連載
posted:2023.7.28 from:福岡県北九州市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
profile
Seiichiro Tamura
田村晟一朗
たむら・せいいちろう●株式会社タムタムデザイン代表取締役。国立大学法人 九州工業大学 非常勤講師。1978年高知県生まれ北九州市在住。建築設計事務所に勤めつつ商店街で個人活動を広げ2012年タムタムデザインを設立。建築設計監理や飲食店経営、転貸事業を軸とした不動産再生プロジェクトも企画・運営しており、まちづくりや社会問題の解決などに向け活動中。商店街再生のキーマンとして、2021年1月にはテレビ東京『ガイアの夜明け』にとり上げられた。アジフライと鍋が好き。http://tamtamdesign.net/
credit
編集:中島彩
福岡県北九州市で建築設計事務所を営み、転貸事業や飲食店運営を行う
田村晟一朗(たむら せいいちろう)さんによる連載です。
今回は前回に続き、北九州市八幡西区の黒崎にある商店街の一角
〈寿通り〉のリノベーションがテーマです。
前回は寿通りで生まれた〈寿百家店〉のプロジェクトの概要と
〈株式会社 寿百家店〉の設立までお伝えしました。
シャッターが降りた商店街の区画に、地域の専門店にオープンしてもらい、
それらの2階をシェアハウスにするプロジェクトです。
後編では、仲間集めや資金調達、コロナ禍での挑戦など、
オープンまでのプロセスを通じて、少しずつ変化していく寿通りの裏側をレポートします。
2020年5月に株式会社 寿百家店を設立して、
福岡佐知子さん(以後さっちゃん)が会社の代表になりました。
これまではさっちゃんがオセロ展開で寿通りのシャッターを開けてきたのですが、
この頃には寿通り内に自然と美容室や洋服屋さん、ギャラリーが入居してくるようになり、
今までの活動の波及効果が現実に表れてきました。
こうした変化ってほんっとうれしいですよね。
グレーの区画はシャッターが閉じていた、寿通り。2015年にさっちゃんがワインバー〈トランジット〉をオープン。
2020年には緑色の区画に新店舗が次々とオープンしました!
そんな流れのなか、寿百家店が次に目をつけたのは上の図の黄色の3区画。
ここを一気に開けてしまおう! という計画です。
木造2階建ての長屋で、1階は旧洋服店、旧呉服店、旧宝石店の3店舗が入っていました。
既存平面図
ビフォーの外観。手前からピンクのシャッターが旧婦人服店、緑が旧呉服店、水色が旧宝石店。
以前は婦人服店だった、ピンクのシャッター内部の様子。
この3区画を寿百家店のコンセプトに沿ってまちの専門店街にしようと考えました。
旧婦人服店はシャッターが4枚分、旧呉服店はシャッターが5枚分の区画です。
このシャッター1枚の幅は1.2〜1.8メートル程度であり、
まずは旧婦人店と旧呉服店のシャッター1枚ごとに区画を分けて、
合計9つの小さな区画をつくろうという案。
マイクロショップの集積のようなイメージですね。
「店主ひとりひとりが何かをつくれたり、技術を持っていたり、
目利きをしていたりと、個人の表現が発揮できる
小さなお店が集まるとおもしろいんじゃないか」とさっちゃんと想像していました。
そして、大きな通りに面した端の区画については、
さっちゃんと僕とで飲食店を営むことにしました。
平面図でいうとこんな感じです。
シャッター1枚ごとにお店が入っているイメージ。
小さなお店が入ったイメージ写真。
家賃設定は1区画3万〜4.4万円にしました。
坪単価に換算すると1.6~1.8万円なので、黒崎周辺の相場である0.9~1.2万円/坪より
少し高めですが、光熱費込み(条件あり)と小面積であることから、
店子さんはチャレンジしやすい、なおかつ大家としては
事業収支が成立しやすいという価格設定になっています。
両者のイニシャルコストにかかるリスクを軽減することが狙いです。
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続いて2階の計画へ。
2階も下の店舗と同様に3区画に分かれており、かつては住宅として使われていました。
2階の既存平面図。3区画に分かれていて、それぞれに梯子のような階段があった。
前編でお伝えした「あんドーナツ化」を進めるべく、2階は僕が以前に取り組んだ
商店街の2階を住居にするプロジェクト「アーケードハウス」のアップデート版として、
「アーケードシェアハウス」にしました。2階に住んでくれる住人は
1階の店舗やイベントを手伝ってくれたりと「住む×活動する」がリアルに回り、
いろんなきっかけが生まれることをイメージしました。
間取りは角部屋を住人が集まる共有リビングにし、
