連載
posted:2019.7.24 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
岩見沢の山あいの人口わずか400人ほどの美流渡(みると)地区で、
小さな出版活動を始めてから1年が過ぎた。
制作したのは2冊の本とポストカード。
新刊がなかなか増えない状態が続いていたが、
ある出会いによって新しい道が開けるようなできごとがあった。
〈milvus(ミルバス)〉という染めとプリントの工房を開き、
〈Aobato(アオバト)〉というブランドを展開している
小菅和成さん、岩本奈々さんとの出会いが、それだ。
2年ほど前から、わたしはイタドリという植物をモチーフにした
絵本の制作を行っていた。黒い紙をちぎって形を表現したもので、
内容はほぼ完成していたのだが、印刷をどうするかでずっと思い悩んでいた。
これまで北海道という土地ならではの本をつくりたいと試行錯誤をしてきたのだが、
印刷については道外の価格が安いネット印刷を頼っており、
それが心のどこかで引っ掛かっていたのだ。
印刷も北海道でできないだろうか。
一般的なオフセット印刷ではなく、もっと手仕事を生かす方法はないのだろうか。
そんなことを考えるようになったとき、岩本さんから、
わたしがつくった『山を買う』という本を買いたいという連絡をもらった。
送付の手続きをして、ふと彼女のFacebookを開いてみたところ、
色とりどりの美しい手ぬぐい作品を発見したのだった。
このとき岩本さんのお仕事はまったく知らなかったのだが、わたしは思わず……
「手刷りで絵本制作をしたいと思っているのですが、相談に乗ってもらえませんか?」
とメッセージした。岩本さんは快諾してくれて、昨年から少しずつ
イタドリの絵本についてのアイデア交換をするようになっていった。
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イタドリという植物は全国各地に生えているようだが、
わたしは北海道に移住して初めて、その存在を知るようになった。
道路脇や土手、空き地などに群生しており、
大きいものでは背丈が2メートル以上にもなる。
文献を調べてみると「世界の侵略的外来種ワースト100」に選定され、
一度生えるとどんどん繁殖していくことから、
畑や庭などではジャマもののように扱われることもある。
ただ、日本では昔から若芽を食べたり薬にしたりもされているようだ。
痛みを取ることからイタドリと呼ばれているという説もあり、
意外に役立つ植物なのかもしれないとわたしは考え、
これが発想のもととなり絵本をつくっていった。
小菅さん、岩本さんに絵本を見せながら、
当初はシルクスクリーンという、インクの発色が鮮やかな版画技法で
刷ってもらいたいという相談をするつもりだったのだが、
そこからだんだんと話が広がっていった。
「イタドリの葉っぱを粉にして紙に定着させたり、
イタドリの草木染めなどもできますよ」
小菅さんは、大学でシルクスクリーンを学び、
その後染色の工場に務めた経験もあり、知識が豊富な染めと印刷の職人さん。
また、若い頃に内装関係の職人さんのもとに弟子入りのようなこともしていたそうで、
ものづくりに関するすばらしいセンスと技術を持っている。
実は、おふたりに出会う前に、印刷所にシルクスクリーン印刷の
見積りをとってみたこともあったのだが
「両面に刷ると汚れが出て難しい」という担当者の意見があったり、
驚くほど高い見積りがきたりしていたので、
さまざまな提案をもらえるのが本当に頼もしかった。
しかも、一応絵本は完成していたものの、何かひと味足りないような、
もう少し工夫できるような気持ちがあったので、おふたりと協働することによって、
もっとおもしろくできるんじゃないだろうかと考えるようになっていた。
何度かメールでやりとりを重ねたあと、
7月中旬に、実際にふたりの住む小樽の工房を訪ねて、
イタドリの本の試作をしてみようということになった。
ふたりが住んでいるのは、観光客でにぎわう小樽のまちなか。
風情のある古い家が残る路地裏に住まいがあり、隣を工房として使っていた。
この日は、イタドリの葉っぱを煮出し、紙を染める試作をすることにした。
駐車場の脇に生えているイタドリを採取。ぐつぐつと煮ていくと、
お湯が黄色っぽい色となり、それを刷毛で紙に塗っていった。
何度か紙に色をつけ、乾いたら最後に媒染剤(色を定着させるための液)を塗る。
媒染剤の種類によって色は変化するそうで、今回のものはやや灰色がかった緑になった。
このほかにおふたりが試してくれていたのは、イタドリの葉っぱを押し花にし、
コーティングできる液体を紙に塗って定着させるという技法だ。
わたしの絵本の中に「大きな葉っぱはお面にもなるんですよ」と書いたページがあり、
そこのページをもとにしてつくってくれたのだ。
乾燥させた葉っぱをカッターナイフでひとつひとつ切って
お面をつくってくれたそうで、そのユーモラスな表情に思わず顔がほころんだ。
また、わたしの絵本を、まるで自分たちのことのように思ってくれるふたりの姿に
胸が熱くなった。
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実際にふたりの工房を訪ねてみて、この葉っぱを押し花にする方法で、
可能性を探ってみたいと思った。
また製本の形式についても、ページをめくるいわゆる本の状態ではなく、
折ってつくるジャバラ型にしてみようということになった。
小菅さんは印刷や染めについては経験豊富だが、
製本については未経験ということもあり、
徐々にスキルをあげていきたいという希望もあったからだ。
この葉っぱの押し花を、絵本のキーポイントとしてどのように生かせるのか、
ふたりから手渡されたバトンをどのように返すことができるのか。
いま、わたしは新しいアイデアを練っている最中だ。
そして、もうひとつ、新たな本の制作も始まろうとしている。
岩本さんは、もともと雑貨店に勤めており、
現在もグッズデザインやグラフィックデザインなどを手がけ、
また、オリジナルブランドAobatoのデザイナーとしても活動中だ。
植物をテーマにした手ぬぐいや風呂敷などのデザインをしているのだが、
こうした柄を生かした絵本の制作をしてみたらどうかと、わたしは提案した。
ちょうど、娘さんが生まれたばかりということもあり、
きっと絵本が、これまで以上に身近なものとなっているだろうし、
娘さんとのやりとりのなかで絵本が生まれていったら、
実感のこもったすてきな仕上がりになるに違いないと思ったからだ。
いまは、ふたりの力を借りるばかりの状態になっているが、
わたしの本業である編集者という立場で岩本さんの絵本づくりに寄り添い、
少しでも恩返しができたらという気持ちもある。
これまで20年ほど商業出版に関わり、
本づくりは予算と刊行日の枠の中で制作することが常だった。
立ち止まったり、迷ったり、仕様を変更することは歓迎されない状態だったが、
小菅さん、岩本さんとの本づくりはまったく違う。
人と人とがゆったりとした時間を共有するなかで、少しずつ育まれ、
深みを増していき、最初のプランを飛び越えた大きな広がりが生まれていっている。
刊行時期は、もう少し先になりそうだが、そのプロセスをじっくり楽しみながら、
これからも歩みを進めていきたい。
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