新しい〈HOMEMAKERS CAFE〉 ついにオープン! 廃校をリノベ、再び人の集まる場所へ

新生HOMEMAKERS CAFEが誕生しました

2024年6月22日(土)に新しいHOMEMAKERS CAFEがオープンしました。
ようやくこの日を迎えることができ、ひとまずほっとしています。ほっ。
今回は、そのオープン日のこと、これからのことを書きます。

おしゃれなカフェの外観

オープン初日。お客さんが来てくれるかドキドキの朝。

木製のカウンターがあるカフェ。大テーブルには、花が飾られている

カフェ真ん中の大テーブルには、畑で咲いていた、にんじんの花を飾りました。

カフェづくりに着手したのは2024年の年明け頃。
中古の厨房器具の掃除や窓枠の塗装など、
まずは自分たちでできるところから作業を進めていきました。

本格的に工事が始まったのは4月頃。
水道やガス、電気などの設備工事からスタートし、
大工工事や家具の製作、天井や壁の塗装など、
毎日たくさんの職人さんたちが来てくださり、
ひとつひとつ工事が進んでいきました。
工事の様子は、前回の小豆島日記vol.334で書きましたので、
気になる方はぜひご覧くださいね。

2023年12月末にこれまでのHOMEMAKERS CAFEの営業を終え、
2024年3月末頃には新しい場所で移転オープンとして開けたいなと
思っていたのですが、その頃にはオープンできる気配など1ミリもなく、
もう焦らずにできるタイミングでオープンしようと
気持ちを切り替え粛々と作業を進めてきました。

木材がたくさん並ぶ

厚さ10センチほどある巨大な松の一枚板が、カフェの大テーブルになりました。運搬だけでもとても大変でした。

大きな壁を漆喰で塗る作業

大きな壁をこの土地の赤土を混ぜた漆喰で塗りました。大きな壁をふたりの女性が赤土色の漆喰で塗り上げていく後ろ姿がとてもかっこよかった。

ヨモギの若芽はとびきりおいしい。 草いっぱいの庭でも元気に育って

草がうっそうと茂る庭。そこに生えてくる植物を見る

春だというのに、今年は肌寒い日が続いている。
つい1週間ほど前も朝晩冷え込み、ストーブをつけてしまった。

けれど、良いこともある。
北海道の春は秒速で過ぎていく。
桜の花は普段なら3日ほどで散ってしまうが、
今年はほんの少し盛りが長く続いてくれた。

北海道の桜

北海道で桜が咲くのはゴールデンウィーク頃から。よく見かけるのは山桜。ソメイヨシノほど花をたくさんつけないが、山の木々と調和して美しい。

約半年、雪に覆われているこの地域。
黒々とした地面が少しずつ現れるのは4月に入ってから。
やがて、白鳥が北へと渡り、フキノトウやチャイブの芽がポツポツと見えてくると、
気持ちがソワソワとしてくる。
わたしの仕事場の前にある庭で、今年はどんな植物や虫が見られるだろうかと思う。

雪が早く解けるようとまいたコーヒー豆のカスや米ヌカ

庭は屋根から落ちる雪もあって2メートル以上、雪が溜まってしまうことも。雪が早く解けるようにとコーヒー豆のカスや米ヌカをまいている。

雪の間から植物が顔を出す

雪の間から顔をのぞかせたのは、チャイブ(アサツキやネギの仲間)とチューリップ。いよいよ春!

この庭はほかの人が見たら、ただの草むらと思うだろう。
春も中盤になるとフキ、ヨモギ、ドクダミ、ミツバなどが勢いよく伸びてくる。
手入れはほとんどしないが、雪が解けたら、庭につけた小道を何十回も往復する。
すると土が踏み固められて、そこには大きな植物が生えてこなくなる。
また、踏みしめた土の脇だけにタンポポやアワダチソウ、稲科の植物などが生えてくる。
それぞれの植物がきちんと棲み分けをしながら生きている。

松戸市常盤平〈One Table〉 チャレンジする人を応援する 曜日替わりのカフェ

撮影:Hajime Kato

omusubi不動産 vol.4

こんにちは。
おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉の庄司友理佳(しょうじ ゆりか)です。

私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。

この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが代わる代わる
(ときには代表の殿塚も)書き手となり、思い入れの深い物件とその物語をご紹介します。

4回目は、千葉県松戸市にある“曜日で店主が変わるカフェ”〈One Table〉がテーマです。

飲食店の外観

私は当初、omusubi不動産で不動産事務のパートスタッフとして働いていました。
ところが、私がカフェ好きであることが当時の上司である市川(通称いっちーさん)に知られ、
ある日「カフェ好きだよね? 一緒にツアーやってみない?」と声をかけられまして、
カフェ開業を予定している方に向けた「カフェ物件ツアー」を開催しました。

このツアーをひとつのきっかけに、まちの方々とコミュニケーションをとる
機会の多いポジションに異動することとなり、現在はシェアカフェOne Tableや、
古民家レンタルスペース〈隠居屋〉など、場の運営やイベントの企画運営を担当しています。

今回はOne Tableの成り立ちや運営の仕組み、
この場所に込める想いをお届けしたいと思います。

窓際にコーヒーポット

「One Table」とは?

千葉県松戸市のJR武蔵野線「新八柱駅」、新京成電鉄「八柱駅」から歩くこと4分。
日本の道百選にも選ばれている「さくら通り」を進んでいくと、
商店街の一角に曜日替わりのシェアカフェOne Tableがあります。

One Tableでは、複数の店主がそれぞれの曜日に週1回、
自分の屋号でお店をオープンします。
例えば、月曜日はコーヒーショップ、火曜日は焼き菓子店、
水曜日はスパイス料理店というように、
曜日ごとにお店が替わりながら営業するスタイルです。

シェアカフェやシェアキッチンがまだ一般的ではなかった2016年から始まり、
7年間で約30組の方が営業されてきました。
その後、One Tableから独立して、人気店を営む卒業生も数多く輩出しています。

現在は、1日のなかで日中営業、夜営業と、2部制で別々の店主がお店を開けています。
会社員の方でもチャレンジできるように、土曜日は月1回から営業できる枠も用意しており、
現在、総勢13組の個性豊かな店主が営業を行っています。

スイーツとコーヒーのお店をはじめ、スパイスカレーのお店や、蕎麦とお酒のお店、
フレンチビストロなど幅広いメニューを提供し、いつ訪れても楽しめるカフェとして
地域の方々から親しまれています。

廃校をリノベして新たにオープンする 〈HOMEMAKERSカフェ〉。 壁や天井に土地の色を取り入れる

新たな〈HOMEMAKERSカフェ〉を工事中

2023年12月をもってこれまでの場所での営業を終えた
〈HOMEMAKERSカフェ〉。現在(2024年5月)、
新しい場所での移転オープンを目指して工事の真っ最中です!
だいぶかたちが見えてきたので、今日はどんなふうに
カフェの工事をしているかお伝えしよう思います。

これまでのHOMEMAKERSカフェは、
農村民家を改修した自宅の一部をカフェとして開いてきました。
週に1日、土曜日のみオープンしていて、
全席14席ほどの小さなお店でした。

もうその場所でカフェを開くことはないんだなぁと思うと
なんだかちょっとさみしいですが、今はHOMEMAKERSスタッフが
お茶休憩したり、お昼ごはんを食べたりする場所として使っています。

新しいHOMEMAKERSカフェは、現在工事中の
宿泊施設〈NOTEL(ノーテル)〉の1階にオープンします。
2024年6月末のオープンを目指して、工事を進めています。
もうすぐです(汗)。

窓枠を塗装するために、窓を外して掃除。この建物が小学校だった頃からあるレンガ壁が、とてもいい雰囲気。

窓枠を塗装するために、窓を外して掃除。この建物が小学校だった頃からあるレンガ壁が、とてもいい雰囲気。

カフェのエントランス工事。既存のアルミサッシの引き戸を外して、新しく木製の大きな扉をつくります。

カフェのエントランス工事。既存のアルミサッシの引き戸を外して、新しく木製の大きな扉をつくります。

この建物は、もともと小学校だった建物。
2005年に閉校し、その後、建物を分割、改修工事し、
公民館および介護施設として使用されていたのですが、介護施設は移転し、
2018年頃から分割された半分の建物は空き家状態でした。

建物全体は小学校の雰囲気を残しつつも、一時的に介護施設として
使われていたので、エレベーターがついていたり、
大きな介護用の浴室があったり、病院みたいな雰囲気の
引き戸や壁紙が使われていたりします。
まずは不要なものを取り外し、元の古い小学校だった頃に
戻していくような作業から始まりました。

HOMEMAKERSカフェとなるスペース。工事が始まった当初の様子。

HOMEMAKERSカフェとなるスペース。工事が始まった当初の様子。

新しい扉が取りつけられ、天井や窓枠の塗装が進み、だいぶいい雰囲気になってきました。

新しい扉が取りつけられ、天井や窓枠の塗装が進み、だいぶいい雰囲気になってきました。

『リノベのススメ』のその後の話。 マーケットがインフラとなり、 商いだけでない暮らしがある商店街に。 岐阜県〈ミユキデザイン〉

2013年にスタートした、コロカルの人気連載『リノベのススメ』。
全国各地のリノベーション事例を、物件に携わった当事者が紹介する企画だ。

今回の特集『エリアリノベのススメ』では、1軒の建物のリノベーションをきっかけに、
それがまちへ派生していく、“エリアリノベーション”を掘り下げていく。

『リノベのススメ』担当編集の中島彩さんにインタビューしたvol.001では、
リノベーションの潮流を踏まえつつ、過去の連載を振り返ってきた。
そのなかで登場した、過去の執筆陣に、「その後」を聞いてみることにした。

今回は、岐阜市を拠点に建築、まちづくり、シェアアトリエの運営などの活動をする
〈ミユキデザイン〉の末永三樹さん。
末永さんに、連載後の展開について寄稿していただいた。

末永さん、その後のまちの様子はいかがですか?

