有田焼や伊万里焼を支える「天草陶石」の産地でつくる器。〈高浜焼 寿芳窯〉が模索する、これからの伝統工芸
有田焼や伊万里焼などに欠かせない原料として重宝されてきた、熊本県天草下島西部に分布する天草陶石。〈上田陶石〉は世界的にも珍しいとされる上質な原料を採掘する一方、一度は途絶えてしまった天草陶石の里の焼き物を復興。その製造を担う〈高浜焼 寿芳窯〉を、三菱UFJ銀行熊本支店の横幕了さんと米村志保さんが訪問。時代に合った伝統工芸のあり方について、ともに考えました。
平賀源内も「天下無双の土」と絶賛した、天草陶石
焼き物の産地が多く集まる九州。焼き物、すなわち陶磁器は、「土」を原料とする陶器と、「石」を原料とする磁器に大きく分類されます。
たとえば九州の代表的な焼き物のなかでも、素朴な土の風合いを感じられる大分県の小鹿田焼(おんたやき)や佐賀県の唐津焼は陶器で、各産地でとれる土が唯一無二の個性を生み出しています。
一方、硬質でガラスのようなつややかさを持つ佐賀県の伊万里焼や有田焼、長崎県の波佐見焼(はさみやき)は、磁器が主流。これらの原料に共通して使われてきたのが、熊本県の天草地方でとれる天草陶石です。
「天草陶石は、ほかの原料と混ぜることなく、単体で磁器をつくることのできる世界的にも珍しい石とされています。濁りのない美しい白さが多くの産地で重宝されてきた最大の理由といえます」
こう説明するのは、〈株式会社上田陶石〉の専務取締役・上田万里子さん。天草陶石を採掘販売している同社は、〈高浜焼 寿芳窯〉という窯元として、天草陶石を使った磁器の製造も行っています。

三菱UFJ銀行 熊本支店の横幕了さんと米村志保さんがまず足を運んだのは、工房に併設されている直営店。
「この白さは天草陶石だから出せるのですね。食器を手に持ってみると、薄さにも驚きます」(横幕さん)
「約1320度の高温で焼けるので、それだけ緻密で丈夫になるのも特徴です」(万里子さん)

寿芳窯の食器を購入して、日常的に使っているというおふたりからは、こんな感想も。
「デザインがシンプルなうえ、透き通るような上品な白さなので、お料理が映えるんです。おっしゃる通り丈夫なので、安心して洗えるのもうれしいですね」(米村さん)
「和洋中、料理を選ばないので使いやすいです。料亭でも、イタリアンレストランでも違和感がなさそうですよね」(横幕さん)
陳列するアイテムのなかで、ひときわ目を引くのが、花のようにも樹木のようにも見える模様の入った食器。真っ白な磁器に、青や緑、ピンク、ゴールドなどさまざまな色で施され、華やかさがプラスされています。
「海松紋(みるもん)といって、縁起物とされるミルという海藻をモチーフにしています。1800年代前半につくられたお皿が残っていて、その文様を復刻させたシリーズです」(万里子さん)

高浜焼の歴史は古く、1762年まで遡ります。万里子さんのご先祖である上田家は、江戸前期から代々庄屋を務めており、6代当主が農作に困難だったこの土地で新たな産業を生み出そうと、同家が採掘していた天草陶石を原料に、焼き物をつくり始めました。
中興の祖とされる7代・宜珍(よしうず)は、先代から受け継いだ窯の経営に力を入れ、高浜焼は最盛期に。瀬戸の陶工で、のちに「磁祖」と称えられる加藤民吉の熱意に動かされ、高浜焼の技法を伝授したことで、瀬戸焼の発展にも大きく寄与しています。
その後高浜焼は、明治中期にいったん途絶えたものの、1952年に復興。その経緯の詳細は定かではありませんが、戦後の復興として地元の人たちに職を与え、地域に産業を興すためだったのではないかと考えられています。寿芳窯は、天草陶石という産地の素材を使って産地でつくる、いわば地産地消の窯元として、その伝統を守り続けているのです。


