木を使わない「芯漆」とは? 輪島〈山崖松花堂〉が独自の技法でつくる唯一無二の輪島塗

日本を代表する伝統工芸のひとつ、漆塗り。石川県輪島市で生産される輪島塗は、その代名詞といえる歴史と知名度を誇ります。

江戸時代から続く〈山崖松花堂(やまぎししょうかどう)〉の17代目、山崖宗陽(そうよう)さんと松堂(しょうどう)さんの兄弟は、漆の特性を研究し、まったく新しい技法を発明して、漆器から仏像まで後世に残るものづくりを目指しています。

今回は三菱UFJモルガン・スタンレー証券新宿支店の松永和剛さんと、金沢支店の林里美さんが、輪島市にある工房を訪れ、漆にかける熱い思いをお聞きしました。

壊れやすいという漆器の宿命を変えるために

「この器はまだつくっている途中ですが、2001年から漆を塗り始めています」

制作途中のこの器は2001年から塗り始めているもの。

四半世紀経っても、いまだ完成に至っていない漆器を前に、驚愕する一同。どうしてそれほど時間がかかるのか、一般的な漆器づくりとは何が異なるのでしょう。

〈山崖松花堂〉は、石川県輪島市で江戸時代から続く輪島塗の工房で、塗師屋(ぬしや)として事業を始めました。現在は兄の山崖宗陽さんと弟の松堂さんが、17代目として工房を守っています。

輪島塗は伝統的に分業でつくられるのが特徴で、124もあるとされる工程を職人の手から手へと渡されて、ひとつの商品が完成します。山崖松花堂が家業としてきた塗師屋は、職人を束ねて、商品の企画からデザイン、製造、販売までを管理するプロデューサーのような役割を担っています。

「うちも代々、ほかの工房と同様にお椀やお重などのような伝統的な漆器をつくってきました。輪島塗の製造には多くの人が関わり、手間がかかるからこそ高価でもあるのですが、お客様からの修理の依頼も非常に多い。丁寧に一生懸命つくっても、また修理が必要になってしまうことに疑問を感じていました。

ですから、最初から最後まで自分たちで手がけて、修理の必要のない漆器をつくりたいという思いが原点にあります」(松堂さん)

主に器を制作している、弟の山崖松堂さん。

では、なぜ割れたり欠けたりしてしまうのか。その理由は、漆器の構造にありました。通常、輪島塗は、漆を塗る前の土台となる木地を使っていて、木地に漆を何層も塗り重ねて研ぐことで、独特の光沢のある漆器ができあがります。

「木地の原料は主に木材ですが、木には空気が含まれているため、温度によって膨張したり収縮したりします。水分を含んでいたら、劣化も早まります。

つまり、形が変わりやすいふわふわした素材に漆を塗っているような状態なのですが、漆は時間の経過とともに、どんどん硬くなる性質を持っています。ですので、木地の動きに漆がついていけなくなることで、ひび割れや剥がれが生じてしまうのです」(松堂さん)

木地を薄くすることも試みたものの、内部に木という異素材が入っている限り、根本的な問題は解決しませんでした。漆器は日本を代表する伝統工芸でありながら、気候風土が大きく異なる海外へ持っていくと、さらに管理・保存が難しくなるため、広めたくても広められないという矛盾。山崖さん兄弟は通常業務の傍ら、2000年に「漆ラボ」を立ち上げ、漆の研究に着手します。

そして20年ほど前、試行錯誤を経て開発したのが、「芯漆(しんしつ)」という新しい技法でした。

「芯漆は文字どおり、芯から漆だけを使っています。木地は一切使っておらず、国産の漆100%でできているため、制作に時間はかかるものの、半永久的に壊れないのです」(松堂さん)

「たとえば器などをつくるときは、木地を使わずにどうやって形にしていくのでしょう?」(三菱UFJモルガン・スタンレー証券 新宿支店・松永和剛さん)

「発泡ウレタンを型として使っています。木地は表面を漆ですべて覆い、内部に隠れてしまうものですが、発泡ウレタンはあくまでも型なので、この上に漆を塗って研ぐ作業を何度も繰り返します。そして厚みが出てきて型を取り外すと、漆の部分だけが残るのです」(松堂さん)

発泡ウレタンでつくった型(右)と、漆を塗り重ねた状態(左)。

「漆は何回くらい塗り重ねるのでしょう?」(三菱UFJモルガン・スタンレー証券 金沢支店・林里美さん)

