ごはん屋さん&陶芸工房〈したたむ〉。
暮らしと仕事が近いことの
意外なデメリットとは?

移住者のつくる小さなお店 したたむ vol.6

静岡県掛川市の山間での暮らしを始めて4年目、
料理人の夫と陶芸家の妻による、ごはん屋さんと陶芸工房〈したたむ〉。

完全予約制のランチ営業のみで、Instagramで1か月分の予約を開始すると
すぐに埋まってしまい、キャンセル待ちができるほどの人気店です。
車でしか行けない山奥にあり、決して利便性の良い立地ではないものの、
ここまでの人気店に成長したのはなぜなのか、本連載を通してひも解いていきます。

器を妻が、料理を夫が担当。

器を妻が、料理を夫が担当。

これまで、飲食店を開こうと考えたきっかけや、お店を出すための土地探し
資金調達セルフリノベ屋号やコンセプトの決め方について教えてもらいました。
今回は、陶芸家の妻・吉永哲子(よしなが のりこ)さんが、
それぞれが異なる事業を行う2本柱で働くからこそのメリットと、
夫婦での役割や話し合いについて執筆してくれました。

陶芸家の妻・哲子さんと、料理人の夫・夏樹さん。

陶芸家の妻・哲子さんと、料理人の夫・夏樹さん。

ごはん屋さんがオープンして、作陶の時間がない……!

掛川に移り住んで、〈したたむ〉の営業を開始するまでの1年間は、
開業準備や家の改装など、それなりにやることはありながらも、
今思うと割とマイペースに過ごしていたように思います。

7月に引っ越して9月には陶芸の仕事を再開していたので、
例えば午前中に作陶して午後から壁を塗るなど、
自分のペースで仕事ができる時期でした。

丸皿を乾かしているところ。

丸皿を乾かしているところ。

漆喰塗りにも挑戦しました。

漆喰塗りにも挑戦しました。

夫のほうは、助成金関係の書類作成や、家やその周りの整備で忙しいながらも、
開店準備のワクワクのなか、もともと好きなDIYを楽しんでいたようでした。

実際にごはん屋〈したたむ〉を開店してみて、私にとって一番問題になったのは、
時間がとにかく足りないということです。
考えてみれば、ごはん屋も陶芸の仕事も片手間にできるものではありません。

ごはん屋の調理など、ほとんどの仕事は夫が一手に引き受けてくれていますが、
営業日の準備や接客は私の仕事です。
週に4日の営業ですと、陶芸に当てられる日は週3日となり、
時間が足りなすぎるということになります。

〈したたむ〉をごはん屋と陶芸工房の2本柱で立ち上げようと構想を練っていたときは、
「お互いの仕事を助けあっていけばいいよね」という、ゆるふわな考えで、
このあたりのシミュレーションがまったくできていませんでした。
まだ完全には解決していないこの問題を、時間とお金の面から整理してみたいと思います。

5組のアーティストが
北海道・白老の地と出合った。
『ルーツ&アーツしらおい2023』

田湯加那子さんの描き続ける姿が人々の心を揺さぶった

北海道南西部に位置する白老町は、森林や川、湖など美しい自然環境と、
この土地で育まれた人々の歴史が交差して、独自の風土が生まれているまち。
このまちを舞台に開催された芸術祭『ルーツ&アーツしらおい2023』は、
今年が3年目となる。
町内の「社台」「市街地」「虎杖浜」という3つのエリアに作品が展示され、
10月9日の閉幕までの約40日間の会期中に9946名が来場した。
回を重ねるごとに来場者が増えており、昨年と比べると入場者数は倍増したという。

会場のひとつとなった旧社台小学校での田湯加那子さんの展示。閉校後、校舎に再びにぎわいが戻った。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

会場のひとつとなった旧社台小学校での田湯加那子さんの展示。閉校後、校舎に再びにぎわいが戻った。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

この芸術祭が掲げたのは「地域×多様な第三者」。
「地域」という言葉には、ここで暮らす住民、文化や歴史、地勢や自然など、
まちのあらゆるものが含まれている。
こうしたものと第三者であるアーティストが出合って生まれた創作を通じて、
あらためて地域の魅力を見つめ直したい、そんな想いを込めた。

今年、参加したアーティストは、田湯加那子さん、青木陵子さん+伊藤存さん、
野生の学舎の新井祥也さん、ナタリー・ツゥーさん、梅田哲也さんの5組。
コロカルニュース」で、すでに作品については紹介したが、今回は舞台裏を支えた
企画統括ディレクターの木野哲也さんとプロジェクトマネージャーの坂口千秋さんの
コメントとともに芸術祭を振り返る。

プレスツアーで作品を紹介する木野哲也さん。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

プレスツアーで作品を紹介する木野哲也さん。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

「地元で創作活動をしている田湯さんと一緒に
展覧会をつくることができて感動しました。
田湯さんは、この土地にいて、毎日描き続けている。
そこに光があたったことは、この芸術祭を象徴するものだと思いました」(木野さん)

今年の活動で印象深かったことのひとつを、木野さんはそう振り返った。
田湯さんは、1990年代後半から本格的に絵を描き始め、
各地のアールブリュット展に参加している。
色鉛筆を握りしめ渾身の力を込めて描き出される表現は、国内外で注目を集めるが、
地元での発表の機会は、これまでなかなか訪れず18年ぶりとなった。
知的障がいと広汎性発達障がいを持ち、人とのコミュニケーションが
うまく取れないというが、今回はそうした面をあえて際立たせず、
ひとりのアーティストの軌跡を紹介した。

田湯さんが小学4年生のときに東京ディズニーランドに行き、帰宅後すぐに描いた作品。これがきっかけとなり、日々絵を描くようになったという。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

田湯さんが小学4年生のときに東京ディズニーランドに行き、帰宅後すぐに描いた作品。これがきっかけとなり、日々絵を描くようになったという。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

田湯さんは、展示会場でも絵を描き続けていた。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

田湯さんは、展示会場でも絵を描き続けていた。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

「芸術祭に参加したアーティストにとっても、
田湯さんとの出会いは大きかったのではないかと思います。
生活のなかでずっとつくり続けること、その姿勢をあらためて見つめる
機会が生まれたように感じました」(坂口さん)

坂口さんも、地元作家とほかの地域からやってきたアーティストが
深く交流できる場が生まれることが、芸術祭の醍醐味のひとつと語る。

花のシリーズ。実際に家に飾られていた花もあれば、想像で描いた花もある。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

花のシリーズ。実際に家に飾られていた花もあれば、想像で描いた花もある。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

音楽番組を見て描かれたシリーズ。歌手の姿だけでなくステージセットも目に焼きつけて描いている。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

音楽番組を見て描かれたシリーズ。歌手の姿だけでなくステージセットも目に焼きつけて描いている。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

ソバと米を育てた1年。
獣害や生育不良もあったけれど、
自然に身を置く幸せを感じて

旧美流渡中学校の畑。今年は「自分でやる!」

私が代表を務める地域PR団体「みる・とーぶプロジェクト」が、
閉校になった旧美流渡(みると)中学校の活用を初めて3年目。
今年も展覧会やワークショップを多数開催してきたが、
今回はひっそりと行っていた畑のことについて書いてみたい。

中学校に生徒が通っていた頃、グラウンドと体育館の間に畑があった。
この畑をもう一度復活させられたらと思い、昨年、美唄市の農家・渡辺正美さんに
協力してもらい「畑の声を聞こう!」という月1回ほどのワークショップを開催した。
作業のほとんどを人力で。
スコップで土を耕し、ソバを育て、石臼で製粉をするという取り組みだった。

美唄の農家・渡辺さん。私が移住してまもない頃から、渡辺さんの野菜を買わせてもらっていた。2022年には私の出版活動「森の出版社ミチクル」から『おらの古家』を刊行した。

美唄の農家・渡辺さん。私が移住してまもない頃から、渡辺さんの野菜を買わせてもらっていた。2022年には私の出版活動「森の出版社ミチクル」から『おらの古家』を刊行した。

昨年の「畑の声を聞こう!」ワークショップ。まずは土を人力で耕すことから始まった。

昨年の「畑の声を聞こう!」ワークショップ。まずは土を人力で耕すことから始まった。

このワークショップはスタート時点では20名ほどの参加者がきてくれたが、
月を追うごとに人数が減っていき、秋には4名となっていた。
ワークショップといっても地味な農作業の連続。
みんなに魅力を感じてもらえるような要素をうまく提供できなかったことが、
人数が減っていった要因なのかもしれない。

収穫をして実を選別し、石臼で製粉し、ようやくソバ打ち。

収穫をして実を選別し、石臼で製粉し、ようやくソバ打ち。

「あんまり人もこないし、自分のところの畑も忙しいから、来年はワークショップやめるかな」

昨年のワークショップが終わったとき、渡辺さんがそう話した。

「来年は自分でソバを育てるので、脱穀と製粉のときに力を貸してもらえませんか?」

そう私は返事をした。
昨年のソバを育てた経緯を『そばの1年』という本にまとめ、
そのなかで書いたことが頭にあった。

労働と食べものの価値はお金でははかれないと思った。
そばの味は畑そのものの味。おいしいから食べるというよりも生きることそのもの。

とにかくそばづくりは来年もまたその先もつづけていきたい。
1年やるだけではわからない何かがそこにあるように思う。

まずは自分がひとりで畑作業に向かうことによって、
新しい気づきがあるんじゃないかと思った。

イラストと手書きの文字とでまとめた『そばの1年』(森の出版社ミチクル)。

イラストと手書きの文字とでまとめた『そばの1年』(森の出版社ミチクル)。

『Farmer’s Meeting』で
憧れのアリス・ウォータースと話して
小豆島の農家が考えたこと

土に触れて作業する時間が減ってしまったモヤモヤ

暑さが落ち着きようやく秋が始まったかと思いきや、
11月だというのに朝から20度を超えるような日があったり。
そうかと思えば、突然風が強くなって雨が降って、気温が一気に下がったり。
今年の秋は本当に気温の変化がめまぐるしくて、
半袖になったり長袖になったり、対応するのに必死です(汗)。

とはいえ、季節は少しずつ冬に向かっています。
2023年10月から、本連載『小豆島日記』の更新が月1回となったのですが
(それまでは月に2回更新していました)、1か月単位で振り返ってみると、
季節って確実に巡っているんだなというのがよくわかります。
11月は気温の変化に振り回されながらも、
秋が深まっていくのを日々感じながら過ごしています。

