロジェクトを手伝ったり、ほかにも農家さんの収穫を手伝ったり。
そうすると思わぬ発見がある。
アトリエにこもっていたら、新しい発想なんてわかないから。
それに人生をケーキのホールに例えたら、まだ端っこしか味わっていない状態。
いろんな経験を積んで、すべてを味わい尽くしたいよね」

旧美流渡小学校に残されていた二宮金次郎像を見て「白御影石で彫られていてなかなか良い」と写真に収める。そこかしこにあるものから発見をする。

旧美流渡小学校に残されていた二宮金次郎像を見て「白御影石で彫られていてなかなか良い」と写真に収める。そこかしこにあるものから発見をする。

蒸留家・江口宏志
千葉県大多喜町の元薬草園で
新しい酒づくりを模索する

蒸留酒をつくる薬草園とは?

「地元にこんないい場所があるなんて、
大多喜町の人にちょっと嫉妬しちゃいますね」

千葉県夷隅郡大多喜町の〈mitosaya(ミトサヤ)薬草園蒸留所〉を訪れた、
若い夫婦客がそう語る。
今日は、毎月第1・第3土曜日に開かれる無人販売所
「HONOR STAND」の開催日。

毎月2回開かれる「HONOR STAND」

生産者から届いた生鮮品や加工品などを販売する「HONOR STAND」。オープン時は、建物以外の敷地は自由に散策できる。

広大な薬草園の入り口に設けたオープンエアのブースには、
地元で採れた野菜や卵、焼きたてのカンパーニュが並んでいる。
先の夫婦が手にしているのは、量り売り(6個で500円!)の
真っ赤な完熟リンゴと、オリジナルのハーブドリンク。

「僕たちは都内から来たんですけど、
近所だったら毎週遊びに通ってしまいそうです」

山口〈かものはら果樹園〉のシナノスイート

山口〈かものはら果樹園〉の無農薬栽培のシナノスイート。酒造で使う分の一部を販売する。「HONOR STAND」は無人販売、非接触、キャッシュレス。現金での支払も可能だが、おつりがないので、小銭を用意するのを忘れずに!

そんな様子を見て、ふらっと顔を出したのが
今回の主役、蒸留家の江口宏志さん。

「園内も自由に散策できますよ。
たぶんどこかにウチの人なつっこい犬がいます。
あと、先月から仔羊も飼い始めたので、よかったら見ていってください」

愛犬と一緒に散策する江口さん

愛犬むぎと一緒に敷地内を歩く江口さん。誰に対してもフレンドリーなむぎは、人気の看板犬。

江口さんが房総半島の中央に位置する大多喜町へ
移住してきたのは2016年。
地元で30年続いた薬草園の跡地を借り受け、
植物や果実を原料にした蒸留酒〈オー・ド・ヴィ〉をつくるためだ。

面積はなんと16000平方メートル!
敷地内には蒸留所と家族4人で暮らす自宅も建っているが、
なんといっても圧巻は、リアル植物図鑑のごとく
園内に植えられている数百種類の植物群。
漢方薬植物区や水生植物のエリア、南国の果実が育つ温室もある。

緑豊かな〈mitosaya薬草園蒸留所〉の入口。

〈mitosaya薬草園蒸留所〉の入口。階段をあがってすぐの所で「HONOR STAND」が開かれる。

「元が薬草園だから、ひとつひとつの木や草花に
学名や品種を記した“名札”がついているんです」という園内を歩くと、
HONOR STANDでの買い物ついでに散策を楽しむ人もちらほら。
まだまだ外出しづらい窮屈さも続くなか、小さな規模で、
ちょっと特別な買い物ができて、緑のなかを歩いたり植物に触れたりできるのは、
地元の人にとっても貴重な場なのだろう。

園内のマップを見るだけで、十分楽しい

妻でイラストレーターの山本祐布子さんが描いた園内のマップ。これを見るだけで、十分楽しい!

