連載
posted:2018.6.7 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
北海道に新緑が鮮やかに輝く季節がやってきた。
ようやく朝晩ストーブをつけることもなくなったこの時期になると、
動植物がいっせいに活動を開始する。
虫たちがせわしなく飛び回り、植物は花を咲かせたかと思うと
あっという間に散っていく。
こうした自然界の営みに呼応するかのように、
わたしのまわりも、だんだんと忙しさが増している。
現在進行中の地域のPR活動〈みる・とーぶ〉で、
7月6日から始まる札幌のイベントへの参加が決まっており、
いよいよ準備も佳境となってきた。
このイベントでは、岩見沢の「東部丘陵地域」と呼ばれる山あいで活動する
陶芸家や木工作家などの作品を紹介するとともに、
みる・とーぶの有志メンバーたちもものづくりに挑んでいる。
そのなかで、わたしは「本」を出すことを計画中だ。
本業の編集者の活動では、これまで数々の本づくりに関わってきたが、
昨年、既存の出版社を通さず、自分でつくって売るという新しい試みをスタートさせた。
まずつくった本は『山を買う』。
一昨年にわたしが岩見沢の山林を購入した経緯をイラストと文章で綴ったものだ。
手のひらサイズ、24ページというささやかなものだったが、
わたしの連絡先を一生懸命調べてくれて、購入したいといってくれる人も現れた。
そうした人に本を送ると、感想を書いたハガキが手元に届くことがたびたびあった。
20年ほど出版社で本をつくってきたが、これまで売るのは本屋さんまかせ。
いつもどんな人が読んでくれているのか実感がわかず、
もどかしい思いをしていたのだが、『山を買う』によって、
初めて読者のみなさんの顔がはっきりと見え、
そこからまた新しいアイデアが生まれていくような、そんな可能性が感じられた。
読んでくれる人とのつながりが感じられる本づくりをもっとしてみたい。
ならば独自に出版社をつくってはどうかと考え、
7月の札幌のイベントで、「森の出版社ミチクル」の
お披露目をすることにした(出版社構想についてはこちら)。
いまつくっているのは、『山を買う』とはまったく方向性を変えて、
北海道の身近な植物をテーマにした絵本だ。
発端は、2016年に岩見沢を訪ねてくれた、
造本作家でありデザイナーの駒形克己さんからの提案だった。
このとき駒形さんは、わたしの買った山に立ち寄ってくれ、
森の本をつくろうとしているという話を教えてくれた。
「荒れ地に、日差しに強い種が芽吹き大地をおおう。
次に日陰で芽吹く種が現れ……」
駒形さんの構想は、命の循環を繰り返しながら
森が成長していくというストーリーだった。
そして、駒形さんが東京に帰る日、別れ際に
「森の本を一緒につくりましょう」と声をかけてくれたのだった。
わたしの買った山は、木が伐採されたあとの荒れ地。
森の本の始まりも荒れ地が想定されていたことから、
自分の山を観察するなかで、何か具体的なアイデアを提案できそうな気がして、
リサーチを始めることにした。
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まずは、図書館やインターネットで森がどのように成長していくのかを調べたり、
身近な植物で気になるもののスケッチやメモをつくった。
こうした資料をまとめ、わたしが東京に出張するタイミングで、
駒形さんに打ち合わせの機会を設けてもらった。
そして、春夏秋冬で小さな本を出し、全体を通じて
森の営みが感じられるようにしてはどうかと、駒形さんはさらなる提案をしてくれた。
駒形さんはこれまで紙や印刷方法にこだわり、
本の手触りやページをめくるという特性を生かした美しい本をつくってきた。
これらは、イタリア・ボローニャブックフェアなどで高い評価を受け、
ラガッツィ賞に輝くなど、世界からも注目されるものだった。
さらに、これらの本を既存の出版社を通さずに独自の流通を開拓しようと、
自身の会社〈ONE STROKE〉から発刊しており、そうしたなかから近年は
「もっと気軽な本づくりをすることで、新たな可能性を探りたい」
という考えを持つようになっていた。
そんな気軽な本づくりの一環として、
春にちなんだ「ふきのとう」をテーマとすることにした。
北海道の長い長い冬が、ようやく終わりを告げようとする時期に、
真っ先に顔を出すのが、ふきのとうだ。
東京に住んでいたころは、ふきのとうを見たことはほとんどなかったが、
北海道で暮らしていると、山だけでなく、まちのいたるところに
生えているのを見つけることができる(ポピュラーすぎるのか、
ふきのとうを食べる人は、それほど多くないように思う)。
しかも、だんだん成長していくと、思ってもみなかったような形になる、
変化に富んだ植物だ。
「まず、ふきのとうの成長を定点観測してみたらどうかな?」
駒形さんのアドバイスを受け、4月から約2か月、ふきのとうの観察をしていった。
写真を上から撮っていくと、あることに気がついた。
雪が解けて地面が現れると、ひとつまたひとつとふきのとうが顔を出し、
花が開くと、その形は星型になる。
やがてそのあいだから、ハート型のふきの葉っぱが出てくるのだ。
星からハートへ。どんどん形が変化する幾何学的なおもしろさを
とらえることができないかと、絵本のラフを描き上げた。
駒形さんに絵本のラフを持っていったときに、あることがわかった。
実はこの時点まで、わたし自身は北海道の地の利を生かしてリサーチを行ったり
編集者として関わり、著者は駒形さんなのだと誤解していたのだった。