10月、畑のまわりの山々が色づき始める頃、サツマイモの収穫が毎年始まります。

10月、畑のまわりの山々が色づき始める頃、サツマイモの収穫が毎年始まります。

10月から11月にかけては、生姜やサツマイモなど一気に収穫しなければならず、朝から日が暮れるまで大忙し。

10月から11月にかけては、生姜やサツマイモなど一気に収穫しなければならず、朝から日が暮れるまで大忙し。

さて今回は、自分たちの農業のスタイルについて書こうと思います。

2013年にわたしたち夫婦で始めた〈HOMEMAKERS〉という農園は、
今年で11年目になるのですが、仲間も増え、畑も広くなり、
それに合わせて少しずつ働き方や売り方などを改善しながらやってきました。

いつしか、自分たちが農業をしていることが当たり前になり、日々楽しみつつも、
最近は業務としての効率化や、経営について考えることが多くなりました。
気候、農業資材の価格、自分たちやスタッフの年齢など
日々いろいろな状況が変わっていき、考えることがいっぱい。
収穫した野菜を見て美しいなぁと思っても、
写真を撮る余裕もなく、さっさと出荷作業を進めてしまったり、
私自身は経理や人事、お客様とのやりとりの時間が増え、
畑で土に触れて作業する時間が極端に減ってしまいました。

間引きしたあやめっ娘大根。出荷作業中は写真をゆっくり撮る時間がないほどバタバタしているけど、本当はもっと野菜の美しさをじっくり感じたい。

間引きしたあやめっ娘大根。出荷作業中は写真をゆっくり撮る時間がないほどバタバタしているけど、本当はもっと野菜の美しさをじっくり感じたい。

農家であることの誇りみたいなものを少し失いかけていて、というか、
私は畑にほとんど出られていないし、農家と名乗っていいのかと思ったり。
こんなにもたくさんの種類の野菜を育てても効率悪いし、大変だし、
減らしたほうがいいのかなぁと考えてしまったり。
結論がでないまま、そんな思考が堂々巡りしていました。

ある年の冬に収穫した野菜たち。これだけ一気にそろうと、うれしくてニヤニヤしてしまう。

ある年の冬に収穫した野菜たち。これだけ一気にそろうと、うれしくてニヤニヤしてしまう。

そのときに採れる旬の野菜を組み合わせて、野菜セットとしてお届けしています。種をまき、野菜を育て、収穫して、選別して、詰め込む。大変な時間と手間がかかります。

そのときに採れる旬の野菜を組み合わせて、野菜セットとしてお届けしています。種をまき、野菜を育て、収穫して、選別して、詰め込む。大変な時間と手間がかかります。

MAYA MAXXの絵本原画展が
北海道を巡回。
大好きな動物たちを描き続けて

1番好きな生き物は、ラッコとパンダ

2020年夏に東京から、北海道岩見沢市の山あいにある美流渡(みると)地区に移住した
画家・MAYA MAXXさんは、絵画制作とともに絵本も描き続けている。
昨年から今年にかけて絵本の原画展が北海道各地を巡回。
現在、札幌のギャラリー〈HUG〉(北海道教育大学 アーツ&スポーツ文化複合施設)で
原画展が開催されていることから、今回はMAYAさんの絵本について紹介したい。

10月30日まで東川町のモンベルギャラリーで開催された『ぱんだちゃんとおらんちゃんがやってくる!』展。

10月30日まで東川町のモンベルギャラリーで開催された『ぱんだちゃんとおらんちゃんがやってくる!』展。

9月30日まで新十津川町図書館で開催された『タオルの帽子』絵本原画展。故郷、今治がタオルの名産地であることから、タオルが人生の節目節目に寄り添う存在であることを表現した(原案・伊藤幸恵)。

9月30日まで新十津川町図書館で開催された『タオルの帽子』絵本原画展。故郷、今治がタオルの名産地であることから、タオルが人生の節目節目に寄り添う存在であることを表現した(原案・伊藤幸恵)。

札幌のギャラリーHUGで開催されているMAYA MAXX絵本原画展(11月12日まで)。

札幌のギャラリーHUGで開催されているMAYA MAXX絵本原画展(11月12日まで)。

最初に刊行された絵本は『ORPHAN』(1997年)。
タイトルは「みなしご」という意味で、たったひとりになった「僕」が
世界に向かって叫びを上げるという内容。
個展のときに、大きな原画を本のように束ねて展示した作品で、
会場を訪れた編集者から絵本として刊行したいというオファーがあって
かたちになったそうだ。

『ORPHAN』(小学館)。

『ORPHAN』(小学館)。

子どもに向けた絵本をつくるという意識で初めて取り組んだのは『しろねこしろちゃん』。
お話は、50年以上前に月刊『母の友』に掲載された森佐智子さんによるもの。
福音館書店の編集者から、この物語の絵を描いてほしいという依頼があったそう。

「福音館書店といえば絵本出版社の金字塔ともいえる存在。
子どもの頃、お母ちゃんがたくさん福音館の絵本を買ってくれたこともあって、
出版が本当にうれしかったです」

黒ネコのお母さんが産んだのは、3匹の黒ネコと1匹の白ネコ。どうして自分だけ毛の色が違うんだろうと悲しい気持ちになっていたシロちゃんの元に、お父さん猫が帰ってきて……。勢いのある黒い線で描かれた作品。

黒ネコのお母さんが産んだのは、3匹の黒ネコと1匹の白ネコ。どうして自分だけ毛の色が違うんだろうと悲しい気持ちになっていたシロちゃんの元に、お父さん猫が帰ってきて……。勢いのある黒い線で描かれた作品。

この出版をきっかけに、福音館書店を中心に多数の絵本が刊行された。
そのなかでも多くの人に親しまれているのが『らっこちゃん』と『ぱんだちゃん』だろう。
この2冊は、MAYAさんが陸上と水上でもっとも好きな動物を描いたもので、
月刊絵本「こどものとも0.1.2.」シリーズより刊行され、のちに単行本になった。

0〜2歳向けのシリーズとして刊行された『らっこちゃん』と『ぱんだちゃん』(いずれも福音館書店)。

0〜2歳向けのシリーズとして刊行された『らっこちゃん』と『ぱんだちゃん』(いずれも福音館書店)。

「好きなものほど、本物をあまり見たくないという習性があります。
初めて本物を見たという1回しかない出合いの衝撃と喜びを大事にしたいから」

ラッコは長らく本物を見ないようにしてきた動物だったが、
あるときコニーアイランドの水族館で思いがけず遭遇。
「いま、見てしまう? どうする?」と葛藤したが、あまりのかわいさに耐えられずに
結局2時間くらいそこに立ち尽くしたそう。

「ラッコは何も気にしていない。ただ生きている、ただ生きていることを楽しんでいる」

そのとき湧き上がってきた、歌いたくなるような踊りたくなるような感覚から、
絵本が描かれたという。

『らっこちゃん』の最後のページ。

『らっこちゃん』の最後のページ。

『ぱんだちゃん』の絵本にも、この「ただ生きている」という感覚は共通している。

「パンダは、ほかの動物が食べない、栄養価が低くて消化も悪そうな竹をあえて食べている。
あれだけの大きな体を維持していくために、起きている間じゅう食べている。
食べることしかないように思います」

パンダの背景一面に葉を描き、竹をたくさん食べるということを表したページがある。
しかし、その無数の葉を見て子どもたちは
「葉っぱがパンダに刺さりそう、たいへん!」と捉えたそうだ。

無数の竹を食べるぱんだちゃんの原画。

無数の竹を食べるぱんだちゃんの原画。

「自分ではそんなつもりはなかったんだけど、
なるほどそういうふうに見えるのかと思いました。
自分の考えなんて本当に浅いなと思いましたね」

まちなかの巨大ホールで展示!?
空間が埋まるのか、不安いっぱいの
『みる・とーぶがやってきた!』展

山あいの過疎地でやっていたイベントがまちなかに!?

私が代表を務める地域PR団体が主催して、北海道岩見沢市にある
旧美流渡(みると)中学校で毎年開催している『みる・とーぶ展』。
今年は年2回開催し、秋の展示が10月1日に終わったばかりだったが、
なんと、その次の週末には、まちなかに出張して展示を行うこととなっていた。

秋の『みる・とーぶ展』。地域の作家による手仕事の作品を販売したショップコーナー。

秋の『みる・とーぶ展』。地域の作家による手仕事の作品を販売したショップコーナー。

出張展示は、岩見沢市の「開庁140年・市制施行80周年記念事業」の
一環となっていて、10月の第2週の週末を中心に、私たち以外にも、
まちのあちこちで多彩なイベントが開かれていた。

この話が具体的になってきたのは今年の春のこと。
場所は岩見沢駅近くの広場にある〈イベントホール赤れんが〉。
市の担当者と協議するなかで、この「赤れんが」が開催場所の候補となったとき、
一瞬私はのけぞった。

イベントホール赤れんが。

イベントホール赤れんが。

〈赤れんが〉は人工芝を敷き詰めた屋内運動場のような場所で、とにかく広い。
普段ライブやスポーツイベントなどをやっていて、
『みる・とーぶ展』の展示作品を並べるだけではとても埋まらないし、
作品の世界観を伝えるようなムードもつくりにくい。
いつもは自然に囲まれた山あいの校舎でイベントを開催している私たちにとって、
まったく違うシチュエーション。
「いったい、どうしたらいいのか」と不安がいっぱいになった。

シャボン玉をみんなで描いて、それをつるそう!