敷地内では酒づくりに使うハーブや植物も栽培しているが、
原料はそれだけではない。
地元農家がつくる果物や野菜を仕入れ、鴨川の畑で育つ無農薬栽培の麦を収穫し、
新潟の果樹園や山形のリンゴ農園など全国各地の生産者の元へも足を運ぶ。

「オー・ド・ヴィは香りを楽しむお酒。
自然の状態に近い原料を使うことで、
より豊かな味わいが引き出せると思うんです」

園内に設けられたブランコ

まちの魅力をお礼に込めて
「わたしのまちのふるさと納税返礼品」

今月のテーマ 「ふるさと納税返礼品」

生まれた故郷や応援したい自治体に寄付ができる「ふるさと納税制度」。
税金の控除や寄付金の使い道を指定でき、
さらには地域の名産品などの
お礼の品ももらえる魅力的な仕組みが人気の制度を
利用しているという人も少なくありません。

今回は全国にお住まいのみなさんから
自分のまち自慢のおすすめ「ふるさと納税返礼品」を教えてもらいました。

本年度分の申し込みは12月末まで。
名産品からまちの特色や魅力を再発見してみてください。

【秋田県秋田市】
みんなが知っている名産から珍品までラインナップ!

秋田市にもたくさんの返礼品の用意がありますが、
今回は私が思わず二度見した返礼品を紹介したいと思います。

数ある秋田市返礼品のなかでも堂々1位はこちら!

〈牛タンスライス(贅沢に丸ごとどーんと約1本分)1キロ〉寄付金額:22000円

〈牛タンスライス(贅沢に丸ごとどーんと約1本分)1キロ〉寄付金額:22000円

この牛タンスライスは、厳選した良質な部分だけを使用していて、
タン先の硬い部分を取り除いた約1本分がどーんと入っています。
その長さは20センチ前後という大きさ。

さて、牛タンを食べるときは「のど越しがいい飲み物」が
つきものだと思いませんか?
そこで、おいしい秋田のお酒のご紹介です。

〈白神・森岳かわい農場ソーセージ&秋田あくらビール国際審査会受賞4種セット〉寄付金額:16000円

〈白神・森岳かわい農場ソーセージ&秋田あくらビール国際審査会受賞4種セット〉寄付金額:16000円

秋田の味がぎゅっと詰まったセットはいかがですか?
4種類のクラフトビールを飲み比べながら、
世界遺産の白神山地の麓にある
秋田県三種町のソーセージも一緒にぜひ!
おうちで秋田を訪れた気分を存分に楽しめます。

〈高清水純米大吟醸・大吟醸セット720ml×2本〉寄付金額:13000円

〈高清水純米大吟醸・大吟醸セット720ml×2本〉寄付金額:13000円

そして「米どころ秋田」といえば、やはり日本酒ですよね!
全国新酒鑑評会で20年連続金賞を受賞している〈高清水〉は、
キレのある飲み口なのに軽やかな口当たりで多くの人に親しまれています。
大吟醸のセットをこの価格でいただけるとはうれしい限りです。

さて、続いては珍しい返礼品を紹介します。

〈工藤胃腸内科クリニック 胃・大腸内視鏡ドック受診券〉寄付金額:16万円

〈工藤胃腸内科クリニック 胃・大腸内視鏡ドック受診券〉寄付金額:16万円

2日間に分けて世界でも先端技術の拡大内視鏡による診断が可能です!
有効期限も発行日から3か月と余裕があっていいですね。
帰省や旅行のタイミングなどで受けてみてはいかがでしょう?

そして最後に紹介するのは……マンホール!

〈秋田市竿燈柄入マンホール鉄蓋〉寄付金額:31万7500円

〈秋田市竿燈柄入マンホール鉄蓋〉寄付金額:31万7500円

秋田を代表するお祭り「燈灯」がなんとマンホールで楽しめます。
本物なのでしっかり12キロありますよ!
観賞用架台も付いています。
マンホールカード※と一緒に集めてみませんか?

※マンホールカードとは、〈下水道広報プラットホーム〉が企画・監修しているコレクションカードのことです。

information

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重久 愛 しげひさ・いつみ

「死ぬまでには一度は行きたい場所」で知られる鹿児島県与論島出身。2019年に縁あって秋田県秋田市にIターン。よそ者から見た秋田市の魅力や移住に至る経験を生かして、秋田市の地域おこし協力隊に着任。YOGAを生かした地域交流を図る事業や、移住者を受け入れる市民団体事業をプロデュース中。山菜採りにすっかり夢中に。自称「立てばタラの芽、座ればバッケ、歩く姿はコシアブラ」。

