連載
posted:2024.9.25 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。
https://www.instagram.com/michikokurushima/
日本総研の創発戦略センター チーフスペシャリストという肩書きを持ち、
全国の地域活動をめぐりフィールドワークをし、企業や大学とのプロジェクトも展開している
井上岳一さんとの出会いは、いま振り返ってみると不思議なものだった。
きっかけは2年前のある日のこと。
私が東京の出版社に勤めていた頃にお世話になった写真家のMOTOKOさんから、
「いま話せないか?」と突然メッセージが入った。
私が「OK」と返事をすると、すぐさまオンラインミーティングが始まった。
MOTOKOさんは、写真でまちを元気にしたいと、
地域の人々が自ら土地の暮らしや文化を撮影し、それを発信することで
観光や移住につなげる「ローカルフォト」という活動を行っていた。
まちづくりに関心を向けるなか、井上さんの著書『日本列島回復論』に出合い、
それがきっかけとなってふたりは「山水郷の会」という学び合いの場をつくった。
地域活動を行うプレイヤーたちが集まるこの会では毎回ゲストを呼んでいて、
私が代表を務める地域PR活動「みる・とーぶ」や、
美流渡在住の画家・MAYA MAXXさんとのプロジェクトについて
話してほしいと依頼を受けた。
このときの打ち合わせで井上さんと初めて出会った。
このオンラインの勉強会には、井上さんやMOTOKOさんとともに
全国から10名ほどが参加しており、私たちの活動について心から興味を持ってくれた。
その後、一般公開している、もうひとつの勉強会「山水郷チャンネル」でも
活動を紹介してほしいと井上さんから依頼があり、
そこでもプレゼンテーションさせていただいた。
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勉強会のあと、井上さんは札幌に出張の予定があると、
美流渡に立ち寄ってくれるようになった。
そのとき各地でさまざまな地域活動があることを教えてくれて、
その話はみる・とーぶの展開のヒントとなるものだった。
今年の8月、再び美流渡を訪ねてくれることになり、
それであれば地域の仲間とも井上さんの話を共有したいと思い、
地元でトークイベントを企画することにした。
テーマとしたのは「持続可能な地域活動とは?」
みる・とーぶの活動を始めて8年、近隣にある閉校した中学校の
利活用にチャレンジするようになって4年。
毎年、イベントを開催してきたが、安定的に活動を続けていくことが
つねに課題となっており、その糸口を探ることができたらと考えた。
トークイベントが行われたのは8月18日。
地域のコミュニティセンターが会場となった。
最初に話してくれたのは、これまでの経歴。
出身は神奈川県。湘南の海を見て育ったが、
森の世界に惹かれ大学では林学を専攻し、林野庁へ入職。
やりがいを感じていたが、全国を見渡して政策を考えるという
マクロの視点の難しさに限界を感じ、
31歳でカッシーナ・インターデコール・ジャパン(現カッシーナ・イクスシー)
というイタリア系の家具の輸入・製造・販売を行う会社に転職。
そこでアレッシィという生活雑貨のブランドのビジネスに出合ったという。
「これは僕にとってすごく重要な体験でした。アレッシィの使命とは
『詩的な体験と世界の深みを生み出すためにボーダーラインを押し広げること』
であると。何より大事なのは製品が詩的であるかどうか。
マーケティング調査も行わないので、ビジネス的には外すことがあるかもしれないが、
儲けが出るか出ないかのギリギリのラインを歩み続けない限り
世界に深みは生まれないんだと。いまでも僕は詩的なビジネスとは
どういうことだろうと考えることがあります」
現在は、神奈川県二宮町で暮らし、日本総研というシンクタンクに在籍。
約5年前に『日本列島回復論』を執筆。
利便性や経済性を高めることで地方が発展していくという
高度成長期の考え方を改め、自然の豊かさに目を向け、
同時に文化を育んでいくことで道は開けるのではないかと考えた。
「本を執筆するなかで、日本全国のプレイヤーに出会い気づいたのは、
仕事を自分の手でつくっていくことこそが、一番豊かでおもしろいと考える若者たちが
増えているということです。例えば地域には、山の木も切るし家も建てるし
野菜をつくるという自活力の高いおじいちゃんおばあちゃんが当たり前のようにいます。
都会で消費するだけで生きていた若者が、こうした地域の人に学びながら暮らすことが、
すごくクリエイティブで最高の遊びであると感じ始めている」
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井上さんはいま、日本総研と武蔵野美術大学の協働により