パンデミックを経て変化する、“サンビル”と私たち

コロカルでの連載からもう4年も経ったのですね。
伝えたいことをまとめるのが難しく、執筆はなかなか大変でした(笑)。
でもコロカルを読んで「話が聞きたい」という
お問い合わせもいただいたのでありがたかったです。

前回の『リノベのススメ』の執筆とともに始まったコロナ禍。
連載が終わった2020年7月頃も、柳ヶ瀬商店街で毎月開催している
サンデービルヂングマーケット(通称:サンビル)〉に変化がありました。

マーケット出店者と、買い物をするお客さん

ある日のサンデービルヂングマーケットの様子。

出店規模を小さくし、ブースを離して並べたり、休憩コーナーをなくしたり、
一時的には飲食を伴う出店を控えていただくお願いもしました。
「サンビルはやりますよね?」という声に応えたい一方で、
こんな時期に非常識だという声もありましたが、開催にこだわっていました。
対面のコミュニケーションを諦めたくない思いでした。
とはいえ結果的には、4回の中止を決断。

ついでに育ててきたインスタのアカウントがなぜか消失してしまい
1万人のフォロワーも失い、スタッフと泣きました。
それがかえって考える余白を与えてくれた、と思うしかない感じでしたね。
懐かしい思い出です。
また、サンビルができないならと、〈ロイヤル40〉のテナントさんたちが主体になって
第1日曜日に小さなマルシェが始まる動きもありました。

私たちは、マーケットが商店街のインフラ(あたりまえにあるもの)として機能して、
人・もの・コト・情報を循環させることが重要だと考えていたので、
この時に「日常」という言葉をより強く意識するようになりました。

毎月第3日曜のサンビルを続けながら、
偶数月の第1日曜には「日常」をつくる小さなサンビルを進め始めました。

買い物する人

偶数月の第1日曜のサンビル。

第3と比べてしまうこともあり、出店者集めや集客など難しく、
試行錯誤のなかで若手が企画を試してくれて、徐々に手応えが出てきているようです。

さらに、サンビルのアンティーク出店部門を特化させ、
古道具や輸入雑貨を扱うショップが出店するマーケット
〈GIFU ANTIQUE ARCADE〉も始まりました。

アンティークのお皿を見る人

商店街のレトロな雰囲気にも合うマーケット。

これらの運営は、新しく加わった若手スタッフが中心となって切り盛りしています。
彼女たちが窓口となって、お手伝い参加をしてくれるメンバーも増えて、
とても頼もしいチームになっています。

今年4月には、まち会社の新しい事業として、サンビルの日常化を目指した
サンビルストア〉をオープンしました。

お客さんが直接つながることのできる常設型のマーケットで、
7つのアトリエブースと屋台、レンタル棚が集まり、店頭には
「人とまちのコンシェルジュ」が立ちます。
入居者は陶芸、彫金、お茶屋さんなど多様です。
この場所をみんなと切り盛りし、まち知る・楽しむ窓口にもなっていきたいです。

SundayからEverydayへ。今年で10年目を迎えたサンビルですが、試行錯誤は続きます。

『リノベのススメ』のその後の話。 リノベしては次の担い手に引き継ぎ まちを“ハシゴ再生”する。 北海道〈富樫雅行建築設計事務所〉

2013年にスタートした、コロカルの人気連載『リノベのススメ』
全国各地のリノベーション事例を、物件に携わった当事者が紹介する企画だ。

今回の特集『エリアリノベのススメ』では、1軒の建物のリノベーションをきっかけに、
それがまちへ派生していく、“エリアリノベーション”を掘り下げていく。

『リノベのススメ』担当編集の中島彩さんにインタビューしたvol.001では、
リノベーションの潮流を踏まえつつ、過去の連載を振り返ってきた。
そのなかで登場した、過去の執筆陣に、「その後」を聞いてみることにした。

今回は、函館市で設計事務所を営みながら、建築や不動産、まちづくりを横断しながら
複合POP UP施設〈街角NEWCULTURE〉を運営し、幅広く地域に関わる
〈富樫雅行建築設計事務所〉の建築家、富樫雅行さん。
富樫さんに、連載後の展開について寄稿していただいた。

富樫さん、その後のまちの様子はいかがですか?

〈街角NEWCULTURE〉から金森赤レンガ倉庫を抜け250メートルで函館港に出る。写真左端が港に面する金森赤レンガ倉庫群。

〈街角NEWCULTURE〉から金森赤レンガ倉庫を抜け250メートルで函館港に出る。写真左端が港に面する金森赤レンガ倉庫群。

連載後、コロナ禍が明けて……

函館は観光客がだいぶ戻り、欧米系の個人観光客も目立つようになりました。
西部地区もお店やホテルなども増えているのと同時に、道南圏でみても
八雲の木彫り熊や、北斗市や七飯など函館近郊のワイン、
体験型のアクティビティも増えてきて、新しい時代へと変わりつつあるのを感じています。

独立のキッカケとなった自宅兼事務所の、常盤坂にある和洋折衷の古民家リノベーションの様子をブログ『背景 常盤坂の家を買いました』にしたためました。

コロカルでは、2022年4月から23年1月まで、
独立後の10年ほどを全10回にわたり連載しました。
執筆時はまだ新型コロナウイルスが5類に移行する前。
連載でも書きましたが、緊急事態宣言のなか、コロナ禍で夢を諦めた人たちを応援するべく、
店舗のない人やこれからお店を始めたい人のための複合POP UPストアのイベント
〈街角NEWCULTURE〉を開催したところ、30名の出店者が集まり、
4日間で1200人以上の来客があり、“地域を開いていく”ことの大切さを実感しました。

2023年の〈街角NEWCULTURE〉。会場となったこんぶ広場にはキッチンカーや出店が並び賑わった。

2023年の〈街角NEWCULTURE〉。会場となったこんぶ広場にはキッチンカーや出店が並び賑わった。

事務所だったスペースを開放し、お花屋さんや、コーヒー屋さん、どら焼きスタンドなどが出店。

事務所だったスペースを開放し、お花屋さんや、コーヒー屋さん、どら焼きスタンドなどが出店。

このイベントから、複合POP UP施設〈街角NEWCULTURE〉も誕生し、
施設内にはオフィスや喫茶、バーなどのほかに、地域でシェアする「POP UPスペース」や、
曜日ごとに借りられる「シェアキッチン」がオープンしました。

出店の敷居を下げることでたくさんの店舗が入居してくれて、
まちに動きができ、賑わいを取り戻しつつあります。
その例をご紹介していきます。

シェアキッチンには、ミュージシャンでもある〈みのだ珈琲〉が
2023年3月から5か月間限定でオープンし、
そこを引き継ぎ10月から毎週木曜日に〈coffee-ya agora〉がオープン。
さらに2024年3〜4月の金曜日には、〈たびする珈琲〉も出店しました。
現在、〈街角クレープ〉が土曜〜水曜日に営業しています。

シェアキッチンで営業を始めた〈coffee-ya  agora〉。ティラミスやチーズケーキもうまい!

シェアキッチンで営業を始めた〈coffee-ya agora〉。ティラミスやチーズケーキもうまい!

