連載
posted:2022.10.27 from:全国 genre:暮らしと移住
sponsored by ふるさと回帰支援センター
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
photo & text
Hiromi Kurokawa
黒川ひろみ
くろかわ・ひろみ●フォトグラファー。札幌出身。ライフスタイルを中心に、雑誌やwebなどで活動中。自然と調和した人の暮らしや文化に興味があり、自身で撮影の旅に出かける。旅先でおいしい地酒をいただくことが好き。
https://hiromikurokawa.com
「ヤギと一緒に暮らしたい」
ふと私の中から出てきたひと言に、自分で驚いたが、
その場にいた友人はもっと驚いていた。
「東京では難しいんじゃない?」
「なんでヤギなの?」
自分でも説明するのが難しかったが、
きっとヤギがのんびり草を喰んでいる、広々とした風景の中で、
生活してみたいということなのだと思う。
フリーランスのフォトグラファーというお仕事をしている私、黒川ひろみは、
日本各地に出張する機会をいただくことがたびたびあって、
そんな風景を幾度となく目にしていたから、かもしれない。
現在、東京を拠点に活動をしていて、
ずっと憧れていた写真を撮るお仕事ができて、
東京にはたくさんの知り合いや仕事仲間もいる。
だから◯◯県に移住がしたくてたまらない、というよりは、
ヤギを飼うことは本当に難しいのだろうか、
「好きな仕事」と「理想の生活」は両立できるのかというシンプルな問い。
そして憧れている先輩フォトグラファーが移住して、
その地で新たに人脈を広げたり、
写真のお仕事を充実させたりしている様子を
SNSで見つけたことをきっかけに、
東京以外の選択肢もあるのでは? と淡く期待をふくらませた。
そんな将来の可能性を拡充するために、
9月25日〈東京国際フォーラム〉にやってきた。
全国から350もの自治体や団体が集う「ふるさと回帰フェア」。
東京・有楽町の〈ふるさと回帰支援センター〉が主催し、
移住希望者や、検討中の人が、
実際に自治体の移住担当者とお話できる貴重な機会だ。
11時に到着したが、すでに大盛況で、
熱心にうなずきながら説明を聞く人、
パンフレットを握りキョロキョロとしている人、
何か新しいことが始まるような高揚感が会場に満ちていた。
まず先に向かったのは、故郷である北海道のブース。
深川市、聞いたことがある地名に安心感を覚え、
まずはお話を聞いてみた。
担当してくださったのは同年代くらいの女性で、
市内のありのままの様子をお話してくれた。
(勢いよく話を聞きに行って、
うっかり名刺をもらい忘れてしまった……)
彼女によると深川市は、スーパーには地元野菜もたくさん並び、
お米の生産量は道内3位と豊かな農地が広がる美しい場所だが、
インターチェンジも近く都市にも出やすい穴場とのこと。
観光パンフレットには載っていないような、
生活者視点のお話がありがたい。
「実はヤギを飼いたいと思っていて……」
変なやつと思われるかなと少し心配しながらも、
自分が考える理想の生活を伝えてみると、
「へえ、そうなんですね!」
と落ち着いた笑顔。
「え!?」とか「なんで!?」といつものような
リアクションが来るかと思っていたので拍子抜けした。
「私の知り合いにも飼っている人いますよ」
「かわいいですよね〜」
とのこと。
あれ、犬の話だっけと思うくらい自然に話が進んでいく。
移住した先でヤギを当たり前のように飼っている自分の姿が、
より現実味をおびて浮かび、一気に楽しくなって、
時間が許すかぎりさまざまな地域に顔を出した。
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私は、林業にも興味があって、
個人的な作品として森で働く人たちを撮影させてもらっているうちに、
自分もお手伝いできたらいいなあ……とチェーンソーを扱う資格を取得したのだ。
そんなことで森のある地域に憧れがあり、森林率全国2位という岐阜県へうかがった。
ここでは林業だけでなく、木とふれあいながら
子どもの成長を育む「木育」という文化が浸透しているという。
そこで、岐阜市にある木育施設〈ぎふ木遊館〉のパンフレットを見せていただいた。
そこでは子どもから大人まで、
森林に対して責任ある行動をとることができる人材の育成を目指しているとのこと。
森をさまざまな方法で活用し、
地域に循環させている岐阜県の視点に深く共感した。
何より説明してくださる岐阜県の相談員、
