colocal コロカル マガジンハウス Local Network Magazine

連載の一覧 記事の検索・都道府県ごとの一覧
記事のカテゴリー

連載

使われていない空間を
小さな工夫で生かしてみよう。
武庫川女子大学
〈◯◯のチカフェ〉プロジェクト

リノベのススメ
vol.275

posted:2025.2.25   from:兵庫県西宮市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

writer profile

Masaharu Tada

多田正治

ただ・まさはる●1976年京都生まれ。建築家。〈多田正治アトリエ〉主宰。大阪大学大学院修了後、〈坂本昭・設計工房CASA〉を経て、多田正治アトリエ設立。デザイン事務所〈ENDO SHOJIRO DESIGN〉とシェアするアトリエを京都に構えている。建築、展覧会、家具、書籍、グラフィックなど幅広く手がけ、ENDO SHOJIRO DESIGNと共同でのプロジェクトも行う。2014年から熊野に通い、活動のフィールドを広げ、分野、エリア、共同者を問わず横断的に活動を行っている。2024年より武庫川女子大学生活環境学科准教授。主な受賞歴に京都建築賞奨励賞(2017)など。

credit

編集:中島彩

多田正治アトリエ vol.11

京都を中心に関西で建築設計をしながら、紀伊半島の熊野エリアでも
地域に関わる活動をする多田正治(ただ まさはる)さんの連載です。

最終回は、大学の中庭で開催したカフェ企画について。
なにか新しくモノを建てずとも、ささやかな設えとアイディアによって、
使われない場所に新しい意味をもたらしていく。
そんな小さな場づくりのヒントとなる事例をお届けします。

誰も寄りつかない校舎の中庭

こんにちは。多田正治アトリエの多田です。
〈リノベのススメ〉は最終回となりました。
今回はいつものリノベーションではなく、広義のリノベとして、
大学で開催したカフェ企画〈◯◯のチカフェ〉についてご紹介したいと思います。

私は2024年の9月に武庫川女子大学の生活環境学科に准教授として着任し、
多田研究室(建築・地域デザイン研究室)を持つことになりました。
着任早々、3回生11名の学生たちがゼミ生として配属され、
そこで初めてのゼミ活動として企画・運営したのが〈◯◯のチカフェ〉です。

武庫川女子大学は、兵庫県西宮市にある大学で、
関西の女子大のなかでは最も学生数が多い大学です。

キャンパスも校舎もオシャレでキレイで、
大学生活を送るには申し分ない環境なのですが、
大学に着任して大学内を見て回っていたとき、
気になる場所を見つけました。それが中庭です。

中庭の様子。四方全部がガラス張り、うち三方が教室などに面していて、残る一方はガラスブロック。4階分の吹き抜け空間で、斜めに配置されたらせん階段がある。北欧風デザインの外灯も1本立っている。

中庭の様子。四方全部がガラス張り、うち三方が教室などに面していて、残る一方はガラスブロック。4階分の吹き抜け空間で、斜めに配置されたらせん階段がある。北欧風デザインの外灯も1本立っている。

生活環境学科の校舎はガラス張りで、廊下や教室、ラウンジから中庭を見下ろせます。
中庭にはイスとテーブルが置かれ、各階につながるカラフルな、
らせん階段が垂直に伸びています。

とてもいいデザインの空間なのですが、なぜかあまり人が使っている気配がありません。
学生たちに聞いてみると「立ち入ったことがない」
「入っていい場所だとは思わなかった」とのこと。

校舎の中心部にあって、いろいろなところから見える場所なのに、
誰も立ち入らない中庭になっていたのです。
「このよそよそしい場所をもっと親しみのある場所に変えられないだろうか」
と思ったのが、〈◯◯のチカフェ〉を立ち上げたきっかけでした。

中庭を実測して図面にしました。

北側の「実体験ラボ」は実際に座って学べるよう、名作椅子がズラリと並んでいる部屋。南側の「総合スタジオ」はファッションショーの練習などができるスタジオ。

北側の「実体験ラボ」は実際に座って学べるよう、名作椅子がズラリと並んでいる部屋。南側の「総合スタジオ」はファッションショーの練習などができるスタジオ。

断面の模式図を書いたものがこちらです。

地上3階・地下1階建ての建物が生活環境学科の校舎。3階に出入り口があるので、中庭は学生たちの動線から外れている。

地上3階・地下1階建ての建物が生活環境学科の校舎。3階に出入り口があるので、中庭は学生たちの動線から外れている。

じつはこの中庭は地下にあります。

地下といっても、地盤面から少し掘り下げられたぐらいの半地下で、
光が入る明るい空間です。

生活環境学科の校舎はすこし変わったつくりで、3階に出入口があり、
中庭は学生たちの動線から外れているのが疎遠になる要因のひとつだと思います。

次のページ
テーマは幻の茶会!?