シェアキッチンを卒業して、実店舗を持つお店も。
2022年12月から週1営業していた〈自然カフェ Jicon〉は、
23年10月に富樫雅行建築設計事務所だった場所に移転。金・土・日・月曜はカフェ、
そのほかは、店主がヨガの先生もしているためカフェスペースでヨガ教室も行っています。

富樫雅行建築設計事務所だった場所に移転した〈自然カフェJicon〉の内部。

富樫雅行建築設計事務所だった場所に移転した〈自然カフェJicon〉の内部。

中医学の五味五性の食養生がテーマの 〈Jicon〉のランチはボリューム満点。

中医学の五味五性の食養生がテーマの 〈Jicon〉のランチはボリューム満点。

POP UPスペースでは、花屋の〈BOTAN〉と〈sumire〉による
植物交感実験〈Flower Crying Out〉のワークショップや、
家具屋〈Faber〉の〈家具屋の蚤の市〉、個展にマルシェと、
さまざまなイベントを開催しています。
なかでも年2回、春と秋の〈函館西部地区バル街〉では、屋外のこんぶ広場や
POP UPスペースも使い、全館に人があふれて大賑わいとなっています。

2023年11月、24年2月、6月と、函館市西部まちぐらしデザイン室と
チャレンジショップも共催し、出店者と地域の人たちの間でも交流が生まれたり、
ほかのイベントに共同出展したりと、次につながろうとしています。

“共感の連鎖”が、まちを変える。 『リノベのススメ』担当編集に聞く リノベーションの変遷

持ち主や借り手のなくなった建物を受け継ぎ、再生させるまでの過程を、
手がけた本人が綴る連載『リノベのススメ』

2013年10月の連載スタートから10年以上の時を経て、
これまで執筆に協力いただいた方や企業の数は2024年4月末日時点で40に上り、
貴重なアーカイブは260本を超えている。

そこで今回は、2018年から当連載の編集に携わり、
〈公共R不動産〉のメンバーとしても活躍する中島彩さんとともに、
これまでの連載を振り返りつつ、リノベーションの変遷や昨今の潮流について探る。

リノベした当事者が書くからおもしろい。連載『リノベのススメ』

『リノベのススメ』の連載が始まったのは、2013年。
当時は「リノベーション」という言葉が業界外にも浸透しつつあるなかで、
若い世代の建築家の間で、ゼロから新たに建てるだけではなく、
今あるものをどう活用するかというマインドが醸成され始めていた頃でもあった。

そうしてスタートした『リノベのススメ』を、2018年から
編集担当してくれているのが、今回お話をうかがった中島彩さんだ。

中島彩さん

コロカルの連載『リノベのススメ』の編集担当、中島彩さん。(撮影:青木和義)

リノベーションの事例を紹介する記事は世の中にたくさんあるが、
その多くは、現地に行って取材している記事だ。
『リノベのススメ』では、リノベーションを手がけた当事者が
執筆しているのが最大の特徴といえるだろう。
物件にかける思いや、ぶち当たった困難など、
当事者にしか書けない内容になっており、人気の連載企画にまで成長した。

「みなさん当事者だから、伝えたいことがいっぱいあるんですよね。
ご自分のウェブサイトなどに実績としてあげてらっしゃる方もいますが、
忙しいとそのプロセスまでは詳しく書けないじゃないですか。
それもあり、『この機会に!』と、苦労も含めて全部書いてくれています。

自分の体験として一人称で書いているから、まさにドキュメンタリー。
毎回、あがってくる原稿を読むのが楽しみなんです。
できるだけ臨場感のあるまま伝えたいので、執筆者に依頼する際も、
特にこちらから内容についてリクエストすることはなく、
『思うがままに書いてください』とお願いしています」

朽ちた床下

建物のリノベーションに携わった当事者でなければ撮れない写真や、熱のこもった文章は『リノベのススメ』ならでは。

中島さんは『リノベのススメ』の連載を引き受けてくれた
執筆者のもとには、実際に足を運んでいるという。

「コロナ禍には行けなかったので、全員ではないんですけれど。
みなさん、そのまちで真剣にやられている方たちなので、
可能な限り、直接会って、現場を見て、お話したいなと思っています」

シルクスクリーン印刷の蛇腹絵本 『LOVEってなに』は どうやって生まれたの?

直感に導かれるように新しい本づくりが始まって

本づくりはいつも思いがけないところからやってくる。
昨年の12月、私のささやかな出版活動〈森の出版社ミチクル〉から
『LOVEってなに』という本が発売となった。
シルクスクリーンという版画の技法で印刷された蛇腹状の絵本。
今回は、なぜこの絵本が生まれたのかを書いてみたい。

はじまりは2022年秋。
近隣にある閉校になった中学校を舞台に、私と仲間とで開催していた
『みる・とーぶ展』に、札幌から〈俊カフェ〉の店主・古川奈央さん、
イラストレーターであり絵本作家の橘春香さん、
ライターであり編集者の佐藤優子さんがやってきたことからだった。

橘さんは、東京で私が雑誌の編集長をしていたときに、
イラストレーターとして誌面に登場してもらったことがあった。
また、佐藤さんは私と同業者で、ある雑誌で一緒に古川さんを取材したこともあった。
今回は『みる・とーぶ展』を見学しつつ、橘さんから出版の相談があるということで、
わざわざ美流渡へやってきてくれたのだった。

札幌にある俊カフェ

刊行を記念したトークショーを2024年1月に札幌の俊カフェで開催。写真は左から古川さん、私、橘さん。俊カフェは、詩人の谷川俊太郎さん公認のカフェで、谷川さんの詩集やエッセイ、絵本、翻訳本、雑誌などが置かれた私設記念館のような場所。(画像提供:北海道書店ナビ)

橘さんは『盲目のサロルンカムイ』という舞台の脚本や美術を
手がけたことがあり、この物語をもとにした絵本も制作していた。
これらの脚本や絵本を1冊にまとめ、私が運営している
〈森の出版社ミチクル〉から刊行したいという希望があった。

舞台『盲目のサロルンカムイ』のパンフレットと脚本から派生した絵本

『盲目のサロルンカムイ』のパンフレットと脚本から派生した絵本。劇場での配布だけでなく、広くみなさんが手にとれる本をつくりたいと思ったそう。

この日、出版の可能性について話し合ったが、方向性はつかめなかった。
けれど、このとき私が刊行した他の出版物を見るなかで、
橘さんはシルクスクリーン印刷の蛇腹絵本『Like a Bird』に
“ひと目惚れ”してくれたという。
この絵本は、イタドリという繁殖力が旺盛で畑では厄介者とされる
植物をテーマにしていて、小樽にあるシルクスクリーンのプリント工房
〈Aobato〉が制作してくれたもの。
版画の技法でもあるシルクスクリーンはインクの発色が鮮やかで力強いのが特徴だ。

『Like a Bird』という絵本

『Like a Bird』(絵と文・來嶋路子)/ジャマ者扱いされるけれど、本当は人気者? イタドリという植物についての物語。

絵本

Aobatoの提案により、本物のイタドリの葉が貼られたページも。

私の蛇腹絵本を見て古川さんが、
「春香さんもつくってみたらいいんじゃない?」と語った。
このとき橘さんは、それなら古川さんに文章を書いてもらい、
絵をつけたいと直感的に思ったそうだ。
また、蛇腹という構造から、それぞれの面から物語が始まって、
ひとつに帰着するようなイメージが浮かんだという。

語り合うふたり。

絵本の原画を見ながら語り合う橘さんと古川さん。橘さんは、イラストレーターであり絵本や童話も制作している。横浜市出身で東京を拠点に活動していたが、2011年の東日本大震災をきっかけに札幌へ移住。絵本原画展なども多数開催。

千葉県松戸市〈せんぱく工舎〉 挑戦する人の船出を後押しする、 コ・クリエイティブ・スペース

せんぱく工舎ではじめてのイベント「せんぱく工舎出港式」(2018年)

omusubi不動産 vol.3

はじめまして。
おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉で
まちのコーディネーターをしている岩澤哲野(いわさわ てつや)と申します。

私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。

この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが代わる代わる
(時には代表の殿塚も)書き手となり、思い入れの深い物件とその物語をご紹介します。

連載3回目のテーマは、omusubi不動産最大のシェアアトリエ〈せんぱく工舎〉について。

私、岩澤は舞台演出家を本業としています。
2019年にomusubi不動産と出合い、せんぱく工舎に演劇のアトリエを構えることになりました。

はじめはいち入居者だったのですが、その後omusubi不動産の活動を手伝うことになり、
2020年からはまちのコーディネーターとして、せんぱく工舎や
シェアキッチン〈One Table〉などの企画や運営をするようになりました。
そして、2024年現在もせんぱく工舎に入居しながら、ほかの入居者さんひとりひとりと
コミュニケーションをとり、松戸のまち全体でイベント運営などのお仕事をしています。

このようにコーディネーターであり入居者でもある岩澤が、
せんぱく工舎の歩みを振り返っていきます。

せんぱく工舎2階の様子。

せんぱく工舎2階の様子。

せんぱく工舎とは?

都心から電車で約1時間という立地で、オーガニックなお店や個性的なお店が多い
千葉県松戸市の八柱エリア。八柱駅から八柱霊園という大きな墓苑に向かう
石材屋通り沿いにせんぱく工舎はあります。

せんぱく工舎は、昭和35年に建てられた
神戸船舶装備株式会社の社宅を改装した、クリエイティブ・スペースです。
昭和35年に建てられた木造の建物で、延べ床面積は約400平米という大きさ。
2階建てで、1階に6部屋、2階には12部屋あります。
このレトロで貴重な元社宅を、神戸船舶装備株式会社の協力のもと、
室内すべてをDIY可能なクリエイター中心の拠点とするべく、舵を切りました。

2018年のグランドオープン以来、 1階は地域に開かれたショップ、カフェ、
本屋やバルとして、2階はアーティストや作家さんのアトリエなどに使われています。

八柱地域の新しい拠点として、またローカルからDIYカルチャーを発信する
港のような場所として、入居者のみなさんと日々大切に育てています。

入居者による主催イベント「せんぱくまるしぇ」(2019年)。まちのさまざまな出店者を募って開催した。

入居者による主催イベント「せんぱくまるしぇ」(2019年)。まちのさまざまな出店者を募って開催した。

農村ホテル〈NOTEL〉オープン準備。 小豆島の農村から山まで、 トレッキングルートをつくろう!