捨てないで!
「熟れすぎた柿」をおいしく食べる
とっておきのレシピ5選

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

柿の旬がやってきましたね!
今年の秋は暖かったので、柿が熟すのもずいぶんと早かった気がします。

柿の木は、よく実る「表年(おもてどし)」と、
あまり実らない「裏年(うらどし)」があり、それが交互にやってきます。

今年、我が家の柿は裏年でしたが、表年の柿木の威力はそれはそれは強烈で、
立派な柿が枝にいくつもぶら下がり、実の重さで枝がしなるほど。

たわわに実った柿を収穫する男性の写真

収穫すると柿の追熟が早まるので、柿が大豊作の年は少しずつ時期をずらしながら収穫します。

次々と熟れて、落っこちた柿のあと始末も大変です。
熟れた柿は、ニホンミツバチの天敵・オオスズメバチを呼び寄せる餌になるので、
養蜂をやっている我が家ではシビアな問題! 

そんなわけで、この季節になるとたっぷりと柿がとれたおうちからも
お裾分けをたくさんいただきます。

そのままフレッシュで食べても、熟してドロドロにして食べてもおいしいのですが、
ちょっと目を離した隙に腐っちゃった、
カビが生えちゃった、なんていうこともよくあります。
なんなら「柿が発酵して酢になっちゃった」というときも。

柿が熟れすぎて困った、という方、意外と多いと思います。
そこで今回は、熟しすぎた柿を救出する「柿のレシピ」をご紹介します。

熟れた柿の写真

手で持つだけで崩れてしまいそうなほど、ぷよぷよトロトロ。

憧れの薪ストーブ導入!
薪ストーブの選び方から
煙突工事、設置まで

憧れの薪ストーブに
点火できるまで

伊豆下田に移住する以前から、
津留崎さんがいつかは取り入れたいと思っていた「薪ストーブ」。
古民家の購入とリノベーションを機に、ついに導入を決めましたが
薪ストーブってどうやって選んだらいい?
2次燃焼って? 煙突はどうする? などなど
その点火までの過程をご紹介します。

二拠点生活(デュアルライフ)で
仕事や暮らしはどうしてる?
二拠点生活者たちが教えてくれた
2つの暮らしの過ごし方

暮らし方のひとつの選択肢として、ふたつの拠点をもって生活することが
より多くの人に受け入れられるようになりました。

この「二拠点生活」は、「二拠点居住」「デュアルライフ」と
さまざまな呼び名があるように、そのスタイルもさまざまです。
1か月を半分ずつ過ごしたり、仕事とプライベートを分けるように使ったり
二拠点生活者の数だけ暮らし方があると言えます。

コロカルでは、これまでさまざまなスタイルの二拠点生活者を取材してきましたが、
彼ら・彼女らが口をそろえて言うのが、ひとつの生活に縛られなくなることで
暮らしにも、仕事にも相乗効果や柔軟性が生まれているということ。

二拠点生活者たちは、どんなところにメリットを感じているのでしょうか。
二拠点生活の事例とともに紹介します。

これが私の二拠点生活:01
【東京&広島】建築家・谷尻誠さんの場合

「仕事の本質は“どこで活動するか”より“いいものをつくること”だから」。
そう話してくれたのは、建築家の谷尻誠さん。
「クリエイティブな仕事をするなら東京」という考えが一般的だった
2008年に広島と東京を週イチで往復する生活を始めました。

多くの人に「週イチで広島と東京を移動するなんて、大変でしょう?」と
言われ続け、あることに気づいたそうです。
それは「二拠点は、世の中ではまだ価値化されてないんだな」ということ。
でも、その“大変”を人より先に自分のものにしてしまえば、
ほかの人には真似できない働き方ができると考えました。

ふたつの拠点を毎週移動するのは、情報も移動し混ざり合っていくこと。
それによって、新しい働き方やアイデアが生まれるかもしれない。
働く時間としては非効率だが、
“いいものが生まれる”という意味の効率はよくなっていると言います。
つまりは、二拠点生活の価値化ということ。

時間的な効率より、いいものが生まれる効率に比重を置いているのです。

また、二拠点生活が住宅建築に与える影響についても語ってくれました。
今後二拠点生活者が増えると、家の建て方や在り方も大きく変わるそうです。

記事はこちら:建築家・谷尻誠 広島・東京の二拠点から学んだ“谷尻流”働き方と発想力

これが私の二拠点生活:02
【東京&根室】デザイナー・スズキタカユキさんの場合

ファッションデザイナーのスズキタカユキさんは、
北海道・根室の土地に魅せられ、東京と二拠点生活を送っています。

初めて根室を訪れた際、日本にこんなところがあるのかと驚くほど、
想像を超えた世界が広がっていたそうです。
北欧のようなドラマチックな光が差し込み、
こういう環境に身を置くことはおもしろそうだと感じたのです。