Page 2

〈◯◯のチカフェ〉
よそよそしい中庭で幻の茶会を

さて、このよそよそしい中庭を変えて、
大学という場所を使いこなすにはどうしたらよいか? 
ゼミ生たちといろいろ考えます。

なにかを新たにつくったり、いまある中庭をつくり替えたりするのもいいですが、
もう少しフットワーク軽く場所のイメージを変えられないだろうか? 
と考えたとき、あるアイディアが浮かびました。

「あるとき突然現れて、数時間後には消えてなくなる
蜃気楼や幻のような『お茶会』を開こう」

同じ学科の伊丹康二先生(まちづくり)、
鎌田誠史先生(住環境・地域デザイン)にも協力してもらいました。

ラウンジに展開した「匂わせ」の広告。このときはまだ〈チカフェ〉の名前が決まっていませんでした。写真ではわかりにくいですが、コーヒーカップが設えられています。(デザイン:岡本真由子助手)

ラウンジに展開した「匂わせ」の広告。このときはまだ〈チカフェ〉の名前が決まっていませんでした。写真ではわかりにくいですが、コーヒーカップが設えられています。(デザイン:岡本真由子助手)

まずはイベントタイトルを考えました。

いろいろなアイディアが出たなかのひとつが〈チカフェ〉です。
名前には「地下にある」「近い」「知る」など、いくつかの意味を含んでいます。
そして、今回のイベントが1回きりで終わらないように「◯◯の」をあたまにつけました。
〇〇には開催時期や目的、テーマなど、開催者がその都度自由にタイトルを入れて、
シリーズ開催できる仕組みとなっています。

〈◯◯のチカフェ〉のロゴデザイン案、そこからシールを作成。(デザイン:牛谷友茉(多田研究室))

〈◯◯のチカフェ〉のロゴデザイン案、そこからシールを作成。(デザイン:牛谷友茉(多田研究室))

この「◯◯」のところは、来場者にその時々のタイトルを書き込んでもらうデザインになっています。

この「◯◯」のところは、来場者にその時々のタイトルを書き込んでもらうデザインになっています。

続いて、カフェで提供できるサービスを考えました。
飲食物を販売するには保健所の許可が必要になるので、飲み物は無償で振る舞います。
メニューは、コーヒーや紅茶、牛乳も用意してカフェオレにもできるように。
カフェインが苦手な人もいるのでハーブティーも用意します。

中庭の準備にかかります。
校舎と中庭の間にあるガラスの扉の鍵が固着してうまく回らなかったので調整をしたり、
屋外用コンセントが通電していなかったのでブレーカーをあげたり、
切れた外灯の電球を交換したり。

学生たちが使っていなかったこともありますが、
大学の施設としても優先順位の低い場所だったと思われます。
ですが、少し手を入れることで使えるようになりました。

次のページ
ついに開幕!

Page 3

〈放課後のチカフェ〉開幕

2024年11月8日の金曜日、この年の夏は猛暑で
11月になってようやく肌寒くなってきたという気候。

さあ、机やイス、ベンチを運びこみ、電飾を取りつけ、
音楽をスピーカーから鳴らして準備完了です。

校舎内にある名作椅子・照明器具が並ぶ空間と中庭を一体的に使えるように、ガラス扉を開放します。

校舎内にある名作椅子・照明器具が並ぶ空間と中庭を一体的に使えるように、ガラス扉を開放します。

木の天板や折りたたみの脚、コンテナなど、あり合わせの物を使ってドリンクコーナーをつくる。

木の天板や折りたたみの脚、コンテナなど、あり合わせの物を使ってドリンクコーナーをつくる。

中庭のとなりにある実体験ラボや廊下の電気をつけ、
ガラス扉を開け放ち、いつも閉ざされている中庭を開放します。

今回のテーマは〈放課後のチカフェ〉。
手渡しするカップにはペンで「放課後」と書いてもらい、好きな飲み物を提供します。

特にこれ以上のことは用意してないのですが、
音楽と照明があり、ドリンクと座るところがあると、人が集まってきます。
そして不思議なことに、人が集まると空間がふんわりと華やいでいきます。

