連載
posted:2023.6.14 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。
https://www.instagram.com/michikokurushima/
近隣の閉校した校舎を舞台に13日間開催した『みる・とーぶ展』と
『みんなとMAYA MAXX展』が5月14日に終了した。
私が代表を務める〈みる・とーぶ〉プロジェクトが、
2021年よりこのふたつの展覧会を開催しており、今回で5回目。
市内だけでなく、全道から、そして道外からも訪れる人があり、
過去最高となる2261名が来場した。
校舎の敷地全体を会場としていて、1階、2階、3階の各教室、体育館、屋外と
エリアは5つに分けられる。
今回、私が感じたのは、それぞれのエリアごとの個性が
今まで以上に際立ってきたのではないかということだった。
まず、『みる・とーぶ展』のメイン会場となったのは1階エリア。
元職員室があり、ここでは主に地域のつくり手の作品が販売された。
焼き菓子、陶芸、木工、織物、ハーブティーやハーブアイテム、スパイス類、
本、作品などさまざまなアイテムが揃った。
旧校舎での展覧会が始まって以来、継続して参加するメンバーが多く、
販売するアイテムがどんどん磨かれていっている。
例えばハーブアイテムを販売する〈麻の実堂〉は、ハーブティーブレンドの種類が増え、
アロマスプレーなど新しい商品も登場。
スパイス類を中心に販売するカレー屋〈ばぐぅす屋〉も、
スナックをラインナップに加えるなど、毎回、工夫を凝らしている。
もうひとり、新しい挑戦をしたのは〈つきに文庫〉。
美流渡地区で月に2回、古本を販売している小さなお店だ。
店主の吉成里紗さんは、これまで『みる・とーぶ展』ではセレクトした古本を並べていたが、
何かもっと自分自身の感性を表せるものはないかという思いがあり、
今回は本と一緒に「絵本のおやつ」と題してケーキを出すことにした。
選んだ本のひとつは『赤毛のアン』で、牧師さん夫婦をお茶会に招待して振る舞った
レモンタルトからイメージしたケーキをつくった。
「ジャムやフルーツの砂糖漬けでお菓子を作っていた時代なので、
レモンソースとメレンゲの素朴なお菓子にしました」と里紗さん。
もうひとつは、せなけいこさんの絵本『ちいさなうさぎはんしろう』からとったキャロットケーキ。
「母さんがたくさんにんじんを買ってきたのに、食べさせてもらえないはんしろう。
いじけていると、母さんがキャロットケーキをつくってくれたというお話から選びました」
レモンケーキは、レモンの甘酸っぱさが口いっぱいに広がる爽やかで上品な味わい。
キャロットケーキは、にんじんとくるみ、ひまわりの種がたっぷりと入っていて
味わい深くボリュームも満点だった。
元職員室の前の廊下では、自分の山で化石発掘を行っている日端義美さんによる展示が行われた。
発掘した化石をパズルのように組み合わせるゲームも用意され、
大人から子どもまで、まじまじと石に見入っていた。
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屋外のエリアには飲食ブースが設けられた。
定番となった〈Calm Pizza〉の薪窯で焼くピザは今回も人気。
〈ばぐぅす屋〉は日替わりスパイス弁当を提供。
タイ、インド、スリランカなど、各国のスパイス料理が楽しめた。
今回、初参加となった岩見沢の小さな居酒屋〈きなり〉は
チキンサンドと出汁の効いたスープを出した。
おもしろい試みだったのが、サンドとスープのセット「宇宙セット」。
サンドをひとくちほおばって、その後にスープを飲むと「これが出合いたかった味だ」と
誰もが感じる(=宇宙)というもの。
野菜の旨みが溶け出したスープは、日々工夫を加えていて、
毎日少し味が違っていてどれもおいしいく、ハマる人が続出した。
階段を上がって2階は、木工室や音楽室など元特殊教室があったエリア。
各教室では、前回の連載で紹介した『ミチクルのアニマル展』、
アトリエ遊木童による家具の販売と木工のワークショップ、
レコードと珈琲『夕焼け音楽室』、
陶芸家・こむろしずかさんによる『しずくの森展』が行われた。
これまで2階は、主にワークショップスペースとしての利用が多かったが、
今回は個展会場にもなり、今までのなかで一番充実した展示空間となった。
こむろしずかさんにとって個展は新たな挑戦だった。
これまで1階の販売ブースに器やアクセサリーなどいわば商品を出していたが、
部屋すべてを使って自分の世界観を表現する作品づくりと向き合った。
このように回を重ねながら徐々に高いハードルを設定し、
メンバーの成長の場になっているのは、この展覧会のすてきなところだと思う。
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3階に行くと、ほかのエリアにはない静かなムードが感じられた。
2部屋は『みる・とーぶ展』の参加メンバー、
アーティストの上遠野敏さんとニコラ・ブラーさんの個展会場。
上遠野さんは三笠市にアトリエを持ち、
校舎の活用が始まって以来、その活動に毎回のように参加。
展覧会のタイトルは『上遠野敏ミニ展』。
控えめなタイトルではあるが、空間を埋め尽くすような作品を次々に発表している。
今回はモノクロームの作品が集められた。
例えばそのひとつは、壁にかけられた真っ黒なキャンバス作品。
一見すると黒一色のようだが、光の当たり方によって像が浮かび上がってくる。
その像とは故人となったアーティストの肖像。
目を凝らすと消えてしまいそうなその像は、存在しているのかしていないのか
曖昧な領域にあるように思える。
