連載
posted:2024.5.15 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。
https://www.instagram.com/michikokurushima/
本づくりはいつも思いがけないところからやってくる。
昨年の12月、私のささやかな出版活動〈森の出版社ミチクル〉から
『LOVEってなに』という本が発売となった。
シルクスクリーンという版画の技法で印刷された蛇腹状の絵本。
今回は、なぜこの絵本が生まれたのかを書いてみたい。
はじまりは2022年秋。
近隣にある閉校になった中学校を舞台に、私と仲間とで開催していた
『みる・とーぶ展』に、札幌から〈俊カフェ〉の店主・古川奈央さん、
イラストレーターであり絵本作家の橘春香さん、
ライターであり編集者の佐藤優子さんがやってきたことからだった。
橘さんは、東京で私が雑誌の編集長をしていたときに、
イラストレーターとして誌面に登場してもらったことがあった。
また、佐藤さんは私と同業者で、ある雑誌で一緒に古川さんを取材したこともあった。
今回は『みる・とーぶ展』を見学しつつ、橘さんから出版の相談があるということで、
わざわざ美流渡へやってきてくれたのだった。
橘さんは『盲目のサロルンカムイ』という舞台の脚本や美術を
手がけたことがあり、この物語をもとにした絵本も制作していた。
これらの脚本や絵本を1冊にまとめ、私が運営している
〈森の出版社ミチクル〉から刊行したいという希望があった。
この日、出版の可能性について話し合ったが、方向性はつかめなかった。
けれど、このとき私が刊行した他の出版物を見るなかで、
橘さんはシルクスクリーン印刷の蛇腹絵本『Like a Bird』に
“ひと目惚れ”してくれたという。
この絵本は、イタドリという繁殖力が旺盛で畑では厄介者とされる
植物をテーマにしていて、小樽にあるシルクスクリーンのプリント工房
〈Aobato〉が制作してくれたもの。
版画の技法でもあるシルクスクリーンはインクの発色が鮮やかで力強いのが特徴だ。
私の蛇腹絵本を見て古川さんが、
「春香さんもつくってみたらいいんじゃない?」と語った。
このとき橘さんは、それなら古川さんに文章を書いてもらい、
絵をつけたいと直感的に思ったそうだ。
また、蛇腹という構造から、それぞれの面から物語が始まって、
ひとつに帰着するようなイメージが浮かんだという。
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橘さんが最初に思いついたイメージは、紙に小さな丸い穴をあけ、
そこに赤い糸を通す仕かけだったという。
「運命の赤い糸という発想が浮かんで、
恋愛の詩を奈央さんに書いてもらいたいと思いました」(橘さん)
古川さんは、「思いを受け取った生々しい感覚があるうちに」と、
すぐに執筆に取りかかった。
言葉が浮かんできたのは、仕事を終えて帰宅して髪を洗っているとき。
「手に泡がついていてメモができなかったので、
頭のなかで組み立てて、髪を乾かしたあとで慌ててメモをしました」(古川さん)
その後、推敲して、依頼から3日ほどで書き上げたという。
「詩を読んで、なんて素直なんだろうと思いました。恋愛をテーマとするとき、
私だったら言葉を濁したりほのめかしたりしてしまうと思いますが、
スパンと答えが書いてある。それでいて説教くさくなくて、
『なに?』という疑問系を育てていくというところが新鮮でした」(橘さん)
古川さんがつけた詩のタイトルは『LOVEってなに』。
花屋の女性と本屋の男性が、言葉の“種”によって出会う物語だ。
「この詩を書いたとき、言葉の種というものが自分のテーマになっていた時期です。
そこから言葉の種を探している男の子と言葉の種を拾った女の子の話が生まれ、
その種を植えて育て花が咲くというイメージがフワーと浮かんできました」(古川さん)
古川さんの詩は橘さんへと手渡された。
橘さんはこの時期、ほかの絵本の制作などで多忙。
なかなか制作を進められなかったが、約10か月後に下描きを完成させた。
詩は女性と男性の物語が交互に登場する形式で書かれていたが、
それを一節ごとに分解し、蛇腹の片側から女性の物語が、
もう片側から男性の物語が始まり、最後にふたりが出会うという形式に再構成された。
「物語が進むにつれて、だんだん赤い花の面積が大きくなって
盛り上がっていくような絵柄にしようと思いました」(橘さん)
橘さんから下描きと構成が仕上がったという連絡を私がもらったのは、
2023年10月のこと。
実は、それまで蛇腹絵本をつくりたいという話は聞いていたけれど、
具体的に進めているとは知らなかったので、この連絡に驚いた(!)
