復興を担う8人のことば 震災の経験を未来に つなぐために大事なこと

津波でダメになった農地を再生 
綿花の栽培でつながる「人の輪」

東北コットンプロジェクトの支援で行われた綿花栽培の収穫の様子

2 赤坂農園 赤坂芳則さん

(1)能登半島地震が発生して
大自然の驚異と、人間の無力さを痛感しています。
国や県の総力を尽くして、一刻も早い復興を願っています。

(2)過去の震災での活動
阪神・淡路大震災、新潟県中越地震のときは、
簡単に食べられるものとして、薄切りの餅などの食料品を2000個ほど送りました。
東日本大震災では自宅が津波で壊滅し、親族を数人失いました。
津波で甚大な被害を受けましたが、
〈東北コットンプロジェクト〉の支援を得て、2011年6月から仙台市若林区荒浜で
作物がつくれなくなった農地に綿花の栽培を始め、現在も続けています。

(3)今後への生かし方
地震が発生したときは、一刻も早く安全な場所へ避難すること。
津波警報が発令されたら、より高い場所へ逃げること。
日頃から避難に必要な物を準備しておき、
いざというときにすぐに持ち出せるようにしてください。

(4)復興に携わるみなさんへ
復興作業は体力と精神力、そして根気が必要です。
また、危険が伴うことも多いと予想されます。
安全に対する意識と、自らの健康管理に配慮してほしいです。

(5)災害への心構え
日本列島は地震帯そのもので、いつどこで襲い掛かるかわかりません。
他人事と思わず、常日頃の備えを万全にすること。
いざというときは助け合いが重要なので、
地域の人々との人間関係も良好にしておくことが大切です。

profile

赤坂芳則さん

赤坂 芳則

あかさか・よしのり。赤坂農園代表・東北コットンプロジェクト東松島農場長。

2011年仙台東部地域綿の花生産組合を設立、津波で作物が作れなくなった農地に綿花栽培を開始。同時期、東松島市大塩にある牧場の山土を復興の為にすべて提供、その跡地に綿花栽培を移し現在に至る。

writer profile

明日陽樹 Haruki Nukui
ぬくい・はるき●エディター/ライター。1990年生まれ、宮城県石巻市出身。大学卒業後、カフェやステーキ屋でのアルバイト生活を経てライターに転身し、2019年に独立。「TOMOLO」を設立した。ビジネスからグルメ、子育てまで、ジャンルを問わず幅広く寄稿する。

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