便利な時代だからこそ不便な暮らしを。 自然とつながることで楽しむ、 趣味の延長上の家

伝説のわな猟師の生き様に感動して始めた狩猟

「狩猟をやっていると、自分はほかの動物の命に生かされていることに
気づかされるんです。
自分で命を獲ったものを、自分で解体して食べる。
その“命をいただく”感覚に感動したんです」

茨城県笠間市の郊外で、BESSの「ワンダーデバイス」に暮らす菅谷一成さんは
「狩猟」の醍醐味をこう語る。

菅谷一成さんと妻の恵子さん。

菅谷一成さんと妻の恵子さん。

菅谷さんは自動車ディーラーで営業の仕事をするかたわら、
わな猟の狩猟免許を取得している。
笠間市は近年イノシシやハクビシンなどの獣害に悩まされており、
一成さんは地域の捕獲団体に所属して、イノシシなどの獣害対策に当たっている。
家の周辺にはいくつかの箱罠を仕掛けており、これを毎朝チェックするのが日課だ。

「もしイノシシが入っていたら、その後仕事に行かなければならなくても
朝のうちにシメます。
営業と狩猟というなんだか両極端なことをしているものですから、
どうやら会社では『菅谷ってやべえ奴だぞ』と、評判が立っているようですが(笑)」

自宅近くに設置された箱罠。取材に訪れる数週間前には2頭のイノシシが罠にかかっていたという。

自宅近くに設置された箱罠。取材に訪れる数週間前には2頭のイノシシが罠にかかっていたという。

狩猟にのめり込んだきっかけは、3年ほど前にたまたま見た、
伝説の罠猟師・片桐邦雄を追ったドキュメンタリー番組だった。

「もともと猟には興味があったのですが、
片桐さんの生き様を見ていたらもう一気に狩猟の世界に惹き込まれてしまいまして。
本格的に狩猟をやってみたいと思い始めました。
そうしたらちょうど住んでいる地区にあるイノシシの駆除隊から、
メンバーに入ってくれないかとお誘いがあったんです」

リビングの本棚には伝説の罠師・片桐邦雄さんの書籍が。

リビングの本棚には伝説の罠師・片桐邦雄さんの書籍が。

願ってもないタイミングで声がかかり、迷わず駆除隊に入隊することを決めた菅谷さん。
偶然にも笠間市には茨城県の狩猟者研修センターがあり、
狩猟免許を取りやすい環境も整っていた。
そして憧れの片桐さんと同じく、「わな猟師」の免許を取得した菅谷さん。
この日は一成さんのお気に入りの場所だという広いウッドデッキで、
仕留めた猪肉を振る舞ってくれた。

「旅は断片。」 12人の旅人によるユニークな視点。 四国、九州・沖縄編

断片を見つける旅を

旅においてちょっとした出来事が心に残っているのではないだろうか。
さまざまなクリエイターがローカルを旅したときに感じた
そんな「断片」を綴ってもらった。

彼らの持つ旅の視点を参考にして、
おもしろい旅の断片をみつけてみたい。

そこでコロカルのリレー連載『旅からひとつかみ』から、
地域ごとにまとめて再編集していく。
第3回は【四国編】【九州・沖縄編】をお届けする。

四国編、九州・沖縄編の旅先マップ

「旅は断片。」 14人による旅のスモールストーリー。 中部、近畿、中国編

旅の小さな思い出は、とても愛おしい

旅のなかで、奇妙なことが起こったり、
まさかの偶然が起こったり、奇跡的な出会いがあったり、いろいろなことがある。
そうした小さな断片を逃さず思い出としてしまっておきたい。

さまざまなクリエイターがローカルを旅したときの、
そんな「断片」を綴ってもらうリレー連載が、
コロカルの『旅からひとつかみ』だ。
その連載を見てみると、北海道から沖縄まで全国での出来事が綴られていた。
そこで地域ごとにまとめて記事を紹介していく。
第2回は【中部編】【近畿編】【中国編】。

中部編、近畿編、中国編の旅先マップ

「旅は断片。」 12人の旅人による小さな出来事。 全国編、北海道・東北編、関東編

心に残っている、旅のトゥルーストーリー

自由に、縛られることなく旅をしているクリエイターが持っている旅の視点は、
どんなものなのだろうか?
独特の角度で見つめているかもしれないし、
ちいさなものにギュッとフォーカスしているかもしれない。

さまざまなクリエイターがローカルを旅したときの
「ある断片」を綴ってもらうリレー連載が、
コロカルの『旅からひとつかみ』だ。
その連載を見てみると、北海道から沖縄まで全国での出来事が綴られていた。
そこで地域ごとにまとめて記事を紹介していく。
まずは【全国編】【北海道・東北編】【関東編】から。

全国編、北海道・東北編、関東編の旅先マップ

「おいしいものないかな」が力になる。 離れた場所から能登を応援 石川県アンテナショップがリニューアル

銀座や日本橋、八重洲の周辺には、全国各地のアンテナショップが密集している。
東京にいながら、ちょっとした旅行気分を味わえるのが魅力だが、
商品を買うことが、被災地の復興につながることもあるようだ。

今年3月9日には、〈いしかわ百万石物語・江戸本店〉が
銀座から場所を移して〈八重洲いしかわテラス〉として再出発。
また5月(予定)には〈銀座・新潟情報館 THE NIIGATA〉がオープンを控えるなど、
今、注目度が高まる北陸地方のアンテナショップを紹介する。

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石川県と人をつなぐ総合発信拠点 
アンテナショップが「復興の象徴」に

〈八重洲いしかわテラス〉の外観

2014年10月、東京・銀座にオープンした
石川県のアンテナショップ〈いしかわ百万石物語・江戸本店〉。
出店から10年を迎える節目の年に、
東京駅からほど近い八重洲エリアへの移転した。

石川県 商工労働部 産業政策課の寺西洋毅さんに、
新たにオープンした〈八重洲いしかわテラス〉について、
また、年明けに発生した能登半島地震への率直な思いを聞いた。

継続的に石川の情報を発信し続ける

― はじめに、〈八重洲いしかわテラス〉の特徴を教えてください。

単に石川県の物産を販売するだけではなく、
観光コンシェルジュのコーナーなども設けています。
石川県内の事業者による首都圏での販路拡大や観光案内など、
情報発信の拠点となるアンテナショップを目指しています。

〈八重洲いしかわテラス〉店内の商品ディスプレイ

工芸品が並ぶエリア

銀座にあった頃は地下1階、地上2階の3フロアでしたが、
今回はワンフロアにすべてが集まっているため、
お客様にとっても買い物しやすく、広く、明るい店舗になっています。
東京駅から徒歩で約4分と立地がよく、アクセスしやすいのもアピールポイントです。

― 飲食スペースもあるのですね。

新たに飲食スペースも設け、「加賀棒茶」をお召し上がりいただけるほか、
日本酒の飲み比べやSNS映えする金箔ソフトなどもご用意しています。

情報の発信拠点ということで、イベントスペースでは文化的な体験も。
九谷焼の絵付けや金箔貼りなどの企画を通して、にぎわいを創出していきたいですね。

〈八重洲いしかわテラス〉の飲食スペースのカウンター。日本酒が並ぶ

― 移転の準備段階で「能登半島地震」が発生しましたが……。

以前の店舗を10月に閉めて、約半年空きました。
2024年の年明けくらいからPRのための物産展を企画していたのですが、
そのタイミングで地震が発生しました。
物産展は予定通り開催しましたが、「石川県を応援したい」とのことで、
足を止めていただいたり、カゴいっぱいの商品を買ってくださったり、
みなさまの「何かできないか」という気持ちがとてもありがたかったです。

― お店に並ぶ商品はすべて「地元のもの」ですよね。地震の影響は何かありましたか?

被害状況は県内でも地域によって差がありますが、やはり能登のほうは被害が深刻で、
主に日本酒など、入荷を予定していた商品がまだそろっていません。
ただ、それは能登の復興がどれだけ進んだのかを可視化するバロメーターでもあるんです。
前はなかった商品が次に来店したときに並んでいたら、その事業者が再開した証になりますから。
そうした観点からも、一度と言わず、何度も足を運んでほしいです。

― いよいよオープンとなりましたが、これからの展望を教えてください。

過去の震災で被害に遭った福島や熊本のアンテナショップでも、
1年くらいはたくさんのお客さんが来てくれたそうです。
一方で、時間が経てば経つほど、客足が遠のいていくとも聞きました。
そうした状況を避け、いかに持続していくかが課題だと感じています。

現在、復興応援ブースや新幹線県内全線開業ブースなどを計画していますが、
開始時だけではなく、継続して随時情報を発信していく。
首都圏にお住まいの方々に、少しでも石川県の現状や魅力を知ってもらいたいです。
きっかけは、「何かおいしいものないかな」でもいいので、
ぜひ一度足を運んでいただきたいです。

information

〈八重洲いしかわテラス〉ロゴmap

八重洲いしかわテラス

住所:東京都中央区八重洲2-1-8 八重洲Kビル1F

営業時間:10:30~20:00

Web:八重洲いしかわテラス

食べる・見る・聞く 
東京にいながら北陸を疑似体験

ここからは、富山、福井、新潟の3県のアンテナショップを見ていこう。
銀座や日本橋など首都圏にいながらも、さまざまな体験を通し、
まるで北陸へ旅行したような気分になれるのが特徴だ。

富山の魅力を知ってもらう
「体験テーマパーク」

〈日本橋とやま館〉の外観

東京メトロ銀座線・半蔵門線「三越前」駅(B5出口)より、
出てすぐの場所にある〈日本橋とやま館〉。
食品や工芸品が約1200点も並ぶショップフロアのほか、
和食レストラン「富山はま作」やバーラウンジ「トヤマバー」、
観光交流サロンなどがワンフロアに集う。
入口すぐのイベントスペースでは、企画展示やワークショップが開催されている。