農村ホテル、オープン準備中です

2024年春、今わたしたちは、廃校になった小学校を改修して、
農村ホテル〈NOTEL(ノーテル)〉としてオープンすべく準備を進めています。
建物の工事、webサイトの制作、備品の調達、スタッフの調整など
いろいろなことが同時に進行中。
2024年7月上旬にはプレオープンというかたちで開きたいと思っています。

満開の桜と工事中のNOTEL。

4月上旬、満開の桜と工事中のNOTEL。

NOTELに宿泊する人に楽しんでもらいたいことのひとつが、
トレッキング(山歩き)です。
NOTELは山に囲まれた肥土山(ひとやま)という農村にあり、
ホテルから徒歩1分で田んぼ、徒歩10分で山の中という立地なので、
ぜひこの農村の小道や山の中を歩くことを楽しんでもらいたい。
どんなルートを楽しむことができるのか、実際に自分たちで歩いて
おすすめルートをつくろう! というわけで、さっそく春のある1日に
「NOTEL出発トレッキングルート開拓!」の第1弾をしてきました。

人と校舎

宿泊者の気持ちで、NOTELから出発!

農業用のため池

今回のトレッキングの目的地は「蛙子池(かえるごいけ)」。蛙子池は農業用のため池で、私たちの畑にもこの蛙小池の水が流れてきています。

その日はちょうど桜が見頃の日だったので、
「蛙子池の桜を見に行こう!」をテーマにルートを設定しました。

蛙子池は、私たちが暮らす集落の北東の山の上にある農業用のため池です。
さかのぼること今から約350年前の江戸時代、
この地域の水不足を解消するために、肥土山村の庄屋であった
太田伊左衛門典徳さんが、農業用のため池の工事を始めました。

こんな山の上に大きな穴を掘って水を貯めて、
それが山の下の集落まで流れてくるように水路をつくる、
それも人力で! そりゃ、工事は難航しますよ。
ようやくようやく完成し、待望の池水が肥土山まで流れてきたことを喜んで、
ここで暮らす人たちがお祝いの芝居をしたのが、今も続く伝統行事である
「肥土山農村歌舞伎」の始まりといわれています。

蛙子池まで歩いて行くのは今回が初めて。
NOTELに宿泊する人と同じ気持ちで、ワクワクしながら、いざ蛙子池へ出発!

「典徳翁墓地」の案内表示。

NOTELから出発してすぐにある「典徳翁墓地」の案内表示。目的地である蛙子池をつくった太田典徳さんのお墓が肥土山の集落の中にあります。

桃の花が満開。その手前を人が歩く。

この日は桃の花が満開。季節の花を楽しめるのもトレッキングの魅力。

旧美流渡中学校の活用に暗雲が! 新たな場所を探し、 まちなかで展覧会開催

3年間続けてきた校舎での活動に転機が訪れて

ここ数日の暖かさで、北海道でも雪解けが一気に進んだ。
4か月ぶりに土を踏みしめて歩く喜びは何ものにも代えがたい。
この時期は野山に出かけて春を満喫したいところだけれど、
なかなかそうもいかず、忙しない日々が続いている。

MAYA MAXXさんが仲間と建てた鳥の塔がある旧美流渡中学校のグラウンドもようやく雪解け!

MAYA MAXXさんが仲間と建てた鳥の塔がある旧美流渡中学校のグラウンドもようやく雪解け!

先月の連載では、私が代表を務める地域PR団体「みる・とーぶプロジェクト」が、
岩見沢の無印良品で展覧会を開催したことを紹介した。
この展覧会が終了したのは3月31日。
そこからわずか1か月半で、次なる展覧会が控えており、その準備が佳境となっている。

会場は岩見沢のまちなかにある阿弥陀寺というお寺で、
ゴールデンウィークの5月3、4、5日の開催を計画中だ。
お寺で開催は今回初。ここで展覧会を行うことになった経緯をまずは書いておきたい。

2021年から、私たちは近隣にある旧美流渡中学校で、
地域のつくり手の作品を紹介する『みる・とーぶ展』と、
美流渡在住の画家・MAYA MAXXさんの絵画を展示する
『みんなとMAYA MAXX展』を開催してきた。
今年も旧美流渡中学校で展覧会が開催できるものと思っていたのだが、
思いがけない展開が待っていた。

校舎の教室を利用して開催された『みる・とーぶ展』。家具や器など手仕事の作品が並ぶ。

校舎の教室を利用して開催された『みる・とーぶ展』。家具や器など手仕事の作品が並ぶ。

この3年間、私たちの団体は、岩見沢市の教育委員会から、この校舎を試験的に活用し、
その実績をまとめ、活用のアイデアを提案するという業務を受託してきた。
展覧会開催のほか月1回のワークショップデイを設けるなど、
3年間の来場者数合計は1万人を超えた。

取り組みの輪をさらに広げていきたいと考えていた矢先の昨年10月、
岩見沢地区消防事務組合消防本部から、市側に指導が入った。
現状は、校舎は建築基準法上の用途が「学校」であるが、
校舎では作品の物販もしていることから用途を「店舗」へ
体育館は子どもの遊び場となっていることから用途を「集会場」へ、
変更する必要があるとのことだった。

3階の教室でMAYAさんは毎回新作を発表してきた。

3階の教室でMAYAさんは毎回新作を発表してきた。

教育委員会の担当者によると、試験活用を十分に行ってから建物の用途を決め、
いずれ改修をしていこうという方向性が検討されていたという。
しかし、今回、消防の指導をきっかけに、早急な対応を迫られることとなった。
おおよその改修費を調査したところ、現在のようなイベントを実施するための
基準を満たす用途変更には、おそらく1億円以上かかることがわかってきた。
この金額では改修を実現させるのは難しいのではないか。
市や教育委員会のなかでは、そんな声も上がっているようで、
校舎の活用を部分的にするなどで改修費を抑えつつ、
みる・とーぶプロジェクトの意見も踏まえながら現実的な道をこの1年で探ることになった。

旧美流渡中学校でのMAYAさんによるワークショップ。道内全域、ときには道外からも来場者が訪れるようになっていた。

旧美流渡中学校でのMAYAさんによるワークショップ。道内全域、ときには道外からも来場者が訪れるようになっていた。

小豆島で持続可能な農業って? 身近な山にある雑草や 落葉、枝で土をつくる

農業に必要な資材が高騰

ものの価格がどんどん上がっていくこのご時世。
私たち農家にとっても物価高騰は人ごとではありません。
肥料、農業用マルチシートや防虫ネットなどの資材からダンボールや袋まで、
野菜を育てるため、販売するために使っているほとんどのものの
価格があがっています。
野菜の販売価格も少しずつ上げさせてもらっていますが、
それでは追いつかないほど経費が上がっているのが現状です。

防虫ネットやそれを支えるトンネル支柱、ロープなど、野菜を育てるためにはたくさんの資材が必要。

防虫ネットやそれを支えるトンネル支柱、ロープなど、野菜を育てるためにはたくさんの資材が必要。

さて、このピンチをどう乗り切るか。
ここ1年くらいずっと考えてきました。

もともと、平地の少ない中山間地域で、それも離島で、
多品目の野菜を育てる農業をどうやったら成り立たせることができるのか、
それはこれまでもずっと課題でした。
ジンジャーシロップなどの加工品事業や飲食事業の売上などを組み合わせて、
なんとかぎりぎり運営していますが、農業事業(野菜の栽培・販売)単体でも
持続可能なかたちにしたい、つまりちゃんと利益が出るかたちにすることが目標です。

栽培する野菜の品目を減らして効率化したほうがいいのか、
野菜セットの個人宅配というかたちを変えたほうがいいのか、
もっと規模を小さくして、夫婦ふたりだけでまわせるようにしたほうがいいのか、
いろんなことをずっと考え続けてきました。

どういうかたちの農家を目指すのか悩んでいたときに参加させてもらったのが、
2023年10月に徳島県神山町で開催された
『Farmer’s Meeting』というイベントでした。
〈シェ・パニース〉のアリス・ウォータースさんとの出会い、
ほかの地域でがんばっている農家さんたちとの出会い、
「ファーマーズ・ファースト」という思想、
その思想が共有されていた場に参加できたこと。

これは私たちにとって、これからも農家としてがんばっていこうと
思わせてくれるすばらしい体験でした。
詳細は、小豆島日記vol.328をぜひお読みください。

地域の似顔絵マップ、 制作を続けて7年。 新たなカフェやショップが誕生して

毎年、更新してきた岩見沢市の東部丘陵地域を紹介するマップ

美流渡(みると)はまだまだ雪に覆われているけれど、まわりにいる動植物も、
そして私たちも春の準備に忙しくなる時期。
美流渡をはじめとする岩見沢市の東部丘陵地域のPRを行う活動を続けて今年で8年目。
毎年欠かさず更新している〈みる・とーぶマップ〉がいよいよ完成となる。
みる・とーぶとは「東部丘陵地域」を「見る」からとったもの。
この名前で、私たちは展覧会開催などの地域活動も行っている。

