連載
posted:2023.8.30 from:北海道厚真町 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。
https://www.instagram.com/michikokurushima/
今回の連載では、自分の本業である編集者として関わった、
とても印象深い仕事について書いてみたい。
その仕事とは、8月5日に北海道厚真町で実施された
保育研究会というイベントで配布した冊子の制作。
このイベントでは厚真町のふたつの認定こども園での環境整備の取り組みの紹介と、
日頃から保育に関わる3名のトークが行われた。
冊子には、これらイベントの登壇者などの寄稿やインタビューを収録した。
この保育研究会のキーパーソンは、おおぞら教育研究所を主宰する木村歩美さん。
木村さんは、公立小学校と幼稚園の教諭や、保育系専門学校講師などを経て独立後、
園庭整備をはじめ保育者の「やってみたい!」という気持ちを盛り立てる活動を続けてきた。
厚真町でも環境整備を行ってきたことから、今回はこのまちで研究会が開かれることとなった。
私は、冊子制作のために、厚真町の〈こども園つみき〉、〈宮の森こども園〉を取材した。
そこで目に飛び込んできたのは、子どもたちが自分の背丈くらいの台に、
全身を使って登っていく様子だった。
まず訪ねた〈こども園つみき〉には、各部屋にロフトが設置されていた。
ロフトの高さは子どもの背丈を超えているが階段はなく、
子どもたちは木の柱をするすると登ったり、
足をなんとかロフトの台に引っかけて上がったり。
それぞれ自分なりの登り方を工夫していて
「こうやったら登れるんだよ!」と私にも教えてくれた。
また、園庭には木村さんとのワークショップで保育者たちがつくりあげたという
さまざまな遊具があった。
なかでも大人気なのが「森のラビリンス」。
保育者たちが森で丸太を切り出すところから始め、
木村さんから安全性のアドバイスを受けながら組み上げていったもの。
子どもたちは自分なりの登り方があるようで、鉄棒のように前回りをする子も。
取材の日は、保育者のみなさんも登ってくれて、すてきな写真も撮影できた。
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続いて訪ねた〈宮の森こども園〉にもロフトが各部屋に設置されていた。
2グループに分かれている3〜5歳児の縦割りクラスは、
それぞれ「うみ」と「もり」というテーマが設けられていて、
魚の絵があったり、木々があったりと、テーマに沿った物語を感じさせる空間となっていた。
また、園庭の複合遊具に改良が加えられていて、小さい子であればジャンプをしないと
上がれないような場所にブランコが取りつけられていたり、
細い丸太の上を手すりにつかまりながら歩いたりするような場所もあった。
ふたつの園のどちらも高い位置に取りつけられている遊具やロフトが多く、
子どもたちが落下したら危ないのではないかと思ったが、
これには理由があることが取材を通じてわかってきた。
「以前に複合遊具でケガをした子どもがいました。
日頃から職員が怖さを感じていた遊具で、その後使用禁止になりました。
木村さんとの研修を通じて、歩き始めたばかりの子どもでも
簡単に登ることができる遊具があるから怖いのだということ、
高さがある遊具には、そこに登る能力がある子どもだけが登れるつくりにすることが
安全につながることを知りました」(宮の森こども園の園長・宮下葉子さん)
子どもたちの様子を見ていると、実に慎重に遊具へ登っていた。
小さいうちから徐々にこうした遊具に慣れていき、
体の使い方を覚えていくことが大切なのだという。
また、仮に落下しても、下の土をふかふかに耕しておくなど、
大きなケガにつながらない工夫が随所にあった。
整備による安心感は、保育者の心のゆとりとなり、
子どもとの接し方も変わっていくのだという。
例えば、これまでの置かれていた金属製の滑り台は、0歳児でも登れてしまう構造で、
さらにてっぺんの踊り場が狭いため、落下の危険もあったそう。
そのため保育者が必ず滑り台につき、遊びの際に禁止事項も設け、
子どもたちに注意をしなければならない状態だった。
園庭整備で新しく設置された滑り台は、垂直落下しないよう
築山(人工的につくった山)に設置。
ぶつかったときの衝撃をやわらげるために木製とし、
子どもたち同士がぶつからないように幅も広くした。
こうしたことから、保育者が必要以上に注意することがなくなっていったという。
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木村さんが厚真町に関わるようになったのは2016年。
当時、町の職員で現在、宮の森こども園の園長である宮下さんが、