〈日本橋とやま館〉が目指すのは、ただ買い物できるアンテナショップではなく、
いろいろな角度から五感をフルに使って富山の魅力を感じてもらう
首都圏と富山をつなぐ情報発信拠点。
おいしいものを食べ、文化に触れ、いずれは実際に富山に行ってもらう。
子どもから大人まで幅広い世代に体験の機会を提供し、
富山の上質を見て、味わい、『人とモノ』『人と人』を、
体験を通してつなげる役割も担っている。

総括館長の田崎 博勝さんは、
「地震は大きな被害をもたらしましたが、長い目で見たときに追い風にできるよう
富山の魅力を知ってもらう機会にしたい」と前を向く。
また「富山のものを買ってもらうことは大きな力になる」と加えた。

information

〈日本橋とやま館〉ロゴmap

日本橋とやま館

住所:東京都中央区日本橋室町1-2-6 日本橋大栄ビル1F

TEL:

ショップフロア(物販) 03-3516-3020

和食レストラン「富山はま作」 03-3516-3011

バーラウンジ(トヤマバー)03-6262-2723

その他(イベント等) 03-6262-2723

営業時間:

ショップフロア 10:30~19:30

和食レストラン 11:30~14:30 17:00~22:30(日・祝~21:00)

バーラウンジ 11:00~21:00

観光交流サロン 10:30~19:30

Web:日本橋とやま館

「福井を買って、味わい、旅する」
MADE IN FUKUIが詰まった複合施設

〈ふくい食の國291〉の外観

〈ふくい食の國291〉は、
「福井を買って、味わい、旅する」がコンセプトの複合施設。
ショップエリアには県内各地から厳選した海の幸やご当地グルメのほか、
職人の技が光る工芸品などが並ぶ。

施設内の〈越前若狭 食と酒 福とほまれ〉では、
現地直送の新鮮な食材を使った料理を堪能できる。
観光移住情報コーナーでは福井への旅の計画のサポートや、
移住を検討している人にも現地のリアルな暮らしの情報を提供している。

東京メトロ有楽町線「銀座一丁目」駅の5番出口から徒歩1分、
JR山手線・京浜東北線「有楽町」駅京橋口改札から徒歩5分とアクセスも良好。
福井の歴史や風土に光を当て、都心から“MADE IN FUKUI”の魅力を発信している。

information

〈ふくい食の國291〉ロゴmap

ふくい食の國291

住所:東京都中央区銀座1-5-8

Ginza Willow Avenue BLDG 1F・B1F

TEL:03-5159-4291

営業時間:

ショップ10:30-19:00

イートイン 福とほまれ

平日 11:00〜15:00 (L.O.14:30)、17:00〜21:00 (L.O.20:00)

土日祝 11:00〜20:00 (L.O.19:00)

定休日:不定休(年末年始を除く)

Web:ふくい食の國291

飲食から文化体験まで、
新潟の新拠点が銀座にオープン

〈銀座・新潟情報館 THE NIIGATA〉の外観イメージ

1997年のオープン以来、多くの人々に愛されてきた〈表参道・新潟館ネスパス〉。
ビルの老朽化に伴い、2023年12月25日に閉館した。
その後継として2024年5月(予定)にオープンするのが、
銀座に建設中のビルの5つのフロアを使った〈銀座・新潟情報館 THE NIIGATA〉だ。
「新潟の魅力を伝える場所があることをストレートに伝えたい」
という思いを込め、この名が付いた。

1・2階は物産販売エリアで、軽飲食販売や日本酒の試飲も可能。
また、地下1階は移住相談窓口となっている。
3階のイベントスペースでは文化体験の機会も設けられ、
8階には飲食店が入る予定で、“食”を通して新潟県の魅力を堪能できる。

information

map

銀座・新潟情報館 THE NIIGATA

住所:東京都中央区銀座 5-6-7

離れていてもできるもうひとつの復興支援 
クラウドファンディングで能登を応援

震災前の石川県輪島の白米千枚田

本特集「復興のバトンをつなごう。」のトップにも採用した震災前の石川県輪島の白米千枚田。©輪島市

手軽にできる復興支援として「買い物」を紹介したが、
寄付や義援金のほかにも、クラウドファンディングという選択肢もある。

「津波の被害に遭った旅館を再建したい」
「江戸時代から続く輪島塗の工房を再建したい」
「水族館の生き物を守りたい」
被災地からは、さまざまな理由から支援を募る声が届いている。

たとえば能登半島地震で甚大な被害を受けた輪島市の「白米千枚田」は、
棚田に亀裂が入り、地下水は地上にあふれ出し、壊滅的な状態に。
放置しておくと修復不可能になるとのことで、対応が急がれるなか、
立ち上がったのが「白米千枚田愛耕会」のみなさん。

「400年間守りつないできた能登の財産をここで絶やすわけにはいかない」
そんな思いで、クラウドファンディングに挑戦したという。

愛耕会のメンバーのなかには、自宅が全壊した人もいる。
避難生活を強いられながらも「白米千枚田」を守ろうとする姿に、
心を動かされた人は多いようだ。
自宅からでも、何かできることを。
クラウドファンディングで応援するというのも、復興支援のひとつの形だ。

information

能登半島地震|白米千枚田を修復し、再び米作りを。

復興を担う8人のことば 震災の経験を未来に つなぐために大事なこと

これまでにもさまざまな震災を経験してきた日本。
そのたびに、乗り越えようと力を合わせてきた。
しかし、日常を取り戻すとともに、その記憶は薄れていってしまう。

もしも、自分の住んでいる地域を大きな災害が襲ったら――

過去の震災で復興に携わった8人に、その経験を経た今だからこそ、
能登半島地震の被災者や復興支援をしたい・している人へ伝えたいこと、
そしていつ自分が被災者になるかわからない
私たちみんなが考えるべき日常からの心構えを教えてもらった。

今回聞いたこと

(1)「能登半島地震」が発生したことを受け、率直な気持ちをお聞かせください。
(2)過去の震災が発生した当時、どのような活動をしましたか?
(3)その経験は、能登半島地震の復興、今後起こりうる災害へどう生かせますか?
(4)現地で復興に携わる方々へのアドバイス、メッセージをお願いします。
(5)読者のみなさんに向けて、災害への心構えをお願いします。

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この土地、この場所で生まれ育ち、 生きると決めたからこそ。 「Yahoo! JAPAN SDGs × コロカル」 編集長対談

2024年の元日、能登半島地震が発生。
多くの人にとって忘れることのできない日がまた増えてしまった。
「自分たちに何かできることはないのか」と、
今も歯がゆさを感じている人も多いかもしれない。

コロカル編集長・山尾信一もそのひとりで、
被災地の情報を集めているなかで、SNSのタイムラインで目に止まったのは、
『Yahoo! JAPAN SDGs』編集長の長谷川琢也さんのあるツイートだった。

東日本大震災から13年——われわれはどんな教訓を得て、
どのように受け止め、能登半島も含むこれからにどう生かせばいいのだろうか。
はせたくこと、長谷川琢也さんとコロカル編集長・山尾が「復興」を考える。

災害時に私たちができることと
東日本大震災から得た教訓

2011年3月11日から13年。
新潟県中越地震(2004年)、熊本地震(2016年)、
北海道胆振東部地震(2018年)と近年大きな災害が日本列島を襲った。

東日本大震災を機に、復興の一環として
「フィッシャーマン・ジャパン」を立ち上げた、はせたくさんは
ヤフー(当時)の社員ながら、石巻と東京で二拠点生活をしながら
東日本大震災以降、10数年にわたり復興の軌跡を目の当たりにしてきた。

2024年1月4日。能登半島地震の3日後に
「何もできなくて悔しい。ざわざわしっぱなし。」とXに投稿し、
その歯がゆさを綴った。

震災のたびに考える自分たちの「役割」

山尾: 年明けの能登半島地震では、
奥能登地域を中心に北陸の各地で甚大な被害が発生しました。
私たちもメディアとして、あるいは個人として
何かしたいけど、何をすればいいのかわからなくて
歯がゆい気持ちになった人も多いと思います。
私もまさにそのひとりで、そんなとき、はせたくさんの投稿を見て、
同じメディアの人間としても、個人としても、すごく共感しました。

X投稿のキャプチャ

2024年1月4日はせたくさんが歯がゆい気持ちをXに投稿した。

はせたく: あの投稿は、社会活動家で、「防災ガール」の発起人でもある
田中美咲さんの投稿に対するコメントでした。
田中さんとは東北で復興活動をやっていたという共通点もあり、
これまで東北に関わってきた人同士、自分にもきっとできることはあるけど、
みんな共通して歯がゆい気持ちがあったんだと思います。

山尾: 投稿されたのは、震災から3日後の1月4日でしたね。
私も2011年3月の東日本大震災のとき、毎日新聞社で「希望新聞<特別版>」という
避難所に届ける支援新聞を創刊したことがありました。
そんな経験もあり、今回の能登半島地震でも、何かできることがあるのではないか……、
この思いをどこにどうぶつけたらいいのか、すごく困っていたときに
「同じ気持ちを抱えている人がいる」と、少し救われた気持ちでした。

希望新聞<特別版>

東日本大震災当時に山尾が発起人として創刊に携わった「希望新聞<特別版>」。

はせたく: 震災後、いろいろな報道がありましたが、
何でもかんでもとにかく現地に行けばいいってことではないのは、
これまでの震災復興に関わってきた人たちはわかっています。
そういった「学び」は東日本大震災での教訓です。

