私たちはコミュニティを リノベーションしている。 不動産屋が米づくりする理由

omusubi不動産 vol.9

こんにちは。おこめをつくるフドウサン屋、omusubi不動産の殿塚建吾と申します。

私たちは「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。

私は一応、omusubi不動産の代表をつとめています。
父方の家業が都内で不動産屋、母方の家業は千葉県白井市で梨農家を営んでいて、
それぞれの文脈にバッチリと影響を受けながら、
出身地の松戸市でomusubi不動産を立ち上げました。

この連載では、omusubi不動産のメンバーが代わる代わる書き手となり、
思い入れの深い物件とその物語をご紹介させていただきました。

連載9回目は、田んぼのお話をお届けします。

「田んぼ」という私たちの原点

田んぼというと「リノベーションと関係ないじゃん」という声が
聞こえてきそうでドキドキします。

そもそも、これまで私たちが手がけた事例をいくつかご紹介してきましたが、
その建物の多くは建築士やデザイナーによる劇的なbefore・afterではなく、
使い手によるDIYなど、時間とともに育てられ、変化していくものが多いです。

しかも田んぼとなると、もはや土地です。それの何がリノベなのでしょうか。

その答えとして、私たちは「コミュニティ自体をリノベーションしている」
のではないかと考えています。

そして、その根底にあるのは、田んぼであると信じています。
今回はそのお話をさせてください。

「神々廻の森」にある田んぼ。

「神々廻の森」にある田んぼ。

自給率0%の自分が情けなかった

私たちの田んぼは、松戸から車で40分くらいの
千葉県白井市の神々廻(ししば)という場所にあります。
周りは目の前にある市民プール以外は森に囲まれていて、
その地名の通り、いまでも神聖な空気を感じられる場所です。
そこに1反ちょっとの小さな田んぼを借りています。

田んぼを借りた理由。
それはシンプルで、自分の自給率を上げたかったからです。

仕事の意義はたくさんありますが、
私は最終的には食べるために働いていると考えています。
それなのに食べ物をつくっていない自分が情けない。
そして本業である不動産はゼロからイチをつくるより、
あるものを横に流すイメージを持たれていて、
事実そういう側面もあることは否定できない。
なので、ちょっとでも本質に近いことをやっている
免罪符がほしかった、というのが当時の心境でした。

連載開始から10年。 エコビレッジづくりの向かう先は?

Photo:Ikuya Sasaki

MAYAさんの言葉に導かれて

コロカルの連載を始めて、今年で10年目となる。
連載のきっかけをつくってくれたのは、画家・MAYA MAXXさんのひと言だった。
あれは2013年か14年くらいのことだったと思う。
当時、MAYAさんは京都で毎年個展を開いていて、展示を見るために訪ねた折に、
「みっちゃん、北海道にエコビレッジをつくったらいいんじゃないの?」
と提案してくれた。
そして、池澤夏樹さんの著書『光の指で触れよ』をハイと渡してくれた。
その本には、日本からヨーロッパへ渡った主人公がエコビレッジで暮らすことによって、
自分自身を見つめ直していく姿が描かれていて、
新しい家族の在り方の可能性のようなものが感じられた。

MAYAさんと出会ったのは2001年。当時私が編集長を務めていた雑誌の第1号で取材をさせてもらった。雑誌休刊以降は、1年に1度会う程度だったが、美流渡に移住しご近所さんとなった。(Photo:Ikuya Sasaki)

MAYAさんと出会ったのは2001年。当時私が編集長を務めていた雑誌の第1号で取材をさせてもらった。雑誌休刊以降は、1年に1度会う程度だったが、美流渡に移住しご近所さんとなった。(Photo:Ikuya Sasaki)

エコビレッジとは果たしてどのようなものなのか?
そのときはぼんやりした輪郭しかつかんでいなかったけれど、
自給自足的な生活に興味もあったし、東京の友人たちが
いつでもやってこられるような場所をつくりたいし、
北海道であれば広い土地を手に入れられるんじゃないか
という期待も込めて、やってみようと思った。

2011年に東日本大震災をきっかけに夫の実家である北海道岩見沢市に移住してから、
私は在宅勤務というかたちで、東京の出版社に勤めていた。
会社の事情もあって、2015年に独立することになったとき、
以前から仕事仲間であった、コロカルの編集者に
「エコビレッジをつくる過程を連載してみたい」と話したことから、
さまざまなことが動き出した。

岩見沢は北海道有数の豪雪地帯。東京とまったく違う暮らしがあった。

岩見沢は北海道有数の豪雪地帯。東京とまったく違う暮らしがあった。

連載がスタート。山を買う!?にチャレンジ

連載の締め切りは月2回。
まだ、エコビレッジの「エ」の字も始まっていないような状態だったけれど、
とりあえずまず広い場所を確保しなければと、山を買おうと思いつき、
森林組合に電話をかけたのがvol.001「山、買っちゃう!?」だった。

農家の友人が山の土地が買えることを教えてくれたのが始まりだった。

農家の友人が山の土地が買えることを教えてくれたのが始まりだった。

その後、山を購入(vol.018「ついに山を購入。『山活!』がスタート!」)。
結局のところ、除雪やインフラ整備の課題などがあり、
山にエコビレッジをつくるのは断念したわけだが、
このアクションによって林業関係の人々と知り合うこととなり、
さまざまなインタビュー取材や記事の執筆につながり、世界が大きく広がった。

8ヘクタールの山を購入。山といってもなだらかな場所だった。

8ヘクタールの山を購入。山といってもなだらかな場所だった。

使われていない空間を 小さな工夫で生かしてみよう。 武庫川女子大学 〈◯◯のチカフェ〉プロジェクト

多田正治アトリエ vol.11

京都を中心に関西で建築設計をしながら、紀伊半島の熊野エリアでも
地域に関わる活動をする多田正治(ただ まさはる)さんの連載です。

最終回は、大学の中庭で開催したカフェ企画について。
なにか新しくモノを建てずとも、ささやかな設えとアイディアによって、
使われない場所に新しい意味をもたらしていく。
そんな小さな場づくりのヒントとなる事例をお届けします。

誰も寄りつかない校舎の中庭

こんにちは。多田正治アトリエの多田です。
〈リノベのススメ〉は最終回となりました。
今回はいつものリノベーションではなく、広義のリノベとして、
大学で開催したカフェ企画〈◯◯のチカフェ〉についてご紹介したいと思います。

私は2024年の9月に武庫川女子大学の生活環境学科に准教授として着任し、
多田研究室(建築・地域デザイン研究室)を持つことになりました。
着任早々、3回生11名の学生たちがゼミ生として配属され、
そこで初めてのゼミ活動として企画・運営したのが〈◯◯のチカフェ〉です。

武庫川女子大学は、兵庫県西宮市にある大学で、
関西の女子大のなかでは最も学生数が多い大学です。

キャンパスも校舎もオシャレでキレイで、
大学生活を送るには申し分ない環境なのですが、
大学に着任して大学内を見て回っていたとき、
気になる場所を見つけました。それが中庭です。

中庭の様子。四方全部がガラス張り、うち三方が教室などに面していて、残る一方はガラスブロック。4階分の吹き抜け空間で、斜めに配置されたらせん階段がある。北欧風デザインの外灯も1本立っている。

中庭の様子。四方全部がガラス張り、うち三方が教室などに面していて、残る一方はガラスブロック。4階分の吹き抜け空間で、斜めに配置されたらせん階段がある。北欧風デザインの外灯も1本立っている。

生活環境学科の校舎はガラス張りで、廊下や教室、ラウンジから中庭を見下ろせます。
中庭にはイスとテーブルが置かれ、各階につながるカラフルな、
らせん階段が垂直に伸びています。

とてもいいデザインの空間なのですが、なぜかあまり人が使っている気配がありません。
学生たちに聞いてみると「立ち入ったことがない」
「入っていい場所だとは思わなかった」とのこと。

校舎の中心部にあって、いろいろなところから見える場所なのに、
誰も立ち入らない中庭になっていたのです。
「このよそよそしい場所をもっと親しみのある場所に変えられないだろうか」
と思ったのが、〈◯◯のチカフェ〉を立ち上げたきっかけでした。

中庭を実測して図面にしました。

北側の「実体験ラボ」は実際に座って学べるよう、名作椅子がズラリと並んでいる部屋。南側の「総合スタジオ」はファッションショーの練習などができるスタジオ。

北側の「実体験ラボ」は実際に座って学べるよう、名作椅子がズラリと並んでいる部屋。南側の「総合スタジオ」はファッションショーの練習などができるスタジオ。

断面の模式図を書いたものがこちらです。

地上3階・地下1階建ての建物が生活環境学科の校舎。3階に出入り口があるので、中庭は学生たちの動線から外れている。

地上3階・地下1階建ての建物が生活環境学科の校舎。3階に出入り口があるので、中庭は学生たちの動線から外れている。

じつはこの中庭は地下にあります。

地下といっても、地盤面から少し掘り下げられたぐらいの半地下で、
光が入る明るい空間です。

生活環境学科の校舎はすこし変わったつくりで、3階に出入口があり、
中庭は学生たちの動線から外れているのが疎遠になる要因のひとつだと思います。

「Farm to Table」  小豆島の農家〈HOMEMAKERS〉が 少量多品種の野菜栽培を続ける理由

HOMEMAKERSの農業のスタイル

多くの農家にとって冬という季節は、体を休め、
次のシーズンとその先に続くこれからのことを考え、準備する大切な期間。
小豆島で農業を営む私たち〈HOMEMAKERS〉も、
1月下旬〜2月中旬にかけてカフェの営業を冬季休業し、
昨年の状況を振り返ったり、作業場のメンテナンスをしたり、
普段やりたくてもできないことに向き合いながら、あれやこれやと考えています。