片面が地域のみなさんの似顔絵。
もう片面がスポットや見どころを掲載している。
制作のきっかけは、山あいのこの地域を紹介するマップがそれまでなかったことから。
当時は飲食店やショップなどが数えるほどだったこともあり、
地域の魅力をそこに住む人々の似顔絵を通じて伝えようと考えた。

東部丘陵地域のエリアごとに似顔絵を掲載。少しずつ人数が増えて現在125名。</p/></p>
<p class=東部丘陵地域のエリアごとに似顔絵を掲載。少しずつ人数が増えて現在125名。公式サイトからダウンロード可能。

毎年、更新を続けるなかで、地域の状況はさまざまに変化していった。
そして、今年のマップでは、飲食店やショップの情報が
入り切らないのではないかと思うほど件数が増えた。

その理由を一概に言うことは難しいのだが、
近年移住者が増える傾向にあることもそのひとつだと思う。
昨年の新聞記事では、人口300人ほどの美流渡地区に過去5年間で
47人が移住しており、2022年は最も多い13人が移住したとあった。

そして、田園風景や山並みに囲まれた静かな環境で、自分が思い描くビジョンを
実現したいという意識を持つ人々が集まってきているようにも思う。

飲食店やショップ、アクティビティスポット、宿を紹介するコーナー。20件を紹介。

飲食店やショップ、アクティビティスポット、宿を紹介するコーナー。20件を紹介。

東部丘陵地域はさまざまなエリアがある。
道道38号線沿いの20キロほどの間が、上志文、朝日、美流渡、毛陽、万字などの
地区に分かれていて、田んぼや果樹園があったり、
炭鉱の名残を感じさせる旧跡があったりと、それぞれに異なる歴史や個性がある。

岩見沢駅より車で20〜30分のエリア。MAYA MAXXさんが車体に絵を描いたコミュニティバスが走る。

岩見沢駅より車で20〜30分のエリア。MAYA MAXXさんが車体に絵を描いたコミュニティバスが走る。

上志文にアトリエ兼ショップのオープンが相次いで

その玄関口となる上志文には、この1年で3つの拠点が新たに生まれた。
上志文にある隠れ家的アトリエで販売を行うのは、
エディブルフラワーとロースイーツのお店〈Shunka〉と、
オーダーを中心にした花屋でブーケやアロマのワークショップも行う〈日々の花 糸〉。

〈Shunka〉では、ロースイーツの魅力を知ってもらうために月替わりでさまざまな商品を販売している。月の最終週の土曜・日曜・月曜のみ営業。冬期休。10:30〜14:30オープン。詳細は@harukiflower

〈Shunka〉では、ロースイーツの魅力を知ってもらうために月替わりでさまざまな商品を販売している。月の最終週の土曜・日曜・月曜のみ営業。冬期休。10:30〜14:30オープン。詳細は@harukiflower

空知の花農家さんとのつながりから、規格外の花の販売やオーダーに合わせたギフトを制作。不定期オープン。詳細は@hibinohana.ito

空知の花農家さんとのつながりから、規格外の花の販売やオーダーに合わせたギフトを制作。不定期オープン。詳細は@hibinohana.ito

また札幌と帯広で職人の縫製技術と染めの技術を伝える服づくりを行ってきた
〈giorni(ジョルニ)〉が、アトリエ兼ショップとして〈HATAKE TO GIORNI〉を開いた。
ここでは服の取り扱いだけでなく、家の周辺で育てた自然栽培の野菜の販売も行っている。

いずれも月に2回程度のオープン。
それぞれが道内の複数の地域で活動していて、ライフスタイルに合わせた運営の仕方を選んでいる。

〈HATAKE TO GIORNI〉は、デザイナー自らがショップを開く。フード部もあり仲間と野菜を育て販売も。月2回、日曜営業。13:00〜16:00オープン。詳細は@hatake_to_giorni

〈HATAKE TO GIORNI〉は、デザイナー自らがショップを開く。フード部もあり仲間と野菜を育て販売も。月2回、日曜営業。13:00〜16:00オープン。詳細は@hatake_to_giorni

千葉県松戸市みのり台〈あかぎハイツ〉 大家さんの手で、ピンチをチャンスに。 「ほのぼの」マンション

omusubi不動産 vol.2

はじめまして。おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉の
落合紗菜(おちあい さな)と申します。

2021年7月にomusubi不動産に入社。
賃貸営業と物件のPR担当を経て、現在は広報を担当しています。
まだまだ精進中の身です。

私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。
この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが代わる代わる
(時には代表の殿塚も)書き手となり、思い入れの深い物件とその物語をご紹介します。

連載2回目は、omusubi不動産はこの物件なしでは語れない!という存在、
omusubi不動産が扱った第1号物件の〈あかぎハイツ〉についてご紹介します。

あかぎハイツに入居する、omusubi不動産松戸本店。

あかぎハイツに入居する、omusubi不動産松戸本店。

〈あかぎハイツ〉とは?

あかぎハイツは、千葉県松戸市稔台で50年以上続く賃貸マンション。
オーナーの赤城さんご家族が、代々受け継いできたこの建物を
大切にメンテナンスしながら、入居者さんと
「近すぎず、遠すぎず、だけど何かのときには頼りになる」
という距離感で日々運営されています。

赤城家の先代たちは、戦後開拓者としてこの地に入り、
養豚業などさまざまな職業を経て、1975年にあかぎハイツを誕生させました。

今から20数年前までは1階で〈あかぎマート〉というスーパーマーケットを営み、
近所の個人商店とともに下町の雰囲気があったこのエリアを盛り上げていたそう。
近所に大型スーパーができたこともあり、残念ながら2002年頃には惜しまれながら
閉店してしまいましたが、長年にわたってまちの人の暮らしの拠点となっていました
(当時の写真はあかぎハイツHPにて、ぜひご覧ください)。

かつてスーパーだった1階部分には、現在、美術書店〈smokebooks〉さんや
アンティーク店〈North6 antiques〉さん、野菜のレストラン〈亀吉農園別館〉さんなど
人気店が軒を連ねています。

そして2020年3月にはomusubi不動産も入居。
スタッフが増えて手狭になっていた事務所を拡大すべく、
創業の地である松戸市八柱からあかぎハイツ1階に拠点を移しました。

omusubi不動産が入居する前、空室時のテナント。

omusubi不動産が入居する前、空室時のテナント。

小豆島の農村ホテル〈NOTEL〉。 小さく試しながらつくりあげていく

NOTELはいつオープンするの?

「小豆島の廃校になった小学校を改装して農村ホテル〈NOTEL〉をつくります!」
と、この小豆島日記で宣言したのが2023年7月。
あれから半年が過ぎました。
たくさんの方から反響をいただき、廃校になった学校建築など
使われなくなった公共建築物をこれからどうしていくのか、
多くの人たちが注目していることなんだなとあらためて感じています。

さて、気になるのは「NOTELはいつオープンするの?」ということかと。
2024年2月現在、どんな感じでNOTELオープンにむけて
工事を進めているのかをお伝えしようと思います。

2005年に閉校した大鐸(おおぬで)小学校。その後、建物を分割、改修工事し、公民館および介護施設として使用されていたのですが、介護施設は移転し、2018年頃から分割された半分の建物は空き家状態。

2005年に閉校した大鐸(おおぬで)小学校。その後、建物を分割、改修工事し、公民館および介護施設として使用されていたのですが、介護施設は移転し、2018年頃から分割された半分の建物は空き家状態。

まず、これまでの動きを整理しておくと、

【2019年10月】
以前から気になっていた廃校になった旧大鐸(おおぬで)小学校の
建物利用について土庄町役場に連絡して、建物内部を初めて見学。
使わせてもらえるのか相談したものの、ほかの用途で利用予定があるため
借りることはできず。

このあと世の中はコロナ禍となり、何も変わらないまま約3年経過……。

【2022年7月】
再び役場に問い合わせ、こんなかたちで使いたい! とプレゼンしに行く。
何度か話し合い、建物を借りられることに。

週に1回のペースで集まり、打ち合わせを重ね、事業計画の作成、
会社の立ち上げ準備、建物の改修設計、補助金申請などを進める。

【2023年3月】
NOTELを運用していくための会社「肥土山ランドスケープ合同会社」を、
肥土山(ひとやま)地区で暮らすメンバー5人で設立。

【2023年4月】
土庄町と建物の賃貸契約をかわす。これで正式に建物を使えるように!