そんなとき、旧美流渡中学校の企画をともに考えてくれている、
美流渡に移住した画家・MAYA MAXXさんが、こんな提案をしてくれた。

「『シャボン玉を描こうワークショップ』の作品をたくさん飾ってみたら?」

旧美流渡中学校で開催されたワークショップの様子。

旧美流渡中学校で開催されたワークショップの様子。

MAYAさんは絵画制作とともに、十数年間、
子どもたちと絵を描くワークショップを続けてきた。
主に行ってきたのは、横幅3メートルの白い防炎シートに手と足で絵具を塗り、
その上に絵を描く「大きな絵を描こうワークショップ」と、
鏡で自分の顔をよく観察しながら目、鼻、口と順番に描いていく
「自画像を描くワークショップ」。

大きな絵を描こうワークショップ。白い防炎シートの上にまずは手と足で色を塗っていく。

大きな絵を描こうワークショップ。白い防炎シートの上にまずは手と足で色を塗っていく。

上から筆で描いていく。

上から筆で描いていく。

昨年からは、シャボン玉を実際に観察して、
それを透明シートに描いていくというワークショップも始めた。

「シャボン玉は透明に見えるけれど実は虹色。
このワークショップは子どもたちが初めて描く抽象画だよ」

「シャボン玉って何色? よーく見て」とMAYAさんは子どもたちに声をかける。

「シャボン玉って何色? よーく見て」とMAYAさんは子どもたちに声をかける。

ただの丸を描くのとは違う、子どもたちなりの実感がこもったシャボン玉の丸。
そのどれもが違っていて、とてもきれい。
そうか、赤れんがは天井が高いから、そこからこれを吊るしたら楽しそう!!
空間全体をインスタレーションととらえて取り組めばいいんだと考えられるようになった。

色とりどりのシャボン玉が描かれていく。

色とりどりのシャボン玉が描かれていく。

また、もうひとつ、いつも旧美流渡中学校の体育館で展覧会期間中に開催している
「ミルトぼうけん遊び場」のことを、まちなかの人にも知ってほしいと思った。
この遊び場を運営してくれている林睦子さんと相談し、トランポリンやすべり台、
楽器やおままごと、木工遊びセットなどを持っていくことにした。

体育館を開放して行われる「ミルトぼうけん遊び場」。

体育館を開放して行われる「ミルトぼうけん遊び場」。

小豆島に移住して11年、
種をまき続ける

11年目の、秋の小豆島

10月に入り、小豆島はぐっと温度が下がりました。
あんなに蒸し暑かった9月が嘘のよう……。
残暑は消え去り、突然やってきた秋。
ちょっと戸惑いつつも、この季節がやってくるのを切望しておりましたので、心底うれしい。

少し冷たい気持ちのいい風。
晴れ渡る空の下の山と海。
紫色に熟し始めたオリーブの実を収穫する人々。

秋の小豆島は本当に最高なんです!

秋の澄んだ空と小豆島の山々と瀬戸内海。

秋の澄んだ空と小豆島の山々と瀬戸内海。

夏の間、緑色だったオリーブの実は、10月頃から赤紫色に熟していきます。

夏の間、緑色だったオリーブの実は、10月頃から赤紫色に熟していきます。

10月は島のあちこちでオリーブの収穫風景をみることができます。

10月は島のあちこちでオリーブの収穫風景をみることができます。

私たち家族が小豆島に引っ越してきたのも、そんな秋の日でした。
今年の10月で小豆島在住歴11年となります。

小豆島に移住し、1年半後にオープンした〈HOMEMAKERSカフェ〉はもうすぐ10周年になります。

小豆島に移住し、1年半後にオープンした〈HOMEMAKERSカフェ〉はもうすぐ10周年になります。

小豆島に暮らし始めて、農業を始めて、カフェをオープンして、
最初の頃は、野菜の種まきから収穫、発送業務、カフェの仕込み、営業など
すべて夫婦ふたりでやっていたのですが、少しずつやることが増えてきて、
手伝いにきてくれる友人がひとりふたりと増えて、
今はだいぶ仕事を分担するようになりました。

最近のわたしは、販売や発送に関わる事務作業、野菜の出荷作業、
カフェ営業などが主な役割で、畑に出て作業する時間がだいぶ少なくなりました。
野菜の出荷作業はしているので、野菜にはいつも触れているのですが、
種をまいたり、苗を植えたり、土を触ったり、そういう作業からは離れていました。

この秋、ちょっと人手不足だったこともあり、私も畑仕事を手伝います! と
初心者の気持ちで久しぶりに畑に出ることに! 
秋は、冬から春先に収穫する野菜の準備で大忙しなんです。
冬に収穫する大根や白菜だけでなく、春先に収穫する新玉ねぎなどの種まき、苗植えも
年内に終わらせてしまわないと間に合わなくなります。
猫の手も借りたい忙しさなら、畑仕事に慣れてない私でも少しくらいは力になれるかと。

この日はにんじんの種まき。まだ残暑が残る9月下旬。

この日はにんじんの種まき。まだ残暑が残る9月下旬。

無事に発芽した、にんじんの芽。ほっ。

無事に発芽した、にんじんの芽。ほっ。

静岡県掛川市の山間にある
ごはん屋さん&陶芸工房〈したたむ〉。
屋号とコンセプトの決め方は?

移住者のつくる小さなお店 したたむ vol.5

静岡県掛川市の山間での暮らしを始めて4年目、
料理人の夫と陶芸家の妻による、ごはん屋さんと陶芸工房〈したたむ〉。

完全予約制のランチ営業のみで、Instagramで1か月分の予約を開始すると
すぐに埋まってしまい、キャンセル待ちができるほどの人気店です。
車でしか行けない山奥にあり、決して利便性の良い立地ではないものの、
ここまでの人気店に成長したのはなぜなのか、本連載を通してひも解いていきます。

器を妻が、料理を夫が担当。

器を妻が、料理を夫が担当。

前回まで、飲食店を開こうと考えたきっかけや、お店を出すための土地探し
資金調達セルフリノベについて振り返りました。

今回は、陶芸家の妻・吉永哲子(よしなが のりこ)さんに、
お店の屋号やコンセプトについて教えてもらいます。

陶芸家の妻・哲子さんと、料理人の夫・夏樹さん。

陶芸家の妻・哲子さんと、料理人の夫・夏樹さん。

屋号やコンセプト、どうやって決める?

ふたりで一緒にお店を、と考え始めた頃は、
「私のつくる器でごはんを出す店」くらいの漠然としたイメージしかありませんでした。
今回はその漠然としたところから、どのように
今の〈したたむ〉のかたちになったかを振り返りたいと思います。

まず、お店を始めようと考える方は、もれなく「屋号」に悩まれると思います。
〈したたむ〉という店名は、まだ移住先も決まっていない東京時代、
割と突然に思いついたものです。

日本語で、一見意味がわからない、でも由来がある言葉。
語感がよくて、覚えやすい言葉。
無意識に探していたのかもしれません。
うろ覚えだった古語の意味をその場ですぐにスマホ検索したのを覚えています。

日本の古い言葉で「整える」「食事をする」という意味を持つ「したたむ」は、
私たちのお店にぴったりの屋号となりました。

〈したたむ〉のショップカードのロゴは、友人の大場綾さんに絵を描いてもらい、私が文字を書きました。

〈したたむ〉のショップカードのロゴは、友人の大場綾さんに絵を描いてもらい、私が文字を書きました。

描いてもらったのは、器を作る手と、食事をお出しする手。陶芸工房とごはん屋さんが一体になっていることが、絵で表現されています。

描いてもらったのは、器を作る手と、食事をお出しする手。陶芸工房とごはん屋さんが一体になっていることが、絵で表現されています。

キャンピングカーは“住まい”となるか?
太陽光発電、リフォーム、収納。
工夫に満ちた暮らしを追う

美流渡の展覧会にケビンとキャサリンがやってきた!!

北海道岩見沢市で開催した、地域のつくり手の作品を発表する『みる・とーぶ展』と
美流渡(みると)在住の画家・MAYA MAXXさんによる
『みんなとMAYA MAXX展』が、10月1日に幕を閉じた。
舞台となったのは4年前に閉校した旧美流渡中学校。
私が代表を務める地域PR団体が毎年企画していて、今回で6回目。
この秋の開催は、12日間で参加メンバーは20組以上となった。
人口わずか300人ほどの美流渡地区に道内外から多数の来場者が訪れた。

会場となった旧美流渡中学校の入り口にはMAYA MAXXさんによる赤いクマのAmiちゃんが置かれている。展覧会前にケビンさんとキャサリンさんがキレイに洗ってくれた。

会場となった旧美流渡中学校の入り口にはMAYA MAXXさんによる赤いクマのAmiちゃんが置かれている。展覧会前にケビンさんとキャサリンさんがキレイに洗ってくれた。

展示だけでなくワークショップやライブなどがにぎやかに行われるなかで、
新しい試みとなったトークイベントについて、今回は紹介してみたい。
企画をしてくれたのは、キャンピングカーでソフトクリームを販売しながら
日本各地をめぐっているケビンさん(本名は中谷兼敏さん)。
これまで3つの小屋をつくってきた経験をもとに
「タイニーハウスと太陽光発電 ケビンの体験トーク」を、会期中の9月23日に開催した。

ケビンさんの体験トーク。YouTubeの「おっ!チャンネル」にたびたび登場しており、チャンネル視聴者もトークに駆けつけた。

ケビンさんの体験トーク。YouTubeの「おっ!チャンネル」にたびたび登場しており、チャンネル視聴者もトークに駆けつけた。

このトークの内容を紹介する前に、ケビンさんとの出会いについて紹介しておきたい。
2019年に美流渡とその周辺を紹介するツアーが行われ、
そこにケビンさんが参加してくれたことで、私は知り合った。
ケビンさんは新婚旅行中。妻のキャサリンさん(本名は中谷清美さん)と
キャンピングカーで北海道をめぐっていて、
いつかソフトクリームを販売したいと話していた。

その2年後に再会。ふたりはこのとき〈カフェ・アルコバレーノ〉という名で
ソフトクリームの移動販売を始めていて、美流渡でも営業をしてくれた。
北海道にいるのは夏の間だけ。現在は、寒くなると三重で営業し、
その後、宮崎で数か月を過ごし、また北海道にやってくるという暮らしを続けている。

旧美流渡中学校でみる・とーぶ展を開催するようになって、毎年、カフェを開いてくれるようになった。

旧美流渡中学校でみる・とーぶ展を開催するようになって、毎年、カフェを開いてくれるようになった。

原寸大の馬の置物をつくってみたい!
旧美流渡中学校で
『ミチクルのアニマル展2』を開いて

毎年工夫を重ねて、教室での個展に挑戦!