ある研修会で、木村さんが環境整備に関わった園で過ごす子どもの姿をとらえた映像に
衝撃を受けたことが始まりだったという。
「子どもといえば『元気で、楽しい』というイメージを浮かべがちですが、
それだけではない、真剣で複雑で、なおかつ純粋な向上心を日々発揮しながら
生きている、『子どもってすごい!』と感じる表情でした」(宮下さん)
この研修会で木村さんと、環境整備にともに取り組む一級建築士の井上寿さんに
出会ったことにより、まずは町内の児童クラブの環境整備がスタートし、
2020年からはこども園の整備も始まることとなった。
ふたつの園で行っているのは、ワークショップと研修。
ワークショップでは木村さんのアドバイスにより、
電動工具を手にしたことのなかった保育者が、自分たちで環境を整備。
制作は保護者にも参加してもらうのだという。
「ワークショップは心と頭とからだを全部使う。
そして人と人とが関わることによって親近感が増す。
同じ屋根の下で一緒にいても、意外と相手のことを知らないものなんですよね。
作業をしている間の雑談は、それぞれの出会い直しの場になります」(木村さん)
冊子に収録したインタビューで木村さんはそう語る。
そして研修では、保育者が日頃感じている困りごとについて話し合ったり、
環境整備の振り返りを行ったりするなかから、子どもの姿をとらえ直し、
自分自身を見つめ直す機会をつくっているという。
「環境を整備していく方向は間違っていなかったと感じられたとき、
保育者の自尊感情や自己有用感が結果として高まるんですよね」(木村さん)
取材をした園では、子どもと一緒に保育者も遊具に登り、笑顔で語らう姿があった。
環境整備は、子どもと保育者の「こうしたい」という気持ちに沿って行われていて、
つねに変化していくものなのだという。
「環境も子どもと同じく成長し、変化し続けていく存在であると私は思っています。
『子ども×おとな×環境』が一緒に成長し合う、学び合っていくことを大切にしています」
(こども園つみき副園長・井鳥佳織さん)
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今回の保育研究会のテーマは「感じたら動く」。
子どもは感じたら、それがすぐ行動と結びつくが、果たしておとなはどうだろうか?
そんな問いかけが込められている。
そして、保育者が行動を起こすためには
「物理的安全性」「心理的安全性」「リソースの集め方」が大切ではないかと仮説を立て、
この説に基づいて冊子では3名のインタビューを掲載した。
ひとりが木村さん。
先に紹介したように、ワークショップや研修を通じて、
おとな同士の関係性をつなぎ直し、自分自身が本来目指していた
子どもとの関わり方について見つめ直すことの大切さが語られた。
それによって園のなかでの信頼と安心感が生まれ、
それが「心理的安全性」につながるという。
もうひとりが、ジャーナリストであり駒沢女子短期大学教授の猪熊弘子さん。
猪熊さんは、待機児童などの社会問題や保育事故の予防、保育の質という角度から
執筆や講演活動を行っており、今回は「物理的安全性」を軸にインタビューを行った。
猪熊さんが安全性を担保するために最も重要なものとしてあげたのは「知識」。
例えば園庭にあるこの遊具が怖いと感じるときに、それが「なんとなく」ではなく
「実際に遊ぶ子どもひとりひとりの特性を把握して、
この環境であれば大丈夫だろうという共通認識を保育者が持つ」ことが必要だという。
また、日本では園庭の遊具に関する基準は整っていないのが現状で、
おとなのイメージだけで遊具の改変などを行ってしまうと、
それが事故につながるなどの話があった。
そして、厚真町のような環境整備をこれからやりたいと考えている保育者に対しては、
短期で計画するのではなく、内側から変えたいという声の高まりを
じっくりと待つことが重要というアドバイスがあった。
私が特に印象に残ったのは、子どもの「やりたくない」という言葉の重みを
しっかりと受け止める必要があるという指摘。
「『やりたくない』を『やろう』に変えるのが教育だと考える人もいるかもしれませんが、
子どもの選択を尊重しないでただ『頑張りなさい』といってやらせることが、
大きなケガにつながるんですね。いろいろなことに挑戦するには、
体の成長だけじゃなくて、心もともなっていないと」(猪熊さん)
猪熊さんは、我が子のやりたくないという声をすべて受け入れるようになってから
親子の関係性が変わっていったそうだ。
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そしてもうひとり、長野で〈ちいろばの杜〉という認定こども園の
園長を務める内保亘さんのインタビューも心に響くものだった。