1月の畑の様子。小豆島は積雪することはほとんどないので、1年を通して野菜を栽培できます。氷点下に下がることはよくあるので、野菜の種類によってはビニールトンネルをかけて栽培することもあります。

1月の畑の様子。小豆島は積雪することはほとんどないので、1年を通して野菜を栽培できます。氷点下に下がることはよくあるので、野菜の種類によってはビニールトンネルをかけて栽培することもあります。

昨年秋に収穫して貯蔵しておいた「紅はるか」。薪ストーブの上でじっくり蒸した「ふかし芋」。農家の冬のおやつ。

昨年秋に収穫して貯蔵しておいた「紅はるか」。薪ストーブの上でじっくり蒸した「ふかし芋」。農家の冬のおやつ。

売上や利益など前年の状況を振り返るこの時期、毎年思うことがあります。
「今の農業のやり方を続けていていいんだろうか……?」

HOMEMAKERSの農業のスタイルは、

・平地が少ない離島の山間地域で、車で3分ほどの移動範囲に
約0.3反〜1反の小さな畑が17か所、合計約8.8反(8800平米)。

・年間通して100種類ほどの野菜と数種類の果樹を露地栽培。
基本的に季節にあわせて栽培、冬場も積雪はほぼなく野菜栽培が可能。

・農薬および化学肥料は使わない。有機肥料は使う。

・周辺の山から木、竹、落ち葉、草などの有機物を集めてきて、畑に入れている。
できる限り肥料を使わずに、周辺にある有機物を使って畑の土づくりをする。

・週1〜4日勤務のバイトが8人で野菜栽培と出荷を行う。
換算すると3人がフルタイム(週5日勤務)で働いている規模。

・収穫した野菜は、個人および飲食店に直接販売。
生姜と柑橘はシロップや調味料などの加工品にして販売。

オンラインストアで販売しているHOMEMAKERSの野菜セット。そのときにとれる7〜9品の野菜を出荷当日に収穫して発送しています。

オンラインストアで販売しているHOMEMAKERSの野菜セット。そのときにとれる7〜9品の野菜を出荷当日に収穫して発送しています。

MAYA MAXXの展覧会『生きる』 あの世とこの世の間にある 舟に込めた想い

「MAYA MAXX_Luce」の活動をともにして

コロカルの連載でもたびたびその活動について書いてきた、
美流渡在住の画家・MAYA MAXXさんが1月9日に亡くなった。

東京からこの地に移住する少し前の2020年3月11日に、
北海道を拠点としたMAYAさんの活動を「MAYA MAXX_Luce」と名づけ、
私はSNSでの発信や展覧会、ワークショップなどのマネジメントを行ってきた。
2020年夏に移住してからは、仕事をともにするだけでなく、
家族ぐるみで毎日顔を合わせながら暮らしてきた。

2022年、アトリエのすぐ近くにある旧美流渡中学校で開催された『みんなとMAYA MAXX展』にて。(撮影:佐々木育弥)

2022年、アトリエのすぐ近くにある旧美流渡中学校で開催された『みんなとMAYA MAXX展』にて。(撮影:佐々木育弥)

2023年夏に肺がんであることがわかってからは
診察に立ち会うことも多く、体調の変化をかたわらで見守った。
MAYAさんは治療をしながらも、近隣の旧美流渡中学校をはじめ
さまざまな場所で展覧会やイベントを行い、2024年晩夏にはがんもかなり小さくなり、
これから新しい絵を描こうと準備を進めていた矢先に骨への転移が見つかった。

11月に入院し、治療の甲斐なく天国へと旅立ってしまった。
この間の詳細については、まだ言葉ではつかみきれず、
頭に霧がかかっているような感じなので、いまは書くことは難しい。
ただ、生前から2月に展覧会を開催することが決まっており、
そのことを今回は書いておきたい。

2024年夏フェス〈JOIN ALIVE〉のアートエリアで作品を展開。赤いクマの塔を立てた。

2024年夏フェス〈JOIN ALIVE〉のアートエリアで作品を展開。赤いクマの塔を立てた。

札幌にあるギャラリー、茶廊法邑(さろうほうむら)にて
『生きる MAYA MAXX、現代の掛け軸展』が
2月5日から16日まで開催される。
2024年冬にもこのギャラリーで展覧会を開催しており、今回が2度目。
1回目の展覧会を行ったときに、
「次はロールスクリーンに描いた作品を展示してみたい」と語っており、
その思いが実現することとなった。

『みんなとMAYA MAXX展』2024年1月20日〜2月25日、カフェ&ギャラリー茶廊法邑で開催された。

『みんなとMAYA MAXX展』2024年1月20日〜2月25日、カフェ&ギャラリー茶廊法邑で開催された

茶廊法邑にて。2023年に描いた「林の中の象のように」が展示された。病気であることがわかる直前に描かれた大作。

茶廊法邑にて。2023年に描いた「林の中の象のように」が展示された。病気であることがわかる直前に描かれた大作。

窓などにかけるロールスクリーンを支持体にしたシリーズを描き始めたのは
2020年3月。コロナ禍の東京だった。
いつも新鮮な気持ちを持って描きたいと考えていたMAYAさんは、
手が慣れてしまわないように、キャンバスだけでなく、ダンボールや板、和紙など
支持体を変えることがあり、ロールスクリーンも試してみることにしたのだと思う。
キャンバスとはまた違う絵具の独特のにじみがあって、このにじみは
日本の古くからある山水画と共通するという意識を持っており、
普段使っているアクリル絵具に加え、黒は墨汁を用いていた。
また、巻き取って保管できることから、ロールスクリーンを
「現代の掛け軸」として捉えていた。

キーワードは「火袋」と「通り土間」。 築120年の京町家の建築様式が よみがえる住宅リノベーション

多田正治アトリエ vol.10

京都を中心に関西で建築設計をしながら、紀伊半島の熊野エリアでも
地域に関わる活動をする多田正治(ただ まさはる)さんの連載です。

今回は築120年以上の歴史がある京町家の住宅リノベーションについてお届けします。

町家を引き継ぐ

京都市の主要な東西の通りのひとつ、丸太町通りから少し北に上がったところにある町家。
この建物をリノベーションしたのが、今回ご紹介する〈丸太町の町家〉です。

建築主はぼくの古くからの友人。
彼のお祖父さんの住まいだったこの町家を引き継ぎ、
夫婦と小さなお子さんの3人で住むにあたり、
現代的な住まいを提案してほしいという依頼が2014年にありました。

工事前の様子。ファサードの青い瓦が特徴。

工事前の様子。ファサードの青い瓦が特徴。

築120年以上の歴史をもつ町家。
道路に面して母屋があり奥に庭があるという一般的な京町家の構成です。
間口約6メートルに対して奥行が35メートルほどあり、
極端に奥深く敷地の半分以上は庭でした。

この町家の履歴を調べるために、彼のお父さんにヒアリングをしました。
お父さんが子どもの頃に住んでいた家でもあるからです。

明治時代から建っていたこと、昔は奥に長屋があって複数の家族が住んでいたこと、
隣との間に昔は路地があってその長屋へとアクセスできていたことなど、
町家とその周りの環境の変遷がわかってきました。

また、お祖父さんは食品関係の仕事で道路に面した部分をビジネスに使っていたこと、
2階に使用人が住んでいたこと、またお祖母さんが庭の奥に茶室を建てたり、
庭や座敷に名物を並べたりと、趣向を凝らした道楽をされていたこともわかりました。

敷地の奥にある庭(工事前)。お祖母さんの趣味の気配が残りながら、木々や草花が野生化していた。

敷地の奥にある庭(工事前)。お祖母さんの趣味の気配が残りながら、木々や草花が野生化していた。

それから時を経て、昭和50年代に1階の道路に面した部分を大きく改装しました。
一部減築をして駐車スペースを設け、外装をタイル張りにし、
室内には応接間をつくりました。

そんな一家の歴史と町家の歴史を知ったうえで、設計プランを提案していきました。
次第に彼ら自身もどのような家に住んでいくのかイメージが固まっていったようです。

千葉県市川市〈アークタウン〉 小さなショッピングモールが もう一度、地域に愛される場所へ

omusubi不動産 vol.8

こんにちは。
おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉の
高橋隆幸(たかはし たかゆき)と申します。

私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。

この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが代わる代わる書き手となり、
思い入れの深い物件とその物語をご紹介します。