アーケード側には6畳の部屋を4つ配置したことで夜には商店街に明かりが灯ります。
廊下側にトイレや洗面、お風呂などの共有部分を配置し、
4人が共同生活しやすいように設計しました。
右側の角部屋にリビング。そのほかに4つの個室をつくることで、夜には商店街に明かりが灯る。
1部屋の家賃は、wi-fiと光熱費込みで5万円です。
近隣の賃貸マンション1Kや1DKと比べると同価格帯なので
割高と感じるかもしれませんが、ここは商店街。
雨が降っても傘をささずに徒歩5分で黒崎駅に行けるという立地は最強です。
そしてなんといっても「商店街のシェアハウス」という、ほかにはないおもしろさがあります。
その価値に気づいてくれる入居者さんに住んでもらうことができたら、
「商店街の活動とともに暮らす」という、
きっと人生において唯一無二の暮らしを実感できるはず。
僕があと20歳若ければ住んでいたと思います(笑)。
こんな計画を元に、いつも通り未来予想図を描きました。
こういう未来予想図をつくって共有することがとても大事なのは、
今までのお話の通りです。
言葉やイメージを可視化することで、みんなが同じ方向を向くことができるんですよね。
寿通りの未来予想図。
1階店舗部分の未来予想図。
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さて、こうして1階の店舗と2階のシェアハウスの計画は進み、
家賃設定もしっかり考えて収支計画もなんとかいける試算となりました。
ところが、ここから幾多の壁が立ちはだかります。
まずは資金。
株式会社寿百家店の資本金はさっちゃんが30万円、僕が20万円の合計50万円のみ。
ところが、工事見積りは1500万円を超えてしまいました。
田村的にはこれでもコスパよく設計していると思うのですが……。
それではどうやって資金を集めたかというと、まずは地元銀行の北九州銀行に頼りました。
ところが、法人1期目に資本の30倍もの融資は普通に考えて無理です(笑)。
そこで、田村が自社プロジェクトでやっているコツを3つ使いました。
その3つが以下となります。
①入居者を先に見つける
②メディアを味方につける
③行政を味方につける
①はさっちゃんの今までの活動のつながりから、
すでに1階の店舗に仮入居をいただいた方が3組いました。
計画の段階で店子さんが数組決まっていると、収支計画の実現性が裏づけされます。
②について、実は田村経由でテレビ東京のドキュメンタリー番組『ガイアの夜明け』が
密着取材に入ってくれていまして、2021年1月に放送予定だったんです。
全国地上波に取り上げられると一気に認知が広がり、
このプロジェクトを知らなかった方々も応援してくれるようになります。
それは金融機関の担当者も同じで、実際に融資の相談時はかなり好印象でした。
ガイアの夜明けの密着取材を受けるさっちゃん。
③は北九州市が展開する出店支援事業〈シャッターヒラクプロジェクト〉です。
この支援は簡単にいうと、家賃補助(1年間50%)か改装費補助(50%)の
どちらかが選べるもの。よく「補助金は麻薬」といわれていまして、
あくまで個人によりますが、補助金に甘えることで結果的に自走力を削ぐことになり、
いつまでも補助金に頼り続けるはめになるという事例は少なくありません。
僕も開業後のランニングの補助金はおすすめしませんが、
「改装費補助」はインフラ整備など個人の資金では難しいことが多いので、
設備投資として活用するにはとてもよい制度だと思います。
そして金融機関との融資の相談の際に、市の担当者にも現地で同席してもらうことで、
行政と一緒に取り組んでいる事業として信頼性が増すように思います。
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無事に銀行融資もいただき、正式にリリースを! という段階でしたが、
2020年春、みなさんもご存じの通りコロナ禍に突入……。
さっちゃんのつながりで仮入居者が数人決まっていましたが、それでは足らず、
入居者募集を呼びかけるために三密回避が叫ばれるなかでローンチイベントを開催しました。
さっちゃんが営むコミュニティースペース〈コトブキリビング〉で説明会を開催するも、
参加者は全員が商店街通りで同時配信のモニターを見るというサテライト方式。
市も応援してくれたプロジェクトということで、市の担当者にも来ていただきましたが、
無人の部屋で登壇してそれを表の通りで参加者が聞くという違和感しかないイベント。
これが田村の人生の1ページに強く刻まれたのはいうまでもなく(笑)。
登壇者しかいない、参加者不在の会場で説明する市の担当者。
ローンチイベントの甲斐もあり、即日の入居希望者も現れました。