根室には、命の危険を感じるような場所や状況が当たり前に存在します。
「あと2時間ここにいたら死んでしまうかも」
と都会では考えもしないようなことに思いを巡らせます。

そして、この先も今のままでいいのかとか、
実はもっといろんな選択肢があるんじゃないかとか、
取るに足りないようなものに、意外と縛られていることに気がつくそうです。

ひとつの場所にとどまることで
自然と身についてしまっている常識や先入観から、
なるべく自由でありたいとスズキさんは考えています。

ひとつの場所しか知らなかったり、
逃げ場がないようなとき、そこが自分に合わなかったら本当につらいと言います。
その点、普段から見聞や見識を広げていれば、
今いる場所に生きづらさや不安を感じたり、満足感を得られないようなとき、
マイナス要素を回避する術を見つけやすいのです。
スズキさんは、そんな二拠点生活の良さを教えてくれました。

記事はこちら:デザイナー・スズキタカユキ 東京・根室、ふたつの拠点の往来が服づくりをより自由にする

これが私の二拠点生活:03
【東京&福岡】デザイナー・二俣公一さんの場合

住宅や商業施設をはじめ、多岐に渡るデザインを
国内外で手がける空間・プロダクトデザイナーの二俣公一さん。
1998年にデザイナーとしてのキャリアを福岡でスタートし、
2005年に東京事務所を開設して以来、
福岡と東京、2拠点での活動を続けています。

住まいは福岡。週の前半に東京へ行き、後半に福岡へ戻って
週末はできるだけ福岡で家族と過ごす、というのが1週間の基本サイクルです。

「日本って、47都道府県あって、
東京がメインで地方がサブかというと、そうじゃなくて、
東京以外の46道府県を合わせた面積のほうが圧倒的に広ければ、人も多い。

日本のマジョリティというか、リアルって、本当は地方にあると思うんです。
もちろん、東京にも暮らしはあるわけで否定する気はまったくないし、
ビジネス上はいろんな尺度があっていいと思うんですけど、
日々の生活とかそのリズムを考えると、
地方の暮らしのリアルをきちんと自分の中の尺度として
持っておくのは大事だと思っているんです」と二俣さん。

二俣さんの国内での仕事の半分は東京で、残り半分の“東京以外”は
福岡のみならず、千葉や神奈川の住宅設計、
兵庫の旅館の改装やランドスケープの整備など、
今や日本全国、驚くほど広範囲の“地方”に広がっています。

「地方のプロジェクトのクライアントさん自身が
ローカルに根ざしながら、見ているところはグローバルだったりする。

僕らは、海外の仕事も東京も地方も並列にやってきて、
相手の企業や施主も、そこをフラットに見ていて、
そのわけ隔てのない感覚が同調するというか、
超ローカルなところで、超ハイブリッドな仕事ができる、というのが
今、すごく楽しい」と語ります。

全国に点在する現場を行き来しながらも、
二俣さんは移動と移動の合間が1日しかなくても、福岡に戻ってくるそうです。

「例えると、掃除ロボットの“ルンバ”みたいな感じです。
移動でけっこう時間を無駄にするんですけど、
遠くても帰らないと充電できない。
自宅とか家族の存在というのも大きくて、逆に言えば、遠くても充電できる場所がある。
なんだかんだ言って、それがけっこう重要かな」

記事はこちら:デザイナー・二俣公一。福岡での暮らしに軸足を置きながら日本そして世界を見据える

〈つきに文庫〉札幌と美流渡。
2拠点暮らしで始めた、
小さな古本屋さん

週末暮らす美流渡で、月2回開くお店

私が住む岩見沢市の美流渡(みると)は、人口350人ほどの小さな集落。
お店は数えるほどしかないが、ここ数年、移住者の手によって
カフェやカレー屋さんができ、まちに新しいにぎわいが生まれている。

そして、ついに(!)今年は、古本屋〈つきに文庫〉が誕生した。
毎月2回オープンするところからつけられた名前で、
平日は札幌、週末は美流渡で暮らす、寺林里紗さんが始めた。

