連載
posted:2022.5.4 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
4月23日から旧美流渡(みると)中学校で『みんなとMAYA MAXX展』と
地域のつくり手の作品を集めた『みる・とーぶ展』が開催となった。
主催するのは私が代表を務める〈みる・とーぶプロジェクト〉。
地域の仲間と一緒につくりあげていった展覧会だ。
前回の連載では『みる・とーぶ展』ができるまでをレポートした。
今回は、2020年夏に東京から美流渡地区へ移住した、
画家・MAYA MAXXさんによる『みんなとMAYA MAXX展』について書いてみたい。
メインとなる会場は校舎3階の3教室。
閉校前、ここは山あいの小規模な学校で1学年1クラス編成。
それぞれの学年が教室として使っていた場所に絵を展示した。
階段を登るとすぐに見える1室目には、昨年1月に札幌で発表された
鹿の連作『Deer in the Forest』が展示された。
奥深い森の中に佇む鹿たちは、
首から上だけが画面に浮遊するかのように描かれている。
いずれもじっとこちらを向いているが、その焦点は定まっておらず、
ただならぬ気配がある。
この作品が描かれたのは昨年の11月。
MAYAさんは、美流渡にある商店のシャッターに絵を描こうとして
足場台から落下し、右肩を骨折した。
そのため肩から肘にかけては固定されていて、かろうじて右手首が動く状態だった。
「調子のいいときだけじゃなくて、すごく悲しいときや
体調が悪いときにも絵を描いています。
そのときにしか描けない絵があるから、どんなときでも描くんです」
不自由ななかでMAYAさんは絵筆を取った。
以前に描き、発表することなくアトリエに置いてあった
240×120センチメートルの風景を描いたパネル作品の上に鹿を描くことにした。
腕を振り上げることは難しいため、パネルを床に敷いて、
自分の体を移動させることによって少しずつ形を描いていったという。
「自分が怪我をしたり、熱があったり、
とても疲れていたりという状態にあるときには、
その“たいへんである”というフィルターを外すと、
案外動くことができるんですね」
MAYAさんによると、骨折という状態が引き金になって、
あらゆることがうまくいっていないように感じることがあるが、
実は手が動かないという部分的な問題があるだけ。
訓練をすることによって、“たいへんである”という気持ちを
脇に置いておけるようになるのだという。
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隣の部屋に展示されている作品は、骨折が治って、
少しずつ春の気配が感じられた頃に描かれた連作だ。
キャンバス地がそのまま生かされた背景に鹿の顔が描かれている。
おもしろいのはモチーフが鹿なのだが、
まるで友だちに会ったかのような親しみが感じられること。
ある1枚は、地域で一緒に活動をしている仲間に顔がそっくりだった。
「意識していなくても見たことのある人が、自然と画面に現れるんだね」
無意識の領域に蓄積された記憶が、自覚なく画面に現れていく。
骨折していたときに描かれた絵と比べると、
春の芽吹きのような溌溂(はつらつ)とした感じを受けるのは、
MAYAさんの心の状態が反映されているからかもしれない。
肖像画のような鹿の連作とともに、この部屋に飾られたのは、
森の木々が強い風を受けてザワザワと渦巻くなかに動物が立っている作品だ。
薄ピンクに塗られた動物は、春の初めに厚真町を訪ねて出会った、
ばん馬を描いたものだという。
当初は、たて髪を描いてもっと馬らしくしようと考えていたが、
「このヌメっとした状態が好きなのかもしれない」と、
あえて描き込みはしなかったそうだ。
この絵を展示したとき、
「このパネルを終わらせることができて、本当によかった」と語った。
骨折中に描いた作品と同様に、
このパネルも以前に風景を描いたものがベースにある。
描き始めたのは2020年秋。
美流渡地区に移住してアトリエが整備されてすぐのことで、
240×120センチメートルのパネルに抽象的な色の重なりを表現しようとしていた。
あるときは絵具に多量の木工用ボンドを混ぜ、
そこに上から別の色を重ねることでアメーバーのような模様が浮かび上がったり、
それを上から緑で塗りつぶしてみたり。
幾度となく試行錯誤が繰り返されていた。
「せっかく描いてきた画面を、ついにすべて白で塗りつぶしたよ!」
そうMAYAさんが語ったのは今年の2月。
今まで蓄積された色の層を一度すべてリセット。
残念そうな話ぶりだったが、その数日後には緑の風が渦巻く、
見ているこちらが画面に吸い込まれてしまいそうな、そんな絵が生まれていた。
このパネルに初めて色が塗られてから1年半。
ようやく生まれたこの馬のいる風景には、
北海道の自然をより手応えのある感覚でつかみ取った
MAYAさんの眼差しがあるように思えた。
そして、3つ目の教室には、昨年、福岡アジア美術館で開催された
『おいでよ!絵本ミュージアム』でMAYAさんが段ボールに
たくさんのオランウータンを描いた、『どうくつ』と名づけられた筒状の作品が展示された。
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今年は現在の展示に加え、7月と9月にも
『みんなとMAYA MAXX展』を開催する計画だ。
つねに美流渡には新作を展示するとMAYAさんは決めている。
現在のところ新作はまだできてはいないけれど、MAYAさんは焦る様子を見せない。
アトリエにこもることなく、誰よりも率先して会場の掃除をし、
会場が美しく見えるようにとさまざまな場所に手描きのサインをつけるなど、
校舎で多くの時間を費やしている。
その上、学校だけでなく、地域のあらゆる場所に絵を描いていく取り組みも続けている。
いったい、いつ絵画制作をしているのかと不思議に思えてくるのだが、
そんなときMAYAさんのある言葉が思い出される。
「体を使う、心を使う、魂を磨く」
これはMAYAさんがデザインしたTシャツに書かれていた言葉だ。
つねに自分に新しいハードルを設定し、
それに挑むことで体も心もとことん使い、それによって魂が磨かれていく。
真に迫る絵を描くためには、制作に長く時間をかけることよりも、
掃除をはじめ日々の活動を通じて魂を磨くことなのではないか。
MAYAさんは多くを語らないけれど、そんな風に考えているのだと私は思う。
こうしたMAYAさんの気迫は、空間全体に満ちていて、
きっと会場に足を踏み入れた人にも感じてもらえるはず。
会期は5月8日まで。
春の展示が終わったら、次には夏、そして秋。
3度の展覧会に足を運んでもらって、
MAYAさんの表現の展開を間近で感じてもらえたらうれしいです。
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