「林業」と聞くと、木を切って市場に流通させるハードワークなイメージがある。
逆に言えば、それ以上のことは何も知らないというのが一般的な感覚ではないだろうか?
〈東京チェンソーズ〉が生業としているのは、
東京の森に木を植え、育てて伐採したものを生かし、まちに届けること。
異業種から林業に飛び込んだ、4人の熱き“林業マン”たちから始まった
〈東京チェンソーズ〉は次世代に林業の可能性を届けること、
そして、林業をあらゆるかたちに事業展開し、
“小さくて強い、顔の見える林業”の実現で、
東京の森と暮らしの共生を目指している。

〈東京チェンソーズ〉の創業は2006年。4人からスタートし現在は若手を中心に30数名の社員・スタッフがいる。
〈東京チェンソーズ〉のある檜原村(ひのはらむら)は、都心からクルマで西へ約90分。
東京都の島しょ地域以外で唯一の「村」でありながら、
3番目に広い面積を有している。村内の約9割が山林であり、
約6割が秩父多摩甲斐国立公園の指定地域という自然豊かなエリアだ。
葉つきの枝から根っこまでを部位ごとに販売する「1本まるごと販売」。
子どもたちに木の心地良さを伝えるためのワークショップ「森デリバリー」。
「ウッドデザイン賞」を受賞した、
木製の雑貨やおもちゃをカプセルに封じた「山男のガチャ」など、
〈東京チェンソーズ〉は林業界でイノベーティブな活動を次々と展開している。
しかし、同社の主軸となる「林業」となると、
木を伐って市場で売ること以外はわからない、想像がつかない世界でもある。
そこで今回は、創業メンバーのひとりである
コミュニケーション事業部の木田正人さんに、各種取り組みについてお話を聞いた。
「私も林業のことはまったく知らなかったんです。
近年は担い手が少なく、山が荒れたことで
土砂災害が増えているというニュースを耳にしていたくらい。
自分がやるとは思ってもいませんでした。
そもそも転職してなるような職業だと思っていませんでしたから(笑)」
木田さんは田舎町をあてもなくドライブすることが趣味だったという。
その際、過疎の村や放置された自然の風景も目にしていた。
林業に興味を持ったきっかけは、山の仕事が特集された雑誌を読んだこと。
現代の木こりには転職組もいることを知り、さらに調べるようになった。

木田さんは〈東京チェンソーズ〉創業メンバーであり最年長。半分以上が20、30代の若手メンバーだ。
「林業には、木を切ったりする作業面と、自然の状態を整える環境面のふたつがあるんです。
私は環境面に興味を持ったタイプですね。
旅するなかで見た美しい景色を守るため、
自分も何か役に立つかもしれないと思ったわけです」
そこで見つけたのが東京都森林組合の募集だった。
森林組合は、山の所有者が組合員となって共同で山を管理・整備する組織。
組合員(所有者)のほかに作業を担当する者がいる。
当時の森林組合の仕事は、木がまだ大きく育ってないこともあり、
間伐や枝打ちなど育林と呼ばれる作業がほとんどだった。
「実際にやってみると、林業ってすごく楽しい仕事なんです。
間伐するとこれまで手つかずだった山がパッと明るくなって、
風が通ってすごく気持ちいい環境になるんです」
そのまま長く続けたいと思っていたが、
森林組合の稼ぎは決していいといえるものではなかった。
「結婚して子どもができるとなると、なかなか厳しいものがあるのが実情です。
そのことは森林組合の方々もわかっているわけですが、
年金を受給しながら働いている方なども多いなか、
若手の給料だけを上げるわけにもいかない。
そんななか、今後は作業の外注化も増やしていくことを聞き、
日本の森に対する考え方が近いメンバー4人で独立しようとなったんです」

独立して8年。初めて持った自分たちの山でまず行なったのが作業道づくり。