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〈つきに文庫〉札幌と美流渡。
2拠点暮らしで始めた、
小さな古本屋さん

うちへおいでよ!
みんなでつくるエコビレッジ
vol.149

posted:2021.11.24   from:北海道岩見沢市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/

週末暮らす美流渡で、月2回開くお店

私が住む岩見沢市の美流渡(みると)は、人口350人ほどの小さな集落。
お店は数えるほどしかないが、ここ数年、移住者の手によって
カフェやカレー屋さんができ、まちに新しいにぎわいが生まれている。

そして、ついに(!)今年は、古本屋〈つきに文庫〉が誕生した。
毎月2回オープンするところからつけられた名前で、
平日は札幌、週末は美流渡で暮らす、寺林里紗さんが始めた。

私が里紗さんと初めて会ったのは2019年春。
美流渡コミュニティセンターで定期的にアフリカ太鼓の教室が行われており、
同時にアフリカンダンスの教室も開かれるようになったことがきっかけ。

太鼓教室は、美流渡の近くの万字地区に移住した
アフリカ太鼓奏者の岡林利樹さん、藍さんが開いていて、
参加者からダンスもやってみたいという希望があがり、
その先生として里紗さんに声がかかった。

里紗さんは、大学卒業後にアフリカンダンスを始め、
札幌で会社勤めをしながらライブ活動やワークショップを行っている。
私もこの教室に参加したことがあって、
以来、美流渡をたびたび訪ねるようになった里紗さんとは、
折に触れ、会うようになった。

アフリカンダンサーであり古本屋さん。札幌と美流渡の2拠点暮らし。
そんな里紗さんに、今回、あらためてその人生と日々の暮らしについて話を聞いた。

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アフリカンダンスとの出合い

Page 2

里紗さんは札幌で生まれて、ずっとこのまちで暮らしている。
小さい頃は野山で遊び、毎日のように木に登っていたことが記憶に残っているという。
大学を卒業後、札幌の会社に就職するが、なじめなかったこともあり、1年半で退職。
いったんアウトドア体験が学べるNPOで半年間の研修を受け、
再び札幌の会社で働き始めた。

「この時期にアフリカンダンスに出合いました。
ガーナ人のパーカッションライブでダンサーの募集があって参加したのがきっかけです。
大学時代にはストリートダンスをやっていましたが、うまくなれなくて。
アフリカンはやってみたらすごく楽しかった」

美流渡で夏に小さな音楽会が開かれた。アフリカ太鼓の演奏とともに踊る里紗さん。

美流渡で夏に小さな音楽会が開かれた。アフリカ太鼓の演奏とともに踊る里紗さん。

会社で働きつつダンスを続けた。
しかし、当時、札幌でアフリカンダンスを定期的に学べる場所はなく、
東京に出かけていったり、ダンサーを札幌に招いて教室を開いてもらったり。
27歳の頃には札幌でバンド〈ANKASO〉を結成し、ライブやワークショップも行った。
次第に「もっと本物が見たい」と思うようになり、
30歳で会社を1か月休んでアフリカ・ギニアへ。

「ダンスを学ぶツアーに参加して、五感が開くような感覚がありました。
日本は何の不自由もなく、水があり、お湯も沸かせる。
ギニアでは、井戸水をくみ、暗くなったらろうそくをつける、
そんな暮らしがありました」

ツアーはとても楽しかったそうだが、一方でダンスには限界を感じることも。

「アフリカ人と日本人は骨格から違うことがわかりました。
うまくなりたいと思いましたが、これは無理だなと感じる場面もたくさんありましたね」

いったんは会社に戻るが、再びアフリカを訪ねたいという思いが募った。
3年後に今度は会社を辞めて、ギニアで2か月過ごしたという。

「風、空気、黒人たち。朝6時まで満天の星空があって。
ほかにはないものがありました」

アフリカから札幌へ戻り、今度は別の会社に勤めながら、バンド活動を継続。

「仕事とダンスのほかにも、畑をやったり、季節の山菜をとったりもしていて、
好きなことを好きなようにやっていましたね」

以前からアイヌ刺繍を習っていたという。古本屋を開けている日、友だちが訪ねてきて一緒に刺繍をすることもある。

以前からアイヌ刺繍を習っていたという。古本屋を開けている日、友だちが訪ねてきて一緒に刺繍をすることもある。

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空き家を見て即決…?