2019年に閉校した北海道岩見沢市の旧美流渡中学校で、
私が代表を務める地域PR団体が毎年開催している『みる・とーぶ』展が、
9月16日から始まった。
美流渡とその周辺地区には、工芸家やアーティストなどが多く移住していて、
それらの作品を展示するのがこの展覧会だ。

スタート時は、ショップコーナーで手仕事の作品を販売することが主だったが、
年を追うごとにひとり、またひとりと教室一室を使って個展を開催するようになっている。

秋のみる・とーぶ展、1階のショップの様子。陶芸作品や布こもの、家具、ハーブティーなどが並ぶ。

秋のみる・とーぶ展、1階のショップの様子。陶芸作品や布こもの、家具、ハーブティーなどが並ぶ。

私自身も、美流渡で行っている出版活動「森の出版社 ミチクル」として、
制作した本の販売などを行いつつ、
今年の春に行われた『みる・とーぶ展』では個展を開催した。
個展のタイトルは『ミチクルのアニマル展』
着られなくなった毛皮のコートを素材に制作したのは動物マスク。
この展示では、来場者がマスクをかぶって、さまざまな写真を撮ってくれた。
マスク自体はリアルでやや怖い印象があったが、
みんなが楽しんでくれている様子が伝わってきてうれしかった。

春のみる・とーぶ展で開催した『ミチクルのアニマル展』。観客が実際に被れるマスクタイプのほか、オブジェも制作。

春のみる・とーぶ展で開催した『ミチクルのアニマル展』。観客が実際に被れるマスクタイプのほか、オブジェも制作。

このときすでに、次回の『みる・とーぶ展』が秋に開催されることが決まっていたので、
さらなる新作をつくって発表したいと考えていた。

春から数えて発表まで約4か月。
場所は、春に展示した2階の教室から移動して、3階にある元理科準備室で行おうと考えた。
理科準備室には中央に黒い大きな机があって、ここから動物たちの首が
いくつも生えていたらどうだろうというイメージが浮かんでいた。
それを美流渡在住の画家で、旧美流渡中学校の展覧会にも参加してくれている
MAYA MAXXさんに話したところ、

「それはちょっと怖すぎるんじゃない? 
毛皮を使うことがいいのか、もう一度考えてみたらどうかな?」

と提案してくれた。
MAYAさんによると、毛皮を使ってしまうと細部のつくり込みが
しっかりとできないことと、動物の毛であるということに
人が無意識に怖さや暗さを感じてしまうのではないかということらしい。
私は何かをつくると、無自覚に不気味な感じが漂ってしまうことがあるので、
本当に毛皮を素材にしたほうがいいのか、もう一度考えて見ることは大切だと思った。

春につくったニホンザル。「ちょっと怖い」と言ってあとずさりする人もいた。

春につくったニホンザル。「ちょっと怖い」と言ってあとずさりする人もいた。

小豆島のそうめん工場を
改装したフィットネスジム
〈STEP sports community〉

体が重い。そうだ、運動しよう!

9月末というのに、まったく涼しくならず、
ぶぅぶぅ文句を言いながらなんとか日々を過ごしております。
そんな残暑厳しい今年の9月、わたくしまたひとつ歳を重ね、44歳となりました。

小豆島に引っ越してきたのは、33歳のとき。
あれから10年以上たち、当時の写真をたまたま見たりすると
「わたし若いなぁ……」と、年月を感じずにはいられない。
今年の春から娘が島の外に通学するようになり毎朝5時半起きの弁当づくり、
そして港への送迎。それに加えていつまでも続く蒸し暑さ。
最近は疲れてるな〜と感じたり、なんか体が重いな〜と感じたりすることが少し増えたような。

とにかく健やかな体で、動きまわっていたい!
そのためには体のメンテナンスが必須だなと。

行動を起こさないと何も変わらないぞ。
思い立って、小豆島の友人が運営する〈STEP sports community〉という
フィットネスジムに行ってみることにしました。

もともとはそうめん工場だった建物を改修してフィットネスジムに。

もともとはそうめん工場だった建物を改修してフィットネスジムに。

段々になっているブロックが、一歩一歩登っていくステップをイメージさせてくれて、さぁがんばるぞって気持ちにさせてくれる。

段々になっているブロックが、一歩一歩登っていくステップをイメージさせてくれて、さぁがんばるぞって気持ちにさせてくれる。

〈STEP sports community〉は、小豆島出身の坂本真一くんが
2022年10月にオープンした施設です。
坂本くんは、大学の体育学部で学び、2014年に小豆島に帰ってきてからは、
幼稚園・保育所で体操教室を開催したり、大人向けの運動指導を行ったりしてきました。

STEP sports community 代表 の坂本真一くん。

STEP sports community 代表 の坂本真一くん。

その指導を通じて、島のいろいろな人たちと出会うなかで「運動すること」に関して
多くの人が何かしらの不安を抱えていると感じたそう。
「運動したほうがいいことはわかっているけれど、何をしたらいいかわからない」
「テレビなどを見てやってはみたけれど、これでいいのかわからない」
など。

まさに私もそのひとりです(汗)。
まだまだこの先、元気に働き続けたい。それなりに力仕事もしたい。
歳とともに筋肉が減っていかないようにしたいけれど、何をしたらいいかわからない。

そういう人たちが、不安なく運動に取り組める場所として
〈STEP sports community〉が開かれました。
「活力ある小豆島であるために 健康づくりの面から貢献する」をモットーとして掲げています。

「体が資本」とよく言いますが、本当にその通りで、
体が元気じゃないと、この過酷な気候のなかで農作業なんてできないですからね。

広々としてきれいな室内。床が木材で気持ちがいい。

広々としてきれいな室内。床が木材で気持ちがいい。

フィットネスジムを開業するにあたり、数種類の器具を設置し、運動できる場所として、
大きな倉庫や工場などをいろいろと探したという坂本くん。
そんなときに出会ったのが、しばらく使われていなかった木造のそうめん工場。
島の真ん中あたりに位置する池田地区にあり、
多くの島民にとってアクセスしやすいこの場所に決めたそう。

かつては小豆島のあちこちにそうめん工場がありました。今は廃業してしまって使われていないところも多く、この場所もそのひとつ。(撮影:坊野 美絵)

かつては小豆島のあちこちにそうめん工場がありました。今は廃業してしまって使われていないところも多く、この場所もそのひとつ。(撮影:坊野 美絵)

床の塗装をする坂本くん。(撮影:坊野 美絵)

床の塗装をする坂本くん。(撮影:坊野 美絵)

築200年の古民家をセルフリノベで
ごはん屋さん&陶芸工房に。
DIYでできたこと、できなかったこと

移住者のつくる小さなお店 したたむ vol.4

静岡県掛川市の山間での暮らしを始めて4年目、
料理人の夫と陶芸家の妻による、ごはん屋さんと陶芸工房〈したたむ〉。

完全予約制のランチ営業のみで、Instagramで1か月分の予約を開始すると
すぐに埋まってしまい、キャンセル待ちができるほどの人気店です。
車でしか行けない山奥にあり、決して利便性の良い立地ではないものの、
ここまでの人気店に成長したのはなぜなのか、本連載を通してひも解いていきます。

前回まで、飲食店を開こうと考えたきっかけや、お店を出すための土地探し
資金調達、リノベーション計画について書いてくれました。

今回は、料理人の夫・奥田夏樹(おくだ なつき)さんが、
漆喰塗りや無垢材張りなどのセルフリノベーションの内容について振り返ります。

陶芸家の妻・哲子さんと、料理人の夫・夏樹さん。

陶芸家の妻・哲子さんと、料理人の夫・夏樹さん。

室内壁の漆喰塗り

セルフリノベーションでも人気の作業といえば、漆喰塗りではないでしょうか。
「漆喰をコテで塗っていく作業はなんか楽しそう」。これである。
実際の感想は、「"塗りやすい場所は"楽しかった」である。
振り返ってみましょう。

漆喰塗りの計画は、まず奥のプライベート空間の二間で練習して
お店側の二間が本番、というプランでした。

まずは漆喰選び。いろいろ調べた結果、
〈日本プラスター〉から出ている「漆喰うま〜くヌレール」は
自分で材料を混ぜ合わせる必要がなく、開けたらすぐに塗り始められるというお手軽さ。

漆喰を自分で混ぜてつくるよりも若干割高ですが、扱いに慣れていない素人だと
ムラになってしまうかもしれません。そして何より使いやすさを重視し、
「漆喰うま〜くヌレール」を選択しました。

作業の過程は以下。

・養生

・必要な道具を作成

・面を平らにする

・シーラー塗り(アク止め)

・塗る

・ムラがある場所を重ね塗りする

養生はとっても大事!

養生はとっても大事!

養生は、漆喰を塗りたい場所のまわりを汚さないよう、マスキングテープで覆っていく作業です。
そして塗るのに必要な道具は、コテ板とコテ。
これらはホームセンターにさまざまなものが売られているので買ってもよかったのですが、
地味にお金がかかるし、構造をみると、仕組みは簡単でつくれそうだったので、
100円ショップで下敷きを買い、家にあった木端でコテ板とコテをつくりました。
要はきれいに漆喰が塗れればいいわけで、実際のところ自作のもので十分でした。

自作のコテ板とコテ。

自作のコテ板とコテ。

塗る対象面は、石膏ボードのつなぎ目や木ネジの頭などで意外と凸凹しています。
そこで、メッシュ状のテープを貼ってなるべく面を平らにしていきました。
こうしておくと仕上がりにムラがなくなります。

シーラー塗りとは、漆喰の下地処理で必ず行う工程。
下地の種類によってはアクが出てきたり、ひび割れたり剥がれやすくなってしまうため、
それを防ぐためにシーラーを塗ります。

シーラーが乾いたら下準備終了となり、いよいよ本番、「漆喰塗り」。
奥のプライベート空間の二間で練習したかいがあり、
結構コツをつかんだ状態でお店側へと移っていったので
割とスムーズに作業は進みました。

大変だったのは、角。山でも谷でも。
場所によっては三面が交わる角などがありましたが、仕上げるのがとても難しかったです。
おそらくこういうところでプロとの差が出るのだなと実感しました。

キッチンやトイレのペンキ塗装

時間と予算があればすべて漆喰で仕上げたかったところですが、
外壁も漆喰で仕上げることにしたので、予算を考えて、お客様が入らないキッチンや
トイレのなかは漆喰でなくペンキを塗って仕上げることにしました。

具体的な作業内容は以下。

・壁の掃除

・養生

・シーラーを塗る

・乾いたらペンキを塗る

無垢の杉材で床張り

床張りでは金子さんにふたつの提案をいただきました。
ひとつめは使用する木材を、浜松市・天竜地区の無垢の杉材にすること。

品質の確かな「しずおか優良木材等」を使った木造住宅を取得または
リフォームする人を対象に助成する「住んでよし しずおか木の家推進事業」というものを
見つけてきてもらったため、助成金をもらうために、対象となる浜松市の
天竜地区産の無垢材の天竜杉を使うことが決まりました。

もうひとつは床張りの一部をワークショップ形式にして
残った部分を私たちでやるのはどうかというものでした。
金子さんは静岡理工科大学の建築学科で講師もされているのですが、
そこの生徒さんたちと一緒にワークショップ形式で床張りをやりましょうと。