今回は、千葉県市川市の小さなショッピングモール
〈アークタウン〉の再生プロジェクトについて紹介します。

賑やかなアークタウンを取り戻すために

omusubi不動産の拠点となる千葉県松戸市に隣接する市川市。
アークタウンは北総線北国分駅から徒歩1分に位置する、
ヨーロッパの雰囲気がある小さなショッピングモールです。
建物の構成はテナント区画が13室、ワンルーム住居室が6室となります
(2024年11月現在)。

外観はヨーロッパのプラザ(人が多く集まる広場)をイメージしてつくられました。
先代のオーナー様が設計士さんにイメージを伝え、
一緒にアイデアを膨らませながら設計していったとのこと。
その想いが実り、1999年の開業当時はレストラン、カフェ、フラワーショップ、
海外の駄菓子屋さんなど小さなお店がたくさん入居し、多くの人で賑わっていたそうです。

omusubi不動産での管理をきっかけに作成されたアークタウンのイメージ図。

omusubi不動産での管理をきっかけに作成されたアークタウンのイメージ図。

そして開業から約20年。
共通の知人を通じてオーナーさまと出会い、こんな相談を受けました。

「もう一度、アークタウンを日常的に人が集まる場所にできないだろうか」

開業当時は多くのお客様で賑わっていたものの、年数の経過とともに
店舗の入れ替えが進み、学習塾などの非来店型のテナントが増えたことも影響して、
だんだんと開業時の賑わいはなくなっていきました。

弊社にご相談があった2020年8月の段階で、室内は古く、店舗の半数は空室の状態。
外からの視認性が良く、来客が見込める条件のいい道路沿いの店舗も空室になっていました。

しかし、ヨーロピアンな外観と店舗空間の広すぎず狭すぎずのちょうど良いサイズ感に
物件としてのポテンシャルを感じ、スタートアップを行うお店にはおすすめできると思い
このご依頼を受けさせていただくことにしました。

空室が目立つ頃のアークタウン。

空室が目立つ頃のアークタウン。

小豆島の農家が伝えたい、 冬の野菜の美しさと おいしい食べ方

やめたこと、新しく始めたこと

野菜が美しい。
ただただその美しさに感動し、うっとりしてしまう。

1月、小豆島で〈HOMEMAKERS〉として農業を営む
私たちにとって、1年で最も穏やかな時期。
カフェの営業は1月22日〜2月14日まで冬季休業しており、
農作業もいつもよりおだやか。
秋から年末にかけての収穫、加工品の製造、
カフェでのイベント開催などによる超繁忙期をなんとか乗り越え、
この季節を迎えられたことが心底うれしい。
私は年々「冬」が好きになっていく。

冬になると、よく山歩きをします。私たちの活動の拠点である小豆島肥土山(ひとやま)集落と、その先に広がる瀬戸内海を山の上から眺める。

冬になると、よく山歩きをします。私たちの活動の拠点である小豆島肥土山(ひとやま)集落と、その先に広がる瀬戸内海を山の上から眺める。

新しい年が始まり、いくつかこれまでのやり方を見直し、
やめたこと、新しく始めたことがあります。

まずやめたこと。
野菜セットの定期便販売を昨年12月末で終了しました。
毎回注文しなくても自動的に毎週、隔週、毎月などの頻度で
お届けされる野菜セット定期便。
お客さまにとっては便利であり、私たちにとっては
野菜のお届け先を安定して確保できる販売方法。

HOMEMAKERSでは、毎週火曜日と金曜日に野菜の収穫・発送作業をしています。

HOMEMAKERSでは、毎週火曜日と金曜日に野菜の収穫・発送作業をしています。

出荷作業日の夕方4時に郵便局さんが集荷にきてくれるので、それまでになんとか作業を終わらせます。

出荷作業日の夕方4時に郵便局さんが集荷にきてくれるので、それまでになんとか作業を終わらせます。

10年近く続けてきましたが、ここ最近は気候の変化、
物価の変化など変動するものが多く、定期的に同じ内容のものを
同じ価格でお届けすることに、違和感と難しさを感じていました。
野菜が少ない時期も定期便の野菜セットをなんとか用意しないといけない
というプレッシャーや、酷暑の夏でも畑に出て野菜を収穫して
休まずお届けしないといけないという負担から解放されなくては。

野菜がたくさん採れればたくさん販売する。採れなければ販売をお休みする。

できる限りシンプルに、その時々の畑や自然の状況にあわせて動けるように。

久しぶりにしっかり大きく育った「あやめ雪かぶ」。出荷のタイミングに合わせるんじゃなくて、野菜の成長にあわせて出荷できるようにしていきたい。

久しぶりにしっかり大きく育った「あやめ雪かぶ」。出荷のタイミングに合わせるんじゃなくて、野菜の成長にあわせて出荷できるようにしていきたい。

ひとつやめたことで、新しいことに取り組む余裕ができる。
もっと野菜のことを伝えたい。
HOMEMAKERSは、年間通して100種類ほどの野菜を育てているのですが、
毎週野菜セットの野菜の内容は変わります。
1年は約52週。
その52週の野菜セットの内容を写真におさめてみようと思っています。

〈小豆島カメラ〉10周年の写真展と トークに、撮影会、似顔絵も! 盛りだくさんのイベントを実現した 人のつながりパワー!

カフェを移転したらやりたかったこと

今年6月、〈HOMEMAKERS CAFE〉は、これまでの場所から徒歩10分ほどの
廃校になった小学校をリノベーションし、移転オープンしました。
建物の2階はゲストハウス〈NOTEL〉です。
広いスペースと泊まれる設備。
この場所にカフェを移転したらやりたいと思っていたことがあります。
それは、ゲストを招いてトークイベントを開催すること!

その思いが実現したのは、12月14日、15日と2日間にわたって開催された
小豆島カメラ〉のイベント。
写真展にトークイベント、似顔絵ショップ、山歩きと、
盛りだくさんのイベントで、たくさんの方々に会い、
話すことができ、興奮の2日間でした。

小豆島カメラは、島での暮らしのなかで出会う人や風景、
おいしい食べものをカメラで撮影し発信するチーム。
私もメンバーのひとりです。
上のイラストで10の旗を持ってるのが私。似てる(笑)。

2013年から7人で活動を開始し、気づけば10年!
この節目に、今年1月には東京・新宿にある〈OM SYSTEM PLAZA〉で、
小豆島カメラ10周年の写真展
『10年たってもやっぱり!見たい、食べたい、会いたい』を開催し、
これまでに撮ってきた写真のうち、2019年以降の5年間に撮った写真から
セレクトして展示しました(詳細は小豆島日記vol.330を参照)。
11月22日からは、HOMEMAKERS CAFEの隣にあるフリースペースで
同写真展を巡回展として開催しました。

写真展最終日、私たちが使っているカメラのストラップをつくってくれている〈FURIKAKE(フリカケ)〉の得丸成人(なるひと)さんと美由紀さん(写真右からふたり)が遊びに来てくれました。うれしい。

写真展最終日、私たちが使っているカメラのストラップをつくってくれている〈FURIKAKE(フリカケ)〉の得丸成人(なるひと)さんと美由紀さん(写真右からふたり)が遊びに来てくれました。うれしい。

小豆島に移住して12年、 農業とカフェとゲストハウスの “3足のわらじ”を履いてみて

走り続けて、師走

12月、師走です。
わたしは師ではありませんが、とにかく走りまくっています。
12月に限らず、ここ最近はずっと体も頭も走り続けている……。
今回はそんな私自身のことを書こうと思います。

12月の私。カゴ持ってカメラ持って走りまわった日。(撮影:古川 絵里子)

12月の私。カゴ持ってカメラ持って走りまわった日。(撮影:古川 絵里子)

2012年に小豆島に家族で移住し、今年の10月で丸12年経ちました。
2013年から農業を始め、カフェを開き、今年6月にはそのカフェを移転し、
8月に地元の仲間たちとともに〈ゲストハウスNOTEL〉を開業。
とにかく時間が足りない。
そりゃそうですよね。
農業、カフェ、ゲストハウスと、やることを増やし続けてきてしまったから。

12月上旬、今年は紅葉を長く楽しめました。畑のまわりの山々がオレンジや黄色に色づきとてもきれい。

12月上旬、今年は紅葉を長く楽しめました。畑のまわりの山々がオレンジや黄色に色づきとてもきれい。

2024年6月に新しい場所に移転した〈HOMEMAKERS CAFE〉。この秋はイベントをいくつか開催し、たくさんの人たちが訪れてくれました。

2024年6月に新しい場所に移転した〈HOMEMAKERS CAFE〉。この秋はイベントをいくつか開催し、たくさんの人たちが訪れてくれました。

まだ小学校が閉校になる前に植えられたトウカエデの木が、今はゲストハウスNOTELのシンボルツリーに。

まだ小学校が閉校になる前に植えられたトウカエデの木が、今はゲストハウスNOTELのシンボルツリーに。

2013年4月から書いてきたこの小豆島日記も、
原稿の〆切に数日遅れることはあったものの、
1か月以上遅れてしまったことは今回が初めて(大変申し訳ありません)。
のんびり田舎暮らし、ていねいな暮らし、どこにいってしまったのか。