事業計画、資金計画を何度も練り直して、実現できるプランに落とし込んでいく作業を
粛々と進めながら、少しずつ掃除や撤去作業を進める。

【2024年1月】
小さくおためしオープン! 第一回『NOTEL軒下市』を開催してみる。

という流れでここまできています。

自分たちでできるところからとにかく始めてみる。床のシートをはがしまくる。

自分たちでできるところからとにかく始めてみる。床のシートをはがしまくる。

事務所になる場所に台やイスを集めてきて打ち合わせ。窓から見えるのは太麻山(たいまさん)。

事務所になる場所に台やイスを集めてきて打ち合わせ。窓から見えるのは太麻山(たいまさん)。

秋田市〈シェアハウス 治五右衛門〉 オーナーとともに事業をつくり、 空き家の価値を上げる

SEE VISIONS vol.4

前回からだいぶ時間が経ってしまいましたが(申し訳ございません)、
連載が4回目となりました。
株式会社See Visionsの東海林 諭宣(しょうじ あきひろ)です。
今回もどうぞよろしくお願いします。

2023年7月、秋田県では豪雨災害に見舞われ、
私たちの活動する秋田市南通亀の町も、水に浸かりました。
次回お伝えする〈ヤマキウ南倉庫〉は災害支援の拠点として、
多くの方々が地域のために活動する中心的な場所になりました。

リノベーションによって使われていない空間をまちに開くことの意義が、
このような非常事態にも発揮されるのだとあらためて気づきました。
全国のみなさまのご支援により、亀の町は通常通り営業できるようになりました。
ありがとうございました。詳しくは、次回以降にお伝えしたいと思います。

災害支援拠点となった秋田市南通亀の町の〈ヤマキウ南倉庫〉。

災害支援拠点となった秋田市南通亀の町の〈ヤマキウ南倉庫〉。

さて、これまでは僕たちの拠点である亀の町の変遷をお伝えしてきました。
2015年に〈ヤマキウビル〉(詳しくはvol.2-3)という
一棟のリノベーション拠点ができたことをきっかけに、
僕たちのもとにリノベーション事業の相談が多くやってくるようになりました。

たくさんのオーナーさんと出会い、お話をうかがうと、こんな意見がありました。

「使ってはいないけれど、思い入れがあって手放せない」
「維持をするにも売るにも、ご近所さんや親戚の目が気になってしまう」
「誰かに使ってもらいたいけれど、活用の仕方もわからない」

さまざまな理由や思いによってなかなか売るには至らず物件が置き去りにされてしまう。
これが全国の空き家・空き店舗問題の最たる理由なのかなぁと実感し始めました。

しかし、〈ヤマキウビル〉をはじめとする僕たちのリノベーション事業は、
「オーナーさんと一緒に事業をつくっていく」ということに自負があるため、
事業計画も含めて物件活用方法を提案し、
さまざまな課題をオーナーさんと一緒に解決してきました。

今回はその代表例のひとつ〈シェアハウス治五右衛門(じごえもん)〉について
お伝えしながら、「オーナーさんと育む空き家活用方法」を紐解いていきたいと思います。

敷地に価値なし、エリアに価値あり

舞台となったのは、僕たちの拠点である亀の町から5キロほど離れた
秋田市西部に位置する新屋地区。豊富な湧水や味噌、醤油などの醸造業がさかんなまちで、
奥行きの長い「町屋建築」など歴史的なまちなみも多く残るエリアです。

ご相談をいただいたのは、小松田園子さん。
小松田さんのご実家は約150年続いた呉服店で、
ご実家でひとり暮らしをしていたお兄様が亡くなり、生家を相続することになりました。

内蔵を残した状態で建て替えていたため、内蔵つきの築25年の住居。

月に1度くらいは、小松田さんが現在暮らす横手市から片道1時間ほどかけて
ご実家に戻って風を通したり、お掃除したり、そしてお仏壇もとても大切にされていました。

建物の状態は良く、そのまま住むこともできるほどきれいでしたが、
ひとりで維持するには大変なほど部屋数が多く、蔵の中には物がたくさん。
それでも、大切にしてきたお仏壇もあるし、自分が帰れる場所として手放したくはない。

そんな問題を抱えていたときに、亀の町のリノベーション事業をご覧になって
僕らのもとに連絡をくださいました。すぐに当時リノベーション事業部にいた
筒井友香(現 あくび建築事務所代表)とともに内見しに行きました。

ビフォー。物件の裏側と裏庭。リノベーションは元の物件をよく観察してイメージを膨らませています。

ビフォー。物件の裏側と裏庭。リノベーションは元の物件をよく観察してイメージを膨らませています。

札幌でMAYA MAXXの個展。 なぜ白い象が描かれたのか?

どうしても書くことができなかった展覧会リポート

ついに立春! 
北海道でもほんの少しだけ、空の青さに春の気配が感じられるようになった。
コロカルの連載が200回となって記念座談会の記事がアップされたので、
私自身が書くのは、これが今年初。
昨年からずっと書こう書こうと思っていていたのに、
どうしてもかたちにできなかったことを今回語ってみようと思う。

美流渡はまだたっぷりの雪に覆われている。近隣の旧美流渡中学校に設置されたMAYA MAXXの鳥の塔も雪景色の中。

美流渡はまだたっぷりの雪に覆われている。近隣の旧美流渡中学校に設置されたMAYA MAXXの鳥の塔も雪景色の中。

それは、美流渡在住の画家・MAYA MAXXさんが描いた白い象の絵について。
キャンバスの幅が3〜4メートルにもなる大作で、
2023年9月に近隣の閉校した旧美流渡中学校で開催した
『みんなとMAYA MAXX展』に、新作として2点展示されたもの。
実は、この展覧会が開催される少し前から約50日、
MAYAさんは体調不良で入院をしていて、期間中に会場を訪れることはできなかった。
入院前、この象の絵についてMAYAさんから話は聞いていたけれど、
あと一歩、つかみ切れない部分があるように感じられた。
また病状がどう変化していくのかわからない状態が続いていたことも重なって、
展覧会のリポート記事がまとめられなかった。

旧美流渡中学校で毎年開催している『みんなとMAYA MAXX展』。2023年秋に展示された「林の中の象のように」。

旧美流渡中学校で毎年開催している『みんなとMAYA MAXX展』。2023年秋に展示された「林の中の象のように」。

横向きの姿と少しこちらに体を向けている姿の2枚が描かれた。

横向きの姿と少しこちらに体を向けている姿の2枚が描かれた。

MAYAさんは退院後、療養しながら少しずつ体力回復に努めている。
入院中に少しお休みをしていた岩見沢のコミュニティラジオのトーク番組を1月から再開した。
ラジオでは病気のことについて本人の口から語られ、
私も少しずつ状況を客観的に捉えられるようになった。

エフエムはまなすで毎週金曜夜9時から放送中の『MAYA MAXXのplaypray』。新年第1弾で入院中の様子が語られた。

冬の備蓄は?働き方は? 北海道に移住した編集者 3人のオンライン座談会

北海道岩見沢市で暮らしている、編集者の來嶋路子さんの
「うちへおいでよ! みんなでつくるエコビレッジ」が
連載200回を突破した特別企画として、
北海道へ移住した3人の編集者の座談会を実施!

前編では、移住のきっかけや物件事情、雪かき、光熱費などについて話しました。
後編の今回は、冬の備蓄や働き方の変化などについて話が広がっていきました。

座談会の参加者

來嶋路子「うちへおいでよ! みんなでつくるエコビレッジ」著者。東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。

來嶋路子
「うちへおいでよ! みんなでつくるエコビレッジ」著者。東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。

井出千種弟子屈町地域おこし協力隊。神奈川県出身。女性ファッション誌の編集歴、約30年。2018年に念願の北海道移住を実現。帯広市の印刷会社で雑誌編集を経験したのち、2021年に弟子屈町へ。現在は、アカエゾマツの森に囲まれた〈川湯ビジターセンター〉に勤務しながら、森の恵みを追究中。コロカルで「弟子屈の森から」を連載。

井出千種
弟子屈町地域おこし協力隊。神奈川県出身。女性ファッション誌の編集歴、約30年。2018年に念願の北海道移住を実現。帯広市の印刷会社で雑誌編集を経験したのち、2021年に弟子屈町へ。現在は、アカエゾマツの森に囲まれた〈川湯ビジターセンター〉に勤務しながら、森の恵みを追究中。コロカルで「弟子屈の森から」を連載。

小林百合子1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人からなる山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)、『山小屋の灯』(山と溪谷社)など。2023年に北海道の弟子屈町へ移住。

小林百合子
1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人からなる山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)、『山小屋の灯』(山と溪谷社)など。2023年に北海道の弟子屈町へ移住。

冬の備蓄と周辺買い物事情

—— みなさん冬の間はあまり外に出ないというお話もされていましたが、冬の備蓄はどうされているんですか。

來嶋: 弟子屈はお店までどのくらいあるんですか?

井出: 私の家から1番近いコンビニは車で15〜20分ぐらいですかね。小林さんもそんな感じだよね。

小林: 私もそうですね。あとは井出さんの教えを受けて、コープさっぽろを頼みました。なので、家の外に出なくても大丈夫。

來嶋: 「トドック」!

小林: そう、「トドック」!

—— トドック? なんですか?

