連載
posted:2024.4.30 from:千葉県松戸市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
omusubi不動産
おむすびふどうさん●「自給自足できるまちをつくろう」をコンセプトにまちの方々と田んぼや稲刈りをするフドウサン会社。築60年の社宅をリノベーションした「せんぱく工舎」をはじめとしたシェアアトリエを運営するほか、松戸市主催のアートフェスティバル「科学と芸術の丘」の実行委員として企画運営を行う。2020年4月下北沢のBONUS TRACKに参画。空き家をつかったまちづくりと田んぼをきっかけにした暮らしづくりに取り組んでいます。
https://www.omusubi-estate.com/
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編集:中島彩
はじめまして。
おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉で
まちのコーディネーターをしている岩澤哲野(いわさわ てつや)と申します。
私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。
この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが代わる代わる
(時には代表の殿塚も)書き手となり、思い入れの深い物件とその物語をご紹介します。
連載3回目のテーマは、omusubi不動産最大のシェアアトリエ〈せんぱく工舎〉について。
私、岩澤は舞台演出家を本業としています。
2019年にomusubi不動産と出合い、せんぱく工舎に演劇のアトリエを構えることになりました。
はじめはいち入居者だったのですが、その後omusubi不動産の活動を手伝うことになり、
2020年からはまちのコーディネーターとして、せんぱく工舎や
シェアキッチン〈One Table〉などの企画や運営をするようになりました。
そして、2024年現在もせんぱく工舎に入居しながら、ほかの入居者さんひとりひとりと
コミュニケーションをとり、松戸のまち全体でイベント運営などのお仕事をしています。
このようにコーディネーターであり入居者でもある岩澤が、
せんぱく工舎の歩みを振り返っていきます。
都心から電車で約1時間という立地で、オーガニックなお店や個性的なお店が多い
千葉県松戸市の八柱エリア。八柱駅から八柱霊園という大きな墓苑に向かう
石材屋通り沿いにせんぱく工舎はあります。
せんぱく工舎は、昭和35年に建てられた
神戸船舶装備株式会社の社宅を改装した、クリエイティブ・スペースです。
昭和35年に建てられた木造の建物で、延べ床面積は約400平米という大きさ。
2階建てで、1階に6部屋、2階には12部屋あります。
このレトロで貴重な元社宅を、神戸船舶装備株式会社の協力のもと、
室内すべてをDIY可能なクリエイター中心の拠点とするべく、舵を切りました。
2018年のグランドオープン以来、 1階は地域に開かれたショップ、カフェ、
本屋やバルとして、2階はアーティストや作家さんのアトリエなどに使われています。
八柱地域の新しい拠点として、またローカルからDIYカルチャーを発信する
港のような場所として、入居者のみなさんと日々大切に育てています。
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omusubi不動産とせんぱく工舎との出合いは、2015年にさかのぼります。
当時、omusubi不動産は創業したばかりで従業員もまだ数人しかいませんでした。
そんな頃、代表の殿塚がたまたませんぱく工舎の周辺をランニングしていて、
この物件を発見しました。当時はまだ柵があって中が簡単には見えなかったそうですが、
空き家センサーが働いて、周囲を巡り、中を覗いて観察していたんだそうです。
変態ですよね(笑)。
そこから、オーナーさんを調べて連絡して……とプロジェクトが始まっていきます。
この建物は平成になってから使われていない状態だったので、
活用したいと相談したら最初はオーナーさんにびっくりされたそうです。
この時点からせんぱく工舎のオープンまで、3年の月日がかかりました。
「ぜひ企画書を見てほしい」とお話ししたところから、
実際に借りられるようになるのに1年。
それから、どうやって改修するのか、お金はどう負担するのか、
誰がどこまで責任を持つのか。契約書をつくるのに1年。
最終的に、omusubi不動産に1棟お貸しいただけることになり、
そこから入居者を募集して、それぞれのテナントさんが開店の準備をして、
オープンするまでさらに1年くらいかかりました。
せんぱく工舎という名前については、omusubi不動産で話し合って決めていきました。
まだ誰が使うかも決まっていなかったけれど、「建物が学校の校舎みたいだよね」とか、
「きっとクリエイティブな人が集まるから、工房の『工』にしようか」などと話していました。
神戸船舶装備株式会社という船に関する会社の社宅であることも、名前にかかっています。
あとは、小さな場所でチャレンジできるように、なるべく安く貸そうと決めていたので、
「新しいものをつくったり、出会いが生まれたり、
ここからいろんな活動が出ていくことが船の出航みたいでいいね」と話し合っていきました。
名前が決まり、いざ貸し出していくための準備の段階へ。
これだけの規模の改修にはお金もかかるし、人手もいる。
それならなるべくみんなで創っていこうと、
まちの人たちとも話し合いながらクラウドファンディングを始めました。