なんとなく、このままではよくないと感じています。
いや、間違いなく良くない!(汗)
余裕がなくて、人とのコミュニケーションも雑になりがちだし、
きっとまわりの人たちからも「ひかりさんは忙しそうだから……」と
いろいろと遠慮されてしまっていると思う。
さて、どうしましょうか。

映画上映会

11月にNOTELで開催した『いただきます2』映画上映会&小豆島FARMERS MARKET。気持ちいい秋の日に、たくさんの人が来てくれて賑わいました。

この秋に収穫した「紅はるかサツマイモ」をかごに盛る。この前日、家族が熱を出したりして、大変だったなぁ(もう遠い思い出)。

この秋に収穫した「紅はるかサツマイモ」をかごに盛る。この前日、家族が熱を出したりして、大変だったなぁ(もう遠い思い出)。

減築して中庭をつくる。 京都特有の暮らしの風景をつなぐ、 長屋のリノベーション

多田正治アトリエ vol.9

こんにちは。多田正治アトリエの多田正治と申します。
2019年に連載をしておりまして、このたび5年ぶりに
再開させていただくことになりました。よろしくお願いいたします。

私は設計事務所を京都に構えており、京都を中心に関西で建築設計をするかたわら、
紀伊半島の熊野エリアでも10年にわたり地域に関わる活動をしています。
前回はその様子を京都・熊野の2部構成でお送りしました
(ご興味ある方は、ぜひバックナンバーも併せてご覧ください)。
現在も変わらず、関西と熊野で活動をしていますので、
引き続きそれぞれのプロジェクトについて紹介していこうと思います。

再開1回目の物件は、京都市中心地の細路地の奥にある長屋〈仏光寺の家〉。
京都特有の風景を守りながら現代の住宅にリノベーションしていくプロセスをお届けします。

暮らす人の息づかいを感じる長屋

京都市の中心地、四条駅の近くに〈佛光寺(ぶっこうじ)〉というお寺があります。
南北を走る烏丸通りと東西を走る四条通り。
京都市でもっとも賑わうこのふたつの通りに挟まれた繁華街にありながら、
大きな境内に足を踏み入れると周辺の喧騒が嘘のような空間が広がるお寺です。
ぼくの印象では神聖で静寂な空間というよりは、
誰に対しても開かれた公園のような場所、という感じです。

佛光寺の境内の様子。(撮影:阿部彩音)

佛光寺の境内の様子。(撮影:阿部彩音)

今回紹介するのはそんな佛光寺の近くにある住宅です。
このエリアでは、繁華街から一本通りを中に入ると、住宅街になります。
昔ながらの町家もあれば、新しく住宅、マンション、
最近ではオフィスビルに建て替わっていたりもしている職住近接のまちです。

〈仏光寺の家〉の近隣のまち並み。(撮影:阿部彩音)

〈仏光寺の家〉の近隣のまち並み。(撮影:阿部彩音)

そのエリアの一角にある長屋を住宅として改修しました。
立地は、「トンネル路地」と呼ばれる路地の先。
幅の狭い、しかも頭上にはほかの家の2階がまたがっているような、
まさにトンネルのような路地です。

トンネル路地を見る。奥の正面に見える建物が今回の物件。

トンネル路地を見る。奥の正面に見える建物が今回の物件。

この路地は、奥にある数戸の住宅のための生活道路です。
路地を抜けた先には井戸(もう使えないですが)やお地蔵さまもあり、
この路地自体が数戸の住人たちの共用の生活の場となっていることがうかがえます。

このようなトンネル路地や長屋がひしめき合う住宅地の風景から、
古くから続く京都の暮らしの営みをいまでも感じることができます。

既存図面。トンネル路地の先にある長屋。枠内が該当部分。

既存図面。トンネル路地の先にある長屋。枠内が該当部分。

庭のシソとずっと一緒に。 ジュース、酵素シロップ、 漬物や梅干しなどの保存食にも

梅干しに欠かせないのが赤シソ

ついにあたりが真っ白になり、雪の季節がやってきた。
庭に出て植物を眺めたり、収穫して食べたりできなくなるのは、
とても寂しいのだが、そんな気持ちを慰めてくれるものがある。
それは夏から秋にかけてせっせと集めて、干しておいた植物たちだ。
野に自生しているミントやカキドオシ、必ず畑で育てる
ホーリーバジルなどを乾燥させておけばお茶にできるし、
スゲや豆のツルをとっておけば、しめ飾りやカゴ編みの材料にもなる。

秋までに植物を収穫して部屋のいたるところに干しておく。

秋までに植物を収穫して部屋のいたるところに干しておく。

こうした植物のなかで、いちばん活用しているのは、なんといっても赤シソだ。
春になったらポットにタネを撒いて、たくさんの苗をつくり庭や畑に植えている。
こぼれダネから発芽するものもあって、特に手をかけなくてもぐんぐん伸びる。

ほかの草に囲まれながらも元気に育つ赤シソ(右)。私がたくさん育てているのはウラベニシソという品種で葉っぱの表が緑、裏が赤(これを赤シソと呼んでいいのかは迷うところだけれど)。

ほかの草に囲まれながらも元気に育つ赤シソ(右)。私がたくさん育てているのはウラベニシソという品種で葉っぱの表が緑、裏が赤(これを赤シソと呼んでいいのかは迷うところだけれど)。

なぜ、赤シソをこんなに育てるのか。
1番の理由は梅干しに欠かせないからだ。
いつも奈良の農園から、無農薬栽培の梅を10キロ取り寄せている。
7月初めにそれを塩漬けしておいて、赤シソが育つのを待つ。

南高梅を塩漬けにする。

南高梅を塩漬けにする。

8月中旬くらいに赤シソの葉っぱをたくさん集める。
梅10キロに対して、赤シソを葉っぱだけで1〜2キロ集めたいと思っていて、
自家栽培したものだけでは足りずに、近隣の農家さんから買ったりもしている。

シソを塩で揉む作業は、ことのほかたいへんだ。
まずは下処理として、茎から葉っぱをとって、それを洗って乾かして、
口当たりをよくするために葉っぱについた軸をとる。
大きなボールに10杯以上はあるだろうか。
軸をとる作業は1日では終わらない。

赤シソ(今回はウラベニシソ)を洗っては軸を外し、洗っては軸を外しの無限ループ! かなり大変!!

赤シソ(今回はウラベニシソ)を洗っては軸を外し、洗っては軸を外しの無限ループ! かなり大変!!

下処理ができたら塩で2回もんで灰汁をとる。
梅を塩漬けして梅酢の上がったカメにこれを入れると、
鮮やかな赤紫色が広がる(この瞬間が大好き)。
そのまま1週間くらいおいておき、いよいよ梅を干す作業へと移る。
3日間ほど天日で干していくと、シソの色が梅に移って、どんどん赤くなっていく。
シソは天日で半日くらい干して、干しあがった梅干しと一緒にカメに収めて熟成させる。

干して3日目の梅。どんどん赤味が増してくる。

干して3日目の梅。どんどん赤味が増してくる。

干した梅をカメに入れる。

干した梅をカメに入れる。

梅の上に塩揉みして半日干した赤シソ入れて蓋をして、半年以上熟成させる。

梅の上に塩揉みして半日干した赤シソ入れて蓋をして、半年以上熟成させる。

たっぷりのシソで蓋をしておくことで、梅の腐敗を防ぐ効果もあるという。
確かに梅酢に浸したこの赤シソは、不思議なことに時間が経っても腐らない。
結構前につけた梅干しと一緒に赤シソも出してきて、
ちょっと干してユカリのふりかけにしたり、もちろんそのまま食べてもおいしい
(実際に食べる際には十分にご注意ください)。

東京都台東区〈KAMINARI〉。 築50年のレトロビルが、 浅草でクリエイティブな文化を興す

omusubi不動産 vol.7

はじめまして。おこめをつくるフドウサン屋
〈omusubi不動産〉の小野洋平(おのようへい)と申します。

私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年“手で植え、手で刈る”というアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。

この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが書き手を担い、
思い入れの深い物件の物語を綴っています。

連載7回目を数える今回は、東京・浅草のクリエイティブビル
〈KAMINARI(かみなり)〉をご紹介。じつは筆者はomusubi不動産に
入社する前からこのビルに足しげく通っていたものの、これまでの背景はつゆ知らず。
そこで、誕生の経緯から入居者による改装内容、これまでの活用方法などなど、
関係者へのインタビューを通じて浅草のクリエイティブシーンを
盛り上げるKAMINARIの歴史を紐解いていきます。

クリエイティブビル〈KAMINARI〉とは?