本当に僕も吐きどころのない感情を、田中さんの投稿をきっかけにしないと
なかなか言葉にできなくて。

山尾: コロカルとしても何か役に立てないかと……という気持ちがありました。
石川県の馳浩知事の
「能登には来ないで」
「でも石川県には来て」
というXの投稿が話題になりましたが、
コロカルでも、石川県のアニメ作家・名取祐一郎さん(@natoriyuichiro)のイラストを
使わせていただき、記事を公開しました。
震災後少し時間が経ったタイミングで、どういう情報発信が正しいのか、悩んだところです。

石川県の馳浩知事のX投稿のキャプチャ

石川県の馳浩知事が1月17日に投稿したXの画面。

はせたく: 今でこそLINEヤフーの社員として、
『Yahoo! JAPAN SDGs』の編集長をやらせてもらったり、
ヤフー石巻復興ベースを設立したりして、
現地の声を多くの人に届けることができていますが、
東日本大震災当時は、そんなことも考えられる余裕はありませんでした。

今でも東北のいろいろな被災地に行くと、
「あのとき何もできなかった」「どうすれば良かったんですか」
ということを多くの人に聞かれますが、2011年当時の僕も同じで、
若くて屈強なボランティアの子たちが、元気ハツラツと瓦礫の撤去をしたり、
重機を動かせる人が活躍していたりするなかで、僕自身は炊き出しを手伝いに行っても
料理はできないし、「あぁなんて自分は無力なんだ」と痛感しました。

東北で切ない時間を過ごしたこともありましたが、
彼らにはできない「何か」が、自分が入り込める「隙間」が、あるんじゃないかと思って、
僕は会社という組織を存分に利用しようと考えました。

お金もリソースもありますし、何より大きいことができる。
義援金を集めるプロジェクトを進められたり、
被災地と支援者の橋渡しになったり、個人では動けなくても組織を利用することはできると。

なので、個人ひとりでは何もできなくても、
組織にいるからこそできることがあるはず、と言い続けています。

「フィッシャーマン・ジャパン」サイトのメインイメージ

2014年、はせたくさんが設立に携わったフィッシャーマン・ジャパン。

対談中の『Yahoo! JAPAN SDGs』編集長の長谷川琢也さんとコロカル編集長・山尾信一

復興に向けた「フォーマット」はできつつある

山尾: この10数年、東北の復興の軌跡を間近で見られてきたと思いますが、
今回の能登半島地震の知らせを受けてどんなことを感じたのでしょう。

はせたく: 今回、僕は「呼ばれたら行こう」と思っていました。
当時も今回も、歯がゆい気持ちは変わりませんが、
とりあえず現場に急行するわけには行かないし、
被災地に負担をかけずに、的確に動ける人はほかにもいる。
その状況は、東日本大震災の復旧、復興を俯瞰して見てきたからきたからこそ
わかっていました。

長谷川琢也さんのX投稿キャプチャ

はせたくさんはFacebookに率直な想いを綴った。

山尾: 阪神・淡路大震災や東日本大震災などの経験から、
復旧や復興への「フォーマット」もできあがりつつありますよね。

災害が発生したら、まずは人命救助の72時間に始まり、
次いで、二次災害、避難・輸送などの交通、避難所の感染症・災害関連死、
ライフラインの復旧、そして、近隣の観光への風評被害、震災遺構の保存など、
時間を追って、対応すべきことや問題が変化していきます。

それぞれのタイミングで、誰がどんな役割を果たすべきなのか、
これまでの災害から学びを得て、復興への道筋は見えやすくなっているように思えます。

はせたく: おっしゃる通り、確かに「フォーマット」は存在すると思います。
供給する物資の内容や供給方法もそうですし、避難方法や避難所での過ごし方など……
すごい量の「学び」がありました。

被災した経験のある人たちは、今でも真剣に避難訓練していますし、
実際に東日本大震災後に余震が続いたときも、
みなさん大声で近所の人たちと声をかけ合って協力し合っています。

山尾: 今回の能登半島地震でも、
北陸4県や周辺自治体からの迅速かつスムーズな支援だけでなく、
熊本市の水道局員が熊本から給水車で駆けつけたり、
東北大学病院からは災害派遣医療チーム「DMAT」が派遣されたりもしていました。

被災地とそのほかの地域の連携が、すごく効率的に機能していた印象を受けました。

はせたく: 本当にその通りですね。
ひとつひとつの災害が「点」ではなく「線」としてつながり、受け継がれています。

デジタルの力も大きかったと思います。
SNSなど悪い側面が注目されてしまう場合もありますが、
LINEが誕生したのは、2011年6月でしたが、そのきっかけは東日本大震災だそうです。

例えば、東日本大震災のときにHondaが被災地域に住む人たちや、
被災地域へ向かう人たちのスムーズな移動を支援する目的で、
震災翌日から通行実績情報を公開しましたが、
その後、大地震や集中豪雨などが発生した際に、通行可能な道路を
カーナビなどで確認できるサービスも登場しましたね。

対談中の長谷川さん

ローカルとクリエイター。 18人の「気づきのコトバ」

移住、起業……、ローカルに多様に関わる18の方法

クリエイティブな仕事は、東京よりもむしろローカルにあるのではないか。
ローカルで事業を起こしたり、自分で移住したり。
ローカルシフトしたクリエイターたちは、そこでどんなことを感じたのだろうか。

「普通のジェット機は高度10000メートル以上で雲の上を飛ぶけれど、
1000メートル以下を有視界飛行するプロペラ機から見ると、
日本列島はとてもきれいなのだとわかります。
これは日本のものすごい資源。
まさに津々浦々、海も森も地域ごとに個性があり、
自然の力にあふれているんです。
なおかつ千数百年にわたりひとつの国であり続けた文化的蓄積があります」
原研哉

2019年に発表した、原さんが日本各地を訪れ、自身で撮影し、
原稿を書く自主的なプロジェクト〈低空飛行〉について。

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「グローバル/ローカル」の時代。価値はローカルに眠っています。']

「毎日この景色を目にするたびに、豊かだなと思います。
緑の木々、川の流れ、燃えるような夕焼け。
家にいるだけで、写真を撮りたくなる瞬間がたくさんやってくるんです」
川内倫子

2017年、豊かな自然が残る環境と、
東京まで車で1時間という利便性を兼ね備えた千葉県に移住し、
新築した家での暮らしについて。

[ff_get_limagelink post_id=142374 thumbnail='https://libs.colocal.jp/wp-content/uploads/2024/01/tpc-thi-fmc-2401-local-shift-photo2.jpg?v=1.0' wrapperclass='marB60' titlebefore='vol.002 ' title='写真家・川内倫子
移住先の千葉で見つけたものとは?']

家具の“循環”を体感する場所 〈トトン〉が見据える、 これからの暮らし

捨てられていく家具を目の当たりにして

富山県富山市に昨年9月オープンした、“家具の循環を体感できる”複合施設〈トトン〉。
非常にユニークなコンセプトのこの施設はどのようにして生まれたのか。
トトンの事業責任者を務める、富山市の家具・インテリア販売の老舗〈米三〉の
常務取締役・増山武さんに尋ねると、トトンの構想が生まれる以前から抱えていた、
あるもどかしい思いがきっかけだったという。

「我々は新しい家具をお客様に売るときに、
お客さまがそれまで使っていた家具を引き取っています。
その家具を一旦倉庫に持ち帰り、まとめて廃棄をしていたのですが、
それでいいのだろうかという思いがありました。
昔の家具は丁寧なつくりをしていてまだまだ使えるし、
とてもいい素材を使っているものも多いです。
しかも、廃棄するコストも高騰していました。
そうした状況にずっと“もったいない”という気持ちを抱いていたんです」

米三の倉庫に置かれた、購入者から引き取ってきた古い家具。

米三の倉庫に置かれた、購入者から引き取ってきた古い家具。

大量に生産し、大量に消費し、大量に廃棄する。
そうしたこれまでの一方通行型の経済活動から、
循環型の経済活動への転換が世界全体の課題となっている現在。

引き取って、もう処分されるだけの運命しかない家具で、
「循環」をつくり出すことはできないか。
そう考えた増山さんは、イベントで知り合った、
タンスや木彫りの熊のアップサイクル事業を手がけている〈家’s〉代表で、
のちにプロジェクトメンバーのひとりとして
〈トトン〉の立ち上げに関わっていくことになる伊藤昌徳さんに相談を持ちかけた。

「僕は家’sという会社で、引き取ったタンスをアクリルと掛け合わせ、
新たな価値をもたらすアップサイクルを行っています。
ただし、メインのスタッフが僕ひとりしかいないので、
どうしてもスピード感を出せないことから、
多くの家具を扱うことができません。
そこで、大量の中古家具を引き取っている米三だからこそできることとして、
中古家具の2次流通をやってみてはどうかと、増山さんに提案してみました」(伊藤さん)

株式会社家’sの伊藤昌徳さん。

株式会社家’sの伊藤昌徳さん。

家’sが手がける〈Re-Bear Project〉でアップサイクルされた木彫りの熊。

家’sが手がける〈Re-Bear Project〉でアップサイクルされた木彫りの熊。

当初はそのように、引き取った中古家具の2次流通のみを目指した施設を構想していたが、
伊藤さんのほか、グラフィックデザイナーやコピーライター、設計事務所など
チームが拡大しさまざまな議論を重ね、
他の施設や企業の事例も知るなかで、次第にその思いは変わっていった。

「上辺だけ取り繕ってもダメだなと。はじめは家具の2次流通を
どううまく回すかというビジネス軸の考え方をしていたのですが、
そうではなくDIYやリメイク、アップサイクルの価値を高めていけるような、
ひいては富山のカルチャーをつくっていくような場所にしていこう、
そういう思いにシフトしていきました」