私が里紗さんと初めて会ったのは2019年春。
美流渡コミュニティセンターで定期的にアフリカ太鼓の教室が行われており、
同時にアフリカンダンスの教室も開かれるようになったことがきっかけ。

太鼓教室は、美流渡の近くの万字地区に移住した
アフリカ太鼓奏者の岡林利樹さん、藍さんが開いていて、
参加者からダンスもやってみたいという希望があがり、
その先生として里紗さんに声がかかった。

里紗さんは、大学卒業後にアフリカンダンスを始め、
札幌で会社勤めをしながらライブ活動やワークショップを行っている。
私もこの教室に参加したことがあって、
以来、美流渡をたびたび訪ねるようになった里紗さんとは、
折に触れ、会うようになった。

アフリカンダンサーであり古本屋さん。札幌と美流渡の2拠点暮らし。
そんな里紗さんに、今回、あらためてその人生と日々の暮らしについて話を聞いた。

野菜をつくるだけじゃない。
農業をしながら、里山の風景をつくる

美しい里山の景観を守るということ

私たちが暮らす小豆島の肥土山(ひとやま)という地区は、
山に囲まれた里山の集落です。
島で暮らしているのに、海が1ミリも見えない。
それはちょっと寂しいのですが、でも里山としての魅力は抜群! 
集落の中には小さな畑が点在していて、家々と畑と山が織りなす風景、
それが私が毎日眺めている美しい里山の風景です。

山の斜面に建つ家々、その間にある田んぼ、まわりを囲む山々。いつもの風景。

山の斜面に建つ家々、その間にある田んぼ、まわりを囲む山々。いつもの風景。

幸いなことに、まだ肥土山集落では多くの人たちが暮らしていて、
耕作放棄地や空き家など、荒れてしまった土地や家が
あちこちにあるという状態ではありません。
暮らしている人たちが自分の家や畑をきれいに維持していて、
地区の清掃活動などみんなで協力して行う活動も定期的に行われていて、
その結果として肥土山という集落はいまも美しいです。

でも、確実に島の人口は減少していて、ここから10年、20年経つにつれて、
維持できなくなる畑や家が増えてくるのは間違いないと思います。

現に私たちが小豆島に移住してきてからこれまでの9年の間にも、
住んでいた方が亡くなって空いてしまった家や、
管理されなくなって山に戻りつつある畑が、うちのまわりで少しずつ増えてきています。

少し高台にある畑からは集落を見渡せます。作業の合間にふぅ~と眺める景色が好き。

少し高台にある畑からは集落を見渡せます。作業の合間にふぅ~と眺める景色が好き。

いま、私たちが使わせていただいている農地は、集落の中に14か所あります。
どれも1000平米以下の小さな畑で、そのほどんどが、もともと田んぼや畑だった土地。
もう使わないからと、元の持ち主から借り受けて私たちが農業をしています。

農業をするというのは、里山の景観を守ることにつながると思っています。
野菜や米が育てられている畑、そこで作業する人々の様子、
それこそが美しい里山なんですよね。

2021年の〈HOMEMAKERS〉生姜収穫祭。みんなに集まってもらって一気に収穫。

2021年の〈HOMEMAKERS〉生姜収穫祭。みんなに集まってもらって一気に収穫。

11月のある日、そんな私たちの畑で春から育ててきた生姜の収穫祭をしました。
いつも畑仕事を手伝ってくれている仲間に集まってもらって、
朝からいっせいに収穫作業を始めました。

毎年11月後半には初霜がおりるのですが、生姜は寒さに弱く、
霜にあたると一気に傷んでしまいます。
さつまいもも同じで、10~11月はさつまいもの収穫、生姜の収穫と、収穫作業続き。
とにかく人の力がいるので、家族や友人たちに手伝ってもらって、
日曜日も休みなく働いています(泣)。

生姜栽培9年目。今年はしっかり大きく育ちました。

生姜栽培9年目。今年はしっかり大きく育ちました。

土の中から掘り上げた生姜。ずっしり重たい。

土の中から掘り上げた生姜。ずっしり重たい。

収穫はうれしいけれど、作業としてはかなり重労働。
スコップで土を掘り上げるというのは思っている以上に大変な作業で、
それを何度も何度も繰り返してひとつずつさつまいもや生姜を収穫していきます。
もう少し大きな規模の農業の場合は、土をごっそり掘り上げる機械を使ったりしますが、
うちは手掘り……。大変です。

