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連載

〈バリューブックス〉
本にまつわる環境を整え、
「本の生態系」をつくる

Local Action
vol.192

posted:2022.11.10   from:長野県上田市  genre:活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer profile

Kotaro Okazawa

岡澤浩太郎

おかざわ・こうたろう●1977年生まれ、編集者。『スタジオ・ボイス』編集部などを経て2009年よりフリー。2018年、一人出版社「八燿堂」開始。19年、東京から長野に移住。興味は、藝術の起源、森との生活。文化的・環境的・地域経済的に持続可能な出版活動を目指している。

photographer profile

Osamu Kurita

栗田脩

くりた・おさむ●1989年生まれ、写真家、長野県上田市在住。各地で開催しているポートレイト撮影会「そうぞうの写真館」主宰。ちいさなできごとを見逃さぬよう、写真撮影や詩の執筆を行う。2児の父。うお座。

「古本屋」を超えた古書店

〈バリューブックス〉の名前は、
〈amazon〉や〈楽天〉で古書を市場など買うときに
目にしたことがある方が多いのではないだろうか。
バリューブックスは、本の買取販売を主軸とする一方で、
販売だけでなく、異業種との協業を含めたさまざまなプロジェクトを展開しており、
もはや「古本屋」の域を超えた企業といっていいだろう。

バリューブックスの「ブックバス」。地域やイベントをまわって本の販売や寄付を行う。同社の事務所がある長野県上田市内の学校や保育園はほぼ訪れたという。

バリューブックスの「ブックバス」。地域やイベントをまわって本の販売や寄付を行う。同社の事務所がある長野県上田市内の学校や保育園はほぼ訪れたという。

例えば、日本各地に本を届ける移動式書店、「ブックバス」。
本の買取査定金額をNPOや大学などに寄付するサービス、「charibon」。

これらはプロジェクトのほんの一部。
ほかにもさまざまな試みがあり、多岐にわたる活動の全体像を把握するのは、
なかなか難しいのではないかと思えるほどだ。
バリューブックスは、なぜこうした事業を行っているのか。
同社が本社を構える、長野県上田市を訪ねた。

毎日1万冊が古紙回収に

上田市内にあるバリューブックスの倉庫の入口付近。搬入出のトラックや仕分け担当のスタッフが常に出入りしている。

上田市内にあるバリューブックスの倉庫の入口付近。搬入出のトラックや仕分け担当のスタッフが常に出入りしている。

向かったのは、バリューブックスの倉庫。
同社では上田市内の4つの倉庫に130~150万の在庫を常時保管するが、
この倉庫だけで70万冊を数えるという。
入口付近で真っ先に目を引いたのは、
大量の段ボール箱と仕分けされている本の脇にある、
あふれんばかりの本でいっぱいになった巨大なコンテナだ。
中身はすべて、古紙リサイクルにまわされる本だという。

倉庫入口付近にあるコンテナ。状態のいい本も含めて、すべて古紙リサイクル工場に送られる。その圧倒的な物量に言葉を失う。

倉庫入口付近にあるコンテナ。状態のいい本も含めて、すべて古紙リサイクル工場に送られる。その圧倒的な物量に言葉を失う。

「バリューブックスの、一見よくわからない取り組みも、
このコンテナを一度見てもらうだけで感じ方が変わると思うんです」と語るのは、
案内してくれた同社取締役副社長の中村和義さん。
同社には買い取り目的を中心に1日で2万冊の本が届けられるが、
うち、実に半分にあたる1万冊が買い取りできず、
紙のリサイクル工場に運ばれるのだ。
倉庫が年中無休で稼働していることを考えると、単純計算で年間365万冊。
とてつもない数になる。

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どんな本が買い取れないのか?