トトンを案内してくれた増山武さん。

トトンを案内してくれた増山武さん。

そして、家具の循環を中心に新たなライフスタイルを提案する
複合施設〈トトン〉がオープンした。

富山駅から車で10分ほどの「問屋町」にあるトトン。
巨大なコンクリート造の倉庫が並ぶエリアの一角にある、
米三が保有する倉庫の1階と2階の広大なスペースを
リノベーションしてつくられた施設だ。

1Fには、サステナブルな雑貨やリペアした家具を販売するストアと
家具のリペア、DIYを行うスペース、
2Fにはカフェ、コワーキングスペースなど、
開放感ある施設内にはさまざまなエリアが設けられている。
さらに特筆すべきは、カフェやコワーキングスペースで使われている机や椅子、
食器や配膳のお盆まで、ほとんどすべての家具や道具が再利用、
あるいはアップサイクルされたものだということ。
まさに“家具の循環を体感できる”というコンセプトを体現した場所だ。

北海道の森で 自然と過ごすマルシェ 『森と本と木の椅子と』

弟子屈の森で開催した、『森と本と木の椅子と』

5年前、北海道に移住して初めての夏、
“マルシェ”が多いことに驚いた。
広場や公園や森の中で、
近隣の、ときには車で半日以上かかる遠くの市町村からも、
飲食店や雑貨店、農家や作家が出店するイベント。

北海道での生活においては、
市街地から離れた自分の店でお客さんを待つよりは
雪のない時期は、店の中身を車いっぱいに詰め込んで
自分から出かけて行ったほうが効率的なのだろう。

だから北海道では夏から秋の間、
いつもどこかで“マルシェ”が開かれる。

青空の下で本を自由に閲覧できる「あおぞら図書館」と、
薪割り体験をさせてくれる〈たき火屋さん〉と一緒に、
昨年秋、『森と本と木の椅子と』というイベントを開催した。
会場は、森の中のキャンプ場〈RECAMP摩周〉。

コンセプトは、
「森の中でのんびり過ごそう。
好きな本や気になる本を携えて。
そこには木の椅子があったらいい。
自分でつくった椅子だったら、もっといい」

“森”という空間を生かした出店が楽しい

2回目となる今年は、出店者を集めてマルシェの要素も加えた。
参加してくれたのは、移動古書店、お菓子屋、カレー屋、珈琲店。
さらに手編み靴下屋、くるみのかごや、お昼寝アートの撮影なんていうのもある。
人気が高かったのは、台湾式足もみやタイ式マッサージ。
“森の中での極楽気分”は、さぞかし心地いいことだろう。

「ビブリオバトル」「森ヨガ」「木のスツールづくり」といった、
プログラムも用意し、
日没の頃からは「Night Program」も企画した。

創業51年目の 仙台のスーパー老舗ロックカフェ 〈Peter Pan〉

音楽好きコロンボとカルロスが
リスニングバーを探す巡礼の旅、次なるディストネーションは
宮城県仙台市。

51年の歴史。お客さんと敵対した関係から寄り添う関係へ

コロンボ(以下コロ): レコードバーのご主人って、
お客さんの音楽の嗜好を探り出すのがうまいよね。

カルロス(以下カル): 初めて飲みに行った店でも、連れとの会話から推理して、
さり気なく好きな曲をかけたりしてくれると、驚く。

コロ: ここ〈Peter Pan〉の店主の長崎英樹さんに、それについて尋ねたら、
40%はドンピシャで、15%はハズレ、残りは当たらずしも遠からずだってさ。

カル: やっぱ会話からなの?

コロ: もちろんそれもあるけど、身なりと髪の長さもポイントらしい。
ボクがうかがったとき、試しにボクの場合は誰が好きそうですか? と聞いてみたら、
これが気持ち悪いくらいドンピシャなの。

カル: まさに創業51年の所業。どんな推理だったの?

コロ: 靴をチェックするのを忘れちゃったからと、「うーん」と考えていたんで、
「白いアディダスのスーパースターです」と教えたところ……。

カル: まさかニール・ヤングと?

コロ: そうなのよ、そのまさか。熟考の末、タンテに置いたのが『ハーヴェスト』。

カル: まさにドンピシャだ。

コロ: 悔しいから、いちばん好きなアルバムは『ZUMA』だって悪態ついたら、
それもかけてくれた。

写真家・在本彌生の旅コラム
「原風景でもある海南市へ、
お墓参りに行った」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第30回は、写真家の在本彌生さん。
夫の提案でお墓参りに行くことになったときの話。
海外出張帰りの在本さんは痛恨のミスを犯しますが、
お墓参りという旅は心に残るものになったようです。

お墓参りに行こう

「親父の命日に墓参りに行ってこようかな」

夫の言葉を聞いて、それなら私も同伴しておきたいなと思った。
夫は関西方面の出張帰りに寄るつもりだという。
私はといえばコロナ禍後初の海外出張直後の日程だったが、
帰国便を関空着にすればなんとか命日に間に合う。
和歌山市で命日の午前中に集合することになった。

紀北と呼ばれる和歌山県の北部は関西国際空港が近いので、
この辺りに東京から向かうときは、新幹線と「くろしお」を乗り継いで行くよりも、
飛行機で関空に着いてレンタカーを借りて向かうと楽なのだ。

長期出張後ゆえ、大きなスーツケースと機材ケースを携えていた私、
もちろん今回もあらかじめレンタカーを予約していた。

「やっぱり荷物があるときは車が便利だよなー」
関空に到着後、無事にチェックインしていたスーツケースを
ターンテーブルから引きずり下ろし、
いざレンタカーのブースに向かおうとしたとき、大変なことに気がついた。
東京の家を出る際、いつものように海外滞在用の財布に外貨を詰めてきたのだが……
あぁ、それが裏目に出た、やってしまった、
免許証を日本で使っている財布に忘れてきたのである。

うぅっ、自分のドジが心底うらめしい。
レンタカーはキャンセル(当日ゆえキャンセル料は100%!)、
この大きなスーツケースと機材ケースを引っ張って電車を乗り換え、
和歌山まで出ることになってしまった。まったく、なんの罰ゲームだろうか。

しばし気落ちしたものの、これしきのことに負けてはならぬと気を取り直し、
関空に隣接する駅へ。
ホームに立つと、南国から戻ったばかりの身に
秋本番に入った日本の冷たい風が吹き込み、やけに沁みた。

夫にはレンタカーを空港で借りることができなくなったので
まちでレンタカーを急遽抑えてもらうよう電話を入れた。
案の定、呆れられたが、それも当然、素直に非を認めた。

〈バリューブックス〉
本にまつわる環境を整え、
「本の生態系」をつくる

「古本屋」を超えた古書店

〈バリューブックス〉の名前は、
〈amazon〉や〈楽天〉で古書を市場など買うときに
目にしたことがある方が多いのではないだろうか。
バリューブックスは、本の買取販売を主軸とする一方で、
販売だけでなく、異業種との協業を含めたさまざまなプロジェクトを展開しており、
もはや「古本屋」の域を超えた企業といっていいだろう。

バリューブックスの「ブックバス」。地域やイベントをまわって本の販売や寄付を行う。同社の事務所がある長野県上田市内の学校や保育園はほぼ訪れたという。

バリューブックスの「ブックバス」。地域やイベントをまわって本の販売や寄付を行う。同社の事務所がある長野県上田市内の学校や保育園はほぼ訪れたという。

例えば、日本各地に本を届ける移動式書店、「ブックバス」。
本の買取査定金額をNPOや大学などに寄付するサービス、「charibon」。

これらはプロジェクトのほんの一部。
ほかにもさまざまな試みがあり、多岐にわたる活動の全体像を把握するのは、
なかなか難しいのではないかと思えるほどだ。
バリューブックスは、なぜこうした事業を行っているのか。
同社が本社を構える、長野県上田市を訪ねた。

毎日1万冊が古紙回収に

上田市内にあるバリューブックスの倉庫の入口付近。搬入出のトラックや仕分け担当のスタッフが常に出入りしている。

上田市内にあるバリューブックスの倉庫の入口付近。搬入出のトラックや仕分け担当のスタッフが常に出入りしている。

向かったのは、バリューブックスの倉庫。
同社では上田市内の4つの倉庫に130~150万の在庫を常時保管するが、
この倉庫だけで70万冊を数えるという。
入口付近で真っ先に目を引いたのは、
大量の段ボール箱と仕分けされている本の脇にある、
あふれんばかりの本でいっぱいになった巨大なコンテナだ。
中身はすべて、古紙リサイクルにまわされる本だという。

倉庫入口付近にあるコンテナ。状態のいい本も含めて、すべて古紙リサイクル工場に送られる。その圧倒的な物量に言葉を失う。

倉庫入口付近にあるコンテナ。状態のいい本も含めて、すべて古紙リサイクル工場に送られる。その圧倒的な物量に言葉を失う。

「バリューブックスの、一見よくわからない取り組みも、
このコンテナを一度見てもらうだけで感じ方が変わると思うんです」と語るのは、
案内してくれた同社取締役副社長の中村和義さん。
同社には買い取り目的を中心に1日で2万冊の本が届けられるが、
うち、実に半分にあたる1万冊が買い取りできず、
紙のリサイクル工場に運ばれるのだ。
倉庫が年中無休で稼働していることを考えると、単純計算で年間365万冊。
とてつもない数になる。

震災後にゼロから始めた
〈三陸ジンジャー〉。
土も歴史も掘り起こす

震災後に生まれた〈三陸ジンジャー〉

岩手県の東南、宮城県気仙沼市と接する陸前高田市。
太平洋に面した三陸海岸はリアス式で知られ、
市内には山地と、湾に囲まれた平野が広がる。
7万本もの松があったとされる「高田松原」のなかで、
津波に唯一耐えた「奇跡の一本松」があり、
東日本大震災でまちの名を知った人も多いだろう。