同時並行で外装の工事も始まり、クラウドファンディングの成功とともに、大枠の工事も完了。
その後、内覧ツアーと並行して、玄関や廊下など共有部のリノベーションは
まちの人たちとワークショップ形式で行っていきました。
塗装をしたり、床を貼ったり、柵をつくったり。
建物の前のスペースをどうするかも悩みました。駐車場にするか広場にするか。
みんなと議論した末に、ウッドデッキと芝生を敷いて広場にすることになりました。
今思うと、広場になってよかったなと心から思います。
あの広場が生み出す風景こそがせんぱく工舎を物語っていると思えるからです。
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2017年6月、オーナーさんとの契約が決まってすぐのタイミングでした。
まだ建物の工事がなにも始まっていないせんぱく工舎に、
はじめての入居者さんが決まります。
先日せんぱく工舎を卒業された、〈星子スコーン〉さんです。
その後、1年をかけてほぼすべての部屋の入居が決まり、
2018年6月に〈せんぱく工舎出航式〉というはじめてのイベントを開催。
そこから年に2回のペースで〈おもかじ祭〉〈とりかじ祭〉という
せんぱく工舎全体のイベントを開催していきます。
途中、入居者による主催イベント〈せんぱくまるしぇ〉が企画されたり、
せんぱく工舎として〈にわのわアート&クラフトフェア〉に出店したり、
近隣の高校へ出張授業に出向いたりと、いろんな活動に発展していきました。
オープンの前にもご近所の方に挨拶にまわり、
オープン後も各テナントさんのていねいな地域とのやりとりもあって、
徐々にこのまちに馴染んでいったのだと思います。
自分は2019年4月にせんぱく工舎に入居しました。
最初はいち入居者としてせんぱく工舎を見ていたのですが、
入居してすぐにおもかじ祭があって、2階の廊下に人がすれ違えないほど
たくさん人が来て、衝撃を受けたことを覚えています。
2020年にパンデミックがあり、イベントなどを開催するのが難しくなっていきました。
同時に入居者の入れ替えもあり、少しずつ初期とは違う雰囲気が生まれていったように思います。
そんななか、「派手にイベントはできないけど、みんなに開かれた場はつくっていこう」
ということで、毎月最終土曜日に開催している〈ゆるっとオープンデイ〉が生まれました。
今でも〈オープンデイ〉として続いています。
さまざまな展示企画や演劇公演、シルクスクリーンや折り紙などのワークショップ、
青空ヨガ教室やまちのお店の出張出店、似顔絵教室にDJイベント、ラジオなど、
さまざまな「やりたい」「やってみよう」がかたちになっていきました。
コロナ禍という制限のなかで生まれた場が、それぞれの入居者や
まちのクリエイターの可能性を探るいい機会にもなっていたような気がしています。
実際にここで生まれた企画から、せんぱく工舎を飛び出して、
国際フェスティバルの出店・出展や全国で活躍されるアーティストが生まれています。
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自分はもともと2階の入居者だったのですが、自分自身の活動も
もっと開いていかないとダメだと思い、当時空き部屋だった1階F号室を借りて、
2階の人たちと合同の展示会『FによるFのための合同作品展』を始めました。
これが自分の今にもつながる、まちの人たちとの協働の始まりだった気がしています。
また、芝生の広場をもっと日常から活用していこうと、広場で演劇公演を企画したり、
ワークショップや出張出店など、なるべく広場を活用したコンテンツを
ディレクションしたりしました。
自分の舞台演出家という仕事を、劇場だけでなく、“まち”を舞台に転用して生かす。
そのキッカケがこのせんぱく工舎から生まれたのかなと思っています。
最近では、入居者によるせんぱく工舎を飛び出した活動や
卒業生たちの活動が目立ってきました。
卒業生も含めたメンバーで共同のプロジェクトが生まれ、
市内外問わずさまざまな場で活動が展開されています。
展覧会やコンペなどで賞を受賞するアーティストがいたり、
映画やテレビ、雑誌など国内外のメディア、オンラインツールなどを活用して
全国規模で活躍する人がいたり、国際芸術祭に出ているクリエイターがいたり。
シェアスペースから生まれるつながりが、ひとつの場を超えてさまざまな展開につながっています。
せんぱく工舎内での活動もそうですが、地域や世界にまで活動の広がりを見せている
「幅」が、この場所に新たな魅力を生み出しているのかもしれません。
2024年3月にはせんぱく工舎の取り組みが評価され、
omusubi不動産として「 地域価値を共創する不動産業アワード」を受賞することができました。
時を同じくして、2024年春頃から長く入居されていた方たちの卒業が続いています。
新しい入居者の募集をかけているところですが、これはまさに、
これから次の展開が始まろうとしているところなのかもしれません。
まもなく6年目に入るせんぱく工舎。
その歩みが示しているように、現入居者だけでつくる場所ではなく、
これまでのつながりも大切にしながら、たくさんの方の出会いを繰り返しています。
これからも「やりたい」を叶える最初の1歩を育んでいく場所になるのではないでしょうか。
僕たちはこの場所を、シェアアトリエを超えた、
コ・クリエイティブ・スペースだと思っています。
そばに仲間がいるから、それぞれやることが違っても、刺激し合って学び合える。
その精神はきっと、せんぱく工舎を出たあとも続いていくのだと思います。
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