ワークショップ形式にしたためたくさんの人手が集まった。

ワークショップ形式にしたためたくさんの人手が集まった。

ワークショップでは、大工の天野さんに来てもらい、機材の使い方、計測の仕方、
床板の張り方など工程ごとにポイントやコツを教えてもらいながらみんなで張っていきます。

問題だったのは、古民家ゆえに直角や直線がなく、“約90度”だったり、
直線に見えてゆるやかに曲がったりしていることでした。
なので、基準となる直角のL字を床に描くところから始まりました。

また壁を抜いた南側二部屋には印象的な柱が6本あるのですが、それらは
手斧(ちょうな)で仕上げた化粧柱や、人力で削り出した、太さやかたちがすべて違う柱。
それら柱と床板の取り合いの部分は、お店の顔といってもいいくらい目立つ場所なので
そこが素人仕事の感じが出てしまうのはカッコ悪い……ということで匠の技を発動。
南側の端の数枚は大工さんにお願いして、柱のラインを超えたところからみんなで張り始めました。

ポイントを教えてもらいながらの作業。

ポイントを教えてもらいながらの作業。

ワークショップに集まってくれた建築学科の学生さんたちも
おそらくこの先プロになったとしても、あまり出合うことがないであろう
築200年以上経つ建物での作業に、学びやおもしろさを見出しながら
作業してくれていたと思います。

参加された学生のみなさんの経験になり、私たちも勉強になり
さらにリノベーションの作業も進むという、何とすばらしい企画でしょう。
お礼といってはなんですが、初々しいキッチンで、ささやかながらカレーライスをつくり、
縁側や外に座ってみんなで食べたのはいい思い出です。

ランチにカレーライスをふるまいました。

ランチにカレーライスをふるまいました。

外壁の漆喰塗り

外壁は茶色と小豆色の間のような色のガルバリウムで、
見慣れるとまぁこれでもいいかなと思いつつも、
来店されるお客様の視線で考えたときに、最初に目に入るお店の顔になる部分。
ここは手を抜いてはいけないと、当初から予定していた通り外壁も漆喰で塗ることに。

通常であれば、ガルバリウムを剥がして下地になる壁をつくり、
その上に漆喰を塗るのですが、剥がしたガルバリウムがゴミとなり、
それらの処分費がまたかかることが問題でした。

そこで金子さんたちに相談し、ガルバリウムの上に石膏ボードを貼りつけてしまい、
さらにその上に漆喰を塗っていくという案を出してもらいました。

この手法の懸念点は、壁がかなり重くなるということだったものの、
大工の天野さんの経験上、大丈夫だろうということでこの方法が採用されました。

具体的な作業内容は、以下。

・石膏ボードの切り出し、貼りつけ

・壁の掃除

・養生

・面を平らにする

・漆喰塗り

室内の漆喰塗りで自信をつけていた私たちは、室内のときに使った道具もあるので
慣れた手つきで割といい感じにできたと思っています。
難しかったのは、室内のときと同じく角の仕上げ方でした。

漆喰が塗り終わった外壁。

漆喰が塗り終わった外壁。

たくさんの人に助けられて

さて、前回から長々と振り返ってみると、いろいろなことをやってきたのだなと
自分を褒めてあげたいと思いますが、本当に「セルフリノベーション」といっていいのか
というほど、実はたくさんの人に助けられながらやってきたことがよくわかります。
協力してくださったみなさま、本当にありがとうございました!

細かい作業を入れると、ここに挙げた作業の倍以上の工程があり、
ワークショップもこのあと別の内容でさらに2回開催しているのですが、機会があればまた。

information

したたむ

営業時間:12:00〜14:30

定休日:水〜金曜

Web:したたむ

みんなが心を寄せられる塔を立てたい。
旧美流渡中学校に
MAYA MAXXの鳥の塔

真っ白い雪に覆われたグラウンドを見たことから始まった

「いつか実現するといいねー」

北海道岩見沢市の山間地、美流渡(みると)在住の画家・
MAYA MAXXさんは、自身のアトリエの向かいに面した
旧美流渡中学校(2019年に閉校)のグラウンドを眺めながら
何度かそう語ったことがある。
実現を夢見ていたのは、大きな塔のようなもの。

2020年の夏に東京から美流渡へと移住し、
季節は巡って冬となり構想が浮かんだ。
グラウンドは一面真っ白。誰も足を踏み入れていないフカフカの雪の上に、
立ち上がったクマの立体物をつくってみたいとMAYAさんは語った。

クマの全身像をグラウンドの中央に設置したいとMAYAさんが描いた初期スケッチ。

クマの全身像をグラウンドの中央に設置したいとMAYAさんが描いた初期スケッチ。

学校には国旗掲揚台のポールが立っていた。

「これと同じくらいの高さで、クマの立体がつくれたらいいよねー。
地元の農家さんや建設会社さんの力を結集して建てられたら、
そこに気持ちが集まると思う」

最初は、この掲揚台を利用して、張り子のように
クマをかたちづくっていく方法が検討された。
ただ、掲揚台のポールは細く風でカタカタと揺れていて、
立体物の荷重に耐えられないように思えた。

国旗掲揚台。ちょうど10メートルくらいの高さ。

国旗掲揚台。ちょうど10メートルくらいの高さ。

そこから2年が経ったが、構想は進んでいなかった。
そんななかでMAYAさんは「できるところからやってみてはどうか」と考え、
可能な限り大きなクマの顔だけをつくってみることを計画した。
180センチ×90センチ、厚さ10センチの「スタイロフォーム」
(正式名称は押出発泡ポリスチレン、住宅の断熱材として使用されている)を
横に2列、上に18枚重ねて立方体をつくり、それを丸く削っていった。
こうして「ビッグベアプロジェクト」がスタートし、
MAYAさんと仲間が半年かけてクマを完成させた。

校舎の庇に設置。みんなを出迎える学校のシンボルとなった。

校舎の庇に設置。みんなを出迎える学校のシンボルとなった。

暑い日に食べる!夏が旬の
「モロヘイヤとオクラのネバネバ丼」

暑さが続くなか、元気な野菜がいた!

9月に入り、小豆島は一番暑いときと比べると、
ほんの少しだけ暑さが和らぎましたが、それでもまだまだ暑すぎる。
いったいこの暑さはいつまで続くんだろうか、暑い……ぼやきが止まらない。
秋が心底恋しい毎日です。

サツマイモ畑の灌水作業。最近は外で作業するとき、ファンで風を送ってくれる空調服が必需品。

サツマイモ畑の灌水作業。最近は外で作業するとき、ファンで風を送ってくれる空調服が必需品。

夏空をバックに、元気に花を咲かせる赤オクラ。

夏空をバックに、元気に花を咲かせる赤オクラ。

これだけ暑さがずっと続くと、人間だけでなく、野菜たちもへばってきます。
実をつける前に花が落ちてしまったり、抵抗する力がなく病気になって枯れてしまったり。
「夏野菜」と呼ばれていても、35度以上の日が何日も続き、
おまけに雨もほとんど降らない過酷な夏だと、元気に育つことができないんです。
8月の野菜栽培については、今後いろいろと考えていかないといけないなぁと思っています。

さて、これだけ暑くても元気に育っている野菜があります。
オクラとモロヘイヤです。

7月下旬頃から収穫が始まり9月終わり頃までずっと実をつけ続けてくれるオクラ。

7月下旬頃から収穫が始まり9月終わり頃までずっと実をつけ続けてくれるオクラ。

葉や細い茎の部分を食べられるモロヘイヤ。

葉や細い茎の部分を食べられるモロヘイヤ。

オクラとモロヘイヤは同じアオイ科に属しています。
オクラがアオイ科なのは知っていたのですが、
モロヘイヤも同じ科の野菜だったとはちょっと驚き。
葉っぱのかたちなどだいぶ違うんですけどね。
原産地はどちらもアフリカで(モロヘイヤはインド西部からアフリカと
広い範囲が原産とされています)、高温の環境に強い野菜たちです。

オクラはあっという間に大きくなってしまうので、夏の間はほぼ毎日収穫作業。

オクラはあっという間に大きくなってしまうので、夏の間はほぼ毎日収穫作業。

福岡県古賀市
食の交流拠点〈るるるる〉
中心市街地の回遊をうながす
駅前活性化プロジェクト

タムタムデザイン vol.10

福岡県北九州市で建築設計事務所を営み、
転貸事業や飲食店運営を行う田村晟一朗(たむら せいいちろう)さんによる連載です。

今回はついに最終回。福岡県古賀市にて2023年7月にオープンした
食の交流拠点〈るるるる〉をテーマにお届けします。〈るるるる〉は古賀市が主導する
〈古賀駅西口エリアの活性化プロジェクト〉の一環で誕生しました。
プロジェクトの概要からオープンまでのプロセスを振り返っていきます。

古賀駅西口エリアの活性化プロジェクト

いま、古賀がアツいんです。
古賀市は僕が拠点とする北九州市から車で約45分、玄界灘に面する、
海と山に挟まれた自然も産業も豊かなまちです。

そんな古賀市で進行中の古賀駅西口エリアの活性化プロジェクトは、
市の主導で2020年に立ち上がりました。
JR古賀駅西口エリアは、かつてはまちの中心地として商業が栄えていましたが、
近年は国道沿いのショッピングモールや福岡市都心部への消費の流出、
高齢化などによって、中心市街地の空洞化が進んでいます。

そこで本質的なエリアの活性化を目指し、市民、地元関係者、民間団体のほか
中心市街地活性化等の専門家が市と連携して、将来のビジョンを作成し、
エリア価値の向上に向けてプロジェクトが動き出しました。

そして、プロジェクトのエンジンとして、木藤亮太さん(以後、キトさん)を代表に
まちづくり会社〈株式会社4WD〉が設立されました。メンバーはキトさんのほか、
地元の魅力を発信するメディア〈古賀マガジン〉編集長の松見達也さんと、
地元をはじめ近隣エリアの飲食業界をつなぐ〈ノミヤマ酒販〉の許山浩平さん、
キトさんの会社のディレクターでもある橋口敏一くんという4名です。

株式会社4WDのみなさん(左からキトさん、許山さん、橋口くん、松見さん)。

株式会社4WDのみなさん(左からキトさん、許山さん、橋口くん、松見さん)。

僕がこのプロジェクトに関わったのは、2014年に〈日南市油津商店街〉の活性化事業で
キトさんとご一緒したことがきっかけでした。
それ以降もキトさんと一緒に多数のまちづくりプロジェクトに取り組み、
今回の古賀市でもお声がけをいただいたというわけです。