この土地で、震災後に生まれた〈三陸ジンジャー〉が、岩手の魅力を再発掘している。
栽培するのは千葉県出身の菊地康智さんだ。
農薬や化学肥料を使わずに栽培される生姜で、
収穫したての新生姜はやわらかく瑞々しいのが特徴。
天ぷらや生姜ごはんなど、料理の主役として皮ごといただくのがおすすめだ。

収穫時期は霜が下りる前までとされ、陸前高田では10〜11月中旬。土を掘るとピンクと白い肌が美しい新生姜が顔を出す。これらを熟成させると辛味が増し、薬味に適した黄土色の生姜に変化していく。

収穫時期は霜が下りる前までとされ、陸前高田では10〜11月中旬。土を掘るとピンクと白い肌が美しい新生姜が顔を出す。これらを熟成させると辛味が増し、薬味に適した黄土色の生姜に変化していく。

新生姜の流通は12月上旬くらいまで。以降、翌年の収穫までは通年で黄土色の生生姜が流通する。

新生姜の流通は12月上旬くらいまで。以降、翌年の収穫までは通年で黄土色の生生姜が流通する。

〈三陸ジンジャー〉の畑があるのは、広田湾を見下ろせる高台。
ここではかつて祖父がリンゴを栽培していた。

祖父の家があるため、康智さんも子どもの頃、何度か訪れた記憶があるが、
10代のときに家族と相容れず、
家族は陸前高田で、康智さんだけが千葉で生活する期間が長かったという。

「震災が起こって、みんなが無事だと聞いたときは本当によかったなと。
家族に反発していたのは小さなことで、
生きているだけでありがたいんだなと本当に思いました。
以来、陸前高田に通うようになって、ここ(高台の畑)から海を望んでいたら、
津波は来たけれど、いいところだなって思ったんですよね」

康智さんも好きだという畑からの景色。当時、康智さんは内装業に携わり、現場の多くは東京都内の一等地に建つ高級タワーマンション。ギャップが大きく、自分のリソースを陸前高田に落とすべきだと思うようになっていた。

康智さんも好きだという畑からの景色。当時、康智さんは内装業に携わり、現場の多くは東京都内の一等地に建つ高級タワーマンション。ギャップが大きく、自分のリソースを陸前高田に落とすべきだと思うようになっていた。

同じ頃、映画『先祖になる』(2012年・池谷薫監督)に出合う。
陸前高田市で農林業を営み、津波で家と息子を失った佐藤直志さん(当時77歳)が、
自ら木を伐り、田植えをし、家を建てる。
その様子を追ったドキュメンタリーで、直志さんは康智さんの親戚だった。

「小学生のときに祖父が亡くなって、
葬式でひとりだけ話しかけてきたおじさんがいたんです。
『お前が生きているのも、じいちゃんとか、先祖のおかげなんだからな』って
言われたことを強烈に覚えているのですが、
映画館でスクリーンに映っているよぼよぼのおじいさんを見たら、
あのときのおじさんだ! って思い出して。
何十年経っても、同じことを言っているし、体現していると思ったら、
大号泣してしまって……」

直志さんの近くでもっと話を聞きたい。
そんな思いもあり、康智さんは陸前高田へ移住した。2014年のことだ。

陸前高田では、平地では年貢となる米を、高台では土地が狭い傾斜地でも育てやすいリンゴが多く栽培されてきた。

陸前高田では、平地では年貢となる米を、高台では土地が狭い傾斜地でも育てやすいリンゴが多く栽培されてきた。

日本一透明な海水を13時間焚き続ける
〈おくだ荘の井田塩〉
小さな民宿の伝統的な塩づくり

舞台は「井田ブルー」を臨む西伊豆

その地域に住んでいると気づかない、灯台下暗しな地元の魅力がある。
そんな地域の魅力を再発見し、全国へ届けているのが、
民宿〈おくだ荘〉を営む弓削さん一家だ。

舞台となるのは、静岡県沼津市井田。
「井田ブルー」と名づけられた透き通る青色が美しい海水浴場がある、
山と海に囲まれた西伊豆の地だ。

(写真提供:おくだ荘)

(写真提供:おくだ荘)

この井田の海水に着目し製塩業を始めたのは、民宿〈おくだ荘〉の初代・三樹夫さん。
4年半前に三樹夫さんが他界してからは、娘の美幸さんとその夫の豊さん夫婦を中心に、
3人のお子さんとの分業体制で事業を拡大している。

この日は美幸さんと豊さん、次男の直豊さんの3人にお話をうかがった。

写真左から、美幸さん、直豊さん、豊さん。

写真左から、美幸さん、直豊さん、豊さん。

民宿が塩をつくり始めた理由

おくだ荘の民宿経営が始まったのは、今から50年ほど前の1973年。
民宿の営業と並行して製塩業をはじめたのが、今から17年ほど前だ。

製塩業は、“約1500年前に井田で塩をつくっていた”という
文献を見つけたことをきっかけに、村おこしの一環としてスタートした。

最初はひとつの釜からはじまって、すぐ生産が間に合わなくなってふたつに。
経営が軌道に乗りはじめた頃、知り合いの土産店から発注を受け、専売で塩を卸した。

製塩工場。現在は4基の釜で製塩を行う。

製塩工場。現在は4基の釜で製塩を行う。

はじめは一種類のみを販売していたが、
天候や季節、薪の状態などによっても味が左右される塩を無駄にしないために、
新たに〈おくだ荘の井田塩〉として複数種の塩を販売することに。

3年前からは通販もスタートし、
今では全国でも名だたる高級料亭や寿司屋からも指名を受ける人気っぷりだ。

そんな井田塩は、沖縄・宮古島と並び「透明度日本一」とも称される井田の海水を
13時間焚くことでつくられる。

井田の海水浴場では、なんと熱帯魚と一緒に泳げてしまう。この日も大量の小魚が浅瀬を泳いでいた。

井田の海水浴場では、なんと熱帯魚と一緒に泳げてしまう。この日も大量の小魚が浅瀬を泳いでいた。

「海水を汲みに行くと、必ず1回は味を見ます。
本当においしいと、飲めちゃうんですよ!
ここは小さい集落なのに上下水道が完備されていて排水がないので、
山の水しか海に流れこまないんです」(美幸さん)

「そのうえ岩山だから、よほどの雨が降らない限り、茶色い水が流れてこないんです。
富士山の湧き水が海底から出ているところもあって、海水が透明なんですよね」(豊さん)

1日で150〜200キロほどの薪を消費する。

1日で150〜200キロほどの薪を消費する。

薪材に使われるのは、地元の天然スギやヒノキ。
本来、暖炉やキャンプ、建築などに使われるはずが、
汚れや傷があって出荷できなかったものを譲ってもらっているのだという。

この薪を使い、4基の釜を使って焚く。

約1500年前の文献から着想を得てはじまった〈おくだ荘の井田塩〉では、
昔の焚き方に近い製法で焚くために「平窯式製塩」という製塩方法を採用している。
およそ100年前は、山から木を切り出して海岸で塩を焚いていたと、
美幸さんは祖母から聞いていたという。

平窯式製塩の製法はシンプルだが、多くの時間と労力を要する。

まず井田の海から汲んできた透明な海水を釜に入れ、薪で熱して蒸発させる。
その後、隣の釜であたためた海水を複数回足していき、徐々に塩の濃度を高めていく。

そうして姿をあらわした塩の結晶を網ですくい、
苦汁(ニガリ)を含んだ水分を絞ることで、
サラサラとした〈おくだ荘の井田塩〉が完成するのだ。

15〜20時間で、1釜あたり5キロとれるかとれないか。

手間はかかるが、こうした自然製法を採用することで、
富士山の恵みを豊富に含んだ井田の海水に含まれるさまざまなミネラル分を
そのまま生かすことができ、深い旨みにつながっている。

〈Sumally〉山本憲資
『距離をテクノロジーでハックする』
軽井沢でのライフスタイル

軽井沢で実現させたスマートハウス

取材日の軽井沢はあいにくの雨模様。
それでも「今日も日課の〈野鳥の森〉の散歩に行ってきました」と話すのは、
〈サマリーポケット〉などを展開するSumally Founder&CEOの
山本憲資(けんすけ)さん。軽井沢に拠点を移して3年目。
自然の中での暮らしを楽しんでいる様子が窺える。

山本さんが軽井沢に拠点を移したことがことさらトピックスとして扱われる理由は、
山本さんがスタートアップ企業の代表だからだ。
サマリー社は「『所有』のスタイルを進化させる」というコンセプトのもと、
宅配収納サービス〈サマリーポケット〉というサービスなどを展開している。
いわばデジタルを駆使した先端的ビジネスといえる。

六本木ヒルズでギラギラやってそうなイメージもあるかもしれないが、
新しいアイデアをもってサービスを提供するCEOも、
自然と近い暮らしを望んでいるのだ。

起床はだいたい5時頃。毎朝、近所の森を散歩し、時間がある日は温泉に入る。

起床はだいたい5時頃。毎朝、近所の森を散歩し、時間がある日は温泉に入る。

山本さんは、東京に住んでいるときから軽井沢をちょくちょく訪れていて、
軽井沢を好きになった。その思いが特に強くなったのは3年ほど前。

「土地の雰囲気が好きで定期的に訪れていて、
そのうちに思い切って軽井沢に拠点をつくってしまおうと。
当初は、月2回くらい、週末に来られればいいかなと思っていました」