らせん階段のおかげで、人が上下を行き来したり、見上げたり、見下ろしたり、立体的に空間が使えます。

らせん階段のおかげで、人が上下を行き来したり、見上げたり、見下ろしたり、立体的に空間が使えます。

立体的な中庭。このらせん階段も使ったことがない学生ばかり。

立体的な中庭。このらせん階段も使ったことがない学生ばかり。

なんとなくおしゃべりをして、なんとなく笑いあって。
いつも目にしていた場所で、いつもの仲間と。
あっという間に時間が過ぎていきます。
2時間ぐらいで終了。あとはサッと片づけて、撤収です。

〈クリスマスのチカフェ〉

それから1か月ちょっと。
12月20日の金曜日に〈クリスマスのチカフェ〉を開催。
今回はコタツを3つ用意しました。

メリークリスマス!

メリークリスマス!

外でもコタツがあれば、なんとかなります。床には汚れ防止でブルーシートの銀色版、シルバーシートを敷いています。

外でもコタツがあれば、なんとかなります。床には汚れ防止でブルーシートの銀色版、シルバーシートを敷いています。

カラフルな電飾やサンタ帽は学生たちのアドリブ。みかんも必須でしょう。ユーモアは大切です。

カラフルな電飾やサンタ帽は学生たちのアドリブ。みかんも必須でしょう。ユーモアは大切です。

地面にはシルバーシートを敷いてコタツを設置。
クッションや座布団で地面からの冷気を防げば完璧です。
寒空の下でもコタツがあれば大丈夫。
寒さに震えることなくコーヒーを堪能しました。
これも2時間ぐらいでサッと撤収。

リノベーションではないけれど

この企画で用意したのは、椅子やベンチなどの家具と、
ドリンクや音楽といったサービスだけ。
それに加え、〈チカフェ〉という名前をつけて専用のカップを用意しました。

使われていない場所を使えるようにする。
大工さんの力を借りなくても、DIYのスキルがなくても、
ちょっとした設えとサービスを用意して、
そこに少しの工夫を加えることによって、
人が集まる場所に変えることができました。

大学でなくても、近所の商店街や河川敷、公園や空き地など、
自分たちの身のまわりで使えそうだけど使われていない場所はないでしょうか?

そういう場所はひょっとすると、今回のケースと同じように管理や所有の区分が曖昧で
「使っていい場所だとは思わなかった」とみんなが思い込んでいるのかもしれません。
もしくは管理者や所有者も「有効に活用してほしい」と思っている場所かもしれません。

今回紹介した〈◯◯のチカフェ〉は、お金や時間や手間がそれほどかかりません。
投資が少なく、人が思ったほど集まらなくてもダメージが少ない手法です。
そして、人が集まらなくても、それは重要な知見となります。

大成功を目指さなくてもいい。まずはちょっと動き出してみよう。
それが場づくりの第一歩だと思います。

information

〈放課後のチカフェ〉

2024年11月8日16:30ごろ〜19:30ごろ

【企画・運営】

多田研究室(多田正治、池内 彩奈、牛谷 友茉、原 采佳、梶原 蒼生、金子 萌香、島田 華菜子、曽田 花琳、高見 美咲、竹本 彩香、田所 花果、池上 陽菜)

助手(岡本真由子、岡本優香)

伊丹研究室有志

鎌田研究室有志

information

〈クリスマスのチカフェ〉

2024年12月20日16:30ごろ〜19:00ごろ

【企画・運営】

多田研究室(多田正治、池内 彩奈、牛谷 友茉、原 采佳、梶原 蒼生、金子 萌香、島田 華菜子、曽田 花琳、高見 美咲、竹本 彩香、田所 花果、池上 陽菜)

助手(岡本優香)

Feature  特集記事&おすすめ記事