「自律共生スタジオ」というプロジェクトを進めている。
拠点のひとつが、函館市から車で約1時間の場所にある森町。
これまで林業や水産業などそれぞれの業種が縦割りになっていたそうで、
それをつなぐ取り組みとして、毎月交流会を開いている。
この交流会は、森町の地名の「森」がアイヌ語の「オニウシ(樹木の多くある所の意)」
に由来していることから「オニウシ変態解放区」と呼ばれているそう。
お酒を飲み語り合うなかから、さまざまな出来事が生まれていくという。
「先が見えないからと農業を辞めようと思っていた農家の方が、
この交流会に参加したことがきっかけとなってカフェや直売所を立ち上げ、
収穫体験祭やフェスも企画するようになりました。
日増しに進化していくその理由を聞いたら『仲間ができたから』だそうです。
前向きな話ができて、さまざまな営業所の人が協力してくれて、
小さな成功体験が積み重なっていって、自己効力感が高まっていったのだと思います。
『変態』というのは、変わった人というだけでなく、トランスフォーマーという意味。
みんなでつながり合えば変革が起きて、力を発揮できるということなんです」
事例紹介とともに井上さんが強調したのは文化。
それは人をやる気にさせたり、創造性を発揮させたりする引き金になるものだという。
「磯田憲一さん(北海道文化財団理事長)が著書のなかで、文化芸術は
『人の持つ才能を発掘し開花させ、次なる意欲を高める力を持つ。
そして文化芸術を通じて対話が生まれ、創造力を刺激し、
“ひと・もの・こと”すべての魅力を深めていく。住む人の誇り、
訪れる人の共感を育む文化芸術の力は、新しい世紀における
地域発展の確かな推力になっていくといっても過言ではない』
(『遥かなる希望の島』より)と語っています。
この言葉に本当に共感します。森町のように仲間をつくっていくと、
ひとりひとりが自発的になり、文化が育ち始めていると感じます。
経済だけでは人は満足できません。文化的な魅力が高まれば人が集まってくる。
人が集まるようになれば、経済が生まれます」
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井上さんのこれまでの活動を振り返ったトークのあとに、
「持続可能な地域活動とは?」というメインテーマへ話は進んだ。
そこで取り上げられたのは、井上さんが共同ディレクターとして
企画に携わる「山水郷のデザイン4 -- 愛と遊びとローカリティ」
(GOOD DESIGN Marunouchi)について。
日本デザイン振興会が主催するこの展覧会は、井上さんらが続けてきた
山水郷をテーマにした勉強会から派生したもので、
独創的な地域活動を行うプレイヤーの取り組みを紹介するというもの。
第4回となる今回は、「LLPまちの編集室」(岩手県盛岡市)、
「有限会社まゑむき」前川雄一さん/亜希子さん(宮城県南三陸町・静岡県笹間集落)、
「デザインウォーター」鷲見栄児さん(岐阜県岐阜市)が選ばれ、
7月14日から約1か月間展示が行われた。
「今回選んだ3組の展示をあらためて見ていくと、
やはり持続ということが共通するテーマだったと思います。
そのためのキーワードとして『愛や遊び』があると感じました。
そして続けていくために必要なこととして僕が考えたことは3つあります。
『無理をしない/遊びと割り切る/続けられる経済的な仕組み』です」
ひとつ目にあげた「無理をしない」例として紹介してくれたのは、
盛岡で活動を続ける「まちの編集室」。
ライターとエディター、デザイナーを職業とする3人が集まって、
既存の情報誌や広報誌には載ることがない「ふだん」暮らしをテーマにした
雑誌『てくり』を約20年刊行し続けている。
「ローカルメディアとしてレベルが高い。誰にも忖度せずに盛岡の魅力を伝えたいと、
行政のお金も入れていないし、広告も取っていません。
ただ、持ち出しだと続かないので販売をしていて、
その収益は次の雑誌制作に充てています。
本業を持ちながらやっていくために、1年に2号しか出しません。
無理のないかたちで続けられる仕組みを考えてきたんだと思います」
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ふたつ目は「遊びと割り切る」。
「まゑむき」の前川雄一さんと亜希子さん夫妻は、
福祉とあそぶ「HUMORABO」という活動を続けている。
福祉施設でつくられる手漉きのリサイクルペーパー「NOZOMI PAPER®︎」や
珈琲×活版×福祉をテーマに異分野三者による「COFFEE PAPER PRESS」
などのプロジェクトを展開する。
「福祉の現場にデザインを入れて、さまざまな製品を生み出しています。