古賀駅西口エリアの活性化プロジェクト 第1号〈Koga ballroom〉

4WDという名前のとおり、4輪駆動でじっくりと確実に進むこのまちづくり会社。
古賀駅西口エリアの活性化プロジェクトの第1号として元ダンススタジオをリノベし、
多目的シェアスタジオ〈Koga ballroom〉をつくることになり、
僕は設計監修として関わらせていただきました。

その過程で橋口くんが中心となり塗装ワークショップなどを開催して
まちの関係人口を増やしていたのですが、そのワークショップに作業着を着た
元気な男性が参加されてるなぁと思って挨拶したら、なんと古賀市の田辺市長でした(笑)。
市長は僕がお気に入りのノミヤマ酒販さんの角打ちスペースにもふらっと立ち寄られ、
同じ目線でまちについて話せたりもします。

「感じたら動く」保育研究会in厚真町
自分らしく生きることの
大切さを学ぶ場となって

撮影:和田北斗(unique connection)

北海道厚真町で開催された保育研究会の冊子を制作

今回の連載では、自分の本業である編集者として関わった、
とても印象深い仕事について書いてみたい。
その仕事とは、8月5日に北海道厚真町で実施された
保育研究会というイベントで配布した冊子の制作。

このイベントでは厚真町のふたつの認定こども園での環境整備の取り組みの紹介と、
日頃から保育に関わる3名のトークが行われた。
冊子には、これらイベントの登壇者などの寄稿やインタビューを収録した。

保育研究会の会場で配布された冊子『感じたら動く 保育研究会 in 厚真町』。

保育研究会の会場で配布された冊子『感じたら動く 保育研究会 in 厚真町』。

厚真町には折に触れ取材する機会があった。5年前に起きた北海道胆振東部地震を体験した人々の声をまとめた記事も執筆した。(撮影:佐々木育弥)

厚真町には折に触れ取材する機会があった。5年前に起きた北海道胆振東部地震を体験した人々の声をまとめた記事も執筆した。(撮影:佐々木育弥)

この保育研究会のキーパーソンは、おおぞら教育研究所を主宰する木村歩美さん。
木村さんは、公立小学校と幼稚園の教諭や、保育系専門学校講師などを経て独立後、
園庭整備をはじめ保育者の「やってみたい!」という気持ちを盛り立てる活動を続けてきた。
厚真町でも環境整備を行ってきたことから、今回はこのまちで研究会が開かれることとなった。

木村歩美さん。全国でワークショップや研修会を行い、園の環境整備を進めている。(写真提供:片平祐)

木村歩美さん。全国でワークショップや研修会を行い、園の環境整備を進めている。(写真提供:片平祐)

私は、冊子制作のために、厚真町の〈こども園つみき〉、〈宮の森こども園〉を取材した。
そこで目に飛び込んできたのは、子どもたちが自分の背丈くらいの台に、
全身を使って登っていく様子だった。

まず訪ねた〈こども園つみき〉には、各部屋にロフトが設置されていた。
ロフトの高さは子どもの背丈を超えているが階段はなく、
子どもたちは木の柱をするすると登ったり、
足をなんとかロフトの台に引っかけて上がったり。
それぞれ自分なりの登り方を工夫していて
「こうやったら登れるんだよ!」と私にも教えてくれた。

〈こども園つみき〉に設置されたロフト。柱をつたって子どもたちは登る。(撮影:和田北斗(unique connection))

〈こども園つみき〉に設置されたロフト。柱をつたって子どもたちは登る。(撮影:和田北斗(unique connection))

ロフトを上がっていくと吹き抜け天井まで続いている。(撮影:和田北斗(unique connection))

ロフトを上がっていくと吹き抜け天井まで続いている。(撮影:和田北斗(unique connection))

また、園庭には木村さんとのワークショップで保育者たちがつくりあげたという
さまざまな遊具があった。
なかでも大人気なのが「森のラビリンス」。
保育者たちが森で丸太を切り出すところから始め、
木村さんから安全性のアドバイスを受けながら組み上げていったもの。
子どもたちは自分なりの登り方があるようで、鉄棒のように前回りをする子も。
取材の日は、保育者のみなさんも登ってくれて、すてきな写真も撮影できた。

「森のラビリンス」。首の挟み込みや転落などの危険に関する注意点があるので、慎重に木が組み合わされている。また落ちたときに体を受け止めることができるよう土をやわらかくしてある。(撮影:和田北斗(unique connection))

「森のラビリンス」。首の挟み込みや転落などの危険に関する注意点があるので、慎重に木が組み合わされている。また落ちたときに体を受け止めることができるよう土をやわらかくしてある。(撮影:和田北斗(unique connection))

小豆島の真ん中にある
人口260人の小さな農村が守り続ける
「中山の舞台」と暮らし

小さな農村の伝統芸能が存続の危機

小豆島の真ん中に位置する、棚田が美しい集落「中山(なかやま)」。
今、この小さな農村で暮らす人たちが取り組んでいる大きなプロジェクトがあります。

この地で江戸時代から続く伝統芸能『中山農村歌舞伎』を奉納上演するための場
「中山の舞台」の大規模改修工事プロジェクトです。
今回はこの取り組みについてみなさんに知ってもらい、応援してもらいたい! 
という気持ちを込めて書きます。

小豆島の真ん中、山に囲まれた場所にある中山集落。私が暮らす肥土山(ひとやま)集落のお隣にあります。

小豆島の真ん中、山に囲まれた場所にある中山集落。私が暮らす肥土山(ひとやま)集落のお隣にあります。

中山では、毎年7月の半夏生の頃に「虫送り」が行われます。火手(ほて)と呼ばれる松明に火を灯し、田んぼのあぜ道を歩いて、虫を海まで送り、豊作を祈願する農村の行事。

中山では、毎年7月の半夏生の頃に「虫送り」が行われます。火手(ほて)と呼ばれる松明に火を灯し、田んぼのあぜ道を歩いて、虫を海まで送り、豊作を祈願する農村の行事。

まず「中山」という農村について。
中山は人口約260人、約100世帯が暮らす山間にある集落で、
平地はほとんどなく、山の急な斜面に切り開かれた棚田では現在も米が栽培されています。
この風景がとても美しく、『日本の棚田百選』に選ばれているほど。
旅行者の多くも、この景色を見に中山を訪れます。

もうすぐ収穫シーズンを迎える中山の棚田の風景。

もうすぐ収穫シーズンを迎える中山の棚田の風景。

「湯船(ゆぶね)の水」と呼ばれる湧き水が千枚田に流れ込み、お米を栽培できます。

「湯船(ゆぶね)の水」と呼ばれる湧き水が千枚田に流れ込み、お米を栽培できます。

この美しい棚田の風景のなかに「中山の舞台」があり、
そこで毎年10月に中山農村歌舞伎が奉納上演されます。
農村歌舞伎というのは、豊作祈願の奉納と娯楽として
昔から各集落で行われてきた伝統行事です。
そこで暮らす人々が企画し、演じ、楽しむ行事。

昔は小豆島の各集落に舞台があり、農村歌舞伎が行われていたそうですが、
今残っているのは、この中山地区と肥土山地区の2か所だけ。
小さな島の小さな農村で、300年以上続く伝統芸能と
その舞台が守り続けられているんです。

毎年10月に開催される中山の農村歌舞伎。(撮影:坊野美絵)

毎年10月に開催される中山の農村歌舞伎。(撮影:坊野美絵)

本番の舞台裏の様子。暮らす人たちが自分たちの手でつくりあげる歌舞伎だからおもしろい。(撮影:坊野美絵)

本番の舞台裏の様子。暮らす人たちが自分たちの手でつくりあげる歌舞伎だからおもしろい。(撮影:坊野美絵)

実はこの中山の舞台が、今まさに倒壊の危機に瀕していて、
2022年秋より大規模な改修工事プロジェクトが始まっています。

築200年の古民家を
飲食店&陶芸工房にセルフリノベ。
一番つらかった作業は?

移住者のつくる小さなお店 したたむ vol.3

静岡県掛川市の山間での暮らしを始めて4年目、
料理人の夫と陶芸家の妻による、ごはん屋さんと陶芸工房〈したたむ〉。

完全予約制のランチ営業のみで、Instagramで1か月分の予約を開始すると
すぐに埋まってしまい、キャンセル待ちができるほどの人気店です。
車でしか行けない山奥にあり、決して利便性の良い立地ではないものの、
ここまでの人気店に成長したのはなぜなのか、本連載を通してひも解いていきます。

前回まで、飲食店を開こうと考えたきっかけや、お店を出すための土地探し
資金調達について書いてくれました。

今回は、料理人の夫・奥田夏樹(おくだ なつき)さんが、
セルフリノベーションの計画について振り返ります。

陶芸家の妻・哲子さんと、料理人の夫・夏樹さん。

陶芸家の妻・哲子さんと、料理人の夫・夏樹さん。

大まかな時系列を整理

かくして都会住まいの私たちが掛川の山奥で小銭を握りしめ歩き出したわけですが
ここでざっくりと、これまでどんな流れだったのかを書き出してみました。

2016年 2月…仕事の休暇を利用して物件探しを開始

2017年 5月…認定NPO法人ふるさと回帰支援センターへ登録

2018年 8月…建築設計事務所〈E4 inc.〉の金子さんから物件紹介の連絡をもらう

2018年 9月…物件の初内見

2018年 11月…物件契約、大工仕事(土間打ち、躯体に関わる作業の施行)

2019年 7月…引越し、セルフリノベスタート

2020年 6月…したたむ OPEN

物件の契約後から、物件を紹介してくださった〈E4 inc.〉の金子さんと
リフォームについての打ち合わせを重ねていくことになります。
最初に金子さんに言われたのは、こんなことでした。
「家に関係していなくてもいいので、いいなと思うもの、気になるものの画像を
とにかくたくさん集めて、それをすべて見せてほしい」

なるほどな、と思ったのをよく覚えています。
私たちの「好き」という感覚的なものが金子さんとの間で共有されることで、
精度の高いプランやアイデアを提案できるようになる、合理的な手法だと感じました。

また、「できる限り自分たちでリノベーションしたい」というこちらの要望を踏まえて
金子さんと打ち合わせを重ねるなかで、イメージを具体的にしていき、
現実的な落としどころを見つけてもらいました。

上が提案してもらった改修案の平面図です。
この物件、先住者の方がすでに大がかりなリフォームをしており、
最初の古民家のかたちからだいぶ改造された状態で引き渡されました。

青空に映える大きな入道雲、
黄緑色の田んぼ、農家の麦わら帽子。
どこかなつかしい小豆島の夏

毎日暑いですね

夏真っ盛りの小豆島。
7月下旬から本当に暑い日が続いています。

毎日朝起きてから夜寝るまで「暑い」「暑い」と
何度もその言葉が出てくる。そしてまたここでも。
今日も暑い!!!

