連載
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
前回の連載で、2年前に閉校になった
岩見沢市の美流渡(みると)小・中学校の窓に張られた板すべてに、
画家のMAYA MAXXさんが絵を描くプロジェクトについて書いた。
雪から窓を守るために打ち付けられた板は、およそ40枚。
幅が5メートルにもなるものもあり、
前回はようやく5枚描き上げたところまでだったが、
あれから約3週間が経過して、メインの部分が仕上がる段階までこぎつけた。
8月中旬まではSNSで告知を行い、ペイントをサポートしてくれる仲間を募ったが、
それ以降は、MAYAさんが単独で黙々と制作を続けるようになっていった。
MAYAさんは本当に毎日まったく休まない。
窓板ペインティングの制作期間中、故郷・今治での展覧会開催のため、
1週間ほど美流渡を離れたことがあった。
今治の美術館では設営を行い、展覧会オープン後はギャラリートークなどの
イベントを行うという目まぐるしいスケジュールだったが、
美流渡に戻ると、何事もなかったかのようにすぐに窓板に絵を描き始めた。
その姿勢に引きつけられるように、地域の人たちも動き出した。
学校の向かいにあるお寺の住職さんが、
閉校してから伸び放題になっていた草を刈ってくれ、
また近隣のカフェのオーナーが、板に下地となる白いペンキを塗ってくれた。
そのほか、農家さんがドローンで制作中の記録映像を撮ってくれたりもした。
それぞれ一緒にお昼を食べたり休憩したりすることもなく、
作業が終わるとスッと自分の仕事に戻っていった。
このプロジェクトが進むにつれ、MAYAさんを“手伝う”という意識を離れ、
自分のこととして、これを進めようとする人たちが
増えていったように私には感じられた。
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このプロジェクトと並行して、月1回の校舎清掃活動も行っていて、
こちらでも新たな動きがあった。
今回の清掃では、荷物が山積みになっていた図書室の整備に力を入れた。
残されていた本を棚に並べていくのは重労働。
みんな息を切らしながらの作業となったが、
次第に空間が息を吹き返してくるような感覚があった。
しかも、本のラインナップには特徴があり、
北海道の歴史や植物についての本もたくさんあって、
眺めているとワクワクした気持ちになるものが多かった。
掃除の翌日、私はもう一度本を見たくなって、わが子たちと図書室を訪ね、
それらを見ていて急に思いついたことがあった。
読んだ本にすべてに、おすすめポップをつけたらどうだろう。
この図書室の本は、中学校に子どもたちが通っていた時代の思い出が詰まっているはず。
それならば本を単に並べるだけでなく、人が本に抱いた思いを
引き出すような場所になったらいいのではないか。
さっそく、読んだ本におすすめのポップをつけ、
昨日掃除をしてくれた仲間に写真を送ってみた。
すると、「家にある本を図書室に寄贈したい」や
「本を読みながらお茶を飲みたい」などの声が上がり、
1週間後に再びみんなで集まることとなった。
集まった日、まだ残っていた荷物をすべて移動させ、真ん中に大きなテーブルを設置し、
そこで思い思いにおすすめポップを書きながら、日々のことを話した。
夕方帰るとき、みんなとてもやわらかな表情になっていることに気がついた。
美流渡にはフラリとみんなが集まって、話をしたり
好きな本を読んで過ごすようなスペースはこれまでなく、
今回のような集まりはありそうでなかったのだ。
「すごく楽しかったね。また、集まろうか」
そんな声が自然に聞こえてきた。
図書室の整備を終えて、MAYAさんが窓板に描いたある言葉を、私は思い返していた。
その言葉とは「We」。
「わたしたちの中には自然にわたしが入っているんだよ」
「We」という文字を描きながら、MAYAさんはそう語った。
まさに窓板に絵を描く取り組みなど、この活動の根幹にはWeがあると私は思った。
MAYAさんは自分の名を残そうとかそういう意識はまったくなく、
人気の消えた学校を絵の力によって蘇らせたい、
校舎の窓板のすべてに絵が描かれた状態を見てみたい
という気持ちでやっているのだと思う。
そしてペイントや図書室の整備に参加したみんなにも、
Weという意識があったに違いない。
私たちの地域を私たちの手でワクワクする方向へと持っていきたい、
そんなエネルギーが、ここで生まれているように感じられた。
窓板のペインティングがひと段落ついたら、
今度は校舎で『みんなとMAYA MAXX展』の開催を計画している。
また、この地域に住む作家たちの作品を集めた『みる・とーぶ展』も同時開催予定だ。
北海道にも緊急事態宣言が発出されているので、状況を見ながらではあるが、
準備は着々と進めていきたいと思っている。
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