colocal コロカル マガジンハウス Local Network Magazine

連載の一覧 記事の検索・都道府県ごとの一覧
記事のカテゴリー

連載

市川市のシェアアトリエ
〈123ビルヂング〉。
“時が止まったビル”が、
クリエイターの集う場所へ

リノベのススメ
vol.269

posted:2024.8.29   from:千葉県市川市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

omusubi不動産

おむすびふどうさん●「自給自足できるまちをつくろう」をコンセプトにまちの方々と田んぼや稲刈りをするフドウサン会社。築60年の社宅をリノベーションした「せんぱく工舎」をはじめとしたシェアアトリエを運営するほか、松戸市主催のアートフェスティバル「科学と芸術の丘」の実行委員として企画運営を行う。2020年4月下北沢のBONUS TRACKに参画。空き家をつかったまちづくりと田んぼをきっかけにした暮らしづくりに取り組んでいます。

https://www.omusubi-estate.com/

credit

編集:中島彩

omusubi不動産 vol.5

こんにちは。
おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉の落合紗菜(おちあい さな)と申します。

私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。

この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが代わる代わる書き手となり、
思い入れの深い物件とその物語をご紹介します。

今回は、市川市のシェアアトリエ〈123ビルヂング(いちにっさんビルヂング)〉
について紹介させていただきます。

市川市大和田〈123ビルヂング〉とは

2015年の外観。築45年超え。エレベーターなしの3階建て。

2015年の外観。築45年超え。エレベーターなしの3階建て。

物件があるのは、千葉県市川市。
omusubi不動産の拠点となる松戸市に隣接するまちです。
人口は約49万人で、JR総武線や京成本線など複数の路線が乗り入れて
都心へのアクセスがいいため、ベッドタウンとして発展してきました。

ところが、123ビルヂングは、JR総武線本八幡駅から徒歩22分。
アクセスがいいとはいえない立地に加えて、建物は築45年超え。
そして、エレベーターなしの3階建てビルで、室内は未内装。

貸しづらい条件の3トップが詰まっているようなビルなのですが、
2024年8月現在、全10室あるアトリエスペースは満室稼働中です。
自転車店やジュエリー工房、書店など、個性的な方々に入居いただいています。

123ビルヂングという名前には、
「クリエイターの最初の1歩を応援したい、
ステップアップしていく新たな拠点になってほしい」
という想いが込められています。
どんなプロセスでビルが育っていったのか、
大きく3つのステップに分けてご紹介していきます。

1歩目:物件の素材を見る

築40年超えのビルの現状

123ビルヂングの始まりは2014年。

当時すでに築40年を超えていたビルは、かつてのオーナーさんが
1階で質屋を営み、ご家族が上階に住まわれていたそうです。
その後、しばらく空室になったビルの活用について、
新しいオーナーさんから弊社代表の殿塚にご相談いただいたのが出会いでした。

2015年時の1階の1室。

2015年時の1階の1室。

見に行くと、1階のガレージはカビだらけ。
2階は比較的きれいだったものの、3階はバブル期に購入されたであろう
シャンデリアやタンス、家具などが多く残され、ホラー映画の撮影にぴったりな雰囲気。
当時はコンビニさえ最寄りになく、生活環境も良いとはいえませんでした。

改装自由なシェアアトリエに

そこで殿塚が考えたのが、シェアアトリエとしての活用でした。

リノベーションの費用もかかりそうですし、
近隣環境を見ると入居者が決まるかどうかわからない。

それであれば、初期投資をせずに、建物の古さを生かして「改装自由」な建物とする。
だけど2〜3階は住居で部屋数が多かったので、ひと部屋ごとに区切って賃料も安く抑える。

そうすれば、オーナーさんは初期費用を抑えられて、
入居者さんにとっては内装の自由度が高く、リーズナブルに借りられる。
賃料は相場の7割ほどに抑えているほか、仲介手数料も0円。
双方にとってメリットがある仕立てです。

ただ、omusubi不動産の拠点は松戸市。
隣町とはいえ、シェアアトリエに入居されそうなクリエイターや芸術家・作家の方が
市川エリアにどのくらいいるかわからず、不安もありました。
そこで、一緒に立ち上げをしないかと声をかけたのが、〈つみき設計施工社〉さんでした。

次のページ
次のステップは?

