連載
posted:2021.9.22 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
キャンピングカーで暮らし、北海道を新婚旅行中だった
ケビンさんとキャサリンさんに出会ったのは2年前の夏のこと。
私が案内人を務めた美流渡をめぐるツアーがあり、そこにふたりは参加してくれた。
ケビンさんは本名・中谷兼敏(かねとし)。
名前を音で読むとケンビン。それがいつしかケビンとなった。
キャサリンさんは本名・清美。
ケビン名義で兼敏さんがブログを書き始めたとき、
ケビンに似合う名前としてキャサリンという呼び名が生まれた。
そのときふたりは、これからソフトクリームの
移動販売を始めたいという話をしてくれた。
そして、「また美流渡に来るね」と言って去っていった。
ふたりはいったいどんな生き方をしているのだろう?
大きな車を見送りながら、固定された家を持たない暮らしの様子を
いつか聞いてみたいと思った。
7月の中旬に、突然ケビンさんから
「今日の午後会えませんか?」というメッセージをもらった。
15時に待ち合わせをすると、2年前とまったく変わらないふたりの姿があった。
あのときの言葉どおり、ふたりはソフトクリームの移動販売を実現させていて、
来週末に美流渡でお店を開きたいのだという。
すぐさま場所を探すことになり、
私たちが利活用を行っている旧美流渡中学校の駐車場と、
地域で長年食堂を営んでいる〈一番〉の駐車場で、2日間の営業ができることとなった。
この夏、北海道は記録的な暑さ。
キッチンカーが旧美流渡中学校にやってきてくれた日は、地域住民による校舎の清掃日。
猛暑のなかでの草刈りや雑巾掛けけでヘトヘトになった私たちにとって、
ソフトクリームは活力のもととなった。
しかも、美流渡にはソフトクリームを提供してくれるお店はどこにもなく、
この地域にいながら食べられることが、大袈裟だけれど“夢のよう”だった。
乳化剤を使っていないそうで、口に入れるとサーッと溶けていって、
爽やかなミルクの味がたまらなかった。
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キャンピングカーを暮らしの拠点にしてソフトクリームの販売を始めたのは、
思いがけない出来事が重なり合った結果と言えるのかもしれない。
ふたりが結婚したのは2018年。
当時ケビンさんはフリーランスで材木商をやっており、
三重にあった知人の敷地に4畳の小屋を建てて暮らしていた。
キャサリンさんは長野の信級(のぶしな)という限界集落にある食堂で働いていた。
ふたりが知り合ったきっかけは、共通の友人であるミュージシャンが
毎年長野で行うイベントに参加したことだったという。
一緒にイベントの食事づくりを行ったことから意気投合し結婚となった。
しかし互いの住まいが離れていたため1年間は別々に暮らし、
手がけていた仕事を徐々に整理していった。
「ふたりとも山で暮らしたいという夢があって、最初は信級に土地を探して、
そこに小屋を建てて住もうと思っていました」(ケビンさん)
候補の土地は見つかったが購入は実現には至らなかった。
三重で暮らしていた小屋もふたりで住むのは現実的ではなかったし、
ケビンさんは愛知に家を所有していたが、信級で暮らすつもりで
売りに出したとたんに買い手がついてしまうという出来事もあった。
そんなとき急にあるアイデアを思いついたという。
「キャンピングカーで生活したら
おもしろいんじゃないかって思ったんだよね」(ケビンさん)
キャサリンさんも即OK。
以前から軽トラに自作の小屋を積んで暮らしたいと思っていたそうで、
ふたりは中古のキャンピングカーを探すことに。
ふたりで住むことを考えると、室内が広い車種がベスト。
お目当ての車が愛知で見つかった。
しかし納車の時期は数か月先。
この頃、ケビンさんは一時キャサリンさんの住む信級に身を寄せた。
約束の日に家財道具を積んで車屋に行ったところ、
車にトラブルが見つかり納車できる状態ではなく、代車を当てがわれた。
この年の冬、三重にある人手不足だった牡蠣小屋(食堂)で
ふたりは働く約束をしていたため、どうしてもキャンビングカーが必要だったそうで、
この代車に仮住まいすることになった。
牡蠣小屋での冬季の仕事を終えて、ようやく念願のキャンピングカーが納車。
これで暮らしが軌道に乗るかと思ったが、またもやハプニングが発生した。
「車内に貼られていた壁紙を少しはがしてみたら、
中の合板がすべて腐っていました」(ケビンさん)
車は長年使っていなかったようで、天井から雨漏りがあり、
それが原因となっていたようだ。
部分的な改修は予定していたが、このときイチからやり直すと決意。
ふたりは友人に譲った信級の小屋に間借りをして、修繕に励んだ。