「ものにもよりますが、100回から150回は塗っています。最初にお見せした制作途中のお椀は、250回くらい塗ってますね。

一般的に塗りの工程には、下地、中塗り、上塗りとあって、輪島塗は漆器のなかでも塗りの回数が最も多いといわれていますが、ある程度量をつくろうと思ったら、現在はせいぜい10回程度でしょう。自分たちの場合、100回を下回ることは絶対にありません」(松堂さん)

芯漆の漆器の断面。一般的な漆器のように木地は入っておらず、漆のみでつくられているのがわかる。

漆の“偏光性”を最大限に生かす

「マリー・アントワネットが漆器をコレクションしていたのは有名な話ですが、西洋の錬金術は、漆を生み出すことを目的に発達したという説もあります」(松堂さん)

「いまでこそピアノは黒のイメージがありますが、昔はすべて白木だったんです。日本の漆の黒を目指して西洋でも塗料が開発されました」(宗陽さん)

蒔絵師でもある、兄の山崖宗陽さん。

“漆黒”とは、漆を塗ったように艷やかで、深みのある色を指しますが、漆の木が自生しない西洋の人たちに、漆の黒はとても神秘的に映ったのでしょう。おふたりが漆の表現で最も重きを置いているのも、艷やかさや深みを生む性質。

「僕らは“偏光性”と呼んでいるのですが、プリズムのように光の屈折によって色味や見え方が変わるのが、漆の一番の特徴だと思っています。だから同じ漆器でも、置く場所や使う場所によってまったく違う表情を見せてくれる。漆の作品は、光を楽しむものなのです」(松堂さん)

指の腹で漆を塗る松堂さん。「僕はかぶれない体質なので。刷毛で塗るよりも凹凸が出て、偏光性が出やすくなるんです」

松堂さんがつくったお椀やぐい呑みを、実際に手に取って見せてもらいました。

「少し離して見るとコントラストがはっきりしますし、角度が変わるだけで印象がかなり変わります。液体を入れると、さらに見え方が変わるのでしょうね」(松永さん)

「塗っては研ぐことを繰り返すことで、いろんな層で反射して、奥行きが生まれるのです。それと加飾といって、絵付けのような作業をしているのですが、漆を塗る過程で金や銀、プラチナ、オパール、ダイヤモンドなどの鉱物を入れています。おっしゃる通り、お酒を入れると偏光性が増して、器の中に宇宙を見ているような感覚になりますよ」(松堂さん)

器に水を入れ、さらに光を当てると反射によってまた違う表情が。

器の外側の装飾には、よく見るとアルファベットが施されています。

「貝殻を用いた螺鈿(らでん)という装飾技法なのですが、なぜアルファベットにしたかというと、アルファベットの26文字はそれぞれ宇宙の物理法則を表しているのです。僕は昔から宇宙というものに憧れや興味があって、漆を使ってそれらを表現するのがライフワークになっているんです」(松堂さん)

「こんなに細かいアルファベットを、どうやってつくっているんですか?」(林さん)

「このサイズを手作業で切り出すのは無理なので、レーザー加工機で型抜きしています。切り出したアルファベットはすべて使えるわけではなく、緑や青、赤などの色味や模様のバランスを考えて配置していきます」(松堂さん)

レーザー加工機で切り出した貝。実際に使えるのは1割くらい。
アルファベットを切り出す前の、シート状になった貝板。

「レーザー加工機を買って、この技法が完成するまでも5年くらいかかっています。蒔絵の技法を応用していますが、こんなやり方は誰も教えてくれないし、誰もやっていないですから」(宗陽さん)

最高のものをつくれば、後世への手本になる

兄の宗陽さんが主に制作しているのは仏像。こちらもやはり、芯漆の技法で漆のみを使っています。

「頭、手、足、胴など、パーツごとにつくるのですが、この阿修羅像で60パーツくらいあります。内部で各パーツをつなげるダボ(円筒形の棒)も漆でつくっています。異素材の木地がなければ、漆器は半永久的に壊れないという理由と同じですね」(宗陽さん)

漆を研ぐ工程には、宝石用の研磨機を使っている。「いろいろ試して、これがいいかなといまは思っています」(宗陽さん)

「そもそもなぜ、漆で仏像をつくろうと思われたのでしょう」(林さん)

「絶対に誰もつくらないだろうし、できないから、ですね(笑)」(宗陽さん)