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古本の値付けは本の価値より市場価値

取材に応えてくれた中村和義さん。良品計画やスターバックスなど他業種との新規事業、マーケティングに加え、ロジスティクスなどの現場にも関わっている。

取材に応えてくれた中村和義さん。良品計画やスターバックスなど他業種との新規事業、マーケティングに加え、ロジスティクスなどの現場にも関わっている。

なぜ買い取れない本が存在するのか。
中村さんは、古書の価格がどのように決まるかを、次のように教えてくれた。
日焼けなど本の状態が値段に影響するのはもちろんだが、
それよりも大きい要因は市場価値にある。
典型例はベストセラーの本だ。
これらは、発売当初は需要が高くとも、数年後の古本市場では需要が低くなる。
つまり、発売当初の刊行数が多いために、
現在の古本市場では供給量が需要量を上回ってしまうため、
値段が下がっていくのだ。
同様に、時代を切り取った本や雑誌、ビジネス書、
派手なマーケティング手法により過剰な人気が出た本も、
時代が過ぎるとどんどん供給過多に陥ってしまう。

本を査定する様子。本のバーコード(ISBN)を読み込んでamazonなどから金額や人気度合いのデータをリアルタイムで収集し、自動的に価格を算出。スタッフひとりにつき1時間でおよそ300〜400冊を査定するという。

本を査定する様子。本のバーコード(ISBN)を読み込んでamazonなどから金額や人気度合いのデータをリアルタイムで収集し、自動的に価格を算出。スタッフひとりにつき1時間でおよそ300〜400冊を査定するという。

反対に、「普遍的な本はバランスがとれている」と中村さんは言う。
つまり、ロングセラーとしてずっと読まれている本は、絶えず買い手がいるし、
過剰な増刷もされないため、需給バランスや市場価値が一定に保たれるのだ。
本のおもしろさなど、そのものの価値ではなく、
市場価値が古書の価格を決定するのだ。

買取金額がつかなかった本たち。雑誌や新書、巻数の抜けたマンガがぱっと目につく。なかにはめずらしいビンテージのマンガや雑誌もあるが、状態が悪いと値段がつかないという。

買取金額がつかなかった本たち。雑誌や新書、巻数の抜けたマンガがぱっと目につく。なかにはめずらしいビンテージのマンガや雑誌もあるが、状態が悪いと値段がつかないという。

「僕らはあくまでも古本商売。
出版社さんがつくった本の二次流通で商売させてもらっているので、
出版社さんのものづくりに何かを言える立場ではありません。
だけど、古本屋はある意味で本の最終地点だと思うんです。
僕らが古紙回収に出せばそれが本の墓場になります。
そこに毎日あれだけの量を送る現場に携わっているという目線から、
『もっと捨てる量が減ったら』という気持ちは、やっぱり生まれてきます。
その気持ちを伝えるとか、業界に対して自分たちにできることを、
今後もやっていきたいんです」

こちらは値段がついた本。低単価ビジネスのため効率化をはかっており、棚は本のジャンルではなくサイズごとに入庫した順 に並んでいる。

こちらは値段がついた本。低単価ビジネスのため効率化をはかっており、棚は本のジャンルではなくサイズごとに入庫した順 に並んでいる。

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本だけで再生紙をつくれたら?

Page 3

本の「循環」をつくるために

バリューブックスには、大きく分けてふたつの経路で本が入ってくる。
ひとつは、いわゆる通常の買い取り。もうひとつは寄付だ。
冒頭で紹介した「charibon」では、
寄付された本は通常の買い取りと同じように査定され、その買い取り価格を、
バリューブックスが寄付者に代わって指定されたNPOや大学に寄付する仕組みだ。

買い取りや寄付を通じて仕入れた本は、
amazonや楽天市場などのプラットフォームを中心に、
自社サイトや直営店〈本と茶NABO〉、そのほかの卸先などで販売される。

一方、買い取れなかった本の多くは前述のように古紙回収にまわるが、
それをできるだけ減らそう、生かせるものは生かそうという考えが、
バリューブックスのさまざまな取り組みの起点となっている。
生かす先を選別するチームが日々目視で拾い上げ、分類しているのだ。
具体的にいえば、インターネットで売るのが難しくとも、
リアルでならば手に取る人がいる本は
実店舗〈バリューブックス・ラボ〉でのアウトレット販売、
さらにバリューブックスの活動に共感した無印良品の一部店舗では
『古紙になるはずだった本』と題して販売されている。

実店舗「バリューブックス・ラボ」。古紙回収に回るはずだった本が50円~という低価格で並ぶ。よく知られる有名な本が目立つ。商品の仕入れのために同業者が訪れることもあるそうだが、「僕らに生かせないものを生かしてくれるのは歓迎」と中村さんは言う。

実店舗〈バリューブックス・ラボ〉。古紙回収に回るはずだった本が50円~という低価格で並ぶ。よく知られる有名な本が目立つ。商品の仕入れのために同業者が訪れることもあるそうだが、「僕らに生かせないものを生かしてくれるのは歓迎」と中村さんは言う。

