連載
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
昨年から旧美流渡(みると)中学校の校舎を生かして、
さまざまな取り組みをスタートさせた。
春には『みる・とーぶ展』と『みんなとMAYA MAXX展』を行い、
4月から10月まで月1回ペースで開催する連続ワークショップも立ち上げた。
アフリカ太鼓や日本舞踊など、地域の仲間が講師となった教室がいくつかあり、
今回はそのなかで、万字(まんじ)地区で〈麻の実堂〉という名で
ハーブティーブレンドの販売を手がける
笠原麻実さんが開いているワークショップについて書いてみたい。
タイトルは『魔女のお茶会』。
校舎の花壇でハーブを育て、毎回季節に応じたハーブティーを飲むというもの。
「“魔女”は特別なものではなくて、身近なお母さんのようなそんな存在です」
お茶会に“魔女”とつけた麻実さんは、そう語る。
魔女の歴史を紐解けば、自然界にあるものを生かして
病気や怪我の治療にあたっていた存在だ。
それは子どもが風邪を引いたら梅干し番茶を入れたり、
怪我をすれば傷口に手を当てたり。
親が子どもに行ってきたケアに近い感覚といえるのかもしれない。
さまざまな効能のあるハーブを暮らしに取り入れて、
日々健やかに生きていく力にできればと麻実さんは考えている。
ワークショップは全7回。これまで2回が開催された。
朝晩の気温が低くてもすくすく育つ、スペアミントやタイム、
ミツバやアサツキなどの苗を麻実さんは用意。
参加者と一緒に花壇に植えていった。
1時間ほど汗をかいたら、そのあとにお茶会。
2回目となった5月14日は「Green witch’s tea time」と題し、
できたてホヤホヤのホーステイル&バンブーのブレンドティーが振る舞われた。
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5月は待ちに待った新緑の季節。
雪が溶けて枯葉に覆われていた地面に、勢いよくグリーンが現れ始める。
なかでも先頭を切って葉を伸ばすのがホーステイル。
かたちが馬の尻尾に似ていることから英語でこう呼ばれ、
日本語ではスギナと呼ばれている。
バンブー(笹)は、厳しい冬を越えていち早く新芽を風に揺らす。
「どちらも畑では嫌われている雑草ですが、すごい生命力があって、私には宝に思えます」
野山でこれらを採取し、陰干し。それを薪の炎で焙煎する。
その葉っぱの香りを嗅いでみると……。
「おいしそう!」
参加者は声を上げた。ホーステイルは海苔のような香り。
バンブーは爽やかな緑の香りがする。
麻実さんによると、これらの植物にはミネラルがたっぷり含まれていて、
その成分がおいしい香りを生み出すのだという。
この葉っぱにお湯を注いで、じっくり蒸らすとお茶になる。
ある参加者はハーブティーが苦手だったというが、これならおいしく飲めると語った。
緑の香りが鼻に抜け、そのあとに深い味わいが残る。
そして、飲み終わると体がポカポカ(!)
「周りに生えている植物からエネルギーを取り入れて、
生きる活力にしていけたらと思っています」
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このワークショップを企画したのは今年の初めのこと。
昨年、私が代表を務める地域PR団体〈みる・とーぶ〉が
校舎活用の窓口となり展覧会などのイベントを企画。
そのとき花壇は手つかずの状態になっていた。
そこで私は麻実さんに、花壇をハーブガーデンにできないかと相談した。
さらには、ガーデンづくりのワークショップも行ってはどうかと話してみたところ、
「やってみたい」と言ってくれた。
しかし、いざ企画を進めていくと
「自分にワークショップができるだろうか」と麻実さんは不安に陥っていた。
畑を始めたのは万字に移住した4年前から。
知識や経験をもっと積んでからのほうが良いのではないかと迷いがあったようだ。
「引っ越してきたばかりの頃、直売所に行って、おそるおそる
『畑をやりたいんですけど、どの苗を買ったらいいでしょうか?』と聞いて、
土地の真ん中にポツンと苗を植えたんですよ(笑)」
東京で暮らし、アウトドアブランドの販売員をやっていたという麻実さんが
ここに移住したのは、突然の出来事だった。
その道のりは、以前の連載にも書いた。
近隣の地区に移住していた友人の元を旅行で訪れたときに、
たまたま空き家があるという話を聞きつけ、家を見に行ったことがきっかけ。
まったく移住は想像もしていなかったそうだが、夫の将広さんと話し合い、
帰りの飛行機の中では気持ちが固まっていたという。
それから3か月後、当時6か月だった息子とともに一家で移住した。
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まるごとの自然のなかで過ごす日々は、心に変化をもたらした。
移住当初、出産後の体調不良で受診したクリニックの処置で、
命の危険にさらされるような経験をしたことをきっかけに、
薬や医療の在り方に疑問を感じるようになったという麻実さん。
命を他人任せにしないために、昔の人の知恵を借り、
身の回りにあるものを生かして、
自分で体のメンテナンスができないかと考えるようになった。
医療が発達していない時代、いかにして人々は健やかに暮らしていたのか。
時代によって意識はどのように変化していったのか。
興味は広がり本を読み漁った。
「最初にエンデの『モモ』を読んで、そのあと、
福岡正信さんの本を読むようになって。本に救われました」
福岡正信さんは農薬や化学肥料を使わない農法を探究した人物で、
代表作は『[自然農法]わら一本の革命』(春秋社)。
安心安全な食べ物を食べたいと考えていた麻実さんは、
福岡さんが提唱した自然農法に共鳴。
そこから興味は自然や生命、そのものへと向かっていった。
「本当の真理を知りたいと思って、いろんな本を読みました。
ブレない答えを知りたかったんです。誰もが納得するような答えを求めていました」
本を読むなかで、人はいろいろな言葉で自然や生命の神秘について語っているが、
それぞれの意見の違いのようなものを感じ取っていたという。
そして本に書いてあることを鵜呑みにせず、実際に行動に移して確かめたい、
そんな思いを持っていたそうだ。
「そのとき体調が悪かったこともあって、出歩かず、
ずっと畑で植物と向き合っていました。
風になびかれながら植物を見ていたら、あるとき私が知りたかったものは、
目の前にあったことに気づいたんです」
自分で育てた野菜を食べ、山や野に自生するハーブを食材として取り入れていくうちに、
体調は次第によくなり、昨年にはハーブブレンドティーの販売を始めるようになった。
販売はまだ始めたばかりで、本人はいつもちょっぴり自信のないような口ぶりなのだが、
ティーポットにお湯を注いで蒸らす瞬間の表情は、堂々としている。
私が特に好きなのは、イタドリとクワの葉が入った「Earth Blend」。
ほうじ茶のような、まろやかな味が気に入っている。
さらに不思議なことは、麻実さんがお茶を入れてくれると、次元の違う味わいになること。
「誰が入れても同じですよ」と笑うが、真似してみても、こうはならない。
ハーブの味を最大限に引き出す技は、私にとっては魔法のように思えてならない。
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