工房の敷地内には、1815年、宜珍の時代に建築された上田家屋敷が現存。一角にある上田資料館には、天草の古文書や古高浜焼が多数収蔵されていて、その歴史に触れることができます。


高浜焼の製造工程も見学させてもらいました。磁器の量産に欠かせないのが、石膏型を使った成形。生地を石膏の型に流し込んで均一な形をつくっていくのですが、ほかにもふたりが注目したのは、水ゴテ成形と呼ばれる作業。茶碗やカップなど深さのある器に適した、ろくろと石膏型を組み合わせたような成形方法で、あっという間に形や厚みを整えていく職人技に、目を見張ります。




さらに素焼きした生地に釉薬をかける工程では、生地が一瞬で乾いて表情が変化するその素早さに、思わず歓声が上がりました。



見て、触ってこそわかる魅力を、いかに伝えるか
上田陶石の現社長は万里子さんの父で、15代当主の上田萬壽夫さん。もともと都内で会社勤めをしていた萬壽夫さんは、1981年に天草に戻って家業を継ぎます。
「私も父と同様、当初は上田陶石を継ぐことを考えていませんでした。というのも私は3人兄妹の末っ子で、ふたりの兄がいるので、そのどちらかが継ぐものだと思っていたからです」(万里子さん)
しかし、ものづくりやアートが好きな万里子さんが適任なのは、誰もが認めるところだったよう。渡米しニューヨーク大学で美術を専攻した万里子さんは、写真や陶芸などを幅広く学び、卒業後はニューヨークの焼き物を扱うギャラリーで働いていた経験も。ギャラリーでは日本人作家も紹介し、さまざまな作家と交流する機会にも恵まれました。
「帰国後、日本の画廊でも働いていたのですが、自分で手を動かすこともやっぱり好きで、年に2回くらい天草に来て、ここでものづくりをしていました」(万里子さん)


上田陶石に正式に入社したのは、コロナ禍の少し前。世界のアートシーンや、海外から見た日本の伝統工芸など、これまでの経験で培ってきた広い視野を保ちながら、高浜焼や天草陶石の認知度を上げていく方法を模索しています。
「寿芳窯に関しては、人材をもう少し増やしていきたいのですが、製造するアイテムはもっと絞っていきたいですね。そのぶん、より上質な天草陶石を使って、商品としての価値を高めていけたらと思っています」(万里子さん)
天草陶石の特徴である焼き上がりの白さは、鉄分の少なさによるもの。採掘された陶石は、ひとつひとつ手作業で等級分けされ、鉄分の少ない白い石ほど高級なものとして扱われます。陶石はその後、陶土をつくる業者に渡され、各窯元の希望に沿った調合で陶土がつくられます。


「もちろん、いま寿芳窯で使っている天草陶石も、それなりにランクの高いものではあるのですが、うちの蔵に眠っていたような古い時代の高浜焼には、基本的に最上級の素材が使われています。なので、できればその伝統を復活させたいんですよね」(万里子さん)
生かしきれていないすばらしい伝統を見直すためにも、ブランディングが必要だという意見に、横幕さんも賛同。
「素材によりこだわって、数は少なくてもいいものをつくるというのは、時代の流れに合っていると思いますし、陶石の採掘も行っているからこそ、できることといえますよね」(横幕さん)


海松紋を復刻させたように、アイデアはこれまでの歴史にまだまだ埋もれていると万里子さんは考えています。たとえばユニバーサルデザインの食器は、かなり前につくっていたものの、手間がかかるなどの理由で長らく製造を中止していたそう。近年、ニーズが高まっていることから、こうした商品にもまた力を入れるようにもなってきています。