小林: 自宅に食品や日用品を宅配してくれるサービスです。井出さんに、「すみやかに登録せよ」といわれて、登録しました。来週届きます。

來嶋: 田舎ならではですけど、ご近所からいろいろもらったりしますよね。

井出: お野菜とか?

來嶋: 玉ねぎ2年分ぐらいあるんですよね。

小林: 超ほしい! あ、食でいえば先輩に聞きたいことがあって。近くにパン屋さんがないけどどうしてもおいしいパンが食べたくて。そういう、買えないけど食べたいものがあるとき、つくったりしていますか?

來嶋: パンは近くで買えないので、ホームベーカリーを買いました。岩見沢って小麦の産地でもあるので、自分でつくっています。そのほうがむしろおいしい。

小林: そうなんだー! 私もこれまでとは違う食文化のなかで、どうしようかってすごい考えて、いよいよパンを焼きはじめたんですけど。

井出: 私も焼きはじめたよ。でも、すぐに焼かなくなったけど(笑)。

小林: やばい! 私も焼かなくなるな、それは(笑)。私、スタバのチョコスコーンや551蓬莱の豚まんが大好きなんですけど、食べたすぎてつくり続けていたら、かなり近づいてきました。

來嶋: すごい! 東京の友人が泊まりにくると、自分で焼いたパンと、もらったブルーベリージャム、よつ葉の発酵バターを朝ごはんに出すんです。私からすればなんてことない朝食なんだけど、「ホテル並みだね」って喜んでくれて。素材がいいから。

小林: 素材もそうだし、情熱が違いますよね。心の底から食べたいと思って試行錯誤してつくったものだから。

來嶋: 完熟したブルーベリーをそのままバクバク食べると、「あれ、今まで食べてきたものってなんだったんだろう」みたいな。

木によって味が違うブルーベリー。

木によって味が違うブルーベリー。

小林: いいな。ブルーベリーができるんですね。

井出: 小林さんちのすぐそばに畑があるよ、春になったら摘みに行けるよ。

小林: え、教えてほしいです。

來嶋: 木によって甘さが違うから、一番甘い木を探すんです。

小林: 楽しみー!

『札幌国際芸術祭2024』が開幕!  厳冬期の札幌で、 「雪」をテーマに未来を見つめる

初の冬季開催となったSIAF2024のテーマは「LAST SNOW」

6年半振りとなる『札幌国際芸術祭』が、1月20日に開幕した。
これまで3年スパンで開催されてきたが、2020年はコロナ禍のため中止に。
幻となってしまった企画も多数あったが、その後も札幌のアートファンを増やす
地道な取り組みを続け、今年ついに開催まで漕ぎ着けた。

『札幌国際芸術祭2024』(以下、SIAF2024)の最大の特徴は、冬に開催されること。
過去2回は夏開催だったが、北国の個性が際立つのは、なんといっても雪の季節。
札幌の1年間の降雪量は平年約5メートル。
世界的に見ても、人口100万人以上の「大都市」で、
これほどの降雪量があるのは札幌だけだそうだ。
豪雪都市で行われるSIAF2024のテーマは「LAST SNOW」。
札幌市内6会場を中心に、10か国以上、約80組のアーティストの作品が展示されるほか、
冬ならではの屋外イベントなどが、37日間にわたって展開される。

筆者は12年前に東京から北海道に移住し、
北国の冬は「雪」とどのように向き合うかが最大の課題であることを知った。
そこで今回、芸術祭の「LAST SNOW」というテーマを、北国目線でリポートする。

総合インフォメーションセンターは、〈札幌文化芸術交流センター SCARTS〉。まずはここでガイドブックなどを入手しよう!

総合インフォメーションセンターは、〈札幌文化芸術交流センター SCARTS〉。まずはここでガイドブックなどを入手しよう!

まずは芸術祭のディレクターである小川秀明さんが、
「LAST SNOW」に込めた思いを紹介。
小川さんは、オーストリア・リンツ市にある
アートとテクノロジーの世界的文化機関として知られる
『アルスエレクトロニカ』のフューチャーラボ部門の共同代表を務め、
メディアアートの先進的な取り組みに長年関わっている。

ディレクターの小川秀明さん。2007年からリンツ市で活動を始め、アルスエレクトロニカにて、アーティスト、キュレーター、リサーチャーとして活躍してきた。

ディレクターの小川秀明さん。2007年からリンツ市で活動を始め、アルスエレクトロニカにて、アーティスト、キュレーター、リサーチャーとして活躍してきた。

2020年以降の世界的なパンデミック、分断、紛争、戦争など、私たちは、絶え間ない危機の中で生きています。加速するテクノロジーの発展と、それによって急速に変容する社会。そして、地球規模の気候変動の影響は、私たちの生活をゆっくりと、しかし確実に変化させています。札幌では当たり前のように存在しているはずの「雪」の意味や、雪が作り出す風景も、21世紀末には現在とは異なるものになると予測されています。
この芸術祭では、そのような未来の地球、社会、コミュニティー、生活のための変革と創造に焦点を当てます。(中略)
「LAST SNOW」は、このような未来に向けた創造と行動を呼びかけるものです。
私たちは、ただ未来がやってくるのを待ち、それを受け入れるだけなのか。
それとも、これをラストチャンスととらえ、未来に向けて何かを始めることができるのか。 

SIAF2024 ディレクターメッセージより一部抜粋

副題としたのは「はじまりの雪」。
英語では「Where the Future Begins」、アイヌ語では「ウパㇱテ」。
雪を意味する「ウパㇱ」を語源に考えられた「ウパㇱテ」は、
「雪とともに未来に向けて走り出してみる、雪を通して互いに気づきあってみる」
という今回のテーマに相応しいイメージを重ねたそうだ。

連載200回記念! 北海道に移住した編集者 3人のオンライン座談会

北海道岩見沢市で暮らしている、編集者の來嶋路子さん。
この連載「うちへおいでよ! みんなでつくるエコビレッジ」も
2015年の開始から約9年、ついに200回を迎えました。
連載200回を記念した特別企画として、
北海道へ移住した3人の編集者の座談会を実施!

2011年の東日本大震災後に移住した來嶋さん、
2018年に帯広へ、3年後に弟子屈町へ移住した井出千種さん、
そして、井出さんを頼りに2023年に移住したという小林百合子さん。
3人とも編集者という共通点があり、出身地ではないのに北海道へ移住されています。
取材などで各地を行き来する機会の多い編集者が惹かれる北海道の魅力って?

座談会の参加者

來嶋路子「うちへおいでよ! みんなでつくるエコビレッジ」著者。東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。

來嶋路子
「うちへおいでよ! みんなでつくるエコビレッジ」著者。東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。

井出千種弟子屈町地域おこし協力隊。神奈川県出身。女性ファッション誌の編集歴、約30年。2018年に念願の北海道移住を実現。帯広市の印刷会社で雑誌編集を経験したのち、2021年に弟子屈町へ。現在は、アカエゾマツの森に囲まれた〈川湯ビジターセンター〉に勤務しながら、森の恵みを追究中。コロカルで「弟子屈の森から」を連載。

井出千種
弟子屈町地域おこし協力隊。神奈川県出身。女性ファッション誌の編集歴、約30年。2018年に念願の北海道移住を実現。帯広市の印刷会社で雑誌編集を経験したのち、2021年に弟子屈町へ。現在は、アカエゾマツの森に囲まれた〈川湯ビジターセンター〉に勤務しながら、森の恵みを追究中。コロカルで「弟子屈の森から」を連載。

小林百合子1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人からなる山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)、『山小屋の灯』(山と溪谷社)など。2023年に北海道の弟子屈町へ移住。

小林百合子
1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人からなる山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)、『山小屋の灯』(山と溪谷社)など。2023年に北海道の弟子屈町へ移住。

ローカルの仲間と活動しよう! 〈小豆島カメラ〉というチームが 10年続いた理由とは?

