連載
posted:2024.12.4 from:東京都台東区 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
omusubi不動産
おむすびふどうさん●「自給自足できるまちをつくろう」をコンセプトにまちの方々と田んぼや稲刈りをするフドウサン会社。築60年の社宅をリノベーションした「せんぱく工舎」をはじめとしたシェアアトリエを運営するほか、松戸市主催のアートフェスティバル「科学と芸術の丘」の実行委員として企画運営を行う。2020年4月下北沢のBONUS TRACKに参画。空き家をつかったまちづくりと田んぼをきっかけにした暮らしづくりに取り組んでいます。
https://www.omusubi-estate.com/
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編集:中島彩
はじめまして。おこめをつくるフドウサン屋
〈omusubi不動産〉の小野洋平(おのようへい)と申します。
私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年“手で植え、手で刈る”というアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。
この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが書き手を担い、
思い入れの深い物件の物語を綴っています。
連載7回目を数える今回は、東京・浅草のクリエイティブビル
〈KAMINARI(かみなり)〉をご紹介。じつは筆者はomusubi不動産に
入社する前からこのビルに足しげく通っていたものの、これまでの背景はつゆ知らず。
そこで、誕生の経緯から入居者による改装内容、これまでの活用方法などなど、
関係者へのインタビューを通じて浅草のクリエイティブシーンを
盛り上げるKAMINARIの歴史を紐解いていきます。
東京都台東区浅草、雷門から徒歩1分の並木通り裏に位置する〈KAMINARI〉。
昭和42年築の4階建てで、かつては日本人形材料店が営まれていました。
古い建物ではありますが、今では乾物を扱うカフェ&バー〈ほしや〉、
「スタディスト」と名乗る活動家、岸野雄一氏、
食に関わる方をクリエイティブで応援するデザインオフィス〈ゆいろ〉、
プロダクト、イベントディレクションを手がけるデザインチーム〈MA+OI〉と、
個性豊かな方々が入居しています。
また、これまでにアート、デザイン、音楽、食……
ジャンルを問わないイベントを通じて、さまざまなクリエイターが集う
活動拠点としても親しまれてきました。
現在は地域のクリエイティブシーンを支える存在となったKAMINARIですが、
過去を遡ると空きビルの期間もあり、オーナーさんも活用方法に困っていたとか。
では、どういった経緯で今のクリエイティブビルにまで
発展していったのでしょうか。
まずは、omusubi不動産との出合いから紹介していきます。
omusubi不動産がKAMINARIと出合ったのは2016年。
オーナーさんが日本人形材料店を営んでいたこともあり、
1階はもともと人形や反物の倉庫、2〜4階は住居として利用されていました。
しかし、徐々に使用頻度も少なくなっていき、オーナーさん自身も
物件の新たな活用方法を模索していたそうです。
そこで、まずは外観を変えようと、地場の工務店
〈駿河屋(※)〉に依頼したのが事の発端。
外壁を塗り直してもらい、次の活用方法を考える段階になって、
omusubi不動産に白羽の矢が立ちました。
※駿河屋…創業365年。東京都墨田区を拠点に、自然素材を使った注文住宅・リノベーションを行う建築会社。
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当時、物件を担当したのは弊社代表の殿塚建吾でした。
初めてお会いしたオーナーさんから“ある想い”を聞いたそうです。
「omusubi不動産が初めて東京でサブリースした物件だったから、
ドキドキしたのを覚えていますよ。オーナーさんにお会いした際に
『いまは住居ばかりですが、昔はこの裏通りも賑やかでね。
あの頃のような賑わいを取り戻す、活気のある拠点をつくってほしい』
とお願いされたんです。そんな希望を聞いたので、
僕らがやるしかない! と、自然に思えました」(殿塚)
omusubi不動産はこれまで、松戸市を中心に使われていなかった戸建てや
ビルを再活用し、クリエイターや地元の人々に新しい居場所を提供してきました。
その実績に加えて、オーナーさんの熱い気持ちを聞いたことで、
omusubi不動産も松戸を飛び出し、東京で新たな挑戦ができたのだと思います。
その後、リーシングがスタート。募集区画は1階が事業用、
2階以上が住居用として、「全部屋DIYでの改装がOK」
「原状回復義務なし(改装工事内容を事前にオーナーに了承を得た場合)」
という条件で募集を開始。古い空きビルではありましたが、
浅草のド真ん中に位置していたことで、物件へのお問い合わせは
少なくありませんでした。そのなかで、殿塚は資金力や実績で判断せず、
「まちを盛り上げてくれそうな方」を選考基準に、企画審査をしていったそうです。
事業用として募集していた1階は元倉庫の雑多な空間なので、
開業までの改装には相当な苦労があったはず。
そこで、オープン時から1階に入居する〈ほしや〉創業メンバーの
池田洋介さん、山本のんたんさん、佐藤シュンスケさんに
当時のお話をうかがってみました。
「当時は本当にただの倉庫で、インフラは蛍光灯くらいだったかな(笑)。
ただ、仲間のふたりもなぜか気に入ってしまって。
というのも僕らは『人とつながれるコミュニティ拠点をつくりたい』と
考えていたので、omusubi不動産の想いにとても共感したんです」(佐藤さん)
「一緒にこのビルを舞台に、まちを盛り上げたい」というオーナーさん、
omusubi不動産の想いに共鳴したテナントさんに出会えたことも
今のKAMINARIをかたちづくる上で大きなポイントになったと思います。
1階の入居者が決まったところで、地域の方々にビルの再スタートを