汗だくになりながら、夏野菜の収穫作業。

汗だくになりながら、夏野菜の収穫作業。

そして収穫したきゅうりを使って、梅きゅうりごはん。暑い日でもごはんがすすむ。

そして収穫したきゅうりを使って、梅きゅうりごはん。暑い日でもごはんがすすむ。

全国の天気予報を見ていると、小豆島の最高気温というのは
ほかの地域と比べるとそれほど高くないんです。
最近だと予想最高気温は33〜35度とか。小豆島を訪れる方からも
「小豆島ってほかの地域と比べたらそんなに暑くなさそうだね」と言われたり。
いやいや、十分暑いですけど(汗)。

人が感じる暑さというのは、気温だけじゃなくて、湿度や日差しの強さなども
関わってくるので、なかなか暑さを比較するのは難しいですが、
小豆島は、焦げるような暑さが特徴。
ここ最近、夏はほとんど雨が降らないので、比較的湿度は低めです。
太陽の日差しがとても強く(名古屋で暮らしていた頃よりも個人的には強く感じます)、
日向にいるとじりじり焼かれてる感がすごい。
先日梅を干したときは、私も一緒に干されてました(笑)。

7月下旬、いよいよ夏が始まったなというタイミングで、漬けておいた梅を干す。タープの日陰で、梅干しをひたすら網戸の上に並べる作業。

7月下旬、いよいよ夏が始まったなというタイミングで、漬けておいた梅を干す。タープの日陰で、梅干しをひたすら網戸の上に並べる作業。

風がよく通る日向へ移動。三日三晩、様子をみながら干しました。

風がよく通る日向へ移動。三日三晩、様子をみながら干しました。

夏の強すぎる太陽に照らされて、みるみるうちに干されていく梅干したち。

夏の強すぎる太陽に照らされて、みるみるうちに干されていく梅干したち。

日中の日差しはすごいですが、夕方になって太陽が山の向こうに隠れると
一気に暑さが和らぎます。
海からの風がある日は特に気持ちがいい。
考えてみると、小豆島の夏はまだ救いのある暑さのような気もしてきますね。

山のむこうに太陽が沈んで、海から心地よい風が吹いてくる夏の夕方は穏やか。

山のむこうに太陽が沈んで、海から心地よい風が吹いてくる夏の夕方は穏やか。

暑いのは本当にしんどいのですが、比較的湿度が低く、
日差しが強い小豆島の夏の風景は、心を打つものがあるんです。

青空に映える大きな入道雲。
一面に広がる黄緑色の田んぼと緑の山々。
民家の縁側にかかるすだれや風鈴。
大きな麦わら帽子をかぶって農作業する人々。

夏は、緑と青の景色がパワフルでとっても美しい。

夏は、緑と青の景色がパワフルでとっても美しい。

スイカのおじちゃん(たくちゃんです)。今年収穫したスイカ自慢(笑)。

スイカのおじちゃん(たくちゃんです)。今年収穫したスイカ自慢(笑)。

正直いうと夏はあんまり好きじゃないんですが、この夏の風景は大好きです。
なんだか懐かしい気持ちになって、じーんとしちゃうんです。

私はまちで生まれ育ったので、故郷には今の小豆島みたいな風景はありません。
だけど、なつかしいなぁと感じるんです。
私の父の出身が島根県で、子どもの頃、毎年夏になると山陰の田舎に帰っていたので、
その風景を思い出すのかもしれません。
子どもの頃にどこかでみた日本の夏の風景。
きっとみなさんの心のなかにもありますよね。

小豆島のなかには、そういう風景があっちこっちにあります。
日本中どこでもありそうですが、実はなかなか出会えないのかもしれません。
島はすぐそばに山があって海があって、昔から続く暮らしがある。
そしてこの夏の気候だからこそ、
青と緑が映える懐かしい日本の夏の風景が生まれるのかもしれません。

夏のある日。生姜の畑から眺める入道雲。

夏のある日。生姜の畑から眺める入道雲。

8月の小豆島には、1年で一番たくさんの人たちがやってきます。
小豆島に遊びに来たら、ちょっとだけそんな風景のことを意識して、
島での時間を楽しんでもらえたらいいなぁと思います。

ライブペイントや
仲間のウエディングライブ。
地域の才能を持ち寄った夏のフェス

フードや作品販売からライブ、ワークショップまで盛りだくさん

7月28、29、30日、私が代表を務める地域PR団体が主催となって
『みる・とーぶフェスティバル』を旧美流渡中学校で開催した。
北海道もほかのエリアと同様に猛暑となっており、
開催には不安もあったが、無事に終了することができた。

駐車場スペースにテントを設置。お祭りらしいにぎやかなムード。

駐車場スペースにテントを設置。お祭りらしいにぎやかなムード。

今回、新しい出会いがあった。
屋外のテントエリアには、フードや作品、雑貨など17組のお店が並んだ。
そのうち12組は旧美流渡中学校のイベント初参加だったけれど、
なぜだか以前からずっと友だちだったような、そんな気持ちのするすてきなメンバーだった。
おそらく旧美流渡中学校という場に魅力を感じてくれていたことや、作品制作をしたり、
こだわりの品を販売したりと、互いに共感できる部分があったからだろうと思う。
そしてもうひとつ、準備期間中に顔を合わせる機会があったことも大きかったかもしれない。

このフェスティバルで出展者を募集するにあたって、みなさんにお願いしたことがあった。
開催の1週間前に行う校舎の清掃や、前日にテントを張る作業への参加だ。
さらに3日間、テントを立てたり畳んだりという作業を、
みんなで協力してやってほしいと呼びかけた。
運営スタッフの人数が少ないための協力のお願いだったけれど、
校舎の掃除をしているときに、出展者同士が話す機会も多く、
互いの理解を深めることができたんじゃないかと思う。
また、毎日のテントの上げ下げは、なかなかの重労働だったけれど、
みんなで力を合わせることで、心の通い合いもあったように感じられた。

テントは市の施設から10張り借りてきた。メンバーのなかにテントを使用したイベントを行ったことがある経験者がおり、搬入から撤収までずっとみてくれてありがたかった。

テントは市の施設から10張り借りてきた。メンバーのなかにテントを使用したイベントを行ったことがある経験者がおり、搬入から撤収までずっとみてくれてありがたかった。

校舎の管理でいつも課題となるのが草刈り。今回は、農家をはじめ草刈りのプロといえるような方たちが集まってくれて作業が本当にはかどった。

校舎の管理でいつも課題となるのが草刈り。今回は、農家をはじめ草刈りのプロといえるような方たちが集まってくれて作業が本当にはかどった。

イベント開催1週間前の整備では、メンバーがお昼にカレーをつくってくれた。朝一番に来てくれてジャガイモの皮剥き!

イベント開催1週間前の整備では、メンバーがお昼にカレーをつくってくれた。朝一番に来てくれてジャガイモの皮剥き!

まちの中心部で行うイベントと違って、集客はのんびりしたものだったけれど、
「とても楽しかった。また参加したい」や
「みなさんと知り合いになれたことが良かった」など、
やさしい言葉をかけてくれる出展者の方がいてくれて、それが何よりありがたいことだった。

ぬか床のつくり方は?
我が家のぬか漬け生活、
キュウリやコリンキーを漬ける日々

三村家の「ぬか漬け生活2023」

「ミーンミンミンミンミン、ジジジジジジジジー」
セミの元気な鳴き声が、青い空と緑の山々の風景のなかで響き渡っています。
今年もあっちあちの「夏」がやってきましたね。
ここから1か月、灼熱の太陽との戦いです。

我が家の洗濯干し場からの景色。この景色のなかでセミの鳴き声が響き渡っています。

我が家の洗濯干し場からの景色。この景色のなかでセミの鳴き声が響き渡っています。

さて、今年はこの夏真っ盛りシーズンにむけて、
春からひそかに仕込んでいたものがあります。
それは、ぬか床!

「ぬか」というのは、玄米を精米したときに削られる米粒の外側の部分。この米ぬかと水、塩がぬか床の基本材料。

「ぬか」というのは、玄米を精米したときに削られる米粒の外側の部分。この米ぬかと水、塩がぬか床の基本材料。

今まで何度か、ぬか漬けには挑戦してきました。
きっとみなさんのなかにも、ぬか漬けに挑戦してみた、
またはぬか漬けをしてみたいなと思ったことがある方が
けっこうたくさんいるんじゃないかと思います。

我が家のぬか漬けの挑戦記録としては、もうはっきりと覚えていませんが、
私が3日坊主くらいで終わらせたぬか漬け、
たくちゃん(夫)が1か月くらいで終わらせたぬか漬けなど、きっと2、3回はあります。
ぬか漬けを続けることの難しさを知っているのに、
今年再びぬか漬けをしようと思ったのは、近所の友だちが漬けてくれる
キュウリのぬか漬けがいつもとってもおいしいから。
塩味と酸味が最高なんですよ。ビールのあてに(笑)。

キュウリはたくさんある!
なぜならうちは農家だから。
今年こそは、うちの畑でたくさん採れるキュウリのぬか漬けをなんとしても食べたい! 
と思い、三村家の「ぬか漬け生活2023」を始めることにしました。

今年の夏も、ホームメイカーズの畑ではキュウリが豊作。

今年の夏も、ホームメイカーズの畑ではキュウリが豊作。

イボイボのある昔ながらの四葉(すうよう)キュウリ。ポリポリした食感がぬか漬けにぴったり。

イボイボのある昔ながらの四葉(すうよう)キュウリ。ポリポリした食感がぬか漬けにぴったり。

ぬか漬けを始めるのに、ベストなシーズンは初夏と秋といわれています。
室温が20〜25度くらいの環境が、ぬか床の発酵が上手に進んでいくから。
ぬか床というのは、材料を混ぜたらできあがり! ではなくて、
材料を混ぜてから1か月くらいかけて熟成させて、
ぬか床のなかの乳酸菌や酵母などの量やバランス、
活動レベルがいい状態になって、ようやくおいしいぬか漬けができるようになります。
その状態に育てるために、ぬか床を育て始めるときの最初の温度はとっても重要。

