仕事も人生も、青森で再設計。3人の女性が語るUIターンの選択「青森とわたしのこれから会議」
多様な働き方や女性の活躍が進んでいるいま、ライフイベントや価値観の変化により、暮らしや働き方を見直したいと考えている女性も多いのではないでしょうか。
「都会の生活もいいけれど、地域のあたたかさや地元の安心感が恋しくなってきた」「自然と向き合いながら、自分らしいライフスタイルを築きたい」「家族や親族の近くで暮らす安心感を得たい」といった思いからUIターンを意識する人も少なくありません。
一方で、移住となると仕事探しや収入、暮らしのリアルなど、不安は尽きないもの。そんな悩みを抱える女性に向けた交流イベントが「青森とわたしのこれから会議」。青森県にUIターンした先輩たちの実体験を聞きながら、地元の人と直接話せるこの場は、漠然とした不安を“自分ごと”として整理するきっかけにもなります。
第1回は2025年11月に開催され、こちらの記事でその様子をレポートしました。
第2回は2026年1月24日(土)、東京・赤坂にある〈東北cafe&dining トレジオンポート〉で開催されました。登壇した3名の女性のUIターン物語を紹介します。

転職してUターン。太田真季さんの場合

弘前市にあるウェブコンサルティング会社〈株式会社コンシス〉で働く太田真季さん。五所川原市出身の太田さんは、高校卒業後に弘前大学へ進学。大学時代は地元の経営者など、まちの大人と学生が交流するプロジェクトへ積極的に参加していました。
「実は、現在勤めている会社の代表も、私の大学の先生だったんです。まちの大人たちからの『一度は青森の外に出てみて視野を広げたらいいんじゃない?』というアドバイスや都会へのあこがれもあり、県外での就職を目指すようになりました」
大学卒業後、東京・六本木に本社がある大手人材派遣企業に就職し、営業職として関東のオフィスで働きました。いつかは地元に戻るつもりで、上京してからも移住イベントに参加するなど、自分のペースで情報を集めていたという太田さん。具体的に移住を考えたきっかけを話してくれました。
「あるとき、私の祖父が体調を崩したのですが、すぐ駆けつけられないことにモヤモヤして……。そんななか仙台への異動の打診があり、同じ東北なら青森に戻りたいと思ったんです」
「いまがそのタイミングだ」と考え、24歳のときにUターンを決意。大学時代の恩師である代表とのつながりから、いまの会社に採用に至り、現在はWebサイトの制作や、県内企業のコンサルティング、地域貢献のプロジェクトなどに奔走しています。
かつての同級生と結婚し、昨年は念願のマイホームも完成。充実したUターンライフを送っています。

またUターンしてからは、おすそ分けが多くて食生活が豊かだという太田さん。
「おばあちゃんがりんご農家なので、先日もりんごひと箱と、腕ぐらいの太さのある長芋を5本もらいました(笑)。家の裏に家庭菜園があるので、夏になるとそこで採れるナスやズッキーニ、ジャガイモやネギも大量にもらいますね。採れたての野菜を焼いてバーベキューすると最高です! 野菜や果物がたくさんもらえて、家計はとても助かっています」


秋はりんごの収穫時期で手伝いに行くことが多く、普段はパソコンに向かって仕事をしているので、畑に行くだけでデジタルデトックスになるとのこと。
IT企業で働きながら、地元の自然の豊かさを噛みしめている太田さんでした。
起業してUターン。冨岡未希さんの場合

Uターンしてサウナ事業を起業した冨岡未希さん。むつ市出身の冨岡さんですが、父親が転勤族だったため、青森県内での引っ越しを繰り返しました。
「環境が頻繁に変わる体験を通して、子どもながらに『地域によって空気感が違うんだな』とか、『それぞれの場所にいいところがあるな』と感じていました。地方で育つと『何もない』と言う方もいますが、私の場合は転勤族として客観的に地域を見る機会があったため、それぞれの場所に魅力を感じていました」
大学進学を機に上京し、卒業後はホテル業界、航空業界でキャリアを重ねていきました。一方で、責任の重さや多忙な生活から、 心身のバランスを崩してしまった時期も。
「客室乗務員として、お客様に接客することにやりがいを感じていたのですが、訓練部の教官に任命され、人を指導・評価する立場になったとき、その重圧に耐えきれず、心身に不調をきたしました。休職の期間中に青森市にある〈まちなか温泉〉でサウナに出合ったことが、のちの起業につながる大きな転機となりました」
コロナ禍で兼業や地方からの出社も認められるようになり、復職後は、東京を拠点にフライト業務に就きつつ、休日に青森へ戻ってサウナ事業を運営する生活を始めました。