そうして軽井沢で物件を探し始め、約1年ほど見て回った。
購入したのは、別荘エリアとして有名な千ヶ滝エリアの一角。
家の前に流れるせせらぎも気に入った。

「家を見てすぐにリノベーションのイメージが湧きました。
部屋はすべてぶち抜いて一度スケルトンにし、ワンルームにしました」

道からも奥まった場所に家はある。

道からも奥まった場所に家はある。

ワンルームのうえに窓ガラスが大きく、
外へとシームレスにつながっているような感覚でとても広く感じる。
骨格には手を加えていないというが、
数寄屋づくりのような屋根の張り出しに風情を感じる。
家の中から漏れる光が、一層それを強めるのかもしれない。

2019年末に家を購入、さあリノベーションの工事に入りかけた2020年3月頃になると、
新型コロナウイルスの流行が爆発した。

「それもあって別荘的な住まいではなく、きちんと快適に生活できるように、
ちょっと力を入れてリノベーションすることにプランを変更したんです」

窓が大きく、抜けがいい。外に見えるのは緑のみ。

窓が大きく、抜けがいい。外に見えるのは緑のみ。

拠点自体を軽井沢に移すと決めたので、当然、住むには申し分ない設備が整っている。
都会よりむしろ便利なのでは? という感じでIoT化など、最先端のテクノロジーを駆使。
「距離をテクノロジーでハックする」と表現する山本さん。

「どこまで物理的な場所がボトルネックにならないように暮らせるかな、
と取り組んでみるのはおもしろそうだと思いました。
自然環境を享受したいと思って軽井沢に来たわけで、
たとえば電波がつながらないといった不便な暮らしをしたいわけではありませんから」

掃除機やエアコンなどはリモートで動かせるので、
東京からの帰り道に遠隔で作動させておくことができる。
玄関のインターフォンを鳴らすと、自分のスマートフォンに連絡が届く仕組み。
軽井沢の家に来た宅配便などへの指示も、東京にいても可能なのだ。

「コロナ禍になる前の数年のテクノロジーの進化が、
現在のリモートライフを支えている気がします。
ZOOMやSLACKなどのサービス、スマホの通信速度など。
10年前だったら、
こんなにスムーズにリモート的な環境に移行できていなかったと思います。
僕個人というより、社会全体としてインフラが整いつつあったところに、
コロナがトリガーとなりましたね」

このような暮らしは、サマリーの基本的な考え方にも通じる。
常に所有や距離、場所など、
フィジカルであることのユーザーエクスペリエンスについて
問い直してきたスタートアップの側面もある。

有田焼産地から発信する
〈アリタセラ / Arita Será〉の
魅力創出プロジェクト

地元からも観光客からも愛される場所へ

有田焼の産地として知られる佐賀県有田町にある〈アリタセラ/Arita Será〉は、
約2万坪の敷地に日用食器から業務用、美術工芸品まで、
多種多様な陶磁器の専門店が軒を連ねるエリアの総称だ。

かつては〈有田陶磁の里プラザ〉と呼ばれ、
集客に悩んでいた有田焼の商社が集まる卸団地が、
〈アリタセラ/Arita Será〉と改称したことをきっかけに、
今では、「心地よい場所」「また行きたい」と
SNSにもたびたび投稿されるまでに変化を遂げた。

愛される場所へと創生を促す、5年間の歩みを取材した。

陶磁器の専門店が軒を連ねる〈アリタセラ/Arita Será〉。

陶磁器の専門店が軒を連ねる〈アリタセラ/Arita Será〉。

有田焼創業400年事業から踏み出す一歩

毎年ゴールデンウィークに開催される〈有田陶器市〉には、
約120万人の観光客が訪れ賑わいをみせる佐賀県有田町。
しかしながら、それ以外の時期は驚くほど閑散としているのがまちの現状だ。

そんな有田町にとって、2016年は大きな節目となる年だった。

日本で最初の磁器である有田焼が誕生したとされる1616年から
400年を迎える2016年に向け、
佐賀県は〈有田焼創業400年事業〉を立ち上げ、
3か年をかけ17ものプロジェクトが推進されたのだ。

アリタセラ(旧・有田陶磁の里プラザ)も、
有田焼の販売を担ってきた拠点という位置づけから、さらなる産業基盤整備が求められ、
外部のクリエイターやシェフなど食と器文化に関わる専門家や、
広く観光客までを迎え入れられる滞在型の交流および情報発信を強化するべく、
敷地内の空き店舗を活用し、レストランを併設した宿泊施設を開業することが決まった。

そこで事業化推進とプロモーションの依頼を受けたのが、
有田焼創業400年事業の一環で招聘された、
クリエイティブディレクターの浜野貴晴さんだ。

クリエイティブディレクターの浜野貴晴さん(東京在住)。2014年から2017年まで有田に赴任して有田焼創業400年事業の任期を務めた。東京に戻ってからも毎月有田へ通い、産地支援を行なっている。(写真提供:有田ケーブル・ネットワーク「伝トーク!! 令和四年有田場所」)

クリエイティブディレクターの浜野貴晴さん(東京在住)。2014年から2017年まで有田に赴任して有田焼創業400年事業の任期を務めた。東京に戻ってからも毎月有田へ通い、産地支援を行なっている。(写真提供:有田ケーブル・ネットワーク「伝トーク!! 令和四年有田場所」)

魅力は自ら創り出す

事業主となる有田焼卸団地協同組合から、はじめに相談された内容は、
「何かSNSを使ったPRができないか?」というものだったという。

「SNSを使えば、来場者が勝手に発信してくれるのでは」という発想の組合幹部に、
浜野さんは問いかける。

「厳しいことを言うようですが、今、この場所に、
発信したくなるようなどんな魅力があると思いますか?」

組合事業なので、各店舗の運営に口を出すことはできないが、
当時はショーウィンドウや店先など管理の行き届かないケースも散見された。

さらにヒアリングを進めると、この場所に店を構えている組合員たちの悩みと、
ネガティヴな思いが見えてきたという。

「話を聞いていてびっくりしました。
『この場所をどのように活用していったらいいかわからない』
『〈有田陶磁の里プラザ〉という名称が好きではないので誰も使わない』
という声もあったのです」

当事者たる自分たちが悩み、不満を感じている場所で、
来場者が楽しめるはずがない。

「もっと魅力的な場所に、自分たちの手で変えていかなければ!」と
浜野さんの発案で立ち上げられたのが、
〈魅力創出プロジェクト〉だ。2017年10月のことである。

自然と人をつなぐ
木育マイスター
〈てしかが自然学校〉萩原寛暢さん

豊かな自然を誇る、北海道から生まれた「木育」

北海道には、木育マイスターという制度がある。
「木育」とは、「木とふれあい、木に学び、木と生きる。」
をモットーにした、北海道から生まれた言葉。
そして木育マイスターは、その理念に基づき活動できる人。

2010年から育成研修が始まり、
北海道認定の木育マイスターは、299人にも及ぶ(2022年3月現在)。
その栄えある第1期生が、弟子屈町で活躍している。

弟子屈町にある、カラマツ林にて。身長181センチの萩原さんも見上げる、立派な樹木が並んでいる。

弟子屈町にある、カラマツ林にて。身長181センチの萩原さんも見上げる、立派な樹木が並んでいる。

〈てしかが自然学校〉を主宰する、
自然ガイドの萩原寛暢さん。通称“ハギー”。
アウトドアのイベントで、学校の行事で、登山道整備で……
数か月に1度は町議会でもよく見かける、
町民が信頼を寄せる人気者だ。

萩原さんの拠点は、カラマツ林が広がる約10ヘクタールの原野にある。
敷地内には2棟のログハウスがあり、ひとつは4人家族が住む家に、
もうひとつは「原野のもり」という名の「木育」のフィールドになっている。

 

2011年から管理を任されているカラマツ林には、住居(手前)と「てしかが自然学校」の拠点となるログハウス(奥)がある。

2011年から管理を任されているカラマツ林には、住居(手前)と「てしかが自然学校」の拠点となるログハウス(奥)がある。

「元々はカラマツの人工林で、
ササがぼさぼさに生えていたので
草刈りをしたり、間伐材を馬で引っ張り出したり、
薪割り機を使ったり、子どもたちと遊びながら整備しました」

こうした森の手入れも、立派な「木育」。

ここには散策路もつくられていて、
樹齢50年以上の背の高いカラマツの間に、
イタヤカエデ、ミズナラ、タラノキ……
さまざまな広葉樹も自由に育っている。

ポップな海苔ブランドを
手がける漁師
スケートランプがある家

暮らしの真ん中に、階段

三重県四日市市に、〈BESS〉の「ワンダーデバイス」モデルを
10年前に建てた矢田さん一家。新一郎さん、美保子さん、
そしてふたりのお子さんと暮らしている。
家の前まで行くと、
駐車場にはカスタムされた古い〈NISSAN〉テラノと〈ルノー〉カングーが並び、
その横には小さなスケートボードのセクションが鎮座。
どうやらモノにこだわりがあり、暮らしを楽しんでいる様子が窺える。

リラックスできるソファでくつろぐ新一郎さんと美保子さん。

リラックスできるソファでくつろぐ新一郎さんと美保子さん。

家を建てるとき、BESSのワンダーデバイスをすぐに気に入ったという新一郎さん。
その理由は
「1階の部屋の真ん中に階段があり、区切られていないユニークなつくり」だという。
(※現行モデルでは階段の位置は異なります)

「部屋の真ん中にあると頭もぶつけるし、邪魔でもありますが、
なんとなく仕切られているのがいいですね」

部屋の真ん中にある階段が「ゆるい」仕切りとなる。

部屋の真ん中にある階段が「ゆるい」仕切りとなる。

この「なんとなく」が、実は重要。
矢田家では、ダイニングキッチンとリビングのようにふわっと分かれている。
壁などできっちりと部屋に分けられていると狭く感じ、一方で何もないと落ち着かない。
ゆるりとしたつながりをもたせている。

「2階に子供部屋があるので、自分の部屋に上がるときに必ずここを通ることになります。
そこで顔を合わせます」

生活動線を家の中心に置くと、家族の様子がよくわかる。
お互いの息遣いを感じられる家だ。

2階の子供部屋は、ひと部屋を上部が開いている間仕切りで分けた。

2階の子供部屋は、ひと部屋を上部が開いている間仕切りで分けた。

引越し当初、子どもたちに木で囲われたBESSの家は好評だった。
それは自分の子どもたちだけではないようで……。

「息子の友だちが毎日のように遊びにきていたんですよ。
それも階段の周りを走り回る。そして元気にウッドデッキに飛び出していく。
鬼ごっこ系がやばかったですね(笑)」

これもひらけた空間があるからこそ。
自分たちのリラックスする居場所がなくなってしまったが、
「楽しんでもらえている」と受け入れていた。
子どもの居心地はよかったということである。

浜松〈トゥルネラパージュ〉
オーディオ・アートともいえる
官能的で甘美なスピーカー

音楽好きコロンボとカルロスが
リスニングバーを探す巡礼の旅、次なるディストネーションは
静岡県浜松市。

「Listen & Love」スピーカーの圧倒的な存在感

カルロス(以下カル): うわー、なんとも甘美なスピーカー!