夫妻はメーカーのようなポジションになっていて、物販で収益も上げていますが、
これは仕事じゃない、遊びであるといい続けています。
仕事だと思うと、やっぱり右肩上がりで売り上げを伸ばしていこうと思ってしまう。
でも、何より大事にしなければならないのは利用者の人たちが
おもしろがって福祉の現場が楽しくなることなんです」
3つ目は「続けられる経済的な仕組み」。
岐阜で「デザインウォーター」を主宰する鷲見栄児さんは、
建築・インテリア・グラフィック・プロダクト・プロデュース・まちづくりまで、
あらゆるデザインをひとりで行っている。
展示では「ぜんぶやる ずっとやる」をテーマに据えた。
「たとえばお店の立ち上げをプロデュースした場合、店舗や販売物など
トータルでデザインできますが、何年か経っていくと、
店舗側が毎回デザイナーにすべてをお願いするのがしんどくなってくることがあります。
店員が手書きでポップをつくって間に合わせるということも出てきますが、
そうすると最初のデザインコンセプトが崩れてしまう。
鷲見さんは、こうならないために全部のものをデザインするけれど、
個々にデザイン費を請求せず、売上の何%かを成功報酬として受け取っているそうです。
この仕組みであれば、店舗側も継続的に依頼しやすいと思います」
井上さんはこのほか、地域住民と連携しながら泥人形をつくって販売する
天草の「しもうら弁天会」の事例や、播州刃物職人の仕事を維持するために生まれた
ブランド「MUJUN」についても紹介してくれた。
そして話の締めくくりとして、井上さんと一緒に何度か美流渡を訪ねてくれた
娘さんのことを取り上げ、私たちにエールを送ってくれた。
「今後、人口減少が起こって大変な世の中になるといわれていますが、
開拓時代のことなどを考えると、むしろ人と土地のバランスについて
もう1回仕切り直して考えてみるいい機会になるんじゃないかと思います。
僕の娘は北海道で出会った人たちに刺激を受けてカナダに留学しました。
津別町でシゲチャンランドという私設美術館をつくった大西重成さんに会ったときは、
『人間って、なんでもいいんだな、もっと自由でいいんだ』と思ったと話していました。
MAYAさんとの出会いも大きかったです。
北海道の大地に生きる人々との出会いを通じて、
自分で人生を切り開くことの大切さを感じたようです。
北海道には開拓の記憶がまだ息づいていて、それが人の心に火をつける。
いまこうした過疎地に若者が入っていくことは、
シゲちゃんが言うようにセカンドフロンティアですよね。
僕は、そういう意味でこの地域にすごく可能性を感じています」
この話のあとに、井上さんに地域活動の悩みについて質問をしようと考えていたが、
ここまでのトークですでに回答が提示されているように私は思った。
地域活動を持続するために挙げられた
『無理をしない/遊びと割り切る/続けられる経済的な仕組み』という言葉は、
頭のなかのキリが晴れるようなインパクトがあった。
みる・とーぶという地域活動を続けて難しさを感じるのは、本業と重なって、
とにかく「無理」して乗り切らなければならない状況が生まれてくること。
もともと地域活動で自分たちの経済を回そうという意識は強くなかったのに、
本業を覆い尽くすほどの仕事があふれてしまうと、
やはり「遊び」と割り切れなくなってしまうこともある。
そのために、いままさに「続けられる経済的な仕組み」を考える必要に迫られている。
そして今回のトークで痛感したのは、「続けられる経済的な仕組み」について、
まだまだ考えが足りていなかったこと。
例えばMAYAさんが描くかわいい作品で、
もっとさまざまなグッズを生み出すこともできるはず!
メンバーそれぞれだって、作品や商品開発をどんどんやっていけるとよさそう!!
そして同時に、経済的な仕組みを考える前に、無理をしない、
遊びと割り切るという方向についても、もっと話し合い、
メンバー同士で共通認識を持つことが大切なのではないかとも感じた。
井上さんが帰ったあと、この投げかけられた宿題(!?)は、
いつも心のどこかに残っていて、時折、記憶の引き出しを開けて見直す時間を設けている。
そんな時間を積み重ねるなかで、やっぱり何より大切にしたいのは、
MAYAさんの作品をつくったり、自分の表現をする一歩を踏み出したりという、
アートを通じてワクワクする心を、メンバーみんなが持つことだと感じることができた
(じゃあ、経済はどうするの? というツッコミもありつつだけど)。
今度、井上さんが美流渡にやってくるときには、
もう少しジャンプしたみる・とーぶの姿を見せられるように、
何度も記憶の引き出しを開けて考えていきたいと思った。
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