〈北海道アール・ブリュット〉で 造本作家・駒形克己さんが語った “共有”する絵本づくり
岩見沢で障がい者によるアートプロジェクトが開催
わたしの住む岩見沢にずっと来てほしいと思っていた人がいる。
グラフィックデザイナーであり造本作家の駒形克己さんだ。
駒形さんについては連載第28回でも触れたことがあるように、
わたしの本業である本づくりの大、大先輩だ。
造本作家として新しい発見や体験をもたらすような絵本をつくり、
これらを既存の出版流通とは一線を画した独自の販売方法で読者に提供している。
こうした駒形さんの活動に、わたしは日頃から大きな影響を受けている。
北海道に移住して以来、駒形さんといつかこの地で仕事ができたら、
そんな想いを持ち続けていたのだが、いよいよ夢が叶うときがやってきた。
今年の11月12、13日に開催された
〈北海道アール・ブリュット 2016 in 岩見沢〉のプログラムの一環として、
基調講演とワークショップを行う機会をもうけることができたのだ。
このプロジェクトは、道内で芸術活動支援に取り組む
障がい福祉関係者らの手によって運営され、地元の学習センターである
〈いわなび〉の全施設を借り切り2日間にわたって行われた。
タイトルとなった「アール・ブリュット」とは、フランス発祥の言葉で、
専門教育を受けていない作家による「生(き)の芸術」という意味がある。
今回会場には、さまざまな障がいを持つ人たちの作品が展示されたが、
これらを障がいという枠でとらえるのではなく、既存の芸術とは異なる
大きなエネルギーに満ちた作品であるという広い視点に立って紹介したいという
実行委員会の想いが、アール・ブリュットというタイトルから感じることができた。

〈北海道アール・ブリュット 2016 in 岩見沢〉のチラシ。作品展示、講演会、分科会、ライブなどさまざまな催しが行われた。主催しているのは、〈北海道アール・ブリュットネットワーク協議会〉。昨年度より障がい者の作品の調査発掘、発信、相談などの活動を行っている団体だ。

1階、2階の各部屋には多数の作品が展示された。これは好きな車をつくり続けているという河上優矢さんの作品。モーターショーをイメージして並べられたものだという。

田湯加那子さんの作品。色鉛筆があっという間に短くなるほどの筆圧で描かれた力強い作品。田湯さんは各地で展覧会を開催し精力的に活動を続けている。
今回、わたしも縁あって実行委員会のサポートをさせてもらうことになり、
北海道教育大学岩見沢校、三橋純予先生の研究室と連携し、
駒形さんの講演会とワークショップが実現することとなった。
このプロジェクトで、駒形さんにぜひ話していただきたいと思っていたのは、
彼がパリのポンピドゥー・センターとともにつくった、
視覚障がい者と健常者が一緒に楽しめる絵本が生まれた経緯についてだ。
以前から駒形さんの障がい者へ向けた本づくりには、
人と人とのコミュニケーションの本質を見つめ直す重要な問いかけがあるように
感じていたこともあって、このプロジェクトへの参加をお願いしたのだった。
視覚障がい者も健常者もともに楽しめる本づくりを
11月13日に駒形さんの基調講演とワークショップが行われ、
基調講演では、まず駒形さんのこれまでの歩みが語られた。
駒形さんは、20代でアメリカに渡り、ニューヨークのCBS本社などで
グラフィックデザイナーとして活躍した。
絵本づくりを始めたきっかけは、帰国後に自身の子どもが誕生したことによる。
生後3か月の娘さんとなんとかコミュニケーションをとることができないだろうかと、
ページをめくると形が変化するようなカードの試作をつくっていくうちに、
『LITTLE EYES』という絵本のシリーズが生まれることになった。