ひと株ひと株スコップで掘り上げていきます。

ひと株ひと株スコップで掘り上げていきます。

掘り上げた生姜の茎を落として、保管します。

掘り上げた生姜の茎を落として、保管します。

日南市〈ADDress Kado〉
商店街の空き店舗を、
定額制・住み放題サービスの拠点へ

PAAK DESIGN vol.4

宮崎県日南市で建築デザイン、宿泊や物販など、幅広い手法で地域に関わる、
〈PAAK DESIGN株式会社〉鬼束準三さんの連載です。

今回は、日南市・油津商店街にある空き店舗をリノベーションした
〈ADDress Kado〉がテーマです。

〈ADDress(アドレス)〉とは、全国どこでも定額制・住み放題のサービスで、
定住でも所有でもない新しいライフスタイルを提案するもの。
以前、コロカルの記事でもご紹介しました。
ここでは、どのようにして日南にアドレスの拠点ができあがったのか、
振り返っていきます。

アドレス代表・佐別当隆志さんとの出会い

アドレス代表の佐別当(さべっとう)隆志さんとの出会いは突然でした。
2019年1月、引き渡し間際の物件で仕上げ作業に没頭している最中、
「こんにちは」と挨拶され、ふと顔をあげると男の人が立っていました。
僕のクライアントでもあり、いつもいろんな人とつなげてくれる
田鹿基倫さんも立っていて、「佐別当さんです」と紹介され、
設計の相談をしていただいたのです。

佐別当さんからアドレスの事業について説明を聞き、
淡々とした会話のトーンとは裏腹に、
ものすごく魅力的な未来が描かれていて心が打たれました。

これを4月から全国に展開していく予定で、海や自然が近いこと、
サテライトオフィス誘致の取り組みで話題となっていたこと、
手頃ないい物件が商店街内にあることなど、
さまざまな理由から我が日南にも拠点をおきたいということで、
ワクワクと胸を踊らせたのを覚えています。

〈ADDress〉代表の佐別当隆志さん。オープニングセレモニーでの挨拶の様子。

〈ADDress〉代表の佐別当隆志さん。オープニングセレモニーでの挨拶の様子。

お米農家ならではの
“秘密のおやつ”
稲穂でつくる「ポップライス」

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

我が家では毎年、自分たちが食べる1年分のお米を自給しています。
6月に田植えをしてから、草刈り・棚田の石垣の修理・猪の侵入防止柵の補修と、
定期的にお手入れをしながら、先日やっと収穫までたどり着きました。

我が家が実践している昔ながらのお米づくりは、
収穫したお米を数週間かけて天日干しして乾燥させます。
詳しい内容は前回の記事で。

雨が降ると、追加で2〜3日は干さないと乾燥しないので、
稲刈りをしてからは毎日天気を気にする日々。

女の子が稲穂を眺めている様子

小さな現場監督による、お米チェック。

振り返れば、台風や雨が続いた年は、1か月以上干していたときもありました。
ほかの田んぼがお米を収穫してしまうと、天日干ししているのは我が家だけになり、
餌をずらりと並べたような田んぼは、猪やスズメたちの格好の的になります。

今年もちょこちょこと猪に侵入され、そのたびに猪対策の柵を修復したりと
ハラハラしっぱなしの期間ではありましたが、
やっとこさ天日干しを終え、無事収穫できました。

女の子と農作業の年配女性が収穫した稲穂の中で笑い合う様子

脱穀作業の合間に、ご近所さんとおやつタイム。

苦労して育てた新米の味は、もうたまらなくおいしい! 
とっておきの土鍋で炊けば、ツヤツヤ、もちもち、そしてフワフワ。
フレッシュなお米が口の中でプリプリはじけて、噛み締めるたびに風味が増していきます。
「お米づくり、がんばってよかった!」としみじみ感じる瞬間です。

天日干ししている稲と女性の写真

収穫を待つお米たちとシェアメイト。

いただきものは応援の気持ち!
ご近所さんからのおいしいお裾分け

パーティプレートいっぱいの晩ごはん

あれは9月中旬のこと。
ご近所の農家さんから、パーティプレートいっぱいの晩ごはんをいただいた。
丸いプレートの半分がナポリタン。もう半分が炊き込みご飯。
雨で農作業がお休みになったからとつくってくれたものだった。