上遠野さんによると今回の展示のテーマは「死」だという。
真っ黒いキャンバスは、あの世へ想いを馳せるきっかけといえるのかもしれない。
ほかの作品にも、そうした領域を超えるようなイメージが重ねられていた。
もう一室に作品を展示したのはフランス人アーティスト、ニコラ・ブラーさん。
ニコラさんは2019年に美流渡を訪れたことがきっかけで、
この地でアートプロジェクトを計画中だ。
コロナ禍でなかなか来日は叶わなかったが、これからプロジェクトを具体化させていく
プロセスの足がかりとして、教室での展示を行っている。
ニコラさんの遠隔の指示をもとに、私たちメンバーが作品を設置。
現在は『チーズミュージアム』という、チーズをモチーフにした作品が展示されている。
3階のそのほかの教室では『みんなとMAYA MAXX展』を同時開催。
3つの教室に作品が設置されている。
1室は洞窟に見立てた円筒形の段ボールにオランウータンを描いた展示が
常設されていて、2室は毎回、新作を展示している。
この新作の展示については、以前の連載で書いた。
そのほかに、さらに1室に「MAYA MAXX Room」を設け、
手描きのTシャツやサロペットをはじめ、これまでに制作した小品も展示。
身の回りの植物から作品をつくったり、粘土をかたちづくったりという、
絵画制作以外の創作を発表する場をつくった。
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上遠野さん、ニコラさん、MAYAさんは、自身の創作をつねに深化させながら、
アートの領域でキャリアを積んできたアーティストたちだ。
そうした3名が、ギャラリーでも美術館でもなく、また芸術祭のように
現代アートであることを押し出していない、人口わずか300人の集落にあるここで、
3年にわたって作品発表を続けていることは、稀有な事例といえるのではないだろうか。
この場所に来場するのは、現代アートに日頃から触れている人ばかりではない。
『みる・とーぶ展』のショップが目当ての人もいるし、
子どもを遊び場で遊ばせたいと思ってくる人もいる。
そうしたなかでアートがどう受け入れられるのかは未知数ではあるが、
その出合いを楽しんでもらえていることが、今回のアンケートから読み取れた。
「こんなに作品の近くでアートを感じられた体験は初めてです。
あたたかい空間、とても居心地良く過ごせました」
「のんびりすてきな校舎で、心が生き生きする展示、食事、運動まで楽しめて、
子どもと一緒に良い時間を過ごせました」
アンケートでは子どもも楽しめたという声は多かった。
子どもたちがもっとも長い時間を過ごしたのは、体育館に設けた「ぼうけん遊び場」。
おままごともできるし、工作や木工も、そして卓球やバトミントン、
バスケットボールもできるスペースもあって、思い思いの遊びが楽しめるようになっている。
この遊び場をつくった中心メンバーは林睦子さん。
岩見沢市内で子どもが主体的に遊べるプレーパークをつくった経験があり、
この体育館の遊び場にも、その経験が生かされている。
遊び道具はいずれも素朴なものだが、何度も訪ねる家族は多い。
今回、ぼうけん遊び場に子どもを連れてきた父親が睦子さんにこんなことを語ったそうだ。
「ここは自由に遊べる。やめなさいって言わなくていい」
木工コーナーには、ノコギリやトンカチがいつでも使えるようになっているし、
絵の具で周りを汚しても特にスタッフが咎めることもしない。
そして、毎日のようにいる展覧会に参加しているメンバーの子どもたちが、
新しいお友だちが来ると、遊び方を教えてあげたり、いろいろな場所を案内したりも。
睦子さんは、大人が遊ぶ提案をしなくても、子どもたちが良い意味で
勝手に楽しんでいて、それがとてもうれしいと語っていた。
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地域のつくり手の商品を買う楽しさのある1階。
ワークショップがあり、陶芸展やレコードが楽しめる空間もあるなどバラエティに富んだ2階。
アーティストたちの独自の視点から生まれた作品が堪能できる3階。
地域の食材を生かしたおいしいフードを味わえた屋外。
そして、誰もがのびのびと遊べた体育館。
ジャンルもコンセプトもバラバラではあるが、ひとつ共通しているのは、
参加したメンバーが、心からやりたいと思うことを、
素朴にストレートにやっているということ。
そして、こんなふうにいうとメンバーから異論が出るかもしれないが、
ビジネスライクな見方が得意ではなかったり、
都会に馴染めない不器用さを持っていたりする、独特のゆるさも持ち合わせている。
こうした点に、来場者が居心地の良さを感じたり
自由さを感じたりしているのではないかと思う。
今回のアンケートで、本当にうれしかったのが「また来ます」という言葉が多数あったこと。
『みる・とーぶ展』『みんなとMAYA MAXX展』が終わっても、
また次回を楽しみにしている気持ちを、ずっと持ち続けてくれている、
そんなあたたかな言葉に感じられた。
次回の大きなイベントは、新しい試みとなる『みる・とーぶフェスティバル』。
7月28日、29日、30日の3日間、グラウンドにたくさんのテントを張って、
レギュラーメンバーだけでなく、広く出展者を募り、作品販売あり、
音楽あり、ワークショップありの賑やかなイベントにしたいと考えている。
新しい風を入れながら伸びやかに変化していくことで、
いつも楽しい何かが起こる場所であることを感じてもらえたらと願っている。
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