コロンボ(以下コロ): ドイツのアヴァンギャルド・アコースティック社の
〈avangarde trio〉+〈6 basshorn〉というスピーカーシステムなんだ。
オーナーの矢野裕理さんが一目惚れしたんだって。

カル: モダンでメンフィス・デザインのようでいて、エレガント。
楽器みたいな官能的なカーブだね。
圧倒的な存在感で、まさにスピーカーのためにつくられたようなお店。

コロ: その通りなんだよ。ブルックリンスタイルのレンガの壁から、吹き抜けの天井、
すべてスピーカーありきの設計で、スピーカーの色の塗装までオーダーしたらしい。

カル: クルマにある色ならなんでも可能なんでしょう? 
ジャガー・グリーンでもランボルギーニ・オレンジだろうと。

コロ: そうなんだ。さすが「Listen & Love」をブランドイメージとして
標榜するだけある。

カル: 実際、鳴りはどうなの?

コロ: ピュアでしなやか。まるで魔法をかけたようにスリリングで繊細な音なんだ。
サイズは大きいけど、細かい音がとてもクリアで、爆音でなくとも引き込まれちゃう。
小さい音でも細胞が揺さぶられるから、へんなマッサージより、セラピーになるってさ。

カル: リラックスし過ぎて、寝ちゃう人もいるだろうね。
寝られちゃう音楽はいい音楽ってことでもあるけど。

コロ: 喫茶店っていっても、リスニングスペースはホールみたいな造りだし、
カリモクのチェアは座りやすいし、余計にかも。

コピーライター・日下慶太の旅コラム
「新聞配達員として、
道を切り開くおばあちゃん」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第29回は、コピーライターとして、
そして「ケイタタ」名義で写真家としても活動する日下慶太さん。
島根県の新聞社〈山陰中央新報社〉の140周年の広告制作として
江津市の山間部で働く
ある新聞配達員のおばあちゃんに会った話。
配達員は、新聞以外にも配るものがあるということに気がついたようです。

新聞配達員の大切さを広告を通じて伝える

大阪に住んでいるが月の半分ぐらいは家にいない。
フリーのコピーライターとしてだいたいローカルで仕事をしている。
写真家としても活動していて、あちこちで展示をしている。
今年、仕事や写真展で主に行ったところは、
北海道、青森、高松、島根、福井、京都、高知など。
仕事をして、写真展をして、写真を撮り、釣りをして、UFOを呼ぶ。
だいたいいつもこんな感じだ。
釣りとUFOのことはまたの機会があれば語りたい。

今取り組んでいる仕事は、島根県の新聞社〈山陰中央新報社〉の140周年の広告である。
新聞配達員にスポットライトを当てた広告をつくってほしいという依頼があった。
配達員が高齢化してリタイアし、なり手がおらず人材不足となっている。
これは山陰だけではなく全国の地方紙が抱える問題となっている。
配達員の大切さを広告を通じて伝えることが私のミッションだった。

山奥のぽつんと一軒家まで新聞を届ける配達員。

山奥のぽつんと一軒家まで新聞を届ける配達員。

配達をしながら新聞が溜まっていないか、不審者はいないか、
電気のつけっぱなしはないかと、配達員は日々の異変をチェックしている。
例えば、ポストに新聞が数日たまっていたならば、
新聞を取りにこれないほど体調に異変があった可能性がある。
独居老人も多い。新聞配達しか他者との継続的な接点がないような山奥の民家も多く見た。
配達員の不在によって、
新聞だけでなく目が行き届かなくなることも地域にとって損失である。

山村の民家にあった手作りのポスト。

山村の民家にあった手づくりのポスト。

広告の仕事でもありながら、社会課題でもある。
私はこういう仕事が好物だ。
島根県内をぐるぐると回っては、新聞配達、印刷所、新聞記者など、十数名に取材をした。
朝何時に起きるか、どうして新聞配達を始めたのか、配達で心がけていることは、
などと聞き出して1枚の原稿を仕上げていく。

北海道白老町 土地の記憶や
人々の営みのルーツに迫る芸術祭
「ROOTS & ARTS SHIRAOI 2022」

白老でルーツに目を向け、作品を生み出したアーティストたち

北海道の南西部に位置する白老町は、
アートプロジェクトが活発に行われているエリア。
2009年から竹浦地区で廃校舎とその裏に広がる森を舞台に
〈飛生アートコミュニティー〉による「飛生芸術祭」が開催されている。
また2018年にスタートしたウイマ文化芸術プロジェクトが、
アーティスト・イン・レジデンスやライブ、写真展などさまざまなプログラムを実施。

そして、昨年からは白老文化観光推進実行委員会により
「ROOTS & ARTS SHIRAOI -白老文化芸術共創-」(以下、ROOTS & ARTS)が
白老各所で開催されるようになった。
この芸術祭は今年で2回目。
昨年に比べ参加アーティストは2倍以上となり規模が拡大。
まちの22か所で開催されることとなった。

8 月27日の開幕には、参加した15組のアーティストのうち多数が現地に滞在。
プレスツアーとともに9組のアーティストによるトークセッションも行われた。
このレポートの筆者は、トークセッションの司会を担当することとなり、
芸術祭のタイトルにもなった「ROOTS & ARTS」を
アーティストたちがどのように捉えていたのかについて話を聞いた。
そこで語られた言葉を紐解きなら、この芸術祭について迫ってみたい。

トークセッションの様子。(撮影:藤倉翼)

トークセッションの様子。(撮影:藤倉翼)

トークの最初に芸術祭の企画ディレクターである木野哲也さんから、
「ROOTS & ARTS」に込めた想いが語られた。

「ルーツとは、まず白老町のすべての基層を意味しています。
4、5万年前に山々が噴火してできた地層といった地理軸があり、
また縄文文化から、続縄文、オホーツク、擦文(さつもん)を経てアイヌ文化へ。
そういった歴史軸があると同時に、
この土地に息づく生活文化そのものもホットなルーツであると思います。
例えば、子どもたちが学校に残した落書きやおばあちゃんの味噌汁など。
そういったものとアーツが出合うことによって、
かけ算が起きるのではないかと考えました」

企画概要について語る木野さん(左)。(撮影:藤倉翼)

企画概要について語る木野さん(左)。(撮影:藤倉翼)

では、アーティストたちは、
「ROOTS & ARTS」というテーマにどのように応えていったのだろうか?
共同制作を行う青木陵子さんと伊藤存さんは、この土地でリサーチをするなかで、
大町商店街にある〈喫茶 休養林〉を営む相吉正亮さん(82歳)と出会った。
喫茶店でさまざまな人を迎えつつ、木彫り作家でもある相吉さんがつくっていたのは
「古生代のとんぼ」、「カジキマグロ漁のモリ」、「台所の神様のスプーン」。
そのどれもが「自分たちが日常で感じていたスケール感を
グラッとさせるものだった」というふたりは、
相吉さんの作品とともに、自分たちのドローイングや刺繍作品を展示した。

青木陵子+伊藤存「となりの入口」。中央にあるのが相吉さんが制作した「古生代のとんぼ」。その奥が「カジキマグロ漁のモリ」。(撮影:藤倉翼)

青木陵子+伊藤存「となりの入口」。中央にあるのが相吉さんが制作した「古生代のとんぼ」。その奥が「カジキマグロ漁のモリ」。(撮影:藤倉翼)

また、別会場として旧堀岡鉄工所でも作品を制作。
ここは日頃、廃品回収とその分別作業を行っている場所。
ちょうどリサーチのなかで、
登別にあるアイヌの伝承が残る洞窟「アフンルパル(あの世の入口)」の
存在を知ったふたり。
「役目を終えたものが他界とつながる」ことについて興味を抱き、
それが分別作業の様子と重なりあった。
そこから書き損じのドローイングや虫喰いになった刺繍作品など、
作品でもなく、かといって捨てるわけでもない「宙ぶらりん」な存在だったものを
この場に設置したという。

青木陵子+伊藤存「あの世の入口」。分別作業中の廃品が置かれた倉庫内に刺繍作品やドローイングなどを展示した。(撮影:藤倉翼)

青木陵子+伊藤存「あの世の入口」。分別作業中の廃品が置かれた倉庫内に刺繍作品やドローイングなどを展示した。(撮影:藤倉翼)

「私は北海道は札幌しか行ったことがなくて、白老には今回初めてきました。
20代のときに『アイヌ神謡集』と『アイヌ民譚集』(*1)がすごく好きで、
それを読んでいたこともあって、白老は行きたい場所でした。
今回のリサーチでは、いろいろなことがおもしろすぎて情報がまとまりませんでした。
最終的に『神謡集』をもう一度読み直して、
それをベースにつくっていくようなことをしていったと思います」(青木陵子さん)