実店舗〈NABO〉。バリューブックスのフラッグシップ的な位置づけで、新刊も扱うほか、カフェも併設。地元への価値の提供を通じ、地元での認知度の向上につながった。

実店舗〈NABO〉。バリューブックスのフラッグシップ的な位置づけで、新刊も扱うほか、カフェも併設。地元への価値の提供を通じ、地元での認知度の向上につながった。

もうひとつ、値段がつかなかった本にかかわるプロジェクトでユニークなのは、
『本だったノート』だ。
値段のつかない本は、そのまま古紙回収に送っても再生紙として生まれ変わるが、
再生の過程でさまざまな古紙と混ざって、本だったという過去は失われてしまう。

そこで、「本だけで再生紙をつくることができたら、
再生紙としての付加価値になり得るのではないか」とバリューブックスは考えた。
『本だったノート』は、そうして生まれた、文庫サイズのノートだ。
バリューブックスで廃棄されるはずだった文庫本70%、
牛乳パック30%の配合でつくられている。
文庫のときに印刷されていた文字が、痕跡のようにノートの紙に残っており、
本がめぐりめぐって目の前までたどりついた軌跡を体感できる。
中村さんは言う。

「本だったノート」。書店で扱ってもらうためにISBNがついている。長野県松本市の印刷会社〈藤原印刷〉と、大阪府泉南市の再生紙を専門とした製紙会社〈山陽製紙〉らと共同制作した。

『本だったノート』。書店で扱ってもらうためにISBNがついている。長野県松本市の印刷会社〈藤原印刷〉と、大阪府泉南市の再生紙を専門とした製紙会社〈山陽製紙〉らと共同制作した。

「本を送ってくれたお客さんのためにも、本のためにも、
少しでも次につなげたかったんです。
自分が送った本がその先どうなるかが、普通はよくわかりませんよね。
ゴミだって、捨てたあとどうなるか正直わからないじゃないですか。
でもそれをちゃんと理解したり、
より良いかたちで自分の手元に帰って来たりすれば、
本の循環や世の中の課題も理解できるし、
手放すときもより良いあり方を考えられる」

NABOの書棚から。中央にある本『B Corp ハンドブック』は、アメリカで発祥した社会や環境に配慮した公益性の高い企業に付与する認証「B Corp」の取得に向けた手引き書。バリューブックスの出版レーベルの第一号として発刊された。

NABOの書棚から。中央にある本『B Corp ハンドブック』は、アメリカで発祥した社会や環境に配慮した公益性の高い企業に付与する認証「B Corp」の取得に向けた手引き書。バリューブックスの出版レーベルの第一号として発刊された。

「バリューブックス・エコシステム」も、「循環」をつくる取り組みのひとつだ。
同社の集計では、なかには90%が古紙回収に回らず、
販売につながっている=リユース率の高い出版物を刊行する出版社がある。
そうした出版社に声をかけ、提携を結んでいるという。
2022年現在で、〈アルテスパブリッシング〉〈英治出版〉
〈トランスビュー〉〈夏葉社〉の4社が参加している。
このプロジェクトではそれらの出版社に対して、
売り上げの33%を還元しているのだ。

「通常、古本でどれだけ売れても、
そのぶんが著者や出版社の収益になることはありません。
そこにわずかでもまずは還元する回路をつなごうという取り組みです。
理想論ですが、例えば増刷するときに、
世の中に流通している古本の量も視野に入れて増刷量を決めることができれば、
古紙回収にまわる本が少なくなります。
でも、そんなビジネスにならないことは出版社なら普通はやりません。
だけどこの仕組みがあれば出版社にお金を循環でき、
本の2次流通から1次流通への循環がつくれるかもしれない。
まだまだチャレンジ中ですが、
ゆくゆくは新しい出版のかたちにつながっていけばいいなと」

「自分たちが責任をもって活動することで、本の循環につながる」と語る中村さん。専門分化した出版界にあって、ここまでトータルの視野を持てるのはめずらしい。

「自分たちが責任をもって活動することで、本の循環につながる」と語る中村さん。専門分化した出版界にあって、ここまでトータルの視野を持てるのはめずらしい。

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本にはさまざまな人が関わっていることを知った

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「本の生態系」という考え方

こうして見ると、バリューブックスは
社会貢献や慈善活動に意欲的に取り組んでいるように映るが、
会社として積極的に掲げているわけではないと、中村さんは言う。

「そもそもバリューブックスは、
創業者の中村大樹が就職せずに生きるために、
たまたま始めた“せどり”からスタートしました。
だからビジョンもミッションも当初はなかったんです」