材木商を長年やっていた経験を生かし、内装は国産材を使った。
そして、仕上げが半ばの段階で、長野から北海道へ
長期の新婚旅行へと出かけることとした。
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旅の途中の札幌で、知り合いが運営するカフェへと立ち寄った。
そこは北海道大学総合博物館にある〈ぽらす〉。
ここで道北に位置する西興部(にしおこっぺ)のミルクを使った
ソフトクリームに出合い、そのおいしさに魅了された。
「カフェをやっている友人が、
『あなたたちもこの車でソフトクリームを売ればいいんじゃない?』
って言ってくれたんです」(ケビンさん)
そのひと言がきっかけで、キャンピングカーを移動販売用に整備。
保健所の許可を取るなど手続きを進めていった。
冬は再び牡蠣小屋で働き、夏には北海道へ。
2020年は札幌で試験的な営業を行い、
いよいよ今年、本格的に販売ができるようになった。
今夏、訪ねたのは札幌、函館にほど近い大沼公園から洞爺湖、
空知地方の由仁、栗山、そして美流渡。
人と人とのつながりのなかで、お店やお寺、ゲストハウスなどの場所を借りて営業。
今後も、拠点を少しずつ増やしていきたいそうだ。
「観光地にはソフトクリームはどこでも売られていますから、
あえて静かな場所を選んでいます。
私たちは地元の人に食べてもらいたいと思っています」(キャサリンさん)
「大きいイベントには、あんまり出たくないね。地元の人とゆっくり話がしたいから。
『来年、また来ます!』『また会えたね』って」(ケビンさん)
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ソフトクリームを販売するまでの人生を振り返るなかで、
ケビンさんはふとこんな話をしてくれた。
「40代前半の頃だったかな。ずっと長くつき合ってきた友だちに
『お前は本当にやりたいことをやっていない』って言われたんだよね。
そのとき仕事は楽しくやっていたつもりだけど、
やりたいことをやっていたというよりは、そのときの都合で生きていたからね。
生活も荒れていたし、疲れていて」(ケビンさん)
自分は何をしたいのか? 即答することができなかったという。
このとき出身地だった愛知で仕事をしていたケビンさん。
その様子についてあまり多くを語らなかったが、転職や離婚を経験し、
調子が悪くなると寝床から数日間出られなくなってしまうこともあったそうだ。
「友人からそう言われた次の日、実家に帰って。
そのとき自分が使っていた本棚を何気なく見たら、小学校の文集が目に止まったんだ。
そこにはコックさんになりたいって書いてあった。
ああそうだったんだって思い出したんだよ。自分が何をやりたかったのかがわかったら、
グングン調子が良くなって、立ち直ることができたんだ」(ケビンさん)
キャサリンさんの人生の転機となったのは東日本大震災。
20代の頃は東京でヘアメイクの仕事をしており、
その後、美容のコンペティションを行う事務局で25年間働いていた。
しかし、震災をきっかけに、先住民の知恵を生かしながら
森をフィールドとして活動するNPOのワークショップに参加。
森に寄り添うなかで、こここそが自分の帰る場所だと確信したという。
事務局を辞めて、このNPOで働くこととなった。
その後、友人から長野の信級にある食堂で働いてみないかという誘いを受け移住。
間借りしたのは6畳ひと間。荷物は段ボールたった6個の引っ越しだったという。
「東京にいるのが苦しくなっていたんですね。
毎日同じ時間に出かけて満員電車に乗って。靴を履くのも嫌になって、
いつもビーチサンダルで仕事に行っていました」(キャサリンさん)
ケビンさんと結婚し、いま各地を移動しながらの生活となった。
終のすみかを持ったり、老後に備えて貯金をしたりという暮らしとは
まったく異なる方向に向かっているが、キャサリンさんは不安を感じないという。
「ふたりに共通するのは、行き当たりばったりというところです。
でも、いつもなんとかなるという根拠のない自信というか、大きい安心感があります。
山の中に入ったら、食べるものはあるし(笑)。
生かされている限り、私たちは大丈夫だろうと」(キャサリンさん)
「人生は冒険だよね。60歳以降は冒険!
日々をどうにかして乗り切るしかない(笑)」(ケビンさん)
10月初旬に北海道から三重へと旅立つふたりは、
週末最後の営業の地に美流渡を選んでくれた。
ソフトクリームの上に、ケビンさんが丁寧に焙煎した
濃いコーヒーをかけたアフォガードは格別。
ほろ苦くて甘いこの味を、また来年も、
ここで再会を喜び合いながら食べられることを私は願った。
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