連載
posted:2023.10.13 from:静岡県掛川市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
ローカルで暮らすことや移住することを選択し、独自のライフスタイルを切り開いている人がいます。
地域で暮らすことで見えてくる、日本のローカルのおもしろさと上質な生活について。
したたむ
料理人の夫・奥田夏樹と陶芸家の妻・吉永哲子によるご飯屋と陶芸工房。完全予約制でランチのみ営業中。
予約はInstagramより。
https://www.instagram.com/_sitatamu_/
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編集:栗本千尋
静岡県掛川市の山間での暮らしを始めて4年目、
料理人の夫と陶芸家の妻による、ごはん屋さんと陶芸工房〈したたむ〉。
完全予約制のランチ営業のみで、Instagramで1か月分の予約を開始すると
すぐに埋まってしまい、キャンセル待ちができるほどの人気店です。
車でしか行けない山奥にあり、決して利便性の良い立地ではないものの、
ここまでの人気店に成長したのはなぜなのか、本連載を通してひも解いていきます。
前回まで、飲食店を開こうと考えたきっかけや、お店を出すための土地探し、
資金調達、セルフリノベについて振り返りました。
今回は、陶芸家の妻・吉永哲子(よしなが のりこ)さんに、
お店の屋号やコンセプトについて教えてもらいます。
ふたりで一緒にお店を、と考え始めた頃は、
「私のつくる器でごはんを出す店」くらいの漠然としたイメージしかありませんでした。
今回はその漠然としたところから、どのように
今の〈したたむ〉のかたちになったかを振り返りたいと思います。
まず、お店を始めようと考える方は、もれなく「屋号」に悩まれると思います。
〈したたむ〉という店名は、まだ移住先も決まっていない東京時代、
割と突然に思いついたものです。
日本語で、一見意味がわからない、でも由来がある言葉。
語感がよくて、覚えやすい言葉。
無意識に探していたのかもしれません。
うろ覚えだった古語の意味をその場ですぐにスマホ検索したのを覚えています。
日本の古い言葉で「整える」「食事をする」という意味を持つ「したたむ」は、
私たちのお店にぴったりの屋号となりました。
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こうして、早い時期に屋号だけは決まっていたのですが、
どのような店にするかの内容については、移住先が決まり引っ越して、
実際に住みながら開店準備をするなかで徐々に固まっていったように思います。
まず、立地からも一般的な飲食店のようなやり方はできないことはわかっていました。
山のなかの一軒家で、最寄りの公共交通機関のバス停から徒歩50分!
ふらっと立ち寄るお客さんは皆無です。
そうすると、必然的に車で来ていただくことになるのですが、
駐車場にできる平地も少なくて、3〜4台分しか確保できません。
これは普通なら、かなりのデメリット。
では、うちならではのいいところはなんでしょう。
森に囲まれ、人家もみえない静かなロケーション。
飲食店だけではなく、陶芸工房もある場所。
これらのメリット、デメリットを踏まえて考えたとき、
「わざわざ足を運んでもらう特別な場所にしたい」という方向性が見えてきました。
話し合いの初期には、1500円のランチで1日20名を集客する案も出ましたが、
コンセプトが決まってからは、ワンプレートのランチ案は却下となりました。
せっかく山道をわざわざ来ていただくのなら、ゆっくり楽しんでほしい。
そんな思いから、予約制でしっかりとしたコース料理をお出しする方向で固まりました。
だいたい3時間ほどの時間をかけて食事を楽しんでいただき、携帯電話も圏外の店内で、
夏は蝉の声、秋は紅葉を眺めながら、ときには猫もゴロリとしていて。
ゆっくり話をしながら、料理を楽しむ場所。
慌ただしい日常から少し離れて、寛げるお店。
方向性が決まってからは、具体的なビジョンもみえてきました。
最初は3850円のコースからスタートしましたが、
今では品数も、できることも多くなり、5500円のお任せコースのみで営業しています。
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このようなかたちにして、結果的によかったことがあります。
まず、予約制なので食品のロスが出ないということ。
余計に仕入れなくてよいので、使うぶんだけ地元の新鮮な無農薬野菜や、
旬の魚を仕入れられること。
次に、ふたりでお店を切り盛りするのには、
1日3組の10名様までというサイズはちょうどよかったということ。
週3〜4日の営業なので、日数や席数を増やしてほしいとのご要望もありますが、
今のところこれ以上は私たちの手に余る感覚があります。
このあたりのワークバランスは、私の陶芸の仕事とも関わってきますので、
またほかの回で書けたらと思います。
ほかにも、山のなかの一軒家というのがよい方向に働いたことがありました。
したたむが開店した2020年はコロナ禍が始まった年でしたので、
飲食店には大変厳しい時期でしたが、最初の2か月は
1日1組のならし運転だったこともあり、ありがたいことに
開店から途切れることなく来客がありました。
こうして振り返ってみると、一般的に飲食店としてはデメリットの多い物件だったからこそ
今のかたちに辿り着いたところが大きいと思います。
一見、マイナスポイントのように見えるところが、他店との差別化につながり、
結果的に〈したたむ〉のオリジナリティや価値の創造につながりました。
掛川の駅から車で20分ほどの場所ですが、
したたむにくると旅行しているみたいな気分になる、という声をたくさんいただきます。
慌しい日常を少しだけ離れて、季節のおいしい料理をゆっくり食べて、
こころとからだを整える場所。
こんな〈したたむ〉のコンセプトが伝わっているのかも、とうれしくなる瞬間です。
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