駒形さんのほうでは、絵もお話もわたしがつくる絵本を想定していたようだった。
「切り絵でやってみたらどう?」
そう言って、さまざまな色紙まで準備してくれたのだった。
絵本制作は中学校の美術部でつくって以来。
突然の展開に、自分ひとりで進められるだろうか心配したが、
ここで「できない」と思ってしまったら可能性は広がらない。
とにかくチャレンジしてみることにした。
切り絵を制作してみて気がついたのは、この手法はやり直しが容易なため、
すぐに何枚も絵ができあがることだった。
駒形さんがこの手法を薦めてくれた理由のひとつは、
鉛筆や筆のように細密に描くことができない代わりに、
描写力に頼らない、より自由な表現ができると考えたからだ。
わたしはこのときふきのとうを題材にしながらも、
北海道の冬から春にかけての劇的な変化を表したいと考えていた。
冬枯れの木々は、ゴールデンウィークを過ぎる頃には一気にグリーンにおおわれる。
その芽吹きのエネルギーを、切り絵という
色をダイレクトに見せられる手法で表現しようと試行錯誤が始まった。
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1か月ほど検討を重ねて駒形さんに送ってみたところ……
「ページ展開が、時系列に沿いすぎていて驚きが弱いかも。
すべて俯瞰の視点なので、ふきのとうの成長ぶりを伝えられていないような気もします。
また、主題が誰なのか、わかりにくいかも」
とう率直な感想メールをいただいた。
決してよい出来とは言いがたい絵本であるという評価は正直ショックではあったが、
駒形さんのメールの続きには、ページの進め方に対する具体的な提案もあり、
もう一度チャレンジする糸口をつかむことができた。
駒形さんの指摘を受けてつくった絵本をあらためて見てみると、
あれこれ言いたいことを盛り込みすぎて、わかりにくいものになっていたことに
気がついた(編集者なのに、自分のことはわからない!)。
そこで、もっとふきのとうの成長に目を向けた絵本をつくり直していった。
「とてもいいですね。
ただ、最初と次の見開きの主題が、ちょっとわかりにくいかも」
今度は好印象のメールをもらうことができた(やったー!)。
わかりにくいという部分を修正したあと、
駒形さんが文字のデザインをしてくれるというありがたい提案をいただき
「これで絵本がかたちになる!」と意気込んだ。
これが昨年の夏のことだった。
ただし、そのあとに、わたしが第三子を出産したこともあって、
東京に打ち合わせに行くことができず、また駒形さんも
多忙な日々を送っていたこともあって、デザインの作業は進まなかった。
ようやく11月末に東京で駒形さんと会うことができ、
もう一度絵本を見返していたところ……。
「色の使い方にもう少し工夫があってもいいんじゃないか」
と駒形さんから指摘を受けたのだった。
つくった当時は気づかなかったが、たしかに数か月、時間が経ってみると、
そうかもしれないとわたしも思った。
駒形さんは表現の手掛かりを探すように、
アメリカの画家、ジョージア・オキーフの画集をめくりながら、
色の使い方や表現方法のアイデアを広げるような話をしてくれた。
そのときわたしは何かフワッと言葉にならないイメージを
つかんだような気がしながら、北海道へと戻った。
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そして、1月、岩見沢の市街地から山あいの美流渡(みると)へ引っ越しをしたあとに、
この絵本に再度取り組んだ。
いつまでたってもやまない雪を見続けるなかで、ハッと気がつくものがあった。
いままで春の色鮮やかさに気をとられていたが、雪をしっかりととらえることで、
ふきのとうが描けるんじゃないかという気持ちになった。
色紙は使わずに、黒い紙と半透明のハトロン紙のみで絵本をつくった。
言葉も簡潔にして、絵に寄り添うようなものに変えた。
「いいですね。ぐっといい感じです」
駒形さんからのメールに心が震えた。
構想から約1年半、駒形さんに見守ってもらいながら、
想像もしなかった地点までやってきたような、そんな感覚を味わうことができた。
現在、駒形さんとともにデザイナーとして活動している娘のあいさんが、
この絵本のデザインを進めてくれている。
モノトーンの絵本に、デザインの力で彩りが与えられていて、
とてもすてきな仕上がりとなりそうだ。
この絵本を7月に刊行し、わたしがつくる森の出版社はスタートとなるはずだ。
今回のふきのとうと同じく、北海道の動植物の営みをテーマにした絵本をはじめ、
ここで暮らす人々にもスポットをあてた本づくりをしたいと思っている。
また、おそらく、日本でもっとも山奥にある出版社のひとつではないかと思うのだが
(光回線もない!)、それを個性と捉えて、本のつくり方はもちろん、
売り方も独自路線でいきたいと考え中だ。
さらに……、駒形さんには、いま2冊目の絵本についても
アドバイスをもらっているところ。もし、わたしが20代だったら、
「クリエイティブなことは人の手を借りずに自分でやらなければ本物じゃない」と、
変なプライドがあったかと思うが、いまは自分の中にそんな障壁はない。
駒形さんがいるからこそ、ひとりではたどり着けない境地に
ジャンプできるということに、ただただ感謝をし、
とにかくベストを尽くしたいと強く思っている(おんぶに抱っこでスミマセン!)。
2冊目も、できれば7月のイベントで並べられたらと、ラストスパート中!
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