連載
posted:2024.11.20 from:北海道札幌市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。
https://www.instagram.com/michikokurushima/
10月中旬、札幌を拠点にイラストレーター・絵本作家として活躍する
すずきももさんからお誘いがあった。
「来月、本の販売と何か展示をやりませんか?」
ももさんは、この夏、札幌の円山に本と雑貨のショップとギャラリー、
そしてカフェもある〈ポンピイェハウス〉をオープンした。
月替わりで作品展示やポップアップショップの企画が次々と開催されていて、
私が岩見沢市の美流渡(みると)で続けている出版活動
〈森の出版社ミチクル〉の本も販売してくれていた。
準備期間は1か月を切っていたけれど、企画がむくむくっと湧いてきた。
1階の販売スペースでは、〈森の出版社ミチクル〉の本とともに、
森や農家さんのところで採取させてもらったツルを使って編んだカゴも並べたい。
また、縄文時代が好きすぎて始めた土偶や土器の再現制作の作品も展示したいと思った。
さらに2階のギャラリースペースでも展示ができるという。
ふと、これまで自分がつくってきた美術書を並べてみようかなと思いついた。
20歳の頃から美術出版社というアート専門の出版社でアルバイトとして
働き始めて以来、美術やデザインに関する本を現在までつくり続けているので、
それらをあるだけ出してみたらおもしろいんじゃないかと考えた。
バタバタと準備を進めながら、それにしても、本とカゴと土偶って、
あまりにも共通点がなさすぎるなあと思っていた。
もともと編集者だから本づくりはいいとして、なぜカゴを編み続けているのだろうか?
2018年、美流渡にカゴ作家の長谷川美和子さんが来てくれて
ワークショップをしてくれたのが始まり。
以来、そこかしこにカゴの素材があることに気づき、実験も兼ねて、
いろいろな素材で編んでいるうちに、作品がたくさん溜まってきたので
販売もするようになっていた。
編集や執筆の締め切りに追われているときに限って、カゴが編みたくなってしまう。
また、イベント開催や講演会が終わって心がヒートアップしているときに、
やはり黙々とカゴを編んでしまうこともある。
編んでいると本当に心が休まる。
編み物も同じ感覚があるけれど、ツルを手で触れていると
自然と自分がつながっているような感覚があるのも好きなところだ。
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土偶や土器づくりも同じような感覚がある。
粘土をこねてかたちをつくっていると、土に自分のストレスが
スーッと吸い込まれていくようで気分がいい。
さらに縄文の模様を細かく再現していくと、目がグルグルと回っていって
なんだか無心というか天地がふわふわしてくるというか、不思議な感覚に襲われる
(ここまで書いて、カゴも円状にツルを巻いていくので、
同じグルグル感があることに気づいた)。
土器と違って土偶の模様は、それほどダイナミックにあるわけじゃないけれど、
動物をかたどったものは、ゆるキャラみたいでほっこり和む。
さらに制作のクライマックスに野焼きがあって、半日以上、外で火を焚いていると、
人間関係の嫌なこととかをスッキリ忘れてしまうような爽快感がある。
こんなにいろんなことをやって、いつ寝ているの? と聞かれることもあるが、
東京で何冊も本の締め切りを抱えていた出版社時代に比べると、
睡眠時間は明らかに多くなっていて、疲れもそれほど残らなくなっている。
以前は、10時間以上パソコンとにらめっこする毎日だったけれど、
いまは原稿を書いたりチェックしたりする気分転換と称して、カゴや土偶をつくったり、
庭や畑の手入れをしたりと、必ず自然と触れ合う時間がある
(自然と触れ合う合間にパソコン作業をしているといってもいいかもしれない)。
いま、まだ実際にはできていないけれど、朝起きて、
自分がやりたいと思ったことを1番にやるようにしたいと思っている。
普段だと、「あっ、今日は原稿の締め切りがあるから急いでパソコンに向かわなくちゃ」
という義務感が先に立って、朝からなんとなく重い気持ちになってしまう。
でも、たとえば1時間だけでも好きなことをやってから、締め切りに向かったほうが、
明るく軽やかな気持ちで原稿が書けたりするはずだ。
そして、いまやりたいことを思いっきりやっていることで、
ゆくゆくはお金も稼げるようになったら最高だなあと想像したりする。
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今回、「本とカゴと土偶」というタイトルをつけ、この3つの関連性ってなんだろうと
考えていたところ、ハッと思いついたことがあった。
本はページを編む
カゴはツルを編む
縄文は縄目を編む
ということで「編む」がキーワードになっていた!
確かに!!
カゴ編みで1番好きなのは、木にからまったツルをほどいて整える作業なのだが、
これは混乱した情報を整理してわかりやすく提示する編集と似ている。
そして、縄文文化の特徴である土器や土偶につけられた縄目模様に
大きな魅力を感じるのも、編んでいるからかもしれないと思った。
編むという行為は永遠の作業が約束されている。
手を止めなければ、いくらでも長く増やしていくことができるところにも惹かれる。
現在、カゴや土偶など創作は広がっていて、どこにいこうとしているのか
自分でもわからなくなっているところだが、今回はギャラリースペースで、
そもそも本業であるアートの編集について振り返るいい機会がつくれた。
自分の編集歴を俯瞰したとき「アーティストとゴールの見えない道を歩いていたら
30年が経っていました」というサブタイトルが浮かんできた。
これまで、絵とものづくりの雑誌『みづゑ』の編集長や
美術専門誌『美術手帖』の副編集長など雑誌に多く関わってきたが、
北海道に移住した2011年頃からは、アーティストやキュレーターなどと組んで
じっくりと腰を据えた本づくりが多くなってきた。
制作期間がもっとも長かったのは6年。
アーティストの村上隆さんが監督を務めた長編映画『めめめのくらげ』のメイキングを
まとめたもので、478ページという分厚い1冊となった。
また、私が住む美流渡に移住した画家のMAYA MAXXさんは、
自然に囲まれた環境のなかで作品がダイナミックに変化していく様子を、
そばでずっと見てきたことから本が生まれた。
アーティストやキュレイターの個性によって本づくりの道はさまざまだが、
共通していえることは “妥協がない”ことだ。
たいていの仕事は、締め切りや予算があるので、最終的には
“落としどころ”を探ってゴールにいくものだが、そうではない。
私がいろいろと考えてページ構成案を提案しても、バッサリとボツになったりする。
また、著者の希望通りにプランをつくったからといってOKになるとも限らない。
つまり著者自身も、どんな本にしたいのかというゴールが見えていなくて、
提案されたものが「違う」ということだけがわかるという状態になっていたりする。
それでも、しぶとく、何度も、諦めずに提案し続けていると、
あるときふっと突破口が見えてきて、急に本が完成することがある。
私は時代を鮮やかに切り取ったり、みんなが注目するような企画を思いついたりという
編集者として大事な才能はないけれど、妥協のない仕事を最後まで投げ出さないという
特徴はあるのかなと思う(永遠に編み続けられる……)。
それは北海道に移住して、自然の営みという時間は、人間の活動とは
比べものにならないほど長くゆったりとしていることに
気づいたことも大きいかもしれない。
今回の展示を通じて、北海道に移住して自分の編集人生は大きく転換したことと、
編集というか編むという行為は、ページだけじゃなくて自然のなかにもあるんだ
ということが自覚できてうれしかった。
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森の出版社ミチクル 本とカゴと土偶 來嶋路子 編集の仕事
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