さらに『LOVEってなに』という恋愛がテーマの本だというから2度びっくり(!!)
これまで北海道のローカルなつながりで本をつくってきて、
それらは自給自足や農業、食にまつわることで、いわば“恋愛度”の低いテーマが中心。
そこに、まったく予想しなかった内容の本ができることになり、胸が高鳴った。
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さっそく、シルクスクリーン印刷をいつもお願いしている
〈Aobato〉の小菅和成さんに連絡を取り、古川さん、橘さん、私で
小樽の工房を訪ねることにした。
今回、文字は橘さんが手書きした。
細い部分があって再現性を心配したが「キレイに出せますよ」と小菅さん。
小菅さんは腕の良い職人さん。その上、さまざまな工夫も提案してくれる。
原画を見て、ところどころに透明のインキを盛って
ツヤを出したらどうかとアイデアを出してくれた。
橘さんはLOVEのタイトルや花に水をあげるシーン、
花びらの変化などに、ツヤを感じさせる表現を加えた。
クリスマスに発売されることも考えて、インクは赤と緑を選び、文字は紺色とした。
通常の印刷物でよく目にするオフセット印刷は、シアン(青)、マゼンタ(赤)、
イエロー(黄)、ブラック(黒)の4色で、フルカラーを再現するが、
シルクスクリーン印刷の場合は、版ごとに自分の好きな色を選んで刷ることができる。
2か月ほどして印刷が完了した。
この本の著者名や発行元は、のし紙風の腰巻きに記載されている。
橘さんがデザインしてくれたもので、
そこに私の出版社の名前もあるのが不思議な気がした。
最初と最後の印刷工程のみ関わっただけで、今回はまったく編集作業をしていない。
ある日、突然サンタクロースがやってきて、
この本をプレゼントしてくれたような気分がした。
今年1月、出版を記念し、〈俊カフェ〉でトークショーが行われ、
古川さん、橘さん、私の3人で登壇した。
ふたりからは、完成に至るまでの制作秘話が語られた。
このとき、なぜこの本が『LOVEってなに』という、
いわば直球のタイトルになったのかがつかめたような気がした。
「男女が出会うという物語になっていますが、愛というのは友だち同士にも、家族にも、
そして1回しか会ったことのないどこか遠くにいる人にもあるかもしれないと思います。
〈俊カフェ〉は、まず俊太郎さんへの愛があり、こうして6年も続けてこられたのは、
たくさんの人が見返りを求めず、心から応援してくれているからです。
こうしたみなさんからの愛を私も大事に育てていきたい。
その思いを綴った物語です」(古川さん)
私はこの言葉を聞いて、古川さんが、つねに谷川俊太郎さんへの
愛をさまざまなかたちで発信しているまっすぐな姿と、
この詩のタイトルに「LOVE」という言葉があることが、ピッタリとつながった。
「LOVEってなに
それは育むもの
いつでも心を寄せていたい
それは見つめること
花が咲く瞬間を見逃さない」(『LOVEってなに』より)
古川さんの言葉を聞いて、愛はさまざまなところにあると、あらためて実感した。
みんなの愛が結集して『LOVEってなに』も生まれたんだなあと、
トークが終わり帰路につきながらしみじみと思った。
*俊カフェでのトークショーの様子は、絵本づくりの最初に立ち会ってくれた佐藤さんが
書店ナビのサイトでリポートしてくれました。こちらもどうぞ!
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