連載
posted:2016.10.13 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
この秋から、新しい本づくりの準備を始めている。
今年の春に、北海道・岩見沢にある8ヘクタールの山林を買ったことを
本にしようと考えているのだ。
タイトルは、いまのところシンプルに『山を買う』。
そしてサブタイトルは「必要なのはお金よりも“思い切り”」にしようかと検討中。
購入の経緯については、この連載(第18回)でも触れてきたように、
最初はエコビレッジづくりの拠点になればと考えていたのだが、
手に入れてみると、それだけでない発見が数多くあり、
また東京の友人に山購入の話をすると「私も買ってみたい!」と
興味を示してくれることも多く、ならば本を書こうと思いたったのだ。
もうひとつ、きっかけがある。
この連載でも紹介してきたように、私たちが買った山があるのは、
岩見沢の東部丘陵地域といわれるエリア。
過疎化の問題を抱えるこの地域の未来を考えるトークイベントがあり、
そのゲストとして来てくれたアクセサリーデザイナーの
岩切エミさん(第23回)とした約束もある。
その約束とは、この地域のピーアールをするためのイベントを、
来年4月に札幌市資料館でエミさん協力のもとに開催するというもので、
会場で販売するアイテムのひとつにこの本がなったらと考えているのだ。
内容は東京生まれ東京育ちで、アウトドアや登山経験がほぼゼロという私が、
なぜ山を買ったのか。購入1年目でどんなことができたのかについて、
イラストを交えながら紹介するというもの。
山を購入してからは、山での活動を「山活!」と称して、
月に2〜3回ほど友人たちを募っていろいろな取り組みをしており、
それについても連載で触れてきた(第24回)が、
まだまだ書ききれなかった楽しみもあって、それらも本に収録したいと考えている。
とくにいまハマっているのは土器づくりだ。
土をスコップで掘り返してみたところ、その質は粘土のよう。
「山活!」に遊びに来ていた小学生が
「これ焼いたら、陶器になるんじゃない?」というひと言がきっかけとなった。
土を乾かして炭火に入れてみると、カーンといい音がして、
なんと素焼きすることができたのだった。
以来、土器や土偶などをたくさんつくっており、
山活メンバー(とくに子どもたち)にも大好評の遊びのひとつとなった。
また、山を買った噂が近所に広まっていて、
何やらおもしろそうなことをしているらしいと、
いろいろな人が訪ねてくれるようになったことも、うれしい出来事。
この本では、東京でこれまで会社員として働くだけだった私でも、
新車を買うよりも安い値段で山を手に入れることができ、
しかもなんとか楽しむことができているということを伝えてみたい。
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この『山を買う』という本の仕様は、手のひらサイズで約32ページを想定している。
価格は500円。部数は600部。
印刷代を含む諸経費は15万円くらい(希望的観測だけど……)。
仮に全部売れたら30万円(500円×600部)。
諸経費を引いたら手元に残るのは15万円(7割り売れたら手元に残るのは6万円)。
毎月1冊ずつ本をつくって軌道に乗せることで、
この活動が生活費を稼ぐ柱のひとつになったら、そんな考えも持っている。
私の本業は編集者。フリーランスとして東京の出版社から依頼を受けて、
原稿執筆や取材、書籍づくりなどを行っている。
これらは毎回刺激的なことも多く、ありがたい仕事ではあるが、
位置づけとしては大きな歯車のひとつのパーツだ。
また、出版社で本を刊行する場合、編集に加え営業や広告、流通など
多数の人が関わるため、売り上げが見込める内容しか企画が通らないという制約がある。
こうした不特定多数に向けた本づくりを20年ほど続けてきて、
もう少し違うやり方を考えてもいいんじゃないだろうかと思い始めた。
それが、今回の『山を買う』をつくるにあたって、私が大切にしたいと思う点だ。
東京の出版社から仕事を請け負うのではなく、自ら本を書いて自ら売ってみたい。
それが自分の表現に磨きをかけていくチャンスにもなるのではないか。
こうした本づくりをやってみたいと思ったのは、ある人物の影響も大きい。
造本作家でありグラフィックデザイナーとして活躍する
駒形克己さんの本づくりに対する想いが、私の気持ちを揺さぶった。
駒形さんは、紙の手触りやしかけなど五感に働きかける絵本づくりを行っており、
これらの多くは出版流通を通さず独自のルートで販売している。
そこには駒形さんの信念がある。
出版流通には「取次ぎ」と呼ばれる、出版社と書店をつなぐ仲買業者がおり、
この取次ぎがあることによって、出版社は自動的に
書店に配本できるというメリットがある。
しかしその半面、流通システムに乗りやすいように本のデザインが制限されることや、
売り上げ実績のある著者の本が優遇される傾向があるなど、
いままでにない規格外の本にとっては不利な状況もある。
大量生産大量消費を想定した流通システムの中では、
出版の可能性が狭められてしまうのではないか。
駒形さんはそんな想いがあり、〈ONE STROKE〉という会社をつくって、
本というものの可能性を模索するための、多彩な提案を行ってきた。
今年に入って駒形さんとは、ある本の企画でたびたびお会いする機会があり、
いま「本のタネ」となる本づくりに興味を持っているというお話をうかがった。
それは、小さくて薄く500円くらいで買えるような軽やかなつくりの本。
何百ページもある分厚くて立派な本をつくるのもいいが、
本のタネとなるようなアイデアを、どんどんアウトプットしていくことで、
「えっ、こんな内容でも本になるんだ」という意外性のある表現が生まれたらと
駒形さんは考えているのだった。
こうした考えを、駒形さんは川に例えて説明をしてくれたことある。
「川の上流なら小さな丸太のような橋をかければ渡ることができる。
けれど、下流に行けばいくほど大きく頑丈な橋をつくらなければならなくなる。
不特定多数に向けて出版を行う企業は、
本をいわば“下流”で相手に手渡しているようなもの。
仮に“上流”で本を手渡すことができれば、
もっとシンプルで気軽な本をつくることができるのではないか」
この話を聞いて、目からウロコが落ちるような想いがした。
これまで私が本づくりに携わるなかで、たくさんのアイデアは確かに生まれていったが、
これは企画が通らないとか、そんなに売れないんじゃないかということで、
自分の中でダメ出しをして、そのまま消えていったものは数えきれない。
しかし、そうしたアイデアを押え込むような考えの中では、
おもしろく新しい切り口の本が生まれる可能性を自ら狭めているのではないか?
また、不特定多数に向けた本づくりは、結局誰に向けてつくっているのかが
曖昧になって、本当に伝えたいことが届くものになっていなかったのではないか?
もう一度、自分が仕事にしてきた、本づくりを見直してみよう。
手に取ってくれる相手の顔を思い浮かべながら、
自分が本当によいと思うことを発信していこう。
駒形さんと話をするなかで、躊躇することなくやってみようという気持ちになった。
手紙を書くような、肩肘張らない気持ちを持って、
『山を買う』も楽しみながらつくっていきたいと思っている。
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