Page 3

美流渡に家を持ちたい。空き家を探すようになって

ダンス教室開催のため、車で1時間半ほどの美流渡に通うようになり、
次第にこの地の景色に惹かれ、移住者たちとも親しくなった。

「ワークショップでニセコや帯広など、道内の各地を訪ねていたのですが、
いい場所だなあと思ったのが美流渡でした。山並みがまるで四国の山のようで。
それに、移住者のみなさんが、週末になるといろいろなイベントもやっていて、
おもしろい人たちのいるところだと感じていました」

美流渡で開いたダンスワークショップ。現在は、コロナ禍でお休み中。

美流渡で開いたダンスワークショップ。現在は、コロナ禍でお休み中。

秋には知人を頼って、この地で家を探し始めた。
美流渡は過疎化が進み、空き家はいくつもあるが、
権利関係がはっきりしない家や直さないと住めない家も多く、
思うようには見つからなかった。

実はこのとき、町内会の方から、空き家があって
住んでくれる人を探しているという話を私は聞いていた。
家探し中だった里紗さんにこの話をしたところ、すぐに家を見に行くことになった。

家はこぢんまりとした木造住宅で、1階が住居で2階には納戸があった。
里紗さんは、納戸からの景色がいいこと、また庭に木が生えていることを喜んでいた。

2階の納戸。古いポスターなどが貼ってあって、そのままの状態をいまも残している。

2階の納戸。古いポスターなどが貼ってあって、そのままの状態をいまも残している。

「この家に決めます」

初めて空き家を見た日、里紗さんはそう言った。
そして、すぐに町内会の方のところに行って、
所有者さんに連絡をとってもらうことにした。
このとき私はずっと里紗さんと一緒にいて、
あっという間に家を決めた、決断の早さに驚いた。

その後、コロナ禍となって所有者さんと直接会うまでに半年ほどかかったが、
家の受け渡しは2020年の6月に完了。
札幌の実家に住みつつ、週末には美流渡へやってきて、
荷物の整理や壁の塗り替えなど整備を行い、2拠点暮らしが始まった。

「近所の子どもたちが毎週のように遊びに来るようになって、
いつも部屋の中はワイワイとにぎわっています」

家の向こうには山が見える。

家の向こうには山が見える。

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古本屋を始めた理由とは?

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美流渡になかったもの。それは古本屋さんかなと思って

今年の7月から、玄関先を利用して古本屋さんをスタート。
美流渡に住み始める前から「ここで何かやるなら古本屋かな」
という気持ちがあったという。
子どもたちが集ったり、地域の人がちょっとひと息つきながら
本を眺めるような場所をつくりたいと思っていたそうだ。

そうは言っても古本屋さんは、まったく新しい試み。
最初のお客さんは、ご近所の移住者だったが、
「これください」と言われたときに、本の値段も決めていなくて戸惑ったそうだ。

「まさか売れるとは思っていないなくて(笑)」

ラインナップは、地球環境や旅、暮らしのエッセイなど。
里紗さんがこれまで買い集めてきたものが中心。
地域の子どもたちが読めるような絵本やマンガも揃えた。
並べられた本を見ていると、里紗さんの考え方や
生き方の一端を見るような気持ちになる。

古本屋さんを始めてから、本のラインナップに感銘を受けた地域の人と
グッと距離が縮まったこともある。
最近は、古本を提供してくれる友人も増えているそう。
集まってきた本の中から、立ち寄ってくれるご近所さんの顔を思い浮かべつつ
棚に並べていくと、ワクワクした気持ちになるという。
1冊の本を通じて、新しい交流が始まるのは、本の力なのかもしれない。

大学時代、そして社会人になっても本は欠かさず読み、
また古本屋を営む友人もいたというが、
私からするとアフリカンダンスやアウトドアなど、
これまでやってきたことと大きく違う世界を急に始めたような印象を持った。
それを里紗さんに話してみると……

「こういうの、あったらいいなと思ったらあっさりやる、思いつき人間ですね」

そう笑顔で答えてくれた。
確かに会社を辞めてアフリカに行ったり、美流渡の家を決めたりなど
思い切った行動は、今回だけのことではない。
けれど、一方で思いつきに任せずに、ほぼ切れ目なく会社員も続けているという、
バランス感覚もあるんじゃないかと私は思った。

平日に会社員として働くことで収入を得ているからこそ、
古本屋さんはビジネスというよりも、本と出合う場所、
本を開く場所を提供したいという想いがあってやっているそうだ。

「いまは建築事務所で働いています。働くことは好きなんですが、
ドジらないように、毎日すごく緊張していますね。
週末に美流渡に来ると気が緩んで、安心する。
コロナ禍でも穏やかな気持ちでいられるのは、美流渡に来られたことが大きいです」

美流渡に完全移住したいという気持ちもあるそうだが、まだ考え中だそう。
仕事モードの札幌と気持ちが緩む美流渡と、
自分の中でうまく切り替えができるようになったら、
いつかはここに住まいを移したいという。
札幌と美流渡という2拠点暮らしは、大胆さと慎重さを併せ持つ
里紗さんらしい選択なのかもしれないと思った。

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