連載
posted:2022.10.25 from:北海道弟子屈町 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道の道東・弟子屈(てしかが)町の「自然に住む心地よさ」に惹かれて移住した井出千種さん。
身近になった木や森を通して、「自然に惹かれる理由」を探ります。
writer profile
Chigusa Ide
井出千種
いで・ちぐさ●弟子屈町地域おこし協力隊。神奈川県出身。女性ファッション誌の編集歴、約30年。2018年に念願の北海道移住を実現。帯広市の印刷会社で雑誌編集を経験したのち、2021年に弟子屈町へ。現在は、アカエゾマツの森に囲まれた〈川湯ビジターセンター〉に勤務しながら、森の恵みを追究中。
北海道には、木育マイスターという制度がある。
「木育」とは、「木とふれあい、木に学び、木と生きる。」
をモットーにした、北海道から生まれた言葉。
そして木育マイスターは、その理念に基づき活動できる人。
2010年から育成研修が始まり、
北海道認定の木育マイスターは、299人にも及ぶ(2022年3月現在)。
その栄えある第1期生が、弟子屈町で活躍している。
〈てしかが自然学校〉を主宰する、
自然ガイドの萩原寛暢さん。通称“ハギー”。
アウトドアのイベントで、学校の行事で、登山道整備で……
数か月に1度は町議会でもよく見かける、
町民が信頼を寄せる人気者だ。
萩原さんの拠点は、カラマツ林が広がる約10ヘクタールの原野にある。
敷地内には2棟のログハウスがあり、ひとつは4人家族が住む家に、
もうひとつは「原野のもり」という名の「木育」のフィールドになっている。
「元々はカラマツの人工林で、
ササがぼさぼさに生えていたので
草刈りをしたり、間伐材を馬で引っ張り出したり、
薪割り機を使ったり、子どもたちと遊びながら整備しました」
こうした森の手入れも、立派な「木育」。
ここには散策路もつくられていて、
樹齢50年以上の背の高いカラマツの間に、
イタヤカエデ、ミズナラ、タラノキ……
さまざまな広葉樹も自由に育っている。
Page 2
地理の先生に憧れて、大学の地理学科に進学した萩原さん。
自然地理の先生に連れられた上高地で、
将来の夢は方向転換をする。
「観光客から登山者まで、いろんな利用者を眺めていたら、
自然と人との接点をどうしたらいいのかな、って思い始めたんです」
そんなとき、雑誌『山と溪谷』の別冊『自然を相手にする仕事』に出合った。
「そのなかに“インタープリター”が紹介されていて、
『あ、これだ』って思った。自然のことを通訳して、
人との接点をつくっていくという仕事」
萩原さんと一緒に森を歩くと、
自然の声を、森や木の思いを、人間の言葉にして伝えてくれる。
まさに通訳(インタープリター)なのだと実感する。
同時に、萩原さんのフィールドは発見の連続。
町民向けの秋の散策に参加したときは
子どもたちと一緒にカゴいっぱいに森の産物を拾ってきて、
落ち葉、木の実や種など、そのユニークな形を
理由とともに説明してくれる。
木の肌に画用紙を当ててクレヨンでこすると
樹皮の模様が洒落たテキスタイルに見えてくること。
カツラの葉が色づくと綿菓子のような甘い香りを放つことも、
萩原さんが気づかせてくれた。
森や木は眺めるだけでなく、五感を働かせると、
その魅力が多面的になってくる。
森の通訳から得る学びは、実に多いのだ。
ログハウスの入り口には、ヤナギの枝を削った
小さなオブジェが並んでいた。
「これ、削り馬でつくるんですよ。
『アルプスの少女ハイジ』でアルムおんじが使っていたアレです」
そう言って、機織りのような道具を出してきて、
庭で拾った小枝で実演してくれた。
木は、伐られて、運び出されて、木材になって、
家になったり、道具になったり、形を替えて活用されたり。
萩原さんは、そんな木の一生も通訳してくれる。
そのためには、自然ガイドである萩原さんだけでなく、
地域の林業関係者から木工作家まで、
いろんな人との関わりが大切だ。
萩原さんが「木育」の話をするときはいつも、
「木育マイスター道東支部には、
いろんな職種のユニークな人がたくさんいて、おもしろいですよ」と、
少し自慢気につけ加える。
Page 3
大学卒業後は1年間、自然ガイドの知識を学び、
夏は美瑛・富良野で、冬は洞爺湖で……
萩原さんがガイドとしての経験を積み始めた頃、
弟子屈町川湯温泉にある
『川湯エコミュージアムセンター(現・川湯ビジターセンター)』の話が舞い込んだ。
ここでの仕事は、萩原さんがイメージしていた
インタープリターに、より近い。
「とくに次の世代を育てることにモチベーションを感じて、
ネイチャーゲームを駆使しながら、
子ども向けのプログラムをたくさんつくりましたね」
そして弟子屈町から離れられなくなった。
まもなくガイド歴20年になる萩原さん。
「次の世代に『木育』を」という思いは変わらない。
「弟子屈町には森もあるし、すぐそばに湖も川もある。
朝起きて天気がいいなと思ったら、山に登ることもできる。
自然が身近にあるこの土地には、『木育』が合っていると感じます」
その上で、
「どんなに豊かな自然があっても、地元の人が楽しんでいないと現実味がない。
だからまずは弟子屈町の子どもたちが、そのなかで遊んでいることが大事なんです」
「木育」はイベントだけではなく、日々の暮らしのなかへ。
最終的には毎日、木とふれあうのが理想的。
「家で木の道具を使うとか、休日は自然の中に遊びに行くとか。
日々の暮らしが自然とともにあれば、
弟子屈ならではの『自然が近い』という環境を
みんなが守っていきたいと思うようになる」
そうすれば自ずと弟子屈町は魅力を増し、
盛り上がっていくことだろう。
私が弟子屈町に移住して、まもなく1年半。
森や木に詳しくなりたいと「木育」の扉をノックしたら、
森林管理者、林業関係者、製材所、大工、木工作家、etc.
新しいつながりが始まって、
知らない世界がどんどん見えてくる。
そのおもしろいことといったら!
つなげてくれる木に感謝しながら、
まさにいま私は、木育マイスター研修中なのである。
profile
HIRONOBU HAGIWARA
萩原寛暢
はぎわら・ひろのぶ●旭川市生まれ、弟子屈町在住。自然ガイド、弟子屈町議会議員、主夫。北海道認定 北海道マスターガイド(自然)、北海道認定 木育マイスター。〈てしかが自然学校〉として、子どもを対象にした木育プログラムを企画・運営するほか、町内外の学校やイベントなどで幅広く活躍中。
木育マイスター
北海道の木育マイスターについては、北海道水産林務部森林環境局森林活用課のHPに紹介されているほか、SNSでも木育イベント情報や実績、木育マイスターの活動などを発信中。
Twitter:@北海道のmokuiku(木育)
Facebook:@北海道のmokuiku(木育)
Instagram:@hokkaidomokuiku
Feature 特集記事&おすすめ記事