KAMINARIの外観(before)。

KAMINARIの外観(before)。

東京都台東区浅草、雷門から徒歩1分の並木通り裏に位置する〈KAMINARI〉。
昭和42年築の4階建てで、かつては日本人形材料店が営まれていました。
古い建物ではありますが、今では乾物を扱うカフェ&バー〈ほしや〉、
「スタディスト」と名乗る活動家、岸野雄一氏、
食に関わる方をクリエイティブで応援するデザインオフィス〈ゆいろ〉、
プロダクト、イベントディレクションを手がけるデザインチーム〈MA+OI〉と、
個性豊かな方々が入居しています。

また、これまでにアート、デザイン、音楽、食……
ジャンルを問わないイベントを通じて、さまざまなクリエイターが集う
活動拠点としても親しまれてきました。

現在は地域のクリエイティブシーンを支える存在となったKAMINARIですが、
過去を遡ると空きビルの期間もあり、オーナーさんも活用方法に困っていたとか。
では、どういった経緯で今のクリエイティブビルにまで
発展していったのでしょうか。
まずは、omusubi不動産との出合いから紹介していきます。

「あの頃のような賑わいを……」
omusubi不動産、東京での初挑戦

omusubi不動産がKAMINARIと出合ったのは2016年。
オーナーさんが日本人形材料店を営んでいたこともあり、
1階はもともと人形や反物の倉庫、2〜4階は住居として利用されていました。
しかし、徐々に使用頻度も少なくなっていき、オーナーさん自身も
物件の新たな活用方法を模索していたそうです。

そこで、まずは外観を変えようと、地場の工務店
〈駿河屋(※)〉に依頼したのが事の発端。
外壁を塗り直してもらい、次の活用方法を考える段階になって、
omusubi不動産に白羽の矢が立ちました。

※駿河屋…創業365年。東京都墨田区を拠点に、自然素材を使った注文住宅・リノベーションを行う建築会社。

当時のomusubi不動産代表・殿塚建吾(以下殿塚)。

当時のomusubi不動産代表・殿塚建吾(以下殿塚)。

北海道・洞爺湖芸術館で 野生の学舎による展覧会。 みんなで探る「いのちのかたち」とは?

写真提供:野生の学舎

自然の中から引き出される、原初のものづくり

北海道南西部に位置し、日本で3番目に大きいカルデラ湖を持つ洞爺湖町に
〈野生の学舎〉という学び舎がある。
野生の学舎という名は、ヘンリー・ソローの著書からとられている。
ソローは、たったひとり湖畔に自ら建てた小屋で自給自足の暮らしを営み、
森を毎日何時間も歩くなかで思索を深めたアメリカの思想家だ。
野生の学舎を主宰するアーティストの新井祥也さんは、ソローのように自然から学び、
フィールドワークを通じて、「人がものをつくることの根源とは何か」を探り続けている。

2019年に洞爺湖町に移住し野生の学舎を主宰する新井祥也さん。

2019年に洞爺湖町に移住し野生の学舎を主宰する新井祥也さん。

学び舎の活動は、子どもから大人までが集まって
湖にある大きな岩に石を画材にして何かを描いたり、
周囲の音に耳を澄ませて、それらをオノマトペとして描き表したり。
自然との接触から生まれたこれらの活動は、もうすぐ100回目を迎えようとしている。
最初のものづくりとは個人的な営みではなく、
集合的な意識から生まれてきたものであり、
自然のことばに耳を澄まし、物の語りを聴くことからすべては始まっていく。

さまざまな石を拾い集め、それをチョークのように使って湖畔の岩に描く。(写真提供:野生の学舎)

さまざまな石を拾い集め、それをチョークのように使って湖畔の岩に描く。(写真提供:野生の学舎)

この学び舎がスタートしたのは2020年。
以来4年間で行った数々の取り組みを紹介する展覧会が、
洞爺湖芸術館で10月から11月にかけて開催されている。
タイトルは『いのちのかたち』。
新井さんは展覧会にこんな言葉を寄せた。

「野生の学舎が取り組んできたすべての活動のなかで、
その根源には“いのち”というテーマが流れています。
生きることを支えるいのちの大きな働きは、
目で捉えることも触れることもできず形を変えながら動き続けています。
洞爺湖という土地や自然、過去や未来、
わたしたちの個々の記憶が交わりながら、いのちにかたちを与える。
そこには、表現行為のはじまりの姿が見えてきます。
いのちが重なり、境界が溶けていく向こう側には
どのような光景がひろがってゆくのでしょうか」

旧洞爺村の役場の建物を利用した洞爺湖芸術館。円形の緑地帯には野生の学舎と函館在住のアーティストBOTANによる『草木塔』が立てられた。

旧洞爺村の役場の建物を利用した洞爺湖芸術館。円形の緑地帯には野生の学舎と函館在住のアーティストBOTANによる『草木塔』が立てられた。

展示会場には『いのちのかたち』と題された作品があった。
活動に参加した主に小学生によってつくられたものだ。
子どもたちと新井さんは対話やスケッチなどを繰り返しながら、
自身の内側にあるものを表すための試行錯誤をしていったという。
構想が決まったら流木と針金を骨組みに使い、かたちの大枠をつくり、
そこに紙を何層にも貼り重ね、それぞれに等身大スケールのかたちを生み出した。
それらは、生き物のようにも鉱物のようにも分裂する細胞のようにも見えた。

展示風景より。『いのちのかたち』。(写真提供:野生の学舎)

展示風景より。『いのちのかたち』。(写真提供:野生の学舎)

『いのちのかたち』と同じ空間に展示されていたのは『大地の創造』。
この作品は町内外から集まった60人以上と共同制作した5×6メートルにもなる絵画だ。
洞爺湖にある土や石から顔料をつくり、下絵をつくらずに即興で描いていった。
土や石も何億年もの時間をさかのぼれば、火山活動や動植物の堆積によって生まれたものだ。
茶褐色のなかに無限のトーンがあり、それらはまるで星雲のようなダイナミックさを感じさせた。

展示風景より。『大地の創造』。(写真提供:野生の学舎)

展示風景より。『大地の創造』。(写真提供:野生の学舎)

石や土を砕いて顔料とした。砕く前の石も作品の上に置かれていた。(写真提供:野生の学舎)

石や土を砕いて顔料とした。砕く前の石も作品の上に置かれていた。(写真提供:野生の学舎)

北海道で好きなことを好きなだけ。 本を編集して、カゴを編んで、 土偶をつくって

突然決まったポップアップショップと展覧会

10月中旬、札幌を拠点にイラストレーター・絵本作家として活躍する
すずきももさんからお誘いがあった。

「来月、本の販売と何か展示をやりませんか?」

ももさんは、この夏、札幌の円山に本と雑貨のショップとギャラリー、
そしてカフェもある〈ポンピイェハウス〉をオープンした。
月替わりで作品展示やポップアップショップの企画が次々と開催されていて、
私が岩見沢市の美流渡(みると)で続けている出版活動
〈森の出版社ミチクル〉の本も販売してくれていた。

円山は閑静な住宅街でこだわりのカフェやショップが点在。〈ポンピイェハウス〉は一軒家の1階をショップとカフェ、2階をギャラリーとして改修した。入り口に立つのはすずきももさん。

円山は閑静な住宅街でこだわりのカフェやショップが点在。〈ポンピイェハウス〉は一軒家の1階をショップとカフェ、2階をギャラリーとして改修した。入り口に立つのはすずきももさん。

カフェスペースでは、じっくり煮込んだハヤシライスやドライカレー、パンプレートなどが楽しめる。かぼちゃぜんざいや本日のケーキなども。

カフェスペースでは、じっくり煮込んだハヤシライスやドライカレー、パンプレートなどが楽しめる。かぼちゃぜんざいや本日のケーキなども。

準備期間は1か月を切っていたけれど、企画がむくむくっと湧いてきた。
1階の販売スペースでは、〈森の出版社ミチクル〉の本とともに、
森や農家さんのところで採取させてもらったツルを使って編んだカゴも並べたい。
また、縄文時代が好きすぎて始めた土偶や土器の再現制作の作品も展示したいと思った。

さらに2階のギャラリースペースでも展示ができるという。
ふと、これまで自分がつくってきた美術書を並べてみようかなと思いついた。
20歳の頃から美術出版社というアート専門の出版社でアルバイトとして
働き始めて以来、美術やデザインに関する本を現在までつくり続けているので、
それらをあるだけ出してみたらおもしろいんじゃないかと考えた。

制作したDM。11月1日から森の出版社ミチクルのポップアップショップ。14日から編集の仕事展を開催することに。

制作したDM。11月1日から森の出版社ミチクルのポップアップショップ。14日から編集の仕事展を開催することに。

バタバタと準備を進めながら、それにしても、本とカゴと土偶って、
あまりにも共通点がなさすぎるなあと思っていた。
もともと編集者だから本づくりはいいとして、なぜカゴを編み続けているのだろうか?