(*1)『アイヌ神謡集』は知里幸惠が、口伝えに謡い継がれてきたユーカラのなかから神謡を選び、ローマ字で音を起こし、日本語で訳をつけたもの。『アイヌ民譚集』は幸恵の弟、知里真志保が「パナンペ説話」を訳したもの。

「僕も青木さんと同じように、この2冊に以前から興味がありました。
この本は、アイヌの古くからの伝承をまとめたものではあるのですが、
自分にとっては新鮮で、中学生のときにパンクロックを聞いて、
これはすごいと思った感覚に近い。
以前からものをつくるときに、
何かを取捨選択したり優劣をつけるのがあまり好きではありませんでした。
『神謡集』では神様や人間、動物が等価値に描かれていて、
上も下もなく立場も入れ替わっていく。
そういう自在なものの見方を、
作品をつくる姿勢として影響を受けようとしていた時期がありました」(伊藤存さん)

〈喫茶 休養林〉にて。店主の相吉さん(右)から話を聞く伊藤さん。

〈喫茶 休養林〉にて。店主の相吉さん(右)から話を聞く伊藤さん。

シエンタに乗って家族で行きたい!
週末 横浜・横須賀ドライブの
お薦めスポット3選

Destination 1. UNIQLO PARK 横浜ベイサイド店
屋上に公園があるユニクロで、遊びと買い物の両方を家族で楽しもう!

トヨタから発売された新型シエンタは、家族ドライブの強い味方だ。
燃費性能がぐんとアップしたから、もう躊躇しないで遠出ができるように。
最小回転半径5.0メートルという“小回り上手”だから、
パパも、ママも、
市街地や混み合った駐車場でも安心して運転することができるというものだ。

そんなわけで、ある晴れた休日の朝、ちょっと早起きして向かったのは横浜・横須賀エリア。
東京から湾岸線を流し、胸のすくような景色が目の前に広がる
横浜ベイブリッジを渡った先には――
家族みんなが楽しめるデスティネーションがいっぱいだ。
さあ、ワクワク&ドキドキがいっぱいの横浜・横須賀ドライブに出かけよう!

最初に向かったのは〈UNIQLO PARK 横浜ベイサイド店〉。
潮風香る日本最大級のマリーナ〈三井アウトレットパーク 横浜ベイサイド〉に、
地上3階建ての独立棟として
2020年4月にオープンした「遊べるユニクロ(ジーユーもあり)」だ。

「頑張れー」「待ってよー!」と声をかけ合っては、次々と現れる屋上の遊具ではしゃぎ回る子どもたち。

「頑張れー」「待ってよー!」と声をかけ合っては、次々と現れる屋上の遊具ではしゃぎ回る子どもたち。

どう「遊べる」のかというと――、佐藤可士和のトータルプロデュースのもと、
建築家の藤本壮介が基本構想とデザイン監修を手がけたこの店舗は、
なんとゲレンデのように傾斜した屋上が、すべり台、ジャングルジム、ボルダリング、
クライミングができる公園になっているのだ。

これが想像以上に広く、しかも本格的なつくりで、
大人も子どもも斜面を登っているうちになんだかワクワクしてくる。
遊具の設計を一緒に考えたのは、教育玩具で有名なボーネルンド社。
遊んでいるだけで健康な体づくりにつながるだけでなく、
子どもたちの感性や創造性にもいい刺激となりそうだ。

屋上斜面のてっぺんに鎮座する、宇宙基地めいたデザインのジャングルジム。上までのぼれば海を見渡せる。真ん中にはトランポリンもあって、子どもたちが大興奮すること間違いなしだ。

屋上斜面のてっぺんに鎮座する、宇宙基地めいたデザインのジャングルジム。上までのぼれば海を見渡せる。真ん中にはトランポリンもあって、子どもたちが大興奮すること間違いなしだ。

しかも、屋上からは目の前に広がるマリーナ越しの海の景色が気持ちいい!
「子どもたちを遊ばせている間に、親は店内でショッピングを――」という
イメージを抱いていたが、実際は親子一緒に遊んだり、
あるいは一番見晴らしのいい頂上のジャングルジムの周りで、
子どもたちが遊ぶのを見守りながら談笑したり、
ティーブレイクと洒落込む親たちの姿も多く見かける。
つまりここは、子どもたちだけに独占させてはもったいないくらいの
楽しさいっぱいのスポットとなっているのだ。

3階のベビーキッズフロア。見晴らしのいいキッズスペースで子どもを遊ばせながら、ユニクロとジーユー、2ブランドの子ども服を広々とした空間で買い物することができる。

3階のベビーキッズフロア。見晴らしのいいキッズスペースで子どもを遊ばせながら、ユニクロとジーユー、2ブランドの子ども服を広々とした空間で買い物することができる。

吹き抜けのある開放的で明るい店内にもキッズスペースがあるので、
子ども連れでも「お母さん、まだ〜?」とならずに、
心ゆくまでゆっくりと買い物が楽しめる。
ユニクロとジーユーそれぞれのメンズ、ウィメンズ、キッズ、ベビー、
さらにはフラワーショップまで揃うから、
家族みんながそれぞれの「欲しい!」を見つけられるはずだ。

「気がついたら、ついつい買いすぎちゃった!?」――そんなときも、シエンタなら大丈夫。
2列目スペースがさらにワイドになったから、
我が家の双子たちが乗っても、さらに両手一杯に買ってきた荷物を置いても、
シート上も足元もゆったり&余裕のまま。
ということで、いっぱい遊べていっぱい買い物もできる
〈UNIQLO PARK 横浜ベイサイド店〉は、
これからも我が家のお気に入りのドライブデスティネーションになりそうだ。

前後カップルディスタンス(前席と2列目シート間の距離)は、従来モデル比+80ミリの1000ミリ。いっぱい買い物をしたショッピングバッグはもちろん、買い物かごだってそのまま足元に置くことができる広さだ。

前後カップルディスタンス(前席と2列目シート間の距離)は、従来モデル比+80ミリの1000ミリ。いっぱい買い物をしたショッピングバッグはもちろん、買い物かごだってそのまま足元に置くことができる広さだ。

information

map

UNIQLO PARK 横浜ベイサイド店

住所:神奈川県横浜市金沢区白帆6-5

Tel:045-350-5057

*トップ画像は特別に許可を得て、店舗前スペースに駐車しています。ご利用の際は、施設駐車場をご利用ください。

 

【POINT PICK UP】

ハンズフリーデュアルパワースライドドア

「夢中で買い物したら、いつの間にか両手一杯の荷物になってしまった!」
といった際に便利なのが、シエンタのハンズフリーデュアルパワースライドドア。
スマートキーをもっていれば、
フロントドアハンドル下側の床下奥のセンサー部にサッと足をかざすだけで、
ハンズフリーでドアを開けられる。

information

111Sienta! 111通りのシエンタライフ

特設WEBページ「111Sienta! 111通りのシエンタライフ」では、

『colocal』はじめ『popeye』、『BRUTUS』など6つのメディアがシエンタを使ったさまざまなライフスタイルを提案中!

 

〈一般社団法人Pine Grace〉
酒巻美子が助けられた「女神の木」
アカエゾマツの甘い香り

アカエゾマツが与えてくれた多くの出会いと、さまざまな可能性

アカエゾマツに惹かれている。
北海道、とくに道東と道北に多く分布し
クロエゾマツとともに「北海道の木」に指定されている常緑針葉樹。

赤蝦夷松。英語名は、Sakhalin spruce(サハリン・スプルース)。高さは30〜40メートルにもなる。

赤蝦夷松。英語名は、Sakhalin spruce(サハリン・スプルース)。高さは30〜40メートルにもなる。

ウロコ状になった赤茶色の樹皮と、
触るとチクチクする葉が特徴で、
真っ直ぐ天に向かって伸びる凛とした感じが、北の大地によく似合う。

エゾマツと並んで北海道を代表する針葉樹、トドマツとは、葉先の形が大きく異なる。触ると痛いのがアカエゾマツだ。

エゾマツと並んで北海道を代表する針葉樹、トドマツとは、葉先の形が大きく異なる。触ると痛いのがアカエゾマツだ。

アカエゾマツ(以下、アカエゾ)の世界へと導いてくれたのは、酒巻美子さん。
「森林、樹木、草花の機能成分を有効利用し、動物や人の健康福祉に貢献する」
ということを目的に掲げる、〈一般社団法人Pine Grace〉の副代表である。

酒巻さんが所属する『一般社団法人Pine Grace』は、2018年に弟子屈町に蒸留所を設立した。

酒巻さんが所属する〈一般社団法人Pine Grace〉は、2018年に弟子屈町に蒸留所を設立した。

酒巻さんがアカエゾに夢中になったきっかけは、香りだった。
「その日は雨上がりで、地面から水蒸気が上がっていて、
アカエゾの森に入った途端、めっちゃいい香りがしたんです」
と、まるで昨日のことのように臨場感たっぷりに
感動の体験を話してくれる。

「森を案内してくれたガイドの方に『何の香り?』と尋ねたら、
『いろんな香りが混ざっているからわからないね〜』なんて
はぐらかされたんだけど……さらに奥へと歩いていったら
一本のアカエゾに洞があって、そこに樹液が垂れていて、
近づいたらまさに! その香りだったんです」

「アカエゾは、他の針葉樹にはない甘い香りがするんです。アイヌの人たちは『女神の木』と呼んでいたそうです」と酒巻さん。

「アカエゾは、他の針葉樹にはない甘い香りがするんです。アイヌの人たちは『女神の木』と呼んでいたそうです」と酒巻さん。