「4日間フライトし、8日間は青森で過ごすというサイクルで働いていました。ところがコロナ禍が明けてフライトの回数が増え、青森に滞在できる時間が短くなってしまったため『もっと青森にいる時間を増やしたい』と強く思うようになり、航空会社を退職して、青森へ完全にUターンしました」
会社の制度を利用することで、段階的に青森での生活と事業を軌道にのせる“ゆるやかな移住”を実現させた冨岡さん。現在は〈UNITED AOMORI (ユナイテッドアオモリ)〉の屋号で、 軽トラックを改造した移動式サウナ事業を展開中。海や山、雪景色といった青森の自然とサウナをかけ合わせた体験は、 県内外から注目を集めています。


「私にとって理想の接客は『田舎のおばあちゃんのあたたかさ』なのですが、そのようなおもてなしが自然に存在する青森の環境に満足しています。青森には、すでにすばらしい資源がたくさんあるので、それをどう生かすかを考えるのが、いまは楽しいですね」
移住当初は不安もありましたが、 人とのつながりが少しずつ広がり、 いまではラジオ番組のパーソナリティとしても活動しています。

さまざまな人との出会いを大切にしながら暮らしている様子でした。
Iターンして転職。佐藤宣子さんの場合

最後は、弘前へIターンして、現在は弘前駅にある観光案内所で働く佐藤宣子さんです。
東京都板橋区出身の佐藤さんは、自転車で荷物を届けるメッセンジャーとして働いていました。佐藤さんが初めて弘前を訪れたきっかけは、青森県出身の友人から誘われて参加したサイクルイベント〈ツール・ド・弘前〉でした。
「当時は弘前の読み方すら知らず、恥ずかしながら『ひろまえ』かと思っていました(笑)。岩木山の存在も知りませんでしたが、サイクリング中に見た、リンゴが実る景色と雄大な岩木山の姿に大きな衝撃を受けたんです」

弘前の景色にひと目惚れした佐藤さんは、その後3年ほど弘前に通い続けた末に、Iターン移住を決めました。
「移住して最初に取り組んだのが、りんご農園でのアルバイトでした。“実すぐり”という、中心の実だけを残してほかを摘み取る作業です。勤務地は山奥にあり、当時はまだ車を持っていなかったため、急な上り坂を自転車を押しながら片道11キロ以上かけて通勤していました(笑)」

その後、市役所での短期の事務作業や八甲田山荘、アウトドアショップの勤務などを経て現在はJR弘前駅にある観光案内所で働いています。

山登りが好きだという黒石市出身の男性と意気投合し、結婚。休日は登山、スキー、カヤック、自転車、バードウォッチングなど、アウトドア活動をアクティブに楽しんでいるといいます。最近は電車旅の楽しさに目覚め、五能線などを利用して県内各地を巡っているそう。


「住んでみて合わなかったら戻ればいい」と気楽な気持ちで移住をしたという佐藤さん。10年経ったいまも住み続けていますが、弘前市の魅力とは?
「まち並みの先に岩木山が見える光景は、10年経ったいまも見るたびに感動します。歴史的な建物が過度に観光地化されず、ごく自然にそこにあるのもいい。中心部はコンパクトで、スーパーや病院、コンビニなどが徒歩圏内に揃っていて住みやすい一方で、少し離れれば海や山、温泉といったアウトドアスポットにすぐアクセスできる環境も魅力です」

まったく縁のなかった弘前ですが、いまでは観光客を案内するまでに。新天地での生活をアクティブに楽しんでいました。
3つのテーマについてのクロストーク
それぞれのUIターンストーリーを聞いたあとは、3つのテーマについてクロストークが繰り広げられました。
テーマ①「移住にあたって、悩んだことや迷い、葛藤はありませんでしたか?」