2018年、美流渡にカゴ作家の長谷川美和子さんが来てくれて
ワークショップをしてくれたのが始まり。
以来、そこかしこにカゴの素材があることに気づき、実験も兼ねて、
いろいろな素材で編んでいるうちに、作品がたくさん溜まってきたので
販売もするようになっていた。

コクワのツルで編んだカゴ。

コクワのツルで編んだカゴ。

編集や執筆の締め切りに追われているときに限って、カゴが編みたくなってしまう。
また、イベント開催や講演会が終わって心がヒートアップしているときに、
やはり黙々とカゴを編んでしまうこともある。
編んでいると本当に心が休まる。
編み物も同じ感覚があるけれど、ツルを手で触れていると
自然と自分がつながっているような感覚があるのも好きなところだ。

ツル性の植物ならなんでも編めるのかな? と思い、雑草のようにどこにでも繁殖するガガイモやヤブマメなども素材にしている。

ツル性の植物ならなんでも編めるのかな? と思い、雑草のようにどこにでも繁殖するガガイモやヤブマメなども素材にしている。

庭で奔放にからまったガガイモのツル。

庭で奔放にからまったガガイモのツル。

ヤブマメとヨモギでつくったリース。

ヤブマメとヨモギでつくったリース。

希少な品種もある リンゴの産地・毛陽町。 収穫のお祭りで リンゴのアートを展開

リンゴのお祭りと同時開催で作品販売のイベントを開いて

私が住む北海道岩見沢市の美流渡(みると)地区からすぐ近くの
毛陽町(もうようちょう)は、果樹園が広がる農村地帯。
秋にはリンゴがたわわに実る。リンゴの品種は本当にさまざまあって、
地元はもちろん遠方から買いに訪れるファンも多い。

そうした人たちが楽しみにしているお祭りが今年も10月13日に開催された。
名前は『毛陽・万美紅葉祭り』。「万美(まんみ)」とは、
毛陽の両隣にある万字と美流渡の頭文字を取ってつけられている。

8月下旬から10月にかけて直売所や交流センターなどでリンゴが販売される。

8月下旬から10月にかけて直売所や交流センターなどでリンゴが販売される。

みる・とーぶで制作している地域マップ。リンゴ狩りが行える農園や直売所が並んでいる。

みる・とーぶで制作している地域マップ。リンゴ狩りが行える農園や直売所が並んでいる。

私が代表を務める地域PR団体「みる・とーぶプロジェクト」は、
今年、このお祭りと同時開催で、会場から200メートルほど離れた
屋内テニスコート施設〈毛陽コロシアム〉を借りてイベントを行った。
春から初秋にかけて行ってきた『みる・とーぶとMAYA MAXX がやってきた!』
というイベントの一環で、この地域で活動するつくり手の作品を集めた展示販売と、
美流渡在住の画家・MAYA MAXXさんの作品展示とグッズ販売を行うというものだ。

毛陽にあるログホテルメープルロッジに併設された毛陽コロシアム。屋内テニスコートが2面ある、とても大きな施設。

毛陽にあるログホテルメープルロッジに併設された毛陽コロシアム。屋内テニスコートが2面ある、とても大きな施設。

特産のリンゴにちなみ、今回MAYAさんは新しい絵を描き下ろした。
その名も「アップルちゃん」。
この絵は、お祭りのポスターにも使われることとなり、同時にステッカーも制作した。
さらにリンゴのオブジェがあったらいいのではないかと考え、
アップルちゃんパネルも仲間とともにつくりあげた。

毛陽・万美紅葉祭りと同時開催の私たちのイベントを紹介したポスター。MAYAさんが描き下ろしたアップルちゃんが目印。

毛陽・万美紅葉祭りと同時開催の私たちのイベントを紹介したポスター。MAYAさんが描き下ろしたアップルちゃんが目印。

このイベントのために制作したアップルちゃんパネル。これまでMAYAさんは赤いクマをこの地域のトレードマークとして描いてきたが、そこにリンゴも加わった。

このイベントのために制作したアップルちゃんパネル。これまでMAYAさんは赤いクマをこの地域のトレードマークとして描いてきたが、そこにリンゴも加わった。

みる・とーぶメンバーで布小物を制作する〈へんぺこ〉が、MAYAさんのアップルちゃんをブローチに仕立てた。

みる・とーぶメンバーで布小物を制作する〈へんぺこ〉が、MAYAさんのアップルちゃんをブローチに仕立てた。

山岳霊場と遍路道、 歩いて楽しむ小豆島

行楽シーズンを迎えた小豆島

小豆島でゲストハウス〈NOTEL〉をオープンして2か月たちました。
暑すぎた夏が終わり、ようやく過ごしやすい秋を迎えています。
秋の小豆島は、行楽にぴったりのシーズン。
NOTELの宿泊予約も少しずつ増えてきたので、
秋の小豆島を楽しんでもらうべく、きてくださるみなさんに、
その魅力や楽しみ方をお伝えしています。

夏の終わり頃から始まる稲刈りの風景。NOTELはこんな田園風景のなかにあります(写真中央からちょっと右に写っています)。

夏の終わり頃から始まる稲刈りの風景。NOTELはこんな田園風景のなかにあります(写真中央からちょっと右に写っています)。

毎年10月中旬に行われる「小豆島 太鼓まつり」。NOTELの目の前から肥土山(ひとやま)地区の太鼓台が出発していきました。

毎年10月中旬に行われる「小豆島 太鼓まつり」。NOTELの目の前から肥土山(ひとやま)地区の太鼓台が出発していきました。

宿を運営するようになって、小豆島を訪れる人たちにどうやって小豆島の楽しみ方、
おすすめの過ごし方を伝えるか、ここ最近ずっと考えています。
いざ小豆島のことを伝える立場になってみると、もっともっと伝えたいことが
たくさんあるのに、伝えたい情報がまとまっているものがない、英語表記がない、
詳細な地図がない、あの山道は今歩ける状態なのか情報がないと、
「ない」ものがたくさんあることに気がつきます。
事前に調べたり、用意すべきものがたくさんあるんだなと実感しています。

それをこれからひとつひとつつくりあげていくことは大変でもあるのですが、
ちょっとワクワクもしています。
きてくれる人たちに、どうやって小豆島のことを伝えて、良い滞在をしてもらうか。

その土地を楽しむために、地図は必須。A1サイズ折りたたみで英語表記もある『小豆島歩き遍路地図・日英併記版』がおすすめ。

その土地を楽しむために、地図は必須。A1サイズ折りたたみで英語表記もある『小豆島歩き遍路地図・日英併記版』がおすすめ。

千葉県松戸市〈科学と芸術の丘〉 文化の力でまちと市民の関わりを リノベーションする芸術祭

撮影:Ayami_Kawashima

omusubi不動産 vol.6

はじめまして。
おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉で
エリアリノベーションチームのプロジェクトマネージャーをしている
関口智子(せきぐちともこ)と申します。

私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。

この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが代わる代わる
(ときには代表の殿塚も)書き手となり、思い入れの深い物件とその物語をご紹介します。

連載6回目のテーマは、松戸市と一緒に開催する国際芸術祭〈科学と芸術の丘〉について。

私は前職での多岐にわたるコンテンツのディレクション経験を生かして
芸術祭に携わるべく、2018年にomusubi不動産に参画し、
3年目の2020年からはディレクターとして芸術祭全体を統括する立場になりました。
芸術祭担当のかたわら、松戸市のエリアリノベーション事業も担当しています。

いち、まちの不動産屋さんが、松戸市の重要文化施策として
国際芸術祭を運営することになった経緯と続ける理由をご紹介します。

メイン会場の戸定邸での特別展覧会。(撮影:Ayami_Kawashima)

メイン会場の戸定邸での特別展覧会。(撮影:Ayami_Kawashima)

国指定重要文化財を舞台に、未来を試す新しい芸術祭

2018年にはじまった国際芸術祭〈科学と芸術の丘〉。
初年度よりオーストリア・リンツに拠点を置く世界的なメディアアートの文化機関
アルスエレクトロニカ」の協力を得て毎年開催しています。

「科学、芸術、自然をつなぐ国際的で創造的な未来の都市」
の実現を目指す、いわば未来を試す新しいタイプのお祭りで、
世界最先端の研究機関、研究者、アーティストによる
特別展覧会、トークイベント、ワークショップ、
まちのお店と連携したイベントなどを実施しています。

メイン会場は国指定重要文化財の戸定邸(とじょうてい)。
「伝統と先端科学、美しい自然の組み合わせのなかで、
新しい未来の可能性を感じてもらえたら」そんな想いを込めています。

戸定邸で行われたトークセッション。(photo:Ayami_Kawashima)

戸定邸で行われたトークセッション。(photo:Ayami_Kawashima)

『日本列島回復論』の著者 井上岳一さんに聞く! どうやったら地域活動は続けられるの?