ただ事業を進めるうちに、さまざまな業種を含む数々の人々との出会いを通じ、
そこで何らかの課題が発生していることに気づいた。
そして「本を使ってもっと何かできないか」という思いが芽生え、
その都度プロジェクトを立ち上げて実行してきたという。

「ブックギフトプロジェクト」の様子。保育園、小学校、被災地、老人ホーム、児童施設、病院など、長野県を中心に40か所以上に本を無償で届けている。

「ブックギフトプロジェクト」の様子。保育園、小学校、被災地、老人ホーム、児童施設、病院など、長野県を中心に40か所以上に本を無償で届けている。

例えば、本の買い取り販売の根底には、
家に眠っている本を買い取ってネットで販売すれば、
より多くの人に本がつながるという思いがある。
charibonの寄付活動は、若者支援のNPO団体との出会いを通じて、
買い取り査定という自分たちの能力が
NPOなどへの金銭的な支援というかたちで
社会課題の解決につながると知ったことに端を発する。

ブックギフトプロジェクトは、本を活かしたいという思いだけでなく、
「やりがいを感じられない」とスタッフが会社を辞めたことを機に、
スタッフの子どもが通う保育園に本を寄付することができれば、
会社の活動が感謝され働き甲斐にもつながるのではという思いから立ち上がった。

そうしたひとつひとつの経験を積み重ねるうちに、
本が実にさまざまな業界やステークホルダーと
かかわっていることを知るようになった。
出版社、著者、装丁家、書店、取次(卸)、読者だけでなく、
古紙リサイクル工場や、紙のもとになる木を育てる現場、
そして図書館や学校などなど――
自分たちが関われる範囲を限定せず、
それぞれの場面に横たわる課題を見て見ぬふりをせず、
自分たちに提供できる価値がないかと日々模索していった結果、現在に至るという。

「すべてがいいかたちだとは思っていないし、矛盾もあるけれど、やってみないと前に進まない。解決しながら、より良いかたちをつくっていければ」と中村さん。

「すべてがいいかたちだとは思っていないし、矛盾もあるけれど、やってみないと前に進まない。解決しながら、より良いかたちをつくっていければ」と中村さん。

「自分たちのビジネスが、より矛盾が少なく、スムーズで、
かかわる人たちに多くの価値を提供できているかたちになっていれば、
おのずと社会に貢献している状態になると思うんです。
バリューブックスのミッションは、
『日本および世界中の人々が、本を自由に読み、学び、楽しむ環境を整える』こと。
本という媒体は、もしかしたら流通のかたちは変わっていくかもしれないけど、
これからも人間にとって必要とされ、残っていってほしい。
そのときに、『自分たちさえ良ければいい』ではなく、
より広く、一緒につくってくれる人たちそれぞれが生態系のようにつながって、
いい影響を与えたり、より良い状況をつくったりすることができれば、
本のあり方も新しいものになると思うんです」

倉庫から発送される商品の納品書。裏面には、社内の編集スタッフによる書評が連載されている。新たな本との出合いと、新たな循環の輪をつくる試み。

倉庫から発送される商品の納品書。裏面には、社内の編集スタッフによる書評が連載されている。新たな本との出合いと、新たな循環の輪をつくる試み。

日々「墓場」に送られる大量の本を積んだコンテナにはじまり、
本にまつわる環境を整えるという思いが根となり、
さまざまな場面に伸びた枝にいくつものプロジェクトという実がなる。
そのような全体を「本の生態系」としてとらえ、できるだけ淀みない循環を目指す。

バリューブックスにはSDGsの指標に頼らずとも、
本質的な持続可能性を感じる。
そして一冊の本が、
そのような生態系を構成するひとつの要素であるという大切な事実を、
教えてくれるようだ。

profile

Kazuyoshi Nakamura 
中村和義

なかむら・かずよし●1984年生まれ。長野県上田市出身。バリューブックス創業者の中村大樹に誘われ同社入社。現在、取締役副社長として他業種との協業や新規事業の立ち上げなどに携わる。

information

バリューブックス

Web:バリューブックス

 

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