連載
posted:2021.10.27 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
10月3日、『みんなとMAYA MAXX展』と『みる・とーぶ展』が、
2年前に閉校した美流渡(みると)中学校を舞台に始まった。
『みんなとMAYA MAXX展』は、昨年夏に東京から美流渡地区へ移住した、
画家・MAYA MAXXさんが、閉校した校舎の窓に打ち付けられた
無数の板に描いた絵を、みなさんに見てもらう機会となった。
また、2021年に描いた新作と、この夏、福岡アジア美術館で描いた
全長70メートルにもなるダンボールに描かれた作品も校舎に展示された。
1階の廊下にはMAYAさんが描いた『縄文の草』を展示。この夏、福岡アジア美術館で開催された『おいでよ! 絵本ミュージアム』で制作された作品を展示した。
3階の教室に壁を立て、絵が展示できるギャラリーとした。MAYAさんが美流渡で描いた新作を2室に展開。
これまで動物や植物などを連想させる形を描くことが多かったが、美流渡に移住して不定形の色があふれ出した。
同時開催となった『みる・とーぶ展』は、教室の1室を使い、
地域でものづくりの活動を続ける7組の移住者の家具や器、ハーブティーなど、
さまざまな商品を並べる場となった。
理科室の机を利用した、みる・とーぶの展示コーナー。
一昨年、この地に移住した陶芸家・こむろしずかさんの作品。
自らの農作業や薪割りの姿をデザインした〈Out Works Zootj〉。
初日、10時に扉を開けると、ひとり、またひとりと来場者が現れた。
人の流れは途切れずに、ついには中学校の駐車場が満車になってしまった。
札幌から車で1時間半ほどと、道内ではそれほどアクセスは悪くはないものの、
予想を超える出足だった。
スリッパを補充したり、アルコール消毒液を追加したりと対応に追われた。
『みる・とーぶ展』の会場も、終日賑わった。
この日、接客に立ったのは、木工作家〈遊木童〉の五十嵐茂さんと、
ハーブティーをつくっている〈麻の実堂〉の笠原麻実さん。
お昼もそこそこに、ふたりはずっと商品の説明をしてくれて、
遊木童のスツールは午前中で完売。
麻の実堂の在庫も、ほとんどが品薄になってしまう事態に。
さまざまな樹種を組み合わせたスツールが完売。慌てて在庫を補充することに。
あっという間に閉館の16時を迎え、来場者は130名にもなっていた。
『みる・とーぶ展』は、この4年間、札幌などで会場を借りて開催してきたのだが、
それとは比べ物にならないほど好調な売り上げとなった。
美流渡は人口わずか350人の小さな集落。
これまでは自分たちが外に出向いて発信していたが、
地元にこんなにも人が来てくれることに勇気づけられた。
「まったく疲れを感じなかった。
一日中、いろんな人とお話しするのが楽しくて楽しくて」
麻の実堂の笠原さんは興奮気味にそう話した。
ハーブティーのお店としてイベントに出店するのはこれが初めて。
試飲をすると、みなさんそのおいしさに感動して買ってくれ、
大きな手応えを感じたという。
麻の実堂の笠原さんは、ハーブティーのパックを販売するだけでなく、イベント期間中にお茶を振る舞うスタンドを初オープン。
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翌日からは平日。来場者は1日20~40名ほどではあったが、
その分、来場したみなさんとゆっくり話ができた。
MAYAさんが以前に出演していた
子ども向けテレビ番組『ポンキッキーズ』を見て育ったり、
親となってMAYAさんの絵本に触れたりしたファンも多く、
道内だけでなく、東京や京都から訪ねてくる方もいた。
MAYAさんのギャラリートーク。窓板に描かれた作品についても解説した。
週末を中心に関連イベントも数多く開催した。
MAYAさんのギャラリートークには多くの方が集まった。
なぜ、学校の窓板に絵を描いたのか、またどのような心持ちで