小豆島カメラ10周年の写真展

2013年10月に〈小豆島カメラ〉というチームを結成し、
「見たい、食べたい、会いたい。」をテーマに小豆島の写真を撮り続けてきて10年!
2024年1月、小豆島カメラ10周年の写真展
『10年たってもやっぱり!見たい、食べたい、会いたい』が、
東京・新宿にある〈OM SYSTEM PLAZA〉で開催されました。

小豆島カメラ結成当時からサポートしていただいているカメラ〈OM SYSTEM〉(結成当時はOLYMPUSでした)のショールームの一角で写真展が開催されました。

小豆島カメラ結成当時からサポートしていただいているカメラ〈OM SYSTEM〉(結成当時はOLYMPUSでした)のショールームの一角で写真展が開催されました。

写真展を開催するのは5年ぶり。5年間に撮りためた数千枚の写真から24枚をセレクトして展示しました。

写真展を開催するのは5年ぶり。5年間に撮りためた数千枚の写真から24枚をセレクトして展示しました。

あらためて、まずは〈小豆島カメラ〉というチームについて。
小豆島カメラは、小豆島で暮らす女性7人と、
カメラメーカーのオリンパス(現在はOMデジタルソリューションズ)、
写真メディア『PHaT PHOTO』、写真家MOTOKOさんが一緒になって進めてきた
地方×カメラプロジェクト。
私たち島のメンバー7人が、それぞれの日常の暮らしのなかで出会うシーンを
カメラで撮影し、Webサイトや写真展、イベントなどを通して発信してきました。

2014年7月に小豆島で初めて開催した写真展の様子。島の友人たちに手伝ってもらって写真を飾りました。

2014年7月に小豆島で初めて開催した写真展の様子。島の友人たちに手伝ってもらって写真を飾りました。

この小豆島日記でも2014年から2019年にかけて
何度か小豆島カメラのことを書いています。
気になる方はぜひそちらもご覧ください。以下、その一部です。

vol.043『小豆島で暮らす、写真を撮る』(2014.2.10)

小豆島カメラ立ち上げまでの話

vol.051『「小豆島カメラ」本格始動』(2014.4.7)

具体的に活動が始まった頃の話

vol.141『地方で仲間をつくって活動するということ』(2016.2.22)

活動2年目、「生産者と暮らしに出会う旅」の様子など

vol.208『〈小豆島カメラ〉を始めて5年。活動を続けていくということ』(2018.9.24)

活動5年目、写真展のことや当時の思い

空き家の活用でコミュニティをつくる。 松戸から始まった 〈omusubi不動産〉の挑戦

omusubi不動産 vol.1

はじめまして。
おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉の
殿塚建吾(とのづか けんご)と申します。

僕たちは「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。

2023年の田植え。農家のきいちさん、オーガニックレストラン〈CAMOO〉さんとともに。(撮影:Hajime Kato)

2023年の田植え。農家のきいちさん、オーガニックレストラン〈CAMOO〉さんとともに。(撮影:Hajime Kato)

もともと、父方が不動産屋で母方が農家。
でも僕はお笑いの裏方をやりたかった。

青年期にそんなモヤモヤを抱えながら立ち上げたのが、omusubi不動産でした。

得意だった不動産業を生業にしながら、憧れる農家のライフスタイルを目指し、
一芸のある方が活躍できる場をつくる会社です。

本社は僕の出身地である千葉県松戸市にあり、
東京都下北沢の〈BONUS TRACK〉という新しい商店街のなかにも支店があります。

事業部は4つあります。

①賃貸(DIY賃貸)

②売買(リノベ再販)

③場の運営(シェアカフェ・シェアアトリエなど)

④まちづくりの企画(芸術祭運営、クリエイティブな不動産開発)

地域でチャレンジする方に場を提供する不動産業やシェアスペースの運営のほか、
イベントやフェスティバルなど地域の人が活動したり交流できたりする機会をつくる。
そのサイクルがぐるぐる回るように心がけ、まちが良くなればいいなと日々奮闘しています。

メンバーは約20名です。
不動産会社、まちづくりやデザイン会社の出身者をはじめ、
画家、漫画家、靴職人さんのいる不動産チーム、
元警察官の営業マンに、元バンドマンのコミュニティマネージャー、
演劇の演出家をしているまちのコーディネーター、
元DJの人事など、一緒に働くメンバーもバリエーションにあふれています。

田植えの準備として、スタッフみんなで畦(あぜ)を補修する日。極寒の作業後の集合写真!

田植えの準備として、スタッフみんなで畦(あぜ)を補修する日。極寒の作業後の集合写真!

とってもありがたいことに、私たちは2024年4月で10周年を迎えます。

この連載では、担当メンバーとともに各プロジェクトについて振り返りながら、
めっちゃ大変だけどおもしろい「空き家×コミュニティづくり」の
リアルをお伝えできたらなと思っています。

かつて僕は〈リノベのススメ〉に掲載されていた
MAD City プロジェクト〉のメンバーでもありました。
10年以上の時を経て、同じ連載に携われるのは本当に感慨深く、
とってもとってもうれしく思います。

今回はこれから始まる連載のプロローグとして、
僕らの活動全体をざっくりとご紹介させていただきます。

もうすぐ10周年の 〈HOMEMAKERSカフェ〉、 新たな場所へ

自宅でのカフェ営業を終了して移転します!

2014年2月22日、ニャンニャンニャンの猫の日に
〈HOMEMAKERSカフェ〉はオープンしました。
あの日からもうすぐ10年が経とうとしています。

カフェ玄関を入ると目の前にカウンターがあって、そこで私たちが料理しています。

カフェ玄関を入ると目の前にカウンターがあって、そこで私たちが料理しています。

2023年12月16日のカレー&サラダ。収穫できる野菜は毎週違うので、サラダも毎週変わります。それが楽しみでもある。

2023年12月16日のカレー&サラダ。収穫できる野菜は毎週違うので、サラダも毎週変わります。それが楽しみでもある。

HOMEMAKERSの畑で育てた野菜を食べられる場所として、
当初から6年間は週に2日、コロナ禍以降は週に1日、土曜日にオープン。
農業も続けながら、よくカフェを続けてこられたなぁというのが今の本音です(笑)。
週に1日しかやってないので、その1日を休むわけにはいかないと、
体調不良や子どもの行事など、特別なことがない限り、
冬季休業期間をのぞいた10か月間は毎週土曜日にカフェを開いてきました。

来年2024年2月で10周年を迎えます。
ちょうどその節目となるタイミングで、
今の場所でのHOMEMAKERSカフェの営業を終了し、
新たな場所へ移転することに決めました。
HOMEMAKERSカフェ、10周年のお引越しです!

どうして新たな場所に引っ越すことにしたのか?
今の私たちの思いを書いておこうと思います。

カフェ玄関前にあるリュウゼツランが10年でずいぶん大きくなりました。「これなんですか?」とお客さんによく聞かれます。地下茎でつながって新しい株がどんどん増えているので、新しい場所にも植えたいなと思っています。

カフェ玄関前にあるリュウゼツランが10年でずいぶん大きくなりました。「これなんですか?」とお客さんによく聞かれます。地下茎でつながって新しい株がどんどん増えているので、新しい場所にも植えたいなと思っています。

〆切に追われる苦しさから抜け出して、 自分の時間はいくらでもある! と意識改革をしてみた

連載のペースがゆっくりとなるのをきっかけに気づいたこと

この連載が199回、あと1回で200回となるところまできた。
第1回が2015年8月に始まって、8年半の間には次女の出産など
さまざまな変化があったけれど、月2回、ほぼコンスタントに記事を書くことができた。
コロカルの連載は、原稿を書くというありがたい訓練の場であったし、
地域の人々に取材をして、互いに仲よくなる機会となったりもした。

何より湧き上がる思いをアーカイブとして残せたことは、本当に幸せなことだったと思う。

第3子誕生のときに書いたコロカルの記事。

第3子誕生のときに書いたコロカルの記事。

いま、ここで書いておきたいのは、連載の本数が春から減るということ。
これまで月に3本原稿の締め切りがあって(コロカルが2本、別媒体の連載が1本)、
「締め切り」という名の妖怪が私の前につねに立ちはだかっていて、
月末に近くなると苦しめられるという状況になっていた。

多少遅れることはあるが、なんとか期日までに書き上げてきたわけだが、
そんな締め切りが春から月1本だけとなることになった。
コロカルの編集方針により更新が月2回から1回へと変わり、
もう1本別の媒体の連載も3月で終了が決まったのだ。

コロカルと並行して連載していた『The JR Hokkaido』。特急列車で配布される車内誌で、北海道で個性的な活動を続ける人々を紹介。

コロカルと並行して連載していた『The JR Hokkaido』。特急列車で配布される車内誌で、北海道で個性的な活動を続ける人々を紹介。

立て続けに連載が減るという話がきて、最初は不安になった。
連載は定期的にお金が振り込まれる、フリーランスとしてはお給料的にありがたい存在。
それが2本も減るのだから、その分、どうやって金銭的に挽回すればいいのかなあと思った。

これまでの私だったら、連載がなくなった分、
自分でマガジン的なメディアを立ち上げてそれを課金形式にしてみようと考えたと思う。
このプランは一瞬頭をよぎったものの、その後、子どもからインフルエンザがうつり、
何日か寝込むことなって思考停止の状態となった。

コロカルの連載の締め切りを1週間延ばしてもらい、あとは別媒体の原稿だけを、
なんとか月末までに1本仕上げればいいように調整した。
熱は2日で下がったが、そのあとは咳が続き、調子が上がらなかった。
パソコンに向かっても言葉が浮かばず、仕方がないので、昼寝をしたりして過ごした。
原稿の締め切りまであと3日の時点でも結局昼寝をしたり、ちょっと掃除をしたり。
そしてあと2日となり、ついにその日がきてしまった。

このとき原稿は半分くらいしか進んでいなくて、
さすがにまずいと思い、とにかく最後まで書き切った。
最後の締めの言葉は曖昧なままだったが、翌日、
締めの言葉がふっと浮かびなんとか原稿が仕上がった。

美流渡は本格的な冬の時期となった。仕事場の窓から見えるのは銀世界。

美流渡は本格的な冬の時期となった。仕事場の窓から見えるのは銀世界。