連載
posted:2022.6.15 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
野草のイタドリをテーマにした絵本をつくり始めたのは、およそ5年前のこと。
私は〈森の出版社 ミチクル〉という出版活動を行っていて、
そのなかで『ふきのとう』という、北海道ではお馴染みの植物をテーマにした絵本を制作した。
この絵本は、造本作家である駒形克己さんにアドバイスをもらいながら、
娘の駒形あいさんにデザインを仕上げてもらった。
そして私はすぐに次回作をつくろうと考えた。
ふきのとうとともに、北海道の広範囲に生息するイタドリを取り上げたいと思った。
物語の骨子は、すぐに浮かんだ。
私の周りで見かけるイタドリは、オオイタドリという種類で、
ぐんぐん伸びて、あっという間に2メートルほどになる植物だ。
空き地や土手に群生し、畑ではジャマ者扱いをされることも。
調べてみると国際自然保護連合(IUCN)が発表した
「世界の侵略的外来種ワースト100」に選定されていて、
欧米ではイタドリが生えていると地価を左右するという事例もあるようだ。
その一方で、イタドリは日本に古くから生息していて、さまざまに活用されてきた。
「痛みをとる」が語源となっているそうで、その葉には止血作用があり、
また根などは生薬として利用されることも。
春には若芽を炒めて食べたり、ジャムにしたり。
またイタドリという名以外に、
スカンポ、イタンポ、ドングイ、スッポン、ゴンパチなど、地方によって呼び名も多彩。
なにより、青々と茂っていく姿は生命力に満ちていて、
荒地を再生しようと頑張っているかのように私には見えるのだ。
「ジャマ者って思われているけれど、案外いいやつなんじゃないか……」
そんな想いを物語として展開してみた。
絵本の判型は縦長。
黒い紙を切って貼りつけた切り絵の技法で、長く伸びていくイタドリを表した。
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さて、これをどのように印刷して出版するのかを考えたときに手が止まった。
一般的な印刷技法であるオフセット印刷でいいのだろうかと思い始めたのだった。
私がこれまで刊行した本は、ネット印刷を利用するか、
札幌にある〈中西印刷〉という印刷会社に頼むかのどちらか。
ネット印刷は圧倒的に安いけれど、データを送付して刷り上がってくる過程に、
人の手を感じられない物足りなさがあった。
そのためできる限り、印刷所の方と気持ちが通うところに頼みたいのだが、
そうした印刷所の印刷費は、個人で負担するとかなりの額となってしまう。
部数も結構刷らないと1冊の単価が高くなりすぎてしまうため、年に1回くらい、
清水の舞台から飛び降りるような気持ちで印刷に出している(!)。
工業製品というよりも職人さんの手によって少部数でつくられていく本のほうが、
自分の出版活動には合っているのではないか。
職人さんと気持ちを共有しながら本づくりをしてみたい。
そう思って、イタドリの絵本を刷ってくれる印刷工房を探すことにした。
印刷方法はシルクスクリーン。
版画やポスター作品を印刷するときに使われる、インクの存在感が際立つ技法だ。
ところが、いくつかの工房で印刷費を見積もってみると、
1冊1万円以上(!!!)になってしまうことがわかった。
また、両面印刷は難しいと請け負ってくれないところもあった。
シルクスクリーンでの印刷は半ば諦めていたときに、思いがけない出会いがあった。
小樽で染めとプリントの工房〈milvus(ミルバス)〉を開き、
〈Aobato(アオバト)〉というブランドを展開している小菅和成さん、岩本奈々さんだ。
出会いのきっかけについては、以前の連載でも書いた。
そして2019年からイタドリの絵本をつくるべく、ふたりに相談に乗ってもらうようになった。
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小菅さんは、大学時代に版画を学び、卒業後は染色会社で働きつつ、
大学でも技法の研究を続けていたという。
その知識は幅広く、版画と染色を横断していて、
イタドリの絵本でも枠にとらわれないアイデアを出してくれた。
そのひとつが、イタドリの葉っぱを押し花にして、ページに貼りつけるというもの。
このアイデアによって、よりイタドリが身近に感じられ絵本が特別なものになると思った。
こんな素敵なアイデアをもらって、あと一歩という段階まで漕ぎ着けたのだが、
その後、仕上げの手が、またまた止まってしまった。
ふたりの工房では、主に手ぬぐいなど布へのプリントが多く、絵本を手がけるのは初めて。
製本方法は試行錯誤の段階にあることから、
比較的、製本が容易なジャバラタイプにすることにした。
ということは、表面に絵本の物語が展開し、裏面には何か別の絵を配置できる。
そこで、新たにイタドリが群生する様子を切り絵で表してみたのだが、
まったくピンとこなかった。
そして1年以上も進められなくなってしまった。
自分からプリントを依頼したのにもかかわらず、ずっと気が重かった。
それが急展開をみせたのは、昨年冬に東京の〈根津美術館〉で開催されていた、
江戸後期に活躍した絵師・鈴木其一(すずき きいつ)の展覧会を観たことだった。
そのとき其一の《夏秋渓流図屏風》という、
渓流と夏と秋の草花を描いた屏風が展示されており、
西洋画のように陰影を描かずに、植物のリアリティを表現する方法に私は惹きつけられた。
例えば笹を描くとき、葉の出る順番と位置とが成長する法則に則っていることがわかった。
其一のように、イタドリの成長過程の法則を見つけて、
それに合わせて描いてみようと思い、北海道に戻って早速トライしてみることにした。
イタドリを観察してみると、茎を中心に螺旋を描きながら葉っぱが出てくることがわかった。
その構造を忠実に写し、葉脈なども、実際に沿って描いていった。
シルクスクリーンで印刷する場合、かすれやにじみは再現しにくいので、黒い線と面で表現。
イタドリが天に向かって伸びやかに成長していく様子が伝わればと思った。
これで本当に原画が仕上がった。
この春、小菅さん、岩本さんの工房に出向いて、最後の仕上げを行った。
絵本に貼りつける葉っぱを切り抜き、お面をつくった。
また、裏面に配置する絵を刷るためのインクの色も調合した。
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あとはふたりにお任せして、4月下旬に絵本が完成。
初版の部数は15部。
これを、地元で開催された地域のつくり手による展覧会『みる・とーぶ展』で販売。
その後、SNSで呼びかけて、現在までに12冊が販売できた。
在庫が少なくなってきたので追加で15冊、注文させてもらった。
ふたりはこの増刷を本当に喜んでくれた。
1000部単位で販売をしていく一般的な出版活動からすると、
これは本当に小さな商いかもしれない(しかも5年もかかってしまった)。
けれど、顔の見える関係のなかで気に入って本を買ってくれる人がいて、
それがなくなればまた少しずつ増刷していくという、
無理のないサイクルで本をつくることができるのは、本当にありがたい。
現在は小菅さん、岩本さんの心意気に支えられてなんとか成り立っている状態。
今後はさまざまな作家の手によるシルクスクリーン絵本をシリーズとしてつくっていくことで、
この試みが定着していったらと、ふたりと話している。
これまで、地域の仲間が知恵を出し合いながら本をつくる
〈ローカルブックス〉というレーベルを立ち上げて、
誰もが気軽に本づくりができる環境を模索してきた。
このシルクスクリーンの絵本も、そうした環境づくりのひとつになったらと思っている。
そして、もっと本づくりは多様にできることを発信できたらうれしい。
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