基調講演のテーマは「障がい者に向けた本づくり」。駒形さんは、実際に絵本を見せながら、制作のプロセスについて語ってくれた。

会場には駒形さんの絵本も展示された。『LITTLE EYES』(偕成社)はカード形式の絵本。カードをめくると思いがけない色と形が展開される。黒1色で形が変化するシリーズ第1作目の『FIRST LOOK』をはじめ全10タイトルが刊行されている。
駒形さんの絵本づくりは、おもに娘さんとのやりとりのなかで生まれていった。
しかし、娘さんが成長し思春期を迎え、親離れの時期にさしかかり、
これから自分は誰に向かって本づくりをしていこうかと考えていたちょうどそのとき、
パリのポンピドゥー・センターの学芸員からオファーがあったのだという。
「学芸員の女性から、『視覚障がい者も健常者もともに楽しめる本をつくってほしい』
という依頼がありました。最初は自分がどんな本をつくることができるのか、
まったくわからなかったのですが、実際に目が見えない方たちに
モニタリングをしてもらいながら、制作を進めていきました」

ポンピドゥー・センターと共同出版した『折ってひらいて』。表紙は厚紙でつくられており、穴が開けられている。
駒形さんはサンプルをつくり、パリの視覚障がい者の女性たちに送り、
何度も意見を聞きながら、やりとりを重ねていったという。
「表紙は穴を開けて点字を表しましたが、彼女たちの最初の反応は
『わかりにくい』というものでした。通常の点字とは違いサイズも大きかったからです。
そこでもっとわかりやすくした試作を再び送ってみました。
すると『最初のほうがよかった』と。
『はじめは何かわからなかったけれど、これが点字だとわかった瞬間に
とても楽しい気持ちになれた』と語ってくれたんですね」

『折ってひらいて』のページを開くと、丸や三角、四角など、さまざまな形になった紙が折り込まれている。
この本はページを開くと、中央に紙が折り込まれていて、
それを開いたり閉じたりすることで、形がさまざまに変化する。
駒形さんは紙の質感にもこだわって、心地よい手触りを感じるものを選んでいた。
しかし制作を進めるなかで、製造コストを考えると
本の価格がとても高くなってしまうことから、
できるだけ風合いの近い別の紙の使用も考えたそうだ。
「別の紙を使ったサンプルを送ったところ、
彼女たちにすぐにそれがわかってしまいました。
『最初に使っていた紙は、とてもきれいだった』と語ってくれたんです」
駒形さんは視覚障がい者との絵本づくりを通じて、
大切なことを彼女たちから教わったという。
「感覚機能の一部を失ってしまうと、コミュニケーションにおいては
不便さをともなうと思います。ところが実は、わたしたちのほうが、
とても不便になってきているなと感じるようになりました」
駒形さんがこのとき見直したのは、わたしたちのコミュニケーションの在り方だった。
電子メディアが発達し、メールやSNSのやりとりが増えたことで、
身体を通じたコンタクトがとても苦手になっているのではないかと
考えるようになったという。
「絵本のサンプルを見せるために、盲学校を訪れたことがありました。
何度か訪ねるうちに、生徒のひとりが、わたしの顔を確かめるために
両手で触ってくれました。その手はとてもやさしくて、
わたしのことを一生懸命知ろうとしてくれるひたむきさに心が動きました。
メールでの連絡は迅速に事が進みますが、信頼関係を育むということにおいては、
別の行為が必要なんじゃないかということを学べたように思います。
また、わたしは大学で教えてもいますが、学生たちと接するなかで思うのは、
人間は便利さよりも、むしろ不便さのなかから育てられるのではないかということです」

ポンピドゥー・センターとつくったもう1冊の絵本『leaves』。視覚障がい者に四季を感じてもらえる絵本ができないだろうかと考え、季節によって変化する葉の形を紙を切り抜き表現した。

葉の形の変化とともに、紙の質感にもこだわった。葉の種類に合わせ、さまざまな手触りの紙が使われた。
そしてもうひとつ、駒形さんが障がいのある人々と接するなかで強く感じた、
ある想いについても語ってくれた。
「わたしのとても嫌いな言葉に『してあげる』というものがあります。
わたしたちは障がいがある人に対して、
つい『してあげる』という言い方をすることがありますよね。
これを漢字に置き換えると“上”という字を書きます。
一方『してください』という字は“下”という漢字を書きます。
こんなふうに知らず知らずのうちに
自分が上位にいるという感じを持つこともありますが、
わたしは常に平らなところで仕事をしたいという心情をもっています」
平らなところで仕事をするために、駒形さんがキーワードとして考えていたのは
“共有”という意識。
「わたしは視覚障がい者の気持ちを理解するチャンスになればと思い、
目隠しをしながら作品づくりをする〈タクタイル〉という
ワークショップを行っています。
このような理解する努力を、わたしたちは『してあげる』のではなく
『していきたい』という前向きな意識をもって行うことができたらいいですよね。
また、本当に豊かな社会とは何だろうと考えたときに、
今回展示されたアール・ブリュットの作品のように、
それぞれの個性を伸ばしていくことが大切なんだと思います。
競い合って同じようなものをつくるよりも、
個性を生かし共生に向かう社会を目指していきたいと考えています。
そのために、上下の関係でなく、互いに“共有”するという意識をもっていたい。
この“共有”というプログラムを、本づくりやワークショップなど
いろんな場で展開できたらとわたしは考えています」

