連載
posted:2022.2.2 from:北海道美唄市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
私が行っている小さな出版活動のなかで、
昨年、立ち上げたレーベル〈ローカルブックス〉は、
地域の仲間で協力し合って本をつくる取り組みで、いま新刊を制作中だ。
シリーズ3冊目となる著者は、私が住む岩見沢市に隣接する
美唄(びばい)市の農家・渡辺正美さん。
住まいを2014年に本格的に改修したドキュメントを一冊にまとめたいと考えている。
渡辺さんに出会ったのは、私が北海道に移住して間もない9年ほど前のこと。
友人が営む有機野菜を販売するお店で、渡辺さんの野菜を買うようになり、
その後、畑を訪ねるようになった。
大根やネギ、白菜など、さまざまな野菜とともに、ブルーベリーも育てていて、
夏に子どもたちと一緒に実を摘ませてもらったこともある。
木で熟したブルーベリーは格別。
東京で食べていた頃は生だとちょっと渋いと思っていたのだが、
味が濃くて酸っぱさのなかにも甘みがあった。
渡辺さんはときどきわが家にやってきて、楽しいイベントを開いてくれた。
お正月には、庭で餅つきの会を開いてくれたり、節分には鬼の格好で現れたり。
日本で伝統的に行われていた行事を後世に伝えたい、
そんな思いを常に持って活動をしていた。
Page 2
渡辺さんは美唄で生まれた。家は農家で8人兄弟の末っ子。
定時制高校に通いながら溶接の技術を学び、
その後、室蘭や札幌、岩見沢の工場で働いたが、40歳の頃、転機が訪れた。
バブル崩壊の波が押し寄せ、銀行が相次いで倒産していた時代。
このまま都市に住めるのだろうか?
自分はまちの暮らしに向いていないんじゃないか?
自問自答し、美唄にあった伯父の所有していた古家に引っ越すことを決めた。
古家はおそらく昭和初期に建てられたもので、
もともと農家の納屋だった建物を住まいに変えて使っていたのだという。
「どうやって収入を得るか、なんの計画もなかったんだ」
まずは情報を集めようと、美唄から札幌へと出かけていき、
環境問題や食の安全に関心のある人々らとつながりを持っていった。
こうしたなかで自然食品を扱うお店を見つけ、そこで働きつつ、農業も始めた。
7、8年後には農業者の資格をとって耕作面積も増やした。
その傍らで住まいを〈百姓リゾート 旅人ハウス〉と名づけ、
日本を縦断するバックパッカーらの宿として開放。
また収穫祭やコンサートといったイベントも企画していたという。
さまざまな取り組みをして20年ほど経過していくうちに、
外壁の板は風雨にさらされ薄くなり、その一部は崩壊してきたという。
大工仕事の心得がある室蘭に住む友人が手伝ってくれることとなり、
2014年に改修を決意した。
「取り壊すことも考えたけれど、農家が何代も受け継いできたという
歴史の証を残したいと思ったんだよね」
Page 3
改修工事は約5年をかけて少しずつ進められ、現在も進行中だ。
外壁の板を剥がし、4つあった部屋のひとつは土間にし、ひとつには囲炉裏を置いた。
その工程を渡辺さんは丁寧に記録していた。
本づくりにあたって、さまざまな写真を見せてもらうなかで、
私が一番興味を持ったのは、外壁の板を剥がして現れた土壁が写ったものだった。
写真には、こんな説明が加えられていた。
葦と竹を縄でしばり組み合わせた碁盤の網目に、
細かく切った藁に粘土を練り合わせた土が均等な厚さに塗ってある。
みな自然の恵みからできている。
葦も藁も竹もそして粘土も役目が終われば土に還る素材である。
こんなふうに、天井や床を剥がしたりするなかで、
先人たちがどんなふうに家を建てていったのかを
渡辺さんは想像し、写真におさめ文章を書いていった。
これらを読んでいくと、改修は単なる快適さを求めてではなく、
農家の昔の暮らしの知恵と工夫をあらためて学ぶ機会だったのではないかと思う。
改修後、もともとあったすりガラス戸や障子戸を取りつけ、
また、家にしまわれていた囲炉裏に鍋を吊るすための「自在鉤」や、
富士山、鷹、松が描かれていた縁起物の食卓もしっかりと生かされた。
土間には溶接の技術を生かして自分でつくった薪ストーブを置いた。
冬の間は、ここで温まりながら、種の選別など来春の農作業の準備を行っている。
その暮らしを見ていると、現在、各国で高まりを見せているSDGsの取り組みは、
実は自分たちの足元にあるのではないかと思えてくる。
日本の昔ながらの農家の暮らしは、どこか遠い出来事のように感じられるが、
渡辺さんと一緒にやってみると、グッと身近なものとなってくるのだ。
例えば昨年は、わが家の庭に蕎麦の種を植えてくれ、
収穫、そして脱穀を教えてもらった。
蕎麦は手のかからない植物で、日照りが続いた夏も乗り切り、
秋にはたわわに実をつけた。
この実を千歯こぎという道具を使って茎から外す作業にもチャレンジ。
時間はかかるが、集めた実がおいしい食材になるのかと思うと心が躍り、
ひと粒ひと粒に愛着がわいてくる。
渡辺さんと接するなかで、昔の日本の暮らしは過去のことではなく、
現在進行形のものだということを私は教えてもらった。
古家の改修をまとめた本からも、そうしたメッセージが伝わってくれたらと願う。
渡辺さんの『古民家再生物語』。制作ペースはとてもゆっくりなものだが、
長い冬が明けて、北海道の桜が満開になる頃に刊行できたらと思っている。
Feature 特集記事&おすすめ記事