Page 2

2歩目:仲間を集める

地元の建築会社がパートナーに

つみき設計施工社さん(以下、つみきさん)は市川市に拠点を置き、
家やお店などの参加型リノベーションを専門とする建築会社です。

「若いクリエイターが集う場所をつくることで、
市川市に新しい風を吹き込むことができるかもしれない」と
可能性を感じたつみきさんは、殿塚の誘いに「一緒にやろう」と乗ってくれました。
そして、omusubiが不動産仲介業務やビル管理、そして運営業務を担い、
つみきさんがリノベーション全般とプロジェクトのPR業務を担当する
という体制を築きました。

コンセプトを決めて、さらに仲間を集める

最初に行ったのは名前を決めること。
ネーミングは、ビルの方向性やイメージを大きく左右する大切な要素です。
お好み焼きを食べながら話し合い、〈123ビルヂング(いちにっさんビルヂング)〉
という名前に決まりました。

「入居したクリエイターの最初の1歩を応援し、
ステップアップしていく新たな拠点になってほしい」という想いが込められています。

次に、シェアアトリエの立ち上げを一緒に楽しみながら
参画してくれそうな方々へお声がけしていきました。

南八幡エリアで10年以上〈DEPOT〉というサイクルショップを経営する湊誠也さんや、
市川市を拠点に年に数回手づくり市のイベントを開催する宮川はるみさん、
そして創業90年を超える〈伊藤海苔店〉の4代目伊藤信吾さんの3名にお声がけしました。

湊さんは「こんな場所がほしかった」と言い、
宮川さんは「イベントに出る作家さんたちの次のステップアップの場所ができる」と
喜んでくださいました。
伊藤さんも古くから親交のあるお店の方々とイベント協力を申し出てくれました。

こうして、みなさんのご協力によってチームのベースができました。

路面のガレージスペース。

路面のガレージスペース。

同時に、初めての入居者として、つみきさんが手を上げてくれました。

古い建物をほぼそのまま貸し出すこともあり、
最初の入居者にとってはハードルが高くなります。
資材や工具保管、木材加工の場所が必要だったという事情とともに、
なにより「このシェアアトリエを自分たちが一番楽しむことができるはず」
という想いがあり、路面のガレージスペースをつみきさんが利用することになりました。

プロジェクトを告知するキックオフパーティー

続いて、これから立ち上げるシェアアトリエについて
多くの方に知ってもらうために「キックオフパーティー」を開催しました。

オーナーさんに「1日だけビルを開放してほしい」とお願いし、
Facebookのイベントページを立ち上げ、メンバーが声かけをして、
20名ほどの人々が集まりました。

123ビルヂングの構想を共有して、ビールを飲みながら建物の中を巡るという内容。
イベントは予想以上に盛り上がり、アイシングクッキー作家の春山由美子さん、
自転車のフレームビルダーのBakansucyclesさん2組の入居が決定しました。
ちなみに参加者の間で最も注目を集めたのは、意外にもボロボロだった3階でした。
味わい深い雰囲気が、逆に魅力的に感じたようです。

こうして、つみきさんを交えた3組の入居者さんが集まったことから、
正式に123ビルヂングがスタートすることになりました。

キックオフパーティーの様子。

キックオフパーティーの様子。

シャンデリアのかかる3階。

シャンデリアのかかる3階。

次のページ
ビルを育てるということ

Page 3

3歩目:入居者と一緒にビルを育てていく

みんなでリノベーション

その後、omusubi不動産のHPで物件情報を公開し、入居者募集をスタートしました。

同時にDIYイベントを複数回開催。「ビルの大清掃ワークショップ」や、
つみきさんの入居スペースでの「改装ワークショップ」を行い、
多くの人の手が加わりながら“時の止まったビル”が“シェアアトリエ”へと
リノベーションされていきました。

近隣にも場を開いていく

リノベーションが進んでいくなか、さらなる入居者の募集と
近隣の方への理解を得るために、「場を開く会」などを開催しました。
入居者さんの作品展示や物づくりのワークショップなどを行い、
ご家族連れでご近所の方が訪れてくれました。

7月には花火大会に合わせて、屋上を開放するイベントも実施。
近くに花火の鑑賞スポットがあるので「人がたくさん来るから、飲み物がよく売れるよ」
というアドバイスを聞き、共用部の改装費用を稼ごう! 
と、どぶづけ(アイスボックス)でドリンクを販売。

ところが、販売状況はからっきし。
余ったドリンクを自分たちで飲みながら屋上で入居者さんたちと花火を楽しみました。
「おお、始まった〜」と思ったら、ちょうど工事中の重機にピッタリ被ってしまい、
花火が見えなかった……というのは、今でも笑い話となっています。

全然売れなかった路上でのドリンク販売。

全然売れなかった路上でのドリンク販売。

重機にかかった花火。

重機にかかった花火。

2015年4月のキックオフから半年の時が経った2016年の1月23日、
満室となった123ビルヂングで「グランドオープン〜お出かけしよう!いちにさんまつり〜」
を開催しました。ビルの告知とともに、入居者同士をつなぐことも目的としていました。

