連載
posted:2021.11.10 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
あれは9月中旬のこと。
ご近所の農家さんから、パーティプレートいっぱいの晩ごはんをいただいた。
丸いプレートの半分がナポリタン。もう半分が炊き込みご飯。
雨で農作業がお休みになったからとつくってくれたものだった。
子どもたちは、このナポリタンが大好き。
私がナポリタンをつくろうとすると
「Yさんの味つけで!」とリクエストされるほど。
口に入れるとほんのり甘くてバターのいい香り。
トマトケチャップがしっかり効いてクセになる味。
昨年の冬に初めていただいてから、
「おいしかったです」
「子どもたちがすぐに食べちゃいました」と伝えていたら、
日に日に量が多くなって、ついにこの日、
パーティープレートのケースに大量に詰めてくれた。
「足りないかな?」と思ったそうで、炊き込みご飯までつけてくれたのだという。
晩ごはんをつくらなくていいという開放感。
味にうるさい子どもたちでも、このナポリタンなら文句はあるまいと顔がニヤニヤした。
夕方に、今度はお隣さんから立派な梨をいただいた。
そのとき私は、はっとした。毎日のように誰かに何かをいただいている。
2日前は長沼の友人が梅干しのお裾分けをしてくれ、
昨日は近所のカレー屋さんがピューレ用のトマトを置いていってくれた。
そういえば、東京から北海道に移住したとき、
ご近所さんが家庭菜園でとれた野菜をたくさん分けてくれ、
驚いたことがあったのを思い出した。
お金を払わなくても家にどんどん食材が集まってくることに、
とても不思議な感覚がしたし、お金をたくさん稼がなくても
生きていけるという安心感を持つこともできた。
ただ移住して10年が経つと、何かをあげたりもらったりすることは、
日常的なことで特別意識をすることもなくなっていた。
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農家さんにもらったナポリタンを食べながら、
何かをいただくことは「人生の希望だなぁ」としみじみ思った。
日々やってくる原稿執筆や本の編集の締め切りに追い立てられていて、
ご近所さんと顔を合わせても、ほんの少し言葉かわす程度。
もっとしっかりコミュニケーションをとらなくてはと思いつつも、言葉が続かない。
また、料理に苦手意識があるので、
何かつくってお返しすることも難しいと思ってしまう。
そんな返すことのできない自分に常に後ろめたさを感じてきた。
けれど、今回いただいた晩ごはんは、そういうできていないことも含めて
丸ごとわが家を応援してくれているように感じられた。
いただきものは応援の気持ちを受け取っているのかもしれない。
物を返すことに神経を使うのではなく、
自分のいまやっていることにベストを尽くせばいいのかも。
心に引っかかっていた何かがスッと消えるような感覚があった。
そして視野を広げてみると、いろいろな“行為”にも
応援の気持ちが込められているんじゃないかと思えてきた。
夫や友人に車で駅まで送ってもらったりするとき、
「ありがとう」と言うけれど、言葉の裏側に
「面倒かけてごめんなさいね」という気持ちもあった。
自分が車の運転が苦手でなかったら、
相手の手を煩わせることもなかったなと思っていたのだ。
それを「(応援してくれて)ありがとう」と思うことで、
温かい気持ちでいられるようになった。
この小さな気持ちの転換は、いろんな場面で役に立つように思える。
朝、子どもたちのお弁当をつくるときに、
「仕事もあるのに大変」と思ってしまうとイライラがつのる。
けれど「みんな、今日もがんばるんだよー」と応援の気持ちに意識をグッと傾ける。
自分が大変な状態にフォーカスするのか、相手のことを思うのかで、
家事の捉え方も変わってくることがわかった。
友人がくれた梨を、晩ごはんをつくってくれた農家さんにお渡しした。
気持ちをのせたものが地域をグルグル循環している、
そんなイメージが浮かんで、うれしくなった。
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