この勢いにのって次にしかけたのは「マーケット」です。
寿百家店の仲間には都市計画家でありマーケットの実践者でもある
加藤寛之さん(以下、カトゥさん)もいるので、日程や進め方、集客方法などカトゥさんに
教わりながら、そしてコロナ禍の緊急事態宣言に怯えながら(笑)、開催していきました。
〈寿マーケット〉のSNS用写真。通りの変化についてもつづっている。
寿マーケットの様子。
このときに思ったのは、アーケード商店街って屋外でもあり屋内でもある、
両方のメリットを生かせる特別な立地なのだということ。
コロナ禍なのでさすがに集客は思うように伸びなかったのですが、
毎月開催することでちょっとずつ認知が広がり、地域の人々の反応もよくなっていきました。
こうしてなんとか寿通りの発信もしつつ、入居者を募りつつ、内部では工事も進めていきました。
難しい工事はプロに頼みながら、「壁をつくるワークショップ」をはじめ
大小さまざまな企画を開催し、関係人口を増やしていきました。
海岸に落ちていた綱とブイ(浮標)を活用したモニュメント。
打ち上げの様子。
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こうして無事に工事が終了。2階のシェアハウスは、入居者が
〈シェアハウス 三角フラスコ〉という名前をつけてくれました。
三角は「参画」、フラスコは「化学反応が起きる」という意味を込めています。
そして、角の区画は直営の飲食店にすることにしました。
さっちゃんが人形焼き、僕がラーメンを提供するので〈あんとめん〉という店名に。
人形焼きは昔、黒崎にあった「モダン焼き」という文化を意識したものです。
ラーメンは寿百家店の仲間でもある青木純さん(以下、純さん)が
東京の雑司ヶ谷で展開する「都電らーめん」のおいしさに衝撃を受けて、
それを黒崎でローカライズして提供したかったのです。
あんとめんの店構え。
人形焼きを練習するさっちゃん。
〈あんとめん〉の人形焼き。1個80円。
ラーメンのコンセプト。
直営のお店〈あんとめん〉のロゴ。“あん”という女性の髪を麵に見立て、文金高島田という縁起物の髪型で“寿”の意味を持たせ、うしろ姿を見せることで和の奥ゆかしい文化を表現した。デザインは岡崎友則くん。
2020年5月からあらゆる企画と実践を重ねてきました。
仲間集め、資金調達、コロナ禍との戦いを経て完成した1階の店舗には
エステサロンやアパレルショップ、古本店、雑貨屋などの店舗が入居してくれました。
2階のシェアハウスには20~30代の男女4人が入居してくれて、満室となっています。
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2023年7月現在、寿通りでは定期的にテナント会を開催しています。
日々のルール提案があったり、通りの治安維持のことや、大雨の雨漏り被害、突然の停電、
新しい店舗に関する疑問や不安など、いろんな情報を交換する場にもなっています。
僕はこう見えて短気で頑固なので、入居者さんと意見が合わない場合もありますが、
大抵あとで反省してます(笑)。日々、ハード面もソフト面もいろんな問題が出てきますが、
本当にありがたいのはみなさんがとても建設的であること。
家守業としてまだまだ未熟なさっちゃんや僕は、入居者さんや地域のみなさんの
心意気に助けられる場面が多く、なんとか続けられています。
寿マーケットもシェアハウスの若い住人が受付を担ってくれたり、
自らのイラストを作品として出店してくれたり、
多世代の交流やチャレンジの場にもなっています。
もう彼ら彼女らの時代に入っていきますね。
2023年7月の寿マーケット。さっちゃん(真ん中)と、出店したり手伝ってくれたりしているシェアハウスの若者たち。
まちづくりにゴールはありません。
2015年にさっちゃんが寿通りの活性化に取り組みはじめて、
僕やカトゥさん、純さんなど、それぞれ得意分野を持った仲間たちが集まり、
ここまでやってきました。たくさんのメディアにも紹介されてきて、
一見成功しているかのようですが、今でも日々、微調整を繰り返す手探り状態。
ずっと将棋を指しながら、次の一手を考えている感覚です。
シェアハウスは退去もあれば入居もあり、その都度、いろんな人生のドラマが生まれています。
こうやって一喜一憂することも“まちで暮らす”醍醐味であり、
今の時代の賑わいや活性化をかたちづくるひとつの要素なんだろうと思います。
さまざまな物語が垣間見えるこの寿通りに、ぜひみなさん来てください。
たまーに僕が〈あんとめん〉で大将をやってます(笑)。
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