各入居者さんが自分のスペースで展示やワークショップを開催。
多くの方が集まり、大盛況な1日となりました。

「グランドオープン〜お出かけしよう!いちにさんまつり〜」を開催した入居者さん一同。

「グランドオープン〜お出かけしよう!いちにさんまつり〜」を開催した入居者さん一同。

開放された屋上のイベント。

開放された屋上のイベント。

イベントで人が混雑する古道具のお店。

イベントで人が混雑する古道具のお店。

次のページ
現在の〈123ビルヂング〉は……

Page 4

3歩目のその先

こうしたイベントを続けていくことで、入居者さん同士も
互いに顔がわかるようになっていき、ビル内で自主企画が立ち上がるようになりました。

グランドオープン以降、「オープンアトリエDAY」や入居者一同による
自主企画のイベント「123マーケット」が行われ、
ビル全体が連動した企画が生まれるようになりました。
入居者さんが主体的にビルに関わり、イベントなどを運営していくことで
入居者さんの認知も高まっていきます。
このように、それぞれのステップアップの場として、ビルが活用されていきました。

入居者一同による自主企画のイベント「123マーケット」のサイン。

入居者一同による自主企画のイベント「123マーケット」のサイン。

立ち上げメンバーであり、第1号入居者であったつみきさんは、
当初から半年くらいで卒業することを決めていたため、移転。
その後は、つみきさんと場所をシェアしていた
自転車のフレーム工房兼ショップ〈Bakansucycles〉さんが、
1階ワンフロアにスペースを拡張してお店を展開されています。

3階に入居された古道具〈ナクワチ(現waco)〉さんは、路面の実店舗に栄転。
インドの刺繍や織りなどの布製品のアトリエ〈kocari〉さんのほか、
新たにシルバージュエリーの工房〈chooke〉さんが入居され、
アクティブに制作活動をされています。

2階には3部屋あるのですが、今ではボードゲームのメーカー〈itten〉さんが
3部屋を借りるほど活動が広がっています。

最も新しく入居された本屋〈kamebooks〉さんは、
屋上で古本市を定期的に開催されるなど、ビルに新しい風をもたらしてくれています。

2017年に開催された「123マーケット」。

2017年に開催された「123マーケット」。

それぞれが自然体で活動するビルへ

左から、omusubi不動産の殿塚、つみき設計施工社の河野直さん、Bakansucyclesさん、kocariの吉野美智恵さん、ittenの島本直尚さん。

左から、omusubi不動産の殿塚、つみき設計施工社の河野直さん、Bakansucyclesさん、kocariの吉野美智恵さん、ittenの島本直尚さん。

今年で10年目を迎えた123ビルヂング。
シェアアトリエとしては、おそらく古参の部類になってきています。
長年入居している方も多く、当初から123ビルヂングを知る3組に、
今とこれからについて聞いてみました。

「それぞれの入居者がこの場所でビジネスをしながら、
どんどん発展したものをつくり出しています」

そう話すのは1階ガレージで自転車のフレームビルディングを行うBakansucyclesさん。

2階に入居し、ボードゲーム開発を行うitten代表の島本直尚さんは、このアトリエで仕事し、
数人いるスタッフさんは都内のシェアオフィスとリモートワークで勤務しています。
「コロナ禍以降、オフィスが必要なのか、手放してもいいのではという流れが
大企業にもありました。だけど、このビルには自由度高く作業できる環境があり、
開発には必要な場所。今が、身の丈に合っているんです」とおっしゃっていました。

「入居時にみんなでDIYして居心地のいい空間をつくれたので、愛着があります。
自宅とは別に作業などができる場所があることがありがたいですし、
極力長くここを使わせてもらいたいというのが、今いるメンバーの気持ちだと思います」
インド布デザイナーのkocariの吉野美智恵さんはそう言います。

共通したのは「今のままで」という思い。

決して現状維持ではなく、それぞれが123ビルヂングで新しいものや発展したものを
積み上げ、つくり続けているからこそ、充足した日々を過ごされているように感じました。

立ち上げ当初はビルを盛り上げるために、いろんな企画を実施してきましたが、
今は各自がご自身の活動に専念しつつ、ゆるやかなつながりを持ちながら、
肩の力を抜いて活動している状態。

当初は人が寄りつかなそうだったこのビルは、10年の時を積み重ねて、
愛着を持たれるビルへと育っていき、いまでは自然体に運営されるようになりました。

現在、omusubi不動産は複数のシェアアトリエを運営していますが、
ここはシェアアトリエ運営の1歩目を踏み出させていただいた大切なビルです。
次の10年に向けて、新しいステップを歩みはじめています。

information

map

123ビルヂング

住所:千葉県市川市大和田2-16-1

Web:123ビルヂング

参考:河野直 , 河野桃子他(2018/4/14)「ともにつくるDIYワークショップ リノベーション空間と8つのメソッド」

information

123ビルヂング 入居者のみなさん

Bakansucycles(自転車のフレーム工房兼ショップ):instagram

kocari(布製品のアトリエ):Web

itten(ボードゲームメーカー)

Web

kamebooks(書店):Web

Feature  特集記事&おすすめ記事