日々制作しているのかが語られ、参加者は真剣に耳を傾けていた。
そのほか、市内にある北海道教育大学岩見沢校のキャンパス長であり、
地域におけるスポーツの役割について研究をしている山本理人先生と
MAYAさんとのクロストークも実施。
また、中学校の向かいにあるお寺「安国寺」の住職による坐禅会や、
音楽室を使ったピアノやバイオリンの音楽会、
地域を拠点に活動を続けるアフリカ太鼓の演奏会なども実施した。
「みんなのアート、みんなのスポーツ」と題して行われた山本理人さんとMAYAさんのクロストーク。
椅子に座って行った坐禅会。初心者にも丁寧に坐禅について解説。
私は毎日のように会場にいて、気づいたことがあった。
来場者のみなさんに挨拶をすると、誰もがニコニコと笑顔で応えてくれることだ。
MAYAさんの作品をじっくりと鑑賞し、『みる・とーぶ展』では
販売にあたったメンバーとゆったりとおしゃべりを楽しむ人が多かった。
これまで都市で展覧会や販売などを行った経験はあるが、
こんなにハッピーな雰囲気が会場にあふれていると感じたのは初めて。
実施したアンケートには
「MAYAさんの作品を見て元気が出た」
「地域の作家のみなさんが、やりたいことを実現しているのがすばらしかった」
という意見があり、私たちの活動に気持ちを寄せてくれていることが実感できた。
2016年に初めてMAYAさんは美流渡を訪れた。当時、美流渡小中学校には子どもたちが通っており、MAYAさんと一緒に描いた絵も展示した。
「絵には、みんなの気持ちが集まってくるんだよね」
関連イベントで実施したクロストークで、
MAYAさんがアートの役割についてそう語った。
確かにその言葉どおりになっていると思った。
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この展覧会の準備中から、みなさんからたくさんの“気持ち”を受け取った。
MAYAさんが、毎日のように校舎の窓板に絵を描いていると、
地域のみなさんが草刈りや掃除をしてくれるようになった。
ある朝、校舎に行ったら、花壇の周りやアスファルトの割れ目から伸びていた草が
すっかりきれいになっていて驚いたこともあった。
また、トークイベントを企画したものの、
会場となる体育館の放送設備には不備があり困っていたところ、
マイクやアンプをボランティアで貸し出してくれる方が現れたこともあった。
そして、ともに主催となってくれた北海道教育大岩見沢校の教授や学生が、
私たち少人数のメンバーを支えてくれた。
始まりはほんの数名だったこの取り組みも、気がつけば多くの人の輪の中にあった。
窓板はまず白いペンキで下地を塗った。毎日のように白ペンキを塗ってくれた人がいた。
草を手で抜いてくれ、駐車場を美しく整備してくれた人もいた。
「We(私たち)の中には自然にI(私)が入っている」
MAYAさんは、学校の一番メインとなる窓板に「We MIRUTO」と描き、そう語った。
「We(私たち)には『私、私』と声高に言わなくても、
『私』にこだわらなくても、『私』のほうが優れてるとかいばらなくても、
自然に『私』が溶けて入っているから大丈夫。
そんな『We(私たち)』が広がっていけば、
なかなかすばらしいことになるのではないかな? と思います。
それをいま『私』が暮らしている美流渡で、
私にとっての『We』と言える仲間たちがいる場所で、始めてみたいなと思います」
8月初旬から2か月以上、MAYAさんは窓板を描き続けた。
15日間の会期が終わってみて、Weという気持ちがここに充満しているからこそ、
ハッピーな場となったのだと、私は思う。
会場を閉めて、帰路に着くとき、安国寺の住職が
「校舎が本当に喜んでいる。それがわかる」と目を潤ませた。
学校に子どもが賑わっていた時代から閉校までをずっと見つめてきた住職のひと言に、
そこにいた誰もが頷いた。
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