『Little tree』は、イタリアで毎年開催されるボローニャブックフェアにて、2010年のラガッツィ優秀賞を受賞した絵本。木が時間とともに移り変わっていく様子を、繊細なポップアップによって表現した一冊。駒形さんの絵本は、〈ONE STROKE〉で購入可能。
触覚を生かしたコミュニケーションを育むワークショップ
駒形さんは“共有”という想いから、相手と交流するなかから作品づくりを行う
ワークショップをさまざまなかたちで行っている。
多彩なプログラムがあるなかから、今回、基調講演のあとに行われたのは
〈タクタイル=触覚ワークショップ〉だ。

目隠しをして、A4コピー用紙を3回折って角を1回切る。いったいどんな形になる?

アイマスクをしたまま、穴の形を手で探る参加者たち。
タクタイルとは英語で触覚のことで、参加者たちは目隠しをしながら、
さまざまな形に紙を折り切っていくというものだ。
目の見えないなかで、紙を切って作品をつくるという行為は、
参加者にとって新たな感覚を研ぎすますような体験となった。

目隠しをしたままの制作に慣れてきたら、今度は、折って切った紙を相手と交換し、同じ形の再現に挑戦!

終盤には色から形を連想した立体作品を紙で制作。アイマスクを外して自分の作品と対面した瞬間、参加者からはワッと歓声があがった。
本を通じて人とのつながりを見つめ、新しいコミュニケーションの方法を模索する
駒形さんの姿は、本当に心打たれるものだった。
今回、岩見沢を訪れてくれた駒形さんとともに過ごしたことで、
自分のなかで新たな発想が芽生えてくることになった。
わたしは、人と人との結びつきの場をつくりたいと、
ここ数年エコビレッジ構想をかたちにできないかと動いてきたわけだが、
20年来、本業としてずっと続けてきた編集者という仕事においても、
人との関係性を考える取り組みが、まだまだ無限にあるということに気づかされたのだ。
ならば……、本づくりとエコビレッジというふたつを混ぜ合わせた、
新しい活動を起こすことができないのだろうか?
それが「エコビレッジという暮らし方をテーマにした本をつくる出版社」になるのか、
いっそ「本づくりをするエコビレッジ」になるのか、
まだまだぼんやりしているけれど、ふたつをつなげることで、
何か自分なりの個性(?)が出てくるんじゃないかという気持ちになった。
1泊2日というあっという間の滞在だったが、駒形さんの残してくれた言葉によって、
また新しい未来が開けていくような気持ちになることができた。
駒形さんがまいてくれたタネが、春になって芽吹くことができるように、
これから自分の考えを深めていきたいと思った。

駒形さんはワークショップで、参加者がどんな作品をつくったのかを、全員で共有する場を大切にしていた。作品について語る参加者はみな笑顔だ。

講演会とワークショップが終了したあとに、わたしたちが活動している山を見てもらった。27年ぶりの来道という駒形さん。また、いつかこの地で会う約束をしつつ、駒形さんは足早に帰路についた。
information
北海道アール・ブリュット2016 札幌展
会期:2017年1月24日(火)〜1月29日(日)
会場:ギャラリー大通美術館(札幌市中央区大通西5丁目11 大5ビルディング1階)
お問い合わせ:0133-22-2896(北海道アール・ブリュットネットワーク協議会 社会福祉法人ゆうゆう)
writer profile
http://michikuru.com/