内保さんは、2012年に園児4名と小さな森のようちえんを始めた。
その後徐々に規模が拡大し、9年後に認定こども園とした。
こうした経緯のなかで、人材や資源をどのように集めて
かたちづくっていったのかという、今回の3つめの仮説である
「リソースの集め方」を軸にインタビューをしようと考えていた。
しかし、実際に話を聞いてみると、組織や運営のノウハウがあったわけでなく、
内保さんという人間が、子どもたちや保護者、スタッフと向き合い、
ときにはぶつかりながらも互いの気持ちが共有できる可能性を探り続け、
今日に至っていることがわかった。
とくに印象に残ったのは、活動を始めて6年ほどたったときに、
内保さん自身の意識が変わっていったという話だ。
収録したインタビューのその部分をここで紹介してみたい。
「(森のようちえんを始めた)最初は自信のなさを
保育の専門知識でカバーしようとしていました。
おとなとの対話のなかや、保育そのものも理論武装・
技術武装していたところがあって、大きく反省しています。
おそらく、不自然さとぎこちなさが体からにじみ出ていたんじゃないかな。
そうじゃなくて、人間としてのあったかい言葉を
みんな聞きたかったんだと気づきました。
人間の根源的な部分を出し合って初めてつながり合える。
それに気づき始めたのは6年目の頃で、
毎日(園で)行う朝の会への向き合い方が変わってきました。
以前は、道筋がないと不安なので事前にプログラムをつくっていましたが、
だんだん崩れて何も用意せずに、ギター1本だけで朝の会をつくることもありました。
自分の興味や関心をちゃんと人に伝えられるようになった。
ようやく自分がどう楽しむのかを考えられたということですよね。
それまでは誰かを楽しませるとか、誰かの求めに対して自分が反応するとか、
結局他人のことしか見えてなかったんだけど、まず自分が満たされるっていうね。
そこに視点が切り替わったときに一気に世界が楽しくなりました。
『保育者は保育者である前に人であれ』っていうことを、
そのぐらいの時期からいうようになってきたんです。
それから関わる子どもたちの顔つきとか、
僕に対する接し方っていうのはガラッと変わりましたね」
内保さんの言葉に私はハッとした。
何か行動を起こそうとするとき、つい「誰かのためになるから」と思ってしまいがちで、
自分が満たされるかどうかという視点は、考えたことがなかったからだ。
では、自分が満たされるというのはどんな状態なのだろうか?
冊子の編集段階では、それは具体的にイメージできなかったが、
何かとても重要なことを教えてもらったような気がした。
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8月5日、厚真町で保育研究会が開催された。
初めに厚真町の2園での取り組みについて語られ、
そのあとに猪熊さん、内保さんが講演。
最後に猪熊さん、内保さん、木村さんのクロストークが実施された。
内保さんの講演は、まず1曲、ギターの弾き語りから始まった。
その後、自身の歩みを語るなかで、なぜ、自分が歌うのかについて
「私という人をおもしろがりながら、ただただ思いっきり表現してみようと思います」
そう語っていた。
そして、内保さんが生き生きと歌っている姿に誘われるように、
まわりの人たちも自然と笑顔になっていった。
自分が満たされることによって、みんなも幸せを感じられる、
そんな空間が今生まれているんじゃないか、私はそんなふうに思った。
そしてこのとき冊子のなかで、保育研究会の参加者に向けて語られた
それぞれのメッセージが思い出された。
「メッセージは、あなたはあなたを生きましょうです。
あなたが落ち着いていれば、まわりも落ち着くし、
あなたが悲しかったらまわりも悲しいし、私も悲しいという話です。
それが当たり前」(木村さん)
「自分が働いている園でも『もしかしたらこんなことができるんじゃないか』と、
小さいところから種を蒔いていってほしいですね。そうしたなかから、
自分が持っていた、子どもと過ごすことの楽しさや幸せを感じる心を
もう一回取り戻してほしいと思います」(猪熊さん)
「『森のようちえん』というスタイルも見直し始めました。
僕らは『森のようちえんをやる!』ではなく、『僕らは自分たちを生きる!』、
そんな風に生きようと思い続けてきた結果、『認定こども園化』するときは、
思い切って『ちいろばの杜』と名前を変えました」(内保さん)
今回は、保育というものを考える研究会ではあったのだが、
それは人間そのものの生き方に直結する内容だった。
私という人間が、思いを持ってまっすぐに動くこと。
そうした行動の尊さに気づかされる、大切な機会となった。
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