家族5人、一度に食べきれないくらいたくさんのナポリタンと炊き込みご飯。炊き込みご飯には紅生姜が合う。

家族5人、一度に食べきれないくらいたくさんのナポリタンと炊き込みご飯。炊き込みご飯には紅生姜が合う。

子どもたちは、このナポリタンが大好き。
私がナポリタンをつくろうとすると
「Yさんの味つけで!」とリクエストされるほど。
口に入れるとほんのり甘くてバターのいい香り。
トマトケチャップがしっかり効いてクセになる味。

昨年の冬に初めていただいてから、
「おいしかったです」
「子どもたちがすぐに食べちゃいました」と伝えていたら、
日に日に量が多くなって、ついにこの日、
パーティープレートのケースに大量に詰めてくれた。
「足りないかな?」と思ったそうで、炊き込みご飯までつけてくれたのだという。

晩ごはんをつくらなくていいという開放感。
味にうるさい子どもたちでも、このナポリタンなら文句はあるまいと顔がニヤニヤした。

秋になるとご近所さんからカボチャやブドウをいただく。冷蔵庫の中は食材でいっぱい。

秋になるとご近所さんからカボチャやブドウをいただく。冷蔵庫の中は食材でいっぱい。

この地域には果樹園が多い。さまざまな品種のリンゴをいただくことも。

この地域には果樹園が多い。さまざまな品種のリンゴをいただくことも。

夕方に、今度はお隣さんから立派な梨をいただいた。
そのとき私は、はっとした。毎日のように誰かに何かをいただいている。
2日前は長沼の友人が梅干しのお裾分けをしてくれ、
昨日は近所のカレー屋さんがピューレ用のトマトを置いていってくれた。

そういえば、東京から北海道に移住したとき、
ご近所さんが家庭菜園でとれた野菜をたくさん分けてくれ、
驚いたことがあったのを思い出した。
お金を払わなくても家にどんどん食材が集まってくることに、
とても不思議な感覚がしたし、お金をたくさん稼がなくても
生きていけるという安心感を持つこともできた。

ただ移住して10年が経つと、何かをあげたりもらったりすることは、
日常的なことで特別意識をすることもなくなっていた。

義母からもいつもおかずをもらっている。この日つくって持たせてくれたのはお赤飯。北海道のお赤飯は、ふかしたもち米に甘納豆を混ぜ合わせてあって、甘さが際立っている。

義母からもいつもおかずをもらっている。この日つくって持たせてくれたのはお赤飯。北海道のお赤飯は、ふかしたもち米に甘納豆を混ぜ合わせてあって、甘さが際立っている。

紅はるか、シルクスイート、安納芋。
どの「さつまいも」がおいしい?

ほくほく系、しっとり系、ねっとり系、どれが好き?

11月になり、だいぶ秋らしくなってきました。
食卓に並ぶ野菜も、大根、にんじん、かぶなどの
根菜類やその葉っぱなど、秋冬モードに。

そんな時期に食べたくなるのが、焼きいも! 
最近はコンビニでも、おでんや肉まんなどと一緒に焼きいもが並んでるそう。
「熟成 紅はるかの焼きいも」なんて書かれるとついつい食べたくなってしまいますよね。

この時期、アウトドアイベントやキャンプなどで食べる「焼きいも」最高です!

この時期、アウトドアイベントやキャンプなどで食べる「焼きいも」最高です!

砂糖を使わず、さつまいもの甘みだけでおやつになるからうれしい。

砂糖を使わず、さつまいもの甘みだけでおやつになるからうれしい。

ところで、〈紅はるか〉って何でしょ?
ブランドの名前? 商品名? 

さつまいもにはたくさんの種類があって、
紅はるかというのはさつまいもの品種名です。
最近では、国内で約60品種の栽培が報告されているそうです
農林水産省のページ参照)。
それ以外にも、報告されていないもの、地域の在来種など、
細かく分ければもっとたくさんの種類のさつまいもがあるとされています。

さつまいもは、品種によって形や色、甘さや食感などが違います。
自分でさつまいもを栽培し販売するようになるまでは、
「さつまいも」というひとくくりでしか考えてませんでしたが、
同じさつまいもでも随分と違うもんだなぁと最近では思います。
その違いを知っておけば、さつまいもを選ぶときにちょっと役に立つかもしれません。

