連載
posted:2023.9.13 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。
https://www.instagram.com/michikokurushima/
「いつか実現するといいねー」
北海道岩見沢市の山間地、美流渡(みると)在住の画家・
MAYA MAXXさんは、自身のアトリエの向かいに面した
旧美流渡中学校(2019年に閉校)のグラウンドを眺めながら
何度かそう語ったことがある。
実現を夢見ていたのは、大きな塔のようなもの。
2020年の夏に東京から美流渡へと移住し、
季節は巡って冬となり構想が浮かんだ。
グラウンドは一面真っ白。誰も足を踏み入れていないフカフカの雪の上に、
立ち上がったクマの立体物をつくってみたいとMAYAさんは語った。
学校には国旗掲揚台のポールが立っていた。
「これと同じくらいの高さで、クマの立体がつくれたらいいよねー。
地元の農家さんや建設会社さんの力を結集して建てられたら、
そこに気持ちが集まると思う」
最初は、この掲揚台を利用して、張り子のように
クマをかたちづくっていく方法が検討された。
ただ、掲揚台のポールは細く風でカタカタと揺れていて、
立体物の荷重に耐えられないように思えた。
そこから2年が経ったが、構想は進んでいなかった。
そんななかでMAYAさんは「できるところからやってみてはどうか」と考え、
可能な限り大きなクマの顔だけをつくってみることを計画した。
180センチ×90センチ、厚さ10センチの「スタイロフォーム」
(正式名称は押出発泡ポリスチレン、住宅の断熱材として使用されている)を
横に2列、上に18枚重ねて立方体をつくり、それを丸く削っていった。
こうして「ビッグベアプロジェクト」がスタートし、
MAYAさんと仲間が半年かけてクマを完成させた。
Page 2
その後、MAYAさんは、新たな立体物の制作を考えるようになった。
雪が降る一歩手前の季節になったころ、アトリエのまわりで
立ち枯れたセイタカアワダチソウや猫じゃらしなどを集めてきて、
それを羽に見立て、1メートルほどの高さの細長い胴体を持つ鳥
『ほんとうのことを』を制作した。
この作品は模型でもあり、いずれは10倍ほどの鳥の塔を立てたいと語った。
「塔を立てて、てっぺんに鳥の頭があって、
そこからマツの枝がワサワサと出ているような感じにしたいと思っています」
『ほんとうのことを』のシリーズは全部で5体制作された。
体に巻きつけた植物は一体ごとに変えてあり、マツの枝、猫じゃらし、笹が使われた。
このシリーズは、2022年12月に札幌のギャラリー〈HUG〉で行われた
『みんなとMAYA MAXX』展に出品した。
この展覧会の搬出時に思いがけないことが起こった。
シリーズのなかにドイツトウヒというマツの枝を利用したものが2体あったが、
それを展示台から外して移動させようとした瞬間に、
すべての葉がザーッと音を立てて落ちてしまった。
ラッカーでコーティングをしていたものの、
ギャラリー内の極度の乾燥に耐えられなかったようだ。
10メートルの塔を制作する場合も、天然の植物を利用するのは難しいかもしれない。
体をどのようにつくるのか、あらためて考えていくこととなった。
この時点では、塔を立てることは、とくに具体化していなかった。
10メートルともなると、MAYAさんと仲間で手づくりできるレベルを
超えており、技術的にも金銭的にも実現は未知数だった。
Page 3
そんななかで、あるときMAYAさんは市の広報誌の取材を受け、
鳥の塔を立てたいという話をした。
そのとき取材に同席していた、岩見沢市内で子ども食堂を営むなど
さまざまな市民活動を行っている佛田チヨさんが動いてくれた。
チヨさんは息子の尚史さんにMAYAさんの構想を話してくれた。
尚史さんは栄建設という会社の社長を務めていて、まちの活性化にも取り組んでおり、
また以前は東京のアパレルブランドで仕事をしていた経験もあって、アートにも造詣が深かった。
尚史さんは鳥の塔の話にたいへん興味を持ってくれた。
今年はちょうど栄建設の60周年にもあたり、まちを明るくするような取り組みを
積極的に行っていきたいと考えていたときだった。
こうして、栄建設さんが全面的にバックアップをしてくれることとなり、
鳥の塔の建設が始まった。
栄建設さんは、塔の立て方をいろいろと検討してくれて、
電柱を利用してはどうかと考えてくれた。
鳥のヘッドは、赤いクマの顔と同じように「スタイロフォーム」を重ねて、
MAYAさんと仲間が削り出し、FRP樹脂でコーティングして着彩することにした。
鳥の体の部分は、マツの枝ではなく、色つきのワイヤーを何本もかけるという
プランに変更した(LEDライトも仕込むことに!)。
Page 4
8月、グラウンドで電柱の設置が始まった。
2メートルほどの穴を掘ってそこに支柱となる電柱を埋め込んだ。
ワイヤーを天井から地上へと張り、鳥のヘッドを上部に装着。
電気工事を主に行っている岩見沢の創電が設置を手がけ、
1週間ほどで設置は完了した。
完成した日の夜、創電の現場を仕切ってくれた木村和寛さんが電気をつけてくれた。
夕焼けが消えてゆっくりと空の青が濃くなっていくなかで、
光がだんだんと鮮やかになっていった。
その様子に言葉を当てはめるなら「神聖」なもののように思えた。
「ヨーロッパは春になるとメイポールという塔を立てて、
その周りをみんなで踊るという風習がありますよね。
また、ネイティブアメリカンもトーテムポールを立てて、
そのてっぺんにはワタリガラスという鳥がいます。
日本でも諏訪大社の御柱祭のように巨木を立てるお祭りがあります。
世界のさまざまな人々は塔を立て、天と地のエネルギーが交流するように、
そして人々の気持ちのよりどころとなるようにと願いを込めてきました。
みんなが心を寄せられる塔を美流渡にも立ててみたい。
その思いが、こんなにも早く実現するとは思いませんでした。
鳥のヘッドをつくってくれた仲間、栄建設さん、創電さん、
みなさんありがとうございました」
鳥の塔は、Aiちゃんと名づけられた。
昨年つくられた赤いクマがAmiちゃん(フランス語で友だちの意味)で、
まるで兄弟のような名前となった。
私はこの塔が立って、本当によかったと思った。
塔が立ってから、心が辛いとき、心細くなったとき、
Aiちゃんをじっと見上げることにしている。
そんなとき、Aiちゃんはいつも笑っていて「大丈夫だよ」と
声をかけてくれるように思えてくる。
『みんなとMAYA MAXX展』の初日となる9月16日17時30分から
点灯式を実施します。
この日は、みんなでAiちゃんの完成をお祝いしたいので、
ぜひおいでください!
展覧会期間中の10月1日まで、夜1時間ほど点灯しようと思います。
information
みんなとMAYA MAXX展
会期:9月16日(土)〜10月1日(日)※火曜・水曜休
会場:旧美流渡中学校
住所:北海道岩見沢市栗沢町美流渡栄町58
営業時間:10:00〜16:00
料金:無料
Feature 特集記事&おすすめ記事