井上岳一さんとの出会い

日本総研の創発戦略センター チーフスペシャリストという肩書きを持ち、
全国の地域活動をめぐりフィールドワークをし、企業や大学とのプロジェクトも展開している
井上岳一さんとの出会いは、いま振り返ってみると不思議なものだった。

きっかけは2年前のある日のこと。
私が東京の出版社に勤めていた頃にお世話になった写真家のMOTOKOさんから、
「いま話せないか?」と突然メッセージが入った。
私が「OK」と返事をすると、すぐさまオンラインミーティングが始まった。

MOTOKOさんは、写真でまちを元気にしたいと、
地域の人々が自ら土地の暮らしや文化を撮影し、それを発信することで
観光や移住につなげる「ローカルフォト」という活動を行っていた。
まちづくりに関心を向けるなか、井上さんの著書『日本列島回復論』に出合い、
それがきっかけとなってふたりは「山水郷の会」という学び合いの場をつくった。

地域活動を行うプレイヤーたちが集まるこの会では毎回ゲストを呼んでいて、
私が代表を務める地域PR活動「みる・とーぶ」や、
美流渡在住の画家・MAYA MAXXさんとのプロジェクトについて
話してほしいと依頼を受けた。
このときの打ち合わせで井上さんと初めて出会った。

井上さんの著書。『日本列島回復論』(左)は、山水の恵み豊かな地域を「山水郷」と表し、国や経済に不安があっても生き延びていけるポテンシャルがあることを語った本。『Beyond MaaS』(右)は共著で、持続可能な社会を構築するために欠かせないモビリティサービスについて論じられている。

井上さんの著書。『日本列島回復論』(左)は、山水の恵み豊かな地域を「山水郷」と表し、国や経済に不安があっても生き延びていけるポテンシャルがあることを語った本。『Beyond MaaS』(右)は共著で、持続可能な社会を構築するために欠かせないモビリティサービスについて論じられている。

このオンラインの勉強会には、井上さんやMOTOKOさんとともに
全国から10名ほどが参加しており、私たちの活動について心から興味を持ってくれた。
その後、一般公開している、もうひとつの勉強会「山水郷チャンネル」でも
活動を紹介してほしいと井上さんから依頼があり、
そこでもプレゼンテーションさせていただいた。

山水郷チャンネルは、日本デザイン振興会が主催するオンラインプログラム。井上さんと東京藝術大学教授でデザイン評論家の藤崎圭一郎さんがホストを務め、山水郷に根ざした活動をしているデザイナーやクリエイターたちを毎回ゲストに迎えている。

廃校をリノベした小豆島のゲストハウス 〈NOTEL〉が2024年8月に オープンしました!

〈NOTEL〉がついにオープンしました

2024年8月23日、小豆島肥土山(ひとやま)地区に、
廃校になった小学校をリノベーションしたゲストハウス
NOTEL(ノーテル)〉がオープンしました!
肥土山は、私たちHOMEMAKERSが農業の活動拠点とする農村で、
小豆島の真ん中あたりにあります。

昔話に出てきそうな肥土山の秋の風景。NOTELから徒歩5分ほど。奥に見える建物は『肥土山農村歌舞伎舞台』。

昔話に出てきそうな肥土山の秋の風景。NOTELから徒歩5分ほど。奥に見える建物は『肥土山農村歌舞伎舞台』。

この地に、友人や知人、つながりのある人たち、
小豆島を訪れてくれる人たちが泊まれる場所をつくりたい!
その夢がようやく実現し、動き始めました。

2024年8月23日、NOTELオープンの日。真っ青に晴れ渡った夏空とNOTELのロゴが入った建物。

2024年8月23日、NOTELオープンの日。真っ青に晴れ渡った夏空とNOTELのロゴが入った建物。

今回は、NOTELのチェックインから
おすすめの滞在中の過ごし方をご紹介します。

まずはNOTELへのアクセスですが、最寄りの港は、
土庄(とのしょう)港または池田港で、そこからバスまたは車で
15分ほどになります(バスのルートによっては30分ほど)。

バスの場合は、「常盤橋」バス停で下車して徒歩3分ほど。
本数は1日に3〜5本程度ととても少なく、
船との乗り継ぎもあまり良くないので、
事前に旅の行程とあわせて計画が必要です。バスの時刻表はこちら

車でお越しの方は、NOTEL看板がある石柱のところから敷地へ。写真左のグラウンドの方に進んでいきます。

車でお越しの方は、NOTEL看板がある石柱のところから敷地へ。写真左のグラウンドの方に進んでいきます。

NOTEL宿泊受付カウンター。

NOTEL宿泊受付カウンター。

NOTELのチェックインは15〜18時です。
チェックインは、建物1階のHOMEMAKERSカフェにある
NOTEL宿泊受付カウンターへ。
スタッフがお出迎えします。
もし早めに到着された場合は、1階にあるHOMEMAKERSカフェで、
遅めのランチをすることもできますし、お茶休憩もおすすめです。

NOTEL1階にあるHOMEMAKERSカフェ。11時から17時まで開いています。(定休日:水、木曜日)

NOTEL1階にあるHOMEMAKERSカフェ。11時から17時まで開いています。(定休日:水、木曜日)

カフェの営業時間中は、店内でチェックイン手続きをしていただきます。

カフェの営業時間中は、店内でチェックイン手続きをしていただきます。

NOTELにチェックイン時間より早く到着されたら、カフェ前の木陰で休憩もおすすめ。

NOTELにチェックイン時間より早く到着されたら、カフェ前の木陰で休憩もおすすめ。

カフェでランチを食べてから、NOTELにチェックインという流れもおすすめ。

カフェでランチを食べてから、NOTELにチェックインという流れもおすすめ。

市川市のシェアアトリエ 〈123ビルヂング〉。 “時が止まったビル”が、 クリエイターの集う場所へ

omusubi不動産 vol.5

こんにちは。
おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉の落合紗菜(おちあい さな)と申します。

私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。

この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが代わる代わる書き手となり、
思い入れの深い物件とその物語をご紹介します。

今回は、市川市のシェアアトリエ〈123ビルヂング(いちにっさんビルヂング)〉
について紹介させていただきます。

市川市大和田〈123ビルヂング〉とは

2015年の外観。築45年超え。エレベーターなしの3階建て。

2015年の外観。築45年超え。エレベーターなしの3階建て。

物件があるのは、千葉県市川市。
omusubi不動産の拠点となる松戸市に隣接するまちです。
人口は約49万人で、JR総武線や京成本線など複数の路線が乗り入れて
都心へのアクセスがいいため、ベッドタウンとして発展してきました。

ところが、123ビルヂングは、JR総武線本八幡駅から徒歩22分。
アクセスがいいとはいえない立地に加えて、建物は築45年超え。
そして、エレベーターなしの3階建てビルで、室内は未内装。

貸しづらい条件の3トップが詰まっているようなビルなのですが、
2024年8月現在、全10室あるアトリエスペースは満室稼働中です。
自転車店やジュエリー工房、書店など、個性的な方々に入居いただいています。

123ビルヂングという名前には、
「クリエイターの最初の1歩を応援したい、
ステップアップしていく新たな拠点になってほしい」
という想いが込められています。
どんなプロセスでビルが育っていったのか、
大きく3つのステップに分けてご紹介していきます。

1歩目:物件の素材を見る

築40年超えのビルの現状

123ビルヂングの始まりは2014年。

当時すでに築40年を超えていたビルは、かつてのオーナーさんが
1階で質屋を営み、ご家族が上階に住まわれていたそうです。
その後、しばらく空室になったビルの活用について、
新しいオーナーさんから弊社代表の殿塚にご相談いただいたのが出会いでした。

2015年時の1階の1室。

2015年時の1階の1室。

見に行くと、1階のガレージはカビだらけ。
2階は比較的きれいだったものの、3階はバブル期に購入されたであろう
シャンデリアやタンス、家具などが多く残され、ホラー映画の撮影にぴったりな雰囲気。
当時はコンビニさえ最寄りになく、生活環境も良いとはいえませんでした。

改装自由なシェアアトリエに

そこで殿塚が考えたのが、シェアアトリエとしての活用でした。

リノベーションの費用もかかりそうですし、
近隣環境を見ると入居者が決まるかどうかわからない。

それであれば、初期投資をせずに、建物の古さを生かして「改装自由」な建物とする。
だけど2〜3階は住居で部屋数が多かったので、ひと部屋ごとに区切って賃料も安く抑える。

そうすれば、オーナーさんは初期費用を抑えられて、
入居者さんにとっては内装の自由度が高く、リーズナブルに借りられる。
賃料は相場の7割ほどに抑えているほか、仲介手数料も0円。
双方にとってメリットがある仕立てです。

ただ、omusubi不動産の拠点は松戸市。
隣町とはいえ、シェアアトリエに入居されそうなクリエイターや芸術家・作家の方が
市川エリアにどのくらいいるかわからず、不安もありました。
そこで、一緒に立ち上げをしないかと声をかけたのが、〈つみき設計施工社〉さんでした。

手入れをほとんどしないのに 多様な草花が芽吹いていった 5年間の記録。『家の庭』を刊行

庭の変化は驚きの連続だった

北海道も夏本番。
強い日差しが照りつけるなかで、庭や畑に出ていたら、真っ黒に日焼けしてしまった。
今年は春からポットに種をまいて野菜やハーブの苗をたくさんつくった。
それを仕事場として借りている一軒家の庭と、
近所の閉校した中学校の敷地にある花壇と畑に、せっせと植えた。
それらがいま大きく成長して収穫に追われている。