「当時、仕事が好きでやりがいもあったので悩みました。いまとなっては、あのときが最善のタイミングだったと考えています。移住した年に、同級生だった現在の夫と再会し、結婚や新居の購入につながったため、まったく後悔していないです」(太田さん)
「私の場合は、いきなり東京の仕事を辞めて帰ることに不安を感じたので、航空会社での仕事を続けながら青森で起業する2拠点生活を選択しました。辞めるときは周囲から『もったいない』と言われることも多かったですが、自分の意志を優先しましたね」(冨岡さん)
「弘前の景色にひと目惚れした衝撃が強く、東京でのメッセンジャーの仕事をやり切ったという達成感があったため、次のステップへ進むことしか考えていませんでした。家族も『合わなかったら戻ってくればいい』と移住を応援してくれました」(佐藤さん)
テーマ②「移住前の暮らしと、移住後の暮らしを比べてどうですか?」
「以前は埼京線の満員電車で吐きそうになるほどのストレスを感じていましたが、現在は車で15分ほどの距離を、車内でひとりカラオケを楽しみながら快適に通勤しています(笑)。
通勤時間が短縮されたことで余暇が増え、ランニングやマラソンに挑戦したり、自宅の庭で気軽にバーベキューを楽しんだりしています。収入は関東時代より減少しましたが、家にかかるコストや物価が安いため、生活が苦しくなったという感覚はないですね」(太田さん)

「心身の不調を経験した東京時代と比べると、精神的な充足感があります。朝起きてカーテンを開け、八甲田山を眺めたり空気を吸ったりするだけで最高な気持ちになります。東京の刺激を恋しく思うことはなく、未だに回りきれていない青森の自然や温泉を巡ることで、毎日が忙しく充実しています」(冨岡さん)

「桜の名所、弘前公園の近くという好立地でありながら、破格の安さで暮らせています。目的を持って出かけるだけでなく、近所の公園を散歩するような余白のある時間を贅沢に楽しんでいます」(佐藤さん)
テーマ③「移住する際の準備や情報収集などで役に立ったことは?」
「上京した年から、県などが主催するイベントに継続的に参加していました。 IT業界に特化した移住イベントに参加したことで、同じように移住を考えている同業者のネットワークができ、現在もSNSなどで交流が続いています」(太田さん)

「有楽町の〈青森暮らしサポートセンター〉へ通い、パンフレットを読んだりセミナーに参加したりしていました。青森関連のインフルエンサーをフォローするだけでなく、『青森に帰りたい』とSNSで発信し続けたところ、芋づる式に現地の人からリアルな情報が届くように。
県が交通費を助成する先輩起業家を訪ねるツアーに参加し、実際に現地で事業を行っている人々の話を直接聞けたことが役立ちました」(冨岡さん)
「直感を信じながら、仕事の情報や物件情報をひたすらインターネットで調べました。仕事についてはハローワークのサイトなどで情報を収集していました」(佐藤さん)
青森食材満載のランチとスイーツで歓談
3名の登壇者のお話とトークセッションのあとは、ランチとスイーツを食べながらの歓談タイム。会場となった〈東北cafe&dining トレジオンポート〉が、この日のために青森食材を使った特別なランチプレートをつくってくれました。



参加者は青森県出身者だけでなく、旅行で訪れてから青森が好きになった人も。自身の状況や移住後のことなどを、ゲストに相談していました。


ランチとスイーツを楽しみながらの歓談を終えたあとは、未来の自分へ手紙や、アンケートを記入する時間が設けられました。UIターンにかける思いをしたためた手紙は、1か月後くらいを目処に、自宅へ届くというサプライズがあります。

参加者からは、次のような感想が寄せられました。
「漠然とUターンしたいと考えていましたが、みなさんのお話を聞いてきっかけやタイミングは人それぞれであること、起業や転職などいろんなパターンがあることを知り、イメージが広がりました。明るい未来に希望を持てたので、次のステップが楽しみになりました」
「具体的なUIターンの話を聞いて、地元の良さにあらためて気づきました。イベントに参加したのは初めてだったのですが、勇気を出して一歩踏み出してよかったです」

青森へのUIターンに興味を持ったら「あおぐら」へ!

今回のイベントに限らず、青森県へのUIターンに興味を持ったら〈青森暮らしサポートセンター〉、通称「あおぐら」へ。東京交通会館の〈ふるさと回帰支援センター・東京〉内にある、青森県の移住にまつわる総合相談窓口です。青森での仕事や暮らし、各種移住イベントなどの情報を得ることができます。
Information
住所:東京都千代田区有楽町2-10-1 東京交通会館8F(ふるさと回帰支援センター・東京内)
Web:青森暮らしサポートセンター
11月に開催された第1回イベントについてはこちらの記事で↓