認知してもらうべく、KAMINARIのオープンイベントを企画しました。
地域交流会のほか、物件の案内や、活用方法の意見交換をしたそうです。
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イベントも無事に終わり、ここから〈ほしや〉のお店づくりがスタートします。
なんと〈ほしや〉は、自ら設計、解体、内装を行ったそうで……。
「ありがたいことに手伝ってくれたのは、建築系学科出身の優秀な仲間たちばかり。
宮大工や設計士、デザイナー、ハウスメーカーなど、素養ある友達が
おもしろがって集まってくれました。
基本的な設計は最初にできていましたが、古い建物なので、
その場で相談しながらの改装工事はライブ感重視でしたね」(山本さん)
スペースは広くないものの、そこはDIYのエリート集団。
店内には試行錯誤が詰まっているそうです。
「金額としては、契約費用が200万円ほど。
内装の材料代や施工費、お店の家具や食材の仕入れなど、
開店までに500万円はかかったと思います」(池田さん)
「最大の難関は水回りの設計でした。元が倉庫なので、キッチン設備はもちろん、
水道、ガスも通っておらずインフラの工事が大変でしたね。
客席を広くとるために狭小になったキッチン兼バーカウンターも
ゼロからつくりました。機材がパズルのように詰まっていて、
まな板や包丁をしまうスペースですら隙間に無理やりつくりました。
飲食仲間には『こんなに狭いところであんなに手の込んだ料理をつくっているの?』
と引かれていました(笑)。ぜひ最低限かつ十分な機能を詰め込んだ
ギリギリのキッチンを見てください」(山本さん)
続いて、omusubi不動産でもDIYワークショップを企画。
みんなでDIYを行い、みんなでこの場所をつくりあげてきました。
その努力の甲斐もあり、住居スペースにもカメラマンやバリスタ、DJといった、
個性的な方々が入居していきました。
3階の入居者の片桐結さんにも
リノベーションのプロセスを振り返ってもらいました。
「2部屋をつなげてひとつの部屋として広々と使えるよう壁は撤去し、
フロアにレベル差をつけることで空間のメリハリを出しています。
また、室内入り口のフローリングや柱の墨つけ、前入居者さまが使用していた
大きな鏡など既存の魅力を引き出すことにもこだわりました。
入居以降は、作業やミーティング、展示と、いろいろな使い方をしています」(片桐さん)
ほかの入居者さんたちもお部屋は、自らDIYでつくりあげていきました。
KAMINARIが特別なのは、単に「DIYできる賃貸物件」という枠組みではなく、
「入居者それぞれがともに創り上げた場」であるということ。だからこそ、
入居者が空間に思い入れを持ち、唯一無二の場所に育ったのだと思います。
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KAMINARIは今年で8周年を迎えます。入居者さんによって、
リノベーションが繰り返され、そのたびに新たな化学反応が起きてきました。
同時に、これまで地域住民や観光客が集うようなイベントも
開催してきたことで、おもしろい人を引き寄せる場となり、
クリエイティブビルへの土壌が醸成されていきました。
2023年にはクラウドファンディングプロジェクトが発足。
クリエイターの活動の場をつくり、まちとつなげることで、
周辺エリアをアクティブにしたい! という
入居メンバーの願いからスタートしたものです。
無事に目標金額を達成し、総額約128万円を調達。
KAMINARIの一部スペースを改装し、活動と交流の場をつくりました。
このクラウドファンディングを企画立案したのが、ビルの入居者であり、
コミュニティマネージャーをつとめる片桐さんです。
入居者自らが主体性を持って運営に関わりながら、
入居者同士、そしてまちの人とビルとをつなげていく。
そんなコミュニティマネージャーの存在がこのビル全体を盛り上げ、
遠くからも人々を惹きつける求心力になっていると感じています。
「MA+OIとしても、コミュニティマネージャーとしても、
クリエイターと生活者がともに織りなす、
個人と場の共創的なウェルビーイングの実現を目指しています。
豊かな日常には、クリエイターと生活者の両者が必要不可欠だと思うんです。
生活者が作品に出合って、ともに豊かな時間や空間を創造しながら、
よいものが日常に浸透していく。特に若手を含め、
幅広いクリエイターが健全に活動できるような場でありたいですね。
コンパクトな空間ではありますが、地域の方が集う〈ほしや〉さんがあったり、
ビル入居者のクリエイティブの幅が広かったりするぶん、
チャレンジの第一歩から実験的なイベントまで、
全力で一緒に叶えてあげられる環境だと思っています」(片桐さん)
なかでもKAMINARIを代表するイベントにもなっているのが「お洒落ロック」。
こちらも片桐さんのほか、1階〈ほしや〉、KAMINARI入居者の岸野雄一さんの
3者が共同で主催するDJイベントで、音楽を通して多世代と交流できます。
今では、ブックフェアやお花や料理教室などのイベントが定期的に開催され、
歴史や文化が色濃く残る裏通りにも新しい賑わいが生まれたように思います。
別々に入居したクリエイターがこのビルで出会い、
ひとつの場所で自然発生的にイベントを企画し、
新しいコミュニティを築き上げてきたところに驚かされています。
オーナーさんからomusubi不動産、そして入居者さんへと伝播していった“想い”。
空き家だった建物が浅草のクリエイティブシーンを盛り上げるようになり、
地域の方はもちろん、県外からもこの通りに人が訪れるようになりました。
まさに、冒頭でオーナーさんが望んでいた景色が実現されているように思います。
今後も新しいプロジェクトやアイデアが次々と生まれ、
さらなる活気をまちに呼び込む存在として期待されています。
もし、浅草を訪れる機会があれば、KAMINARIに立ち寄ってみてください。
古い建物に、クリエイティブな空間が融合したこの場所なら、
インスピレーションの雷が落ちるかもしれませんよ。
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