今年の〈HOMEMAKERS〉さつまいも収穫風景。霜が降り始める11月中旬までに収穫完了。

今年の〈HOMEMAKERS〉さつまいも収穫風景。霜が降り始める11月中旬までに収穫完了。

これは〈紅はるか〉。さつまいも掘りは重労働だけど、収穫の喜びも大きい。

これは〈紅はるか〉。さつまいも掘りは重労働だけど、収穫の喜びも大きい。

さつまいもは、食べたときの食感で分けると、よく言われるのが
「ほくほく系」「しっとり系」「ねっとり系」の3種類。
これ、誰が最初にそういう表現をしたのかわかりませんが、
うまいこと分けたなぁといつも思います。本当にそんな感じです。

【ほくほく系さつまいも】

水分が少なめで、口の中でほろりとほどける粉質、やさしい甘さのさつまいもです。
水分少なめなので、少しずつ口に入れてしっかり噛んでから飲み込まないと、
のどに詰まりそうになります(汗)。

昔ながらの焼きいもは、このほくほく系ですね。
最近は水分多めのねっとりとした食感の焼きいもが人気ですが、
でもやっぱりこのほくほく感が好きという人も多いかと。

有名な品種でいうと〈紅あずま〉〈鳴門金時〉などがあります。
香川県では〈坂出金時〉という品種が有名で、私たちも栽培したことがあります。

ほくほく食べたい「さつまいものかき揚げ」。

ほくほく食べたい「さつまいものかき揚げ」。

160度くらいに温めたオーブンでじっくり50分程度焼くだけで、甘い一品「さつまいものロースト」のできあがり。

160度くらいに温めたオーブンでじっくり50分程度焼くだけで、甘い一品「さつまいものロースト」のできあがり。

3年半経って振り返る、高齢者の移住。
よかったこと、不安なこと

親も移住するという選択

津留崎さん一家が伊豆下田に移住してから1年後、
80代のお母さんも下田に移住することに。
高齢の親が近くにいることは何かと安心ですが
実際に移住してよかったこと、そして不安なこととは……?
3年半経ったいま、振り返ります。

今これにハマってます!
わたしのまちで「流行っている
モノ・コト」


今月のテーマ 「まちで流行っているモノ・コト」

あなたの周囲で今、流行っているものはどんなものですか?
地元の人に愛されるお店だったり、
大人も夢中になる遊びだったり、そのかたちはさまざまです。

今回は北海道と岩手にお住まいのみなさんから
地域で流行っているモノやコトについて紹介してもらいました。

好奇心をくすぐるまちのトレンドを覗いてみましょう。

【岩手県花巻市】
まちの人が「乾杯」を楽しみに集まる酒場〈ちゃんぷ〉

夕日が沈むと喉を潤したいのか、お腹を満たしたいのか、
〈ちゃんぷ〉というのれんを見ると、お店に吸い込まれていきます。
まちの人たちが集い、ここで「乾杯」を楽しみます。

筆者がお店に入り、席につくとさっそく生ビールを頼み、
あとはマスターにお任せで、適当に焼き鳥を焼いてもらいます。
味つけは決まって塩で頼むのが定番。

外観

生ビールの次には、絶妙な濃さのハイボールがクセになる。

生ビールの次には、絶妙な濃さのハイボールがクセになる。

マスターがつくる料理は絶品。

マスターがつくる料理は絶品。

しょうが焼きを頼み、
しめには特製冷麺を食べてお店を後にします。

しょうが焼き

ラーメン

ひとりで来ても、誰かしら常連さんがいて
楽しくお酒をついつい飲んでしまう、
そんな地元の人たちに愛されるオアシス的なお店なのです!

information

map

ちゃんぶ

住所:岩手県花巻市大迫町大迫第3地割114

TEL:0198-48-4178

定休日:月~木曜

※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、営業日・営業時間に変更がある場合があります。

photo & text

鈴木寛太 すずき・かんた

1991年東京都出身。2011年に発生した東日本大震災以降、大学のボランティアプログラムで、繰り返し岩手県を訪れるようになる。一度は就職するも、2015年8月、地域おこし協力隊として花巻市に移住。大迫(おおはさま)地区で、減少が続くぶどう農家の支援やイベントの企画・調整を行っており、2018年5月にぶどう農家となる。2021年4月から独立して、本格的にぶどうを生業として活動している。