「仏像は、いわば究極の美ですよね。造形としてもそうですし、再現性のないもの、真似できないものにこそ価値があると、僕ら兄弟は思っているので。

空間によって印象が変わるのは仏像も同じで、たとえば暗いところで向き合うと見透かされているような気がして、畏怖の念が湧いてくるんです。兄の場合は、漆のポテンシャルをそういった部分でも表現しようとしているのだと思います」(松堂さん)

「仏像の制作には、どのくらいの期間がかかるんですか?」(林さん)

「弟に怒られるので、正確なことは言えません(笑)」(宗陽さん)

「昨年、十一面観音像を納めたのですが、首飾りの部分だけで2か月、表情だけで1年以上かかっていましたね。隣で仕事をしていると、兄は昨日も一昨日もひと月前も、やっていることが変わっていないんですよ(笑)。それくらい根気のいる作業です。

とはいえ僕らは、1000年後も見てもらいたい思いでものづくりをしていますし、一度完成したら修理がいらないことを考えれば、15年、20年の制作期間が長すぎることはないのです」(松堂さん)

暖簾には、ふたりのものづくりへの思いが綴られていた。

伝統工芸の世界に身を置きながら、オリジナルの技法、誰も見たことのない表現に、徹底してこだわるのは、職人として言われるままにつくるやり方に、疑問を感じたからでもあるようです。

「素材にお金をかけて手間ひまかけてつくっても、問屋さんに買い叩かれたら、まともな商売なんてできません。輪島塗に限らないことですが、多くの職人がそこで悩んで、結果、安価な素材を使ったり工程を省くなど、手抜きせざるを得なくなる。これでは伝統工芸は残っていかないでしょう。

ですから僕たちは、自分たちで販路を開拓しました。普通の輪島塗の店であれば、売れたら『ありがとうございました』と言って終わると思うのですが、僕らの場合はお客様とのおつき合いがずっと続いていくんですよね」(宗陽さん)

「自分たちがつくったもので、お客様が涙を流してくださることがあるんです。やってきたことは間違いなかったと思える瞬間ですし、いいものができたときは何にも代えがたい喜びがあります」(松堂さん)

新作のぐい呑み。宮沢賢治の短編『やまなし』に登場する「クラムボン」をイメージしたそう。

「これまでの挑戦の結果をいろいろ見せていただきましたが、さらに今後取り組んでみたいことなどはありますか?」(松永さん)

宗陽さんが指し示したのが、手のひらに乗るサイズの精巧な鳥の置き物でした。

超絶技巧が詰まったハヤブサ。

「新たな仏像をつくりたいのですが、年齢的にも厳しくなると思うので、途中までつくりためてきたこの鳥をすべて生かしてあげたい。モザイクの手法を取り入れているのですが、白は漆で出せない色なので、うずらの卵の殻を使っているんです。これも、誰も見たことがないでしょう?」(宗陽さん)

制作途中の鳥たち。 
漂白してまだら模様を取り除いた、うずらの卵の殻。表裏を判別するために、内側に墨を塗っている。
孔雀も非常に細かい作業でつくられている。

「僕は漆で宇宙を表現していくことは変わらず、いままで以上に世界に誇れるようなものをつくっていきたい。漆のすばらしさを世界中の人に知ってもらいたいですね」(松堂さん)

「私は地元の者ですが、恥ずかしながら輪島塗はデパートにあるような漆器しか知らなかったので、こうやって唯一無二のものを見せていただいて、本当に感動しました。この技術を次世代につないでいくことや、担い手の育成などは考えていらっしゃるのでしょうか?」(林さん)

「弟とそれについて相談はするのですが、後継者を見つけることは正直難しいと思っています」(宗陽さん)

「芯漆を継承するのは無理かもしれないけれども、僕たちが作品として最高のものを残せれば、それが手本になっていくのではないかと思うのです。

かつてはつくることができていたけど、いまはできないようなものにも、僕はロマンがあると思っていて。違う時代の誰かが無心につくり続けたものが、別の時代で輝くときもあるはずなので、これからも精進していきたいと思います」(松堂さん)

違う時代の誰かが出会う作品は、どんな表情に映るのでしょう。伝統を守って生かす、もうひとつのかたちを見せていただきました。

Information

山崖松花堂

web:山崖松花堂
*作品は富士鳥居(2026年3月まで店舗改装中)などで取り扱いがあるほか、各地で展示販売会を開催。

Recommend 注目のコンテンツ

Special 関連サイト

What's New 最新記事