仕事場の庭。右は梅干し用に育てているウラベニシソ。左下の赤い実はナンバン。草があふれているので見えにくいが、こうやってところどころに苗を植えている。

仕事場の庭。右は梅干し用に育てているウラベニシソ。左下の赤い実はナンバン。草があふれているので見えにくいが、こうやってところどころに苗を植えている。

仕事場の庭は、5年前に借りた当時、ほとんど何も育たなかった。
もらってきたキュウリやナスの苗を植えたり、
小松菜やほうれん草の種をまいたりしたが、バッタに食べられたりして、
跡形もなく消えてしまっていた。
それが最近、スクスクと育つようになっていて
環境が明らかに変化していると感じられる。
庭の変化は私にとって驚きの連続。その過程を本にまとめておきたいと考えた。

小道以外の部分はびっしり草が生えている。写真だとよくわからないけれど、それぞれの植物がすみ分けをしながら生きている。

小道以外の部分はびっしり草が生えている。写真だとよくわからないけれど、それぞれの植物がすみ分けをしながら生きている。

書き始めたのは7月中旬のこと。
A4サイズのコピー用紙を半分に切って、そこに下書きせずに
いきなり文章を鉛筆で書いていった。
書き間違ったら消しゴムで消しつつ、見開きごとに仕上げていった。
まとめやオチなどはあまり気にせず、書きたいと思ったことを
紙にできるだけ出してみようと思った。

原稿。書き直したいと思ったら、消しゴムで消すか、紙を切って貼るか、していった。

原稿。書き直したいと思ったら、消しゴムで消すか、紙を切って貼るか、していった。

この連載の原稿のようにパソコンを使って書く場合は、
何度も修正して文章を整えていくが、文字を手で書くときは、
多少読みにくい言い回しでも、勢いで書いたほうがいい気がしている。
表紙を含めて32ページの原稿を1週間くらいで書き上げた。
それをスキャナーでデータ化し、パソコンで色をつけ、8月初めに印刷に出した。

刷り上がった本。A6サイズで32ページ。

刷り上がった本。A6サイズで32ページ。

小豆島の農村ゲストハウス 〈NOTEL〉のオープンが、 2024年8月23日に決まりました!

農村ゲストハウス〈NOTEL〉のオープン日が決定!

「宿はいつオープンするの?」
と、これまで何度聞かれたことか。

2022年夏から準備を進めてきたこのプロジェクト。
ようやくオープン日をお知らせできるところまできました。

小豆島肥土山に、農村ゲストハウス〈NOTEL(ノーテル)〉が
2024年8月23日(金)にオープンします!
宿泊予約も始まっています。

廃校を改修したゲストハウスの外観

旧小学校の建物を改修した〈農村ゲストハウス NOTEL

あれ? ゲストハウス? ホテルじゃなかった?
小豆島日記を読んでくださっている方のなかには、
もしかしたらお気づきの方もいらっしゃるかもしれません。
これまで、小豆島日記で何度かNOTELのことを書いてきましたが、
「農村ホテル」という表記をしていました。

あらためて、この宿泊施設は何ができて、どんな場所なのかを
話し合ったときに、一般的なイメージとしては、
ゲストハウスのほうがしっくりくるねという結論になり、
最終的に「農村ゲストハウス」になりました。

今回は、この農村ゲストハウスNOTELがどんな宿泊施設なのか、
その概要をお伝えさせていただきますね。

田んぼ

NOTELのまわりには田んぼが広がっています。7月は1年のなかで1番、緑が濃くて美しい。

まず、最初にNOTELはどんな場所にあるのか。
小豆島の肥土山(ひとやま)という農村地区にあります。
最寄りの港は、土庄(とのしょう)港で、車で15分ほど、
路線バスも走っていますが1日5便ほどです。池田港からもほぼ同じ距離です。

山々に囲まれた盆地の農村

山の上からみた肥土山地区。山々に囲まれた盆地の農村です。

島にありますが、オーシャンビューの宿泊施設ではありません。
代わりに、全室マウンテン&ファームビューです!
徒歩1分で田んぼです。
農村風景を存分に味わっていただけたらうれしいです。

つぎに、建物のこと。
もともとは小学校だった2階建ての建物。
小学校時代は、1階に1〜6年生の教室があり、
2階は音楽室や理科室などの特別室だったそう。

2005年に小学校が閉校になり、その後、建物を分割、改修工事し、
西側は公民館、東側は介護施設として使用されていたのですが、
介護施設は移転し、2018年頃から分割された東側の建物は空き家状態でした。
NOTELは、小学校だった建物の東側半分です。

田んぼから見たゲストハウス

NOTELのお隣は、地域の公民館。斜め前にはこども園があります。人が集まる地域の中心的な場所。

この建物の2階部分が宿泊者の専用エリアとなり、
トリプル4室、ツイン2室、シングル1室の全部で7つの個室と、
共有の大きなダイニングキッチンを備えています。
元小学校なので、天井が高く、窓が多いのが特徴です。
シンプルで開放感のある部屋になっていると思います。

北海道の夏フェス〈JOIN ALIVE〉に 赤いクマが登場! MAYA MAXXのオブジェが 会場を彩って

夏フェスのアートエリアで作品を発表

北海道もようやく夏らしい日差しが照りつける季節になった。
そんななかで、私の住むまち岩見沢で音楽フェス〈JOIN ALIVE 2024〉が
7月13日、14日に、いわみざわ公園を舞台に開催された。
今年で13回目を迎えるこのフェスには、2日間で66組のアーティストが出演。
THE YELLOW MONKEYやNiziU、氣志團など多彩な顔ぶれが、
5つのステージでパフォーマンスを行った。

主催であるマウントアライブの発表によると、2日間の来場者は3万8000人。
岩見沢市の人口の約半分の人々が会場を訪れたことになる。

野外音楽堂キタオンを利用したメインステージ「ROSE STAGE」。

野外音楽堂キタオンを利用したメインステージ「ROSE STAGE」。

すり鉢状の「ROSE STAGE」。スタンディングエリアに加え、奥側には芝生エリアが広がる。

すり鉢状の「ROSE STAGE」。スタンディングエリアに加え、奥側には芝生エリアが広がる。

音楽ステージとともにアートエリアも設けられ、私が代表を務める地域PR団体
「みる・とーぶプロジェクト」が作品展示やワークショップを行った。

参加の経緯は、昨年まで活動拠点としていた近隣の閉校になった中学校が、
改修をするまでイベント開催ができない状況となってしまったことが大きい。
新たな活動の場を探す必要性を感じていたことと、多くの人に活動を知ってもらいたい
という思いから、フェス会場で作品発表を行いたいと主催者に提案。
ここからさまざまな企画が広がっていった。

メインステージを含めて5つのステージが設置。「北海道グリーンランド遊園地」も会場となりアトラクションエリアでもライブが楽しめた。

メインステージを含めて5つのステージが設置。「北海道グリーンランド遊園地」も会場となりアトラクションエリアでもライブが楽しめた。

このフェスは、アミューズメントとともにアートにも力を入れており、
以前は北海道教育大学岩見沢校の学生が中心となって作品制作やライブペイント、
パフォーマンスなどを行っていた。

しかしコロナ禍となった2年間、フェス開催ができない状況が続き、
2023年に再始動したものの、コロナ対策もあって、
アート作品の発表などは大々的に行われなかった。
今年、ようやくコロナ以前の規模で行える目処がつき、
主催者としてもアートを積極的に取り入れたいという思いを持っていた。

作品発表をすることになったのは窪地になったエリア。

作品発表をすることになったのは窪地になったエリア。

「みる・とーぶ」が展開することになったのは、入場ゲート近くの芝生のエリア。
おおよそ50メートルプールほどの広さで、ここにテントを建てて、
来場者がひと息つける場所にもなるようにと設計された。
思った以上に広いスペースで活動できることとなり、みる・とーぶのメンバーであり、
美流渡を拠点に活動する画家のMAYA MAXXさんが新作のアイデアを考えてくれた。

そのひとつが、シンボルとなる塔の制作だった。
昨年、MAYAさんと仲間とで旧美流渡中学校のグラウンドに鳥の顔がついた
10メートルの塔「アイちゃん」を立てた。
これと同じ構造で「今度はクマの顔の塔を立ててみたい」とMAYAさんは語った。
さらに、もうひとつ、隣接するステージとアートエリアをつなぐ
入場門の装飾も行うことになった。
「赤と白のハートで埋めつくしたい」とプランを考えてくれた。

旧美流渡中学校のグラウンドに立つ鳥の塔「アイちゃん」。高さ10メートルの電柱が支柱となっている。

旧美流渡中学校のグラウンドに立つ鳥の塔「アイちゃん」。高さ10メートルの電柱が支柱となっている。

MAYAさんは、このまちのさまざまな場所に赤いクマを描いてきた。同じイメージを描くことで地域がつながっていることが感じられる。これまででいちばん大きな作品は、いわみざわ公園に隣接する食品メーカーの倉庫に描いた直径約10メートルのクマ。(撮影:久保ヒデキ)

MAYAさんは、このまちのさまざまな場所に赤いクマを描いてきた。同じイメージを描くことで地域がつながっていることが感じられる。これまででいちばん大きな作品は、いわみざわ公園に隣接する食品メーカーの倉庫に描いた直径約10メートルのクマ。(撮影:久保ヒデキ)