岩瀬千絵さんが岐阜愛を語る際の雄弁さに胸を打たれた。
「今度はぜひ、現地にきてくださいね!」
「はい!」
岩瀬さんと熱い約束を交わして次の場所へ。
ベンガラの吹屋で有名な岡山県高梁市では、
名物スタッフと呼ばれている元気いっぱいの女性、山縣麻理子さんが迎えてくれた。
クリエイティブな職業柄、歴史や文化のかおりがするまちになんとなく惹かれてしまう。
高梁市のまち並みを見ると、
なんだか散歩するだけでたくさんのインプットが得られそうな気がした。
彼女が着ている「ベンガラ染め」の羽織もすてきだ。
そしてマスク越しにも伝わる山縣さんの笑顔と、
移住者が多く、災害も少ないという高梁市の魅力に一気に引き込まれ、
気がついたら物件を紹介してもらっている私。
「ここなんか裏山もついてこの広さでこの値段ですよ」
「えーー! お値打ち!」
歴史ある高梁市は古民家も多く、
市のサイトから誰でもアクセスできるという
空き家バンクの情報は充実していた。
せっかく移住するのだったら、住む家にもこだわりたい。
理想をいうと古民家をリノベーションしながら住んでみたい。
古い木でできた柱や梁などは残して水回りは使いやすくする、
など考えているだけでワクワクする。
今まで妄想の世界の話だったことが、物件を紹介してもらいながら、
急に現実みを帯びてきて胸が高鳴っている私。
見せてもらった物件は、とても庭が広く、
ヤギがそこで草を喰んでいる姿までリアルに浮かんできた。
さらに高梁市では「ワーケーション体験会」という、
実際に泊まって現地の暮らしができるプランも用意されているのだとか。
もし日程が合わなくても私に連絡くれたらいつでも案内しますね、
と山縣さんの心強いひと言にますます気持ちが前のめりに。
彼女の名刺をしっかり握りしめ、
「必ずうかがいます!」と明るく別れた。
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この「ふるさと回帰フェア」ではさまざまなセミナーも開催しているらしく、立ち寄ってみた。
全国の未流通の空き家を再発見し、
時にはリノベしてYouTubeに配信している和田貴充さんの講演。
人口が減っている中で、空き家が増え続けている現状を、
具体的な数字とともに解説してくれた。
移住、二拠点の家探しは空き家からが鉄則、
と説得力のあるお話だった。
いい家があるかどうか、が移住先を決める鍵になるけれど、
一番大事なことは「そこにいる人」だ、
というセリフが心に残った。
人か……。
確かにいくらかわいいヤギや広い家があっても、
初めての場所でひとりだけで生きていくのは難しい。
それに不安だろう。
だからこそ、今日このフェアに来ることができて、本当に良かったと思う。
興味の向くままにうかがった自治体の担当者の名刺が、
名刺ケースにパンパンになっていた。
この人たちはいつもそこで暮らしていたり、
常に地域とつながっていて、
名刺に書いてあるメールアドレス、
あるいは電話番号に連絡していいのだ。
それだけでも私のヤギライフへ、大きな前進となった。
ほたるのひかりが流れ始めた閉会間際に、ふと馬と目が合った。
馬といっても本物ではなく、
馬の写真がドンっと印刷されたポスターだ。
「南相馬市?」
名前にも馬がある。いったいどんな場所なんだろうと、
吸い寄せられるように向かった。
福島県南相馬市では年に1回「野馬追」という
国の重要無形民俗文化財にも指定されている祭りがあるそうだ。
それも魅力的だが、そのために365日馬とともに生活している人がいる。
家の裏に馬場があって、毎朝馬の世話から一日を始める人たちがいるのだ。
知らなかった。
さすがに無理だろうと思って無意識に心の奥にしまっていたが、
私は馬も好きなのだ。
ヤギがいて馬がいて、近くに森もあって、
安心できる知り合いもいる場所……。
「なんかいいかも」
今日で移住先が決まったわけではないけれど、
理想の暮らしへの解像度がぐっとあがって、
楽しそうに生きている私の姿も思い浮かんだ。
有楽町にあるふるさと回帰支援センターでは、
都道府県の相談員さんが常駐していて、
東京にいながらにして、対面で移住相談ができるのだという。
そこでも相談したら、
きっとほかにも気になるまちが出てくるだろう。
そうしたら、次は気になった場所へ行ってみよう。
ここで出会った担当者さんの住んでいるまちにも行ってみよう。
きっとそうやって次のステップが始まるのだと思う。
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