5月下旬に、ぬか床の仕込み。精米したときに出たぬかを友人から分けてもらいました。

5月下旬に、ぬか床の仕込み。精米したときに出たぬかを友人から分けてもらいました。

北九州市〈寿百家店〉。
「住む」と「活動する」が混ざり合う
アーケードシェアハウス

タムタムデザイン vol.9

福岡県北九州市で建築設計事務所を営み、転貸事業や飲食店運営を行う
田村晟一朗(たむら せいいちろう)さんによる連載です。

今回は前回に続き、北九州市八幡西区の黒崎にある商店街の一角
〈寿通り〉のリノベーションがテーマです。

前回は寿通りで生まれた〈寿百家店〉のプロジェクトの概要と
〈株式会社 寿百家店〉の設立までお伝えしました。
シャッターが降りた商店街の区画に、地域の専門店にオープンしてもらい、
それらの2階をシェアハウスにするプロジェクトです。

後編では、仲間集めや資金調達、コロナ禍での挑戦など、
オープンまでのプロセスを通じて、少しずつ変化していく寿通りの裏側をレポートします。

会社設立後、新たな区画のリノベーションへ

2020年5月に株式会社 寿百家店を設立して、
福岡佐知子さん(以後さっちゃん)が会社の代表になりました。
これまではさっちゃんがオセロ展開で寿通りのシャッターを開けてきたのですが、
この頃には寿通り内に自然と美容室や洋服屋さん、ギャラリーが入居してくるようになり、
今までの活動の波及効果が現実に表れてきました。
こうした変化ってほんっとうれしいですよね。

グレーの区画はシャッターが閉じていた、寿通り。2015年にさっちゃんがワインバー〈トランジット〉をオープン。

グレーの区画はシャッターが閉じていた、寿通り。2015年にさっちゃんがワインバー〈トランジット〉をオープン。

2020年には緑色の区画に新店舗が次々とオープンしました!

2020年には緑色の区画に新店舗が次々とオープンしました!

そんな流れのなか、寿百家店が次に目をつけたのは上の図の黄色の3区画。
ここを一気に開けてしまおう! という計画です。
木造2階建ての長屋で、1階は旧洋服店、旧呉服店、旧宝石店の3店舗が入っていました。

既存平面図

既存平面図

ビフォーの外観。手前からピンクのシャッターが旧婦人服店、緑が旧呉服店、水色が旧宝石店。

ビフォーの外観。手前からピンクのシャッターが旧婦人服店、緑が旧呉服店、水色が旧宝石店。

以前は婦人服店だった、ピンクのシャッター内部の様子。

以前は婦人服店だった、ピンクのシャッター内部の様子。

この3区画を寿百家店のコンセプトに沿ってまちの専門店街にしようと考えました。
旧婦人服店はシャッターが4枚分、旧呉服店はシャッターが5枚分の区画です。
このシャッター1枚の幅は1.2〜1.8メートル程度であり、
まずは旧婦人店と旧呉服店のシャッター1枚ごとに区画を分けて、
合計9つの小さな区画をつくろうという案。
マイクロショップの集積のようなイメージですね。

「店主ひとりひとりが何かをつくれたり、技術を持っていたり、
目利きをしていたりと、個人の表現が発揮できる
小さなお店が集まるとおもしろいんじゃないか」とさっちゃんと想像していました。

そして、大きな通りに面した端の区画については、
さっちゃんと僕とで飲食店を営むことにしました。

平面図でいうとこんな感じです。

シャッター1枚ごとにお店が入っているイメージ。

シャッター1枚ごとにお店が入っているイメージ。

小さなお店が入ったイメージ写真。

小さなお店が入ったイメージ写真。

家賃設定は1区画3万〜4.4万円にしました。
坪単価に換算すると1.6~1.8万円なので、黒崎周辺の相場である0.9~1.2万円/坪より
少し高めですが、光熱費込み(条件あり)と小面積であることから、
店子さんはチャレンジしやすい、なおかつ大家としては
事業収支が成立しやすいという価格設定になっています。
両者のイニシャルコストにかかるリスクを軽減することが狙いです。

ライブ、ワークショップ、展示もある!
道内各地からつくり手が集まる
『みる・とーぶフェスティバル』

イベントに参加したい、その声に応えて

2021年から、近隣にある閉校となった美流渡(みると)中学校を舞台に、
私が代表を務める地域PR 団体が、展覧会やワークショップなど、
さまざまな企画を開催してきた。

そしてこの夏、新しい取り組みとして、7月28日(金)、29日(土)、30日(日)の
3日間、『みる・とーぶフェスティバル』を開催しようとしている。
「みる・とーぶ」という名前は、北海道岩見沢市の山あいのエリアが東部丘陵地域と
呼ばれていることから「東部」を取って、それを「見る」という意味を込めた。

みる・とーぶフェスティバルのフライヤー。こちらがライブとワークショップの情報。

みる・とーぶフェスティバルのフライヤー。こちらがライブとワークショップの情報。

こちらが屋外テントと校舎での展示の情報。

こちらが屋外テントと校舎での展示の情報。

今回のイベントで新たな挑戦となったのは、
さまざまな地域のみなさんの参加を募ったこと。
これまで旧美流渡中学校では、地域のつくり手の作品を集めた『みる・とーぶ展』と
画家・MAYA MAXXさんの新作を展示する『みんなとMAYA MAXX展』を開催してきた。
『みる・とーぶ展』の参加者は主に、この地域や近隣の市や町のつくり手。
各地からゲストがやってきて作品を発表することもあったが、
基本は地域の人々が参加し、回を重ねるごとに工夫を凝らし、腕を磨く場となってきた。

『みる・とーぶ展』のショップコーナーでは地域のつくり手の作品が販売された。写真は美流渡在住の陶芸家・こむろしずかさんの陶器。

『みる・とーぶ展』のショップコーナーでは地域のつくり手の作品が販売された。写真は美流渡在住の陶芸家・こむろしずかさんの陶器。

今年の春に開催された『みんなとMAYA MAXX展』。青い海のような、森のような背景に、人物が浮かび上がる新作を展示。

今年の春に開催された『みんなとMAYA MAXX展』。青い海のような、森のような背景に、人物が浮かび上がる新作を展示。

今年で『みる・とーぶ展』は3年目となり、少しずつ展覧会が周知されるなかで
「作品を発表したり、販売したりしてみたい」という地域外からの声が多くなってきた。
ただ、校舎のスペースには限界がある。
それならば屋外を会場にしてはどうだろう? 
テントをたくさん張って、フードも作品販売もある、
お祭りのようなにぎわいの場が生まれたらいいなと考えた。
事前に公募を行い、テントブースには、道内各地から18組の参加者が集まった。

初参加となる長沼町にある小さなジャム屋さん〈HIROKA JAM〉。

初参加となる長沼町にある小さなジャム屋さん〈HIROKA JAM〉。

初参加となる札幌を拠点に動植物の絵を描いて活動する〈モントペペリ〉。

初参加となる札幌を拠点に動植物の絵を描いて活動する〈モントペペリ〉。

野草や山菜をもっと食卓に。
「思い立ったら、すぐに食べる」を
今年は実行!!

春に食べた野草と山菜をまとめてみた

雪解けが始まった途端、北海道の季節は駆け足で過ぎていく。
「ああ、ようやくあの山菜の芽が出てきたなー」なんて、のんびり構えていると、
数日後には大きくなって食べごろを逃してしまうこともしばしばだ。

本業である、執筆や編集の締め切りが重なってくると、ついつい後回しにしがちなのだが、
「今年は野草や山菜をモリモリ食べるぞ!」と、春から意気込んでいた。
その記録を今回は紹介してみたい。

フキノトウの簡単天ぷら

3月下旬、まだ残雪があるなかで顔を出すのはフキノトウ。
庭先にも土手にもどこでも生えている。
その芽が大きくならないうちにつんで、さっと天ぷらにするとおいしい。
ただ、天ぷら粉をつくるとなると、やや面倒だし、
1人前よりもたくさんできてしまうので、
シンプルに片栗粉だけで2、3個揚げてみることにした。

春の訪れを告げる山菜。フキノトウ。

春の訪れを告げる山菜。フキノトウ。

庭から小さめのものをとってきたら、さっとゆがいてアク抜き。
その後、片栗粉をまぶして揚げたあと、塩をふりかけ食べてみた。

山菜はアクが強いので、1日に少量とるのがおすすめ。

山菜はアクが強いので、1日に少量とるのがおすすめ。

ひと口食べるとフキノトウ独特の苦味が感じられ、ああ春の香り!! 
片栗粉だけのほうが、天ぷら粉よりも、さっぱりとしておいしいと感じた。

野草の薬味をなんにでものっける

フキノトウに続いて出てくるのは、チャイブ(あさつき)とミツバ。
私の仕事場の庭にはいつもたくさん自生していて食べ放題。
お昼になると摘みとって、お弁当の上にのっけて食べている。

チャイブとミツバ。チャイブはネギの味!

チャイブとミツバ。チャイブはネギの味!

この日は豚と大根の煮つけ弁当。上にのせると豪華!!

この日は豚と大根の煮つけ弁当。上にのせると豪華!!

エゾエンゴサクのおひたし

少し日差しに暖かさが感じられるようになる4月、
エゾエンゴサクという野草が土手のあちこちで花開く。
甘い匂いの花をいっぱい摘んだら、さっと茹でておひたしに。
シャキシャキっとした歯応えで、花の甘い香りとかすかな苦味がある。
サラダとして食べることもできる。

エゾエンゴサク。青と紫の花。ほかに白い花もあるという。

エゾエンゴサク。青と紫の花。ほかに白い花もあるという。

行者ニンニクの卵焼き

東京でまったく馴染みがなかったが、
北海道では春になると食卓にお目見えする山菜といえば行者ニンニク。
知り合いの農家さんは、山でとった苗を増やして栽培したりも。
アイヌ民族も薬草として、昔から食べていた山菜で、
ニンニクとネギとニラが混ざったような味がする。

道民に食べ方を聞いてみると、味噌汁に入れたり、餃子に入れたり。
このほか卵とじにもするというので今年はやってみた。
ニラよりもクセがなくてあっさりとした味。
子どもたちにも人気で、夕食に出したらあっという間に完食!

行者ニンニク。

行者ニンニク。

行者ニンニクの卵焼き。

行者ニンニクの卵焼き。