有田焼や小鹿田焼など、連綿と続いてきた産地と比べると、高浜焼は一時途絶えてしまったこともあってか、知名度がそれほど高くないのも事実。横幕さんは高浜焼や寿芳窯を知ったきっかけを振り返りつつ、多くの人の目に触れることの重要性を強調します。
「弊行が天草市へ企業版ふるさと納税による寄付を行い、感謝状をいただいたのですが、それが紙ではなく陶板だったのです。長く残せるものとしてもすばらしいと思い、製造元をうかがったところ、寿芳窯さんのことをお聞きしました。
偶然の出会いでしたが、手に取って知ることのできる環境はとても大切だとあらためて感じました。インターネットで見て買うことはできますが、実際に持ってみたときの軽さや薄さ、お茶を飲んだときの口当たりのよさまでは、わからないですからね」(横幕さん)
「最近は天草でも海外の方、それも近隣のアジアではなく、ヨーロッパなどから遊びに来る方の姿をよく見かけるようになりました。わざわざここに足を運びたいと思ってもらえるような場所にしていくことは大切ですね」(万里子さん)
「都市銀行の地方支店として、東京など人口の多い都市部とつなぐお手伝いを私たちもしていきたいです。まだ多くの人に認知されていない、地方の優れた商材を探されているお客様は非常に多いですが、多くの場合、自分たちだけで探すのは難しかったりします。何かあったら教えてほしい、つないでほしい、ということはよく言われますし、まさにそれが我々の役割であると日々感じています」(横幕さん)
窯元や世代を越えた多様なつながりを
上田陶石では、天草陶石や高浜焼の認知度アップや人材育成を目的に、焼き物ができる工程を伝える動画の制作を進めています。しかもそれを社内で完結させるのではなく、陶土の業者などと協力することで、より俯瞰的に焼き物づくりの流れがわかる内容にしていこうとしています。
「人材を増やしたいというお話もありましたが、若い世代の伝統工芸への興味やニーズは、どの程度あるのでしょう?」(米村さん)
「周りの窯元を見回しても、お弟子さんや後継者がおられるところは少ないですね。どちらかというと閉鎖的で決まりごとの多い業界なので、せっかく入ってもなかなか続かない方が多いようです」(万里子さん)

「若い人材が少ないという点では、農業も同様の課題を抱えていますよね。就農人口は、今後さらに落ち込むといわれていますが、一番の理由は食べていけないから。一方で若い農家さんで、質のいい野菜をつくって、自らマーケティングして直販することで、大きな収益を上げている方もいらっしゃる。
農業であれ、伝統工芸であれ、続けていくためにも、マネタイズは絶対に必要な観点といえるでしょう」(横幕さん)
「短い期間、伝統工芸の世界に身を置いて、その後、個人で窯を開き、SNSなど活用してビジネスをされている若い方も結構いらっしゃいます。技術はそこまでなくても、デザインセンスがあったり、発信の仕方が上手だったりして、こちらが学べることも少なくないです」(万里子さん)

「若い方々が時代に順応しながら、かたちを変えてやろうとしていることのルーツに伝統工芸がある。純粋な受け継ぎ方とは違うかもしれないけれども、それによって新しい人材が入ってきやすくなるのかもしれません」(横幕さん)
「この世界に入って感じたのは、横のつながりの希薄さ。伝統的なところほどそれが顕著で、もっとお互いに協力してものづくりをしたほうが、産地としても盛り上がるのでは、と思ったりします。
私はしがらみなどをあまり気にせず、自分たちではできないことをほかの産地の人にお願いして、逆に『いいんですか?』と驚かれてしまうんですけど(笑)。できないから諦めることのほうが、もったいない気がして。いろいろな方の力を借りてできあがった商品は、そのプロセスも公開して付加価値を高めていきたいですね」(万里子さん)

できること、得意なことが異なる窯元や産地同士が協力し合って、伝統工芸という大きな看板を守っていく。産地や世代、経験値などを超えた多様なつながりが、伝統工芸の抱える課題を解決するきっかけになっていくのかもしれません。
Information
住所:熊本県天草市高浜南598
TEL:0969-42-1115
営業時間:8:00~17:00(土・日曜・祝日~16:30)
上田資料館 9:00~17:00(入館料大人300円)
web:高浜焼 寿芳窯